・・・くま日記・・・


2008/02/01(金) 「タスポ」申込み開始
 
 いよいよ始まった。「タスポ」の申込みである。今日2月1日から、ほぼ全国的に始まった。早いところ、つまり、神奈川県、鹿児島県、宮崎県の3県は、昨年12月に申込みが始まっている。

 「タスポ(taspo)」たばこを自動販売機で購入する際、成人だと証明する専用ICカードのことである。

 運用が始まれば、自販機でたばこを購入する際には、このタスポがないと買えない。20歳未満、つまり未成年者のたばこ購入ができないようにしようとするものである。

 これは、世界保健機構(WHO)のたばこ規制枠組み条約に、たばこ自販機の未成年者の利用制限が盛り込まれたことによる。

 国内では、1年間に売れるたばこは、約135億箱(20本換算)。そのうちの、半数が自販機で買われているとの報告がある。

 未成年者の喫煙を防ぐには自販機対策が欠かせない。試行期間に起こった事例としては、母親が子どもにカードを貸したり、父親が家に置いていたカードを無断で使用したケースもあったそうだ。

 カードの扱いについては大人の意識が求められる。さらに、対面式で販売する際は、未成年者とおぼしき人がたばこを購入しようとしたときの店側の毅然とした対応が求められることになる。

 ただ、全国に52万台と言われる自販機全部に識別機能を付ける必要がある。

 そのうちの4分の1は、小売店が所有だそうだ。改修にはコストもかかる。小売店所有の自販機の改修が的確に行われるか否かが問題である。











2008/02/02(土) 全市観光を
 
 函館市が課長を民間から起用することに決め募集をはじめた、との記事が今日の道新に載った。募集するのは、観光担当課長である。民間のノウハウを取り入れ、観光のてこ入れを図るのが狙いという。

 つい先日は、知床斜里町観光協会の専務理事が公募で選ばれたとの記事が載った。

 選ばれたのは、東京生まれの方だそうだ。「人と違った視点で新しい風を吹き込みます。斜里に骨をうずめる覚悟です」との意気込みを語ったとあった。

 国内の観光地は、どこも観光客の取り込みに必死である。

 幸いなことに、北海道では今年北海道洞爺湖サミットが開催される。登別温泉にも関係者が宿泊する。洞爺湖を中心として北海道は、全国の注目度も一気に高まるはずだ。

 北海道洞爺湖サミットの期間を過ぎたら、またもとの黙阿弥ということにならないよう充分な戦略を立てる必要がある。ましてや、登別温泉は開湯150周年という記念すべき年でもある。この機会を逃す手はない。

 観光協会を中心として様々なイベント案が検討されているようだが、広く市民の方からもアイデアを募ったらどうだろう。

 これまでも全市観光を目指しながら、なかなか一体感が醸成されないのが常だった。

 登別温泉のホテル関係者、商店街、飲食店関係者が団結するのは勿論、市民の英知を借りながら登別市の観光産業を盛り上げるチャンスととらえたい。











2008/02/03(日) 新年交礼会の締めくくり
 
 新年交礼会の締めくくり、室蘭の某ホテルで開かれた。

 地区連講師部の会合だけに、次から次へと唄がでる。三味線、尺八、さらに太鼓まで用意されていた。

 楽しいあっという間の2時間ではあったが、不満の声が聞かれないわけではない。

 
 普段、顔を合わせる場といえば、民謡の発表会とか大会とか舞台を中心としたところが多い。唄う人は勿論、伴奏する人もかけ声をかける人も自分の舞台に集中する。なかなか話し合う機会は少ない。

