・・・くま日記・・・
2008/10/01(水) 水道メーターの取り替え
「水道を、一時止めてください…」
「はーい、終わりました。蛇口をひねって確かめてください」。
この間、わずか十数分。あっという間に工事は終わり、新しい水道メーターがついた。
「この、メーターのこの部分がいつまでも動いているようなら、どこかで漏水している証拠ですから、気をつけてください。」
親切な説明の後、工事担当者は引き上げていった。
インチキ工事や、高額の工事費の請求など、高齢者を狙った犯罪まがいの業者の報道が相次いでいるから、「工事」 や、「点検」 などの言葉に、つい身構えてしまう。
しかし、この水道メーター取り替えについては、事前に、二度も市長名の入った工事の連絡文書が来ていたし、こうした説明があると市民も安心して工事をまかせられる。
水道料金改定には、多くの市民の反対の声がある。漏水など、無駄な浪費をなくすことで効率的な水道経営に努めなければならない。
こうした工事などの機会を通じて、市民の水道に対する認識が高まることを期待したい。
2008/10/02(木) すでに秋の気配
三ヶ月ぶりの洞爺湖は、すでに秋の気配が漂っていた。
最後に師を見舞ったのは、6月29日。
「よく、来てくれたな…」 すでに、起きあがることさへ出来なかった。
言葉にも、そして、あれほど気丈だった気力も失せていた。多くを語り合うことは出来ない短い時間だったが、貴重な時間だった。
訃報を聞いたのは、その2週間後。
今日、再び、その場所を訪れて、師の意志が間違いなく受け継がれていることを確認した。ホッとする思いである。ひょっとすると、その場限りの対応でないのかと、半ば半信半疑だったのだ。
師の思いは、若い力によって着実に、そして、しっかりとした絆によって継承されているようだ。ホンの少しでも、そのお手伝いが出来るなら、師への恩返しの真似事が出来るかも知れない。
訪ねてよかった。
暮れなずむ湖畔は、あくまでもおだやかで、心の痛手を癒してくれるような包容力があった。
2008/10/03(金) 再挑戦
もう少し早く取り組むべきだった。
チャンスがなかったわけではない。例えば、「五線譜はこわくない」<邦楽ジャーナル誌 1990/11 古屋輝夫>。
これには、五線譜の調合にあわせやすい尺八の長さの決め方が書かれていたし、「童謡からはいる尺八五線符入門」<尺八吹奏研究会 1997/01貴志清一>にも、五線譜と尺八譜との関係などがわかりやすくい解説されていたのだ。
都度、中途半端に終わらせ真正面から取り組むことをしないで、つい、先送りしていた。反省している。
最近、ピアノを教えておられる方と親しく話をさせていただく機会を得た。
先日の本欄でも書いたように、ピアノなど洋楽のことは全く素人の(恐らくは、えっ、こんなことも知らないの… という程度)の初歩的な質問にもかかわらず、懇切丁寧に教えてくださった。
音に関することを文字で表すことは難しいが、ピアノの鍵盤の押さえる位置のことや、ヘ長調など音階に関することなど、まさに、「目からウロコ」 と言った内容のことばかりだった。
電子ピアノと、尺八の音の関係で悩んでいたことが一気に氷解する、そんな感じだった。「楽譜の読み方」<桑野洋子著・ナツメ社> などを読んでも、わからないことばかりだ。
思えばいい方に巡り会えたものである。名前は、Yさん。
この機会を逃すてはない。しつこい、と言われるのを恐れず聞くことにしよう。
2008/10/05(日) オーバーナイトハイキング
この時期、恒例の行事。
ボーイスカウト登別第1団の、オーバーナイトハイクが昨夜行なわれました。
出発地は、労働福祉センター駐車場。札内地区を経由して目的地は、虎杖浜海岸。
オーバーナイト、つまり夜を徹して歩き、目的地で日の出を見ようという企画である。
子ども達と共に歩いたのは、夜歩くのははじめてという父兄の方2名を含めて、総勢9名。
各通過地点での課題担当や、安全の為のパトロール、支援スタッフなど、リーダー10名。
出発は、夜中の 22:30。渡されたのは、地図と、暗号文。それを解読し、指定されたポイントを探しながら歩く。まずは、出発に先立ち、指令文(暗号文)を解読(写真上左)。
写真上右は、通過ポイントでリーダーの質問に答える参加者達。随所にこうしたポイントが設定されている。ここでは、方位と星座についてリーダーの質問が飛ぶ。札内台地は、満天の星空でした。
途中での、暖かい飲み物はありがたい。体力の回復に…(写真左下)。すでに時計は、午前 2:30 をまわっている。一息入れると、疲れた体を眠気が襲う。
