・・・くま日記・・・


2007/03/01(木) 立候補は何人?
 
 登別温泉の極楽通り、様々な土産店が軒を連ねている。顔見知りの社長さんがいらっしゃれば、ご挨拶でもして行こうと店に入った。

 お客さんに混じって、店内を巡るも目指す社長さんの顔が見えない。名刺でも置かせてもらおうと、レジに行ってふとみれば、なんとレジに同僚議員の奥様が…。雑談だけして、名刺も置かずに退散。とほほ…。

 これに似た話は幾つもある。以前、ある方の紹介をいただいて、せっせとご挨拶に通った。が、どうも反応が思わしくない。何年かして気づいたのだが、紹介された方のお父上、つまり、ここのご主人は某議員の後援会長さんだったのだ。笑うに笑えない話。

 この時期になると、同僚議員と出くわすことも多い。ひょっとすると、同じ家を訪ねた可能性もある。今日も、U氏とO氏の姿を見かけた。やあ、と片手をあげ互いの健闘をたたえてそれぞれ別の路地に向かう。

 統一地方選挙は、1947年4月に実施されたのが始まりだ。全国で同じ日に選挙をすることによって有権者の関心の高まりと経費の節約をという点も考慮されている。

 ただ、様々な事情で統一率も落ちている。例えば「昭和の大合併」で地方選が一斉に実施される割合は50%になったそうだし、「平和の大合併」でさらに統一率は30%を切るという。

 登別市でも市長選は来年だ。せめて、市議選で市民の関心を集めたいが、さて、市議選に出る人数は一体何人なのか。











2007/03/02(金) 切り抜き
 
 相変わらず新聞の切り抜きを続けている。スクラップブックが増えるのを抑えるために、かなり、絞り込んではいるものの興味のある記事が載るとつい切り抜くことになる。

 先日お亡くなりになった池端清一先生の側にも、新聞の切り抜きがあったと報じられた。丹念に新聞を読まれているお姿が浮かんでくるようである。

 切り抜いた記事は、基本的には時系列に貼りつける。ただ、シリーズものは後で読みやすいようにまとめるようにしたい。しかし、シリーズものだからといって、毎日載るとは限らない。何日間か日をおいて掲載されるものも少なくない。

 「上」などと書いてあれば、3回ものかな、とある程度想像はつくから、スクラップの方もあらかじめスペースをあけておくことが出来る。

 困るのは、単に -1- などと番号をふってあるものである。3回で終わるのか、あるいは10回続くのかまるで予測できない。せめて、「この連載は、10回」などと書いてあれば助かる。

 最近は、記事の後に取材した記者名が記載されるケースが増えた。

 読む側にとっては、記者名が書かれているのは、記者の取材の意図やものの見方が文面から感じられて好感が持てる。

 もっとも、書いた文章がそっくり載るのかどうか。記事の大小や、許されるスペースの大小など、デスクの厳しい関門をくぐっていることだろう。文章の自由度はどれくらいか、一度じっくり聞いてみたいものだ。











2007/03/03(土) 事務所開設
 
 「ただいま回線が混んでいます。しばらくして、再度おかけ直しください。」 何度電話しても、繰り返し流れてくる録音テープにイライラ感が募る。

 やっとつながったと思ったら、「担当者から電話させます。」 引っ越した事務所に設置する電話の申込み、それでも夕方には電話番号も工事の日も決まった。

 朝一の仕事は、借用する事務所の2階、3階に済む住人に、二ヶ月間同居させていただく挨拶をすることだ。狭い駐車場は、トラブルの種になりやすい。誤解のないように、あらかじめきちんとした挨拶が肝要である。

 それが済むと、いよいよ事務所作りだ。書類の搬入から、ガラス窓に貼る紙の手配、さらには、棚づくりまで一切合切自らが切り盛りする。

 看板設置のアンカーには、物干し台を立ててあるコンクリートの台がちょうどいい。腰痛を起こさないように腰をいれて積み込む。トランクに二つも積むと、車の前輪が浮き上がりそうである。

 ストーブを持ち込み、灯油を買ってくる。水回り、電気のチェック、掃除をすませ、机と椅子を配置して、やっとささやかな事務所が出来上がった。

 まずは、ホッと一息と言ったところだが、まだまだ完全ではない。明日は、内装の仕上げと外回りを片づけなくてはならない。

 事務所の形態はまがりなりにも出来上がった。が、さて、常駐のスタッフをどう確保するか。これこそが頭の痛い問題である。











2007/03/04(日) インフルエンザ
 
  「風邪で学校を休んでいる間は、あなた、子どもの側を離れてはダメよっ」 

 息子の嫁さんからは、きっとうるさい姑だと思っているだろうけど、だって、孫に万が一のことがあったら大変だもの… と、あるご婦人は、お嫁さんへの電話の内容を笑いながら話してくれた。

 風邪薬もうっかり飲めない。最近問題になっているのはタミフルである。

 服用した中学生がマンションから転落死した報道をきちんと読んでいらっしゃる。服用したときは、二日間は家族も目を離さないようにと厚生労働省も呼びかけている。

 それにしても、それほどの危険性がある薬しか処方がないのだろうか。

 今年は暖冬で、風邪など無縁かと思っていたが実はそうではないらしい。やや、遅ればせながらインフルエンザが流行し始めているそうだ。病院に行くと、受付カウンターにいる女性を含めてマスクをしている看護師が多い。

