・・・くま日記・・・


2008/08/01(金) 月下美人
 
 昨夜、月下美人が花を開いた。今年、咲いたのは二回目である。一回目は、例年になく早く6月21日だった。

 記録を調べてみると、咲く時期は一定していないことがわかる。それでも、6月に咲いた記憶はない。

 芳醇な匂いが漂うのは、いつ咲いても同じである。

 咲くところが見たいとの要望も多いが、なかなかタイミングが合わない。予測がたてられればいいが、前兆らしきものが見えるわけでもない。

 加えて、満開になるのは、大抵真夜中である。

 さらに花が開くのは、一夜だけである。翌朝のしぼんだ姿は見る影もない、あの、真夜中に見せた艶やかな姿とは、とうてい思えないほどの哀れな姿なのである。

 一夜限りの花の哀れ、が人の心をとらえるのかネット上にも「月下美人」の写真や記事は多い。

 「夜、咲いて、朝まで花が開いていました」 との記事や、「暗くなるとだんだんと花が開いて来るのですが、開花する時に耳をすますと、花びらがこすり合って音が聞こえます。」 

 といった、細やかな観察記録も載っている。

 毎年咲くのは珍しい、などの書き込みも見受けるが、当方の家にある月下美人は、毎年咲く。残念ながら、開花するときの音は聞いたことはないが、芳醇な匂いは毎回味わうことが出来る。

 次回は、「咲きそうである」との情報を載せてみたい。











2008/08/02(土) 「神州一味噌・尺八味」
 
 小さな記事だから見落とした方がいるかもしれない。

 いい味噌を造りたい、そのためには素晴らしい音楽が最適。「神州一味噌」などを造る味噌の醸造メーカーの要望に応えて、オーボエ奏者の渡辺克也さんが、醸造中の味噌樽を前に演奏をしたという記事だ。

 醸造メーカーの要望もあったらしいが、実は、渡辺さん自身も納豆を手作りするほどの醸造好きなのだそうだ。そんなことで実現したらしい。

 妊婦がお腹の中の赤ちゃんのために、クラシック音楽を聴く、いわゆる胎教は聞いたことがある。素晴らしい音楽は味噌の出来映えにも影響するものなのか。

 田舎の実家の近くには、酒を醸造していたという大きな蔵があった。

 そこには、とてつもなく大きな樽が残っていた。すでに使用には耐えられないと思われるほど古いものだったが、かつての酒造りの一端を垣間見たような気がしたものだ。

 酒造りには、杜氏などが唄ったのか「酒屋唄」などの民謡が残っている。作業のつらさや単調な作業を紛らすために唄ったものだろうが、唄の巧拙によっては酒の出来映えも変わったかもしれない。

 先ほどの記事には、樽を前にオーボエを演奏する姿が写っているが、その樽は金属製だ。恐らくはステンレスであろう、光輝いている器が写っている。

 昔の木製の樽ならいざ知らず、金属製の樽であれば密閉度は完璧。折角のオーボエの演奏も、中の味噌に届きにくいのではないか。他人事ながら、心配である。

 ついでに言わせてもらえば、味噌は日本の味だ。洋楽よりも、尺八や箏など邦楽の音が適しているのではないか。

 いっそのこと、オーボエを演奏したときの味と尺八を演奏したときの味を売り出せばいい。

 「神州一味噌・オーボエ味」 「神州一味噌・尺八味」 売れ行きが倍増すること間違いない、と思うのだが…。











2008/08/04(月) 体調管理に
 
 気持ちだけはいつまでも若い積もりでいたが、身体は年齢相応に退化しているものらしい。

 慢性寝不足の疲れもあったに違いない。ある研修会が終わり、夕方懇親会に入ってビールをグラスに2-3杯空けた時である。いつもと違い、急激に酔いの回るのが感じられた。

 暑くもないのに、やたらと生汗が噴き出てくる。平気を装っていたが、さすがに隣の席の人に気づかれてしまった。「顔色が悪いよ…」。

 実は、と席を外させてもらい廊下の椅子に座るも気分が優れない。

 幸いに友人の車で参加していた。送り届けてもらったものの、一向に快復の兆しがない。めまいがして、歩くに歩けないのだ。それに吐き気もある。義弟に頼んで病院に行った。

 救急医は、若い女医だったが、てきぱきと処置してくれた。幸い、CTによる脳の検査では何事もなく、血液検査の結果も心配ないという。

 ならば、この不快感はなんだ。「お疲れのようですね」という。2時間近くかかった点滴を受ける間、熟睡していたらしい。それが、昨夜のことである。

 実は、今日は楽しみにしていたあるイベントがあったのがだ、朝 幹事の方に電話して欠席を申し出た。この日に向かって、ひそかに準備を重ねていただけに実に残念で悔しい思いである。

 昨日ほどの不快感はないものの、依然本調子とは行かない。高校野球の熱戦を観ながら終日なにもしないで過ごしてしまった。

 夜中零時を過ぎないと眠りにつかない、どうもこんな毎日の生活が疲れをためているらしい。

 ご同輩、くれぐれも体調管理にはお気をつけください。











2008/08/05(火) ご心配をおかけしました
 
 「大丈夫…?」 昨日のくま日記を読んだ方から、何通かメールをいただいた。当方のことを心配してくださっているのだ。ありがたいことである。

 普段、「元気さだけが取り柄です」 なんて言っているものだから、余計に気遣ってくださったに違いない。ご心配をおかけしました。もう、大丈夫です。今夜は、いつものようにビールも飲みました。