 だからこそ、こうした会合では唄や鳴り物はなしで、じっくりと今後の民謡界の有り様などを語り合う場所にすべきだとする意見である。この意見には同感である。

 あまりにも会合を安易に済ませ過ぎるのではないか。確かに、取り仕切る方は楽である。手間暇かけなくても音楽さへ流しておけば、時は過ぎる。

 冒頭の挨拶にもあった。民謡会は、高齢化の波をもろに被っている。会員数が半減するのはおろか、存続さへも危ぶまれている現状にある。

 これからをどうするか、様々なアイデアが聴ける絶好のチャンスをみすみす潰していることになる。

 40名を超える出席者がいても、そのことに気づいているのは苫米地御大だけというのは、残念という他はない。











2008/02/04(月) スパムメール激減
 
 朝、玄関を開けて新聞受けから朝刊をとる。ふとみると、玄関先にピーナッツの殻がひとかけら。「鬼は外」と、まいた幾つかの豆は散歩中の犬でも喰ったのだろうか。

 冷え込みが厳しいのか、車のフロントガラスが真っ白である。空は青く、今日一日の好天気が約束されたようだ。

 朝、必ず受信メールの確認をする。その受信メールに、変化が起こった。迷惑メールの数が減ったのだ。以前にも書いたが、毎夜、少なくとも50通をくだらない数のメールが入っていた。

 それが、2月1日を境に、スパムメールの数が極端に減ってきたのだ。ここのところ、わずか2-3通である。なにか規制でも始まったのだろうか。或いは、ここ2、3日だけの現象なのか。

 メールソフト Outlook Express では、迷惑メールをあらかじめ決めたフォルダに振り分けることができる。

 当方の使用しているメールソフトには、それらを振り分ける機能がない。だから、否が応でも受信したメールはすべて受信フォルダに溜まることになっている。

 なんとかならないか、と思いつつ半ばあきらめの気持ちで削除を繰り返してきた。それが、先述したような状況になったのである。

 ここまで一気に減ると、必要な内容のメールまで届く前に削除されているのではないか、と不安にもなる。もし、同じような状況になった方がおられたらご連絡をいただきたいものである。願わくば、その理由も添えて……。











2008/02/05(火) テーマは、議会改革
 
 松田議長さん、曽根議会運営委員会委員長を含めて9名の議員、2名の事務局員、合わせて11名の来訪があった。

 テーマは、議会改革。

 おいでになったのは、茨城県竜ヶ崎市議会の議会運営委員会のメンバーである。昨日は、栗山を訪問されたそうだ。天神林副議長、高橋議会運営委員会委員長とともに、応対させていただいた。

 副議長作成のパワーポイントによる資料説明の後、意見交換に入った。

 竜ヶ崎市は、人口約79,000人。議会改革に取り組もうと検討を始められ、登別市議会もその先進地の一つということを伝え聞いたとのことでお見えになった。

 朝9時から、予定の11時まで熱心な質疑があった。どんな過程で議会改革に取り組むことになったのか、議員全員のコンセンサスをどう取り付けたのか。また、議会フォーラムに対する市民の反応はどうであったのか、などなど。

 かなり具体的、かつ、本音をまじえた質疑があった。議長さん、委員長さんからの質問が多かった。ここでも、議長さんが率先して議会改革の旗頭を掲げておられるようだ。

 きていただいて、我々の取り組みがお役に立てたかは不明である。切磋琢磨が必要な時期だ。お役に立てるならいつでも歓迎である。

 明日からは、我々議会運営委員会のメンバーが改革の先進地三重県議会と伊賀市を訪問させていただく。いい面を、できるだけ多く吸収してきたい。











2008/02/09(土) 議会運営委員会での視察
 
 昨日、視察から帰ってきた。長野から姪っ子が来ていて、買ってきた杏仁豆腐を食べながら午前2時頃まで話し込んでしまった。

 家を出たのは、6日の早朝5時半。千歳発7時50分のフライト。降り立った中部空港は、摂氏4度。北海道と違った底冷えを感じた。

 向かったのは、議会改革では先進地の三重県議会。現在、登別市議会で取り組んでいる「議会基本条例」 「委員会のあり方」 「議決権の拡大」 「ネット中継」 そのいずれを質問してもすぐさま答弁がでてくる。

 昨年7月に、我が登別市を訪ねてきてくださった青木議事課長さんはじめ、それぞれ担当の方から予定を1時間も過ぎるほどの懇切な説明をいただいた。

 二日目は、「議会基本条例」の先進地、三重県伊賀市。ここでは、同じ視察目的で来ておられた足利市議会の方々ともどもに説明を受けた。伊賀忍者やこの地で生涯の大半を過ごした俳人松尾芭蕉の叡知に触れる時間もとれず、東京へ。

 三日目は、日本経営協会主催 講師、専修大学法学部教授 小林弘和氏による 「地方議員のための議会改革講座」 (写真)を受講(10:00-16:00)して、走るように羽田へ。家に帰り着いたのは、午後9時を回っていた。

