K243 聖体の秘蹟のための連祷
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この曲はK125の姉妹版ともいえるものである。歌詞はK125とほぼ同じであるが、一部異なっている部分がある。K125が書かれた4年後の作品であるが、K125よりも格段の進歩を感じる。この曲が書かれた当時、モーツァルトは20歳前後であったが、その作風はすでに円熟の域に達し、K339のヴェスペレなどと共に彼の宗教作品の代表曲であるといってさしつかえないだろう。

第1曲Kyrie 変ホ長調。ソロカルテット+合唱。

K125と異なり、終止ゆったりとしたテンポで歌われる。この楽章は非常に感動的なすばらしいものであるが、一番の聴きどころは何といっても第73〜4小節のソプラノとテノールがユニゾンでテーマを歌うところである。このというテーマはこの楽章には何度も現れるが、この唯一箇所だけにおいてソプラノとテノールがユニゾンとなっており、その効果は非常にすばらしいものである。(下譜)

↑最後のTuttiのところ

第2曲Panis Vivius 変ロ長調 テノールソロ

ナポリ学派の伝統を受け継いだ技巧的な曲。形式はやや変則的なソナタ形式とみなせるが、再現部の第二主題は提示部のそれとは一致していない。しかしナポリ学派のイタリア様式と古典派のソナタ形式とが融合した曲であるとはいえよう。なお、この曲の1stヴァイオリンのテーマ(テノールソロは直接は歌わない)かの「レクイエム」の「Tuba mirum」のバスソロのテーマと酷似している。(下譜参照)



第3曲Verbum Caro Factum 調性不明。合唱。


この楽章は最初はト短調の曲のように聞こえる。しかし楽譜に調号はついておらず、楽典上はハ長調(ないしはイ短調)の曲のはずである。(モーツァルトの時代にはまだ楽典上本来必要な調号を一つ減らして記す習慣が残っていたが、それであれば♭記号は一つついているべきである。そうであれば楽典上は♭二つとみなされ、ト短調の曲ということになるからである)
 
この楽章ではソプラノの歌うテーマに三全音が認められるのが特徴である。そのためにその和音を追っていくとgmoll→Ddur→Bdur→Fdurというモーツァルト当時としては非常に変則的なものになる。途中に三全音が混じっているためにこのように変則的な和声となっているのである。(並みの作曲家であれば、ここは三全音は取らず、すなおにソ→ファ→シ♭→ラとするだろう)

↑最初のところ。第4小節〜も同様


この楽章は最後はGdurで終止するが、次のHostia Sanctaがハ長調で始まっているので、属調での終止のようになっている。結局この楽章は何調だか今ひとつ不明なままただようように進んでいき、最後に「属調で終わる、やっぱり調号通りのハ長調の曲であったのか」と何となく納得するのである。

第4曲 Hostia Sancta ハ長調。ソロカルテット+合唱。

この部分は歌詞が長いので、曲が冗長になりやすい。(ミサ曲におけるクレドのようなものだろう)したがってある程度の規則性や統一性を持っておく必要があり、モーツァルトがそのためにさまざまな工夫をしているのがわかる。基本的にはソロカルテットが先導し、合唱が従うという形式であるが、中心は合唱である。

第5曲Tremendum

K125と同じくこのK243でもまた全曲からのattacaで始まる。歌詞の中の「tremendum(恐れに震える)」を象徴する弦楽器のトレモロはK125と同様のやり方である。合唱もアウフタクト的に32分音符が使われ、「恐れ震える」さまが描写されている。

第6曲Dulcissimum Convivium ヘ長調。ソプラノソロ。

弦楽器がcon sordinoとなり、独特の幻想的な世界が作りだされている。メロディもたいへん美しい。最後の終止がH音上の減七(和音はGdur9)となっており、いよいよこのK243も山場へとさしかかっていく。

第7曲Viaticum ト短調。合唱。
前楽章に引き続いて減七の和音で始まり、ヴィオラが引き続きcon sordinoとなっており、幻想的な世界が引き継がれる。(他の弦楽器はpizzcatoとなっている)この楽章はソプラノのみで歌われ、そのメロディはかの有名なグレゴリア聖歌のHymn、「Pange Lingua」である。(下譜参照)




