・・・くま日記・・・
2008/09/04(木) 大正琴登別大会
一応の準備を終えた。本番は、今度の日曜日。そう、9月7日 日曜日である。
登別市 市民会館大ホールで開催される「大正琴登別大会」 の舞台準備が、今日行われた。
この 「大正琴登別大会」 は、平成20年度の胆振管内道民芸術祭として開催される。
昨年は、同じ会場で民謡大会が行われた。今年は、大正琴の発表会が行われる。胆振管内道民芸術祭として、大正琴の大会が行われるのは久しぶりのことである。
主催は、北海道文化団体協議会。共催 胆振文化団体協議会・登別市文化協会。そして、主管が登別大正琴愛好会となる。
すでに、ポスターもちらしも完成し、あちこちに掲載されているからご覧になった方も多いに違いない。
折悪しく、開催日の9月7日は、刈田神社のお祭りと重なる。市民の多くは、お祭りに流れることが予想される。
ただこの大会、遠く苫小牧市からの参加もある。出来れば多くのみなさんが会場を埋めてくださることを念じている。
2008/09/05(金) 白石市物産展歓迎交流会
今年は、「蔵王の雫」がテーブルに並んだ。蔵王酒造株式会社の方の提供によるものである。
登別・白石 姉妹都市歓迎交流会が開かれた。
明日から始まる刈田神社のお祭りの際、白石市の物産がテントの中に並べられる。
今年も、風間市長さんはじめ十数名の方々がおいでになった(写真)。
風間市長さんは、明後日が自身の市長選挙のための事務所開きだという非常に大事で多忙な時期にもかかわらず、この物産展のためにおいでくださった。
若くて、非常に活動力のある方である。前上野登別市長とも交流が深かった。これからは、若い小笠原新市長との交流がはじまる。姉妹都市の絆もますます深まって行くに違いない。
白石市の文化協会は、平成22年度に創立40周年を迎えるそうだ。登別市を訪問したいとの計画もあるらしい。こうした交流会の席上でも文化協会の方々との交流が出来ればうれしいものである。
今日、風間市長さんとの立ち話でもその話になった。きっと、実現することだろう。
2008/09/06(土) 風の盆
七万人を超える観光客がこの小さな町に溢れているのに、耳に入るのは唄とそれを支えるもの悲しげな胡弓の音だけである。
いつかこの地を訪れて心ゆくまで浸ってみたい、永い間、そう心に留めていた。
「越中おわら 風の盆」 やっとその思いが叶った。
踊りそのものは、素朴な農作業の身振りを取り込んだ単調な繰り返しだが、長い年月をかけて磨きあげられた美しさがある。
編み笠をかぶれるのは、男性も女性もある若い年代にのみ許された特権である。
笠の下には茶髪のロングヘヤーものぞく。が、踊りは一流だ。男性も女性も、指先まで神経のいきとどいた手の線と、腰がぴしっと決まった美しい姿勢が観るものを惹きつけてやまない。
「動きの美しさよりも、止まった時の線の美しさを見せる踊り」 と言われる由縁だ。
地方とよばれる囃し方が踊りの後ろから支える。三味線が4-5人、太鼓1人、胡弓1人、そして、何人かの唄い手が代わる代わる切々とうたいあげる。
八尾は坂の町だ。JR越中八尾駅から、東新町まで南北にほぼ3q。
ぼんぼりに彩られた町は、どこを歩いてもいいが、中でも落ち着いた風情を見せるのは坂の上にある諏訪町だ。広くない通りと古い家並み、そして石畳に覆われた路面が訪れた人間を優しく包む。
この諏訪町の踊りは、八尾の町の中で一番美しいと言われる。きっと、町に住む人の心も魅力に溢れているに違いない。
2008/09/07(日) 無事に終了
無事終了した。一時はどうなることかと思った。
プロの言葉を借りれば、「仕込み」 にとてつもない時間がかかったのである。
午後1時開演予定、一応音出しを含めたリハーサルの時間を充分に確保しようということで、スタッフは午前8時にスタンバイ。
各出演団体毎に、リハーサルが始まる。