 小林氏の、「行政評価」は議員自身がやるべき、との言葉が印象的だった。











2008/02/10(日) スパムメール激減の理由
 
 通常、三日も家を空けるとイヤになるほどのメールが届いているのが常だった。しかし、今回視察から帰ってメーラーを開いてもそれがない。

 Yさんから、教えていただいて初めて気がついた。スパムメール激減の理由である。

 plalaから届いたメールによれば、(前略)本サービスにて迷惑メールと判定されたメールは、標準設定で「ぷららの迷惑メール専用フォルダ(ジャンクボックス)に格納」され、『2週間後に削除』されますのでご注意願います。

 迷惑メール専用フォルダ(ジャンクボックス)の確認はこちら https://web1.plala.or.jp/……(中略)。本サービスの迷惑メール判定によっては、お客様にとって迷惑メールと思われるメールが通常のメールと判定されたり、通常のメールと思われるメールが迷惑メールとして判定される場合があります(後略)。

 というように、plalaのサービス設定だったのである。

 迷惑メールとおぼしきものはplalaで選択し、あらかじめ設定されたフォルダに格納される。黙っていると2週間後には、廃棄される手はずになっている。

 例え大事なメールが迷惑メールと誤認されていても、2週間以内なら確認が可能というものだ。

 これなら、これまでのように毎日削除を繰り返す操作も要らない。2月に入って変化が起こったのは、このサービスの提供開始が2008年1月31日だったということで納得。とりあえず、状況報告まで。











2008/02/11(月) 故郷の山で
 
 先日、広島県のスキー場でボーダーが行方不明になったとの報道があった。幸いに、二日後に7人全員無事に発見され事なきを得た。

 場所は、広島県と島根県の県境にある恐羅漢山である。かつてこの地で山登りに興じたことがある当方にとっては、発見されるまで気を揉んでいた。

 恐羅漢山は、広島県の山の最高峰である。もっとも、標高は 1,346.2メートルとそう高くはない。

 しかし、積雪量は多い地域である。いわゆる「三八の豪雪」と名付けられた、昭和38年の冬には4メートルを超えるような積雪があった。

 頂上付近は、山毛欅の木が繁り四季を通して楽しめる山だ。現在、山頂の広島県側がスキー場として賑わっているという。

 麓に建てた山小屋は40年以上を経過して、なお仲間の憩いの場として活用されている。所属会のホームページには、時折、周辺の様子などがアップされて、担ぎ上げた木材の重さや、流した汗の匂いを思い出させてくれる。

 ボーダー達は、リフトの終点から山頂に登り尾根を下り間違えたらしい。ボードをしたことがないのでよくわからないが、スキーと違ってボードは登りには使えまい。ルートを間違えたと思っても、ひたすら下るより方法がなかったのだろう。

 いずれにしても、無事で良かった。











2008/02/12(火) 中村寅吉氏逝く
 
 中村寅吉 プロゴルファー 1915.9.17 横浜市生まれ。1990年12月10日発行 現代日本 「朝日人物事典」<朝日新聞社発行>の記載である。

 「朝日人物事典」 は、91年2月に 1万円で購入した。

 国内、著名人の詳細な経歴が記載されている。今なら、こうした本を買う人は多分いないはずである。大抵の情報は、インターネット上で入手できるからである。

 今回、プロゴルファーの中村寅吉氏の訃報を知って、どのような内容が記されているかと棚から引き出した。新聞各社が報じた内容と、ほぼ同じである。

 樋口久子や安田春雄など多くの名ゴルファーを育てた。サム・スニード(米国)やゲーリー・プレーヤー(南アフリカ)ら世界の強豪にうち勝って、一躍有名になり、国内ゴルフブームの火付け役となった。

 国内初のエージシュート(年齢以下のスコアで回ること)を出したのが66歳、それから78歳で77のスコアを出すなど実に7回ものエージシュートを記録したそうだ。

 「年齢相応に楽しむゴルフでいいじゃあないか…」 と、いう人もいるがそうではあるまい。やはり、1メートルでも遠くに、そして1打でもスコアアップをと努力する姿勢にこそ意義がある。

 レンジ(練習場)には、そうした心意気を持つアマチュアが集まる。先日は、ご子息と共に打ち込んでおられる知人をお見かけした。今年は、新たなドライバーも入手されたそうだ。

