・・・くま日記・・・
2007/09/01(土) 刈田神社祭典
今年も例年のごとく夜店を出した。刈田神社のお祭りである。
スポンサーのないボーイスカウト登別第1団にとっては、資金源となる重要なイベントである。
今回のメニューは、6種類。生ビール、やきとり、やきそば、おでん、トロピカルサワー、それに今年は新たにスナック菓子スピンの6種類である。
やきとりは鶏肉、今年も例年のごとく2,000本を焼いた。
1本 50円という安さのせいもあるのだろう、焼き上がりが追いつかないほどの売れ行きであった。
焼く器具の容量の問題もあるが、いつもの場所を借りて焼くこと延々8時間。焼き上がる頃には腰に激痛が走るほどだった。
父母の方々のお手伝いをいただいて、おかげさまで全てが完売。
利益は大きくはないが、手作りで子供達のために共通の目的に向かって努力する。その意義こそが大きい。
明日もやきとりは、2,000本だ。売り切れないうちに是非おいでください。
2007/09/02(日) 寒い一日だった
獅子はどこに行っても人気である。もっと詳しく言えば、獅子頭は人気がある。
遠く離れていても、車から獅子頭をぱくっとやるだけで身を震わせながら泣き叫ぶ子どもいれば、親に抱かれたまま何の抵抗もなく身を任せる子どももいる。
小学校高学年になれば、面白半分に頭を差し出してくる(写真)。
刈田神社の渡御一団に混じって、恒例の鉱山獅子舞の笛を担当した。途中、笛を吹きながら居眠りする失態もあったが午前9時から午後4時まで、吹き通した。
太鼓担当は4人、チャッパ担当は二人。それに比べて笛は一人だ。早めに後継者の育成を心懸けねばならない。
雨にたたられなくてよかったとは言え、終日曇り空で移動する車の上は寒かった。
祭りの盛り上がりも今ひとつのように感じた。刈田神社と氏子、手作りの祭り。様々な問題点を抱えていることを感じさせた今年の祭りであった。
2007/09/03(月) スクラップ記事は役に立つ?
スクラップブックに貼りつけるために新聞の切り抜きをしながら、ふと疑問に思うことがある。
果たしてこの記事は必要なのだろうか、あるいはまた、必要な時に取り出すことが出来るのだろうか、と。
例えば先日の朝日新聞に載った記事 「パソコンが動かないときーセーフモードを試そう」 である。パソコンが何らかの理由で起動できないとき、セーフモードを試せという内容だ。
セーフモードは、必要最小限の機能だけを立ち上げるのだそうだ。セーフモードで起動するには、電源を入れたらF8キーを押しその後に現れるメッセージに従えばよいと書いてある。
スクラップは現在相当な数になる。記事のインデックスは、パソコンに取り込んである。従って必要な記事は一発で検索でき、何番目のスクラップブックにあるかが即座にわかるようになっている。
しかし、それはあくまでパソコンが正常に機能しているときの話である。
人間の記憶ほど曖昧なものはない。たしかあの辺りに、と探し出すにはスクラップブックの数が多すぎる。
パソコンが不調だ、そうだそんなときの対策記事があったはずだ…。
切り抜いたこの記事、果たして役に立つのだろうか。
2007/09/04(火) がんばらない宣言
身体のあちこちが痛い。加齢と共に疲れは何日か後で出てくるものらしい。
この身体の痛みは、先日の刈田神社祭典時の後遺症である。大したことをしたわけではない。せいぜいやきとりを焼いたくらいである。
勿論椅子に座って焼いていた。とはいえ、同じ姿勢で長時間過ごすのは結構つらいものがある。まずは、これがひとつ。
ついで痛みの原因らしいものを挙げれば、後かたづけでの筋肉痛であろうか。
テントをたたみ、全ての機材を片づけ倉庫に収納する。重いもの、テント、支柱、テーブル、ガスコンロ、ボンベ、やきとり器、金属製たな、余ったビール樽などなど、小型とはいえトラックで二回往復するだけの量だ。
狭い倉庫に運び入れる、終わる頃には全員が汗びっしょりだ。
二日経って筋肉痛がきた。年齢のせいである。似たような記事を新聞の投稿欄に見つけた。