上の二つの譜を比較してみるとモーツァルトはもとになったグレゴリオ聖歌の旋律の一部を改変しているところがあることがわかる。特に目立つのがグレゴリオ聖歌の※の部分である。ここでは原曲がBとなっているのに対し、この楽章においては○印のように半音あがってHとなっている。これは和声進行上、やむをえずここの部分が導音となるからである。

グレゴリア聖歌というものは元来単旋律(変位記号がつかない全音階(もっと正確には教会旋法))で歌われるべきものであり、そこに和声をつけるなどという概念はなかった。。しかしモーツァルトはこのグレゴリオ聖歌を使って曲を作った訳であるから当然元のグレゴリオ聖歌がまったく想定していなかった、和声というものをつけなければならない。するとどうしても上記の※のところが導音とならざるを得なくなってしまうのである。そのためにBはHへと半音あげられることとなった。

古くからグレゴリオ聖歌は作曲家からは格好のメロディー源となってきた。しかしルネッサンス時代頃より和声というものが意識されて作曲されるようになると導音の関係からどうしても元のグレゴリオ聖歌を多少変形せざるを得なくなってきた。一番典型的なのはかのパレストリーナで、彼は多くのグレゴリオ聖歌を自ら作曲した曲の定旋律として使用したが、その際には導音を作るために平気でグレゴリオ聖歌の改変をした。(パレストリーナは導音を作るために改変するだけでなく、他にもグレゴリオ聖歌の元のメロディーが自分の曲の和声に合うようにかなり改変している。これらのことに関してはデ・ラ・モッテ著瀧井敬子訳「大作曲家の対位法」p195〜参照)

モーツァルトも御多分にもれず、こうした流れの中で当然の如くグレゴリオ聖歌を改変した。当時としてはごく当然のことであったのであろう。しかしここ数十年の流れではグレゴリオ聖歌はやはり単旋律のままで歌うべきであり、無理にヘンな和声をつけたりましてやその旋律の改変などは行なうべきではない、というのが大勢である。

話はそれてしまったが、ともかくこのViaticumはその旋律の美しさ、和声の美しさ(ことに上譜の●の部分の和音はgmollとなると思いきやEsdur→ソシレファの属七→cmollと進行し、その意外性に驚かされる)、伴奏の巧みさ等により、比類ない名曲となっている。

ところでもし私が指揮者ならばこの曲はぜひとも少年合唱で歌わせたい。ボーイソプラノ一人でもよいかもしれない。

第8曲Pignus 変ホ長調。合唱。

モーツァルトが書いた多くのフーガのうちの最高傑作である。形式はほぼソナタ形式といってよいと思う。(提示部、展開部、再現部がはっきり区切られていないが、なんとなくは分けられる) ただし、後のK339の”Laudate Pueri"で見られるようなポリフォニーとホモフォニーの見事な交替や両者の組み合わせの妙はまだこの曲では見られない。

まず主題である。譜@−1


これを見るとK125の同部分のフーガと比較して主題がはるかにこなれたものとなっていることがわかる。さらに・・・

この楽章においてはこのテーマに引き続いて必ず他の声部(主題を歌わない声部)が決まった以下のような2つの主題を歌うようにできている。(さらに譜@−2と3は融合することもある)
譜@−2

譜@−3

これは事実上バッハが完成させた三重フーガの変形といえる。三重フーガというのは3つの主題が同時にフーガとして進んでいくというきわめて技巧的な作法であるが、モーツァルトは一見(一聴?)すると譜@−2、@-3の主題が譜@−1の主題のオブリガートのように見える(聴こえる)ように書いているのだ。バッハの場合、三重フーガの3つの主題をそれぞれA、B、C、とするとA=B=Cとなっているのであるが、モーツァルトのこの楽章の場合はその重要性においてA>B=C(譜@−1>譜@−2=譜@−3)となっている。こうしたフーガは私の知る限りではモーツァルトのこの楽章をおいて他にはない。

