・・・くま日記・・・


2008/12/01(月) 今日から師走
 
 今日から師走である。

 師走、と聞いただけでなにやらせわしい気持ちになる。師走を辞書で引いてみると、「陰暦12月の別称」 などと、いとも簡単に触れているだけである。

 ネットは、もう少し詳しい。

 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)によれば、『日本では、旧暦12月を師走(しわす)または極月(ごくげつ)と呼び、現在では師走は、新暦12月の別名としても用いれ、その由来は坊主(師・師には、僧侶の意味もある)が走り回るほど忙しくなるからと、言われている。』と、書いてある。

 もう少し調べてみると、『昔はお盆と同じようにお正月も祖先の霊を弔っていたので、僧侶(師)が走り回って家々でお経を読んでいたことに由来します。ふだん走り回らない師(僧侶)さえも忙しく走り回る月だからという解釈が一般的なようです。』との解説もある。

 現代の僧侶も暮れは忙しいのだろうか?

 先日の身内の法事の席上で聞いたお寺さんの話では、暮れだからといって格別忙しいということはないとのことだった。

 多忙なのはお盆の時期くらい、それよりも、最近は簡単に宗旨替えをする方が多く檀家の数が変化するので困っているとの話もあった。

 檀家さんが住所を変えられた場合には、同じ宗派のお寺間で連絡を取り合って、檀家離れを防いでいるとの裏話もあった。

 別な意味で、師(僧侶)が走り回る必要に迫られている今節かもしれない。











2008/12/02(火) ディナーショー
 
 12月になると、あちこちでディナーショーが開かれる。

 今日は、室蘭プリンスホテルで行われた 「香西かおり」 のディナーショーに出かけてきた。

 第一部(17:30ー19:30)と、第二部(20:30ー22:30)に分けて行われた。やや遅いが、第二部の方を観てきた。

 公式WEBを見ても書いてはないが、確か、香西かおりは、もともと民謡を唄っていたと聞いたことがある。

 声の質は、やや細目だが、それでいてギスギスした感じはなく聞きやすい声だった。
 
 今夜は、88年のデビュー曲 「雨酒場」 にはじまり、「流恋草」など、得意な持ち歌を聞くことが出来た。写真も自由に撮れるようであったが、聞くことに夢中でカメラを出すのを忘れていた。

 室蘭プリンスホテルでのディナーショーは、今年で9回目のはずだ。

 毎年、驚くほどの人で席が埋まっている。今夜も、一部もそうだったらしいが、第二部も満席の状態だった。美味しい食事とビールやワインを飲んだ後に聞く唄は、また格別なものがある。

 今日は、ちと、わけがあってアルコールは控えたが食事だけでも充分楽しめるものだった。











2008/12/03(水) 過活動膀胱
 
 「OAB」 これが、なんだかわかりますか? 
 
 Over active bladder の略、つまり、「過活動膀胱」のことだそうだ。聞き慣れない言葉だが、2002年に新しい病気として国際禁制学会が提唱した病名だそうです。

 「トイレが近い」 「急に抑えきれない尿意を催す」 「トイレまで我慢できず漏れてしまう」 などの症状のことをいうのだそうだ。

 国内では約800万人の患者がいるとされている。40歳以上では8人に1人の割合で、さらに年齢を重ねるに従い増加する。原因として考えられるのは、脳血管障害など神経性のトラブルもあるそうだが、ほとんど原因不明という。

 ただ、薬の服用によって症状が改善されるというから、あきらめないことが肝心である。「OAB」 の症状を訴えるのは女性に多いという。

 一方、尿の出にくさや、切れの悪さ、残尿感を感じる症状は男性にも多い。

 「歳のせいかな…」と、あきらめにも似た気持ちもあって医師の診断を受けるのをためらうケースが多いが、これは、前立腺肥大症を疑ってみる必要がある。

 市販の薬などを服用すると、一時的に尿の出がよくなったような気になるが、これはあくまでも一時的なもので前立腺肥大症の症状の改善にはならないので注意を要する。

 切迫感がないだけに、ついつい病院に行くのが後回しになり勝ちだが、症状が進むほど手術をする際の時間が長くなるから、早めに医師の診断を受ける方が結果的に得策である。

 術後の放尿感。

 それは、若い頃に味わった、それはそれはたまらない… あの快感、あの開放感が蘇ってきた、そうだ。これは、最近手術した身近な人間に聞いたのだから間違いない。











2008/12/04(木) 「第九」の季節
 
 「第九」 と言えば、12月の風物詩となった感がある。

 「第九」 正式には、ベートーベン作曲 交響曲第九番第四楽章 「歓喜の歌」 のことである。

 登別市文化協会の創立40周年記念事業として 「第九」を取り上げたのは、平成17年12月だった。「フロイデ シェーネル ゲッテル フンケン ……」 カタカナに書き換えた歌詞も手元に残っている。

