・・・くま日記・・・


2007/04/01(日) 名刺用印刷カード
 
 登別市市役所人事も一新し、新たな体制の発足となった。昇格された方には勿論、新たな職場に移動された方々にもこれからの御奮闘を期待したい。

 急いで新しい名刺の準備をされた方もおられよう。もっとも最近は、名刺も自作される人が多くて商売あがったりです…と印刷業者もこぼしていた。かくいう当方も、名刺は自作である。

 早い! 簡単! キレイに楽しく…… こんなフレーズが印刷してある。

 自宅のパソコンで印刷できる名刺カード、その名刺カードにも何種類かあるのを始めて知った。いつも使用しているのは、インクジェットで印刷できるタイプのもの。

 ところが、カラーインクの消耗が激しい。このカラーインクが結構な価格なのである。

 「マルチ名刺カード」 なにかいいものはないか、量販店の棚を眺めていて目に付いたのがこれである。

 裏面の印字適正方式をみると、熱転写、インクジェット、コピー機と並んでレーザーと書いてある。

 レーザー方式のトナーなら、カラーインクに比べて格段に安価である。

 本当に印刷できるのか? 半信半疑で試してみる。もちろん、持っているレーザープリンタではカラー印刷は出来ない。しかしモノクロでいいと割り切れば決して見劣りするものでもない。

 まさに、早い! 簡単! 安価! を地でいく品物である。

 この時期、名刺のご厄介になる頻度も高い。しばらくは、これで我慢することにしよう。 











2007/04/02(月) 期待を込めて
 
 道新紙面に久しぶりに名前が載った。朝刊ならではの光る紙面に… と意気込みが書かれていた。

 今年の2月末、室蘭から札幌へ転勤されたH浅氏である。室蘭では報道部長を担当されていた。新しい職場では文化部を担当されると聞いていた。

 心の豊かさが求められる時代といわれて久しい。しかし、選挙でも文化では票にならないと国会議員もそのことについては触れたがらないし、また多くを語らない。

 国の予算を見てもお寒いかぎりである。国の一般会計予算の中で、文化庁予算の占める割合はわずか 0.13%である(平成18年度当初予算)。

 文化力の向上は、世界を魅了する存在感ある日本を再現、というキャッチフレーズの割にはお粗末である。イタリアでは、国家予算の1%が伝統文化の保存事業だけに使われているそうだ。

 「今という時代、北海道という地域の中での『文化』を、ジャーナリストとして見て、聞いて、考えたいと思う」 とは、H浅氏の言葉である。

 その言やよし、これからの道新紙面 文化欄の充実に期待を込めてエールを送ろう。











2007/04/03(火) 今日は花見
 
 4月3日。この日付を聞くと、いつも即座に頭が少年期に切り替わってしまう。

 茣蓙を敷き、重箱を囲む。大人たちは酒を酌み交わし、子どもは喜々として走り回る。かけっこをしたり、鬼ごっこに興じる。やがて、酔っぱらった大人がそれに混じる。足がもつれて転ぶ。それを皆ではやし立てる。

 グランド(小山を切り開いた場所を、そう呼んでいた)に親戚が集まった。桜の木が多かったわけでもない。しかし、4月3日はいつも「花見」と決まっていた。

 重箱の中身で一番気に入っていたものは、あずきの羊羹である。重箱に、魚や肉が入っていた記憶はない。

 田舎のことだから、お重の一つはまぜ寿司くらいだったはずだし、もう一つのお重に煮染めや黒豆くらいのものだろう。しかし、いつも重箱の片隅には、お袋自慢の羊羹が添えられていた。それだけが、鮮やかに思い出されるのだ。

 青や赤、色づけされたようかんも勿論入っていた。一切れ二切れと分け与えられたそれらを食べたあとに、最後まで残しておいたあずきの羊羹を口に入れるのである。

 その旨さは、実はすでに知っているのである。前の晩、アルミの弁当箱でつくられたようかん。包丁で切り取られ、重箱に収められたあとの、そのかけらを姉と奪い合う。

 その味は、60年も経っているのに、ついいましがた口にしたような甘さが拡がってくるのである。

 「おーい、ようかんはないか…」











2007/04/04(水) 鯉のぼりの季節
 
 せわしなく動き回っていると、季節の移ろいまで忘れてしまいそうである。

 ふと見あげれば、鯉のぼりが青空に泳いでいる。男の節句がもうすぐそこにきているのだ。

 今日は、2年間努めた議会だより編集委員会最後の会議だった。

 委員会は、委員長以下7人で構成している。
 集めた原稿の検討から、レイアウト、校正まで全てを委員で行う。ホームページと共に議会の内容を市民の方に理解してもらうための重要な手段の一つである。

