・・・くま日記・・・
2007/12/01(土) 「第九」の時期
今年も12月になった。この時期になると、いつも心にせわしさを感じる。
喪中の葉書が届く。この一年にお亡くなりになった方のご冥福を祈りつつ住所録を見直し、年賀状の準備もしなくてはならない、そんな思いがせわしさに拍車をかけるのだろう。
12月と言えば、やはり「第九」だ。新聞にも「第九」の文字が頻繁に載るようになる。
古い切り抜きをめくっていたら、こんな俳句を見つけた。 「校舎より 『第九』 の練習十二月」 <玉置和子>。道新の日曜版に載った句だ。
登別市文化協会が「第九」の演奏会を開催したのは2年前である。何ヶ月もの練習を重ねた。
演奏会の当日は、合唱に参加した人も、聴きに来てくださった多くの観客の皆さんも、心が一つになったような満足感があった。つい昨日のことのように思い出される。
今年もあちこちで、「第九」の合唱の最後の追い込みに熱の入っているに違いない。
このベートーベンの「第九」の最後の合唱は、人類が兄弟のように和解しようという呼びかけの合唱だそうだ。今も世界の各地では、紛争や戦争状態にある国々もある。
今や「第九」は、日本の12月での風物詩になった感があるが、是非、多くの国々で歌われて人類が仲良く共存できるようになればと思う。
2007/12/02(日) これも遺伝子?
気候の変わり目に必ずといっていいほど、この症状に悩まされていた。夜、ぜいぜいと苦しそうに喘ぐ家族の姿は側にいる者にとってはいたたまれない気持ちだった。
父親が晩年、この「ぜんそく」に悩まされた。一番上の兄も、この症状が出た。
当時、症状を抑える唯一の方法は、エフェドリンを服用することだった。何世紀もの間、エフェドリンが気管支喘息と気管支炎に使われてきた、との記述がある。一時期、副作用があるとのことで他の医薬品に変わったと聞いたが、現在はどうなっているのだろう。
父親も、そして、父親の「ぜんそく」を受け継いだ兄もすでに他界した。
郷里に残る唯一の肉親は、嫁いだ姉だけだ。当方より7歳上なのだが、すでに曾孫がいる。義兄の一族も元気印を地でいくような家族なのだが、姉もそれに負けず元気である。
時折、電話がかかってくるのだが、ここしばらく音沙汰がなかった。代わりにかかってきた義兄の言葉に、いつもの歯切れの良さがない。
実はと、何日か後にかかってきた姉が言う。こともあろうか、突如 「ぜんそく」 の症状が出て、入院していたのだという。
これまで、病気らしい病気をしたことがない姉である。医者曰く、父親の「ぜんそく」症状を潜在的に受け継いでいるのでは、と。
昨年、「ぜんそく」で亡くなった人は、2778人にも達するという。
おやじや兄貴と同じ性格を引き継いでいるのは仕方がないが、こんな遺伝子を引き継ぐのは御免蒙りたい。
2007/12/03(月) ディナーショー
写真で紹介できないのが残念でならない。くびれたウエスト、ふくよかなバスト、男性は勿論のこと、女性が見ても(と、これは同伴の女性の言)素晴らしいプロポーションである。
小柳るみ子ディナーショー。唄が上手い上に踊りも上手いときている。室蘭プリンスホテル4階 鳳凰の間、会場一杯の参加者は、みな一様に満足感に溢れた顔であった。
最初は情熱の赤、そして後半は、メタリックグレイとでもいうのであろうか、大胆なスリットの入ったドレス。それに合わせたイヤリングと指輪。いずれも、自分のデザインによるという。
会場は程良い暖房がきき、ビール、ワインを飲んで腕まくりをするほどの室温だ。舞台は、想像以上に暑いに違いない。
今回の席は、文字通り「かぶりつき」。舞台の真ん前だった。
あまり近いと、余計な皺が見えたり、肌の衰えが見えたりしてかえって気を遣うことも多い席なのだが、今宵の主役、肌はきめ細やか、しかも皺ひとつない。日頃の節制や稽古がどれほどのものかが窺えるような思いがした。
首筋にも、そして大きくあいた胸にも汗の粒が吹き出ている。額からぽたぽたと汗がしたたり落ちるのが見える。唄い、そして踊る。まさしく熱演と呼ぶに相応しい。
気の毒なのは、会場から立ちのぼるタバコの煙である。喉を痛めないかと心配するほどの量だった。
精一杯の舞台を努める相手にも、ちょっとした気遣いをしてあげる余裕があれば、もっと素晴らしい夜になっただろうに。
2007/12/04(火) この読みにくさ
新聞は限られた紙数の中で膨大な情報を伝える使命を持っている。従って、あまり大きな活字を使えないと言う制限がある。
それでも、時代のニーズに合わせるように文字の大きさも読みやすいように変わってきている。
例えば20年前の新聞と現在の新聞の記事を比べてみよう。07/12/04の朝日新聞の一面の縦一段は、11文字、86年縦一段は13文字。07年の20行に入る86年の行数は26行。文字数、220文字に対して468文字と実に、2倍強。