 ここにも、「常に青春の心意気」 の仲間がいる。











2008/02/13(水) 霧氷ミニツアー
 
 上下をカットし、少し横に引き延ばしている。見慣れた「カムイヌプリ」だが、ちょっと見にはなかなかの山容である。

 今日も冷え込んだ。遠いから判然とはしないが、山頂付近に霧氷らしきものが観察される。

 「霧氷」…気温が氷点下のとき、樹木や地物に、空気中の水蒸気や過冷却の水滴が吹きつけられて昇華または凍結してできる氷、と辞書にある。

 一度見たいと思いながら、その望みが叶わないのは「オロフレ峠」の霧氷である。知人の弁によれば、毎年、この時期が見頃だそうだ。

 その素晴らしさを観光に使わない手はないと強調する。昨年は、そうべつエコミュージアム友の会の会員が、「霧氷ツアー」の可能性を探るために峠付近を視察したとの報道があった。

 以前にも書いたことがあるが、登別温泉宿泊者にこの素晴らしさを提供出来ないものか。ホテルから出発前の1時間を楽しむ、「霧氷ミニツアー」だ。

 冬の北海道、その地吹雪を見ただけで来た甲斐があったと言う観光客もいる。近くの観光資源を見逃す手はないと思うのだが。











2008/02/18(月) 登別温泉開湯150年記念ロゴ
 
 登別温泉は、今年開湯150年を迎える。左は、その記念ロゴである。

 今日、名刺の台紙100枚をいただいた。名刺交換の際、ひと言を添えて渡そう。

 もっと早く出来ていれば、先日訪問した三重県の視察先でも使えたのにと残念な気もする。

 さらにいえば、出来れば、このロゴマークは観光協会のホームページにでも掲載されていて、どうぞご自由にお使いくださいとでもしてくれたらいいのにと思う。
 
 最近は名刺を自分でパソコンを使用して作成する人も多いからだ。

 当方はいただいた台紙からスキャナーで取り込み、それを貼りつけて自分用の名刺を作成したのだが、ひょっとしてこの行為は意匠登録の無断使用にでもなるのだろうか。

 「登別温泉開湯150年」は、地方紙にも頻繁に登場しているが、市民全員に知ってもらう必要もある。

 宣伝の意味を込めて、今年は名刺配りに徹することにしよう。











2008/02/19(火) しぼりたて生原酒
 
 この欄には、お酒にまつわる話題が頻繁に登場する。

 下戸の方には申し訳ないが、お酒好きの方への報告義務(?)もあるのでご勘弁をお願いしたい。

 「『しぼりたて生原酒 渓流』は、今まで蔵人しか利けなかった酒通あこがれの味と香りです。こうじの香りがこころよく漂うしぼりたてならではの風味をお楽しみください。」

 
 これは、ラベルに書き込まれた醸造元推奨の言葉である。アルコール度数は、20度以上21度未満。濃いめのこうじの香りが、喉元をすぎる瞬間に六腑に拡がって行く。新酒の力強さが感じられる。

 しぼりたて生原酒とは、しぼった酒を、一切加熱処理をおこなわず、搾りたてのものを言う。搾りのときに、蔵に居合わせた人が密かに味わっていたものだ。

 できたて新酒の荒々しさが残っているから、慣れないと飲みにくいかもしれない。冷やして飲むと、これまたこたえられない美味さがある。誕生日祝いにと、姪っ子が贈ってくれた。

 実は、2本届いた。銘柄は同じではない。その紹介は、いずれまた…。











2008/02/20(水) 文章の素晴らしさ
 
 「川柳 のぼりべつ」 平成20年2月号が届いた。通算で423号になる。創刊は、昭和47年11月。 35年の歴史をもつ。

 10数ページのワープロ手作りであるが、毎月発行するための努力が並大抵でないことは容易に想像できる。

 楽しみにしているのには理由がある。巻頭言を読みたいがためである。今号の巻頭言は、「輝く女性たち」。簡潔に、それでいて格調の高い文章にまとめられている。

 登別市文化協会のホームページ「時節一言」に使わせていただいたので、目を通していただくことをお勧めしたい。

 いい文章に出会うと、なにやら得した気持ちになるから不思議である。新聞紙上でも、そういったものに出会うことがある。

 例えば朝日新聞に載る、米国ゴルフツアーに参戦しているゴルファーを取り上げた、「素顔のプロたち」<舩越園子>。あるいは、「EYE」<西村欣也>。

 今回、前者は上田桃子、後者はプロ野球大物新人の中田翔を取り上げている。いずれも勝負の厳しさと選手の心理を巧みに描きながら、それでいて暖かい目で包みこむ。いつも楽しみにしている文章だ。

