・・・くま日記・・・
2007/02/01(木) とんどの写真に…
変わっていないんだー、懐かしさにつんとくる思いがある。
今日の朝日新聞の朝刊に東広島市の「とんど」の写真が載った。「大空をこがす」とキャプションにある。
まさしくその通りだ、天高く上がれと祈った。高く、遠く上がるほど、習字や絵が上手くなると言われた。
「上がれ、上がれ」とはやしたものだ。
「とんど」 地方によって呼び名も「とんど」「どんど」「左義長」などさまざまだが、いずれも門松やしめ縄などの正月飾りを燃やして神を送り、一年の無病息災を祈る行事である。
とんどの火で焼いたお餅を食べると一年間病気をしないとか、どんどで焼けた竹の枝を持って帰ると一年間災いを防ぐことができる、などの言い伝えがある。
我が故郷では、正月十四日または十五日がその行事の日だった。
長い孟宗竹を、周囲に円錐状などに組み立て正月の門松・七五三飾り(しめかざり)・書き初めなどを持ち寄って焼く。その火で焼いた餅を食えば、年中の病を除くと言う。
また、書き初めなどの作品が天高く消えゆくほど、上手になるという言い伝えもある。高く舞い上がるか、ひらひらと地面に落ちるかは、子ども心に重大事であった。
時代は21世紀になったが、地域の文化を伝え、人と人の関係をはぐくむこのような伝統行事は、いつまでも残したいものだ。
2007/02/02(金) 携帯片手に
この時期、住宅地図 「ゼンリン」 が欠かせない。
同社のホームページによれば、年間延べ約28万人にも及ぶ調査員が日本全国を歩いて現地調査するのだそうだ。ほぼ1〜3年に一度、地図情報の更新を行なっているという。
「ゼンリン」 の世話になるのは、議員ばかりではなかろう。警察も消防も、そして宅配業者にも欠かせないはずだ。
郵政も使用しているのだろうか。いや、郵政は独自の地図情報があるのかもしれない。だって、「ゼンリン」 に載っていない家にだってちゃんと郵便物が届くからである。
以前は、探し得ない家は郵便配達の人に聞くのが一番だった。が、最近は個人情報保護の名目で教えてもらうことが出来なくなった。不便この上ない。
「ゼンリン」 の地図は結構高価で、そう頻繁に買い換えるわけにはいかないが、いまは、地図の電子化が進められていてパソコンや、携帯電話で必要な場所の検索が出来る。
売り上げも、紙の住宅地図より電子地図データの方が上回っているのだそうだ。衛星からの電波で位置が把握出来るわけだから、普及するのは当然のことだろう。
今後は、「地図片手に」 から 「携帯片手に」 へと変わっていくだろう。
それにしても、表札を掲げていない家の多いのには閉口する。「ごめんください」のひと言もいえないではないか。
2007/02/03(土) 流 政之のいす
流 政之が旭川の家具メーカーと協力して「いす」を作ったそうだ。商品名は 「ナガレチェア」 。
流 政之といえば、石の彫刻家として名高い。
道内にもその作品はある。奥尻島ナガレパークにあるのは、「北追岬」。佐渡の編み笠を被って、遠くの海に視線を送っているようなどこか悲しみを感じさせる彫刻である。
そして、雲の砦Jr.である。これは、世界貿易センタービルの前の広場に1975年に設置された「雲の砦」 の1/2の大きさのものである。いまは、知事公邸庭にあるはずである。
それに、七飯・流山温泉にある 「もどり雲」 。もどり雲 そのものは、直接見たことがないので写真からの印象しか言えないが、御影石をざっくり割った力強さが感じられる。
いずれも、石を使った彫刻である。どう考えても、流 政之と木の 「いす」 は結びつかない。しかも価格は24万円を越すという。それでもすでに、全国で50脚が売れたそうだ。
流 政之は、大正12年生まれ。もうすぐ84歳になる。
札幌で見かけたのは81歳の時だったが、とてもその年齢には見えなかった。眼孔鋭く、人を威圧する風貌が印象的だった。古流武道を趣味にする、というのがわかるような気がする。
彼との交流の様子を書いた 「わが奥尻島」 <木村清紹著・祥伝社>には、そのあたりが詳しく述べられている。
2007/02/04(日) 立候補される女性は何人?
