フィレンツェ

ご存知 ポンテベッキオ!
ミケランジェロ広場からの眺め
夜のポンテベッキオ
ポンテベッキオの上
晴れの日のドゥオーモ
クーポラを内部から見上げる
ヴァザーリとツッカリのフレスコ画
修道士サヴォナローラ

ロレンツォ・イル・マニーフィコ亡き後、メディチ家の
支配力は急落、遂にはフィレンツェ追放となる。
その後サヴォナローラの登場により華美な生活を
厳しく弾劾、装飾品や美術品をはじめ派手な服、
本などがシニョーリア広場にて焼却されることになる
いわゆる「虚栄の焼却」である。
これによりボッティチェリの作品などネッサンス芸術の
かなりのものが失われた。
サヴォナローラを熱狂的に支持していたのは
ボッティチェリをはじめ歴史家グイッチャルディーニなど
当時のフィレンツェ知識人たちの中にもかなり存在
した。

数年後、ルターがドイツに現れ宗教改革を始めるが
ルター以前の宗教改革の先駆者とも言われている。
しかし、預言者としての信憑性を追求されたが、奇跡
を起こせなかったとして、フィレンツェ市民から見放され
た。
当時のローマ法王ボルジアの画策もあいまって
首吊りの後、火あぶりの処刑となった。

写真右がサヴォナローラの火あぶりの場所。

灰やバラバラになった遺体はすべてアルノ川に
捨てられた。
マルティン・ルター
(1483-1546)

ドイツの神学者だったルタ
ーは、
免罪符を金銭で売買する
などした、
腐敗していた当時のロー
マ教会に問題提起し
宗教改革を開始した。

当然のことながら教皇か
ら教会を破門される。

プロテスタント派という新
しいキリスト教の
ムーブメントを創った張本
人である。

その後カトリックとプロテ
スタントは
領土拡張の利権もからみ
血まみれの抗争へと
激化する。