内容はこうだ。 (前略) 「老い」の初体験が増えるなか、気持ちばかりが先走り、体がついていかない。この歳になって無理をしてはいけないと息子や娘に注意されているのに、つい夢中になってやりすぎてしまう。(後略)
ふふん、同じような思いをされている方がいるものだ、と読み進む。
ところが、書かれた年齢をみて唖然とする。なんと90歳と書かれているではないか。その年齢で「老いの初体験…」とは。
当方ごときが、加齢と共に痛みは後からくる、なんて書くのはおこがましいということだ。がんばろう…。
いや、その方の投稿のタイトルは 「がんばらない宣言」 だった。
2007/09/05(水) 古いアルバム
ついつい思わぬ時間が過ぎてしまう。必要に迫られて古いアルバムをめくっていた。
デジカメを購入してからは、DPEに頼むこともなくなったがそれまでの写真はプリントしてアルバムに貼りつけている。
普通のアルバムではとても収納しきれないから工事用の台紙にいれキングファイルに入れてあるが、それでも何冊にもなる。
写真は、あとで整理しよう…なんて考えて一旦手を抜くと溜まってしまって手に負えなくなる。
空き缶にいれたままになっている数も相当なものだ。それらは、記憶が薄れて撮影年などわからないものも多い。
デジカメの購入は2001年である。
人様に差し上げるものはプリントするが、それ以外のものはパソコンに取り込んだままだ。年度ごとに保管してあるから必要に応じて取り出せばいい。
但し、これもパソコンが壊れないかぎりは、との条件付きだ。何年か分はCDに、最近のものは別付けHDDにバックアップしてあるが、それで不安が全くないかというと疑問である。
古いアルバムをめくって驚くのは、故人になられた方の多さだ。お世話になった方ばかりで、交わした言葉などが思い出されてそのページから先に進まない。
写真一枚で、一瞬のうちにその当時のことを思い出すことができる。記録として出来るかぎり撮り続けることにしよう。
2007/09/07(金) 峠通信
第579号が届いた。毎月一回発行される。仲間内の手作りによる「峠通信」である。
主として例会山行の計画や、その記録が載る。その他に個人山行記録や会員の動向、企画会や集会記録がまとめられている。
今回の峠通信には、新入会員の紹介もされている。会員番号は270。すでに故人となったり、退会した人もいて実質の人数は100名足らずだが同年代の会員の活躍の報も載って当方を刺激する。
時折、写真も掲載される。今回は、山小屋でくつろいでいる仲間の写真が載った。
この小屋は、会員の手によって建設されたものである。微力ながら建設に携わったものとして、その変わらぬ姿が掲載されるのはうれしい。
建設当時より、やや大ぶりになったベランダがみえる。ベランダは月見の場所になったり、作業後のコーヒーブレイクの場所でもあった。
撮影ポイントの手前にはたしか小さな小川が流れているはずである。冷たい水はまだ流れているのだろうか。上流には炊事に使用する水源がある。夏でも冬でも変わらぬ水量があった。
第1325回の山行は、この小屋を利用した「ひえばた小屋星祭」などと洒落た名のついた催し物だったようだ。
夜更け、焚き火を囲んだとある。赤く燃える火を見詰めながら話に花が咲いたことだろう。
2007/09/08(土) 後方羊蹄山(しりべしやま)
台風一過、快晴を期待して後方羊蹄山を眺める小旅行。
といえば格好いいが、ついでに名水の豆腐を買ってこようという魂胆である。
37号線を下り、豊浦から入る。豊浦−京極線を辿る。
おおよそ1時間半で真狩着。残念ながら蝦夷富士は厚い雲に覆われたままだ。
甘い水で喉を潤し、お目当ての豆腐を購入。これで今宵の酒のつまみが手に入ったことになる。国道5号線との交点には、野菜の安さで定評のある道の駅がある。
山はまだ、姿を見せない。比羅夫からの登山口でも見えるのは裾野だけ。
倶知安に入ってようやく姿が見えてきた。一気にその全容を現したのは、そこから喜茂別に向かう路線に入ってからだった。慌ててデジカメに納める(写真)。