江差追分会 日胆地区運営協議会21支部のうち、10支部を女性支部長が占める。また、同協議会指導者部会の部会長も女性、室蘭地区民謡連合会 講師部部長も女性である。
このように、身近なところをみても、男女の分け隔て無くそれぞれの持ち分を発揮しながら役目を果たしている。
「女性は、子どもを産む機械」 の発言が多くの国民の顰蹙を買った。
言葉の揚げ足をとるのは避けたいが、こと、この発言に関するかぎり揚げ足とりと済ませるわけにはいかない。つい、本音が出たということだろう。
今日のある会合でも、この言葉が話題になった。女性としてはやはり看過出来ない、という意見がほとんどだった。
登別市議会が企画した 「女性模擬議会」 が開催されたのは1998年(平成10年)2月である。そうそうたる方々が議員として登場された。
いまでも、それぞれの立場でまちづくりに関わっておられるはさすがと思うが、議員として選挙に出られる方の少なさを不満に思う市民もおられるようだ。
道内の女性議員は少なすぎるという報道もある。登別市議会でも、現状は議員数24に対して3人だ。
やや古い資料だが、道内で女性議員の占める割合が高いのは七飯町の19.2%(2003年)だそうだ。
さて、今春の登別市議会議員選挙に立候補される女性は何人になるのだろうか。
2007/02/06(火) シュレッダー
シュレッダーを購入した。購入に先立ってはネットで調べた。
手動のものから電動、一回に裁断出来る枚数もA4サイズの紙で1枚から数枚まで可能というものまで様々である。
線状にカットされる物ばかりを想像していたが、ネットで調べるとクロスカットが主流のようだ。
悩んだ挙げ句に選択したのが Compact Shredder PS-034 である。裁断速度も速いし枚数も5枚まで可能である。しかも、クロスカットときている。
写真は、カット後の書類である。見られるように、粉々という表現がぴったりなほどの裁断である。個人情報保護という点では、完璧である。
ところがである。意外なところに落とし穴があった。
裁断時の音が異常に高いのだ。考えてみれば当たり前のことなのだ。縦と横に同時に裁断する。縦はともかく、横はひきちぎっているのと同じではないのか。
企業で使用するのならともかく、個人レベルで使うシュレッダーならここまでは必要なかったとのではないかと、やや反省気味である。
2007/02/07(水) 温泉はいい
銭湯が好きでよく行く、という人がいる。家の風呂と違って、ゆっくりと手足が伸ばせるし、大きな浴槽に浸かっていると疲れがとれる。しかも、それが天然の温泉ならいうことはない。
というわけで、朝からでも登別温泉に行くんだ、とその人は言う。
登別温泉の温泉銭湯といえば、「さぎり湯」である。あそこの湯は他と違ってよく温まるともおっしゃる。
資料によれば、「さぎり湯」の泉質は2種類。一つは、含硫黄−ナトリウム−硫酸塩泉、もうひとつは明礬泉で、登別温泉の11種類の中に含まれている。
他より温まるというのは、たぶんに気持ちの問題だろう。
ところで、日量1万トン(毎分約7000リットル)と言われる登別温泉の湧出量は無限なのだろうか。
環境省は、温泉の枯渇を防ぐため、新規の掘削を制限する指針を策定するそうだ。対象は、過去に水位の低下や湧出量が限界に近づいている「特別保護区域」のことだそうだから登別温泉とは関係ないかも知れない。
