山尾氏勝たせた女性の「現実」

「声届けて!」私生活より切実さ

 「今からそちらにうかがいますから、よかったら待っててくださいね」

 衆院選中盤の15日午後、愛知県大府市内には時折冷たい雨が降った。選挙カーの上でマイクを握った山尾さんは、集まった数人の女性にこう呼び掛けた。

 演説が終わると、山尾さんは聴衆の元に駆け寄り、子どもを抱き上げた。母親には「共働きなの? 実家が近くにないと特に大変だよね」と切り出し、子育ての悩みを話題にした。

 山尾さんは2016年2月、国会で「保育園落ちた日本死ね!!!」と題した匿名ブログを取り上げ、待機児童問題の解消を安倍晋三首相に迫り、注目された。今年9月の民進党代表選後、当選2回の山尾さんを幹事長に抜てきする人事案が固まった。だが交際疑惑が報じられたことで山尾さんは党を離れた。

 無所属で臨んだ今回の選挙。連合などの組織票は見込めず、山尾さんは「どぶ板選挙」を貫いた。陣営幹部によると、街頭演説と聴衆との握手に多くの時間を割いた。「臆せず逃げ出さず、市民の元に飛び込んでいくことが鍵になると感じたのです」と山尾さん。地元でいくら汗をかいたとしても「交際疑惑」は女性に嫌悪感を抱かせかねない。実際、街頭演説では「帰れ」といったヤジはあった。また、街頭演説を聴いていた女性(38)は「彼女と握手もしましたよ。でも、投票するかどうかは分からない。不倫疑惑が問題になるのかは分かりませんが、不審な気持ちは拭えません」と冷ややかだった。ただ、選挙戦では、山尾さんを応援している女性が目立った。

 その背景には山尾陣営が女性の支持を固める戦略を取ったことがある。選挙前は、喫茶店や個人宅などに女性を集め、騒動をわびるとともに声に耳を傾けた。そして「子育てや女性問題を取り上げる議員は少ない。だから私を使ってほしい」と訴え続けたのだ。

 その姿勢に女性は一定の理解を示したのか。子連れで集会に参加した女性(44)は「安倍首相に待機児童の解消を訴える姿をテレビで見ましたが『その通り!』と思いました。男性議員は私たちの深刻さが分かっていない。子育てに悩む女性を手助けしてくれるのは山尾さん以外には浮かばなかった」と話す。

 女性団体が反発するかと思いきや、そうでもなかった。これまでの衆院選では表立って山尾さんを応援しなかった「女性首長を実現する会 愛知」は支援を表明した。その声明文には「(山尾さんは)私たちの望む男女平等政策の実現に向け尽力している貴重な代議士のひとりです」と記し、彼女の政治生命が奪われれば政治状況が後退、悪化しかねないと表明した。事務局長の栗原茜さんは「私たちは、個人的なスキャンダルと政治家の資質は別だと考えています。さらに週刊誌が出た後『女性たちががっかりしている』という趣旨の報道がありましたが、『それは違う』と示したかった」と説明する。交際疑惑は支援に無関係と判断したわけだ。

 ブログに「保育園落ちた」と書いた女性は今、山尾さんに対してどんな感情を抱いているのだろう。交際疑惑は「疑われる行動をしたのはうかつだった」と批判するが、「国が待機児童解消へ動き出すきっかけを作ってくれたと思っていますので、とても感謝しています」と実績は相変わらず認めている。

 安倍政権は「女性が輝く社会」を掲げているが、成果は見えていない。その現実を変えたいと行動する女性議員−−。山尾さんはその象徴なのだろうか。ブログの女性も「20年以上前から言われている待機児童問題は、国が本腰を入れていたら何年も前に解決できたのではないでしょうか。山尾さんには、これからも待機児童や女性にとって不利益な問題をバリバリ解決していってほしい」と期待する。

脱「男性社会」への意思表示?

 山尾さんの当選を「男は邪魔!」「日本男子♂余(あま)れるところ」などの著書があるノンフィクション作家の高橋秀実(ひでみね)さんはこう見ている。「有権者は、プライベートではなく冷静に仕事ぶりを評価したのではないでしょうか。法律に通じている彼女を立法者として選ぶのは当然だと思いますね。それが国会議員の本業なんですから」。有能な候補だからこそ、有権者の支持を集めたと分析する。

 高橋さんは「優秀な女性はいっぱいいます」とも言うのだが、国会議員の男女比はアンバランスだ。スイスに本部がある列国議会同盟の調べでは、衆議院の女性議員の割合は解散前9・3%で193カ国中165位、選挙後は10・1%になった。

 この数字が示すように国会は「男社会」にほかならない。高橋さんは「軍隊や体育会系の流れなのか男性が多い組織は、先例主義だし、やたら序列をつけたがる。その結果が日程調整で物事が決まる今の国会じゃないですか。そのほうが男性は楽なんですよ」と話す。そんな慣習を女性ならば変えていけるのではないかと指摘する。「有能な女性議員が増えていけば、なあなあでは済まないでしょう。『うるさい女』と陰口を言っている場合じゃなくなり、きちんと議論しなければいけません。いっそのこと、国会で『自由討議』を増やして論戦を繰り広げてほしい。安倍首相は『女性が輝く社会』などと言っていますが、見本としてまず国会で実現すべきです。女性議員が増え、活躍すれば無能な人はいなくなるはず。その方が有能な男性議員だって輝けるんじゃないでしょうか」

 上智大法学部教授の三浦まりさんも女性の視点を政治に生かすべきだと主張する一方で「壁」の存在を感じている。「女性議員が政策を作りたいと希望しても実行するには、ポストを握っていたり選挙支援をしてくれたりする、権力がある男性議員の支持を取り付けないといけません。圧倒的に男性が多い中では発想や行動が必要以上に男性的になってしまい、女性の感覚と乖離(かいり)する恐れがあります」と説明する。そうした中でも山尾さんは女性の声を積極的に取り上げようとしていたと評価する。「女性候補者が多く、選択肢がある状況ならば、プライベートが気に入らないとの理由で投票しなくてもいいかもしれない。でも、女性議員が少ない現状では、有権者はマイノリティーの意見をすくい上げられる女性が必要だと判断し、山尾さんに1票を投じたのでしょう」

 女性議員が少ない現実があるからこそ、スキャンダルがあったとしても山尾さんを「女性の代弁者」として支持した層は大崩れしなかったのだろう。

 山尾さんは投開票が行われた22日夜、事務所で「赤ちゃんを抱っこしたお母さん、子どもの手を引いたお父さん、これほど女性や子どもたちの手を握った選挙は初めて。その真剣なまなざしに応えたい」と支持者の前で誓った。深夜も続けられた開票状況をテレビで見守っていた三浦さんは「組織に頼れなくなった分、より女性の切実な声を実感したのではないかと思います。山尾さんには女性の訴えを取り上げることを自分の使命としてほしい。また、各政党には、女性の声をすくい上げれば、組織力に頼らなくてもこれだけの票になるんだと気づいてほしい」と話した。

 山尾さんは女性たちの期待にどう応えていくのだろうか。