 病は気から、ということも言われています。議会フォーラムも終わり、まとめの作業もあらかた片づいたという気のゆるみもあったのかもしれません。気合いを入れ直して行こうと思っています。

 3日に告示になった市長選も、各陣営の熱い声が響き渡っています。

 今回は、マニフェスト選挙と言われています。市長選でははじめてのことです。小笠原春一候補、田辺雅博候補ともに、市民の声を聞きながら協働のまちづくりを進めたいとしています。

 各候補のマニフェスト(公約集)が手に入らない方は、新聞各社の報道をじっくりと読み比べましょう。似たような内容が書かれていますが、微妙な違いがあることに気がつきます。

 それにしても、二人とも40歳台の若い方である。ネットによる選挙活動が出来ないことに、きっと苛立ちを感じておられるに違いない。

 マニフェストをホームページ上で公開し、広く市民に自分の考えを示したり、市民から寄せられる声を載せたいに違いないのだ。

 昨年の7月に行われた参院選では、公選法で禁止されているはずの選挙期間中の政党ホームページが、なし崩し的に「解禁」されて波紋を呼んだ。

 しかし、正式に解禁になったわけではない。この際、一刻も早く公選法が改正されることを望みたい。

 いずれにしても、12年振りの市長選である。候補の思いをよく聞こう、自らが選んだ1票を投じるために…。











2008/08/06(水) 一本の鉛筆
 
 このくま日記も、書き始めてから7年が過ぎたから、同じような内容のことを書いている可能性もある。しかし、意識的に同じものを書いたつもりはない。だが、今日は、敢えて以前書いたと同じものを記したい。

 
        あなたに 聞いてもらいたい
        あなたに 読んでもらいたい
        あなたに 歌ってもらいたい
        あなたに 信じてもらいたい
        一本の鉛筆があれば
        私は あなたへの愛を書く
        一本の鉛筆があれば
        戦争はいやだと 私は書く

        あなたに 愛をおくりたい
        あなたに 夢をおくりたい
        あなたに 春をおくりたい
        あなたに 世界をおくりたい
        一枚のザラ紙があれば
        私は子どもが欲しいと書く
        一枚のザラ紙があれば
        あなたを返してと 私は書く

        一本の鉛筆があれば
        八月六日の朝と書く
        一本の鉛筆があれば
        人間のいのちと 私は書く


 美空ひばりの反戦歌 「一本の鉛筆」  作詞:松山善三、作曲:佐藤 勝。

 今日も、一日暑い日だった。広島に原爆が落ちた日も、今日と同じように暑かった気もするが定かではない。徐々に記憶が薄くなっていくのである。

 今朝、8時15分にサイレンが鳴った。なぜ鳴ったのかわからない人が、すでに多くなった。今日は、63回目の原爆の日。











2008/08/07(木) 市民文芸 のぼりべつ 第27号
 
 「市民文芸 のぼりべつ 第27号」 が発刊された(写真)。

 27号掲載の作品は、創作4、随筆9、自分史1,回顧録1、登頂記1、童話1、詩3、短歌14、俳句44、川柳23 と編集後記にある。

 150頁にも及ぶ労作である。これでも昨年よりは作品数が減少しているのだそうだ。

 ここでも会員の高齢化と新人の加入が少ないという現実がある。しかし、着実に若い芽の息吹も感じられる。

 昨年、衝撃のデビューをなした、中学生のYさんの作品が今年も載った。将来が楽しみである。

 また、知人のYさんは、「市民文芸 のぼりべつ」 には初登場である。二編が載った。「四郎の夏祭り」と、「小さな命」がそれである。この方の作品には、ご本人の心の優しさが滲みでている。

 「市民文芸 のぼりべつ」は、様々な事情があってしばらく休刊となっていた。復刊して7年目、再び休刊するようなことがあってはならない。

 市長選は、投票日まで残すところあとわずかとあって、両候補とも熱い闘いのさなかにある。

 お二人とも、福祉と教育については熱く語られるが、文化についての言及はない。やや寂しい思いをしている市民は、多いはずである。

 「市民文芸 のぼりべつ 第27号」は、登別市文化協会事務所(85-8886 毎週 火、木曜日 9:00〜15:00)で扱っています。是非、ご購読を…。











2008/08/08(金) シャッターチャンス
 
 あっ、同じ写真だな…。そう、思った。

 なでしこジャパン、沢選手が同点ゴールを決め、仲間と喜こびあう瞬間の写真である。

 写真右は、朝日新聞に載ったもの。左は、北海道新聞の記事である。

 よく見ると、北海道新聞は共同配信の写真、一方の朝日新聞は、撮影者の名前が載っている。

 写真をよく見ると、撮った角度が異なるから、同じ写真ではないことに気づく。

 しかし、沢選手と抱き合う宮間選手(左端)の髪の毛の跳ね具合、沢選手の右手の指先の反り具合、まさに、ほとんど同時にシャッターを切ったことがみてとれる。

 決められたカメラマン席で、選手の動きを追い続ける。ここでは、たまたま2枚の写真だが、ひょっとすると同じシーンを何人ものカメラマンが切り取ったのかもしれない。

 偶然とはいえほぼ同時にシャッターを押している。グランド狭しと駆け回る選手を、ファインダーをのぞきながら追い続ける。グランド内外で、集中力を切らさない作業が続いているのだ。