 取り組みに当たっては様々な障害もあったけれど、終演を迎えた時の、あの舞台と観客が一体となった感動は今でも忘れられない。

 今年も、あちこちの町で 「第九」 の発表が行われるようだ。

 道内では、清水町の 「第九」 が有名だが、空知管内北竜町の「ひまわりコーラス」が、その20周年を記念して取り組まれたとのニュースが載った。

 主婦、農業、会社員、公務員、子育て真っ最中のお母さんなど、様々な女性達50人がその主体らしい。

 歌の巧拙よりも、歌いたいとう熱意は何者にも勝る。音楽仲間が手伝い、ピアノに電子オルガン、12人の弦楽器。さらには、男性合唱団も加わって、総勢99人になったそうだ。

 北竜町は、人口2,300人ほどの街だが、文化連盟は40周年を迎える。「第九」は、ひまわりコーラス20周年記念演奏会でもあり、文化連名の40周年記念事業でもある。

 「ひまわりの町で第九を歌おう…」と計画された。

 発表会は、先月 11月30日(日)に開催されたと聞く。きっと、大盛況であったに違いない。











2008/12/05(金) インフルエンザ流行
 
 今年はインフルエンザの広まる可能性が高いそうだ。町中や、議場内でもマスク姿が目に付く。

 咳でもくしゃみでも、口から出た飛沫は意外に広範囲に飛散するものらしい。普段はよくわからないが、光の加減によってはそれを実感できる場合もある。

 咳は昔、「しわぶき」と言ったそうだ。「咳き」と書く。かなりの飛沫(ひまつ)があることが伺える。目に見えなくても数メートルは飛ぶのだそうだ。

 自分が咳をするときは、他人に迷惑をかけないようにハンカチとか、ティッシュで鼻や口を抑えるのが礼儀だ。そういった意味では、マスクをするというのはエチケットとして正しい。

 さらに言えば、咳やくしゃみの飛沫が飛ばないように覆った使用後のティッシュは、蓋のついたゴミ箱へというのが正しいエチケットだそうだ。

 ところで、咳がでて困るのは演奏会や、舞台・芝居などの場だ。静かに聴き入っている観客の中で、急に咳き込むということもないではない。

 とある舞台、一人芝居の、それも盛り上がった場面で 「ゴホ、ゴホ」 と咳き込んだ人がいた。芝居が中断する。観客が静まりかえった。

 咳をした人を見据えて、その俳優はこう言ったそうだ。

 「咳は仕方がねえ。だが、上を向いて咳をするとは何ごとか。両手で口を押さえやがれ」と。観客の多くが心の中で拍手を送ったそうだ。

 咳の心配があるときは、あらかじめマスクをしておくのが賢明である。とはいえ、マスクをしたまま議場で答弁に立つとは、エチケットして、ちと度が過ぎてはいまいか。











2008/12/06(土) 「星影のワルツ」
 
 「全国に名の知れた えんどう みのる でございます」。

 出張先のカラオケボックスでマイクを握ると、この言葉で語り始められるのが常だった。かつて、同僚だった議員お得意のフレーズである。

 作曲家 遠藤 実さんが亡くなられたと、今日の夕刊が報じた。そしてその訃報記事の中には、懐かしい曲目がずらりと並んでいた。

 「星影のワルツ」 「からたちの花」 「北国の春」 「くちなしの花」 「高校三年生」 「夢追い酒」 どの歌も一世を風靡した名曲だ。

 どの曲も懐かしい。とりわけ、「星影のワルツ」には忘れがたい思い出がある。

 ラジオから流れ始めたこの曲をいち早くものにしたのは、職場のNだった。机を並べて仕事をしていた。そのNが、朝から晩まで口ずさむのだ。

 それは、耳をそばだてないと聞こえないほどの小さな声ではあったが、思いを込めて口ずさむそれには、人を惹きつけてやまないものがあった。

 「別れることはつらいけど…」 この歌詞ではじまる 「星影のワルツ」 に彼は何を感じていたのだろう。そのNは、夫人と小さなお子さんを残して若くしてこの世を去った。今は、それを聞く術もない。

 「北国の春」 にも、思い出がある。中国の広州市を訪れたときのことである。尺八を持参した。

 なにか一曲と所望されて、生意気に古典本曲の一節を吹いた。ぱらぱらと拍手はあったものの、どっちらけであった。

 次に、この「北国の春」を吹いた。大きな会食の場であったが、それまでのしらけムードが一変した。大合唱となったのである。

 友好都市調印の場に、ホンの少しだけど、お役に立てたのではないかと胸をなで下ろしたものだ。   











2008/12/07(日) 着物はいい
 
 今年のすべての舞台が終了した。

 民謡発表会の場では、着物姿で出演する人が多い。唄う人や三味線伴奏の人が着物姿で舞台に立つのに、尺八だけが洋服というわけにもいかない。

 そんなことから、必然的に舞台に立つ際には着物姿になることが多くなる。
 着物がきらいではないから、着るのは苦にはならない。
 
 5分もあれば、自身で着ることができる。最近は、鏡を前にしなくても大体こんなものでよかろうと済ませることが出来るようになった。

 女性の方の着物姿は、なかなかいい。

 三曲発表会、詩吟、舞踊、或いはカラオケ発表会などの舞台では見ることもあるが、それ以外の場では着物を着る人が少なくなったような気がする。

 女性の着物姿が目に付くのは、成人式と結婚式くらいだろうか。

 着物は窮屈でイヤだという若い人が多いが、本来着物は窮屈ではないのだ。それは、着せ方による。人間の身体(特に胴体)には、締め付けていい場所とそうでない場所があるという。