 インフルエンザにも種類があって、今年の流行は A 香港が主流だという。

 ワクチンは、厚生労働省があらかじめ流行しそうな型を予想してそれに対抗できるようにつくらしい。従って、予想がはずれれば大流行になる可能性もあるとのことだ。

 厚生労働省は、大流行に備えて2週間分の食料を確保しておくようにガイドラインを示したそうだ。まるで、災害並みの扱いである。

 個人的には、外出から帰ったらうがいと手洗いの実行は必須のようである。











2007/03/05(月) じっくりとお話しを
 
 本州の一部では、台風並みの荒れ模様だったとTVが報じた。雨模様で足元が悪い。気合いを入れて歩き始めるも、あるところで2時間も話し込んでしまった。

 「まあ、上がってお茶でも飲んで行け」 今回は、こうしたケースが多い。以前は、こころ急くままに 「また、次回にでも…」 と失礼する場合もあった。今回は、じっくりとお話しを伺うことにしている。

 話を聞かせていただく機会が年に何度もあるわけではない。いや、4年振りのお宅もある。本当にご無沙汰の至りで、面目もない。しかし、それでもにこやかに迎えいれてくださる、ありがたいことだ。

 大抵はご年輩の方である。従って話題は、いきおい、年金問題や、健康不安、医療に関するの話が多い。多くの方々が様々な悩みや、漠然とした不安を抱いておられることがよくわかる。

 意外、と言っては失礼だが、議会改革の内容もよく情報を入手しておられる。議会だよりを広報に組み込んだことによっての効果かもしれない。広報には、じっくりと目を通しておられるようである。

 また、新聞も実によく読んでおられることはこうした方々に共通している。室蘭市、登別市関係はもとより、道内外のニュースも実に詳しい。「そんなことが載っていましたか…」と、頭をかきながら教えられることがたくさんある。

 登別市の財政も厳しかろう、我々に出来ることは、協力したい。「議員も、しっかりな…」 励ましともお叱りとも受け取れるような言葉をいただいて、玄関を出ることが多い。











2007/03/06(火) 今日は啓蟄
 
 いま、外を見たら一面真っ白になっている。昨日は雨、それが今日は雪になった。ぽかぽか陽気に慣れた身体には寒さが身にしみる。

 今日から一般質問が始まった。一般質問に立たれた大御所のK坂議員は、質問の締めくくりで勇退表明をされた。九期、36年間の議員生活。議場にも拍手が湧いた。本当にご苦労さまでした。

 若い頃、浪曲師にあこがれて練習したことがあるというだけあって、声質に独特の響きがあった。これまでに何度か聞いた 「俺は辞めたいのだが、周りの連中が…」 と言う言葉も、以降は聞くこともないだろう。

 登別市の議員定数は、今回の選挙から3減の21名になる。議員定数を減らすことが本当に住民にとっていいことなのか。

 自治体の財政の厳しさを受けて、定数と報酬の削減、議員のなり手も少なく高齢化に拍車をかける。先日の室蘭民報 忙中閑は、議会の「少子高齢化」の言葉を使った。

 その言葉に反発するように、今回は20代の若い人が立候補されるという。30代半ばの人もという噂もあったり、その他にも動きがあるようだが判然としない。

 今日は啓蟄。この寒さでは冬ごもりの虫も地中からは出にくかろうが、それに同調して、手をあげるのをためらっている時期でもなかろうに。











2007/03/07(水) 寒さが身にしみる
 
 昨年ならこんな雪も寒さも当たり前のことだった。ところが、今年は年頭から異常に暖かい日が続いている。その暖かさにすっかり身体が慣れたのだろう、少しの寒さが身にしみる。

 今日の最低気温は氷点下5.8度で、今冬の最低だという。3月になってその年の最低気温を記録するのは珍しい現象だという。

 気温は記していないが、ここ数年の日記を読み返してみると啓蟄の前後は落ち着いた天候を記録している。平成18の豪雪と言われた昨年でも、この時期は晴れ模様の日が多い。

 実は、つい先日は夏靴を履いていた。同じ登別市内でも、工学院から上とでも言ったらいいのか温泉地区と平坦地では積雪量が違う。

 日当たりのいい場所と、日陰でも雪の残っている状態は異なる。道路を隔てた向かい同士で雪かきの労力が大きく異なるのも実感するところである。

 それにしても、今年は暖かい。昨年購入して重宝したアイスピッケルも、今年は出番が一度もない。実は、スペアのピック部分2本セットを購入して備えていたのである。春先の風物詩となっている氷り割も、今年は見かけない。