視力が衰えたせいもあるが、これでまあ、よく読んでいたもんだと思う程小さい文字である。ところが、その当時と同じようなことがいまだに続いているのである。
上の写真、切り抜きは昨日の朝日新聞に載った謝罪広告である。4社のお詫びが載っている。右の上は二段組み、20行(29行)*22文字(31文字)。括弧内は、現在のものとの対比である。20年前以上の文字数が詰め込まれていることがわかる。
「平素は…」 に始まり、「お詫び申し上げます。」と、型どおりの謝罪の言葉載っている。しかし、この読みにくい謝罪文を見る限り、読んでもらうことを意識した内容ではない。
お詫び広告は、このようにあるべきだ、と消費者団体の主婦連のモデル案も出ている。せめて、自社商品の広告と同じ程度の紙面を割いて謝罪文を載せるべきだと思う。
2007/12/05(水) 予防接種
受けた方がいいですよ。同僚がいう。インフルエンザの予防接種である。この冬のインフルエンザの流行は異常なほどに早いらしい。一気に広まる可能性もあるという。
今日の午前中の会合でも、ごほごほと咳をしている人もいた。見ているこちらも苦しくなってきそうな感じである。
咳でもくしゃみでも、口から出た飛沫は意外に広範囲に飛散するものらしい。普段はよくわからないが、光の加減によってはそれを実感できる場合もある。
昨日の朝日新聞のコラムは、「咳エチケット」だった。自分が咳をするときは、他人に迷惑をかけないようにハンカチとか、ティッシュで鼻や口を抑えようというものだ。
使用後のティッシュは、蓋のついたゴミ箱へ、とも書いてある。そこまでしなければならないのか、当方は、残念ながらここまで気を遣ったことはない。せいぜいもう一枚のティッシュにくるんで捨てるくらいである。
うつさないのは、「配慮」というより「責任」だとも書いてあった。
インフルエンザの予防接種で、健康被害を引き起こした例があるとの情報もあるが、一方で、ある研究では、65歳以上の健常な高齢者については、約45%の発病を阻止し、約80%の死亡を阻止する効果があったという報告があるそうだ。
外出から帰ってきたら、うがいと手洗いは欠かしたことはないが、感染しないためにも、そしてまた他人に感染させないためにも接種は必要だろう。
幸い、65歳以上は無料で接種していただけるそうだ。出来るだけ早い機会に近くの病院に行くことにしよう。
2007/12/06(木) 驚くべき車検の金額
えっ、こんなにかかるの? 出された見積もりを見た時の第一印象である。今年で3回目を迎える車検。その見積額は、驚くほどの数字が示されていた。
タイミングベルトの交換時期にきています。ブレーキディスクが摩耗しています。マフラーが腐食しています。オイルが漏れています。バッテリーも交換時期です。
あれやこれとあちこちガタがきています。それら傷んだ全ての部品を交換すると、と言って示された金額である。
今回で3回目の車検、つまり購入後7年目を迎えたことになる。スバルに始まり、マツダ、三菱と何台かの車を乗り継いできた。
しかし、これまでの経験にはない車検時の金額である。
初めてトヨタの車に乗った。トヨタの車に愛着を持っておられるユーザーには申し訳ないが、他の車種に比べて部品の傷む頻度が激しいのではないか、とさへ思う。
それでなくても、燃費のいい車とは言えない。この際、思い切って新たな(新車という意味ではない)車に買い換えようかとも考えた。
しかし、考えてみればそこまでの余裕はない。出来るだけ長く使用ほかはない。とりあえず、車検がとおるだけの整備に留め置いてくれるように依頼した。
明日、それが終わって車が届くはずである。果たして冬を無事の越すことができるのやら…。
2007/12/07(金) いい歯科医院に恵まれたか
定期的に検診を受けている担当医が変わった。日鋼記念病院 「カレスアライアンス」 理事長交代騒動の煽りを受けた結果だ。
急変したり、今すぐにどうこうするほどの内容でない当方のような患者には、担当医が変わることにさしたる不便はない。
しかも、前担当医も、新たな担当医もパソコンの画面に出たデータを見ながらの対応であれば余計にそれを感じる。
我々患者が、担当医の腕を判断出来る材料はそう多くない。せいぜい、巷に聞こえる風聞くらいなものである。目に見える変化が表れない疾病は特にそうである。
一方、はっきりと腕の善し悪しがわかる場合もある。結果がすぐに表れる時である。
例えば、歯科。入れ歯や、充填物が簡単にはずれたり、治療結果が思わしくないなど、すぐに良否を判断することができる。
医師の言葉が丁寧であったり、受付の対応がよかったり、最新の治療機器が備えられていたり、最近の歯科医院は、どこも患者獲得に必死である。
髪の毛一本入っても「いずく」感じるほど、口の中は敏感なものである。治療後の歯の具合は舌の先ですぐに確認できる。
最近かかった歯科医院、これまでのどこよりも気に入っている。