 腰紐を締める「骨盤」と帯揚げを結ぶ「肋骨」は締めていい場所。それ以外のところ、特にウエスト部分は決して締め付けてはならない場所だ、と矢田部英正氏の「日本人の身体」<朝日新聞>に書いてあった。

 女性の方は勿論、男性の着物姿もいいものだ。もう少し着物を着る機会が増えればいい、と呉服店を営んでおられる方とも時々話す。

 おっと、これは決してその方から書いてくれと頼まれたわけではないので、為念。











2008/12/08(月) デジカメの写真
 
 シーズンはじめの雪としては、まあ、こんなものである。

 今年は、タイヤも早めに履き替えていたから、朝の雪でも慌てはしない。あとは、靴をいつ冬靴にするかどうかだけである。

 この写真を取り上げたのは、実は、雪景色を示すのが目的ではない。

 見ればわかるように、写真はシャープさに欠けている。大きなサイズの写真を縮小すると、こんな写真になりやすい。手がないわけではない。写真修正ソフトで「シャープ」をかければ、ピシッとした写真にできる。

 ただ、以前使用していたデジカメは、あまりそんな面倒なことをしなくてもそこそこのシャープさがあったような気がする。

 使っていたのは、「ソニーDSC-P9」だった。丁寧さに欠けた扱いが災いして、まだまだ使えるものを壊してしまった。通常のショットは勿論、コマ撮りも可能でゴルフスイングの撮影に重宝していた。

 「ソニーDSC-P71」 というから、ほぼ同時期の機種だと思われるが、さらに新しい機種を購入されたと I 山議員のブログにあった。

 新しく手に入れられたのは、同じソニーDSC-W170。アップされている写真を見ると、かなりコンパクトになっている。画素数も1010万だそうだ。

 当方と違って I 山議員のブログは、携帯からでも更新が可能である。さらに、当方よりはるかに情報が多彩である。新しいデジカメによる写真のアップが頻繁になることは間違いない。読む楽しみが一層増えた。









2008/12/10(水) パソコン生活アドバイザー
 
 室蘭民報朝刊には、「忙中閑」と題したコラムが載る。何人かの方が持ち回りで担当されているらしい。

 その中で、(く)氏の書かれる日のコラムは、どんなに忙しくても朝の内に目を通す。そのコラムの格調の高さは勿論だが、他にも惹きつけるものがある。

 特徴に気づいておられる読者も多いはずだ。

 そう、▼の入れる場所にこだわりを持っておられる。上の5文字、下の5文字の中間、そう真ん中に配置された▼が、コラムの横一線に並ぶように文章の字配りを工夫されている。簡単なようで、かなり難しいことだ。

 その、(く)氏が、今年8月に書かれた「名刺物語」。

 名刺に入れられた「自由人」という肩書き、風流を通り越して「偉い!」と絶賛されていたその方の名刺は、当方もいただいたことがある。

 昨日、ある方からいただいた名刺には、「パソコン生活アドバイザー」の肩書きが印刷されていた。

 あるグループに所属してパソコンの指導に当たっておられたが、今は、個人でボランティア活動をしておられるとのことだった。

 とある眼鏡店で、その方の「ちらし」を見つけた。登別市文化協会のホームページの更新が出来るよう教えを請うことにした。

 パソコンの習得には、身近な方に、実際に使用するパソコンで、「こういうことが出来るようになりたい…」という明確な目的を持って教えを請うのが一番の早道である。

 そういった意味では、その方の住まいは事務所から遠くない。困ったときはすぐに来ていただける。適任この上ない。

 事務局のK氏、ワープロからパソコンへの切り替えはもうすぐである。











2008/12/11(木) せめて、ささやかでも
 
 旦那さん、ここにアスファルトを敷き詰める予定はありませんか…。

 折しも、出かけようとしたとき、声をかけてきた方がいた。当方の、砂利がむき出しのままの玄関先を指差しながら男性は問うた。

 今のところ、その予定はありません。当方の声を背中に、次へと近所の家を訪ねておられた。

 建設関係の方と見受けられた。それも、若い営業マンではない。社の経営に携わっておられると思しき恰幅の方だった。それは、個人宅の玄関先まできて、探さなければならないほど仕事量が激減していることを示しているのだろう。