全行程、20数q。一人の脱落者もなく、無事目的地へ(写真右下)。素晴らしい日の出を拝むことが出来ました。ばんざーい。
それにしても、さすがに徹夜はつらい。今日は一日中、生あくびばかりしていた。
2008/10/06(月) 一般質問 初日
今日から、一般質問が始まった。
先日の、市長所信表明の内容を質す内容が多かった。市長としては、はじめての経験となる議員の一般質問に答える答弁内容が注目を集めた。
どんな言葉で質問に答えるのか。あらかじめ用意した答弁書を目で追うのか、或いはまた、市長の思いを答えるのか。
第一日目を聞いた感想は、悪くない。議員の質問内容をきちんととらえた上で、自分の思いを伝えようとしている姿勢が随所に伺える。
傍聴に来た市民も、それを感じ取ったのではないか。「よくやっている…」と、話された市民の言葉にそれが感じられる。
一般質問は、四日間にわたって行われる。
今日はまだ、その初日だ。これから、まだまだ辛辣な質問も飛び出すに違いない。想定外の質問内容を受けることもあるはずだ。
それらに対して、どう受け答えをされるのか。傍聴者にとっては、興味の深いものとなろう。明日も来る、そう言って帰られた市民の方もおられる。
市長の答弁もさることながら、議員の質問内容の質の高さが求められているのは言うまでもないことである。一般質問の充実が課題と、今日の報道にもあった。
明日も、午後1時から一般質問が行われます。どうか、多くの市民の方の傍聴をお願いいたします。
2008/10/07(火) 秋の吹禅の集い
体調不良や、高齢化で会員の出席率も徐々に減少傾向にある。
師・丹羽法堂の七回忌を迎える再来年には、コンサートを再開したい。
このあたりで、一度、それを再確認しておきたい。
代表の谷口法虎の強い思いがあって、先日、明暗虚竹会の「第四回 秋の吹禅の集い」が開かれた。
参加したのは10人。白装束に身を包んで、日頃の練習の成果を一息に込めた。
本手調子の合奏(写真左)のあと、それぞれの曲を吹きあわせた。山谷曲、神保山谷、無門調、山谷清覧、薩字、阿字観、虚空、そして、大曲の鶴の巣籠もりなどが披露された。
しばらく練習にも参加していないせいもあるが、仲間の腕の上がったのに驚く。
当方は、手向けの真の手と行の手を吹いた。手向け、文字通り亡き人を偲ぶ曲である。行の手は、1尺8寸管で、真の手は、2尺1寸管で吹いた。
気合いが入りすぎて、思うように曲想を表現できなかった。師の七回忌までには、なんとかものにしたいものである。
2008/10/08(水) 法名、謡月知泉大姉
送る人を悼む、心のこもったいい法話だった。
近頃、決まり切ったなんの変哲もない、感情のない説法を聴くことが多いだけに、今日のお寺さんの法話は、しみじみと心を打つものがあった。
わざわざ静狩から来られたお寺さんだそうだ。故人も、信頼するお寺さんに見送られて本望であったろう。
それにつけても、舞台を本当に大事にされた方だった。唄と踊りをこよなく愛しておられた。
身体の調子が悪く、直前まで杖をついて痛みをこらえていても、一旦、舞台に立つと背筋がピンとのび、いつもの笑顔が浮かんだ。凛とした姿が印象的だった。
時に、お得意の「秋田音頭」を披露されることがあった。ご自身が楽しみ、そして、観客を湧かせる術を心得ていた。根っからの、そして、最後の舞台人だったと思う。
くまのさん くまのさん と、可愛がっていただいた。舞台狭しと、阿波踊りをともにしたこともある。
森 知江子さん、享年85歳。法名、謡月知泉大姉。
しんと冷えた夜の湖面に、秋の月が静かに映る。そんな姿を思い浮かべながら、この法名を考えました。お寺さんの言葉である。
鎮魂歌として送った仲間との江差追分は、溢れる涙と鼻水で、唄も、尺八も満足なものにはならなかったが、いつものように微笑んでいる遺影が、それを許してくれているようだった。
2008/10/09(木) ネット中継 実現にむけて
登別市議会では、不断に議会改革を進めている。
現在、議会運営委員会として、議長から四つの諮問を受けて検討中である。一つは、議会基本条例の策定。二つには、議決権の拡大。そして、委員会のあり方。四つ目は、議会のネット中継である。
それぞれ、小委員会を立ち上げ、全議員がどれかの小委員会に関わりを持ちながら検討を進めている。
その中の一つ、ネット中継について小委員会での検討結果がまとまり、議会運営委員会の了解を得て、議長に答申がされた。