 今日 8日。第29回オリンピック北京大会が始まった。

 4年に一度のチャンスに賭けた選手の活躍の模様が伝えられる。切り取られた多くの素晴らしい、瞬間の美に期待しよう。











2008/08/10(日) 市長には
 
 市長選挙、投票率の低さが心配されていた。選管の発表によれば、結果的には、59.24% だった。

 2007年に行われた市議会議員選挙の投票率は、 63.13% だったし、道議選は、69.26% だった。これをみれば、今回の投票率はかなり低いことがわかる。

 報道によれば、選挙人名簿登録数は 44,212人というから、そのうちの 18,000人余が投票していないことになる。

 これからの我が町の舵取り役を決める大事な選挙なのにである。

 現在では、開票所の掲示と、ほぼ同時期にリアルタイムでネットに開票結果が表示される。22:00 に第一回目の結果が出るそうだ。まずは、第一回目の結果を待つことにしよう(21:50)。

 出た。22:00 の開票結果である。双方共に、8,000 票。残るは、10,200 票あまり。

 次回の22:30には、決着がつくと思われる。

 22:30 いきなり確定数が発表になった。結果は……

 小笠原春一氏:13,178票 
 田辺雅博氏  :12,435票   差は、わずか 743 票だった。

 小笠原春一氏の当選が決まった。











2008/08/11(月) 全国大学政策フォーラム in 登別

  「全国大学政策フォーラム in 登別」 が、今日から三日間の予定で開催される。今年で3回目になる。

 このフォーラムの主旨は、別添の設立趣意書に記載の通りである。

 今回も多くの参加があった。 
 
 大学名のみを紹介しよう。埼玉大学、日本大学、同志社大学、岩手県立大学、立教大学、龍谷大学。参加したゼミの数は、15にも及ぶ。

 さらに、登別市の若手職員のチームもこれに加わって政策提言をまとめる。最終日には、それぞれの提言内容の審査が行われ表彰が行われる予定になっている。

 今日は、全日程のオリエンテーションにはじまり、バスによる市内全域の視察が行われた。写真は、交流会の模様である。

 明日、一日かけてそれぞれのテーマに向けて視察調査が行われる。そして、最終日の発表となる。

 過去二回とも、貴重な提言をいただいた。今回も素晴らしい内容の発表があるに違いない。8月13日を楽しみにしている。











2008/08/12(火) 着信音
 
 どこでもそうかも知れないが、登別市議会では、議場や委員会室に携帯電話を持ち込むことは禁止されている。

 かつては、個々の常識にまかせていて持ち込みは自由だった。マナーモードにするなど当然の配慮がなされている、との暗黙の了解があってのことである。

 ところが、無防備に着信音を響かせたり、あろうことか 「もしもし…」 と返事をしながら席を立つ豪のものがいたりして禁止となった。勿論、現在では、そんな非常識な議員はいない。

 さて、その携帯、待ち受け画面や着信音には、その人なりの思いが表れていて面白い。

 当方と同年代の方に多いのは、お孫さんの写真である。5割以上を占めるのではないだろうか。みなさんは、どうだろう。

 当方は、姪っ子が撮影し送ってくれた、鳴り砂で有名な 「イタンキ」 の風景を貼りつけている。なかなかいい写真で、変えたいとは思わない。

 時々、気分によって変えるのは、着信音である。

 一時期、近くの小学校や中学校の校歌を入れていた。愚息どもの母校でもあるし、卒業証書授与式や入学式の際、生徒と一緒に歌うから馴染みがある。

 今は、おしゃべり機能に自分で入れた曲を使っている。2曲入れてある。

 一つは、民謡。いきなり、「江差追分」 の前奏が鳴り響いて、周囲の人がびっくりする。もう1曲は、「アメージング・グレイス」 。

 いずれも、尺八で吹き込んだものである。どちらも気に入っているが、設定時間が短いのがやや不満である。

 登別温泉の 「鬼踊り」 の曲を入れておくのはどうだろう。視察先で偶然を装って鳴らして、それとなく登別温泉のPRをするのもいいかも知れない。

 試してはいないが、意外にいいのではないかと思うのは、太鼓の音だ。これは、案外いけるかもしれない。どなたか、入れていらっしゃるのであれば是非聞かせて欲しいものだ。











2008/08/14(木) 墓参
 
 お盆だ。家族で墓参りをされた方も多かろう。当方も、昨日済ませてきた。

 と言っても、墓地ではない。誰もいない遠い墓地に眠るのは寂しいとの故人の意を汲んで、お寺の納骨堂に安置してある。

 身内が集まれる時間帯ということで、毎年いつも夕刻になる。お参りした時は、やや空いた時間帯だった。若坊さんにお経をお願いして、お参りを終えた。

 以前にも書いたから、ご記憶の方もおられるかも知れないが、この若さん、声はいいのだが、いかんせん言葉がはっきりしない。

 ありがたいお経も、ただ、あ〜とか、う〜とか言っているようにしか聞こえない。知り合いの総代さんになんとかならないかとお願いしたこともあるが、一向に改まる様子はない。