 定例会毎に、それぞれ分担した原稿を読み合わせながら検討した。文章の表現方法について、時に激しく議論する場面もあったが、それはそれで楽しい委員会であった。

 7人の委員のうち、4名が議員を勇退する。残った3人とて、次期の委員はおろか議員になれるかどうかもわからない。

 ここまでの記事をまとめたものの、これの発行については新メンバーに委ねられる。検討した内容がそのまま載るとも限らない。しかし、やることは全てなし終えた。

 今日は一息ついたところで、630円の弁当を食べながら2年間を振り返った。勇退される委員からも、それぞれの思いが述べられた。いいメンバーに恵まれて、楽しい時間を共有することが出来たことに感謝しよう。











2007/04/05(木) 同窓生が亡くなった
 
 故郷にいる小学校の同級生から電話がきた。訃報だった。G原君が亡くなったという。

 彼とは4年前の同窓会で会ったのが最後となった。小学校の頃からどちらかといえば、悪ガキの仲間だった。本来、気は優しいのにそれを態度や言葉で表すのが苦手なタイプだった。

 頑張りやの彼は、苦労の末 会社を興し社長の座にまで上りつめた。その会社を息子に譲って、これからは少し好きなゴルフに打ち込むんだと語っていたそうだ。突然の逝去だったらしい。

 連絡をくれたのは、同窓会の世話役をいつも買って出るS川君だ。全国あちこちに散らばっている同級生全員に電話をかけたと聞いた。

 香典を立て替えてくれている。すぐに送ると言ったら、今年行う同窓会の時でいいと言って譲らない。同窓会に帰ってこいとの強いメッセージに他ならない。

 小学校では1年生の時から6年生まで都度先生が変わった。その中でご健在なのは、1年生の時の担任だったA村先生だけのはずである。

 4年前の同窓会は、そのA村先生が住んでおられる山口県で開催された。
 
 先生は藍染めの大家でもある。無心をして送っていただいた藍染めのバンダナは大事にしまい込んである。今年の同窓会には、頭に巻いて「かっぽれ」でも踊ってみせようか。











2007/04/06(金) 楽しい学校生活を
 
 靴を脱いで受付カウンターに行く。熊野です、告げると同時に 「やっぱり、くまのさんだ…」 の声と一緒に笑顔で迎えてくれた。

 それは、中学2年生になったS美ちゃんだった。当方の顔を覚えていてくれていたとは、うれしい。

 今日、二つの入学式に出席した。午前中は、T小学校、そして午後はR中学校の入学式であった。

 小学校では、男子53名、女子33名 合計88名。中学校は、男子77名、女子73名 合計150名の新入生が誕生した。

 若干なりとも新入生が増えている中学校はここだけです、と誇らしげに校長先生が語られた。

 上の写真は、新入生への歓迎の合唱をする3年生である。歌の曲名は、「未来」。新入生を迎え入れる暖かい気持ちを込めたいい合唱だった。

 新一年生は、一クラス30名の5クラス。のびのびとした中学生生活が始まることを祈って止まない。

 ひとつだけ気になることがあった。たしか、今年新入生として入ってくるはずの名前が無かったことである。Yちゃん、住む場所でも変わったのだろうか。











2007/04/07(土) 投票日を一緒に
 
 知事選と道議選は、今日で遊説を終えた。各陣営とも、いまは、やるだけのことはやった…の心境に違いない。

 長いとも短いとも感じた遊説期間だったことだろう。まずは、今宵はぐっすりと眠って疲れを癒すことだ。どんな結果が出るのかは明日の審判を待つしかない。

 登別市では、12年振りの道議選だ。しかも候補の一人がスピードスケートのメダリストでもあり話題を呼んだ。これほど市民の関心を集めた選挙も珍しい。

 果たして投票率はどれくらいの値を示すのだろう。関係者は勿論市民も結果を注視している。

 開票速報がHPで公開されるそうだ。携帯でもアクセス出来るようになっているから、自分が投票した候補の得票結果を逐一チェックできる。

 1週間後の4月15日には、市議選の告示日となる。21人の枠に対して、それを超える出馬が予想されている。こちらも市民の関心度が高くなり投票率が上がることを望みたい。

