・・・くま日記・・・


2008/06/01(日) 筋肉痛
 
 身体の節々が痛い。昨日、7q近くを歩いたせいである。しかも、相手の歩調にあわせて急ぎ足で歩いたせいだ。

 リフレッシュゴルフと名付けて一年に一度、議員と理事者との対抗ゴルフ大会を行う。昨日は、8月勇退される U 市長の送別の意味を兼ねた大会だった。

 現職だけではなくて、議員OB、議会事務局に関係した職員OB、さらに、監査のOBの方も参加してくださった。生憎の曇天、しかも最高気温が8℃と春先を思わせるような寒い一日となったが、闘いは熱いものだった。

 当方は、 U 市長と議員OBの方との同伴であったが、スコアは負ける、飛距離は負けるで散々な内容だった。

 とりわけ議員OBの S 氏は、当方より年齢はたしか片手近く多いはずなのだが、華麗なスイングから繰り出されるナイスショットに目を見張る思いだった。

 クラブを変えてやや落ちたと言う飛距離だって250ヤード近くは飛んでいる。加えて、パッティングの上手さである。さらに、この方の歩くスピードが尋常ではないのだ。急ぎ足でヒタヒタと歩く。

 弱音を吐くわけに行かないから、負けじと歩いた結果が今日の筋肉痛である。情けないことこの上ない。

 OB1、ロストボール1、池ポチャ1 と書けば、結果はしれていようと言うものだ。チョコレートは、またしても K 氏にやられた。

 最近読んだ本にいいことが書いてあった。「自己肯定カード」を付けろというものだ。その日、満足のいくナイスショットだけをスコアカードに記載しようという内容である。

 悪いイメージよりも、いいイメージを記録して次につなげろと説く。これなら、何点かは書ける。アウト4番のドライバーショット、今まで届いたことがないほどの飛距離だった。

 まだまだ、あるぞー。え〜っと…。











2008/06/02(月) 連載小説
 
 作家は、どれほどの言葉を頭の中に収めているのだろうか。毎日、今日はどんな表現がされるのか、そんな興味を持って読んでいる。

 道新に載る連載小説「新三河物語」<宮城谷 昌光>である。使われる言葉ひとつひとつに重みがある、とでも言うのであろうか。熟慮を重ねた上で書かれた言葉に違いない。

 ここ2-3日文章をみても、こんな表現がある。

 「 その実感がほどなく消えたのは、真田昌幸と戦って勝つための籌策(ちゅうさく)が胸裡で立ったというわけではなかった」
 「秀吉の軍事的起臥(きが)と大いにかかわりがある」
 「簒奪(さんだつ)者である秀吉が」 
 「秀吉の奸譎(かんけつ)に気づいた」
 「北条との紐帯(ちゅうたい)を堅くして」 などなどである。

 新聞には、漢字にルビが振ってあって読めることは読めるのだが、当方は、辞書を引かなければ意味がわからない場合が多い。これほどの言葉を苦もなく使える、相当豊富な語彙があることを示している。

 作者の宮城谷は、師の立原正秋に「必然性のない漢字を使ってはならない」と言われた事から、日本語と漢字に向き合う日々を送ることになったとある。

 史記を始めとする漢籍を修めただけでなく、金文や甲骨文字まで独学で学んだのだそうだ。使われる言葉によって、情景が浮かび、人物の心の襞までが伝わってくるような気がする。

 挿画は、村上 豊氏が水墨の濃淡で描く。以前、訪れたことのある佐久の上田城や小諸城などが挿画として出てくるのもうれしい。いま、連載小説にはまっている。











2008/06/03(火) パソ共有の難しさ
 
 パソの調子が悪い。自分のものなら、様々対処の仕方はある。最悪の場合は、まっさらにして最初から立ち上げればいい。ところが、共同で使用する場合はそうはいかない。

 第一、デスクトップの内容でも好みが異なる。当方なら絶対にこんなことはしない、というようなことだって他の人には常識だったりする。当方の好みが、他の人に受け入れられないことだってあるに違いない。

 作成した資料の保存の仕方だって異なる。結局、それぞれ幾らかの不満を受け入れつつ使うしかない。困るのは、根本的は解決をしないまま妥協することである。

 登別市文化協会の事務所には、1台のパソコンが置いてある。事務所に出向いて、関係者がそれぞれの資料を作成し保存する。

 個人ファイル名を作成して保存する人、共有のファイルに放りこむもの様々である。お互い、一定のきまりを作った方がいいと思いながら、そのままの状態である。

 ホームページの更新は、当方の担当になっている。最近、写真の転送がうまく行かない。記事の中に、写真を貼りつけようとすると送信エラーがでる。いくら考えても原因がわからない。仕方なくそのままにしてある。

 今日は、メールの送受信が出来なくなった。これはメール用アドレスを再入力することにより解決したのだが、なぜその必要性が生じたのかはわからなかった。

 パソを共有する、企業などでは当たり前のことなのだろうが、当方はあまり経験がない。これ以上、不調が続くようなら、またその道のプロにお願いせざるを得ないのかも知れない。