 まあ、あげているお経が般若心経とわかっているので、抑揚でどのあたりを読んでいるのかを想像することは出来るのだが、これでは仏様もよく聞こえないのではないか、困ったものだ。

 お寺参りのあとは、我が家で一杯飲むのが慣例となっている。

 冷やしておいた500ml缶を立て続けに空ける。いつもはビールを飲んだ後、酒に切り替えるのだが、昨夜はなぜかあまり量がはかどらなかった。

 一番元気のよかったのは、新しくメンバーに加わった甥っ子のパートナーだ。

 「わたし、ガンガンいけるんです」 と、美味しそうにグラスを傾ける。変に遠慮されるより、余程いい。さばさばとして感じのいい娘さんだ。

 夏も冬もビールがうまい。ついつい、毎日飲むはめになるのだが、メタボが気になって飲む量を減らしてみたりもするが、量を減らすより 「休肝日」 を設けよ、とものの本には書いてある。

 知らず、プレアルコホリック(依存症ではないが、その前段階)になることも多いという。明日からは、気をつけよう…、と毎日思う。











2008/08/15(金) 終戦記念日

 
 正午、サイレンが鳴った。第90回全国高校野球選手権大会は、準々決勝の第1試合 報徳学園―大阪桐蔭のさなかだったが中断し、選手、審判、それに満員の観客も黙とうを捧げた。

 今日、63回目の終戦記念日を迎えた。

 政府主催の全国戦没者追悼式が行われたそうだ。追悼の対象は、戦死した軍人、軍属約230万人、それと、空襲や原爆で亡くなった約80万人という(北海道新聞夕刊)。

 朝日新聞の声欄では、語り継ぐ戦争の特集を組んでいる。書いた人の年齢は、70代後半から80歳代。戦争を知らない子ども達は勿論、戦争を知らない大人達も多くなった。語り継ぐ人さへ、そのうち途絶えてしまうことだろう。

 終戦の日、8月15日の記憶はない。覚えているのは、その年の秋 村を襲った台風だ。

 昭和20年9月 終戦の虚脱感に追い打ちをかけるように、豪雨が村を襲った。枕崎台風の上陸である。伐採で保水力を失った山々に耐えきれる力は無く、すぐに川は氾濫した。

 家族、鶏共々避難した二階の窓から、道路を走る濁流を眺めていた。一階の部屋の壁には濁流の傷跡が、その後いつまでも残っていた。

 家族は当時、祖母、父母、兄夫婦、姉、そして当方の7人。それに、同居している叔父の家族10人合計17人だった。その後、父の戦友一家7人が引き揚げてきて、一時は、24人が一つ屋根の下で暮らしていた。当時は、それが当たり前のことだったのだろう。
 
 沖縄 「ひめゆり学徒隊」の生存者の一人、与那覇百子さんらの証言を記録した映画「ひめゆり」が室蘭市でも上映されるそうだ。

 きっと、戦争という愚が語られているに違いない。記憶の灯を語り継ごう。












2008/08/16(土) ストリートビュー
 
 やはり、載った。

 今日の朝日新聞の声欄だ。インターネット検索グーグルの 「ストリートビュー」 で撮影されている方からの投稿である。

 投稿によれば、自宅の様子や車のナンバーさへも読めるほどだという。

 これなら、カーテンを開けた室内までも撮られる可能性があるのではないか。「ストリートビュー」 は、中止すべきではとの投稿である。

 グーグルでは、歩行者目線で見た映像の提供をはじめた。観光業や不動産業などビジネス面での効果が期待できると、グーグルはいう。

 さらに、「画像は公道から見えているものだけで、顔をぼかす技術も使い、個人情報保護に尽力している」 としている。

 が、先の投稿のように個人宅が特定でき、車のナンバーまでも識別できるとなれば、必ずしもそれが完璧ではないことがわかる。

 試しに、東京に住む友人のマンションの住所を打ち込み検索してみた。車のナンバーは確認できなかったが、マンションの外観はわかる。
 
 これなら、マンションに出入りする人間も写る可能性は充分にある。投稿にあるようにプライバシーをのぞき見られるという心配は誰もが感じるのではないか。

 まだ、全国12都市に限られている。道内では、札幌、小樽、函館など大都市に限られているようだが、いずれ、国内の街全てが対象になることは遠くなかろう。

 便利さは、反面、思いもよらぬ事象ももたらす。充分な配慮が必要だろう。











2008/08/17(日) 女子マラソン
 
 北京オリンピックは、順調に競技が進んでいる。今日は、女子マラソンがあった。

 日本代表3人のうち、期待の野口みずきが故障で出場取りやめ、土佐礼子も足の調子がよくないとの報道を目にしていた。

 42.195qを走る過酷な競技だ。痛みを我慢して走り抜けられるような距離ではない。土佐礼子の完走はやはり無理だった。残る中村友梨香が一人頑張った。順位こそ13位と振るわなかったが、健闘を讃えよう。