ご存じのように、大正琴は、単独では音量が小さい。従って、各団体とも、アンプ、ミキサーなどを持参し、さらに会場となる市民会館の出力アンプとの接続が必要になる。
慣れた団体は、手早い。PAに詳しい方がてきぱきと配線していく。
ところが、ところがである。演奏曲のリハまではとてもいかない。音が会場に流れるように出来たのは、開始40分前。
それでも、なんとか開演にこぎつけることができた。準備に時間を要した分、本番は見事に、しかも余裕をもって終えることができた。
アトラクションとして出演してくださった、長助流 南京玉すだれの小西さん(写真中)、そして、フラダンス・ハワイアン フラ モエリピネの皆さん(写真下)のご協力もあって、来ていただいたお客さんにも楽しんでいただくことが出来た。
かくして、平成20年度 胆振管内道民芸術祭、まずは、めでたく 「お開き おひらきー」。
2008/09/08(月) 元気な姿だけでいい
当方も同じような感慨を持ったことがある。今朝の朝日新聞 声欄に載った「高齢歌手の歌 思い出崩れた」である。
内容の一部を紹介しよう。
……かつては美声で名調子だったスターも重ねた年月には勝てない。声量は少なく、音程はふらつく。見るのも痛々しい。どうか、番組の製作に当たっては、全盛期の映像にするなどの配慮をして欲しい……。
こんな、内容だった。「思い出のメロディー」とか、「懐かしの歌」 などの番組で歌われる往年の歌手の姿に幻滅を覚えた方の投稿である。
年齢を重ねるのは仕方がない。しかし、当然のことながら若いときの技量は維持できない。名歌手のイメージが崩れていくどころか、当時の素晴らしかった歌の印象さへも失ってしまうような気がしてならないのだ。
元気で過ごしておられる姿を拝見出来るのはうれしい。しかし、歌は歌わなくてもいいのではないか。
当時の思い出話を伺う、そして全盛期の映像で充分である。痛々しい姿を見るのはしのびないと思う。
このくま日記にも取り上げたことがある。一時期、夢中になって聴いただけに、悲しさが募る。
今回投稿された方が、どの歌手を指して言っておられるのかは定かではない。しかし、投稿された方の年齢は、当方とほぼ同じだ。聴いた歌も、あこがれた歌手の面々もほぼ同じようなものだったのではなかろうか。
目を閉じて当時を思い出す時、素晴らしかった歌であり姿であって欲しいと思っておられるに違いない。
2008/09/09(火) 今年はついに…
先日、刈田神社の祭典が終わった。今年はついに、刈田神社のお祭りに顔を出さなかった。日曜日に登別市文化協会の行事が重なったこともある。
刈田神社のお祭りが9月の第一土曜日、日曜日になったのは、2002年(平成14年)からのことである。それまでは、8月22日宵宮、23日本祭りだった。
その、何年か前から、関係する町内会などから土日にして欲しいとの要望も出ていた。が、昔からの神社の行事だからと、神社側の強い意向があって実現しなかった。時代の流れや、総代、氏子の強い要望に応える形で平成14年から変更になった。
毎年、何らかの形でお祭りに関わってきた。
一つは、夜店の出店である。ボーイスカウト登別第1団で夜店を出していた。子供達の活動費や遠征費の足しになればとの思いで、父兄の協力を得て二日間にわたって出ていた。
焼き鳥、ビール、焼きそば、サワーなどなど、慣れぬ手つき、汗を拭き拭き頑張ってきた。全てボランティアだった。いつの頃からか、協力してくれる父兄の考え方に変化が生じた。
そんなわけで、今年はとりあえず止めようということにした。
もう一つは、鉱山獅子舞である。こちらは、平成3年から保存会の笛の担当をしてきた。今年は、保存会の会長が逝去されて、喪に服すという意味で渡御への参加を見送った。
こちらは、来年度からはまた参加の予定である。
ただ、こちらも問題がないわけではない。保存会のメンバーがギリギリの中で対応しているのだ。