2007/12/08(土) 今年も点かない
今年も飾られる様子はない。ご近所さんのイルミネーションである。
毎年、この時期楽しみにしていた。一昨年は、突如まばゆい光が輝いた印象があった。日記を繰ってみると、今日と同じ12月8日だった。
それまでの何年か目を楽しませていただいたのに、昨年からなくなった。どうしたことだろう。
それでも目を転じれば、市内のあちこちで豪華なイルミネーションを見ることが出来る。鮮やかなのは、回転寿司で客足が絶えないWである。通りすがりに見ることが出来る。
ネットで検索してみると、街をイルミネーションで飾ろうキャンペーンをやっているところとか、住民の投票によるコンテストを採用している街もある。
様々なイルミネーショングッズが販売されているようだから、個人宅でもかなり大がかりなイルミネーションの飾り付けが可能である。
一方で、このイルミネーションに批判的な意見がないわけではない。
例えば、「その光は夜空に輝く本物の星明りを弱めてしまう」 だとか、 「過剰なイルミネーションはエネルギーの浪費にも繋がる」 などである。さらに、「人間や動植物の健康に悪影響を与える」 との指摘もあるようだ。
個人の好みがエスカレートして、近所の顰蹙を買うようになっては本末転倒である。点灯時間を決めるなどの一定のルールが必要だろう。
それにしても、ご近所さんのベランダにいつもの輝きがないのは寂しい。
2007/12/09(日) y,kumagai
日曜日でもあるし最終日ということもあるのだろう、会場は混んでいた。
日本製鋼所 創業100周年記念所蔵作品展である。絵画、彫刻、掛け軸、書、刀剣などが展示されている。
刀剣は、堀井俊秀の刀、堀井信秀の太刀などである。堀井一門の中では、この信秀の波紋が好きである。
堀井信秀は、晩年を伊達市で過ごした。請うと、我々素人にも大事な所蔵品を気軽に触らせてくれた。いつもにこにこと穏やかな笑みを欠かさない方だった。
展示品には、武者小路実篤の「三者仲よし」もあった。実篤の本物を拝める機会は滅多にない。掛け軸は巻いて収納されていたのだろう。折角の作品に巻き皺が目立つのは残念である。
展示品のうち、絵画の占める割合が一番大きい。書や掛け軸に比べて作品として大きいせいもある。
社員であった熊谷善正の作品も数点展示されていた。初期の作品には、y,kumagai のサインがある。後に、z,kumagai に変わった。
我が家にも、y,kumagai 時代の作品がある(写真)。若い女性がさらりとしたタッチで描かれている。小品だがなかなか素晴らしい作品である。
お宝鑑定団では、どの程度の鑑定がされるのだろう、などと不埒なことを考えている。
2007/12/10(月) タチの悪い友人
忘年会の時期である。この時期、大衆居酒屋で人気があるのは鍋料理である。味がいいばかりではない。手軽で、なによりも安価である。三平、タラ、或いは、最近はキムチ鍋も評判がいい。
先日の道新の投稿欄に、「冬の味」をテーマとした投稿が載った。
その方によれば、「冬」といえば「タチ」だとあった。「タチ」は、タラの白子のことだ。これくらい美味いものはない、鍋を囲んだ人のほぼ全員が言う言葉である。
「タチ」は、鍋にも合う。フライにしてもいい、吸い物にも、ポン酢でも、あるいは生でもいい。とにかく、周囲でこの「タチ」がきらいだという人間に出会ったことがない。すこぶる評判がいい。
当方は、食糧難時代に育った。口に入るものならなんでもいい、という時代に育った同年代の人と同様、食べものには好き嫌いがない。このことにある意味、誇りにさへ思っている。
ところが、「タチ」だけは苦手である。
「こんなに美味いものが食えないのかっ」 「タチ」だけは勘弁願いたい…、という当方を哀れみにも似た眼差しでみながら美味そうに口に運ぶ。
実は、食べた経験がないわけではない。
お前のために用意した、と出された揚げ物。中身が何かを知らずに口に入れた。歯を立てた瞬間、その正体がわかったのだが、場の雰囲気上皿に戻すことが出来なかった。
当方が「タチ」嫌いだと知っての仕業である。
大きめの盃を煽り続けたが、最後まで酔いが回らなかった。「タチ」が悪い奴だ、と勧めた友人をいまだに恨んでいる。
2007/12/12(水) 富岸川右岸遺跡
近くに飲料水となる川がある、狩猟に適している、などの条件が揃っている場所。遺跡が見つかる場所には、幾つかの満たすべき条件を備えている。
登別市内には全部で27ヶ所の遺跡が確認されている。そのうち、21ヶ所が縄文時代の遺跡という。
さきほど、狩猟用の落とし穴が発見された富岸川右岸遺跡(写真)も縄文時代のものだといわれる。
先日、現地を訪れた時には、うっすらと雪に覆われて掘り進んだ遺跡の形がより明確に確認できた。
この近くには、富岸神社遺跡、富岸小学校遺跡、富岸遺跡、亀田公園遺跡などがこれまでにも確認されている。まだまだ、眠った遺跡があるのかもしれない。