 序盤、スローペースだったが、途中でルーマニアのコンスタンティナ・トメスクがぐいぐいと前に出てそのままゴールに飛び込んだ。力強い腕の振りが印象的だった。

 2位グループには、懐かしい見慣れた名前があった。

 ラドクリフは、残念ながら遅れてしまったが、身体を大きく揺らして走る姿はいつ見ても豪快だ。やや、ぽっちゃりした体形にはなったがシモンの前屈みの姿も見られた。ヌデレバは、最後の10メートルでスパートし中国の周を振り切って銀メダルに輝いた。

 ラドクリフにしてもシモンにしても子どもを持つ母親である。練習にも制限があろうに、何年ものあいだトップランナーとして頑張っている。

 中村友梨香は、まだ22歳。マラソンを走るのは、今回で二度目とのことだ。4年後、8年後にも、またオリンピックの舞台で活躍できる年代だ。頑張って欲しい。

 有森裕子、高橋尚子、野口みずきに続くメダリストの誕生を望みたい。











2008/08/18(月) 大阪桐蔭 優勝おめでとう
 
 17−0 誰もが予想しなかった思わぬ大差がついた。第90回 全国高校野球の決勝戦、大阪桐蔭(北大阪)と常葉菊川(静岡)の試合結果である。

 全国 4059校 そして、出場 55 代表校の頂点に立ったのは、大阪桐蔭だった。

 1 回に 4点、さらに、 6回に 6 点を取るなど早くに点差が開いたが、最後まで目の離せない試合だった。それは、両校の気迫が途切れることなく最後まで続いていたからである。

 6-0 と先行され 5回に 7点を入れて一気に逆転した倉敷商との試合 、さらに、6回 一挙10点をたたき出した智弁和歌山との試合。

 あるいは、 2回に 大量 9点を取った浦添商との試合。いつ、常葉菊川の打線が爆発するのか、9回裏 最後の打者が投手ゴロで アウトになるまで固唾をのんで見まもった。

 点数の差こそ大きく開いたが、緊迫感のある好ゲームだった。

 ボールは低反発になったそうだし、バットの重さも900グラム以上という制限が設けられて打力を抑えるという措置がとられているそうだが、そんなことは全くお構いなし。

 大阪桐蔭の99得点は、史上2位の記録だそうだし、大会中のホームランの多さも史上2番目と言う。打力の力強さが目立った大会だった。そんな中で、大阪桐蔭の福島の丁寧な投球が際立っていた。

 大阪桐蔭のはじめての優勝は、初出場・初優勝という快挙だったそうだ。

 それは、17年前。つまり、今回活躍した選手達が生まれた時期にあたる。これからは、追われる立場になる。さらに、磨きがかかることだろう。

 閉会式の講評にもあったが、内野手 特に、2塁手、遊撃手に素晴らしいプレーが多かった。出場 55 校の選手全てに拍手を送ろう。











2008/08/19(火) 美術館巡り
 
 久しぶりに札幌に行って来た。目的は二つ。一つは、近代美術館で開催中の、「藤田嗣治」展を観ること。

 もう一つは、芸術の森美術館で開催中の男鹿和雄展を観ること。

 ウイークデーだから空いているだろと思ったが、いずれも多くの人で会場は一杯だった。

 夏休みということもあり、子ども連れも多かった。
 
 「藤田展」の方は、新聞にも紹介されていたからとても楽しみに会場を訪れた。

 27歳で単身フランスに渡った。多くの画家との交流がはじまり、やがて、「素晴らしき乳白色の地」といわれる独特の画風で裸婦像を描き、一気にパリ画壇の寵児となった。

 とても猫を愛していたそうだ。多くの自画像とともに、猫の画も多かった。幻の大作と言われた「構図」と「争闘」が同時に展示されたのは今回が初めてという。

 上の写真は、男鹿和雄展。こちらは、子どもが多かった。それはそうだろう、「となりのトトロ」や「平成狸合戦ぽんぽこ」、「もののけ姫」などアニメの背景画を手がけている。

 子ども達にも馴染みのある画が並んでいた。

 木立の一本一本、草の葉っぱ一枚一枚に至るまで入念な観察と色彩の豊かさで観るものを惹きつける。

 300点にも及ぶ作品の中で、とりわけ印象に残ったのは1枚。

 「はだしのゲン」のために描かれた、ピカドンの閃光。一瞬にして焦土にした、そのすざましさが赤色に塗り込められているようだった。











2008/08/20(水) 禁煙タクシーの普及を願う
 
 狭い空間でたばこの臭いを嗅がされるのは切ないものである。特に車の中などは、こもるだけに臭いが強烈である。

 最近は、タクシーに乗る際にも臭いが残っている時には別の車にさせてもらう。酔っていても、臭いタクシーに乗るのは御免蒙りたい。

 伊達、洞爺湖、豊浦、壮瞥の1市3町のタクシー業者でつくる胆振西部ハイヤー共同組合では、北海道洞爺湖サミット開催を期に、今年の7月1日から全面禁煙タクシーをスタートさせた。

 後部座席ドアには「伊達・洞爺湖圏のタクシーは全面禁煙」のシールが貼ってあるという。

 全国では禁煙タクシーの普及率は高くなっているが、道内ではまだ低いようだ。新聞の投稿欄などでも全面禁煙を求める声も多い。

 登別市内では、女性ドライバーが銜えたばこで運転している姿を見かけてがっかりすることも多いが、先日はタクシーの女性運転手が銜えたばこで運転している姿を見かけた。全面禁煙にはほど遠いらしい。