獅子が二人、鎌が一人、太鼓一人、チャッパ一人、笛一人、最低でも6人のメンバーが必要なのだ。一人でも欠けると演舞に支障をきたす。
当方の担当は、笛だが後釜が見つからない。なんとか早めに後継者を見つけないと…。
2008/09/10(水) ご苦労様でした
楽しい会合だった。
飲み会の目的を正当化するのは、こうした会合を主催する側の常套手段である。
今宵の会合、主たる目的は先日終了した胆振道民芸術祭 大正琴演奏会の成功をねぎらう慰労会。
まずは、様々な軋轢の中で中心となる大正琴のグループをまとめられたOさん(写真2枚目)。
そのご苦労に乾杯である。
次いで、全体の司会を担当されたYさん(写真3枚目)。
この人達の協力がなければ成り立たない行事であった。
こうしたイベントには、表舞台には立たないけれど、影で支えてくれる仲間が存在するのもいつものことである。写真5枚目のNさん、N1さんはその代表例である。
さらに、この懇親会の場にはいないけれども、Kさん、I さんの支援は目立たない行動だけに、何らかの形で公にその功績を残しておく必要がある。いずれこのくま日記でも取り上げたい。
写真下段3枚は、二次会で流れた居酒屋でのショットである。
美人のママさん、居合わせたお客の美人のSさんに囲まれて、やに下がっているくま日記の書き手は下段右端である。
2008/09/11(木) 特別委員会設置
今日、臨時議会が開催され、医療費問題に関する特別委員会が立ち上がった。
「医療費助成事業に係る高額療養費請求事務に関する調査特別委員会」 これが、正式名称である。
委員会構成も、生活福祉委員会に所属している委員を主体に、新たに何人かが加わった。委員数は、13名。7会派から少なくとも1名は委員として選出されている。
今日は、正副委員長が互選され今後の調査方法の確認や必要とする資料の請求について審議された。これまで担当していた生活福祉委員会での審議から、正式に特別委員会に調査の権限が移されたことになる。
8月21日、8月25日に開催された生活福祉委員会の議事録の他、これまでに行政側から提供された資料が全員に配布された。これらと、今日求めた資料に基づいて委員会の中で調査されることになる。
まずは、委員全員のこの問題に対する理解度の共有を計ることから進められることになろう。
委員は、配布になった資料を精読し、次回の委員会までには問題点なり、質したい内容などを整理しておく必要がある。
当方も委員の一人として審議に加わることになった。市民の方々にも充分納得していただけるように、今回の問題の発生原因や再発防止策まで含めた審議をしていかねばならないと心に決めている。
また、必要に応じて委員だけではなく専門の方々のご意見もいただくことも考えて行かねばなるまい。
最終結論をいつまでに出すのかも現時点では決めてはいないが、出来るだけ短期間に調査が終了するように努力しなければならない。
2008/09/12(金) 相変わらず臭い
「公共施設内での全面禁煙に踏み切る自治体が多くなった。また、病院や医療機関でも分煙や全館禁煙にするところが増えてきた。日鋼記念病院では、5月31日の世界禁煙デーの日を契機に 『全館禁煙』 にするそうだ。高く評価したい。」
これは、2004/04/28 のくま日記で書いた内容である。
確かに、院内は 『全館禁煙』 になった。そして、喫煙者のために、建物の外に喫煙所が設けられた。正面玄関脇にプレハブの一室が、その場所に割り当てられた。
ところが、これがすこぶる不評である。不評なのは、喫煙者にとって不便だという意味ではない。外来者から寄せられる声である。
ドアを開けっ放しでたばこを吸っていたり、はなはだしきは、喫煙場所から出て病院の正面玄関の影で吸ったりしているのだ。