2008/06/04(水) 中林淳真ギターコンサート
 
 徐々に盛り上がった。演奏する側も、そして、繊細な音を聞き逃すまいと耳をそばだてて集中する観客が一体となった、そういう素晴らしい時間を共有できたことに感謝しよう。

 多くのお客さんが来てくださったし、いい演奏を聴くことが出来た。関わったものの一人として、うれしいかぎりである。

 休憩タイムのコーヒーの味がまた優れものだった。さもありなん、こちらもプロが心を込めて落としたコーヒーだ、不味かろうはずはない。
 
 聞く側の真剣さ、演奏する側の気概、それが見事にマッチしたいい演奏会だったといえる。

 中林淳真先生の年齢を、当方はしかとは知らない。たしか、80歳の声が聞こえるはずである。だが、この際、年齢は問題ではない。そのことは、今日、会場に来てくださった方が感じられたはずである。

 ただ、素晴らしいギタリストを迎えた側の一員としては、もう少しいい会場を提供したかったというのが正直な気持ちである。

 先月、福島市で 「こむこむ館」 の中にある 300人規模の素晴らしい演奏会場を視察してきた後だけに余計にその思いが強い。

 条件の悪い会場で精一杯の演奏をしてくださった中林淳真先生と、その演奏の中にちりばめられた素晴らしい音を聞き分けてくださった観客のみなさんに心からの感謝の意を表したい。











2008/06/05(木) 病院のベッドを片づける
 
 最近、身近なところで大きな手術をした方が何人かいる。一人は、人工股関節の手術、もう一人は、頭を開く大手術だった。いずれも経過は良好で、今ではご両人とも以前と変わらぬ仕事をされている。

 入院中の話を聞いて驚くのは、手術後あまり日をおかずに自力で歩くことを勧められたという内容である。

 出来るだけ長い時間安静に過ごす方がいいのではないかと思うのは、素人考えらしい。これは、積極的に体を動かす方が術後の早期回復につながるという考えが広まってきたためらしい。

 人間ドックや、検査入院のために病室に入り、パジャマや検査衣に着替えた途端に、それまで元気だった体が急速に患者らしい気持ちになる。そんな経験をされた方も多いのではないだろうか。

 普段、忙しく飛び回っている人にとっては、いい休養時間だとばかりにベッドに横になって過ごすことが多い。その方が、体力の回復に通じるように感じてしまうからである。

 しかし、体を動かさないでじっと寝ている「不動」の状態は、内臓や骨、筋肉、感覚器などにかえって悪影響を与えるのだそうだ。

 これは、1年前の新聞の切り抜き 「95歳・私の証 あるがままに」 日野原重明氏の連載記事の中のひとつに書かれていた。

 過度の安静状態は、かえって患者をダメにしてしまう。こうした考え方があって、前述のように術後に体を動かすことが推奨されるようになったのだろう。

 日野原氏の記事は、こう締めくくられている。いっそのこと、昼間はベッドを部屋の片隅に片づけるという新しい病室を作ったらどうか、というものだ。

 長期入院で筋力の衰えや、他のトラブルが防げるなら一考の余地があるのかもしれない。











2008/06/06(金) カラビナをみて思い出すこと
 
 トライしてみたいと思いながら、まだ一度もやったことがないものがある。人工の登山壁を登るフリークライミングである。

 先日訪問した福島市の「こむこむ館」にも設置されていた。身近なところでは、ふぉれすと鉱山にもある。

 いきなりやって、無様な格好をさらしたくない。少し、体をスリムにしてから、との思いがあるから、ついつい先延ばしになっている。

 上からロープで確保してもらうのだから、遠慮しないで取り付いたらいいようなものだが、まだその気になれない。

 誰も信用しないかも知れないが、実は、これでも岩登りの経験があるのだ。岩肌の割れ目にハーケンを打ち込み、カラビナにロープ(ザイルと呼んだ)を通し安全確保をしながら一歩一歩よじ登る。そんなクラシカルな方法での岩登りである。

 最近のカラビナは、アルミ製だが、それだって昔は鉄で出来ていた。

 カラビナは、使い勝手がいいせいか身近なところで目につく。デジカメのケースにもついているし、ペットボトルのケースにもついている。いずれもアルミ製である。これらは、勿論、正式な登山用品としては使えない。

 物置には、まだ古い鉄製のカラビナが眠っているはずである。勿論、最近そんな重いものを使う人もいない。いずれ、資料館行きとなるに違いない。

 登山靴だって、ナーゲル(鉄鋲)を使っていた。岩の小さな突起を利用しやすいように、トリコニーと呼ぶ鋲などを靴底に打っていたのだ。町中を歩くと、ガチャガチャとうるさかった。