これからは、次年度の予算獲得に向けて議会と執行部の間で論議がされるはずである。
ネット中継は、議会としてはここ数年来継続して検討してきた案件である。2年前には、登別市の財政状況を鑑みて断念した経緯もある。
しかし、状況は大きく変わった。
一つには、コスト的にかなりリーゾナブルな価格での業者プロポーザルがあったことである。可能な限り現有の設備を使用することにより、初期投資もランニングコストも落とせることがわかった。
二つに、この四日間の一般質問の中で判明したことなのだが、新市長が IT (情報機器)のかなりの精通者ということである。これは非常に心強い情報である。
ネット中継は、議会の内容だけに限るものではない。行政側の様々な情報発信の機能も併せ持つものなのだ。例えば、市長の記者会見、或いは各種の審議会の中継放映など。
新市長は、公平、公正、公開を一義に考えたいと述べられている。さらに、わかりやすい情報の発信に努めたいとも言明されている。ネット中継は、まさしくその考えと精神を一にするものだ。
IT (情報機器)のかなりの精通者の市長ならば、その効果の大きさ、重要さについては充分に理解を示されるはずだ。次年度の予算に反映されることを期待したい。
2008/10/11(土) 緒形拳死す
今日はテレビの前に座る前に、このくま日記を書き上げておかねばならない。昨夜の轍を踏まないためにである。
今夜も見逃せない。追悼 緒形拳 ドラマスペシャル「破獄」の放映があるのだ。
昨夜は、緒形拳の二人のご子息、それに「破獄」で共演した津川雅彦等による、追悼番組があった。つい、見入ってしまいくま日記を書きそびれてしまった。
その中で、今夜放映される「破獄」の収録風景の一こまが語られた。
緒形拳は、厳寒の雪の中に裸足で走り出たというのだ。台本にはないシーンだったそうである。本気にこだわった、緒形拳の俳優としての生き方を見る思いだったと津川は語った。
「破獄」は、吉村昭著による犯罪史上未曽有の四度の脱獄を実行した無期刑囚佐久間清太郎の話である。最後に佐久間は、東京小菅刑務所の看守長を私宅に訪ね、「唯一、人らしく扱ってくれた」として自首する。
その、脱獄囚 佐久間清太郎を、緒形拳が演じる。
緒形拳は、善人も悪人も演じることが出来た人物ではなかろうか。それは、俳優だから当然といった範疇では言い表せない凄さを持っていたように思える。
随分以前にテレビを見た記憶を辿れば、「破獄」の脱獄シーンでは、たしか、食事に出される味噌汁を毎日少しずつ手錠にたらして鉄を腐食させて脱獄した、そんなエピソードどもあったはずだ。
津川の語る、「厳寒の雪の中の裸足」も見逃せない。放映は、NHK衛星第2 午後11時。
2008/10/12(日) 大平まゆみ ヴァイオリンディナーショー
神は不公平である。
美人である。スタイルはいい。その上に、素晴らしい芸術感性の持ち主である。
天は二物を与えず、と言うが、それは間違いだ。人によっては、二物どころか、三つも四つもお与えになったようだ。
今夜の大平まゆみ ディナーライブを聴いて、そう思った。現在、札幌交響楽団のコンサートマスターを勤めておられる。
ヴァイオリンの演奏を、こんなに間近で聴いたのははじめてである。
3bと離れていなかったのではないか、音の強弱は勿論、弦の擦れる音、さらには、弦の振動に呼応する空気の揺れまでが感じられる近さだった。
それまで擦れていた弦が、ゆっくりと、しかも、微妙な力加減によって音が消えゆく。息を詰め、全神経を指先に集中する。その、張りつめた背筋や腹筋が緊張でピクピクと動く、その様子までもが伝わってくる、そんな近さだった。
クラシックから映画音楽など、世界の名曲が演奏された。その後の言葉がいい。
「外国の曲もとても素敵ですが、それより、童謡や文部省唱歌など、もっと日本の歌の良さを見直して欲しいと思います…」。
とても、素晴らしいディナーショーだった。
ただ、その感動を、単に、「素晴らしい…」としか表現し得ない自身の言葉の貧しさを、残念に思う。
2008/10/13(月) 伊東深水展
今日が最終日ということもあって、会場には多くの伊東深水ファンが詰めかけていた。
場所は、苫小牧駒澤大学 2階ミーティングルーム。
駒澤大学ゆかりの山田春雄氏所蔵のコレクションの中から、選りすぐりの70点余が展示された。
地域文化の香りを高めるとともに、日本美術の世界を堪能して欲しいとの願いをこめて開催した、と趣意にある。
ネットで、「伊東深水」を検索すると、次のような文章が出てくる。