通院する妊婦の方や、子どもにも受動喫煙の可能性があるし、臭い。なんとか対処して欲しい、と室民トークにも載るのだが、一向に改まる様子はない。
当方も、2008/04/13の本欄で取り上げたり、直接受付嬢に申し入れをしたこともある。「はい、わかりました」 との返事をもらうのだが、依然効果はない。
こうしたことは、経営者がその事実を把握しないと改善はできない。どうも、顧客の声が上司に伝わらぬシステムになっているらしい。
先日の新聞報道では、2007年度の室蘭市立病院の入院患者が6千人も増えた、日鋼記念病院の態勢縮小の影響だと書いてあったが、ひょっとしたら、上記のように顧客の声を聞き入れないことなども影響しているのではないか。
今日も、喫煙場所のドアは開けっ放し。病院の玄関前は、たばこ臭かった。
2008/09/13(土) 楽しみな新聞の連載小説
道新の新たな連載小説が始まった。 「親鸞」 <五木寛之・作 山口 晃・画>である。
登場人物もそれぞれ表情が豊かだ。河原坊浄寛、つぶての弥七、法螺坊、そして忠範。物語は、京都の河原に、遺体がごろごろころがっているような殺伐とした時代背景の中での展開だ。
今回は、最初から読むと決めて、連載がはじまった今月の1日からきちんと読んでいる。
実は、先月終了した「新三河物語」 。物語の展開に引き込まれるように夢中になった。しかし、それは途中、というより、すでに終盤に近かったから、あっという間に終わってしまった感がある。
なんだか、とても損をしたような気分を味わったものだ。だからこそ、今回は一日も欠かさず読んでみようという気になっているのだ。
「新三河物語」 は、終了までに、実に、593回もの連載を続けられた。二年近い歳月を要している。
新聞の連載小説は、単行本と違って、毎日物語に山場があって進んで行く。そういった意味では、一日と言えども疎かにできない。
その物語の展開に、一層膨らみを持たせるのが挿画である。今回の「親鸞」の挿画を担当されるのは、山口 晃氏。非常に緻密な画である。
前回の「新三河物語」 の挿画は、村上 豊氏だった。水墨でざっくり描いているようで、細かな人物の表情まで生き生きと描かれていた。
「新三河物語」 は、すでに単行本として新潮社から上巻が刊行されたという。こちらも一度、じっくりと読んでみようと思っている。
2008/09/14(日) 敬老会
今日は、町内会の敬老会だった。
我が町内会では、カルルス温泉に出かけて、温泉に入ってゆっくりとくつろいでいただく取り組みを続けている。すでに8年になる。
移動にエレベーターの利用が出来る、会食が椅子席で可能、などの条件を満たす、そんなことから場所は限定されるが参加者には好評である。
今日も、「楽しかった…」 「来年も参加したい…」 など、うれしい言葉をいただくことが出来た。
ただ、足が弱ってきた、などの理由で参加を見合わせる方も少なくない。そんな方々には、記念品のみを配らせていただいた。元気で参加される方がおられる限り、町内会としても敬老会を開きたいと思う。
先日の報道によれば、札幌市の例だが、高齢者でインターネットを利用した人の割合は15.8% と6人に1人が利用している計算になるそうだ。
国内旅行には、46.6% 出かけているそうだし、海外旅行にも 8.3% の人がいっているとの統計もあるそうだ。いつまでも元気で過ごされることを願いたい。
ところで、登別市の高齢化率は、26.2%。全道平均の 23% よりもやや高めである。70歳以上でも、9,800人を超える。誰もが安心して住むことができる地域の構築が課題である。
2008/09/15(月) ユニバーサルデザイン
最近時計が見えにくくなった。購入したのは10年くらい前、確か札幌のトーキューハンズで買った。
文字盤が見やすいように出来るだけ大きな文字で表示されているものを選んだはずだが、一瞬時刻を読み切れない時もある。目が薄くなったことを意味する。