 それにしても、知事選、道議選と一緒に市議選も出来ないものか。

 市民の関心が高まり投票率も上がるだろうし、投票所に一回足を運べばそれですむ、と言われる市民の方も多い。

 決めごとだから仕方がない、といわず検討の余地有りと思うのだがどうだろう。











2007/04/08(日) 選挙結果
 
 堀井氏:14,261票 井野氏:13,550票。登別市選挙区における道議会議員選挙の結果である。

 6期目を目指した現職が敗れた。伊達市も、新人候補中山氏が現職をかわして初当選を果たした。勝ったいずれの候補も若さを売り物にし、新しい風を吹かそうと訴えた。

 結果に至った要因は、様々なものがあるに違いない。

 それらの分析は、メディアを含めこれから様々な方によって語られることだろう。じっくりと耳を傾けたいと思う。

 明日からは、目前に迫った自らの選挙にむけて邁進することに専念しよう。 
  











2007/04/09(月) 明日(あけび)中等教育学校 
 
 期待の大きさがわかる、そんな感じのする盛大な開校式兼第1回入学式だった。

 道内に始めて作られた一体型中等教育学校、明日中等教育学校である。

 生憎の雨模様となったが、会場となった体育館は満員だった。開校宣言に引き続いて、校旗授与が行われた。

 
 開校式に参列したのは始めてのことである。希望に満ち溢れた新入生の顔、父兄、そして地域の人、どの顔にも新たな期待感があった。

 そして、校歌が紹介された。まだ生徒は勿論、先生たちも歌えない。作詞・作曲をされた北海道出身のシンガーソングライターである大黒摩季さん自らが歌った。(写真は、校歌を歌い紹介する大黒摩季さん)。

 曲名は、「明日(あけび)の空に」。伸びやかな声が会場一杯に響き渡った。いい曲だった。

 知人のお嬢さんも前期の一年生として入学された。開校の精神は、「明日を創る」。輝く明日であって欲しいと願った。











2007/04/10(火) うーん、困った
 
 うーん、困った。

 この時期になってもウグイス嬢が揃わないのだ。四年前手伝ってくれて、今回もきっと大丈夫と当てにしていた二人にも、都合が悪いと断られてしまった。

 すでに他候補は万全の体制が整い、ウグイス嬢はアナウンスの練習を、コースを先導するナビ役のスタッフはコースの最終チェックをと、それぞれ分担する役の確認段階にはいっているに違いない。

 そんな強力な後方支援を受けて、候補ご自身は最後の詰めに入っておられる。今日も、我が家の自宅周辺を固めに訪問しておられる他候補の姿を見かけた。

 こちらはといえば、戦車(告示後に遊説に使用する車をこう呼ぶ)に使用するバッテリーを運んだり、ウグイス嬢依頼の電話をかけたりで、詰めどころではないというのにだ。

 加えて、コースの確認もしなくてはならない。実は、今回は先導者を配する余裕がない。従って、コースのナビ役も当方がこなさなくてはならないのだ。

 そんな中、一縷の望みは I 塚君が手伝ってくれることと、遠くに住んでいる姪っ子が期間中ウグイス嬢として戦車に乗ってくれることだろうか。

 最悪の場合は、この二人で一週間を戦い抜くしかない。頼りにしてるぞ、 I 塚君と姪っ子よ!











2007/04/11(水) コースの下見も
 
 毎日のうがいと手洗いが功を奏してか、お陰で風邪も引かずに過ごしいる。

 肉体的な疲れと内面的なストレスもあって少々疲れ気味だが、応援してくださっている方々のためにもあと10日間はなにがなんでも頑張らなくてはならない。

 若い友人のおかげで、戦車に乗るメンバーも何とかなりそうだし、そう言った意味では少し心の荷がおりた感じがしている。

 明日は戦車の事前審査である。午前中には、形を整えた戦車を迎え入れることが出来そうである。

 一応コースの下見も済ませた。市内を遊説するための全コースは、かつてお世話になった K さんが練り練って作成してくれたものである。

 これだけのものを新たに作るとなると莫大なエネルギーを要する。回るコース、必要な時間、トイレの場所、休憩場所、昼食場所、様々な要因を加味しながら作成されたものだ。大事に使わせていただくことにしよう。