「…日本画独特のやわらかな表現と、鋭い線画による美人画が有名。人気の「美人画」以外の画題を描きたくとも、それ以外の注文が来ず、画家として困惑する時期もあった…」。
繊細な筆遣い、淡い色彩、端正な日本の美人は見事と言う他はない。
今回の展示会の特徴は、最終的に描かれた美人画の元になった、デッサン(スケッチ)が併せ展示されていることである。
「完成品の素晴らしさもさることながら、伊東深水スケッチの確かさをも感じていただくのが、今回の展示会のねらいの一つでもあります」 。開催趣意の二つ目に書かれていた。
美人画の素晴らしさを、より一層高めているのが、描かれた着物の美しさである。
桜の花びら、菊の花弁、見事な筆遣いである。その着物だけを見て回っても楽しいと思える伊東深水の世界だった。
2008/10/14(火) 素晴らしい展示作品
旧洞爺村は虻田町と合併して洞爺湖町となっても、 「洞爺村国際ビエンナーレ」と、洞爺村を冠にして、展示会を開いていた。
これは、これほどの彫刻展を、しかも、毎回無料で開催し続けた旧洞爺村に敬意を表してのことだろう。
2年に一度の割合で開催され、その企画を楽しみにしていたが、2007年開催を最後にしばらくお休みとなった。残念なことである。
いまは、旧洞爺村役場が改装され、瀟洒な建物に様変わりし「洞爺湖芸術館」となり、その館内に歴代の入賞作品が展示されている。ビエンナーレは、つとに知られた展示会である。
ひきかえ、こちらはまだ静かである。「2008 おおたき北海道 陶芸展」。
過日、「大滝工芸館」を訪ねてみた。近くの三階滝は紅葉を求めて大勢の人出で賑わっていたが、館内は静かだった。
陶芸展は、今年で12回目となる。大滝工芸館には、2002年以降の大賞、金賞、銀賞が展示されている。
写真は、買い求めた入賞作品一覧である。写真にあるのは、今年の大賞、金賞、銀賞に次ぐ作品である。敢えて大賞の写真を避けた。
出来れば、ご自身の目でその素晴らしさを確認していただきたいからである。
大賞の作品名は、「布目彩色花器」。文字通り、表面に布目がある。ハッとするような形状が印象的であった。
2008/10/15(水) 運動器の10年
10月12日〜20日は、「運動器の10年、世界運動週間」と定められていることをご存じだろうか。
当方は、「運動器の10年」という言葉さへも知らなかった。
「運動器の10年」は、2000-2010年の10年間の取り組みを言うのだそうである。だとするならば、すでに8年を経過している。逆に言えば、あと2年で終わると言うことだ。
骨、関節、筋肉、靭帯、腱など、身体を支えたり、動かしたりする器官の名称を「運動器」というのだそうだ。
運動器が衰えると、立つ、歩く、服を着脱する、階段を上り下りするといった日常の活動が困難になり、生活の質が低下する。
その「運動器」に関連する病気の制圧を目指す取り組みが「運動器の10年、世界運動」である。
心臓や胃腸などの内臓などと違って、「運動器」だけは自分の思いどおりに動かすことができる。だから、日頃から関節が滑らかに動くようにストレッチに勤めようと関係者は進めている。
油断するとすぐに硬くなるのが「肩」だという。
四十肩や五十肩は、肩の可動域が極端に狭くなったことを意味する。ゆっくりと大きく、日に10回以上動かせと書いてある。
これから、寒くなる。それでなくても姿勢が悪くなる季節だ。
お互い、固まらないうちに、動かすことに勤めましょう。そうそう、肩関節が柔らかいと、ゴルフのスイングもスムースに行えるそうですぞ…。
2008/10/17(金) つい、夢中になって
取りかかるとケリがつくまで夢中になってしまう。悪い癖だ。
昨夜も、その悪癖がでた。
写真は、お気に入りの尾崎沢仙作1尺6寸管である。
ホンのちょっと歌口部に手を加えたい。それが、完了するのにえらい時間を要したのだ。気がつけば深夜。
本来、プロの製管師が誂えた尺八に素人が手を加えるべきではない。手を入れて良くなることは稀だからである。幾度も失敗した経験からそう言える。
しかし、今回はその禁を犯した。いまひとつ、欲しい音が出にくかったからである。ここ一番というときに、ねらい通りの音がすんなりと出る尺八が欲しい。尺八を吹く者、誰もがそう思っている。
尺八は、唇から出る空気がエッジ(写真右の黒い部分)に当たって音が出る。
その際、アンブシュア(Embouchure)と呼ばれる尺八を演奏する時の口の周りの形が大事になる。出来るだけ余分な力を入れないで吹くことが大事なのだ。