 この暖かさが、巷間言われる温暖化の影響ならば安閑としていられない。

 しかし、高齢者にとっては、暖かい冬は暖房費の節約や、道路を安心して歩けるという意味では歓迎すべき気象ではあるのだが…。











2007/03/08(木) お疲れさまでした
 
 今日、勇退表明されたY本議員の初当選は昭和42年だそうである。登別市がまだ、幌別町と呼ばれていた時代である。

 40年余に渡って議員として地方行政に尽力された。先日の。K坂議員と言い、今回のY本議員と言い、議員としてのあるべき姿の一端を示された。

 その長年にわたる労苦をねぎらい、まずは、お疲れさまでしたと、申し上げたい。

 北海道新聞 朝刊 連載漫画「ほのぼの君」も今日、その幕を閉じた。こちらは、37年間。合計で、13,014回の掲載を記録した。

 先月、2月9日から休載中だった。いつかまた再開なって、佃 公彦ファンを楽しませてくださるものと誰もが願っていた。

 ぎすぎすした記事の多い社会面の左上に、いつもこころ和ます風景があった。どれほど多くの人が、その漫画に元気づけられ、明るい希望に満ちた朝をもらったことだろう。

 「新聞漫画は新鮮さが命。正月以外は描きだめはしなかった。」毎日、寝ても覚めてもアイデアを絞り出す苦労と隣り合わせだったと述懐されている。

 愛犬トキジロウと遊ぶほのぼの君の、左手の陰からママの声が、そして右手の陰からパパの声が吹き出しで登場することが常で、姿を現すことはなかった。

 
 かつて一度登場したことがあるママも、髪型は勿論、顔はわからない。パパは、眼鏡をかけているらしいことまではわかるが、全容はママと同じく謎である。

 ほのぼの君の漫画には熱烈なファンがいて、登場人物の全てを確認しているはずである。素敵なパパ、ママの全容もわかるに違いない。

 「月にむら雲 花に風 さよならだけが人生さ…」で連載を締めくくられた。 本当は、「月にむら雲 花に風 とかくこの世はままならぬ…」と言いたかったのではないか。











2007/03/09(金) メリットもデメリットも承知の上で
 
 「くま日記の中に間違いがあるぞ…」 懐かしい方からメールをいただいた。

 市井(しせい)を「いちい」と読むものがいる、などと知ったかぶりの日記を書いている割には、当方の書いた文章にはあまりにも間違いが多い。

 まさに、汗顔の至りである。しかし、そんなことに恥ずかしがっているようではHPのアップは出来ない。

 間違いも、いい加減さも、長く書き連ねていればある。所詮、日記などと言うものは、自らの無知をさらけ出す場みたいなものだ。

 最近は、書かなくても画面に向かって話しかけるだけでブログが出来る創作ソフトが開発されたそうだ。パソコンのキーボードを打つのが苦手な人には朗報である。

 NECが、08年度の実用化を目指しているそうだ。ブログ関係の市場規模は、1377億円にもなるという。ブログ利用者は、07年3月末で780万人にも達しているそうだから、どこのソフトメーカーも目の色を変える。

 一方、最近は「プロフ」が人気だそうだ。プロフとは、「プロフィルを載せたサイト」の略称らしい。

 中高生を中心に急速に広まっているそうだ。一度、プロフを作っておけば、アドレスを教えるだけで趣味や性格をしってもらう、いわば名刺代わりとして使用されているらしい。

 しかし、便利なものには必ず、そのデメリットも存在する。充分な注意が肝要である。











2007/03/10(土) 学校給食未納問題
 
 やや旧聞で恐縮だが、「日本のムダ 大事典」<PHP研究所 1993>には、政治・行政、経済・企業、社会・生活 など各ジャンル別に有識者が選んだ「日本のムダ」が載っている。

 その中の第4章 学校・教育のジャンルの「日本のムダ」第1位は、学校給食である。

 学校給食は1947年(昭和22年)、終戦直後の極度の食糧不足を背景にGHQの指示で始まった。1954年に学校給食法が制定され、学校教育の一環としての給食実施が法的に定められた。

 いま、その給食費の未納が大きな社会問題になっている。

 文部科学省の調査によると、道内では2005年度の未納額が約2億7600万円に上り、47都道府県で最も多いのだそうだ。経済的困窮が理由でなく、払えるのに払わない家庭が少なくないという。

 「義務教育だから払わない」とか、中には「払いたくないから払わない」など、身勝手としかいいようのない理由を述べる親もいるという。

 朝食を食べないで登校する小学生や、遠足でもコンビニで買い求めたおにぎりを持ってくる子どもいるという。親の子どもに対する意識の欠落としか考えられない。

 学校給食は、家庭が子どもの状況や条件に応じて用意するのが、本来の姿だと思うのだが、その法に基づいて給食がずっと続けられている。

 未納問題は、「学校給食はムダ」の議論に再び火をつけるのではないか。











2007/03/11(日) 登別市立登別温泉小学校、閉校記念式典
 
 校旗が返納された。26代目、最後の校長となった西 正志氏と生徒の代表が校旗を丁寧にたたみ、市長に返納した。

 「窓辺に仰ぐ 日和山 のぼる煙の ひとすじに…」 会場となった体育館を埋めた関係者全員の声が響き渡った。

 100年の幕を閉じる。しかし、そのよぎる様々な想いを抑えた合唱が印象的だった。

 登別市立登別温泉小学校、閉校記念式典が今日開催された。昭和32年には在校生392人を擁し、2,600人を超える卒業生を世に送り出した。最後となった今年の在校生は23人。