 ただ、今回はナビもタイムキーパーもいない。従って、状況に合わせた変更が生じる可能性は多分にある。そういった意味ではやや不安な部分がないわけではない。

 ただ今回は、通過にかなりのテクニックを要する部分三ヶ所のうち二ヶ所は割愛しようと思う。まずは、安全に全コースを回れることを優先したいからだ。

 なにはあれ、少し早寝を…と思うのだが、依然としてこの時間になっている。反省。











2007/04/12(木) 様々な宣車
 
 様々な宣車が集まった。

 昨日、戦車と書いてしまったが、正しくは「宣車」なのだそうだ。それはそうだろう、いかに選挙は勝たなくては意味がないとはいえ、戦車という言葉はあまりにも直接的だ。宣車で納得である。

 市民会館駐車場に事前審査を受ける各候補の宣車が集まった。当方も、つなぎの作業服に着替えて会場に赴いた。審査は、あっけないほど簡単だったが、審査後の宣車を覆うシートの取り付けに苦労した。

 折しも雨模様となった。脚立に上るにせよ、宣車の屋根の上に立つにせよ足元が滑る。それでもなんとか形を整えた。

 一際目立つ宣車があった。目立ったのは宣車そのものではない。そのスピーカーの大きさである。その候補の宣車が審査会場につくと、各陣営から一瞬どよめきが起こった。

 期間中は、そのとてつもないスピーカーから繰り出される音量に他は圧倒されることだろう。

 中には、こんな小さなバッテリーで大丈夫? と心配するような宣車もあったが、様々な意匠を凝らした看板とともに市内を駆けめぐることだろう。

 先日の道議選、2候補の宣車でも市内には連呼の音がこだました。市議選では、22台が市内を移動する。

 市民の皆さんには迷惑かも知れないと思いつつ、つい出す声に力がこもる。ご容赦を…。











2007/04/13(金) つい、居眠りが

  「くまのさん、あそこの家に声をかけておいたから…」 「こっちにも、ちょっと顔を出しておいてくれ…」。

 うれしい言葉である。身体が、二つも三つも欲しいと思う。やり残したことはないか。あの人のところにはもう一度顔を出しておきたい。何度行ってもお目にかかれなかったあの人は…。

 考えればきりがない。残された日は、明日一日のみ。

 登別市文化協会のホームページの更新も頼まれているのだが、とても今はその余裕がない。様々な会合への出席も、今週と来週はままならない。

 早々と今月末のゴルフコンペの案内もいただいたが、こちらもそのことを考える余裕すらない。

 疲れも溜まっているのだろう、昨夜の通夜の席上では居眠りをこらえるのに必死だった。お寺さんのあげるお経は、眠りを誘発するに最適のリズムだと思ってはいたが、これ程までとは思ってもいなかった。

 ぐらぐらと揺れる姿をみて、周囲の弔問客は笑いをこらえるのに苦労されたのではないか。それでも不思議と合掌のタイミングだけは、きちんと合うのである。

 故人となられた T さんには、随分とお世話になった。まぶたがくっつきそうになる当方の顔を見ながら、相変わらずだなと、苦笑されたに違いない。











2007/04/14(土) 再アップは、23日かな
 
 朝起きてびっくり、一面雪景色。長靴に足元を固めて事務所へ。駐車スペースの雪かき、重たい雪だった。
 
 市内で、多いところでは17センチの積雪量を記録したと夕刊は報じた。タイヤは未交換、幸いまだスタッドレスのままだった。

 明日から一週間を過ごす宣車に、必要なものを積み込む。寒さ対策には特に念を入れる。それでなくても数少ないウグイス嬢である、風邪でダウンするというようなことになっては大変である。

 長野から手伝いにきた姪っ子は、寒さに震え上がっていた。

 明日、初めて顔を合わせるウグイス嬢もいる。練習をする時間などない。まさに、ぶっつけ本番そのものである。救いはただひとつ、唯一の経験者 I 塚君が初日から宣車に乗ってくれることである。