唇を当てる部分の尺八のわずかな形状の差によって、スムースに音が出たり出なかったりするのだ。0.1oとも言えないわずかな差、それの修正に時間を要した次第。
同じ悩みを持つ人にしか、理解してもらえないだろうなと思いつつ…。
2008/10/19(日) 江差追分全国大会優勝祝賀会
平成20年度 江差追分全国大会優勝者 安澤 望さんの優勝祝賀会があった。
江差追分全国大会は、今年で第46回目を数える。
この江差追分全国大会は、あまたある民謡の全国大会の鏑矢となった大会である。
江差追分全国大会のこれまでの優勝者は、男性26名 女性19名を数える。
ここ最近は、女性が圧倒的に多い。しかも、若い方の台頭がめざましい。
安澤 望さんは、8歳の時から唄を始められた。そして、4年前に8位に入賞。3位、準優勝、そして今年目出度く優勝の栄冠を勝ち得た。
指導されたのは、江差追分会支部の中でも厳しいと折り紙付きの浅沼春義、和子両師匠。途中で、止めようと思ったことは何回もあった、と今日のエピソードの紹介にあった。
ソイ掛けをされる、お母さんや暖かく見まもられるお父さん、そして、仲間の支えがあってこそと本人の謝辞。しっかりとした挨拶が、芸を極めようとする姿勢を伺わせて好感を持てた。
若いけど、さすがにいい唄だった。人生の経験を積まれることで一層の磨きがかかるに違いない。
2008/10/20(月) DVDに変換
最近、立て続けに3本のビデオテープをいただいた。
いずれも、イベントにでた映像が収められている。2本は同じ方からである。
この方は、毎回催し物の最初から最後までの映像を撮影されている。身内の方が出ておられるから、主体はそちらなのだろうが、当方の映っている部分をダビングして送ってくださる。
残りの1本は、今月7日に行った「秋の吹禅の集い」の映像である。仲間の映像も全て収められていて、見ていて楽しい。
当日は気がつかなかった、それぞれの個性が映像を通して明らかになる。
ただ、ビデオテープを再生することに、最近、やや億劫さを感じるようにもなった。DVDをパソの画面で見るように簡単にはいかない。
テレビの前にどっかりと腰をおろし、おもむろにスイッチをいれる。早送りも思うように進まない。DVDなら、欲しい場面を即座に選択することが出来るのにと、ついイライラが募る。
古いビデオをDVDに変換したいと思っているのだが、簡単にいかない。ビデオテープからDVDに焼きかえるソフトを持っている方もおられるようだが、当方にはそれがない。
かといって、専門家に依頼するほどのものでもない。と言うわけで、見ることのないビデオテープが広くない書棚の一部を占めることになる。
いっそのこと、箱詰めにでもして物置に… と、迷っているこの頃である。
2008/10/21(火) 地方議会、ブログで混乱
「地方議会、ブログで混乱」 今日の朝日新聞には、こんな記事が載った。
本会議を傍聴した人が、ブログの中に居眠りしている県議会議員の写真を掲載。 「無責任ジジイ」 などの表現が問題化、傍聴を規制する動きが起こったというものだ。
その他にも、議員自身のブログの中で、他の議員の発言を取り上げ問題になった例などが紹介されている。
登別市議会でも、かつて某議員のブログに書いた内容が問題視され、紛糾した例もある。現在、登別市議会議員では、当方を含め、6人が自身のHPを立ち上げブログを公開している。
先日の I 山議員のブログにも書かれていたように、ブログは自己主張である。「個性あふれる考え方を自分なりに堂々と主張出来る場である」 とも書かれている。
同感である。良きにつけ悪しきにつけ、書いた内容に責任を持つことは当たり前のことである。
登別市議会では、議会のネット中継も計画している。議会の内容は、これまで以上に市民の目に(あるいは、全国の人にも)公開されることになる。
「ブログでは批判と中傷の区別が難しく、事実と自分の主張をごちゃまぜにしないなどの書く側の責任もある」 とも、新聞記事にあった。
心しつつ、書き続けたい。
2008/10/22(水) 問題意識
「デジカメの エサはなんだと 孫に聞く」。(サラリーマン川柳の歴代一位の作品から)
普段、デジカメを持ち歩いている人も多かろう。当方もその一人である。手持ちのバッグの中に、いつも入っている。
デジカメを持ち歩いていると、つい、何でもないものにもシャッターを押してしまう。フィルム代がかかるわけでもない。必要なければ、印刷しなくてもいい、ってなことでショットは溜まる一方である。
あとで、どうしてこんなものを撮ったのかと自分自身訝るようなショットも少なくない。