 先日の報道では、タクシー会社のMKが札幌にも進出するとの記事が載った。

 京都で偶然乗ったタクシーがMKだった。運転手の応対のスマートさ、サービスの良さに感激したものだ。

 MKタクシー進出で札幌の他のタクシーのサービスが良くなり、広く道内に好影響を与えることを望みたい。そうなれば、たばこをくわえながらの運転もなくなるだろし、嫌な臭いからも解放されるに違いない。











2008/08/21(木) 魔法の耳
 
 「魔法の耳」 なるものが販売されているそうだ。

 録音した自分の声を聞いて、「俺の声はこんな声ではない」 と感じた人は多いはずだ。いい気になって、歌などを録音しようものなら、ひどい嫌悪感にさいなまれるものである。

 テープなり、CDなりを破棄したいほどの気持ちになるものである。

 実は、録音された声こそ、他人に聞こえている実際の声なのだ。いつも聞いている自分の声は、一旦外部に発信されたものが耳に届く声と、のどの声帯が振動して体内経由で自分の聴覚に届くものとがミックスされている。

 録音したものを何度の聞く機会の多い人は、自分の声として認識出来るのだろうが、なかなかそんな機会はない。頻繁にカラオケ大会に出場している人などは、そのあたりをきちんと心得ているものらしい。

 カラオケと言えば、音程のずれた歌を聞かされるほどいずいものはない。

 唄っている本人は、ずれているとは認識していないケースが多いから得々として唄っている。カラオケ教室などで先生に注意されない限り、修正はきかないだろう。

 音程がずれるのは、もともとの音痴の場合(根っからの音痴は、実はそう多くはないそうなのだが…)と、カラオケの機器からでる音を聞き取れない場合だそうだ。

 昔、掌を耳にかざして歌う歌手がいた。格好ばかりではなく、バックの音を聞き分けるのに必要な手段でもあったらしい。

 「魔法の耳」 は、まさしく、その掌の役目をさせるイヤーレシーバーで、特許製品だそうだ。そのうち、音程のずれる客のためにスナックに常備されるかもしれない。

 マイクと一緒に、「魔法の耳」 を渡されたら、あなたは音程がずれています、という証。それでも、歌う勇気があるか…。











2008/08/22(金) どちらも北海道生まれ
 
 ゲートボール人口が三分の一に減少したそうだ。やや旧聞に属するが、朝日新聞の記事にあった(06/08/12)。

 90年頃まで最高600万人いた競技人口は、いま200万人程度という。ゲートボールは、1947年に考案されたというから、 60年以上の歴史があることになる。

 我が町でも爆発的な人気を得た時期がある。公園という公園、空き地という空き地、その全てがゲートボール場と化した。

 雪で戸外が使えないとなると、老人の家など室内でも興じていた。室内用のボールは、表面がゴム製で小さなイボイボがついていた。

 終日声が響きわたり、頻繁に大会も行われていた。が、今は、ゲートボールに興じている人を見かけることはほとんどない。

 チームスポーツにありがちな技術の稚拙を非難する人が出たり、監督の指示に対する意見の食い違いが起こったりで人間関係まで悪化するような事態にまでなった。

 そんなこともあってだろう徐々に競技人口が減少していった。

 代わって台頭したのがパークゴルフである。競技人口がどの程度かはわからないが、かつてのゲートボールを席巻するほどの勢いがあることは間違いない。

 ゲートボールと違って、基本的に個人プレーである。スコアの善し悪しは、全て自分の責任。戸外の広い芝生の中で一汗かけば気持ちもいい。人気絶頂である。

 ところが、これにも指導者という認定制度がある。本来、普及・指導にあたるのが目的なのだが、つい、プレーに口を出す。

 「あいつとは、一緒にプレーしない」と言われないように気をつけないと、同好会の解散という事態になりかねないですぞー。











2008/08/24(日) とほほのブービー
 
 ゴルフコンペがあった。この仲間では、コンペ終了後 3人がスピーチすることになっている。まずは優勝者、次いで準優勝者。そして3人目は、ブービーになった人。

 蛇足ながら、ゴルフに縁のない方のために、用語の解説をしておこう。

 ブービー(booby)は、日本では最下位から二番目の位置を示す。本来は、最下位を意味するのだそうだ。語源はスペイン語のbobo 「間抜け」、「間抜けなビリ」という意味。

 毎回 最下位をねらって図々しく賞品を持って帰る人がいたことから、ねらうのが難しい一つ前を ブービーにしたという。

 日本ではビリはブービーメイカーという。ブービーメイカーには賞品はないが、ブービーには賞品が当たる。賞品はもらえるのだが、非常に恥ずかしい思いをしつつ受け取るのである。

 その恥ずかしい思いをした上に、なおかつスピーチをさせられるのである。今日のコンペでは、その恥ずかしいスピーチをする羽目になったのである。はじめての経験であった。

 ティショットは、ほぼ満足のいくショットが打てるのに上がってみるとダボ。いや、ダボで終わればいい。さらにひどいスコアになっているのだ。

 原因は、2打目以降のアイアンショットにある。

 方向が定まらない。左に引っかけたり、右に押し出したりである。やっとのことでグリーンにいく。ここまでに精力を使い果たしているから、パットの感触が良かろうはずがない。徐々に、集中力がなくなる、という悪循環を繰り返す。