それにしてもこの富岸川右岸遺跡の落とし穴、202基というから半端な数ではない。シカを捕獲するためとみられているが、これをみても相当数のシカの群れが往来していたことを物語っている。
土器や石器類も多数出土したとの報告がある。
いずれ、この富岸川右岸遺跡の全容も明らかにされ、その生活様式が登別文化交流館「カント・レラ」内に展示されることだろう。
2007/12/14(金) 風呂上がりの一杯
昨日、12月定例会が終わり恒例となっている「議員と理事者」の懇親会があった。つい、注がれるままに盃を重ねた。その後、スナックに移動し会派のささやかな忘年会を開いた。
調子に乗って、くいくいと呷ったから帰宅後にくま日記の更新もならぬままにうたた寝で夜が更けた。
今朝も、まだ胃の中に不快感が残るような有様だ。こんな日には、温泉にでも浸かってのんびりと過ごせればどれほど気持ちがいいことだろう。
入浴前後の血液を検査して温泉の効果を調べる、そんな記事が昨日の新聞に載った。
お隣、白老観光協会が札幌国際大学の協力を得て取り組むという。入浴前後に採血し、白血球を中心とした数値を測定するという。
面白い取り組みだ。結果に注目してみたい。温泉入浴が健康増進に役立つことは、つとに知られた事実ではあるが、数値でそれらが明らかになれば裏付けデータとしての活用も出来る。
さらに、泉質によって効果の違いが表れるなどの研究結果がでれば、9種類もの泉質を持つ登別温泉の素晴らしさが一層PR出来るだろう。
白老での研究結果は来年2月末に発表されるそうだ。他人のふんどしで相撲をとるような感じがしないでもないが、面白い結果が出るようなら登別市観光協会でさらに綿密な研究を依頼することも可能だろう。
風呂上がりの一杯はさらに効果的、などの結果が出ればなおうれしいのだが…。
2007/12/15(土) 通しリハは終えたが…
チェック漏れはないか。スムースに流れてくれるだろうか。一抹の不安がないわけではない。ともあれ、一応通しのリハーサルを終えた。明日はいよいよ本番である。
文協フェスティバル。登別市文化協会再生元年、ステージ部門、展示部門が一丸となって取り組むイベントだ。市民会館全館を使用する。
目を通す時間的余裕はなかったが、2階中ホールの展示部門の準備も万全との報告もある。明日もきっと、展示部門をのぞく時間はないだろう。それぞれの分担で物事を進めていく他はない。
当方は、ステージ部門の裏方担当を仰せつかっている。
ステージ部門に出演する団体は多様である。広い舞台の真ん中にスタンドマイクのセットだけでいいもの。あるいは、舞台前面にリノリュームや所作台を敷き詰めなければならないもの。
さらには、自分たちの楽器を舞台一杯に並べる団体。
使用する平台のサイズひとつをとっても、枚数も異なれば高さも違う。舞台進行の流れが途切れないように、粛々と、しかも決められた時間内にセットしなければならない。
人数が多いだけでこと足れり、というわけにはいかない。高齢者もいれば、女性の方のお手伝いもいる。全員が息を合わせてひとつの目的に向かっていく気構えが必要になる。
幸いに、主体的にリーダーシップをとってくれる人も見つかった。明日の本番が、怪我や事故のないように進むことを願っている。
2007/12/16(日) 文協フェスティバル 無事終了
会場に来てくださった、恐らく9割以上の方は、初めて聴かれたに違いない。能管の生の音である。
お能の舞台でも能管の音が響き渡るのだが、鼓や大鼓、合いの手、さらには、謡曲の声に紛れて笛の音そのものを、しっかと耳にする機会はそう多くない。
今日の能管の奏者渡邊 昇師(写真)、実は、近隣ではあまり知られていないが道内でも屈指の宝生流の笛の名手なのである。
会場の皆さんには生の素晴らしい音を堪能していただきたくて、敢えてマイクを遠ざけて演奏していただいた。
登別市文化協会会員には、この他にも多くの素晴らしい方が存在する。
今回のようにステージ部門、展示部門共催の大きな事業を、毎年行うにはやや荷が重すぎるが、登別市文化協会の総力を挙げた取り組みである。機会ある毎に、「文協フェスティバル」と銘打って、多くの市民の皆さんに観ていただく機会を作っていきたいと思う。
多くの方の支えがあってこそ出来る取り組みだ。今回もそれを痛感しながら、無事終演に至った喜びを分かち合いたい。
2007/12/17(月) 縄文時代の寒さ対策
道南にある縄文時代の遺跡群を世界遺産文化に登録しようとの構想がある。東北三県にある遺跡群と合わせて登録を目指すという。
今年、観光経済委員会の視察で訪問した大館市でも、その話を聞いた。
縄文時代の人々は、ヒエや栗、魚など、食料は意外に潤沢だったと聞いたこともある。生の栗を食べた経験をお持ちの方も多かろうが、確かに、生の栗は適度な甘みがあって、子供心に美味しかった記憶がある。