 午後から降り始めた雪は、夕刻、庁舎を出る頃には駐車していた車をすっぽりと覆うほどの積雪になっていた。

 玄関先の雪かきのやりやすさだけ考えれば、アスファルトで覆った方が作業的にはやりやすい。今日、工事を勧めてくれた方にはその思いもあったろう。

 企業の採用内定取り消しや、派遣労働者が大量解雇されているとの報道が相次いでいる。

 「仕事がなくなった」 「仕事が減った」 という声が、身近なところでもあちこちで聞かれるようになった。一自治体で対応しきれる問題でないことはあきらかである。

 政府の対応にまどろこしさを感じている国民は多い。せめて、ささやかでもいい。希望をもって新年が迎えられるような施策を望みたいものである。











2008/12/12(金) おめでとう
 
 若い友人の祝賀会があり、招かれて出席した。民謡全道大会での優勝祝賀会である。

 唄は、勿論上手い。三味線も腕を上げてきた。実は、尺八も吹く。

 写真は、いつも本人の唄に伴奏をしてもらっている河村彰蘭先生と合奏しているところである。本人が唄う歌の前奏を吹いているのだ。

 前奏を吹き終わった途端、尺八を手に江差追分を唄う。座興とはいえ、なかなかのものだ。

 手にした尺八は、河村彰蘭先生からのプレゼントである。右に立つのは、所属する会の会長さん。

 残念なのは、お師匠さんである斉藤先生が体調が思わしくなく出席がかなわなかったことだろう。手塩にかけて育てあげられた。

 写真担当者がたくさん撮っておられたから、今日の祝賀会の様子はそれで見ることもできよう。きっと、涙を流してお喜びになるにちがいない。

 実は、今日の祝賀会、民謡の優勝を祝うだけの会ではないのだ。来年早々には、嫁がれる。唄の一層のご精進と、素晴らしいご家庭を築かれんことを…。

 そうだ、お名前の紹介が遅れた。ご本人のお名前は、S田さん。おめでとう。











2008/12/13(土) 踊り場
 
 デパートをのぞいてきた。昔はデパートに行くと、まずはエレベーターに乗り一気に目的の階に向かうのが常だった。

 最近はほとんどエレベーターには乗らない。上に行くにも、下に下がるのもエスカレーターである。

 階段を使うことも少なくなった。今日行ったデパートは、駐車場から渡り廊下を歩いて中に入りエスカレータのところに行くには僅かながら階段を使わねばならない。

 わずか数段だが、お歳を召した方には、それすらつらいらしい。重い荷物があるときは、当方とて例外ではない。

 今朝の道新、朝の食卓は「踊り場」と題した文章だった。

 踊り場は、態勢を整え、次の一歩を踏み出すために一呼吸いれる場所だ。それは、仕事をする時にも必要な場所だ、と書いてあった。同感である。

 踊り場、と聞くと思い出す文章がある。「文章の書き方」<辰濃和雄著>の中に紹介されている、沖縄・今帰仁城跡の石段のくだりである。

 この石段は、五段上ると踊り場、七段上ると踊り場になっている。さらにそれは、三、五、七のこころよいリズムの繰り返しになっていて、いつの間にか上りつめる不思議な仕組みが施されている、というものだ。

 辰濃の先輩記者は、この石段の不思議さを解明するために三回も現場に足を運んだそうだ。沖縄の先人の心を汲み取ることができたことを書いている。

 今の世の中は、踊り場のない階段をひたすら上り続けていなければならないような息苦しさがある。ホッと一息入れる踊り場を作って欲しいものである。











2008/12/14(日) 生サーモン
 
 素晴らしいものをいただいた。サーモン、それも生のサーモンである。

 写真では、スケールの文字が読み切れないが、これで60pある。頭と尻尾があれば、ゆうに80pを超える大物である。

 寿司屋に卸すものを、手に入れてくださったとのことである。脂がのっているのは写真からでも、よくわかる。

 生のまま食べてもよし、るいべでよし、切り身にして焼いても勿論いい。今宵、早速いただくことにしよう。

 勿論、今夜一晩で食べきれるものではない。冷凍庫に保存しつつ、ゆっくりと味わうことにしよう。

 さて、鮭料理と言えば、新潟県村上市の鮭文化は有名だ。各家庭に伝わる鮭の料理方法は、100種類をくだらないそうだ。

 村上市は、一度、訪問したことがある。ここには、サーモン料理だけでフルコースを提供する店もある。様々な加工品がお膳に並んだ。

 それはそれで、素晴らしいものだったが、北海道では豪快に食するのが一番似合う。これに、旨い日本酒があれば言うことはない。











2008/12/15(月) 対 インフルエンザ
 
 「インフルエンザ報告数 道内全国一」 「ノロウイルス流行 例年より早く」 

 これは、12月14日の新聞の見出しである。と言っても、今年のではない。ちょうど一年前の道新の見出しである。見出しだけ見れば、今年12月の新聞記事だと言われても疑いを持たないほどだ。

 これから、正月にかけて、人混みに入ったりすることが多くなり、感染する機会も増える、と言う記事の内容だって、今年に通じる。

 さて、インフルエンザの予防法。

 その最も有効な予防法は、「人混みを避け、うがい、手洗い」 だと説く。中でも、手洗いほど有効なものはないのだそうである。うがい よりも手洗いを重視せよと言う。

 当方も外出先から帰って来たときは、うがい、手洗いは欠かしたことがない。だから、安心していた。

 しかし、先日あるTV番組で紹介された内容をみると、当方がやっている手洗いなど、用を足す方法とはとても思えないものだった。

 当方がやっている方法は、単に水道の蛇口をひねって、その勢いだけで洗う水洗いである。

 推奨された手洗いは、石鹸をつけて丁寧に洗う。掌や、手の甲だけではない。指の間まで丹念に、指の一本一本まで洗えというものだった。

 指の間にまで、菌が付くこともなかろうにと思うのだがそうでもないらしい。

 触れるものすべての個所に菌が存在している、くらいに疑ってかかった方がいいとまで言う。咳をする際には、手やハンカチで口を覆うというのはエチケットだが、そうでない場合には、菌が飛散し、あちこちに付着することになる。