なお、この三つの主題は全曲を通して各パートで繰り返し出現していることから、これをStimmetausch(声部交換)と考えてもよいと思う。Stimmetauschの概念は中世の英国にまでさかのぼるが、当時の学問水準から考えてモーツァルトが中世の古い音楽を知っていたとは思えないので、これは偶然の一致だと思う。よいものは常に知らず知らずのうちに後世に受け継がれていくのである。

こうしてこのセミ三重フーガは第40小節においてとりあえずの終止を見る。さらに・・・・・

第41小節からは第二主題ともいうべき以下のような新たな主題が属調の変ロ長調現れる。(下譜A)譜A

今までの3つの主題に上譜の主題が加わってなんと、ここからは四重のフーガとなる。さすがのバッハもここまでは書いていない。譜Aの主題は譜@−1の主題とは対等に扱われており、ここより4つの主題はA=B>C=D(譜@−1=譜A>譜@−2=譜@−3)という感じになるのである。この間曲は一部短調系へと転調したり、「Pignus」の部分の二分音符の主題が執拗に繰り返されたりして、クライマックスを迎える。このあたりは圧巻といえる。この曲は必ずしもソナタ形式ではないが、ソナタ形式でいえば展開部にあたるところといえる。

第75小節からはオブリガート的存在であった2つの主題は陰をひそめ二重フーガとして進んでいく。この間もやはり短調系への転調や「Pigunus」の繰り返しが目立つ。

第93小節より最初の部分が再現されてくるが、今度は最初に現れたオブリガート的主題はやや非力で、主として単純なフーガとして進んでいく。そして第105小節より一時的に上譜Aの主題がメインとなり、すぐにまた譜@の主題が戻ってきてオブリガート的主題もなごりを惜しむように少し現れる。

第118小節からは締結部で、次第にホモフォニック的になり、これまでほぼ合唱と軌を一にしていたオーケストラが独自性を発揮し始めて曲を終える。(フーガのこうしたオーケストレーションは後のK339の「Laudate pueri」にもっと徹底した形で現われる)

以上のように、このフーガはバロック期の書法と古典派の書法を融合させたモーツァルトの技術の粋を集めたものであり、K339の「Laudate Pueri」やK546の大フーガなどと共に彼の書いた最高のフーガの一つと称えられよう。K125のフーガのようなオーケストラが合唱を引っ張っていくような面白さはないが、むしろ合唱が中心となる正統的フーガといえよう。モーツァルトのフーガは一般的には1782年頃の「バッハ体験」以後に本格化したように言われているが、どうしてどうして、若い時期でもこれほどのすばらしいフーガを書いているのである。

第9曲 Agnus Dei 変ロ長調。

ソプラノソロ。きわめて技巧的なロンド形式のアリア。素直に聴きましょう。

第10曲 Miserere nobis 変ホ長調。ソロカルテット+合唱。

前曲からのattacaで歌われる。ここでモーツァルトは第1曲の主題へと回帰しており、後年のK317の戴冠ミサや「レクイエム」の原型をここに見ることができる。但しここではソロカルテットは最初のみであり、ほとんどが合唱である。この楽章は比類のない美しいものであり、ことに第1曲のところで説明したソプラノとテノールのユニゾンが最後に現れるところは本当に感激モノである。

<まとめ>
この曲は以上のように、技術的にも音楽的にもきわめてすぐれた、まさにモーツァルトを代表するようなチョー名曲である。こんな名曲なのになぜかどんなモーツァルトの紹介本やサイトでも看過されているのはきわめて遺憾である。モーツァルトといえば誰でも思い浮かべるのは器楽曲やオペラであり、宗教音楽は「レクイエム」や「Ave verum corupus」などを除けばマイナーな存在でしかない。その中でもリタニアなどというのはさらにマイナーな存在である。
 
しかしこの曲やK339のヴェスペレなどは本当はすごい名曲なのだ。ただ書かれた歌詞がレントウだのヴェスペレだのおそらくカトリックの人たちでさえあまりピンと来ないであろうマイナーなジャンルであるために損をしているのである。もっともっとこんな曲がモーツァルトの代表作として世に知られるようになって欲しいと思う。


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