その傾斜から、山登りの苦しさが伝わってくる。圧倒されるような存在感だ。つい車を停めて見とれてしまう。しかし、見えたのはわずか20分そこそこの間で、すぐに雲に隠れてしまった。
この山は、「後方羊蹄山」と書くべきで羊蹄山と略して呼ぶことに強く反対する、と書いたのは日本百名山の著者・深田久弥である。歴史ある名前を大事にすべきだと。
登る人は多い。そして、深田久弥の日本百名山を読んだ人も多いに違いない。しかし、後方羊蹄山と書く人はそう多くない。本州の人がこの山にくるようになったのは、日本百名山によるところが大きい。
ここではせめて、敬意を払って後方羊蹄山と書くことにしよう。
2007/09/09(日) 大太鼓一本打ち全国大会
生半可な打ち手では音にならない。
太鼓口径4尺3寸(約130センチ)、最大経5尺5寸(約165センチ)。胴材は、樹齢500年のカメルーン産のブビンガの原木をくりぬいたもの。
1トンクラスの黒和牛の雌牛二頭分を使用した皮がはってある。太鼓の重量約600キログラム。浅野太鼓楽器店製だ。
名前は、かむい(神)。
今日、一般出場者12名、それに、小・中・高校生のそれぞれの優勝者と会わせて15名の太鼓を聞いた。
記憶に残ったのは、3人。中学生の荒川仁美さん、女性ながらしっかりとした打ち込みだった。一般の部では、清水靖久さんと優勝した荒川正輝さん。
荒川さんの技量は群を抜いていた。見事な曲の構成と大地をしっかりと踏みしめた体重の乗った音が印象的だった。
賞には入らなかったが、清水さんの演奏には太鼓を打ち込むという姿勢が感じられた。打って打って打ちまくる、太鼓演奏の原点を感じさせた。
まずは、打つことがあってその上に技が必要なのだが、技巧に流れやすい傾向が見られた。
日本刀で孟宗竹をバサッと切る、そういう音が欲しかった。これは、審査委員長を務めた(財)浅野太鼓文化研究所理事長 浅野昭利氏の講評の中の言葉である。
全国で数多く、太鼓の打ち手の演奏を見てきた人の言葉として説得力があった。
2007/09/10(月) 純米吟醸 蔵王
惜しまれながらこの世を去った。人様の話ではない、銘酒蔵王である。
先日の刈田神社の祭典時、出店された白石市の物産展で購入したうちの1本である。
前日、姉妹都市 白石市の観光と物産展歓迎交流会が催されたとき提供された。口当たりのよさに、つい度を過ごすほどいただいた。
蔵王と名のついた酒は何本かある。
写真の「純米吟醸 蔵王」の他に、 「吟醸酒 蔵王」 「特別純米酒 ササニシキ藏王」 「特別純米酒 ヒトメボレ藏王」 「純米酒 藏王」 「秀嶺 藏王 本醸造」 などなどである。社名は、蔵王酒造株式会社。
社のホームページによれば、創業は明治6年(1873年)とあるから130年を越す歴史がある。
暑い夏の日に飲むビールも美味いが、じっくりと味わうにはやはり日本酒である。
あぶったイカがあれば申し分ないが、贅沢を言ってはいられない。ニセコの名水豆腐は、ことのほか酒と合う。
先日受診したドックの結果では、肝機能はまだ充分な働きをしているようだ。これから秋に向かう。酒を味わうにはもってこいの時期である。
楽しみな季節の到来ではある。
2007/09/11(火) 第2回文協フェスティバル
登別市文化協会の今年の大きなイベントのひとつは「文協フェスティバル」である。開催日は、今年の暮れ12月16日(日) 午前10時からと決定している。
登別市文化協会に所属する加盟団体は、36団体ある。そのうちステージ部門が15団体、そのほかの部門が21団体である。
フェスティバルでは、ステージ部門は舞台を中心に自分たちの技量を発表する。もうひとつ展示部門は、作品の発表と販売もやろうという内容だ。
例えば、魚拓、絵画、写真、書道、手芸。これまでにも販売して欲しいとの市民の声も多かった。その要望に応えようという趣向である。
また、文芸部門や研修部門さらに伝承部門もこのフェスティバルになんらかの形で参加する。例えばレクレーション部門は、ステージの発表の合間に観客のみなさんに一息入れてもらうような時間をとる。