ただ、道南の人たちには栗を食べていなかったのではないか、その証拠に虫歯にかかった痕跡が極めて少ない。と、伊達市の大島先生からそんな話を聞いた記憶があるが、或いは記憶違いかもしれない。
それにしても、冬をどのように過ごしたのだろう。竪穴住居の形式は、再現されたものを見る限り東北地方でも、九州の吉野ヶ里遺跡でもほとんど変わらないように思う。
東北・北海道と九州では冬季の気温も積雪量も大きな違いがあるはずなのに、竪穴住居が同じというのは合点がゆかない。
北国の縄文人は、どのような工夫をして長い冬を過ごしたのだろう。急に寒さを増した昨日、今日の冷たい風に震えながら当時の生活に思いを馳せる。
もっとも、山内丸山遺跡にみられるように、直径1メートルもの栗の巨木建造物を造るほどの技術をもった縄文人。意外な寒さ対策が施されていたのかもしれない。
2007/12/18(火) 思い切って冷やして
思い切ってぐんと冷やして飲んでみてください、きっと味が違うはずです。そのお言葉と一緒にいただいた、「上撰 名聲布四海」 。道内の銘酒に数えられる。
最初は通常の「冷や」で、次に、思い切って冷凍庫に入れて冷やしてみた。味にまろみが感じられ、甘みも若干ながら増すようである。
こういう酒は、熱燗にすると本来の味が損なわれるのだろう。教えていただいた通りに飲むのが一番うまい。
折角だから、「つまみ」にもこだわってみようと、けちくさく大事にしまいこんでいたオホーツク紋別産の「蒲鉾」を切る。エビ、蟹がふんだんに使ってある。
やや厚めの「一切れ」にワサビを効かせて口に入れる。酒のこくと相俟って、ついつい傾ける盃の数が多くなり勝ちである。
しかし、ここはぐっと我慢して正月の楽しみに残しておこう。
酒を飲むときは、心にわだかまりがあってはいけない。心静かに、酒の味を楽しむ余裕がなくてはならない。まだ、予定された会議が何件か残っている。
考え事があると、美味しさも半減してしまう。折角の銘酒の味を台無しにしてはもったいない。
この時期は、熱燗が一番と思っていた。寒い時期の、「ぐんと」冷やした一杯がことのほか美味なることを、あらためて感じた今宵の酒であった。
2007/12/19(水) 自衛策を
首にマフラーを巻き、外出用のコートを羽織っている。てっきり、出かける寸前にお邪魔したのかと引き返そうとした。
「どうぞ、どうぞ」と招き入れられた。聞けば、寒さ対策とのこと。部屋のストーブの設定温度を下げ、重ね着をしているのだという。いわゆる「ウオームビズ」である。庶民の涙ぐましい努力姿である。
灯油は高騰、出かけようにもガソリン代も高い。
歩いて行ける近くの大型店が賑わっているという。椅子もある、テレビもある。時折、散歩がてらに店内を歩く。時間を過ごすのにもってこいである。
このところ、図書館もこの手の節約族の姿が目立つようになってきたらしい。大型店にしても、図書館にしても来場者が増えたと言って喜んでばかりはいられない。
いつもは、こんなに少ない患者で経営が成り立つのか、と心配するほど空いている近くの病院も珍しく混んでいた。インフルエンザの予防接種を受けに来た人だ。
見渡すと、当方と同じように無料で接種を受けられるような年代の方ばかりだ。医療費も高いから風邪など引いていられない。それでなくても何かと物いりの師走である。いきおい、自衛策に走らざるを得ない。
今年の冬は寒いそうだ。ノロウイルスも猛威を振るっているという。人混みの中から帰ったら、うがいや手洗いを励行しよう。予防接種も大事だが、まずは自らできる一番簡単で効果のある行為の実践こそが肝要である。
2007/12/20(木) サミットと開湯150年事業
今年10月に訪問した秋田県鹿角市の大湯温泉郷は、開湯800年だそうだ。
登別温泉は、来年開湯150年を迎える。とても800年には及ばないが、それでも開湯150年の歴史は胸を張っていいのではないか。
いま、登別市観光協会が中心になって、そのイベントの内容を検討中である。その骨格について、先日の懇談会で説明を受けた。
メイン会場としては、来年完成が予定されている泉源公園だ。道路が大きくカーブする場所だから、そう大きな公園は期待できそうにないが、それでも生々しく湯を吹き上げる間欠泉は目玉となるに違いない。
その泉源公園を中心会場にして、ビアガーデンや、盆踊り、イルミネーション、郷土芸能などの新たなイベントに加え、地獄祭り、湯まつり、評判となった鬼花火などがからみあう。
ホテルの宿泊客や、多くの市民が集うことが予想される。
登別温泉の商店会や飲食店組合は、その賑わいに期待する。先ほどおこなった観光経済委員会との懇談会(写真)でも、そのことが話題になった。
登別温泉は、ホテルへの宿泊客の増加とともに商店街の賑わいが保たれることが好ましい。来年のサミットと共に開湯150年事業には、多くの期待がかかっている。
2007/12/21(金) タクシーには乗らないぞ