 それがゴム製(ビブラム)の靴底に変わり、乾いた花崗岩に摩擦が効きやすくなった。

 最近、なぜか ふっと、岩肌の匂いを思い出す。











2008/06/07(土) 桜からYOSAKOIソーランへ
 
 先月末、 「日本一遅い花見」 と題して写真が載った。

 大雪山系黒岳5合目にあるチシマザクラの写真である。昨年は、6月6日の開花。今年は、1週間も早かったそうだ。

 一番早い桜の開花は、恐らく沖縄での1月末か2月のはじめ。それから比べれば、4ヶ月も遅いということになる。日本の季節の多様さがここでもうかがえる。

 身近なところにある 「エゾヤマザクラ」 も、終焉を迎えている。昨夜来の雨で、散り果てた花弁の帯が道端に残っていた(写真)。

 エゾヤマザクラは花の色が濃いめで、満開時の姿はやや艶やかすぎるきらいがある。しかし、こうして道端にある残像をみると、それはそれで華やかだった時を思い起こさせる味わいが感じられる。

 華やかと言えば、いま札幌ではYOSAKOIソーランの熱い踊りが繰り広げられている。衣装も踊りの内容も、従前に比べて一段と華麗になった。

 明日の最終日は、天気も良さそうである。半年、いや、もっと長期にわたって練習を積んできた踊りだ。

 桜がその満開の美しさを誇った時間よりも踊りを披露する期間は短いけれど、個人もチームも悔いの無いように精一杯の踊りを見せて欲しいと思う。











2008/06/08(日) 今年も満開のキングサリ
 
 今年もキングサリが咲いた。目を射るような鮮やかな黄金色である。

 バックの空が青空なら、もっと写真の色合いが映えただろうと、やや不満の残る写真となった。

 毎年、この時期、生真面目に艶やかな姿を振りまく。屋根の高さにある電線に届いたらどうしようかと思っていたが、今は、それよりもはるかに高い。

 成長すると、高さは6-7メートルにも及ぶというから、この先が心配である。

 これでもか、これでもかと言わんばかりに迫り来る姿には、やや閉口気味でもあるが、花弁(写真下)のひとつひとつには慎ましやかな風情があって、これはこれでいい。

 個が集団を形成するとき、固まりすぎると厚みや迫力よりも暑苦しさを感じてしまう。ほどよい面的な拡がりがある方が、見ていて安心感がある。

 今日、ファイナルを迎え、最後までYOSAKOIソーラン大賞 グランプリを争った2チーム。いずれも、素晴らしい踊りだったが、1位、2位をわけた背景には、ひょっとすると上記のような心理が働いたのではないか。 

 テレビ観戦者の立場で、勝手にそう判断した。

 5連覇を逃した 「新琴似天舞龍神チーム」、そして、見事にグランプリに返り咲いた 「平岸天神チーム」。その差は、きっと僅差であったに違いない。

 個の美しさがないと、集団を形成しても美しくはならない。そういった意味でも、互いに甲乙つけがたい素晴らしい演舞だった。











2008/06/09(月) 長沼 健氏逝く
 
 サッカー協会元会長 長沼 健氏の訃報を報じた記事に、珍しいメキシコ五輪当時の写真が掲載された(080603道新)。

 勝利が決まり、長沼監督のもとに帰ってくる選手を迎える写真だ。長沼氏の顔に白い歯がこぼれ、両手を大きく拡げて選手を迎え入れている。

 選手の背には、8番の背番号が見える。横顔から、てっきり右のウイング 松本育夫氏だろうと思っていたが、当時の選手名と登録背番号とを見比べてみると、8番を背負っていたのは 森 孝慈氏だということがわかる。

 当時の選手名をみると、懐かしい名前が並んでいる。

 名ゴールキーパー 横山謙三(キーパーでありながら、選手の中で一番リフティングが上手かった)をはじめ、ディフェンスには、強力なキック力を誇った宮本征勝、山口芳忠。

 ミッドフィルダーに、ドリブラー・森 孝慈、フリーキックの名手小城得達(40bの距離からゴールをねらえる技術、加えて、PKの正確さは抜群だった)。

 攻守の要に、八重樫茂生(足首には、金属のボルトが埋め込まれていた)、テクニシャン・宮本輝紀(走る杉山の、欲しいところに彼からボールが出た)。

 そして、フォワードに、渡辺 正、桑原楽之、点取り屋・釜本邦茂(右45度からの強烈なシュートは有名だ。外国からプロの誘いがあった最初の日本人)、右のウイング・松本育夫、俊足の杉山隆一(黄金の左足)など才能溢れる名選手が揃っていることがわかる。

 メキシコ五輪は銅メダル。長沼 健、岡野俊一郎 この人達が、現在の日本のサッカー界の礎を築いた。











2008/06/10(火) 43年前のタイムカプセル
 
 古い山行記録を探してみたが見あたらない。日本山岳会発行の赤い山行手帳に記録していたはずだが、どこかに紛れ込んだらしい。

 唯一手元にあるのは、「山と渓谷 66-7 夏山特大号」<昭和41年6月発行>に載っている「64年8月の記録 スゴ沢出合から三俣蓮華まで」と題した投稿記事だ。

 黒部渓谷の源流地域を遊びまわった当時の記録が残っている。
 
 その当時から所属している(まだ、退会もせずに会員として登録しているのだが…)会からは、毎月発行される「峠通信」が届く。その今月号、びっくりするような記事が書かれていた。