 お互い、気をつけるに越したことはない。











2008/12/16(火) 振り袖ファッションショー
 
 登別市の成人式の日程は、1月11日(日)と決まった。

 その日のために、振り袖を借りる手はずを済ませた方も多かろう。或いは購入して、何度も袖に手を通して、その日の来るのを心待ちしておられる方もいらっしゃるかも知れない。

 今日の室蘭民報朝刊には、室蘭市での成人式に振り袖ファッションショー開催の決定を伝えていた。昨年から行われている行事らしい。

 振り袖を自分で着ることができる若い人はいないだろうから、着付けの専門家が着せてあげるのだろう。きっと、華やかなショーになるに違いない。

 着付けをされる方に、一つだけ、お願いがある。着付けと同時に、歩き方のアドバイスもしてあげたらどうだろう。

 何年か前の暮れ、紅白で司会を努められたNHKの女性アナウンサーですら、足先を大きく外に拡げて歩いていた。

 和服姿の素敵さに比して、その歩き姿にがっかりした視聴者は多かったはずだ。

 本来、裾を引きずるほど長さに着るのが、本当の着物だと、何かで読んだことがある。そうした着付けの場合だと、内股に足を運ばないと裾捌きが出来ないのだそうだ。

 振り袖姿、歩く姿勢がよければ、その美しさが一層際立つ。成人式を、楽しみに待つことにしよう。











2008/12/18(木) 道内産ワイン
 
 今年、何かをやり残したような気がしていた。

 最近になって、それが、ボージョレを購入し忘れたことだと気がついた。ちょうど、ボージョレ解禁の頃、メンテナンス中だったのだ。

 ボージョレの輸入量の輸入量のピーク時(04年)に104万ケース(750ミリリットル瓶で12本換算)だったものが、今年は55万ケースに落ち込んだという。世界的な金融危機のせいだと言う声もある。

 写真は、十勝ワインである。池田町ブドウ・ブドウ酒研究所製造と、ラベルにある。
 
 北海道のワイン醸造は、1963年十勝管内 池田町ブドウ・ブドウ酒研究所で本格的に始まった。

 現在、道内にワイナリーは12ヶ所、銘柄数も約190もあるそうだ。ワイン用ブドウの生産量だって、2100トン、これは、日本一なのである。因みに、山梨県は、308トン。

 但し、ワインの生産量は、山梨県にかなわない。1位の、山梨県28,000kl 、北海道は4位で、3,530kl 。

 しかし、道内産のワインの味は、着々と日本の最高峰に近づいているそうだ。全国ワインコンクールでも優秀な成績をおさめ続けているという。

 今年は、ボージョレに代わって十勝ワインを楽しむことにしよう。おっと、こちらはまだ、解禁になっていなかった。











2008/12/19(金) 文学の道 
 
 「みずうみの 渚に水漬く 楢の木の まだ命ある 枝は芽吹けり」<静村> 

 登別市の若草町内会が整備している優和公園に、「文学の道」が整備されはじめたのは、平成18年。

 これまでに、俳句や川柳の句碑が建てられていたが、短歌ははじめてだ。

 冒頭のうたは、登別市文化協会 会長である小林正明氏のうたである。川上ダムを訪れたときに見た、楢の木の生命力に感動して読まれたものだそうである。

 今日、仲間内でささやかな祝賀会を開いた。(写真)

 「文学の道」は、若草町内会(佐藤逸夫会長)が自主的に取り組んだ事業である。市内在住の文学愛好者の作品を、後世に残しておきたいとの思いからはじめられた。

 市内には、約100の町内会が存在する。花いっぱい運動や、清掃への取り組み、あるいは、福祉に力を入れておられる町内会など、それぞれ素晴らしい事業を展開しておられる。

 この、「文学の道」も、そうした町内会活動の一つの形であろう。しかし、これは「文学に目を向けた…」点で、画期的な事業といっていいと思う。

 市内のあちこちに、「○○の道」が出来れば、もっと楽しいものになるに違いない。











2008/12/20(土) 温泉100選で2位に
 
 旅行業関係者による本年度の「にっぽんの温泉100選」で、登別温泉が2位にはいったと報道があった。

 登別温泉は、この100選では常に上位にランクされている。93年(平成5年)に一度、18位という結果があるが、それ以外は、常に5位以上をキープし続けている。

 ベストテンの常連は、草津(群馬)、和倉(石川)、道後(愛媛)、雲仙(長崎)、さらに、由布院(大分)、黒川(熊本)、指宿(鹿児島)など、おなじみの名前が挙がっているようだ。

 今年は、北海道洞爺湖サミット期間中外国の要人が宿泊し接客レベルの高さが評価につながったとの見方もある。加えて、足湯や鬼花火など地道な取り組みも誘致に役立っているに違いない。