週末なのにねえ、お客はいないしきつい商売ですよ。問わず語りに、乗ったタクシーの運転手がぼやく。そうですかー、大変ですねえ。一応は相づちを打つ。
乗る客が少ないのも事実だろう。以前ほど、遠い距離乗る客も少ないだろう。気前よくチップを渡す客なんて、今どきいないに違いない。
それでも、心底不況に喘ぐタクシードライバー、という構図は思い浮かばない。以前にもこの欄で書いたが、幌別のタクシーは努力が足りないと思うからである。
市民会館で催し物があっても、ホテル平安で催し物があっても、1台として会場の前で客を待っているタクシーを見たことがない。
無線で指示を受けて、客を拾う。駐車場で待っていれば、客が来てくれる。そんな構図である。つまり、常に待ちの姿勢である。
流動人口が極端に少ないから、流しのタクシーが商売にならないことはわかる。しかし先述したように、人が集まるところ必ず商売になる。タクシーの利用客がいる。その場所で待機して、客を待つ。そんな姿勢はひとかけらも感じられない。
幾度かは、タクシーのドライバーにそのことを言ったこともある。そのことに関しては、いつも生返事だった。会社の方針かもしれない。だから、最近は「商売、大変ですねえ」とも言わないし、10円、20円のお釣りもきちんともらう。
ただ、今日乗ったタクシーのドライバーさんには、ついお釣りはいいです、と言ってしまった。この道、40年。徹している姿が気に入ったからである。降りてから、我にかえる。そこまですることもなかったかなー、と。
2007/12/22(土) 人力車
人力車を曳く河野さん
(升屋のHPから転載)
京都をはじめ、萩、高山など、いにしえの面影を残す街にふさわしい乗り物、それは人力車だ。
周囲の景色や家並みを眺めながら、ゆったりと時間を楽しむ。そんな贅沢を満喫できる乗り物と言って差し支えなかろう。
1870年(明治3年)、和泉要助、高山幸助、鈴木徳二郎の3名によって発明とその使用を東京府に願い出たと言われている。
それまで都市内交通手段として使われていた駕籠に代わって一気に普及したという。ピーク時(1896・明治29年)には、当時の統計で国内の人力車の総台数は21万台になっていたというから驚く。
もっとも、その後は自動車の普及と共に姿を消し、今は観光地での活躍にその面影を残すのみだ。
現在、国内で「人力車」を製造するのは静岡にある「升屋製作所」のみ。手掛けているのは、河野茂さん(写真)。30年程前から独学で人力車の製作を始めたのだそうだ。
バネやネジを始め、全部で500以上あるというパーツ全てを自分で作っているというから驚きである。一台作るのに、35日もの日数がかかるという(升屋のHP)。
その、升屋製作所の工場が全焼したとの記事が載った。折からのガソリン代の高騰、環境にも優しいこの「人力車」。升屋の再起を祈念してやまない。
2007/12/23(日) 安いインクはないものか
今日も途中で量販店に車を走らせた。プリンタインクを購入するためだ。年賀状の印刷にプリンタは欠かせない。
気持ちを相手に伝えるには手書きの年賀状が望ましいと言われる。それを否定する積もりはない。何年か前まで、それを実践してきた。莫大な時間と労力に負けて、いまは裏面も宛名も印刷だ。
それにしても、カラーインクの消耗が激しい。ライトマゼンタ(淡いピンク色だ)の消耗が目立つ。二度も買いに出かける羽目になった。
プリンタ本体を安く売る代わりに、インクカートリッジの価格を高く設定する。いわゆる、「消耗品ビジネス」 に踊らされている。
で、われわれ消費者は、純正品より安価なリサイクル品に手を伸ばす。しかし、リサイクル品が特許権の侵害に当たるかどうかの裁判で争われ、裁判ではメーカー側の言い分を認めた。
アメリカでは使用済みのカートリッジを持って行けば、インクを補充してくれるサービスもあるというのにだ。
当方は、カラープリンタとモノクロ印刷用プリンタとの2台を使い分けている。モノクロ用のカートリッジは、いつ交換したか忘れるほど使用できるがカラーインクの消耗の速さは驚くばかりだ。
カラーインク、なんとかもう少し安く手に入れる手段はないものか。
2007/12/24(月) メリークリスマス
今夜も、トナカイの引く橇に乗ったサンタさんが、世界の子供達のために忙しく走り回っているのでしょうか。
先ほど外に出てみました。空を見あげると、満月に近いのか円いお月さんが輝いていました。
風もあるのでしょう、雲の流れがいささか速いようです。
雪のない分、サンタさんの橇の移動もスムースでしょが、最近の子供達は、眠るのが遅いようですから、サンタさんもプレゼントの贈り時を見計らっているかもしれませんね。
今年も、クリスマスメールをいただきました。スノーマンの写真付きです。Yさん、ありがとうございました。