 とりわけ、西村欣也の文では忘れられないものがある。

 1998/2/18 朝日新聞 夕刊に載った 「堀井が沈黙を破った意味」 と題した短い文だ。スピードスケートの堀井 学が、清水宏保に代わってある「荷」を背負おうと決めた日のことが克明に記されている。

 競技を離れた堀井 学に、その時の心境を一度聞いてみたいと思っている。











2008/02/21(木) わが頭髪
 
 えっ…? と、一瞬目を凝らす。「これが、当方?」 先日の視察先での写真をいただいた時の感想である。

 一緒に行ったメンバーに比べて一際白さが目立つではないか。当方の頭髪である。ここまでとは思っていなかった。

 写真を撮られたタイミングが悪かった。赤根議員、成田議員と並んでいる写真だ。黒々としたお二人にくらべられると、その差は歴然である。

 普段、我が家で鏡を見ないわけではない。朝の洗顔時、毎日否が応でも付き合わせる顔である。しかし、それは正面映像だ。前は幾らか黒いものが残っているから気にならない。

 撮られた写真は横顔が多い。これが白さを際立たせる原因となっている。たはは。

 かつてある有名な俳優は、顔を撮られる場合、この方向からと指定をしたそうだ。それも、左斜め前方やや下方向からという風にである。

 しかし考えてみれば、髪の白さも顔に刻み込まれた皺も全て過しきた己の人生の集大成ではないか。白いからといって黒く染める必要もなければ、薄くなったからといって覆い隠す必要もなかろう。

 ありのままを人様にみてもらえばいい。とはいいながら、これほど難しいものもない。人間には誰しも変なプライドがあるからだ。

 「自分以上のものは創れぬつくづくと人間性の浅さに至る。」<木村雅子>。達観できれば大したものなのだが。











2008/02/22(金) 交通量も多い
 
 郵便局に行った。様々なチラシに混じって学校便りが置いてある。

 校長先生の言葉や2月の主な行事などが記されている。

 変わったニュースでは給食に使われている食材に関するものもあった。 

  「中国製餃子による中毒事件報道されていますが、登別市の給食に使われている食材は、安全なものを使用しているのでご安心ください」と言った囲み記事だ。父兄に対する配慮だろう。時宜を得た内容だ。

 便りの中でひときわ目立つのは、「不審者に注意を!」と題した注意事項である。

 教育委員会によるパトロールが強化された中で、まだ、こうした注意を喚起しなければならない状態が続くのは悲しいことである。

 町内会の人達による自主的な活動も目に付く。

 写真は、下校する児童生徒たちのために自主的に尽くす地域の人達である。おそろいの上着や腕章をつけて、子供達と下校を共にする。

 道々、子供と大人が顔を見合いなにやら楽しそうに会話をしながら歩いている。こうした微笑ましい風景は見ていて気持ちがいい。暖かい日ばかりではない、今日のような雪模様の日も多い。どうか、風邪など引かれませぬように…。











2008/02/23(土) いい祝賀会だった
 
 若いってことはいい。見ているだけで周りが暖かくなるから不思議である。

 友人の息子さんの結婚祝賀会に出席した。勿論、知っているのは友人だけではない。息子さん、つまり新郎も良く知っている。

 小さい頃、ボーイスカウトに入団し活躍していた。剽軽な子で、いるだけで周囲に笑いが起こるような存在だった。
 
 久しぶりに見た今日の彼は、立派に成人した姿だった。

 当然と言えば当然のことだ、その当時からすでに20年あまりが経過しているのだ。ご両親の目にも、それは眩しいほどの成長ぶりであったに違いない。

 新婦の勤務先は、登別温泉でも老舗の類に入るホテルである。今日の披露宴には、社長さんはじめ多くの同僚や先輩の方の出席もあった。

 このホテルには、今年の北海道洞爺湖サミット時外国の方が宿泊されることも決まっている。

 ホテルの仲間全員でこの若い二人の門出をお祝いしよう、そんな今日の暖かい空気に包まれた祝賀会を見る限り、外国の方々を迎える準備は既に出来上がっているように感じられた。