 有名な温小オニッコマーチングバンドは、昭和63年の発足だ。

  「自ら考え、正しく判断して実践する心豊かな子供を育てる」ため、金管バンドを中心とした表現活動に取り組んでいます。と、教育目標に掲げられていた。

 会場に続く廊下に、マーチングバンドの衣装が展示されていた。はつらつとした演奏が印象的だった。こちらに衣装の変遷の一部が載っている。

 温小に籍を置いた児童のうち、何人もがボーイスカウト登別第1団の団員となって活躍した。いずれも折り目正しく、素直な子供達が多かった。

 成人となった彼等は今、それぞれ地域の発展のために活躍している。











2007/03/12(月) 仰げば 尊し 我が師の恩
 
 携帯の電池の消耗度が高くなった。 I 山さんのように、電池に膨らみが来るほどではないにしても、そろそろ交換時期だと判断される。

 近くのdcmに出かけた。いとも簡単に交換手続きは終わった。

 ふと、横を見ると、袋を抱えうれしそうに母親とともに店を出ていく姿がある。中学生になって、携帯が解禁されたのでもあろうか。こぼれる笑みが印象的だ。

 一方、市役所では母親に相談しながら書類に記入している高校生らしき姿があった。転出届けにでもきたのか、こちらは、本州への進学を感じさせる。

 卒業証書授与式の時期である。大きさは異なっても、それぞれに新たなる未知への不安を抱く。そして、新たなる旅立ちがある。

 1月、文化庁が残したい日本の名曲百選を発表した。卒業式の定番だった「仰げば尊し」もその中の一つである。

 「仰げば 尊し 我が師の恩 教(おしえ)の庭にも はや幾年(いくとせ) 思えば いと疾(と)し この年月(としつき) 今こそ 別れめ いざさらば」 

 明治12年に文部省に音楽取調掛が設置され、14年から小学唱歌集が編まれた。その第3集に「仰げば尊し」も収録されていて、以来学校の卒業式では必ず歌われてきたのだそうです。

 いい歌だ。当方も歌った。歌われなくなったのはいつ頃からか。











2007/03/13(火) 思わぬ雪に
 
 この時期としては、思わぬ量の雪が降った。こういう日は忙しい。自宅前の雪かきを済ませる。車に雪かきの道具を積んで後援会事務所へ、シャッターを上げ鍵を開ける。

 まずは、部屋のストーブに火を入れる。借りている事務所の前の駐車場の雪かきをするのはそれからだ。終わる頃には汗びっしょりである。

 このままでは風邪を引く。一旦、自宅に引き返し下着からワイシャツまで全てを着替える。再び事務所へとって返す。

 先日の雪の日はマンションのどなたかが雪かきをしてくださった。誰ともわからぬ故、お礼の言いようがないが感謝の一言に尽きる。今日の雪かきが、それに対する幾らかの返礼になれば幸いである。

 ホッとする間もなく、携帯に電話が入る。登別市文化協会の事務所には、写真対応のソフトは入っていない。預けられたカメラからメディアを抜き取り自宅へ。写真をHP用に縮小する。加工し、アップまで済ませる。

 すでに、昼食の時間だ。反省している。こうした、やや煩雑に感じることを、挨拶回りが遅れている理由にしてはいないかと。

 ましてや夕刻、「一緒に食事でも…」 と誘ってくれた仲間との楽しいひとときを、くま日記がアップできぬ理由にしてはならない。

 少々、酩酊気味で、日記の内容が支離滅裂な文章になろうとも…。











2007/03/14(水) 予算審査特別委員会開催
 
 今日から予算審査特別委員会が始まった。午前中は、特別会計、そして午後から一般会計審査である。いずれも議場で行われる。

 議場を使うのは、傍聴席を確保するためである。委員会室は狭く、市民の方の傍聴席を充分確保することが出来ない。

 開かれた議会を標榜する登別市議会として、これでいいのか。多くの市民の方々に予算審査の議論の模様を聞いていただきたい、そんな思いから実施したものである。

 しかし、傍聴席に座っている市民の方は多くない。先日行われた一般質問の時もそうだった。

 新聞紙上でも議会の予定は報道されるし、一般質問は、連合町内会の役員の方に日程をお知らせするなど議会としての努力を続けているのだが、相変わらず傍聴に来てくださる方が少ない。
 
 真剣な論議が交わされるし、質問する議員側も受ける理事者側の一所懸命さも充分に理解していただける絶好の場と思うのだがどうだろう。

 傍聴を呼びかける議会側にも工夫が求められる、一方で、市民の方の予算審査なり決算審査など、自ら納めた税の行く末を見守る意識の有り様にも期待したいところである。

 今日審議したのは議会費と総務費、まだ多くの審議が残っている。多くの傍聴を期待したいところである。











2007/03/15(木) 高崎桂昇氏逝く
 
 生まれるときは一人、そして、この世を去るときも一人。お寺さんの説法に出てくる話である。

 しかし、遠くへの旅立ちは必ずしも一人ではないのではないか。

 訃報を聞いてかけつけた今日のお通夜、これほどの人に見送られて逝く。寂しさもきっと紛れるに違いない。そんなことを感じさせるほど、会場溢れんばかりの弔問客だった。

 高崎桂昇氏、人におもねることのない一徹の人だった。

 お弟子さんに対してもきっと、厳しい師匠であったに違いない。昨年は、支部奨励賞を受賞、そして、愛弟子のお一人が全国優勝に輝いた。

 その祝賀会、余程うれしかったのだろう。いつもの強面の顔に笑みが絶えなかった。

 気がかりなのは営々と築き上げられた会の今後である。しかし、優秀なお弟子さんも多い。ご子息も、そしてお孫さんも卓越した技能を持っておられる。きっと、素晴らしい伝統が継承されることを願ってやまない。

