★ピエンツァ
2002年12月27日
世界遺産の街ピエンツァ。 ピウス2世広場は観光客でいっぱい。
アメリカ人観光客がわんさとやってくる。
メインストリートのロッセリーノ通りには土産屋、エノテカ、Barなど多数ありとても賑やかである。
“理想の街”ピエンツァの町並みの他に、オルチャの谷を街から見下ろす景色も素晴らしい!
エノテカもいくつかあり、値段は手頃なものが揃うし、スーパートスカーナも
揃う。あのサッシカイアのオリーブ・オイルEur15.00はモンタルチーノで買うより安かった。
購入店エノテカ「DA MARUSCO & MARIA」。

この町の出身だったローマ法王ピウス(ピオ)2世が、
Corsignano(コルシニャーノ)からピエンツァ(ピオの町)とあらためた。
建築家ベルナルド・ロッセリーノが設計した東西400mの町にはピオ2世
広場を中心に、ピッコローミニ館、ボリジア館、後期ゴシック様式を取り
入れたルネッサンス様式の外観と内装の大聖堂が建っている。
1464年にピウス2世もロッセリーニも相次いで亡くなり、
理想郷は未完成に終わった。

ピオ2世 (法王在位期間:1458-64)

聖戦を信じ時代はずれの十字軍遠征を夢見たが、
当時のイタリア諸国はじめフランス、スペイン、神聖ローマ帝国(ドイツ)、
イギリスから最終的に相手にされず失敗に終わる。

「ピオ2世が枢機卿だった頃は、洞察力の非常に鋭い教養人だったが、
法王の座についたとたん、その使命を感じすぎ、思いつめてしまったのだ。
その結果、十字軍遠征を提唱したが失敗し、怒りと絶望のため
狂ったようになって死んだ。」 −法王アレッサンドロ6世(ボルジア)−
                        「神の代理人」塩野七生より

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