 司会の方も上手で、なごやかないい祝賀会だった。











2008/02/24(日) 不法投棄
 
 平成16年、登別市不法投棄、ポイ捨て及びペットのふんの放置防止条例が施行されて不法投棄の数が激減したことは賞賛されていい。

 市の職員の定期的な見回りや、地域住民の目が厳しくなったこともあって、至るところにあった不法に投げ捨てられたごみの山が少なくなった。

 しかし、現実にはまだ心ない人がいなくなったわけではない。

 写真にみられるように、こうした立て看板を立てざるを得ない場所があるのも現実である。

 写真の場所は、人里離れた場所ではない。道路の除雪作業のきれいさにもみられるように人家に近く、散歩する方も車の往き来も多い場所である。

 それでも、不法投棄が行われている。

 ここは常習犯がいると思われるほど同じ場所に不法投棄が繰り返し行われているのだ。担当者にしてみれば、監視カメラでも設置したいと思っているのではないか。

 片づけても片づけても棄てていく。なぜ同じ場所が狙われるのか。空き巣は、一度成功するとまたその家を狙うという心理が働くという。

 もし、不審者や不審な行為を見つけたら我々も凛として対処する勇気を持たねばならない。











2008/02/25(月) 平成20年第一回定例市議会はじまる
 
 平成20年第1回登別市議会定例会が今日から始まった。3月24日までの29日間の予定である。

 今日は、全議案が上程された後、上野市長の市政執行方針並びに武田教育長の教育行政執行方針が述べられた。

 いずれも、今年一年の行政の方向性を示すものである。会社で言えば、社長の経営方針である。日を置かずして、登別市のホームページにもアップされるので一読されることをお勧めする。

 定例会中に審議される予算が議会で承認になれば、この執行方針の主旨に沿って今年度の事業が進む。

 市長の市政執行方針の冒頭の言葉。「本年は、うるう年、北京ではオリンピックが開催され、本市では市長選挙が行われます。」

 5期目を終える市長の去就については、幾度か新聞紙上に載ったが、まだはっきりとしていない。市政執行方針の中でも、選挙があるとさらりと触れているだけである。しかし、今回の定例会中にはそれもはっきりするはずである。