 高崎先生、お世話になりました。どうぞ安らかにお眠りください。











2007/03/16(金) 川柳 「のぼりべつ」
 
 川柳 「のぼりべつ」 が届くのが楽しみである。いや、正確には、表紙を飾る巻頭言が届くのが楽しみである、と書いた方がいい。

 第411号(平成19年2月号)のそれは、「言葉遣いのむずかしさ」 について書かれている。

 『(前略) 自分の思いを大勢の前で誤解を招かないように、しかも分かり易い言葉で表現することは本当に難しいことである。言葉は発せられた瞬間から自分の心の表現となって独り歩きを始める。 (後略)』 と書かれている。

 まさしくその通りだと思う。親しい間柄、あるいは仲間同士と言えども、自分の思いが正確に伝わるとは限らない。

 川柳 「のぼりべつ」 は、月一回の発行である。ワープロでの手作り、400号を超える長寿を誇っている。

 継続的な投稿者の協力は勿論であるが、自らの時間を割いて形にし印刷・発行する努力に頭が下がる思いである。

 巻頭言を担当しておられるのは、碧水氏。登別市文化協会の副会長でもある。

 手元にある 川柳 「のぼりべつ」 は10冊あまりだが、そこに掲載された「巻頭言」は、いつ読み返しても面白い。自分の感じたことを限られたスペースに、しかも期限内に表現するのは先述の氏の言葉どおり難しいことである。

 それを、淡々とこなされる。その努力と類まれなき感性に敬意を表し、いつまでも絶えることなく発刊されることを願うものである。











2007/03/17(土) 卒業証書授与式
 
 卒業生の数が100名を超えるのは今回が最後だという。

 新興住宅地として人口が膨らみ続けたこの地も、一定の限界に達したことを意味する。

 男子57名、女子62名 あわせて119名。

 インフルエンザに罹患していて、出席が危ぶまれた生徒も含め全員が揃って卒業証書を受領した。
 写真は、在校生を前に別れの歌を合唱する卒業生である。

 進む中学校への期待が大きいのだろう感傷に浸る姿は見られなかった。顔を真っ直ぐ校長先生に向け、一人一人がきちんと卒業証書を受け取った。

 「頑張れよ…」 父母の会の会長さんに声をかけられた彼は、はいと小さく頷きながら前を見つめ背筋を伸ばして歩んだ。

 その姿勢には、つい先日家が火災にあうという不幸に見舞われた悲しみをものともしない凛とした強さが感じられた。ともに、声援を送ろう。











2007/03/18(日) 後援会事務所を開いた
 
 遅ればせながら後援会事務所を開設した。刈田神社の宮司様にも来ていただき神事を済ませ、無事事務所開きが終了した。笙の音が事務所内に響き渡った。

 好天に恵まれた日曜日、しかも彼岸の入り、それぞれの用事のある中多くの方々が出席してくださった。

 これまで変わらぬご支援をくださっている方々、町内会の方々、所属する諸団体の方々、そして、お前のために力を貸してやろうとわざわざお電話をくださり多くの方をご紹介くださった方々、そうした熱い気持ちを寄せてくださる方々に囲まれて事務所開きが出来る幸せを感じた。

 来てくださった方の思わぬ数に、乾杯用のお茶出しに手間取るという失態もあったがにこやかに見守ってくださった。

 狭くて使い勝手がいいとはいえない事務所である。小さな手作りの選挙を目指す、言葉の格好良さとは裏腹にスタッフにかかる負担は大きい。

 意を汲んでくださって快く後援会長を引き受けてくださったIW氏、煩雑な事務を司ってくださるIT氏、事務所内外のハード面の面倒をみてくださるSK氏、こうした方の支えがあってこそ外回りが出来る。

 自らに出来ることは万全の体調で事にあたることである。手洗いとうがい、体調管理が欠かせない。

 多くの方々の暖かい気持ちをいただき、あらためてその責任の重さを痛感しているところである。











2007/03/19(月) 一日一日が過ぎて
 
 朝食を済ませ移動。事務所の鍵をあけ、ストーブに火をいれる。簡単に内外の清掃をすませ、ポットで湯を沸かす。

 手帳を拡げ、今日一日の行動計画をチェック。スタッフの到着を待って、お茶を片手に今日一日の互いの行動予定を確認。遅れている地域周りに出かける。

 昼、一旦事務所へ。昼食を摂りながら情報交換。午後の議会に間に合うように移動。いまは一般会計予算審査特別委員会の開催中である。

 終了後、事務所に帰り情報交換と明日の打ち合わせ。帰宅するスタッフを見送る。事務所に残って、今日一日の自己反省。

 事務所の内部を片づけストーブの火を消す。鍵をかけ、シャッターをおろす。不足の事務用品などを購入するために量販店へ。

 帰宅後、必要とする資料づくり。パソコンはフル稼働である。資料の印刷をしながら夕食。読み残した記事はないか、新聞に再度目を通す。スクラップブックの整理、貼りつけ、くま日記のアップ。