 次回のコンペは、10月だ。それまでには修正したい。「間抜けなビリ」 の汚名は、なんとしても返上せねば…。











2008/08/25(月) 花嫁人形

 きんらんどんすの帯しめながら
 花嫁御寮はなぜ泣くのだろ

 よく知られた童謡である。花嫁人形(作詞:蕗谷虹児、作曲:杉山長谷夫)だ。誰もが一度は口にしたことがあるのではないだろうか。

 蕗谷虹児(ふきや・こうじ)は、明治31年(1898)、新潟県新発田町に生まれ、13歳のとき、同郷の日本画家・尾竹竹坡の内弟子となって上京した。

 21歳とき、竹久夢二の紹介により『少女画報』に挿し絵を描き、画家としてデビュー。

 以後、『令女界』『少女倶楽部』などに独特の抒情画を描き、一世を風靡した。

 絵のほか、数多くの童謡を作詞している。

 これは、ネットで調べた蕗谷虹児の生い立ちである。

 この詞の花嫁は、なぜ泣くのだろうか。これについても、さまざまなことが書いてある。が、それは今日のテーマではない。

 疑問に思ったのは、同じ曲なのに幾つもの調号で記された譜面があることである。

 上の写真は、たまたま手元にあるもの本を写したものだ。拡大したのが、上から二番目と三番目。変ホ長調と、変ロ長調の違いがある。

 さらに、ネットで調べてみると、一番下の譜面のようにト長調で書かれたものもある。

 
 
 どれが一体原曲なのか。さらに、なぜ異なる調号の譜面があるのだろうか。

 当たり前のことなのだろうけど、ハ長調に置き換えてみると出だしの部分は、いずれも 「ラ ラ ラ シ ド ド シ ラ …」になる。

 実は、童謡を尺八で吹いてみたいと始めたのだが、どうやら入口で迷路に入ってしまったようだ。

 五線譜 どなたか、わかりやすく解説をしていただけませんかねー。











2008/08/26(月) 敬老会の準備
 
 我が町内会では、いま、敬老会の準備を進めている。町内会に住んでおられる敬老会の対象者に出欠を確認する作業だ。これが結構手間がかかる。

 つまり、敬老会の対象者そのものを確実に把握出来ているかとなると確信が持てないのである。

 かつては、町内会独自の住民調査などで確認することも出来た。今は、個人情報保護の観点からこうした作業が困難になった。

 それでも過去の名簿から抜き出す。死去された方は、新聞に載ったり、或いは町内会で葬儀のお手伝いをしたりで確認できる。

 困るのは、新たに町内会に移り住んで来られたご家族の名簿である。差し障りのない範囲でご家族の情報の提供をお願いする。

 一つには、青少年部に所属する児童生徒の有無の確認である。もう一つは、敬老会の対象になる方の有無の確認のためである。

 名簿にはあるが、実際は他のご親族と同居されていたり、逆に名簿にはないが町内のご家族と同居されているケースがあったりで完璧には掴みにくい。

 老人クラブに登録される方も年々減少傾向にある。

 今年も例年のように、班長さんにその班に住んでおられる敬老会対象者の名簿を渡し、敬老会への出欠確認が済んだら、名簿そのものを返却してもらうことにして作業を進めている。

 役員ですら、全対象者はわからない。町内会長と総務部長のみが名簿を保管する。

 多分、他の町内会でも同じような対応をしておられることだろうが、果たして、強い「絆」が保てるのかどうか。











2008/08/27(水) 上野市長退任
 
 5期20年間努められた上野市長が、今日退任された。議員を前に退任の挨拶があった。まずは、20年間のご苦労に敬意を表し、労をねぎらいたい。

 上野市長の20年間の功績については、室蘭民報でも北海道新聞でも詳細に取り上げられているし、個人的には3月の定例会の一般質問でそのことについては述べたから、ここでは触れない。

 その退任の挨拶の中で、今回の高額医療費未請求の問題について言及され、退任しても必要に応じて責任を負う意志がある旨の発言があった。

 市長自らがこの問題に言及されたのは、今回が初めてである。議員は勿論、多くの市民も、これまでこの件に関して市長の発言がないのを訝しく思っていたのではなかろうか。

 4月に問題が発覚し、市長の耳にその情報が届いたのが7月とのこと。議会への報告があったのは、8月21日のことである。

 報告が遅くなったのは、詳細内容の確認に時間を要した、というのが理由の一つである。しかし、今でも全容が明らかになったわけではない。しかも、上野市長の退任間際というタイミング。