 残念ながら、今年一年の市の進路を述べる場に傍聴に来られた市民はたったの一人。

 次回発行する議会だより「ディスカス」には、一般質問をする議員の写真を掲載しようとの動きもあるが、ついでに傍聴席の写真も載せたらどうか、と冗談も出たぐらいだ。

 せめて一般質問の際には、市民の方の傍聴があることを期待したい。











2008/02/26(火) 2冊の書籍
 
 相次いで2冊の本をいただいた。

 上は、児童文学同人誌 発行の「まゆ」、そして下は、登別郷土文化研究会発行の「郷土史探訪 郷土史点描」。

 内容は対照的である。「まゆ」は、創作が主体である。物語がどんどん拡がり、読むものを空想の世界に引き込んでくれる。

 一方は、「郷土史…」の誌名にみられるように史実に基づいた文章が読者を魅了する。

 「まゆ」は、知人からいただいた。「四郎の夏祭り」と題したその知人の書いた文章が載っている。

 物語の主役は、その地で育った四郎という少年だが、かつて栄えた登別市の鉱山の獅子舞が物語の大きな要素を占める。

 現在、その鉱山獅子舞に関係している当方にとっては、描かれたチャッパの音や笛、太鼓のリズムが聞こえてくるような文章に引き込まれる。
 
 「郷土史…」は、昭和52年頃から登別市の広報に掲載された郷土史研究家 宮武紳一氏の172編にもおよぶ文章がまとめられている。

 市史「ふるさと登別」を補完する貴重な文として関係者に珍重されるに違いない。

 惜しむらくは使用された写真や地図が広報からの転載によるもので、鮮明さにかける部分があることである。

 いずれも、定例会が終えたあとでじっくり目を通すのを楽しみにしている。











2008/02/27(水) 踵だけは新品

  「少し値引きしておきました」 修理屋のおやじがにやにやしながら言う。今どき、靴を修理に出すような人間は少ないのか。

 もともと外股 (と言えば聞こえはいいが、いわゆるがに股) に歩く癖がある。

 どの靴も踵の外側が減る。この靴はそれだけではない、靴底の縫い目が破れぱっくりと口を開けてきたのだ。

 修理にはおおよそ1週間かかった。染みこんだ湿気をとり、靴底を縫い、さらに踵の部分を新たに取り付けた。代価、3,800円也。

 すでに10数年も履いた靴だ。買い換える選択肢もあった。写真でも見られるように、靴自体かなり変形もしている。

 が、まだ靴本体はしっかりとしている。買い換えるには勿体ない。そんな思いで修理した。今回の修理によって、履きつぶすまでには、まだまだ相当な期間使用に耐えそうだ。

 インターネットで調べてみると、靴修理の店舗は結構多い。女性の靴の修理依頼が多いらしい。パンプスのヒール部分、あの細くて高いヒールだ。

 よくもまあ、あんな不安定な靴でよく歩けるものだと感心する。あれなら、頻繁に修理も必要だろう。余談だが、あのヒールで踏みつけられた時の痛さは経験したもののみぞ知る。

 さて、修理なった靴。踵だけは新品だ。せめて、片減りしないように当分の間は歩き方にも気を付けることにしよう。











2008/02/28(木) 狭いながらも
 
 顔をくっつけあうような様である。狭いながらも楽しい我が家、ではないが10人近くの人間が座ると、さすがに窮屈な感じがする。

 しかし、それでも拠点となる事務所があるのはありがたい。

 週に二日は事務局員が事務所に詰めているし、好きな時間帯に会議を開くことも出来る。

 登別市文化協会の事務所は、登別青少年会館内にある。 
 
 ここで事務所の概要を紹介しておこう。撮影場所は、入口入ってすぐ左。コピー機が置いてある場所である。

 左側に事務机、その奥に電話、パソコン、さらに書類棚と続く。右手は、背を向けた方の右手にストーブ、書類棚、使い勝手の悪い仕切りの向こうにキャビネット。

 必要最小限の面積がやっと確保されている。今夜もここで、役員会が開かれた。

 議題は次年度に向けた総会へのスケジュール確認が主体である。平和で文化のかおり高いまちをつくろう、共通する強い絆によってこうした活動が続いている。











2008/02/29(金) もうけた一日
 
 今日は2月29日。4年に一度、いわゆる「うるう年」を実感する日である。

 29日は、特別な日か? 10年日記を付けはじめたのが1994(平成6)年。うるう年は、1996(平成8)年、次いで2000(平成12)年。次が、2004(平成16)年、そして今年である。

 10年日記の2冊目半ばにかかるが、2月29日の日記は当然のことながら意外に少ない。特別な日であったか? 結論から言えば、否である。

 「定例会資料精査」 「予算審査に向けて」 「会派勉強会」 と、第一回定例市議会中のメモが並ぶ程度だ。今回は、「一般質問通告締切日」とでも書くことにしようか。

 それまで使用されていた太陰太陽暦を太陽暦に変えたのは明治政府。明治5年12月3日を、6年1月1日と決めた。批判も多かったが、福沢諭吉をはじめとする人々が改暦の必要性や利益を説いて決まったとある。

 開国以降、欧米列強の暦との調整が必要となったからである。

 因みにうるう年(2月29日)生まれの人をネットで調べてみると、ロッシーニ(作曲家)など何人かの名前が見つかる。日本人では、峰竜太(俳優)、飯島直子(女優) 、赤川次郎(作家) などである。

 これらの人々の年齢はどう数えるのだろうか。もっとも、峰竜太は戸籍には3月1日で登録されているそうだ。人並みに歳をとらせたいとの親心だろうか。

 『地球が太陽の周りを回りきるには、365日と6時間弱かかる。端数が4年分たまって「きょう」になる。1日もうけたと思える人は充実した毎日を送っているのだろう。積み立て満期のような閏(うるう)の日に顧みる2月の言葉から。』

 これは、今日の朝日新聞 天声人語の冒頭部分。同じ、うるう年のことを書いても、当方とは月とすっぽん以上の差がある。当然の事ながら…。