今日も、会議の帰り道、なんとはなしに車を停めてシャッターを押したのが左の写真である。これも、その類である。
これだけではあまり意味をなさないのは明白である。
ガソリン高騰時、例えば、180円台の時の写真や、もっと低価格の時の写真と比べての写真掲載が出来ればそれはそれで意味がある。
「わずか、○○日間のガソリン価格の推移」 などとすれば格好もつく。
つまり、カメラを向けるからには、そこに何らかの自分の思いや目的意識がなければならないということになるのだろう。
「常に、問題意識をもってことに当たれ…」などと、言いつつ、我が身自身はそれを全うしていない矛盾を恥ずかしく思う気持ちが少しある。
2008/10/23(木) 超「超」整理法
一時期不調だったGREP検索機能が、昨日復活した。「GREP検索」は、とても便利な機能である。
「これを活用しなければ、パソコンで作業する意味は大きくない」 とまで、言い切る<超整理法3・野口悠紀雄著>。
GREPは、文書間の検索機能である。
つまり、パソコン内に保存してある複数のファイル(文書)から、必要な文書を簡単に探し出すことが出来る検索機能である。
これの、最大の特徴は、あらかじめ「検索語」を設定しておかなくていいことである。必要なデータが何処にあっても探し出せるのだ。
年度毎にとか、関連案件毎にとか分類して保存しておく必要が全くない。ともかく、書いた文章を「整理せずに、ひたすら保存する」だけでいい。
例えば、「世界遺産」 という文字で検索すれば、文章の中に使われている「世界遺産」の全ての文書が表示されるのだ。
つまり、こんな文章を作ったはずだが、何処に保存したかわからない、なんてことはない。パソコン内にある限り、必ず探し出せる。しかも、自動で探し出してくれるのだ。
ただし、普通の「ワープロ」には「GREP検索」はついていない。「エディタ」と呼ばれる文章作成ソフトにしかない機能だ。
当方は、「WZ EDITOR」を使っている。これは、先述の「超整理法3」で知った。
実は、「超」のはしりとなった94年発刊の「超」整理法<野口悠紀雄著>の中で、すでに言葉による検索が重要だと述べられている。
このほど、『超「超」整理法』 が、発刊なったそうだ。今度は、どんな「超」が記されているのか。
2008/10/24(金) 音声認識システム
会社務めの頃、本気で速記術を身につけようと試みたことがある。会議が多く、その記録をとるのに苦労したからである。
だが、結果的には全く駄目だった。
左の写真は、早稲田式速記文字の一例である。この速記文字自体を覚えることが出来なかったのだ。
かつては、地方議会でも速記で議事録を取っていたらしい。現在は、音声記録が主流である。その録音さへも、テープレコーダーから IC レコーダーに替わりつつある。
道議会では、来年度から音声認識システムに替えるそうだ。3年前から委員会審議には導入ずみだという。
これの導入により、音声をリアルタイムで文字に変換できる。しかも、少々の訂正は必要なものの、会議が終わった時点で、大まかな議事録が出来上がっていることになる。
議事録精査のために審議を中断することも激減するだろうし、議事録作成の委託費用も削減される。道内外のかなりの自治体でも導入済みと聞く。
議会フォーラムの議事録作成をした経験から言っても、音源を再生しながら、議事録を書き起こす作業は大変な労力を要するものだ。
開発当初の音声認識システムは、認識度の精度に問題があり敬遠されていた。が、最近のものは後での修正に時間をほとんど要さない程に精度が上がったらしい。
訛りがあっても認識するそうだ。そろそろ、検討してもいい時期にきたのではないか。
2008/10/26(日) ダ・ヴィンチ展
この方の博識ぶりは尋常ではない。
話し始めたら硬軟取り混ぜ、とどまるところをしらない。
その名は、山下敏明氏。ふくろう文庫の代表でもある。
「第4回 ふくろう文庫特別展 レオナルド・ダ・ヴィンチ展+書道芸術展」が開催中と聞いて、会場を訪れた。
展示されているのは、「モナリザ」や、「最後の晩餐」で有名な、ダ・ヴィンチの「パリ手稿」。いわば、ダ・ヴィンチのメモ帳である。思いついた事項や、アイデアが細かく画入りで詳細に小さな文字でびっしりと書き込んである。
さらには、「解剖手稿」。現代医学にも劣らない精度の高いものだそうだ。世界で350部限定の逸品である。
ダ・ヴィンチ展にあわせ、「書の芸術展」も開催。
こちらには、インゲン豆を日本に持ち込んだ隠元禅師が持参したとされる「金剛般若経」。文字の種類だけでも32種類ある。