曜日と日付の表示は既に役に立たない。何かのショックで狂ったせいもあるが、表示部分があまりにも小さすぎるのだ。
今度、腕時計を買うとしたらこれにしよう、と決めている製品はある。
日本福祉用具協会が斡旋しているものだ。写真でしか確認していないが、まず、目に優しいデザインである。つまり、文字が大きいということだ。
それも、数字の「12」 「9」 「6」 「3」 がとりわけ大きくわかりやすくなっている。さらに、竜頭の位置が工夫され怪我の防止にも考慮されている。いわく、ユニバーサルデザインだという。
ユニバーサルデザインとは、障害の有無や年齢にかかわらず、誰でもが快適に使いやすいデザインのことである。
誰もが使える。使い方が単純。使う人に必要な情報が簡単に伝わる。間違えても重大な結果にならない。楽に使える、など、七つの条件を満たしたものをいう。
最近新たに整備された道路(例えば、柏木通りなど)の両側の歩道には、工夫が感じられる。
つまり、歩道の段差があまり大きくならないようになっているのだ。これは、車いすを使う方にも、健常者にも好評である。これなども、ユニバーサルデザインの考えに基づいたものだろう。
26.2%の中の一員に身を置く当方にとっても、勿論ありがたいことである。
2008/09/16(月) 電子ピアノ到着
秋の様々な発表会が行われている。
今日の夕刊にも、ピアノやエレクトーンを習う人達の発表会の模様が報道された。
知り合いにピアノ演奏をする人がいて、入場券をいただくことがあるから義理でコンサートに行く機会がある。義理ではあっても、その都度、音色や演奏の素晴らしさに感激して帰ることは多い。
両手を自在に操りながら緩急織り交ぜた演奏は、マジックとしかいいようがない。そのことをあらためて実感する羽目になった。
写真は、最近購入した電子ピアノである。ネットオークションで買った。実は、恥ずかしながらこれまでピアノの鍵盤に直接触れたことがなかった。
黒鍵と白鍵の位置がある決まった法則に従って並んでいるなんてことも知らなかったし、長音階では、全音、全音、半音 …… などときまった間隔があることも知らなかった。
もともと、譜面に並んだオタマジャクシを見るだけで頭が拒絶反応を示していたのである。
ある事情で、洋楽器と邦楽器の音を比べてみなければならない、という切羽詰まった必要が生じた。それでやむなく購入に踏み切ったのが写真の電子ピアノである。
おそるおそる一つ一つの音を確かめながら、その運指の難しさや音の配列の不思議さに驚きながら、ピアノ演奏者の頭の良さやテクニックの凄さにあらためて思いを馳せるのである。
簡単なハ長調ですら、指でポツリポツリの音探しが必要なのだ。♭マークや、♯マーク、そして、それらが幾つもついた調を苦もなく弾きわける。まさに神業である。
そこまでは望まない。せめて、簡単な童謡くらいは目をつぶってでも弾けるようになりたいものだ。
2008/09/17(水) 新旧交代
最近のくま日記、議会に関することの記入が少ないのではないか。I 山議長から、やんわりと指摘を受けた。
これは、とりもなおさず一緒に飲む機会が最近少なくなったことを意味する。
しかし一方で、議長という要職にあるという事情はあるが、当方の差し出す杯をうまく受け流すテクニックを身につけられたことに寂しさも感じている。
酒豪でありながら、きちんと自らをコントロールされる飲み方に敬意を表しつつ、いつかこころゆくまで杯を重ねたいと願うものでもある。
時々、議長の奥方が、このくま日記に目を通してくださっているらしい。
ならば、余計なことと知りつつ、敢えてお願いしたいものである。これまで以上に、ご一緒に「○○太助」などで、ご夫婦共々に息抜きの場を共にされんことを……。
今宵は、その議長の発案で新・旧議会事務局長の歓送迎会が開かれた(写真)。