 山中から、43年前に埋めたとおぼしきタイムカプセルを掘り出したとの報告である。

 『1965年2月13日…』 その記録の中に当方の署名があるというものだ(写真)。タッパーに入れられて埋めてあったそうだ。

 今年5月、仲間が地域からの要請を受けて標識をたてる作業をしたとき、偶然掘り起こしてくれたものだそうである。水びたしになりながらも、残っていたという。

 記録も記憶も全く残っていないが、勢いに任せて行動していた若き日の熱い迸りを見せつけられたようで面はゆい感じがしている。











2008/06/11(水) イーティーシー搭載
 
 イーテックを付けた。イーテックは、国土交通省が付けた愛称らしいが馴染みがない。イーティーシーの方が通りがいい。

 が、カタカナで書くと、これまたわかりにくい。やはり、「ETC」と書いた方がわかりやすい。

 正式名は、ETC(Electronic Toll Collection System、エレクトロニック・トール・コレクション・システム)。国土交通省が推進する高度道路交通システムで、ノンストップ自動料金支払いシステムと呼ばれる。

 高速道路の料金所での渋滞解消や、ノンストップで通行できることから燃費の向上や排ガスの抑制にも役立つという触れ込みである。

 道内の高速道路に限って言えば、それほどの効果があるとは思えない。が、時間帯によっては割引になる、さらに、搭載機が無料で入手できるという単純な動機で、つい先日セットした。

 セットしたら、使ってみたいのが人情である。用もないのに、高速道路に乗り入れた。

 使い慣れた友人達は、入るときも出るときもかなりのスピードで通過するが、当方はそうはいかない。しかも、セットアップの不具合や、何らかの異常があった場合などには開閉バーが開かないこともあります、とも教えられたからとっても怖くてスピードは出せない。

 恐る恐るETCレーンに進入、じっくりと減速し、ゲートが開くのを確認して通り過ぎた。まずは、初体験は何事もなく無事終了。

 もっとも、技術的には料金所のETCレーンは80km/hでも通過可能なよう設計されているそうだ。

 2008年4月現在の利用率は73%に達しているそうだが、高速道路の利用頻度が多くない我々に本当に必要なものなのか疑問でもある。











2008/06/13(金) ナイター観戦記
 
 不思議な雰囲気を持った投手である。

 掲示板に表示された最速の球は137q、120q台のスローカーブ、チェンジアップ。面白いように、巨人打者が空振りするのだ。

 高いワインドアップから、くいっと投げおろす、そんな感じである。投手の名前は、多田野数人。

 7回まで巨人打線を4安打に抑えた。昨日の日ハム−巨人戦、バックネットから観戦した(写真)。

 9回表、巨人の反撃を1点に抑え日ハムの勝利する瞬間を多くのファンとともに両手を挙げて喜び合った。

 選手の表情、テレビで観るようには見えないが、その代わりに全体の一挙一動がわかる。例えば三塁手、投手の投球に合わせて神経を集中し、ボールがキャッチャーのミットに収まると同時にリラックスする。