午後1時、2時、3時の3回、山下敏明氏の説明がある。美味しい「モンパリ」のコーヒー付きだ。期間は、明日まで。
そうそう、書き忘れた。ダ・ヴィンチ展には、自身が描いた「合体像」もある。これは、「極めて珍しく、特殊なもの」だそうだ。その意味は、山下敏明氏ご本人の口からどうぞ……。
2008/10/27(月) いい うんち
朝と言わず、夜と言わずウ、オーキングに精出す人の数は増加の一途をたどる。
メタボ対策、スマートなスタイルの維持、目的の意図はそれぞれだろうが、健康志向の高まりがそれに拍車をかけていることは間違いない。
当方は、幸いにして今のところ体調面で不具合なところはない。強いて言えば、ボディマス指数(BMI)がやや高めな点である。肥満度Tの分類に入る。
見た目はともかく、無理なダイエットは身体に悪い、との見立てを信じている。
日々の健康度を確認する基準は、人それぞれであろう。寝起きの爽やかさ、動きの軽さなど、自分なりの基準を決めておられるに違いない。
当方はといえば、まずは晩酌の美味しさである。体調が悪いとてきめんに味がまずくなる。従って、晩酌が美味しく感じるときは体調がいいときだと思っている。
それともう一つ、少々尾籠な話で恐縮だが朝の排便の内容である。毎朝、じっくりと観察する。つまり、うんちの観察である。
まずは、排便時の心地よさが第一のチェックポイントだ。わずかな抵抗の後に訪れる開放感。何事にも代え難い満足感が拡がる。ついで、色、長さ、太さ 今のところ申し分ない。
「元気があればキラキラうんち」 先日の新聞に載ったタイトルである。
子ども達に排泄のしくみや、食事の大切さを学んでもらおうと取り組んでいる日本トイレ協会の活動内容の紹介だ。
「いい うんち」 極めて重要なキーワードである。
2008/10/28(火) 動物との共存
道内でエゾシカやヒグマが列車と衝突す事故が増えているそうだ。本年度上半期(4〜9月)は、613件と統計を取り始めた2003年度以降で最多となったそうだ(道新08/10/27)。
ヒグマに出くわしたことは、まだないもののエゾシカを見かける回数は格段に増えた。鉱山周辺には、相当数のエゾシカが棲息しているのではないだろうか。
知人は、高速道路を移動中に飛び出してきたエゾシカと危うく正面衝突をするところだった、と驚きを語った。
エゾシカの食害に遭って、道内の樹木に深刻な影響を与えているというニュースはよく聞かれるところである。ひどいところでは、オヒョウやイチイが十数年後には絶滅する危険さへも含んでいるという。
あまりにひどいところでは、樹木の周囲にプラスティックネットを巻き付けるなどの自衛策を講じているそうだ。
JRでは、線路内にエゾシカが侵入しないようにと、エゾシカが嫌うライオンの糞や、警報機、反射板など防止策を施しているそうだが効果が薄いそうだ。
一番いいのは、線路沿いにネットを張って侵入をくい止める方法だそうだが、道内のエゾシカの生息数は50万頭をくだらないというから、これとて限界があろう。
山中、道端で出くわしてもヒグマほどの脅威は感じない。
我々には、写真に収めたいほどの親しみを感じる動物だが、一方では困りものの烙印を押される。共存とは難しいものである。
2008/10/29(水) 今年の初冠雪
鷲別岳(通称 室蘭岳)が白くなった。今年の初冠雪である。
初冠雪の時期としては、まあ、例年並みと言ってよかろう。ここ、10年では10月中の初冠雪が3回、残りは11月である。早かったのは、2000年の10月18日 遅かったのは、99年と03年の11月17日。
白い頂きを見ると、余計に寒さが身にしみる。
ゴルフの季節も残りわずかとなった。まだ、1〜2回は出来そうなので総括は後にしよう。
今年も何冊か、ゴルフに関する本を購入した。「練習ぎらいはゴルフがうまい!」<佐久間 馨著>、 「ゴルフ もっと飛ばす運動法則」<川合武司著>、 「ゴルフコース戦略の 超 セオリー」<永井延宏著> などなど。
どれも、それぞれに頷くところがあった。都度、「開眼」 した。何度も何度も「開眼」を繰り返す。多くのゴルファーが、必ず通る道である。これまでに何十回 「開眼」 したことか。
最後に買った本は、タイトルに引かれて購入した。「なぜ、多くのゴルファーは 『開眼!?』 してもスコアアップにつながらないのか」<角田陽一著>。
読みながら笑ってしまった。ゴルフで悩んでおられる方は、是非 ご一読をお勧めする。これまでの悩みが一気に解決する?