 就寝は午前零時をまわる。ここ最近の一日のおおよその行動パターンである。

 ノートパソコンの必要性を感じる。それに、プリンターも事務所にあれば…。自ら出来うるかぎりの内容で、と心の中で自らを納得させつつも、やや焦りに似た気持ちもある。

 日記を読み返してみると、四年前にも同じような内容を記載している。かくして、一日一日が過ぎていく。











2007/03/20(火) 無風にはならない
 
 少なくとも22人の候補予定者が出そろったようだ。囁かれていた、登別市議選は無風なの? の声もなくなり、各候補の動きも激しさを増すことだろう。

 まだ立候補の意思表示である看板の設置は遅れているようだが、ここ数日のうちにはそれもはっきりするはずである。

 今回は、道議選も確実になったし市民の統一地方選挙への関心度も一気に増すに違いない。

 市議選が無風だったのは、最近では平成7年の選挙だった。告示・受付と同時に市内の遊説をはじめた。候補の中には、昼近くには早々と遊説を止め選対事務所で待機していたものもいたようだ。

 二期目に挑戦中だった当方は、選対事務所から「無風になった、事務所へ帰ってこい…」の連絡が入るまで声を枯らし、必死で遊説していた。

 多くの候補がそれぞれの陣営へ引き上げる中、最後までマイクを握っていた候補が一人いた。

 歴戦の強者が、こんな時間まで…と、その行為を不審に思ったものである。おごらず、ゆるめず、最後まで気を抜かないその姿勢は、その独特の声とともにいまでも心に残っている。

 知事選の告示、道議選の告示、それらの選挙が終わればいよいよ市議選である。支援してくださる方々のためにも、万全を期さねばならない。











2007/03/21(水) ま、まさか…
 
 頼まれて写真を撮る。大事なショットが取り込まれる。例えば友人の結婚式であったり、記念すべきイベントであったりである。

 さて、と裏蓋を明けた途端に青くなる。フィルムが入っていなかったことに気づく。こうした失敗は、以前はかなりあった。

 悔やんでも悔やみきれない、まして、頼まれた人に頭の下げようもない。ひたすら謝り、二度と頼まれた写真は撮らないと心に決める。

 かつて、こうした失敗を一度だけやらかしたことがある。親戚の葬儀の場だった。記録だけは残しておきたい、カメラを持つお前がその役目を引き受けろと言われた。前に回り、後ろに移動し、アングルに趣向を凝らした積もりだった。

 カメラの中にフィルムはなかった。全てが泡と化した。最近はデジカメだ。こんな事があろうはずもない。そう思っていた。

 ところが、似たような失敗をつい最近侵してしまった。先日18日に行われた登別市文化協会主催のダンスパーティ、HPにアップすべく撮りまくった。

 気づいたのは控えの部屋でショットを確認したときである。「メモリースティックがありません…」。パソコンに取り込むべく、メモリースティックを抜き出したことを忘れて、デジカメだけを持参していたのである。

 役員仲間の視線が冷たく刺さった。

 幸いだったのは、ヨンハンクラブのT氏が同じ場にいたことである。同氏が撮影した素晴らしいショットがアップできるはずである。ご安心を…。











2007/03/22(木) あと一ヶ月
 
 平成19年 第一回定例市議会が閉会した。今日22日、道知事選も告示となった。30日には、道議選も告示となる。

 市議選の告示は来月15日だが、議会も終了したことで一気に選挙モードへ突入である。

 夕刊によれば、登別市の選挙人名簿登録者数は、前回から485名減って 44,568人。気になるのは投票率である。

 10年ほど前に、全国の地方選挙について、十月中旬に「地方自治の日」を設け、その日に投票日を統一する公職選挙法改正案が検討されたことがある。投票率向上や事務経費節減が狙いだったが、日の目を見ることなく廃案となった。

 投票率の向上策には、これまでにもさまざまなアイデアが提案されている。

 例えば、「投票したらビール一杯提供」 <つくば学生投票率向上委員会>なんてのもあった。学生に、「投票済証」と引き替えにサービス券を渡すというものだが、さすがに実施はされなかったらしい。

 「地方自治の日」については日曜日ではなく、連休にならない水曜日か木曜日を祝日にする案もあったそうだ。

 若者の選挙離れは言われて久しいが、最近は選挙に行きたくても行けないという高齢者も多いようだ。投票率向上のために、なんらかの検討が必要だろう。











2007/03/23(金) シーズン間近
 
 「今日も練習に行ってきた。今年は調子がいいんだ…」 心憎き言葉ではある。

 年に何度かお相手を願うある方の言葉である。今年は雪も少ない上に好天が続いている。ゴルフ場オープンのニュースも届き始めた。

 ゴルフ愛好者にとっては、じっとしてはいられない気分になる時期でもある。例年なら何度かは練習場に出向き、ショットの感覚を確かめている頃である。

 しかし、今年はそれどころではない。クラブも目に付かぬように物置奥にしまい込んだまま、書棚のゴルフ関係の本も場所を変えてある。新聞のスポーツ欄も素通りする。

 ゴルフの話題からできるだけ離れたい、そんな、いわば禁欲的な行為をあざ笑うがごとき言葉がこれでもかと続く。

 「クラブを変えたら、9番アイアンで150ヤードも飛ぶんだ。」 思わず話しに引き込まれてしまった。

 別のメンバーからは、年間のスケジュール表が届いた。一回目のコンペは、4月28日。いくら選挙が終わっている時期だからといって、練習もしないでコンペに参加というわけにはいかない。