 登別温泉は、宿泊施設構成上の分類では、大規模施設中心型温泉地に位置づけられる。企業で言えば、重厚長大型に当てはまるといえる。

 観光客の嗜好も多様になっていると、関係者も認識されているように、これまで以上のきめ細かい対応が必要になるだろう。

 来年は、トライアスロンに足湯を組み合わせた新競技「スパトライアスロン」が開催予定だそうだ。あらたな取り組みが、さらに好評価につながることを期待したい。











2008/12/21(日) 時期判断は難しい
 
 家電製品などの買い換えの時期の判断は難しい。

 写真左は、引き取ってもらうために玄関先に出している古いテレビである。

 大の男二人がかりで、やっと動かせるほどだ。
 
 よくもまあ、これほどの重さのものを置いていたと思えるほどの重量である。

 写真右は、新たに購入したものである。厚みだけなら、以前の六分の一、重量なら、何十分の一であろう。勿論、画面の鮮明さは比較にならない。

 買い換えたのにはわけがある。古いテレビが見えなくなったわけではない。実は、居間の隅に置いていたのだが、その部分の床が沈んできたのだ。

 以前にも書いたことがあるが、サンルームに引っ張られる形で家に歪みがきているのだが、テレビを少し軽いものに換えれば、歪みの度合いが減少するのではないかとの考えもあった。

 しかし、「床下の木材が腐食しているようですね…」 大工さんは、こともなげに言ってのけたのだ。テレビの重量を軽くしただけで解決するほど簡単ではなかったのだ。

 うーん、ならばテレビを買い換えることもなかったか…。











2008/12/22(月) 「おせち」料理
 
 「一流シェフの作ったおせち…」 「京料理の三段おせち、早めに予約を…」 

 この時期、紙上を賑わすのがお正月用のおせち料理である。おせちは、購入するものと思いこんでいる若い人も多い。どこのデパートでも売っているし、宅配まである。

 子どもの遠足のお弁当にコンビニで買ったおにぎりを持たせる親がいる、と学校の先生から聞いたのは、もう大分前の話だ。

 暮れだって忙しい、とてもおせちなんか作っている暇はない。そんな声が聞こえてきそうである。

 おせち料理はめでたいことを重ねるという願いを込めて重箱に詰める。基本は四段重ねで、上から順に、一の重、二の重、三の重、与の重、と呼ぶのだそうだ。

 一の重…黒豆、数の子、ごまめ(田作り)などの祝い肴。二の重…伊達巻やきんとんのような甘いもの中心に、三の重…魚や海老の焼き物など海の幸、そして、与の重…野菜類の煮物などの山の幸となるのが正式という。

 そこまでは、言わない。せめて、お屠蘇が美味しくいただけるような手作り品を、とのささやかな願いは幸い叶えられている。

 「おせちは、日持ちの工夫が必要な料理という特性がある。早めに食材をそろえて、煮たり焼いたり和えたりする。その手間ひまかける尊い作業が、親から子へ、子から孫へと受け継がれてきた生活文化なのだ」   と、3年前の「忙中閑」にあった。

 もっとも、核家族で、伝える相手がいない… という声も聞こえてきそうである。











2008/12/23(火) 慈悲のこころ
 
 「知られざる仏50選」 何気なく入れた番組だったが、ついつい見入ってしまった。

 観音菩薩・弥勒菩薩・文殊菩薩など菩薩像、さらに、如来像、不動明王、羅漢像など、様々な仏像が次から次へと紹介されていった。

 木の肌、塗られた金箔、鮮やかな朱色。実際に祀られている場所でも見ても、多分、こんなにはっきりとは見ることは出来ないであろう鮮明な映像が映し出される。

 仏像を拝見するとき、いつも不思議に思うことがある。仏像の口元にある、口ひげである。今日の映像でも、はっきりと見て取ることが出来た。

 口ひげには、諸説あるらしい。慈悲を説いている口の動きを表している、と言う説。或いは、見る角度によって、笑ったり怒ったり、いろいろな表情に見えるようにするためのテクニックという説。

 どの説が正しいのかわからないが、泥鰌のひげのような不思議な描き方である。

 顔は、さまざまである。怒りの顔、微笑んだ顔、何かを考えているようなお顔。いずれも、じっくりと見ているとホッとするようなやすらいだ気持ちになるから不思議である。

 満員の電車の中で自分の赤ん坊を抱っこしている母親がいる。その母親は、もし、電車が急停車しても、絶対にその子は落とさないという抱き方をしている。足の踏ん張り、肘のかまえ、指先のかたち、すべてにその子を慈しむという一心がある。

 これこそが、仏教の説く慈悲だそうだ。そして、それが形にあらわれたものが仏像の姿だという。慈悲の心のひとかけらでもあれば、と思うような痛ましい報道が続く。











2008/12/24(水) イルミネーションの輝き
 
 隣町、室蘭の住人までも知っているほどだから、すでにご存じの方も多いはずだ。道道上登別 室蘭線を走っていても目に入る。

 かつて、我が家のご近所にも、この時期になると美しいイルミネーションが輝いていた。2005年を最後に、中止された。

 これほどまで華やかではなかったが、いつもの輝きがないと寂しいものである。

 先ほど、帰り道、噂のイルミネーション(写真)を見に行ってきた。野次馬根性丸出しである。車が停まる、中から降り立った人がデジカメを向ける。わずかな時間の間に、何人かのそうした光景をみかけた。