 投手、捕手以外の選手が同じ動作を繰り返す。全員野球だということが実感できる。

 久しぶりにプロ野球を観て驚いたことが三つ。一つは、選手の大きいこと。写真の位置からでもはっきりと、それが見て取れる。

 次は、打撃音。金属バットの澄んだ音を想像していたが、現実は、「ごつっ」という、にぶく重い感じだった。

 三つ目は、球場内の喧噪のすごさである。太鼓、トランペット、応援コール、そして音楽。選手はあの騒音(と呼ぶにふさわしい…)の中で、集中し打ち、投げ、走る。

 乗り付けた車は関係者の駐車場へ、プレーボールまで広々とした応接室で待機、そして結果は、3-2で巨人に勝つ。これを至福と呼ばないで、なんと言おう。

 札幌ドーム、素晴らしい一夜だった。









2008/06/14(土) 元倉庫だったそうだ
 
 コンクリートの床、木組みのままの天井、吊された裸電球。

 そんな、質素だがとてもいい雰囲気の会場を暖かい空気が包んだ。

 素敵な結婚披露宴だった。

 K子君、彼と初めて会ったのは、平成2年である。新潟県妙高高原で開催されたボーイスカウト日本連盟主催の第10回日本ジャンボリー。
 
 ともに、北海道派遣隊の一員として参加した時である。今日配られた紹介文に載せてある彼の経歴をみると、当時高校2年生だったことがわかる。

 彼は、他の二人とともに、参加した小中校生と、我々リーダーの中に位置して潤滑剤の役目を果たした。飄々とした明るい性格で、子供達の人気が高かったことを覚えている。

 今日の披露宴には、ボーイの仲間をはじめ、彼等夫妻の友人達が集まった。

 彼等にはすでに、八ヶ月になるお子さんもいる。新婦も明るくて素敵な方だ。素晴らしい家庭が築きあげられることは間違いない。

 それにしても、実にいい雰囲気の結婚披露宴だった。











2008/06/15(日) 父の日のプレゼント
 
 民謡大会があった。北海道知事旗争奪全道大会に向けての地区予選である。折しも小学校では、運動会の時期を迎えていて少年・少女の部の参加が少なかったのは残念であった。

 それでも多くのお客さんの声援を得て、各部門で熱唱が繰り広げられた。

 全部で70名近い出場者があった中で、親子での出場があるのはうれしいことである。踊りを含めて3組の出演があった。ただ、いずれも母親と娘さんのケースである。

 残念ながら、男親と子どもというケースはない。おじいちゃんとお孫さんのケースは今後増えるかも知れない。

 富山に住む甥っ子夫婦からと長野に住む姪っ子夫婦からプレゼントが届いた。ワインと日本酒である。当方のアルコール好きを見越しての贈り物である。

 今日は父の日、当方ごときにまで気を遣わなくてもいいのにと恐縮しつつも、好意をありがたく頂戴することにしよう。

 甥っ子と姪っ子は双子である。二人とも小さい頃民謡をやっていた。朝、学校に行く前に我が家にたちより、江差追分の練習をしてから登校するのが日課だった。当方の尺八伴奏で舞台で唄ったこともある。

 今、唄う機会はないかもしれないが、テレビなどの民謡番組を聞いてその唄の巧拙を判断できる耳は持っているはずである。いつかまた、思い出して唄ってくれる時がくればうれしい。

 父の日も残す時間はわずかになった。例によって、この時間になっても愚息どもからの連絡は、まだない。











2008/06/16(月) 議会フォーラム開催予定
 
 地域によって反応が異なる。あらかじめ予測されたこととはいえ、かなりの違いがあることに、あらためて驚きを感じる。

 今年の議会フォーラムの案内のちらし(写真)を持参しながら、参加要請をしたときの反応である。

 「なんで、テーマが観光なのか?」 まずはじめに受ける質問である。

 登別市は観光を基幹産業としています、さらに、登別市は国際観光レクレーション都市宣言をしています。加えて、北海道洞爺湖サミットの関係者が登別温泉に宿泊します。今年は、登別温泉開湯150年を迎える節目の年です。

 など、順を追って話を進めると一応納得はしていただける。

 「登別温泉には、あまり行かないからなー」 次に口からでる言葉である。観光は登別温泉だけではありませんよ、と説明はするものの、登別温泉や、登別地域の方と、鷲別地区(若山、富岸、新生、若草、美園)での観光に対する思いには相当の開きがある。

 フォーラムの進め方の難しさを予測させる。

 とまれ、議会フォーラムの内容はNHK室蘭放送局でも「おしらせ」で取り上げてくれることになった。開催地区、日時などを18日に放送してくれるという。

 上の写真をクリックすると、大きな画面に飛ぶ。今一度、開催日時を確認していただき、多くの方の参加をお願いしたいものである。











2008/06/18(水) 「音・楽しむ会」 
 
 「音・楽しむ会」 新たに立ち上げた会の名前である。先日開催した、「中林淳真ギターコンサート」を企画・実行した仲間で結成した。

 結成した、とか、立ち上げた、というと、いかにも大きな組織を設立した感があるがそうではない。魅力のある演奏家を招聘して、多くのみなさんに喜んでいただけるようなミニコンサートが開ければいい、そんな趣旨である。

 勿論、自分たちが楽しむことを第一の主眼としている。ギャラも安価で、しかも、実力のある人にきてもらえたらと欲張りな願望を持っている。

 今日、「中林淳真ギターコンサート」の反省会を開いた。企画、準備段階から関わったものが、「きっさ点」に集まった。

 ポスター、ちらし、チケットなど、それぞれに分担して手作りで準備した。会場の設営も、多くの仲間の協力を得た。なによりも、中林先生の「アフリカ難民チャリティ公演」という強い意志によって成り立ったコンサートであった。

 出演料ひとつをとっても、考えられないような値であったし、コンサート会場の音響にしたって氏のぎりぎりの譲歩がなければ出来ないような状況だった。

 こうした演奏家ばかりが来てくれるとは思えない。わずか、150人程度の観客でペイできるようなコンサートはまれであろう。しかし、いいものを聴きたい、素晴らしいものに触れたいと願っている市民は多いはずである。