 それに、若い彼女らのことだ。すぐに、雰囲気に馴染んでくれるに違いない。どんな一週間になるか、実は内心楽しみにもしているのだ。

 宣車での遊説に気をつけなければならないことは多々ある。行き交う他の車にも迷惑をかける。まずは事故のないように細心の注意を払わねばならない。

 明日はいよいよ告示、期間中HPの更新は禁止されている。再アップは、23日になると思います。気持ちよくお目にかかれることを願いつつ…。











2007/04/15(日) 告示なった
 
 平成19年統一地方選挙、市議選が告示となった。

 登別市では一時無風かとも言われたが、結局定数21名に対して22名の届け出があった。抽選の後、各選対本部から宣車が一斉に町中に繰り出した。

 当方の、ポスター位置は6番。右から2列目の最下段である。ポスター貼りは、2チームで構成した。従って、全てのポスターを貼り終えるたのは午後4時近くだったそうだ。

 それはそれでいい。一日かけて貼り終えればいいことだ。ここでも、アルバイトの工大生の世話になった。さらにウグイス嬢、若さだけから言えば他陣営に決して後れをとらない。

 いや、むしろ22候補のうち一番の若さを誇るのではないか。本番、しかも初日 初めてマイクを握った人には声の出しにくいシチュエーションである。しかし、若さとは素晴らしいものだ。その順応の速さには、目を見張るものがある。

 最初こそ、カンペに目を落とす動作が目に付いたが、午後はそれすらもない。次々とアドリブが繰り出される。初日、寒さで少々疲れの見えるウグイス嬢、明日はまた元気いっぱいの声が聞けることだろう。

 一方の当方、さすがに今日は疲れた。500ミリリットルの水は、半分を消費したのみである。雨だけでも上がって欲しいと願うや切である。











2007/04/16(月) 今どきの若者
 
 「今どきの若者は…」 礼儀も、敬語も知らない若者を嘆く「大人」が使う言葉である。

 今回手伝ってくれているウグイス嬢達、まさに若者そのものではあるが、どうしてそんじょそこらにいる年輩の「大人」達よりは、余程礼儀正しく言葉遣いも数段きちんとしている。

 清楚で控えめ(しかも、… これは、ここだけの話だが … みんな美人なのだ)であるが、自分の意志をはっきりと伝える言葉を持っている。

 ウグイス嬢の経験は皆無とのことだが、アドリブは使えるし感情の込め方も素晴らしい。

 I 塚君という人間性が、類を呼ぶ核になっているものと思われる。素敵な若者達に恵まれて、毎日を楽しく過ごせている。これ程素晴らしいウグイス嬢に恵まれた候補はそんなにいないのではないか。

 今日から、国道への「朝立ち」を始めた。午前6時から、7時50分頃まで車での通勤者を対象に挨拶をする。

 生憎のしょぼしょぼとした雨模様であったが、普段お目にかかることの出来ない知人と顔を合わせることが出来て、これはこれで実に楽しい。

 みんな朝早くから職場に向かっている。頑張っているのだなあ、こちらも頑張らなければと衿を正す思いである。本当にご苦労様ですと申し上げたい。

 幸い、明日からは天候も回復しそうである。明日は、どんな顔を見ることが出来るのだろう。楽しみな「朝立ち」である。











2007/04/17(火) 爆睡
 
 今日は、事務局長をしてくださっている方のお宅で昼食をご馳走になった。奥様手作りのお赤飯とナメコのみそ汁。クレソンのごま和えは珍しかった。全員が「完食」であった。

 美味しいものを腹一杯いただいたあとに来るのは、眠気である。我慢をしていたが、電動あんま機を勧められてスイッチを入れたのが悪かった。もみもみ感に身を委ねている間、いつのまにか眠りに入ったらしい。

 「くまのさん、行くよっ」 と声をかけられるまで爆睡状態だった。顔は緩んだまま、おまけに寝癖で髪がピンと跳ね上がってウグイス嬢達に笑われる始末。とほほ! 