あるいは、蕎麦道場は自ら打った蕎麦を提供しようというように加盟団体のすべてがこのフェスティバルになんらかの形で参画することを基本としている。
すでに2回目の実行委員会も開かれ着々と準備が進んでいる。今夜の文化協会の役員会では、そのポスターの原案も検討の対象になった。
参加する団体の発表内容もほぼ固まったようだが、その紹介はもう少し煮詰まってからすることにしたいと思う。
12月16日(日)を楽しみにお待ちいただきたいと思います。
2007/09/12(水) コンサドールズ月下美人
J1昇格を目指してコンサドーレが頑張っている。
現在、勝ち点6差で2位京都を抑えて現在トップを走っている。J1昇格は道民の願いでもある。
ユニフォームに書かれた企業の不祥事などがあって選手もファンも一時期動揺したが、選手の頑張っている姿が報じられるのが救いである。
そんなコンサドーレを応援しようと一日だけの応援ダンスチームが誕生した。その名も「コンサドールズ月下美人」。
年齢60歳以上のダンスチームだ。20人の募集に60人を超える応募があったそうだ。
チームが存在するのは、敬老の日一日のみ。きれいに咲いて一夜でしぼむ。精一杯の艶姿で応援しようという趣向である。
我が家では、今年2回目の月下美人が咲いた(写真)。6月に咲いたものよりやや小ぶりだが、艶やかさも芳醇な匂いもひけをとらない。
その命はたった数時間。
なんで今頃、と身を引くタイミングも心得ない御仁とは違って、散り際の潔さは見事である。
「コンサドールズ月下美人」 頑張れ!!
2007/09/13(木) 夕暮れのカムイヌプリ
つい、カメラを構えてしまう。
夕暮れのカムイヌプリである。今日も夕刻、登別温泉からの帰り道デジカメを取り出して撮った。
あまりに安易に撮りすぎる風潮に、デジカメを毛嫌いする写真家もいると聞く。
じっくりと撮影ポイントを探し、何度も現地に足を運んで季節、天候、時刻、ねらった一瞬を切り取る。
それこそが、写真の醍醐味だという。
確かにそうかもしれない。だからこそ、出来上がった写真には見るものに感動を与えるような映像が切り取られているのであろう。
どこでもかしこでも、バシャバシャ撮ればいいというわけでもあるまい。
一方で、そうは言いながら簡単にいつでもどこでも己の気の向くままに撮る、そういう写真があってもいい。などと、自らを納得させながらデジカメを持ち歩いている。
カムイヌプリの姿を撮ってみたいと思いながら、まだそのチャンスに恵まれない場所がある。
場所は、室蘭市輪西町。それも室蘭新道の新日鐵球場のあたりなのだが車を停めてというわけにもいかない。
なにかいい方法はないだろうか。
2007/09/14(金) 鬼踊りの半纏着用議会
登別市ではいま、平成19年第2回定例市議会が開催中である。
一般質問の最中で、今年4月の統一地方選挙で当選した議員も一般質問に立っている。今回は、新人議員6人の全てが登壇する。
一般質問は、来週火曜日まで続く。是非傍聴にきていただきたい。
暑いさなかの議会とあって、ここでもクールビスでの出席が認められ上着を脱いだり、ネクタイをはずしての熱い論戦が続いている。
ノーネクタイ、半袖姿の議場も悪くはないが、初めて傍聴に訪れた人には奇妙に映るらしい。なんとなく議場にそぐわないと言う意見も聞いた。
しかし、格好ではない論戦の中身に注目して欲しいものである。
ところで、「ジーンズで市長ら議会」 先日の新聞の片隅に、こんな記事が載った。読まれた方も多かろう。
日本のジーンズ発祥の地とされる倉敷市での市議会に市長や市議会議員らがジーンズ姿で出席し、ジーンズの普及PRに一役買ったという内容だった。
山形県米沢市の市議会のように、特産・米沢織りの振興に一役買おうと、市議や市長をはじめ市職員全員が、羽織はかま姿で議場に臨むような『きもの議会』は有名だが、ジーンズ姿は初めてである。
着物にしろジーンズにしろ、特産品のPRをという姿勢は見習うべきものがある。翻って我が町、なにかないか。
そうだ、地獄祭り用鬼踊りの半纏着用はどうだろう。
もっとも、角(つの)付き合わせての論戦は、角(かど)が立ちすぎてダメかな?