若者は若者らしい、そして熟年者は熟年らしい、それぞれのクリスマスイブがあっていいですよね。こんな夜は、多くの言葉はいりません。美味しいワインでもお飲みください。
我が家からも、ささやかなクリスマスツリーの写真をお送りします。メリークリスマス 素敵な夜をお過ごしください。
2007/12/25(火) 異常音発生
早めに修理に行った方がいいですよ。車から降りるなり言う。車の調子が悪く少々変な音がするけど気にしないで、とあらかじめ伝えておいたにもかかわらずである。
「ぎーっ、コン、パキンっ」 誇張ではない。
車検が済んだ翌日から音が気になっていた。それが徐々に大きくなり、同乗者までもが真面目な顔で心配するほどの音になった。
「スタビライザーがいかれてます、交換ですねー」 こともなげに修理屋は言い放つ。ジャッキアップされた車の下からのぞき込んで確認する。
仕方なく、午後からの予定を中止して修理を依頼する。車が届けられたのは午後7時を回っていた。すでに晩酌モードに入っていたから、修理後の調子は未確認だ。明日は気持ちよく運転できることを願おう。
それにしても、悪いところが一気に吹き出てきた感じである。実は車検時、当面は大丈夫でしょうがそう遠くない時期に修理した方がいい、と指摘された個所がまだ幾つか残っているのだ。
マフラーもその一つ。付け根部分に微少な亀裂が入っているのを確認している。ボコボコと変な音がし始めたら、これも交換である。
丸7年、まさか車も使い捨て時代になった、と言う積もりじゃないだろうな。
2007/12/26(水) 三ヶ月予報
今日の記事を読んで、ホッとされた方も多いに違いない。今冬の天気予報の記事である。
札幌管区気象台が発表した来年1月〜3月の三ヶ月予報によれば、道内の気温は高めに推移するという。降雪量も少なく暖冬の予報だという。
高騰する灯油代は、年金生活者の懐を直撃する。部屋の中で重ね着をしたり、帽子を被ったり、マフラーを巻いた上に、足元はタンスの奥から引っ張り出した湯たんぽを使う。庶民の涙ぐましい努力の姿である。
気温が高めの冬と聞いて、胸をなで下ろす思いである。灯油の使用量は建物の向きに影響する部分も多いはずだ。
隣の家は、居間に陽光が差し込むと冬でもストーブを消すほどに暖かいというが、我が家は、三方向を家に囲まれているのでこうはいかない。
平成19年、つまり今年の冬は雪が少なかった。因みに、1月から3月まで日記に晴れマークを書いた日が54日にもなる。雪マークは18日しかない。
ただ寒気が南下すると天気はよくても寒い日が続く。気温までは書き記していないから寒さの度合いはわからないが、雪が少ないというのはありがたかった。
今回の予報では、寒気の南下も少ないという。比較的暖かい冬が過ごせるのではないか。天候にささやかな望をたくす。
2007/12/27(木) 「不用かもしれない箱」
年の瀬だ。この際、不用なものを整理しようと考えている人も多いはずだ。
ネットや新聞紙上でも大掃除のコツ伝授します、類の記事が賑わうのもこの時期である。曰く、不用なものは思い切って捨てましょう。正論である。
しかし、不用なものの見分け方が書いてない。おおよそ、不用と判断できないから溜め込んであるのだ。
マーフィーの法則にもある。「捨てた書類は、クズかごが回収されるときわめて重要になる」 。だから、脅迫観念にかられて捨てられないでいるのだ。
最近はデジタル化して保存することが推奨されている。子どもの小さい頃の絵や工作物などはデジカメで撮って保存し、現物は処理してしまおうと言うものだ。これはお勧めである。
最近のパソのハードディスクの容量は大きい。どんどんデジタル化して保存しよう。
さて、困るのはデジタル化が困難な様々な資料である。後々、使うかもしれないと思うから捨てきれないでいる。いきおい、溜まることになる。
こうしたときは、「不用かもしれない箱」を準備することをお勧めする。不用かどうか迷ったものは、とりあえず「不用かもしれない箱」に放りこんでおく。
完全に捨てたわけではない、いつでも取り出せるという安心感がある。つまり、バッファーを造ろうというものだ。3年経って、箱を開けることがなければ箱ごと捨てる。
パソの「ゴミ箱」と同じ考え方である。捨てたけれども、残っている。矛盾しているようだが、意外に捨てることの罪悪感が薄まる。お試しあれ。
2007/12/28(金) 目からウロコ
この手の本はあまり役に立たない、と知りつつ手を出す。悪い癖である。
「頭がいい人のゴルフ習慣術」 今日、購入した本のタイトルである。ゴルフに関する本をこれまでに何冊も買った。このことは、以前に書いた。
その中で、素晴らしい本だと思ったのは、2冊。「定年後もタイガー・ウッズのように飛ばす!」 もう一冊は、「完璧のシステムゴルフ」 著者は三浦 研氏。いずれも著者からいただいたものである。
「完璧の…」は残念ながら廃刊になっている。「定年後…」は、今年7月発売になった。ゴルフを科学的に解き明かした唯一の本と言える。お勧め品である。