かつて、登別での地熱発電の有効性が調査されたとき、温泉の湧出量に影響があるのではないかとの議論されたことがある。
登別温泉は登別市にとって大事な観光資源だ。豊富な湯に浸かりながら、その恩恵を今一度噛みしめてみる必要もある。
2007/02/08(木) 「ミール」との再開
ソビエト連邦の時代から宇宙を飛んだ宇宙ステーション「ミール」は、ソ連そしてロシアの宇宙開発の栄光の象徴であった。
しかし、老朽化が進み、15年跳び続けた後、2001年2月末廃棄され太平洋上に落下した。
地球大気圏に突入しても完全に燃え尽きず、破片が広い範囲の地表に落下すると心配された。当時、日本に落下する確率は一億分の一程度と言われていたが、幸いどこの国にも被害はなかったようである。
その「ミール」と同じものが苫小牧にあるのを、苫小牧市民以外でご存じの方は少ないのではないか。
苫小牧市の科学センターに展示されている。これは、複製品ではない。打ち上げ失敗に備えて同時に造られた予備機で、宇宙をまわっていたものと全く同じ。世界で唯一残るものだという。
その予備機に、本物の「ミール」に三度も乗ったことのあるロシアの宇宙飛行士セルゲイ・アウディさんが対面したと新聞が報じた。
「ミール」の中で、合計748日を過ごしたセルゲイさんにとって、何年かぶりの「ミール」との再開は、きっと、感慨深いものであったに違いない。
常識では考えられないような不便な生活であったろうと推測できる。
衣食住、そのどれをとっても不便であったろうが、とりわけ住の中で大事な要素を占める排せつの苦労については、聞いてみたいことの一つである。
2007/02/09(金) すでに事務所を開設
徐々に選挙モードに入りつつある。すでに事務所を開設している方もおられる。通りすがりに見ると、事務所の中には選挙用のポスターも貼ってあるし、スタッフも常駐しておられるようだ。
候補予定者の中で最も早いのではないか。
まだ開設はしていないが、事務所の確保を済ませている議員は多い。これから選挙の終わるまで二ヶ月から三ヶ月、事務所の借り上げ賃だけでもばかにならない。
お隣、室蘭市や伊達市のように看板が林立する状況には至っていないが、どの候補も、自宅や或いは職場で、密かに、しかし着々と準備を進めておられるようである。
「○○さんは、地域をまわっている。お前はまだなのか…」 そんな電話がかかってくるようになるのも、間近のことだろう。
今年は天候が安定していて、雪がないのは幸いである。いつまでもこの状態が続くことは考えられないが、季節はずれの暖かさは各候補にとってうれしいことである。
ただ、毎回のことであるが候補予定者の思いとは裏腹に、市民の選挙に対する関心の低さが気になる。市長選は1年先だし、道議選もあるのかないのか。
選挙への関心はともかく、市の財政や景気回復へ寄せる思いは高い。ひとつひとつ、心に留め置かねばならない。
2007/02/10(土) ボールペンも捨てたものではない
基本的に、ボールペンはきらいである。結構、高い筆圧がいる。書き始めに「ボテ」っとした溜まりができる、季節・気温によって書き味が変わるなどが理由である。
油性から水性に変わっても好きになれなかった。いまでも好きではない。
最近、やむなく使うようになった。例えば、年賀状などに添えるひと言書きの場合などである。或いは同じく、インクジェットで印刷作成した名刺に書き添える場合などである。
インクジェット方式で印刷したものに書く場合、万年筆ではにじみが大きく使いにくい。