 気合いを入れ直して遊説へ。始まって三日も経つと言うのに、まだ一度も出会わない宣車がある。Y さん、 A さん、 N さんなどである。

 しかし、顔を合わせるのは時間の問題だろう。声をかけあい互いの健闘を祈り会う。

 困ったのは、候補者の身内の方から愚痴を聞かされたことである。「相談もなく、一人で決めてしまって…」。こればかりは、返事のしようがない。

 しかし、結果は22日にならないとわからない。まさに少数激戦である。悪いが、ひとさまご家庭のことに関わっているような余裕はない。

 明日あたりは疲れがどっと出る時期でもある。宣車に乗った候補が居眠りするわけにはいかない。今夜はなんとしても早寝をしなければ……。 











2007/04/18(水) すでになかび
 
 すでに選挙戦の半ばを過ぎてしまった。幸い天候に恵まれて予定どおりの遊説が進んでいる。実は、ここはもっときめ細やかに回りたいと思うこともあるのだが、全体のスケジュールからそうもいかないこともある。

 昨日も、「励ましたやろうと家から出たら、もう通り過ぎている」 もっとゆっくり移動した方がいいのではないか、とお叱りを受けた。

 家の外に出て応援してくださっている方には、車から降りてご挨拶をするようにしてはいるのだが、これも思うに任せないことも多い。

 しかし、こうして応援してくださる方がいるということは幸せなことである。窓も開かない、カーテンが微動だにしない、そんなコースばかりだと当方はともかく、ウグイス嬢達が可哀相である。

 手を振ってくれるのは、たとえ相手が子どもであっても実にうれしいものだ。

 これから終盤にかけては、一層熱が入る時期でもある。交代要員の少ない当方の陣営では、ウグイス嬢の体調が一番心配である。

 幸いなことに、今はそれぞれに体調管理をしてくれているようで脱落者もいない。このままの状態で最終日を迎えることが出来ることを祈っている。











2007/04/19(木) 残された時間はわずか
 
 選挙戦もあっという間に終盤を迎えた。それぞれの宣車のウグイス嬢や、候補の声にも力が入ってきた。

 我が方は、喋り方、喋る内容など、基本的にはウグイス嬢の先頭に立ってくれている I 塚君に全てを任せている。その対応の早さには目を見張るものがある。

 最初は、はっきり、ゆっくり、わかりやすく、そして、中盤から終盤にかけてはややテンションを上げる。

 当方の陣営、候補そのものは22人の候補者の中で最高年齢(満67歳)だが、ウグイス嬢の若さならどの陣営にも負けない。

 当落がかかるせっぱ詰まった緊迫感がある一方、日々彼女たちとの会話の中で癒され楽しささへも感じさせてもらっている。そう言った意味では、いいメンバーに恵まれたと思う。

 しかし、選挙は結果が全てである。残された時間は二日間のみ、朝の国道沿いの「朝立ち」挨拶も含めて悔いの残らぬよう全力を尽くしたい。

 一方、遊説に出かけている間、事務所に激励に駆けつけてくださった方にお会いすることは出来ないが残されたメッセージを見るたびに元気をいただいている。

 「常に青春の心意気…」 負けてはいられない。











2007/04/20(金) 明日一日のみ
 
 今朝の室蘭民報によれば、21議席のうち15人程度が当確ラインに入ったそうだ。うらやましいかぎりである。トップラインは、2000票を超える勢いがあるという情報もある。

 企業系の4議員は、それぞれ後援会活動の時から気合いの入れようが違っていた。その4人が大きな票を取ってくれれば、ボーダーラインが下がるから当方にとってはありがたい。

 朝5時半起床、顔を洗い身支度を整えて国道へ移動。6:00から7:45頃まで「朝立ち」。帰宅後朝食、8:20頃事務所へ移動。8:30事務局の方をまじえウグイス嬢達と打ち合わせ。

 9:00から18:00まで遊説。夕食を摂りながら、一日の反省と明日の行動予定を確認。事務局の方々を見送ったあと、事務所を片づけ帰宅。来客があると帰宅は、21:00を過ぎる。

 ビール片手に新聞に目を通す。資料のパソコン入力とくま日記アップ。終了するのは、23:00頃。それから風呂に入って就寝。これが、おおよその一日の行動パターンである。