今日買った、「頭がいい…」も、悪くはない。こう書いてある。
「ほんとうにゴルフが上達したい人は、結局のところ、プロ(もしくは、プロ並みの技量と目を持つ上級者)のレッスンを受けるしかない」。
つまり、「自分の本当の姿というものを知らない限り上達はあり得ない」というのだ。
客観的に自分のスイングを見ることは難しい。さらに、それを客観的に分析することは、さらに難しい。ましてや、例え欠点がわかったとしてもそれを修正することなど素人に出来るはずがない。
その上で、と断り書きをしている謙虚さがこの本にはある。
さらに、ある日 「目からウロコが落ちる」 ほどの啓示を受ける。これまでに、何枚のウロコが落ちたことか…、とも。正直な本ではある。
2007/12/29(土) 勧誘の品格
「お断りします…」 この言葉を発した途端、ブツンと電話が切られてしまった。それまでの丁寧な言葉遣いがウソのような無礼な電話の切り方である。
やんわりと辞退の弁を述べる当方の言葉を無視するかの如く、とうとうと売り込みの言葉を喋り続けた挙げく、契約を取り付けようとする強引さについ声のトーンを上げてしまった。その結果である。
この担当者の電話のせいで、何人もの読者を失なうことになったことか。同情さへも禁じ得ない。
それほど、強引な手法である。勧められる本そのものが、きちんとした内容の出版物であるから余計にそう感じるのだ。
出版物の名前は 「MOKU」。
内容は悪くない。何年か継続して購入したことがある。意するところがあって、購入を中断している。今回の電話は、再購入を促そうというものだ。職場にも電話がかかっていたことがある。
勧誘のしつこさや、言葉が過ぎると、出版物の品格さへも失いかねない。
売り上げを伸ばすことを主眼に、日夜こうした強引な勧誘作戦が繰り広げられているとしたら出版社にとっては不幸なことである。
経営のトップに立つ人は、こういった内容を知っているのだろうか。結果として、読者が離れていっていることを知るべきである。
かくして、サンプルにと送付されてきた 「MOKU」は、仲間に紹介されることもなく廃品回収の篭に放り込まれることになった。
2007/12/30(日) 偽偽偽偽偽
達筆である。2007年の漢字「偽」を書いた清水寺 森清範貫首の字である。
下に置いた紙でさへ大きな文字は書きにくかろう、それが立てかけた状態での清書である。頭の中にイメージした文字を一気に書き上げる。気迫が伝わってくるような写真だった。
が、書く文字が 「偽」 では力も入りにくかったことだろう。ミートホープによるひき肉事件、白い恋人、赤福などなど偽装が相次いだ年であった。経営者が頭を下げる場面を何度テレビで見たことか。
それにしても、一年を表す文字にこうした類の文字がなんと多いことか。「震(95)」 「倒(97)」 「毒(98)」 「末(99)」 「戦(01)」 「災(04)」 などなどである。こうした文字は見るだけで気が滅入る。
出来れば、 「金(00)」 「帰(02)」 などのように心暖まる文字であって欲しいものである。さらに、 「愛(05)」 「命(06)」 ならもっとうれしい。
われわれ国民の誰もがこうした明るい文字を望んでいるはずである。来年に期待しよう。
ところで、今年の文字 「偽」 に因んでざれ句を作ってみた。「偽偽偽偽と 偽偽偽偽偽と 年は過ぎ」 かなりの出来映えだと悦にいっていたが、先日の朝日新聞「平成落首考」に載ったのは次の句である。
「偽偽偽偽偽 イヤな音して 閉まるドア」 さすがである。
2007/12/31(月) ありがとうございました
臆面もなく今年も書き続けてしまいました。毎日書く、ということを自身に課しています。
いたって健康な身体に育ててくれた両親のおかげで、今年も患うこともなく無事に一年を過ごすことが出来ました。従って、病気で寝込んでくま日記のアップが出来なかったということはありませんでした。
書き込みが出来なかったのは、視察や旅行などでパソの前に座ることが出来なかった時。それと、これは非常にいいにくいことですが宴会などで酩酊した時です。
朝と、夜には必ずメールの内容をチェックしますから、どんなに酔っぱらって頭がぐらぐらしていてもパソを開くことは開くのです。ですが、そんな日は当たり前のことですがとても書けるような状況にはありません。
そんな次の日は、きまって書けなかった自分のふがいなさを噛みしめることになります。
今日も、ある方から「読んでいるよ」とのメールをいただきました。そのひと言に支えられて、くま日記が続いているようなものです。
今年も、多くの方々から励ましの言葉をいただきました。厚かましくも、来年も続けていこうと思っています。お読みいただければ、こんな幸せはありません。
今年一年、ありがとうございました。どうぞ、良い新年をお迎えください。