ボールペンの歴史を調べてみると、そう古くないことがわかる。実用的な物としての開発は、1943年にハンガリーで考案されたのが始まりだという。事実上、ボールペンの歴史はわずか60年ということだ。鉛筆の歴史、450年に比べれば新参者である。
油性から水性、そして最近は、「ゲル」(正式には、ジェルインクと言うらしいのだが…)が主流である。
ある人の薦めで使い始めた。これはいい。インクジェット紙に書いても、にじみが少ないし、ボテもない。それに、書き味もまあまあ、筆圧も高くなくていい。
ペン先サイズも、0.5ミリ、 0.7ミリ、 1.0ミリ など好みによって使い分けることが出来る。いまは、もっぱら 0.7ミリ を多用している。
それにしても、留守宅の多いこと。名刺の裏側に、ちょいメモを記して置いてくる。書きやすくなったボールペンの出番は、まだまだ多くなりそうである。
2007/02/11(日) 着雪、着氷から樹氷へ
水分を多く含んだ雪が降り、その後に気温が下がったときに写真のような着氷が出来る。
今朝、我が家の狭き庭にもきれいな雪の花が咲いた。
樹氷は蔵王が有名であるが、残念ながら見たことがない。
実は、樹氷は 「エビのしっぽ」 の集合体なのだそうだ。
「エビのしっぽ」 なら見たことがある。鳥取県にある大山の頂上付近は、風も強く大きな 「エビのしっぽ」 が見られた。確か、風上に向かって成長すると聞いたのだが自信がない。
「エビのしっぽ」は、先端をはじめ、縁や外側部分で盛んに成長するため、発達する幾つも重なり合って塊となる。 尾びれ状の長さは10cm程度だろうか。
蔵王のように、アオモリトドマツの樹林は、気象条件から言っても樹氷が出来やすい状況にあるのだろう。
樹氷ではないが、着雪・着氷の木立は近くでも見ることが出来る。この時期なら、オロフレ峠がいい。登別側から登り、トンネルを過ぎ、峠への分岐点あたりが観察ポイントである。
今日あたりは、ひょっとして見頃だったかも知れない。
2007/02/12(月) 読者の声
こういう読者の声が寄せられるのは、文章を書いた本人にとって、とてもうれしいことに違いない。
今日の道新 紙面フリートークの欄に載った札幌市 男性の方の投稿 「『フライイング拍手』 同感」 である。
これは、先月 24日に載った H浅氏の文章に対するものである。
コンサートでの「演奏直後の早すぎる拍手」を諫め、読む人を傷つけぬよう 「音と音の間や、音が消えてからの静寂もまた音楽だ」 と軟らかい表現で書かれている。
投稿は、この文章を書いた筆者は音楽に対する造詣が深いと結んである。
H浅氏の名を知る人は多いはずだ。山登りは勿論、岩登りもする能動的な面と、自らピアノを弾き楽しむ繊細さ、つまり、動と静とのバランスをあわせ持つ方である。
音楽の好みはクラシックだけではない、江差追分など民謡にも興味を示す。当然、豊富な知識を内蔵しておられる。職場では相当な地位におられるのだが、そんなことはおくびにも出さない。
この方の担当されるある講義に参加したことがある。提出した課題は、こてんぱんにやっつけられたのだが、そんなことはどうでもよくなるほど、とても楽しいひとときが過ごせた。
話題も多彩で、一度話をすると、すぐにファンにさせてしまうほどの魅力ある女性である。
ひょっとしたら、明日にでもあなたの近くに現れるかも知れませぬぞ。
2007/02/13(火) 選挙はあるのか?