2007/09/15(土) 敬老会
我が町内会の最高年齢者は、101歳である。71歳以上の方は、149名おられる。
今日、敬老会を催しお祝いした。
ここ何年かは、カルルス温泉に行くのが恒例になっている。今日もバスで送迎をうけ温泉を楽しんでいただいた。
実は、今年から会場を変えた。
会場への移動や、お風呂に入るのに階段はきつい。そんな要望を受けて、エレベーターが設置されているところにした。
畳の上では座るのもつらいので椅子に座る方式にしてもらいたい、これも強い要望のひとつである。参加者はそう多くはなかったが、ゆったりとした時間をくつろいでいただけたのではないかと思う。
それにしても元気な方が多い。
相当量のアルコールも用意したのだが、足元がふらついている方は皆無であった。
唄あり、踊りあり、抽選会あり、来年の再開を誓い合って午後4時、無事なかよし公園に帰り着いた。
2007/09/16(日) 制限速度 80q
高速道路から降りて一般道に入った時、ついつい制限速度を超えて走っていることに気がついてハッとすることは多い。
これは一般道に入っても、高速道路でのスピードの感覚がそのまま残っているせいだ。
一般道でもこれは起こる。それまで60q制限のところから40q制限に入ったときなどである。スピード違反で取り締まりの対象になるのはそうした時だ。
一般道で、なぜこの場所が40qや50q制限になっているか理由のわからないところもある。例えば、住宅街でもなく見晴らしもいい、そんな場所だ。
聞くと、これまでの交通事故多発地点だという。
見晴らしのいいところではついスピードを上げたくなる。ドライバーの心理である。通常、一般道の制限速度の最高は60qである。
しかし、そうでないところもある。制限速度、80qまでオーケーですという一般道。栃木県の一部にある。
これまでの制限速度は60qだったが、80qにあげても安全性が確保出来ると判断して、栃木県警が国や県と協議して決定したという。
80qは全国初らしいが、実は制限速度が60qを超えるところは、神奈川県、愛知県、兵庫県や山口県の一部など結構あるのだそうだ。
北海道は、交通マナーが悪いと言われている。交通事故も多い。制限速度が低く抑えられることはあっても、その逆はあるまい。
せいぜい心して運転に努めることにしよう。
2007/09/17(月) 歯の手入れ
先日の新聞に、毎日朝晩3回の歯磨きを欠かさないという方の投稿が載った。
都度、10分間は磨くという。
そのせいか、90歳になられるのに一本の虫歯もないのだそうだ。それにしても、10分は長い。飽きてしまうのではないだろうか。余程、意志の強い方に違いない。だからこそ、90歳になっても虫歯がないのだろう。
半年に一度は着てください。歯科医に言われている。
治療後の経過をみるためばかりではない。それくらいの時期毎に歯の手入れをするのがいいのだそうだ。
例えば、歯石をとる、歯についた水垢をとる。口腔衛生にもっともっと気を遣わなくてはいけないと歯科医は言う。
磨き方の指導もしてくれるそうだ。最近は、歯磨き粉をつけてごしごしやるのを推奨しない。歯の表面に傷をつけたり、エナメル質を削り落としたりする悪い影響が多いからだ。
だから、なにもつけない歯ブラシで磨く。いや、磨くという言葉は適切でない。磨くというと、力をいれてごしごしやるイメージが強いが、ブラッシングという言葉がより適切である。
歯の付け根、歯茎、ブラッシングをしてはうがいをする。出来るだけ長く時間をかけよと。
当方はせいぜい長くて3分である。いま使っている電動歯ブラシは、スイッチを入れて2分経つと、振動数が変わり時間の経過がわかるようになっている。3分間でも長いと感じることがある。
しかし、歯が悪いと美味しいものも食べられなくなる。せいぜい大事に使うことにしよう。