 今年は、出遅れを覚悟でじっくりと調整後に参加できればいい。いまはゴルフどころではない。今日は訪ねた相手が悪かったか…。











2007/03/24(土) 充分な話し合いが必要
 
 心配したことが現実になりつつある。3月15日に書いた日記にも触れている、ある会の存続問題である。

 強い指導力を持つカリスマ的な存在の長によってまとめられていた会は、その頭領を失ったとき、一時、漂流状態に陥る。

 力の均衡した二番手がたくさんいると、会のまとまりを欠きやすい。いままさに、そのような状況にあるという。

 昨日、今後の方向性についてどうしたらいいかと相談の電話をもらった。必要ならば、苫小牧まで出かけて相談に乗るのはやぶさかではないが、こうした場合、部外者がしゃしゃり出るのはできるだけ避けなければならない。

 会員同士が、心いくまで話し合い結論を導き出すべきである。時間もかかるし、場合によっては会員同士の摩擦も起こるかもしれない。故・高崎先生の意を充分に汲んで話し合う必要がある。

 間違っても、解散だとか分裂だとか禍根を残すようなことだけは避けてもらいたいものだ。

 ここはひとつ、かつて高崎先生の門下生であったH氏にとりまとめのご苦労をお願いしたいと思っている。電話では、努力してみるとの言葉をいただいた。

 5月の大会までには結論が出て、選手の皆さんもすっきりとした形で出場して欲しいと願っている。











2007/03/25(日) 丸6年が経過
 
 知らず、丸6年が経過していた。気ままに書き連ねたこの 「くま日記」 である。

 書き始めたのは、2001/03/10。たいした思い入れがあったわけではない。何日続くか試してみたい気もあった。書き始めたら書き続けなければ気が治まらない。そんな性分が災いして(?)なんとなく続いている。

 いい文章を書こう、などと気張らないのが続いているコツらしい。

 最近はブログばやりである。この 「くま日記」 もブログに変えたら…と、勧めてくださる方もいる。

 携帯電話からも書き込みが出来る。そんな便利さがうけて、日本での登録者数は 868 万人(06年3月)だそうだ。世界中で毎日7万5千人ずつ増え続けていると言うから、その人気の高さに驚く。

 先日の朝日新聞「ぶらりネット」によれば、ブログを専門に検索出来るサイトもあるらしい。日本語で書かれたブログの9割近くをカバーしているというからすごい。

 検索窓にキーワードを打ち込むと、最新のものから順に、その言葉を含むブログ一覧が出る仕組みだそうだ。「生活・文化」 「スポーツ・アウトドア」 などのカテゴリー別にも分類されているらしい。

 この 「くま日記」 。もしもブログに変えたとすると、果たしてどんなジャンルに分類されるのだろうか。











2007/03/26(月) とにかく歩く

  「一人で歩いているんですか?」 挨拶に伺った時によく聞かれる言葉である。二人で歩いている方も多いのだろう。

 当方も、かつては後援会の方に運転をお願いして一緒に歩いたこともあった。いまは、全てが一人である。

 支援をしてくださる方への挨拶回りには、様々なやり方がある。家の前に車を乗り付け挨拶する方法、もう一つは、どこかに車を停め一角を歩く方法。勿論、その両方を組み合わせ使い分けることもある。

 当方は、基本的には一ヶ所に車を停め歩き回ることが多い。

 これは、16年前に行動を共にしてくれたK村さんの助言による。歩いて地域を覚え、家並みを覚え、人を覚えよ。少々遠くてもひたすら歩く。

 今日のように風の強い日や、雨の日はややきついと感じることもあるが、とにかく歩く。

 遊んでいる子供達に混じってサッカーボールを蹴ったり、庭の手入れをしている人と話をしたり、海の匂いをかいだり、道ばたで思わぬ人との出会いがあったり。歩くことは実に楽しい。

 お陰で毎日の食事がすこぶるうまい。料理の内容が特別よくなったわけではないし、勿論、料理人が変わったわけではない。

 万歩計こそ着けていないが相当な歩数のはずである。対メタボには、最適の後援会活動である。











2007/03/27(火) 市民の関心も高まるか
 
 書き連ねた記録によれば、4年前も今日と同じような天気だったことがわかる。

 靴がびしょびしょに濡れたと書いてあるから、湿った雪が降ったのだろう。翌日も靴の濡れに触れているから、今日よりもひどい降雪があったのかもしれない。

 知事選が告示となって、候補が道内を遊説している。北海道の面積は、78512平方キロメートル(北方領土を含まない)で我が国の総面積の約21%を占める。

 各地へ移動し自身の施策を訴える。道の人口は、約570万人。思いが届くのか不安になることもあろう。遊説は好天時ばかりとは限らない。寒い日も雨の日もある。

 今日は、荒井さとし候補が登別市入りし市役所前で支持を訴えた。蓮舫参議院議員、それに、鳩山由紀夫民主党幹事長も応援演説にかけつけた。

 みぞれ模様の寒い日にもかかわらず大勢の市民が集まり、耳を傾けた。

 30日には、道議選も告示となる。登別市での道議選は久しぶりのことである。新人にオリンピックで銅メダルをとったH井氏、迎え撃つは地元で生まれ、そして地元で育った I 野氏。こちらも賑やかな遊説合戦になることが予想される。