学校でも役所でも、先輩・後輩の関係にあるお二人のこと、我々には窺い知れないお二人のつながりもあろう。議会のことのみにとどまらず、今後とも広く市民のためのご尽力をお願いしたいものである。
今日の場は、お二人の人柄を表すように終始なごやかな、いい会合だった。
( 言い忘れた。2-3日 くま日記の更新が滞ります。 )
2008/09/22(月) 自業自得
嫌な予感は、実は、あった。
早朝、現地を出発したにもかかわらず、結果的には会議に出席できないという最悪の結果になったのである。
ことの顛末はこうである。
旅に出かける前に自家用車のタイヤに目をやったときのことだ。一段と摩耗の進んでいることに気がついた。前輪の左右ともにである。パンクという三文字が頭をよぎる。
往復 400q。この間くらいは、なんとかなるのではないか。
しかし、その淡い期待は見事にうち砕かれることになる。所用を終え、帰途につく。これなら、心配は危惧に終わるかも知れない。内心、願いつつ走行。
残念ながら、不安は的中。まず、右がパンク。これは、スペアタイヤで対処。一息ついて、出発。マウンテンバイクの如きスペアタイヤの音を気にしながら、スピードを抑えめに走る。
が、間もなく、プスプスともパフパフとも取れるような音と共に、左側がパンク。
万事窮す。しかし、こんな時のために保険に入っている。うたい文句は、「JAF並の支援態勢が出来ています」だ。
だが、悪いことは重なるものである。場所は、山中。こともあろうに、携帯は圏外を示す。この時ほど、つながらない携帯を恨めしく思ったことはない。
路肩に車を寄せ、電話を借りるべく民家を探す。とぼとぼと歩き出すこと5分、民家有り。呼べど応答無し。さらに、民家を求めて歩くこと10分。
「そりゃー、お困りでしょう。どうぞ…」 。親切な応対に救われて手配が完了。感謝の言葉を述べ、車を放置した場所へ引き返す。
まつことしばし、やっときた修理工場の車に牽引されて40q先の工場へ。新品のタイヤ2本購入装着。結局家に帰り着いたのは、午後3時。
夜間や、冬季ならこうはいくまい。
北海道は広い。以前、ガソリン切れを心配しながら山中を走ったことがある。その時の反省が全く生かされていない。自業自得である。
何事につけ、早めの対応が肝心であることを思い知らされる。反省。
2008/09/23(火) 秋の空
朝の雨で一気に気温が下がった。
爽やかさを通り越して、もはや、「寒い…」と言う言葉がぴったりの季節になった。
この時期は、空を見あげる楽しさも一段と増す。秋の空は深く高い。
WMO(世界気象連盟)の定めるところによると、雲の形は基本型として、10 種類あるそうだ。
これは、雲の現れる地上からの高さと広がり方、形状、その組成などから分類されている。
秋の空は高く澄み切って、他の季節に比べて、一段と雲の形や塊具合がはっきりとした絶好のシャッターチャンスがある。
10 種雲形の1 つに、中層から上層に現れる「高積雲」と「巻積雲」がある。「うろこ雲」や「まだら雲」のことである。
写真の雲も、時間を経るごとに形を変えていった。
世の中も雲のようにめまぐるしく動く。時に、人里を離れ、静かに空でも見あげるゆとりが必要なのではないか。
2008/09/24(水) 新市長の第一声
寒くなった。これまで、部屋で着ていた短パン・半袖Tシャツから、スエットスーツ上下に切り替えた。
そんな寒さと裏腹に、議場には熱い風が吹いた。
「行ってみようと思っている…」 「私も聞いてみたい…」 などの声が多かったから、多くの市民が来られるかもしれないとは思っていたが、これほどとは思わなかった。
それほど、多くの傍聴者があった。
第2回登別市定例市議会が今日、開催となった。小笠原春一新市長が登壇し、所信表明を述べられた。傍聴者が多かったのは、この新市長の所信表明を聴くためである。