 小規模でも、充実したコンサートにしたい、そう願って「音・楽しむ会」 は発足した。地道な歩みを続けたいと願っている。











2008/06/19(木) 平成20年度 議会フォーラム
 
 平成20年度議会フォーラムが、今日から始まった。今年は、4会場で開催する。

 その第一回目が、カント・レラの3階で行われた。

 今年は、やや趣向を変えて、より多くの方々に発言の機会があるようにと分科会形式を採用した。

 参加していただいた方々は三つのグループに分かれていただき、議員もそれぞれ3グループに分かれて対応するというものだ。

 当方は、そのBグループに所属した。写真上は、そのグループ会議の模様である。

 各グループ毎に議論しあった内容を、最後に全体会議の中で発表する。写真下は、その全体会議での報告会の模様である。

 今年度の議会フォーラムのテーマは、「登別の観光」。今回は場所柄、カルルス地区、温泉地区、中登別地区からの参加者が多かった。

 従って、「まち」再発見…というよりは、登別温泉の魅力をさらに高めるためには、という内容に話題が傾き勝ちだった。
グループ会議風景
全体会議での報告会

 それはそれで意義のあることだし、開催地域ごとの特色が出ていいと思う。

 小・中学生に対する登別温泉認識度のアップにつなげる方策、さらには、宿泊施設と商店街との共存の方法など身近な話題も多く充実したフォーラムであった。

 次回は、幌別地区など登別温泉から少し遠い地域での開催となる。登別温泉や、観光に対する考え方も異なろう。様々な意見が出ることを期待している。











2008/06/20(金) くま日記効果 いかに?
 
 くま日記で紹介してやってくれないか。友人の依頼である。

 何かと問うと、登別市音楽協会の記念コンサートの案内(写真…クリックすると大きな画面に飛びます)だという。

 登別市文化協会の傘下団体の一つでもあり、登別市音楽協会のメンバーもよく知っている。拒む理由は何もない。

 当方のホームページごときでよければ、いつでもオーケーである。ただ、効果の程は? と、聞かれると全く自信がない。

 この、くま日記を定常的に読んでくださる方も何人かはおられよう。しかし、アクセス数はたかが知れている。

 遠くは九州、広島、岩国、大阪、和歌山、東京、横浜、埼玉、青森などにお住まいの方から、読んでいるよとのメールをいただくことはある。

 しかし、今回は地元の方々へのPR効果があるかどうかが問われるものだ。そういった意味では、はなはだ、心許ない。

 この手のものは、本来、登別市文化協会のホームページにアップした方がいい。しかし、文協のHPのアクセス数は、これまた多くない。

 多くのみなさんに読んでいただけるような内容にしたいと思いつつ、時間に追われて必要最小限の更新になっている。検討しなければならない課題の一つである。

 ともあれ、コンサートのゲストとして迎え入れる白川雅樹氏は、プロフィルをご覧になってもわかるように登別市とも縁が深い。

 コンサートは、ちょうど一ヶ月後の7月20日。多くの方に知っていただくことができれば、紹介者としての荷が降りるのだが……。











2008/06/21(土) 熱燗派? それとも、冷酒派?
 
 酒の味を感じるには、熱燗でなければその味はわからない。いやいや、酒はもともと冷やで飲むものだ。きゅーっと、胃袋に流れ込む冷酒にこそ酒の美味しさがあるのだ。

 熱燗派、冷や酒派、どちらも譲らない。

 当方はどちらの考え方にも、頷くものがあっていずれにも軍配を挙げ難い。熱燗には熱燗の美味さ、冷やには冷やの良さがある。

 今日も、そんな論議になった。共通するのは、酒の美味しさを知っていることである。

 ビールは飲むけど、焼酎は飲まない。熱燗派、冷酒派、双方に共通する趣向である。酒好きな人は、なぜか焼酎を好まない。なぜだかわからないが、こうした考え方を持つ人は当方の周囲にも多い。

 さらに、空きっ腹にきゅーっと飲むのが一番美味しいという。これまた、熱燗派、冷酒派、双方に通じる趣向だ。飲む前に 「おにぎり」 、なんていう輩の顔を悲しそうな目つきで見る。

 酒の肴も、そう多くは要らない。2-3品、好みのものがあればそれでいい。「イカの塩から」 「鰺のたたき」 「筍の刺身」 書き連ねるだけで、うーん、つい、もう一本との声が出そうになる。

 今日は、厚田の「蝦蛄」が届いた。朝5時に起きて、厚田まで車を走らせたという。背にワサビを乗せて、口に入れる。
 
 実に、「うまいっ」。 今宵も、「熱燗」とともに、至福の時が過ぎていく。











2008/06/22(日) ステップアップ大会
 
 参加者の熱意が伝わってくる。講師の言葉のひと言も聞き漏らすまいとする姿勢である。

 この時期、日胆地区運営協議会では、江差追分会本部から講師を招聘して研修会を開く(写真上)。何年も続いている恒例の行事である。

 今回は、小笠原次郎上席師匠に来ていただいた。指導方法がわかりやすいと、会員の人気度も高い。

 二日間の研修日程のうち、二日目の後半をステップアップ大会に切り替える(写真下)。

 目的は三つある。その第一は、少年の部を設けていることである。

 写真下に見られるように、唄は勿論、尺八伴奏、ソイ掛けなど子供達が主体的に出演する。

 第二は、チャレンジ部門、ステップアップ部門を設け、初心者にも大会に出る楽しさを味わってもらう趣向である。

 江差で開催される全国大会に出るには、まだ少し実力が足りないけれど、日頃の練習の成果を発表したい、そんな場として全員が楽しみに参加している。

 三つ目は、審査委員のレベルアップを図る意味がある。講師、準師匠などの段階から人の唄を聴いて、的確に採点できるようにと、多くの指導者に審査委員を経験してもらう。

 全国にある江差追分会10地区協議会の中で、日胆地区が注目される由縁はこうした取り組みにあると言っても過言ではない。

 一人の力は小さくても、まとまれば結構大きな力が発揮できるものだということを、会員が実感しつつあるのはうれしい。











2008/06/23(月) ホエヤ アーユー フロム?
 