2007/09/19(火) 尾籠な話で恐縮だが
一度、おしっこに立つとあまり時間をおかないで何度も行きたくなる。こうした経験をもつ男性は多いに違いない。
たとえば宴会などでビールを飲んでいる時である。それまで大して気にならなかったのだが一度行くと立て続けに尿意を催してくる、なんてことがある。
ウィキペディアでは、「始めにに感じる軽い尿意を『初発尿意』といい、膀胱の尿容量最大となった場合の尿意を『最大尿意』という。初発尿意の膀胱内の尿量は200ml前後であり、最大尿意の尿量は500ml前後である」と書いてある。
高齢になると、トイレに行ったすぐ後でも残尿感があるという人が多いが、その量が40mlを超えると治療が必要らしい。
議会開会中に体調不良で席を外すこともある。尿意であったりその他の理由もあり得る。が、これは傍聴者からみて、あまり好感を持たれないようだ。
先日の議会フォーラムでも市民の方から指摘があった。
尿の色は便の色と同じように体の調子をみるひとつの目安になる。水分の補給が充分な時の尿の色は概して薄いらしい。
反して、例えば炎天下で激しいスポーツをしたあとは色が濃い。これは水分不足で、腎臓は水を出さないで体のごみだけを出そうとしている状況、いわゆる「濃縮尿」というやつだ。
人生いろいろ、おしっこの色もいろいろである。
健康を推し量る目安でもある。尿の色をじっくり観察してみるのも、時には必要なようだ。
2007/09/20(水) 永井荷風もブログ
今日で一般質問が終了した。新人議員6人を含む12人が登壇し、理事者の見解を質した。それぞれ自分の持ち味を発揮した一般質問だったように思う。
中に、考えさせられる内容もあった。インターネットの功罪についてである。
先日の新聞によれば、国内でのブログ(インターネット上の日記)の開設者は800万人を超えるそうだ。
当方ごとき(当方のはブログではないが…)素人が、大した知識持ち合わせなくてもHPが開設できるように、ブログはもっと簡単にウエブ上に自分の書きたいことをアップできる。
つまり、インターネットで情報を発信するコストも技術の程度も極めて低くなった。それはとりもなおさず、情報そのものの価値が高くないことを意味する。
勿論、質の高い情報が含まれているのも事実である。要は、その質の高い情報をどう入手するかが重要になるのだが、簡単が故にジャンク情報が多いのも確かである。
ネチケットと言われるように、インターネット上にもエチケットがあり、例えば誹謗中傷の類は載せないなどの一定の自制が求められるのだが、先述のようにいとも簡単に情報の受発信が出来るようになって、それも瓦解してしまった。
ブログが、小中高生のいじめの手段としても使われているという。
明治から昭和にかけて活躍した永井荷風は、公表するつもりで日記を書いたそうだ。今でいうブログである。しかしその中では、他人を批評する内容はなかったそうだ(9/16 朝日新聞 天声人語)。
けじめを心得た人であったに違いない。
2007/09/24(月) 道内にもお遍路さん
今日、車で移動中に「お遍路さん」姿で歩いている人を見かけた。白装束、頭に編み笠、そして片手に金剛杖の定番スタイルだ。
お遍路さん姿は、四国では旅行中にでも目にすることが多い。四国八十八ヶ所霊場巡りの姿である。が、道内で見たのは初めてである。
今年の五月に北海道八十八ヶ所霊場が開場したと、いう報道を目にした。その実践姿であろうか。
四国の霊場巡りは、団塊の世代を含め多くの人が参加していると聞く。
しかし、道内の霊場巡りは厳しかろう。
まずは気候、ついで距離。旭川市の真久寺(1番)から札幌市の大照寺(88番)まで、道北、道東、道南全道各地に点在する。全行程は3,600q。これは、四国の3倍にも及ぶという。