やや緊張の面もちではあったが、41歳という年齢にふさわしく、はきはきと若さが全面に出た第一声であった。
「全力を尽くして市政の『経営』に努めたい」、立起以来、一貫して民間の感覚で…と訴え続けられた思いが、この言葉に凝縮されているように思える。
ただ、所信表明の内容には、物足りない部分もあった。
例えば、市民の声を聞くことができる場をつくりたい…と述べられたが、具体的な方法は提示されていないし、共に支え合う福祉を推進する体制とは、どんなものか。
喫緊の課題に取り組むと述べておられるが、喫緊の課題をどう認識しておられるのか、具体的に何をさすのか、などなど、質していかなければならない点も多い。
さらにいえば、支庁再編問題や、市町村合併問題など、これからの登別市の進むべき方向については一切言及がなく、やや物足りない感じを受けた市民も多かったに違いない。
それらは、10月6日からはじまる一般質問の中で明らかになっていくことだろう。
しかし、「市民のために行動する日本一の市役所を目指したい…」 、この言葉に大きな期待を寄せる市民は多いはずだ。若さと行動力に、期待したい。
2008/09/25(木) 江差追分全国大会
第46回 江差追分全国大会 一般の部を制したのは、地元江差町の安澤 望さんである。
一般の部は、全国から予選を通過した185名が栄冠を競った。
二日間の予選を終え50名が決勝に残る。そして、その中からトップの10名を選ぶのである。決勝に残った方々の差は、ほとんどない。
大会当日その日に、自分の最高の調子をあわすことが出来た人が、頂点に立つ。1年間の練習の成果を、3分間に込める。聴いていて鳥肌が立つような唄が続く。今年もいい唄が多かった。
一般の部の大会は、46回を数えるが、少年の部と熟年の部は、12回目となる。
166名の参加があった熟年の優勝者は、白老町の松谷敏江さんだ。出身が江差だけに、味わいのあるいい江差追分だった。
少年の部には、全国から51名の参加があった。優勝したのは、上ノ国町の中島琴美さん。
中島琴美さんは、平成15年にも優勝している。今年は中学3年生、来年からは一般に混じっての出場となるが、来年も大人に負けないいい唄をうたってくれるに違いない。
少年の部は、これからもレベルの高い唄が期待される。
写真は、アトラクションの一貫としての合唱風景だが、親に手を引かれるような幼児の姿もあった。江差追分の前途、悲観することはない。
2008/09/26(金) 同窓会の案内
先日、同窓会開催案内とともに、1枚の写真が送られてきた。
見るに、高校入学の頃と思われる。
育ったのが田舎のこととて、クラスの数はわずか二クラス。従って、写真の面々の名前は、即座にわかる。
もっとも、女子は、旧姓しかわからない。
写真に写っているメンバーの中からでは、一人が鬼籍に入った。クラス全体では、何人かが亡くなっているはずだが、詳細はわからない。
当時はどういった理由か知らないが、学年毎に担任の先生が変わった。
複式授業の時もあって、午前中に授業があるときと、午後の場合とがあった。小学校で6人の先生が受け持ってくださったことになるが、どの先生の顔も名前も覚えている。
勉強らしいことをした記憶は全くない。ただ、楽しかった記憶だけが残っている。よく喧嘩はしたが、いじめも無かったし、不登校もなかった。
写真は、当時としてはかなり着飾った雰囲気である。どこかの家の庭先のように見える。
よく、大挙して先生の家に押し掛けた記憶があるから、ひょっとすると、先生が撮ってくれた写真家もしれない。
今の子ども達も、先生を慕う気持ちに変わりはあるまい。先生の家を訪ねて、遊ぶなどという時間はあるのだろうか。
2008/09/27(土) ランフラットタイヤ
「パンクした後、時速80`で80`の距離を走ることができる」 というタイヤがあるそうだ。