 みぞれ混じりの告示日、寒さに震え上がりながら長い一週間の始まりを迎えたが、それも残すところあと一日。

 幸い風邪を引いたウグイス嬢もいない。明日は悔いのない一日としたい。











2007/04/21(土) 人の温かさ
 
 毎日が騒音の渦だったに違いない。当事者でさへ、うるさいだろうなあと思いつつ声を張り上げているのだから、当事者以外にとっては、まさに喧噪の一週間だったことだろう。

 まずは、当事者の一人としてお詫び申し上げます。宣車を走り回さなくても日々の活動の成果で審判を受ける、そんな選挙に変えていくことが望ましい。

 なにはあれ、終わった。あとは、明日の投票結果を待つしかない。現職の議員にとっては、これまでの4年間の活動が評価され、新しく立候補された方は、訴えられた自分の考えがそう市民の方に理解されたのかが問われる。

 当方は、厳しい選挙であったにもかかわらず、充実した一週間を過ごすことが出来た。

 宣車を運転してくださった Y 野さん、それに、どこにも負けない素晴らしい行動隊。はじめてウグイス嬢をしたとは思えない素晴らしい内容だった。

 今回の経験が、彼女らの選挙に対する興味を呼び起こすきっかけになれば幸いである。

 今回も、名前をあげればきりがないほど多くの人に支えられた。いつものことながら人の心の温かさを感じた選挙だった。ここに厚くお礼申し上げます。











 
 4/15の告示以来更新を中止していました。HPのアップは、しませんでしたが日記は書き続けていました。今日からまた、くま日記のアップを再開いたします。 


2007/04/23(月) 更新を再開

 今日は、さすがにつらいものがあった。昨夜、事務所でささやかな当選祝いを行った。

 ウーロン茶片手に話に花が咲き、ウグイス嬢を努めてくれた K川さん、U田さん、それに一週間びっちりと宣車に乗って声を出し続けてくれた I 塚君とで夜遅くまで語り合った。

 気がつくと、午前2半を過ぎていた。時間を忘れるほど楽しいひとときだった。事務所を閉めたのが午前3時、家に帰って眠りについたのは3時半を過ぎていたかも知れない。

 それでも今朝は、きちんと5時半に目が覚めた。身支度を整えて、6時から7時50分過ぎまで交番前で「朝立ち」。交通安全の旗を片手にかざす、これは先週の一週間ずっと続けてきたことだ。

 期間中、毎日騒音を出すことに対するささやかな罪滅ぼしの意味もある。

 朝食を済ませたのち、お世話になった方々に近況報告。車での移動中、あまりの暖かさに眠気をこらえるのに必死だった。

 1,130人を超える方々が用紙に熊野の名前を書いて投票してくださった。身の引き締まる思いである。時に気の弛みもあろう。どうか、厳しくご叱正を賜りますようによろしくお願い申し上げます。











2007/04/24(火) 当選証書受領
 
 「右は 登別市において 登別市議会議員に当選したことを証明するため ここに当選証書を付与する」 登別市の選挙管理委員会 委員長名でいただいた当選証書の文面である。

 これで五回目の証書をいただいたことになる。

 比べてみると、証書の入っているケースに微妙な違いがあることがわかる。平成3年の証書カバーには、登別市のマークが入っていない。

 以後はマークは入っているものの、その大きさは様々である。委員長名も、前回の平成15年からH野氏に変わった。その前の3回は、S谷氏である。

 わずか5回でこうである。8回も9回もこの当選証書をもらわれた人には、もっと時代の変化が刻まれていることだろう。

 毎回のことながら、当選証書を受けるときは緊張する。緊張するのは、場の雰囲気にではない。市民から寄せられた負託の大きさを実感するからである。

 昨日から今日にかけて数多くの電話をいただいた。またメールによる励ましの言葉も多くいただいた。

 近隣の市民の方からは勿論、遠く東京、横浜、埼玉、そして故郷広島からもである。様々な場所での一挙一動が注視されていることを意味する。

 何事にも誠心誠意対応する。このことを、今一度胸に刻みたい。











2007/04/25(水) いつまでもお元気でいて欲しい
 
 19年前に脳梗塞になり、不自由な生活を余儀なくされるようになった。それでも、8年前の選挙では玄関に出て宣車に手を振ってくださった。

 25年前からお付き合いをいただいているご婦人である。

 この方の家の前を通るとき、いつもその方の顔が浮かんでくる。ご挨拶に伺っても、玄関に出てくださるのにも時間がかかる。

 気持ちだけで充分なのに、顔を見ないと気が済まないと一歩一歩身体を運んでくださるのだ。

 選挙期間中、この方の家の近くでは声が出せなかった。声にならないのだ。「くまの」の名前を聞き漏らすまいと、全神経を耳に集中していてくださっているのが伝わってくるのだ。