さらに、冬季は寒さが厳しくて危険なため五月から十月までに限られているそうだ。全行程を歩き通す「結願」を目指すとなると半端な気持ちでは挑戦できない。
当方が住む登別市内にも霊場として指定されたお寺がある。瀧泉寺(52番)、千光寺(53番)の2寺である。
北海道の新たな観光スタイルになる、と関係者は期待しているそうだ。しかし、いつ、誰が来るかわからない。それへの対応をどうするか、など受け入れるお寺の体制もまだ試行錯誤の状態だそうだ。
さらに、お遍路さんの「おもてなし」の心をどう育むかなど、課題も大きい。
これからお遍路さん姿が増えるのか、注視しよう。
2007/09/25(火) 月見の会
今年は例年に比べてひと月早い。いつもの年は10月に開く。
月見の会。
今宵ひとときは和で過ごそう。男性も女性も和服に身を包む。そうした主旨で始まった。
室蘭プリンスホテルの一室を借りて、しばし和の世界に浸る。
今宵は、二胡の調べに酔った。抹茶をいただき和の余韻が残る空間に静かな音が充満する。
今日25日は中秋の名月だ。だが、満月ではない。詳しい事情は今日の道新の卓上四季に載った。
難しい講釈はともかく、部屋の中には満月が輝いた。ススキの穂、おだんご、秋の夜長を過ごすに充分な情景が揃った。
音楽のあとは語りだ。場所を移し、秋にふさわしい料理と日本酒。人生を語るには酒が一番似合う。部屋の中、月明かりの庭、酒は場所を選ばない。
「名月や 池をめぐりて 夜もすがら」 松尾芭蕉。
2007/09/26(水) 歴史的な歌舞伎座が見られる?
日本最古の木造芝居小屋が秋田県にある。康楽館という。
ここは今でも歌舞伎公演が毎年行われている。北海道からもフェリーにで青森に渡り、ここまで歌舞伎を見に行くという人がたくさんいる。
歌舞伎は勿論のことだが、康楽館そのものを見に行く目的もあるという。その方々の話を聞くと、それは素晴らしいものだそうだ。
和洋折衷、外観は洋風。それに対して内部は、花道・仮花道・回り舞台・スッポン・道板で仕切った桟敷など 江戸時代の芝居小屋の形式をよく伝えているという。
なぜ秋田県に? それも、小坂町という人口7000人弱の小さな町にあるのか?
もともと小坂町は、金や銀の鉱山として栄えた町で、康楽館は、小坂鉱山の厚生施設として誕生したらしい。
「水と電気はタダ」で、住居・配給・医療・衛生・体育・娯楽・文化・宗教の各施設のほか、郵便局・銀行・警察に至るまで企業が招請、設置した歴史を持つから、粋を尽くしたこうした施設が作られても不思議はなかったろう。
実は、来週秋田県鹿角市を訪問する。所属する委員会の視察で訪問するのだが、小坂町は鹿角市からはわずかの距離だ。
康楽館は、内部の見学も自由とある。
歴史的な建造物、それも現役の歌舞伎座として存在する康楽館。なんとしても時間をやりくりして見学したいものである。
2007/09/27(木) 次世代に引き継ぐ追分節
「次世代に引き継ぐ追分節」
第45回目を迎えた江差追分全国大会のコンセプトである。
尺八もソイ掛けも、そして唄も子供達だけによって演じられた(写真)。
高齢化は、会員4000人を超える江差追分会にあっても例外ではない。
すでに、熟年会員の数は一般会員を上回っている。
北海道無形民俗文化財にも指定されている江差追分を、なんとしても後世に引き継がなければならない。それは今を唄うわれわれ世代の義務でもある。
少年が唄い、少女が追分踊りを踊った。秋田県からも青森県からも多くの子供達が唄や踊りを披露するために会場に集まった。
それらは、観るものに、そして聴くものにいずれも涙が溢れるほどの感動を与えた。
3歳の高橋航君、川口美海ちゃん、そして、4歳の東美羽音ちゃん。会場一杯に伸びやかな歌声が響き渡り、会場は大きな拍手が鳴りやまなかった。
人生を唄い込む。大人がその真剣な姿勢で取り組むかぎり、子供達に江差追分が引き継がれることは間違いない。