パンクはやっかいだ。夏ならともかく冬なら、なんとかこのまま修理工場まで走れないものか、と思う人も多いはずだ。 実際、先日のパンクの時だって、そう思った。
そんな自分勝手で都合のいいタイヤが、現実にあるそうだ。
「ランフラットタイヤ」 が、それである。2年前の記事の中から見つけた。普通のタイヤは、パンクして空気が抜けたら車の重みでつぶれてしまう。
ところが、このタイヤ、側面のゴムの厚みが、普通のタイヤより厚い。従って、空気圧がゼロになっても車体の重量が支えられるという。
もともとタイヤ交換が出来ない身障者のための特別車につけられたという。
それが、80年代後半にスポーツカーを中心に実用化。05年末での「ランフラットタイヤ」の出荷数は、350万本にもなるという。
タイヤ交換を得意としないドライバーは多い。きっと、もっともっと普及するに違いない。
ただ、パンクしたことをドライバーに知らせる装置がついた車種でないと、パンクを知らないでいつまでも走り続けるという恐れはある。
それにしても、タイヤを極限まで使って、バースト状態になった当方の例のような場合には、例え「ランフラットタイヤ」でも役に立たないことは明白である。
こまめに点検を…という姿勢が必要なことはいうまでもない。
2008/09/28(日) 広島県人、喜びの一日
「『中国者の律儀』 などと、戦国時代、京都あたりではいわれた」 と、司馬遼太郎の「街道をゆく」に書かれた中国者とは、中国地方、つまり広島の風土を描写する。
律儀に通いつめたファンに惜しまれながら、今日の試合をもって広島市民球場の幕が閉じた。
貧乏球団だった。試合前、選手が樽の前に立ち、市民のカンパを募った。市民待望の、ナイターの出来る球場が出来たのは、1957(昭和32)年だった。
原爆の爆心地のすぐ近く、カクテル光線が照らす球場を、「広島もやっと一人前になった」 と市民は誇らしげに語った。
その球場での最後の試合で、広島がヤクルトを6−3で破った。試合後は選手らがグラウンドを一周して、ファンに感謝の気持ちを示したそうだ。
この球場でナイターを観たのは、もう10年近くも前のことになる。中日との試合だった。終えて、市内中心部の「お好み焼き村」 のあるビルに入った。
どの店も満員で、終わったばかりの試合を振り返りながらジョッキを傾けている人で溢れていた。
平成21年(2009年)3月に完成予定の広島市新球場は、JR広島駅東側の貨物ヤード跡で建設が進んでいて、来春から広島球団の本拠地となる。
広島駅のすぐ側ということで、一段と利便性が高まるに違いない。
そうだ、ついでにと言っては失礼だが、うれしいので書いておこう。サッカーJ2のサンフレッチェも、今日、J2の優勝を決めた。勿論、来期はJ1復帰である。
広島県人にとっては、印象に残る一日となった。
2008/09/30(火) 再び、お願い
登別市文化協会の役員会があった。
議題の一つは、今年度の文化協会表彰式についてである。傘下各団体からも、表彰の対象となる候補の推薦があった。
功労賞、芸術賞など、例年、10人前後が表彰の対象となる。
正式には、10月7日に行われる審査委員会で決定される。今年は、どんな方が名を連ねるのだろうか。
議題の二つ目は、平成20年度の胆振文化団体交流会の参加についてである。
今年は、室蘭市で開催される。会議の他に、日本製鋼所室蘭製作所の工場見学も予定されている。日本製鋼所室蘭製作所は、今年、工場の規模が大幅に拡大なった。
文化協会関係者が工場を見学する機会は、そう多くない。きっと、参加希望者は多いことだろう。
会議の最後には、市民文芸(写真)の拡販についても意見が交わされた。300冊の印刷のうち、まだ60冊余が文化協会事務所内に保管されている。
市民文芸については、本欄8月7日でも触れた。創作、随筆、自分史、童話、詩、短歌、俳句、川柳など内容は充実している。1冊、千円。是非、購読にご協力を。