 それにしても華やかな飾り付けである。自分で施工されたのだろうか、一体、幾らぐらいかかるのだろうか。貧乏人は、すぐに金額を気にしてしまう。

 ネットで調べてみると、標準施工価格というのが載っている。建坪 20坪で、10万円〜30万円と書かれている。勿論、施工のやりやすさだとか、飾り付けの内容にもよるだろう。

 見る人も飾る人もハッピーな気分を分かち合える、そんなところにもイルミネーションの魅力があるのだろう。

 毎年、イルミネーションを点灯される方は、こんなご近所への気配りもしておられるそうだ。イルミネーションはたくさん点けると予想以上に明るい、知らないうちにご近所のご迷惑になっていることもある。点灯時刻を制限する配慮も必要と語っておられた。

 こうした配慮があって、見る人も飾る人もハッピーな気分を味わえるということなのだろう。 











2008/12/26(金) 床の修復
 
 寒い一日となった。ストーブの火を絞っているせいもある。

 それに加えて、すきま風がかけぬける。

 今日の寒さを予測したわけではないが、暖かい日に床の修理を終えていてよかった。

 サンルームに引っ張られて、居間の床に歪みが出ていることは前に書いた。なじみの大工さんによると、6p以上も沈んでいると言う。たまりかねて、先日修理を依頼した。

 床の一角に孔をあける(写真左)、床下にジャッキをセットし、持ち上げ(写真中)、支えをいれる。そして、切り抜いた板を元に戻す(写真右)。簡単に言えば、これだけの作業である。

 段取り、持ち込む道具、てきぱきとした作業、何一つ無駄がなくよどみがない。さすが、プロである。大工さん一人で、約半日で修復なった。

 相当な作業量になるのではないか、正直に言えば、びびっていたのだ。

 実は、我が家の両隣では、外部から床下に大きな穴を掘り、家ごと持ち上げる○○工法なるやり方で家の傾きを修復された。

 その時、隣の床下をのぞき込んで驚いた。びっくりするほどの地盤沈下があったのだ。

 我が家の床に変化が起こった時、頭に浮かんだのが両隣の大仰な修復工事だった。何百万もの工事費がかかったと聞いた。それがあって、大工さんに相談するのをずるずる伸ばしにしていたのだった。

 これなら思い悩むこともなかった。もっと、早くお願いすればよかった。床下も、湿気もなく、幸いに地盤沈下は見られなかった。

 本格的な冬を迎える前に終わり、ホッと胸をなで下ろしている、というのが今の正直な気持ちである。











2008/12/27(土) 包丁を研ぐ

  「俺が一番先に買った砥石の値段か? あのころで三万円ぐらいやったかな。いまでいえば五十万ぐらいのものやな。思い切って買ったわ。砥石が一番だからな。」 <小川三夫著・木のいのち木のこころ>。

 小川三夫は、法隆寺の棟梁 故西岡常一の弟子である。高校の修学旅行で訪れた法隆寺を見て、西岡常一の弟子になった。

 大工の持つ刃物は多様である。斧、釿(ちょうな)、鉋、鑿 さらに、ヤリカンナという変わった鉋もある。余談だが、ヤリカンナは札幌の某センターで売っている。

 「いい刃物を持っていても砥石が悪かったら刃がつかない」 これも、小川三夫の言葉だ。

 当方のところには、いい刃物もなければ、いい砥石もない。研ぎをいれる刃物と言えば、せいぜい、ナイフと包丁くらいなものである。

 年に一度くらいは、と気合いを入れて、包丁を研ぐ。

 粗砥と中砥の二種類があればこと足りる。しかし、長い間使ったものだから、真ん中が凹んでいる。これでは満足な研ぎが出来るわけもない。少々時間をかける、切れるようになるから面白い。

 包丁も、ステンレス製よりも、断然、鋼製の包丁がいい。研いでいても、切れ味がよくなってくるのを実感できるのは鋼製の包丁である。

 包丁が切れすぎて手を切った、という人がいるがそれは誤りである。切れない包丁を使う方が、よほど怪我する率が高い。

 切れ味を確認するには、実際に切ってみるのが一番だ。

 例えば、タマネギに刃を入れる。包丁がタマネギに吸い付くような感じがある時は、切れ味がいいときだ。これ、ホント。











2008/12/28(日) 篤姫にどっぷり

 この三日間、「篤姫」に夢中になった。どっぷりと浸ったと言っていい。NHK「篤姫」総集編が、3夜にわたって放送されたからである。

 「篤姫」 原作・宮尾登美子 脚本・田渕久美子。

 12歳から49歳までの篤姫を演じたのは、宮崎あおい。あの愛くるしい笑顔は、どのシーンにもよく似合った。夫、家定と少しずつこころが通い合う過程、幼なじみの尚五郎(小松帯刀)とのほのぼのとした恋。