2007/09/28(金) ICレコーダー
講演や出張時には欠かせないアイテムのひとつである。ICレコーダー。
購入して1年になる。このところ出番がなく、埃にまみれていた。
このタイプは電源を切っておくという機能がない。常に電源が入った状態である。消費電力もそう大きくないのだろう、電池切れで大切な録音内容が消滅したという事態も起こらない。
いいのは、長時間の録音が可能でなことである。MDやテープと違う利点である。
一方、録音した音源の保管という点ではMDやテープのようなわけにはいかない。一旦パソコンに取り込んだあとで、必要な措置を講じなければならない。
しかし、小型で軽量であるという利便さは他の追随を許さない。幅30mm、厚さ10mm、長さ120mm。重さ、わずか63グラム。電池2本を入れての重さである。
出張に持っていこうと準備した。
ところが、「トリセツ」が見あたらない。まあ大した機能が付いているわけでもない。とたかをくくりつつも、貴重な説明を聞き逃してはならない。
来週の出張までには手に馴染ませておかねば……。
2007/09/29(土) 民謡唄合戦
普段あまり吹かない曲もある。伴奏をする者の一人として、その曲は吹けませんとは言いたくない。
今日、第31回道民芸術祭・第38回胆振芸術祭「いぶり民謡唄合戦」が開かれた。
8年ぶりで登別市の担当となった。むかわ町、豊浦町、洞爺湖町、壮瞥町など、普段あまり交流のない地域の方々との交流の場がもてた。
ある方から、「津軽山唄」の伴奏を頼まれていた。
この唄には、「東通り」と「西通り」がある。通常、よく唄われるのは「西通り」である。あらかじめお聞きした。どちらの節ですか? わからないけど、ちょっと変わった節だとのお答えだった。
その方の江差追分の伴奏は何度かしたことがある。従って、声の高さは想像が出来るが津軽山唄の伴奏をするのは初めてだ。
結果的には、よく唄われている「西通り」だったのだが、おかげで久しぶりに「東通り」の練習をすることが出来た。復習するのにいい機会だった。
会場で、新たな宿題も頂戴した。10月末に唄うという。
「道産子駄付け唄」 そして、「山形馬喰唄」だ。いずれもしばらく吹いたことがない。
まずはテープでも聴きながら、唄のイメージを頭に入れることから始めることにしよう。
2007/09/30(日) 日本女子オープン
今日行われた女子ゴルフの日本女子オープンは、若手の諸見里しのぶが逃げ切ってメジャー初勝利を飾った。
テレビを観ていても楽しめた試合だった。なによりよかったのは、解説の樋口が若手応援一本槍でなかったことだ。
追い上げた不動裕理 のプレーにも賞賛の言葉を贈っていたことに好感が持てた。
一時期、なにがなんでも宮里 藍や横峰さくらに勝たせたいという雰囲気があって興ざめさせる解説者も多かったのだが、今日の樋口にはそれがなかった。
派手さはないが、不動裕理 のプレーには職人技みたいな玄人好みのところがある。その辺りをきちっと評価している解説がよかった。
今日の不動裕理 は、二人を相手に闘ったような感じだった。
優勝した諸見里しのぶには、指導している江連忠がキャディとしてついており大きな声でアドバイスしていた。テレビ画面にそれが聞こえるほどだから、一緒に回っている不動裕理 にもその声が聞こえたことだろう。
にもかかわらず、淡々と自分のゴルフに集中している不動裕理 には貫禄が感じられた。
惜しいパットが何度かあった。特に、最終18番のバーディが決まっていれば勝負の行方はわからなかった。不動裕理 ファンとしては、やや残念であった。
場所が、北海道・樽前CCでもあり知人も観戦に行ったはずである。昨日、今日と天候に恵まれて選手にとってもギャラリーにとっても素晴らしい舞台だったことだろう。