ゴルフスイングに関して、当方はいま、一つのことだけ意識していることがある。古くから言われていることだ。
それが結果的に良かったのか悪かったのかも、今年の総括の時に記したいと思う。シーズン終了 近し。
2008/10/30(木) カルメンに期待
食欲の秋、いや、文化の秋 と言うわけで、この時期、様々な団体の発表会が開催される。
登別市の行事だけではない、室蘭市の団体からも案内が来る。
コーラスグループに入っている方とか、ピアノ伴奏をされる方とか、知り合いの方からのお誘いもあるから出来るだけ観に行くように務めている。
あらかじめ配られるパンフレットにも様々な意匠が凝らされていて興味をそそられる。(写真)
そんな中で最も興味を惹くのは、登別合唱協会が行う 「カルメン」 である。登別女性コーラスMFG、ボニークラック、女性コーラスしおさい、それに、シルバーHGの合唱団が協力する。
カルメン(メゾソプラノ):タバコ工場で働くジプシーの女 、ドン・ホセ(テノール):衛兵の伍長 、ミカエラ(ソプラノ):ホセの許婚、エスカミーリョ(バリトン):闘牛士。
それぞれの役柄も決まり、いまは、最後の総仕上げに入っていると聞く。
物語。…… 故郷にミカエラという許嫁を残し、ドン・ホセはセビリアの竜騎兵を勤めています。彼はそこでタバコ工場で働く魅力的なジプシーの女性カルメンと出会います。
ある日タバコ工場で喧嘩騒ぎを起こしたカルメンをドン・ホセは監獄へ連行しようとしますが、カルメンの誘惑に負け、逃してしまいます。ドン・ホセはカルメンを逃亡させた罪で獄につながれます。……
原作はプロスベル・メリメ(1803―1870)の小説で、1845年に発表された。ジョルジュ・ビゼー(1838―1875)が、『カルメン』のオペラ化を決意。(Wikipedia)
さて、どんな 「カルメン」 が演じられるのだろう。期日は、11月9日。場所は、登別市市民会館です。
2008/10/31(金) 酒は一人がいい
秋が深まっていた。酒の美味しい季節になった。いや、四季折々 いつも美味しいのだが、この季節の酒は格別である。
巷からお誘いもかかる。
今日も、ピピット情報が入ってきた。≪生うに折≫限定お一人様≪700円≫ 是非、ご来店を…とある。≪生うに折≫ なら、冷酒でも、熱燗でもうまいに違いない。
酒に関しては、数々の名エッセイがある。今宵は、道新に載った「朝の食卓」を紹介し、10月の末日の責を逃れたい。
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朝の食卓 酒 諏訪裕滋さん (弁護士・札幌) 2005/03/11
親譲りの酒好き、宴会好きで、若い頃から多くの人とワイワイやりながら楽しく飲むのが好きだった。大いに笑い、歌い、時には激しい議論をしたりしながら酒席を楽しんでいた。
そんな時、店のカウンターの片隅で、一人黙ってチビリチビリ飲んでいる中高年の男たちをたくさんみた。背中にはどうしようもない孤独感がにじみ出ており、寂しさを感じさせた。
そんな姿をみて、自分は絶対にあんな酒の飲み方をしたくないと思った。酒を飲むからにはとにかく楽しくなくてはと思った。
五十代半ばをすぎてしまった今、私は騒がしい酒場のカウンターで一人ちびちびやるのが好きな酒飲みに変貌してしまった。
昔昔、衷れんだ男たちの仲間になってしまったのである。あの時みた、くたびれた感じの男たちの気持ちが、イヤというほどわかるようになってしまったのである。
酒は一人で黙って飲むのが断然うまい。何の気兼ねもなく、あいそ笑いする必要もなく、妙な相づちを打つ必要もない。うまい酒と一対一で向かい合い、とてつもなく長い歴史を経てきた奥深さにじっくりと触れることができるのである。
酒が静かな語り口でつぶやく。「今日一日、本当にお疲れさん。まあ、くつろいでくれたまえ」
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最近、同じようなことを、時折思う。すでに、「五十代半ば」はおろか、、「六十代半ば」を過ぎているのだが……。