 議員の中には、現市長の在任中、つまり今日中になんらかの対応を求めるべきだとの声もあったが、当方はそれには賛意を示さなかった。

 理由は二つ。一つには、議会としては特別委員会を立ち上げてこの問題に対して解明を計ろうとしていること。

 二つには、その内容が明らかになった時点で、議会としての責任や対応を含めて、必要に応じて上野市長や行政への措置を求めることになるだろうと判断したからである。

 それにしても釈然としない今回の問題ではある。
 











2008/08/28(木) 太極拳の効果
 
 健康のためにはウオーキングが一番いい。

 と、わかってはいる。が、もう少し涼しくなったら歩こう。雨はいやだ。朝は時間がない。夜になれば、晩酌をすませたし…。

 常に、出来ない理由をつくりあげることで先延ばしになる。そんなわけで、部屋の中でできる健康法をと、一時期太極拳を習ったことがある。

 陳式と呼ばれるもので、比較的激しい動きをするものだった。

 太極拳には、様々な種類があるらしい。陳式の他に、楊式太極拳、48式太極拳などなど幾つもの種類がある。

 その中で、比較的一般的に行われている太極拳は24式太極拳だろうか。太極拳は、もともと武術から始まったものだそうだから形も動きも無駄がない。

 動きそのものはゆっくりだが、ゆっくりが故に、実は非常に体力を必要とするものである。

 太極拳の大きな特徴は六つあると言われる。「柔軟」 「雅」 「無心」 「曲線」 「調和」 そして、「流麗」。上手な人の動きを見ていると、実に流れるような優美さがある。

 習うのが一番いいのだが、時間がないという人にはDVD付きの解説書がある。例えば、二十四式太極拳。起勢から野馬分鬣に移る。馬のたてがみを分ける動きだそうだ。

 正式な動きでなくてもいい、呼吸を整え、ゆっくりと動く。やや腰を下げ重心を低く保つ、これだけで身体の中がぽかぽかと暖かくなってくる。

 時間のないときはたった一つ、八段錦の形を真似するだけでもいいのだ。

 とはいいつつ、DVDだけがむなしく本棚に眠っている…。











2008/08/29(金) 戦没者追悼式
 
 登別市戦没者追悼式が、市民会館大ホールで行われた。今年で、第38回目となる。

 小笠原春一市長の式辞(写真)に次いで、石山正志議長の慰霊の辞、さらに、遺族代表砂田チエノさんの追悼の辞が述べられた。

 それに引き続き、市民を代表して島下氏により、平和都市宣言の朗読が行われた。

 この平和都市宣言の朗読は、追悼式そのものが形骸化しつつあるとの声もあり、新たな試みとして、昨年の追悼式から行われ始めたものである。

 遺族の方々にも高齢化が目立ち始め、年々参加者も減少傾向にある。

 295御霊の安らかならんことを願いつつ 、「悲惨さを語り継ぎ、戦争のない社会に向けて取り組むことが必要」との思いを強く認識するものである。

 今後、この追悼式が多くの市民の参加を得て、核兵器廃絶や世界平和について考える催しに発展して行くことを願うものである。











2008/08/30(土) 空海の生涯
 
 全長221b 全12巻が一挙公開されるのは、日本では始めてのこと(ふくろう文庫代表 山下敏明氏)だそうである。

 「弘法大師行状絵巻」 精緻な筆遣いと言い、その色の鮮やかさといい、700年も前に描かれたものとは到底思えない。
 
 描かれた絵の素晴らしさを文章で表現する力がないのが残念だが、例えば、雅楽の楽器 龍笛の形や、笙の17本の竹まで描かれている。

 さらに、素足に履いた草鞋の紐の結び方まで手を抜かない描写力である。是非、直接ご覧になることをお勧めしたい。

 会場となった室蘭市民会館2階ホールには、年輩者ばかりでなく、若い人の姿も多かった。

 この「弘法大師行状絵巻」 原本は重要文化財で京都の東寺が所蔵している。今回展示されているのは復刻版だが、素晴らしさは劣らないのではないか。

 会場には、わが菩提寺の和尚の姿もあった。真言宗を開いた開祖、説法の中で弘法大師の偉業に触れる際の大きな糧にもなろう。

 本絵巻物は、野口観光 野口秀夫夫妻の寄贈による。展示は、明日8月31日まで。是非、ご高覧を。











2008/08/31(日) 49日が過ぎた
 
 今日はどんな挨拶をされるのだろう、どんな演出をされるのだろう。昨年までは、そんな楽しみがあった。

 室蘭地区民謡連合会の座長芸能まつり、普段、滅多に聴くことの出来ない方々が出演される唯一の機会である。

 昨日、無事49日の法要を済ませました、というご家族の言葉があった。あっという間に月日は過ぎていく、そんな思いがする。

 苫米地善次郎師、直接民謡の手ほどきを受けたわけではないが、様々なことを学ばせていただいた。

 病床にあってもなお、室蘭地区の民謡の行く末を案じておられた。唄の心を大事にされた。意志は、お弟子さん達に引き継がれていくはずである。

 今日の舞台でも、その意を汲んだお弟子さん達の演奏があった。

 唄とともに、尺八、太鼓を得意とされた。ご健在ならば、今日も率先して舞台に立たれたはずである。その姿がない。

 会場のお客さんの間にも、舞台にもいつもと変わらぬ賑わいがあった。しかし、当方にはぽっかりと穴のあいた寂しさが舞台の片隅に漂っているような感覚をぬぐい切れなかった。

 同じ会に所属して、師の指導を受けることは出来なかったが、唯一、こういう風にうたった方がいいと、言葉をかけていただいた唄がある。

 「川越舟唄」 今日はこれを唄った。声の伸びはなかったけれど、師が常に口にしておられた 「間」 には、気を遣って唄ったつもりである。

 「まだまだだな…」 舞台袖から、そんな声が聞こえてくるような今日の舞台だった。