 そして、少しずつしっかりとした女性に変わっていく様を、けれんみなく演じきった素晴らしい演技だった。生涯の最後の場面は、写真に残る天璋院にも似ていたように思う。

 時代が人を作るとは言え、徳川時代の最後、明治を迎えるこの時代に、これほどの女傑がいたことに驚きの念を持たざるを得ない。

 勝海舟、西郷隆盛、岩倉具視、そして、坂本龍馬など、この時代に活躍した男性陣も登場した。視聴率も徐々にあがり、11月には30.0%近くまで上がったそうだ。毎週の放送を楽しみにしておられた方が多かったことが頷ける。

 「篤姫」を演じられた 宮崎あおいさんは、まだ23歳だそうだ。

 恥ずかしながら当方は、「篤姫」を観るまで知らなかったが、天才女優として、つとに知られた方らしい。これからきっと、多くの作品に出演されることだろう。

 「たくさんの方々に支えられて、演じきることができました。いい作品に、いい方々に恵まれて幸せでした。」 

 先日、放映なった場面では、インタビューに答えて、こう感謝の気持ちを述べておられた。これからも、活躍される方に違いない。











2008/12/29(月) 片足による「考える人」
 
 今年最後の会議を終えた。

 「医療費助成事業に係る高額医療費請求事務等に関する調査特別委員会」 やや長ったらしいが、これが正式な委員会の名前である。

 今年の9月11日に設置された。これまでに、20回近い回数の会議を行った。まだ全容の解明に至っていない。明けて、1月の末には一定の結論を出す予定である。

 正月休みの期間中も、委員はそれぞれ解明すべき内容の検討を行うことになっている。

 正月を含め、冬の間は身体を動かす機会が減る。ついつい飲み太り、食べ太りといった状態に陥りやすい。で、部屋の中でもできる簡単な体操はないか、探してみた。結構ある。

 「かんたんリフレッシュ」 だとか、「からだ術」 なるものが新聞に載っているのだ。面白いポーズのものが、たくさんある。

 その中の一つ、片足による「考える人」。 そのポーズを言葉で説明するのは難しいが、やってみよう。

 床(勿論、畳の上でもいい)にあぐらをかいて座る。そして、ロダンの考える人よろしく、片方の手を顎に当てたポーズをとる。

 その形を維持しつつ、片足で立ち上がった姿勢。これが、片足による「考える人」の完成形である。

 あぐらをかいた状態から立ち上がるのは難しいから、立った状態から先ほどのポーズをとるとやりやすい。やってみるとわかるが、ここまでは意外と簡単である。

 その状態で、踵をあげる。これは、微妙なバランスが必要なことがわかる。うまくできましたら、拍手かっさーい!!











2008/12/30(火) 同じ風景でも
 
 今日は、くるくると天候が変わった。外の窓ふきをするときは、幸い晴れていたし気温もやや高めで助かった。

 同じ景色でも、陽が当たっている時と、そうでない時はこんなにも異なる。雪の量はまだ多くない。これからはもっと陰鬱な景色になって行くことだろう。

 さて、左の写真だが、上の写真は今日撮ったもの。下は、実は今年の元旦に撮ったものである。

 これを見ると、雪の量もほぼ似たようなものだったことがわかる。

 この2枚の写真、2178 と 4172 の差がある。数字は、撮影番号を示す。つまり、この一年間に撮った写真の枚数が、1994 枚だということを意味している。

 昨年は、2177 枚だった。もっとも、現在使っているデジカメを買ったのは昨年の6月だったから、半年で今年の一年分を超す枚数を撮っていることになる。

 新しいデジカメを手にして、うれしさのあまり手当たり次第シャッターを押したことがわかる。これでは、傑作といえる写真が撮れるはずもない。

 来年は、少しいいものをねらってみよう。











2008/12/31(水) お付き合いくださり、ありがとうございました
 
 「変」 な、一年が終わった。

 日本の首相がころころと代わり、「We can change」 米国の次期大統領は、変革を訴えた。ガソリンを含む物価の変動が国民の生活を脅かした。身近なところでは、登別市のトップが替わり、若き市長が誕生した。

 変わり映えしなかったのは、本欄くらいなものである。今年も多くの活字をまき散らした、にもかかわらず、多くの方が訪れてくださった。

 「昨日の内容はおかしい…」 など、ご指摘も含めて感想を寄せてくださった方々に、心からお礼申し上げます。

 購読している新聞は、室蘭民報、北海道新聞、朝日新聞の3紙です。それぞれ、忙中閑、卓上四季、天声人語を楽しみに読ませていただいています。

 かつて、朝日新聞のコラムを担当された辰濃和男氏は、ある本でこう述べられていました。書きたいことばかりではなく、時には、「書かねばならぬ」 ことも文章にしなければならない日もある、と。

 すらすらと筆が運び、こともなげに書き上げられる、こんなイメージで読ませていただいていましたが、呻吟の日々だとも書いてありました。

 コラムの執筆者の言葉を引き合いに出すことさへおこがましいことですが、「書きたいことだけ」 それでも、毎日書き続けたいと願った一年でありました。

 駄文にお付き合い下さった皆様にあらためてお礼申し上げます。

 「来年はいい年に変えたい」 その思いを共有しつつ、健やかに新年をお迎え下さいますように…。