 気配が感じられる。「気」が漂う、とでも言うのだろうか。そこまで心配してくださる、ありがたいことである。

 今日、近況報告にお伺いした。不自由な足を折り畳んで迎えてくださった。両手を握りしめるばかりで声にならなかった。

 お力になれるようなことはなにもしていない。ただ一時期、同じ趣味を通じて交流があった。それだけのことである。

 むしろ色んな意味でお世話いただいたのは当方の方である。

 心休まるのは、素晴らしいご家族に囲まれて楽しい日々を過ごされている。そのことを確認出来ることは、なににも増して幸せである。











2007/04/27(金) 登別市文化協会 平成19年度総会
 
 今日は、登別市文化協会の定期総会があった。(写真参照) 35支部、そのほとんどの代表者が出席した。

 小林会長の言葉に次いで、来賓として登別市教育長 武田 博氏の言葉、さらに、長谷川登別市文化スポーツ振興財団理事長のお話があった。

 挨拶をいただく間はやや重苦しい雰囲気が感じられたが、基本的な登別市文化協会のこれからの有り様に関する提言もあった。
 
 提案された内容を市民の皆さんがどのように考えているのか。

 また、関わる役員の一人として、これからの登別市文化協会の運営をどのようにしていば、市民の皆さんの負託にお答えできるのか。

 提案内容に対する、疑問点や進む方向に対しての意見はなかったけれど、それは、登別市文化協会役員に対する負託の大きさを意味するのではないかと思う。

 たくさんの意見の中で、どの意見を取り入れれば市民の皆さんの望む方向に進むことが出来るのか、しっかりとして検証をしながら進む必要性を問われたような今年度の総会であった。











2007/04/29(日) 昭和の日
 
 今日4月29日は、平成19年(つまり、今日)から「昭和の日」となった。かつては、「天皇誕生日」と呼ばれていた。

 それが、昭和64年1月7日に昭和天皇が崩御されたことを受け、年号が平成に改まるとともに、「天皇誕生日」も平成元年から「みどりの日」となった。

 さらに、多くの国民の要望を受けた感じで、平成17年に国会で祝日法が改正され、平成19年の今日から「昭和の日」になった。

 折角馴染んだ祝日の名前がころころ変わるのはどうかと思う。学校の名前や、合併の影響で自治体の名前すらも変わっていき、聞いただけではどのこの街にあるのかさへもわからないものが多い。

 歴史を感じさせる由緒ある名前が消えていくのは寂しいものである。

 ここのところ総会ばやり、昨夜総会後の一泊懇親会から帰りついて居眠りをする間もなく、今日は町内会の総会だった。

 総会に出席された方の一部からは、提出資料のわかりやすさが求められたり、予算・決算についても提言・苦言やらが寄せられ、我々の町会としては異例ともいえる長時間を費やした総会となった。

 わかりやすい資料とはどんなものを指すのか、これから検討を重ねる契機となった意味では意義のある総会だった。











2007/04/30(月) やっと少し気持ちの整理が
 
 選挙が終わって一週間が過ぎた。やっと、少し思考能力が回復したような気がしている。

 お世話になった方々への近況報告やら、各種団体の総会、会合などが続いて落ち着いて身の回りのことを片づけることが出来なかった。

 気がつけば、たくさんの方々からお祝いのメールや、電報、葉書、メッセージなどをいただいていた。それらに対してやっと気持ちの整理をしながら返事を差し上げられる状態になった。

 姪っ子の旦那も、連休を利用してこちらに到着した。

 本来ならその旦那 A 君をまじえて一献傾けたいところだが、家の中でちょっとしたアクシデントがあり、まだ姪っ子に迷惑をかけている状況だ。あとでゆっくりと感謝の意を伝えたいと思う。

 落ち着いたとはいえ、まだやらなければならないことは山ほど残っている。向かっているパソの後ろには、資料が山積みだし、切り抜きの整理も残ったままだ。

 さらに、ウグイス嬢をつとめてくれた方々と一緒に撮った写真も未整理のままである。これだけでも近日中に手をかけなければならない。

 さらに明日は、議会の代表者会議も開催される。前向きな会議になるよう努めたい。