 サンキュー、メルスイ、ダンケ、グラーツイエ、グラーシャス、シェー・シェ、カムサハムニダ。いずれも、日本語の「ありがとう」を表現する言葉である。

 順に、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、中国語、そして韓国語だ。サンキューくらいは、言えそうだが、他は自信がない。

 「あいさつは、歓迎の意を伝える一つの手段です。このポケットあいさつ集を活用し、”お湯も人も温かいまち”であることを感じてもらいましょう。」と、登別市民憲章推進協議会と登別市が共同でポケットあいさつ集を作成し、市民に配布した。

 こちらは、日本語、英語、中国語、韓国語の4カ国語で表示してある。胸ポケットに忍ばせていつでも使えるようにとの配慮か、小さく折り畳めるようになっている。

 おはよう! こんにちは! こんばんは! ようこそ! ありがとう! そして、またね! のわずかな語彙である。しかし、これとて覚えきれない。

 できれば、『それらしい』発音を…と、機会ある毎に挑戦しているが(と言っても、対象は身近な、しかも、日本人相手にだけど)、声を発するたびに失笑を買っている。どうも、発音そのものに 『らしさ』 が感じられないらしい。

 実は、東京の友人からも、北海道洞爺湖サミットを契機に増えるであろう英語圏のお客さん用に覚えておいた方がいいぞ、という例として 「日帰り入浴」 → 「day trip hot spring」 などの言い方があるとメールも届いた。

 なんとか、ありがとう! と、またね! くらいは、スムースに発音したいものだが、さてその前に、どこの国から来られた方かとの判断はどうしたらいいのだろうか? 











2008/06/24(火) きれいな花には… 
 
 いつの間にか咲いていた。バラの花である。種類は多いらしい。写真にあるのは、コックテイルという種類である。

 バラの花は観賞用だと思っていたが、実は、意外なものの材料に使われているらしい。

 かつて、キャンプをする際など、ヨモギの葉を集めて燻し、蚊や虫除け対策にしていた。
 
 そんな経験から、線香の材料と言えばヨモギが主流だと思っていた。ところが、ネットで調べてみると線香の材料はヨモギだけではない。

 スギ、ヨモギ、ショウブなどとともに、バラの花もその一種だと記されている。

 線香の製法は、素材の粉末を練り合わせ、エクストルーダー(押し出し機)と呼ばれる機械で線状に押し出され、乾燥された後切断される。

 我が家では、「青雲」<日本香道製>を使っている。比較的けむりが少ない。最近は、けむりも匂いも薄目なのが好まれるという。

 長さは、140o。直径は書いてない。一箱の内容量が書いてあるだけである。太さを計測したことはないが、1o強 あるいは、1.5oあるかも知れない。実は、その線香、毎日手にしていると、太さも一定でないことがわかる。微妙に異なるのだ。

 香料は人工的につけられたものだろうから、素材の匂いがするものではないが、バラも素材の一種と聞いて、線香を焚くときバラの花をイメージするのも悪くはない。











2008/06/25(水) 見あげてごらん
 
 「雲の生態」<伊藤洋三著・地人書館刊>。空を見あげる楽しさを教えてくれた本である。

 奥付に、定価 2,800円とある。昭和42年発行の本とあって、残念ながら収められているのはモノクロ写真が主体である。

 現在なら、カラー写真をふんだんに使った写真集が刊行されているはずである。
 
 出来れば、気に入った一冊を手に入れられることをお薦めする。空を見る楽しさが倍増すること請け合いである。

 上の写真は、つい先日撮ったものだ。電線など障害物のない場所をと、急いで移動しながら撮った。車を停めて、デジカメを出す間でも刻々と色合いが変わっていった。

 「雲の生態」 撮影者の伊藤さんは、気象の専門家ではない。しかし、熱心な雲の観察者だったと書いてある。雲を撮って、30年という。

 雲を見る楽しさがあるのは、実は、これから秋にかけての季節である。高く澄んだ空に積雲や、層雲、絹雲などが変化に富んだ姿を見せるはずである。

 車の運転に注意しながら、時々は、空を 「見あげて〜 ごらん…」 を、推奨するものである。











2008/06/27(金) 議会フォーラム終了
 
 今年度の議会フォーラムが終了した。今年度は、昨年度より1会場増やして4会場で実施した。

 温泉地区を対象にした、カント・レラに始まり、市民会館、鷲別公民館、そして、今日の登別婦人センター(写真)。

 いずれも多くの市民の方が参加してくださり、貴重な提言をいただくことが出来た。
 
 真剣に登別の観光を考えよう、いい街をつくろう、多くの市民の方がそう思っていてくださることを確認することができた貴重なフォーラムでもあった。

 4会場とも、予定通り3グループに分けて分科会形式をとることができた。多くの方の参加がないと分科会形式はとれない、そう言った意味でも参加してくださった方々お一人お一人に心からのお礼を申し上げたい。