 市議選も最終的な候補名が出そろったようである。ここにきて、一気に選挙モードになった。











2007/03/28(水) 手帳が離せない
 
 机の上が雑然としている。片づけが出来ないほど時間に追われているわけではないが、他へ意識が集中していて手がつかないといった状態である。

 とりあえずは目前に迫ったものをこなしている状態である。

 こんな時は余程注意しないと、重要な案件が抜け落ちる、なんてことが起こりうる。こまめに手帳に記入することが肝要である。

 パソコンや携帯電話のメモ機能は便利ではあるが、メモは紙情報に限る。

 メモは単に予定の項目を記入するだけでは不十分である。その日が空いているからと言って予定を入れてしまうと、それを消化しきれない状況も起こりうる。

 つまり、準備期間を取らなければならない空白日(予備日と言った方が適切か?)を残しておく必要があるからである。

 Aという日にBを済ませるためには、Aの前には何日間かの集中する日を確保する必要がある。それが、半日間でいい場合もあれば、一週間必要な場合もある。

 卑近な例では、例えば重要な会議の前の日には、そのテーマについて考える日を設けるといったこと。或いは、ゴルフの前日には、飲み会を設定しないようにする、といったようなことである。

 もっとも、二日酔いでもゴルフになればしゃんとする、という強者には予備日は勿論必要ない。











2007/03/29(木) なんと4年前の
 
 「くまのさん、お元気でしたか?」 事務所の扉を閉めようとした、まさにその時である。爽やかな青年の声が響いた。

 見れば、なんと4年前に手伝ってくれた I 塚君ではないか。当時、工大生だった。

 実は結婚した姪っ子の相手が工大生だった。前回の選挙ではそのつてを頼り、ポスター貼りのアルバイトをしてくれる学生を頼んだのだ。

 その中の一人が、 I 塚君だった。ポスター貼りが終わって事務所に帰って来た彼に、なんとなく心残りの思いがあるのを感じた。ウグイス嬢に混じって遊説をやってみないか、との問いかけに二つ返事で引き受けてくれたのが彼である。

 親からの仕送りを一切断り、学費も生活費もその全てを自分で捻出しながら勉学に勤しんできた青年である。好奇心も旺盛なら、生活力も並はずれたものを持っている。

 若い彼を囲んでウグイス嬢の盛り上がりようは、これまでにないほどだった。

 その後、大学院に進んだと聞いていた。今回、ずっと心の底にあったのだ。彼は、どうしているだろう…と。

 その彼が今日、事務所の前を通りかかって看板を見て訪ねてきてくれたのだ。聞けば、郷里に帰る前に若干の時間があるという。しかもスケジュールの都合がつけば手伝っていいとも言ってくれたのだ。

 百万の味方を得た思いである。これならいつ、選挙が始まってもいい。











2007/03/30(金) 道議選 告示
 
 義士の討ち入りのような天気だ、と誰かが言った。みぞれ混じりの荒れた寒い日、道議選が告示となった。

 登別市区の立候補は二人。6選を目指す井野 厚候補、もう一人は新人堀井 学候補。時間は異なったが、いずれもアーニス前で第一声を上げた。

 井野 厚候補はこれまでの実績を述べ、一方の堀井 学候補は、橋本聖子、清水宏保、岡崎朋美氏など五輪メダリストの応援を得て、それぞれ市民の支持を訴えた。

 知事、道議の告示についで、統一地方選挙後半には市議選も告示となる。朝日新聞の社説は、政務調査費の公開も争点にすべきとした。

 登別市議会では、政務調査費の使途には全て領収書を添付することを義務づけている。

 往々にして「政治活動の自由」を口実に、政務調査費の公表をこばむ議会がある。税金を使用している以上、領収書の添付や使い道の公開は当たり前のことである。道議会にもそれを求めたい。

 8日の投票日までには、それぞれの候補がミニ懇や集会を開く。そこで、候補の考え方が述べられるはずである。

 ひとときの風に身を翻弄されるようなことの無いよう、市民はしっかりと聞く耳を持たねばならない。よくても悪くても選ぶのは他でもない市民自身なのだから。











2007/03/31(土) 「折々のうた」終わる

  「薦着ても好な旅なり花の雨」<田上菊舎> 朝日新聞一面の連載「折々のうた」の最後に紹介された句。

 始まりが1979年1月25日というから、足かけ29年の長き連載だった。連載は実に、6762回を数えるという。

 当方がこの「折々のうた」を知ったのはそんなに古くない。1994年3月11日 「音楽はドレミファのみにはあらざるを和楽ドレミファに直せよといふ」<馬場あき子> を目にした時だった。

 途中休載もあったが、毎朝目にするのが楽しみだった。

 「折々のうた」は、「よい作品を選び出すということから、毎朝、詩の言葉を味わわせてくれることへと、連載の意味がシフトした」と、谷川俊太郎は言ったそうだ。

 だからこそ、「心からお礼を申し上げたいです。難しいことを丁寧に解説してくれたのがうれしかった」 という読者の声が届いたのだろう。

 今月初めには、北海道新聞で37年間も続いたまんが「ほのぼの君」が終わった。朝日新聞の「天声人語」も明日から担当が代わるという。少しずつ変化が起こっている。

 「折々のうた」は岩波新書から単項本として何冊か発刊されているが、後日、大岡 信自選の秀作集が刊行されるという。楽しみに待つことにしよう。