 分科会での意見交換の後、再度全体会場に集まり発表会を行ったが、これはいい方法だったと感じている。他のグループで、どんな発言があったのかということが確認できる。頷く内容も多かった。

 当方は、Bグループに所属したが、今日も貴重な意見を聞くことが出来た。

 「我が街 登別を、私が案内するならこれがお勧めルート」 というものを作る。或いは、「特別な日だけ素晴らしいのは当たり前、それよりも、日常の内容をレベルアップすべき」 という意見など、心に響くものが多かった。

 報告書は早急にまとめたいが、寄せられた意見をどう具現化するかは、議員一人一人に課せられた課題である。
 











2008/06/28(土) ガソリン 180円時代
 
 携帯にメールが届いた。「来月から、またまた10円/g程度の値上がりが予想されます。今月中に満タンにしてください。なお、30日は混雑が予想されます。是非、早めにおいでください。」 

 ガソリンスタンドから、メール会員に届けられる情報だ。現在使用しているG/Sでの価格は、167円。これでも、2円の割引があっての話だ。

 わざわざ、メールでいわれるまでのなく、今月中に満タンにする積もりだがそれにしても高い。

 たばこも、1箱千円論争が持ち上がっていて、価格が上がれば禁煙に踏み切るという喫煙者も多いそうだ。ガソリン価格の高騰によって、車の使用を控えようとする動きもあるが、実際にはなかなか踏み切れない。

 当方の住まいから市役所まで、バスで移動すれば、220円。歩けば、おおよそ1時間余の距離である。帰路、酔った勢いにまかせて何度か歩いたこともあるが、毎日というわけにはいかない。

 自転車なら、30分強か。天気がよければ、こちらはなんとかなりそうだ。

 が、自転車に乗って移動した経験のある人にはわかるのだが、歩道には結構段差があって走りにくいと感じるものだ。結構、お尻に衝撃を感じる。

 昨年度完成した柏木通りの歩道は、その点評判がいい。

 段差が急にならないよう大きなスロープがつけられている。自転車利用者、車いす利用者、或いは、脚の不自由な人には好評である。人に優しい環境作りとは、こういうことをいうのだろう。

 それにしても、ガソリンの高騰にどう対処すればいいのか。











2008/06/29(日) 湖景夢想
 
 いつものように滝上町から洞爺湖に入り、湖畔を左に見ながら旧洞爺村役場がある対岸まで行って来た。

 空から撮った洞爺湖の写真を見てもわかるように、洞爺湖は円い形をしている。

 東西約11km、南北約9kmのほぼ円形の湖で周囲約50q。

 普段は静かな湖畔も、今は、北海道洞爺湖サミットに向けて警備のパトカーの数がおびただしい。

 気にはしながらも時間に追われて通り過ぎていたモニュメントの側に車を停めて眺めてみた。

 思いの外、背が高い。作品の名前は、「湖景夢想」。作者の名前は、眞板雅文。どんな想いが込められているのかわからないが、当方には、来し方に思いを馳せながら湖畔に佇む旅人に感じられる。

 ここから遠くない場所にある病院で療養中の先輩には、湖畔を吹き抜ける風の音が聞こえるだろうか。

 最近、やや疲れが目立つ。今日も枕に頭を沈めたままだった。











2008/06/30(月) 1年の半分が終わった
 
 今日は6月30日、1年の半分が終わった。1年が早く過ぎる。年齢を重ねた証である。

 季節毎に節目節目の催し物がある。北海道の6月といえば、最近はYOSAKOIソーランまつりが定着した。祭りではないが、6月の催しでは変わったものがある。鳴門市の「第九」である。

 「第九」と言えば、12月に公演されるのが定番になっているが、ここ鳴門市では、6月1日を「第九の日」と条例で定めてあるそうだ。

 鳴門市と言えば、鳴門海峡が有名である。ホームページを見ても、渦潮に関する紹介が多い。実は、鳴門市では、毎年6月の第一日曜日にベートーベンの「交響曲第九番”合唱付き”」の演奏会が開かれるのだそうだ。

 知る人ぞ知る、日本で初めて第九が演奏された土地なのである。

 1918年(大正7年)6月1日、鳴門市にあった「板東俘虜収容所」で第九が演奏されたのだそうだ。捕虜であったドイツ人千人で結成されていたオーケストラと合唱団によるもので、これが日本初演だった。

 鳴門市のHPには、「ドイツ館」の紹介が載っている。その中には、第九の演奏の様子が人形で再現されているそうだが、詳しくは見ることが出来ない。

 もっと、「鳴門市は、第九発祥の地」をPRした方がいいと思うのだが、それはない。

 先日の議会フォーラムでも、登別市のHPに関する提言もあった。登別温泉は、泉質9種類があり、湯量も豊富だ。そのことを、もっと市民が誇りに思うべきだ。外へも内へもPRが必要なようである。