「選挙はあるのか?」 「定員割れするのではないのか?」 市民の方の口をついて出る言葉である。
登別市議会の議員定数は、今回の選挙から定数24名から21名へと3名減となった。本来厳しい選挙が予想されるところである。
しかし今回は、引退を表明された議員もおられるし、いまだ態度を保留しておられる議員もおられる。立候補者数が確定しない、そんなところから冒頭のような声が出るのだろう。
財政再建団体となった夕張市は、定員が18名から9名へと大幅に削減されるが、現職17名の内7名は不出馬を表明されたという。
その中には、再建団体となったことに対する議員としての責任を感じての引退表明もあるという。
夕張市のような状況は他人事ではない。わが登別市だって、議会として責任をもって様々な事業の検討にあたらねばならない。
冒頭の言葉は、お前達はきちんとやっているのか、と言う言葉の裏返しでもある。
「まあ、あがれ」と、今日も家の中に招き入れられ 1 時間近くも話し込んでしまった。時間に追われている身にとって、この時期 1 時間は貴重だが真剣な思いが語られる市民の方の言葉はもっと重要である。
いい登別(まち)にしたい、その思いを強くしている。
2007/02/14(水) 見舞い通行証
住所、氏名、お見舞いに行く相手の氏名、それらを記入して通行証を受領する。以前は、ワッペン方式だったが剥がれ落ちる度合いが高く不評だった、それでこの首にぶらさげる方式に変わったのだろう。
目指す病棟のナースステーションで部屋番号を聞く。勿論、部屋の入口に名前は掲げてないから、恐る恐る部屋の中をのぞいて目指す相手がいるのかを確かめる。
目と目があい、やっと安心してお見舞いの口上を述べることが出来るのだ。室蘭市内三大病院のうち、他の二つの病院はここまで徹底してはいない。
一時期、見舞客を装った不審者が出没したとの報道があった。また、部屋の入口に患者名を表示しないのは個人情報の漏洩を防ぐ意味もあるのだろうがなんとも、いやな時代になったものである。
明日、退院出来るんだ。訪ねた相手は、風呂上がりのくつろいだ顔でこういった。元気な声に一安心である。
いまは4人部屋でも、空間が多く、必要ならばカーテンで仕切ることが出来る。かつての大部屋の窮屈さはないが、しかし、時代の流れとともに全てが個室に変わっていくのではないか。
と、思ったら、治癒のためには同室の人との会話もまた必要なのだそうだ。人と人とのつながりは、何に付け大事だということなのだろう。
2007/02/15(木) 写真とカメラ
一つは作品、もう一つは作品を生み出す道具。レンズを通してとらえた被写体と、それを生み出すカメラ。
奇しくもいま、両方の展示会が開かれている。
写真は、「小沢和雄写真展 心の橋・安田 侃彫刻の世界」である。
石の写真を撮るのは難しいのだそうだ。彫刻の表情をどう引き出すか、彫刻家が意図した内面的なものを写真としてどう表現するか。
太陽光の強さや角度、背景や構図、モノクロで仕上げられた写真は、石の呼吸が聞こえてきそうである。
一方は、クラシカルカメラ。郷土資料館に保管されていたものに加え、善意で展示を許可してくれた個人所有の古いカメラがずらりと並ぶ。
ある一時期、空前のブームとなったハーフサイズのオリンパスペン、さらにキャノン、ペンタックスなど、昭和30年代の懐かしいモデルが勢揃い。圧巻は蛇腹式のカメラである。
こうしたカメラは、デジタルカメラ全盛時代にあっても、それに一歩もひけをとらぬ風格がある。
ずしりとした重量感と、シャッター音は、いかにもこれぞカメラという感じがする。
なけなしの財布をはたいて求めたニコンFは、まだ健在のはずである。春になったら引っ張り出して使ってみよう。
2007/02/16(金) ご冥福をお祈りいたします
朝刊を見て誰もが驚いたに違いない。人違いではないのか、何度も写真と名前を確認した。
弔問にお伺いした。奥様は勿論、90歳を超えてご健在な、お母様の落胆ぶりに慰めの言葉をおかけすることも出来なかった。
同世代でもある。職場でも、職場を離れてもお世話になった。
葬儀委員長さんのお話しによれば、世の中のために真剣に取り組まれる性格は、お父上譲りだったらしい。消防団員としても、民生・児童委員としても、そして町内会のことにしても、自らの全てを捧げられた、そんな方だった。
長年の社会福祉の発展に寄与されたことが認められて、昨年登別市の功労者表彰の栄に浴された。まだまだ、これからご活躍を願いたい方だった。
誰のためにも、どんなことにも手を抜かず真剣に取り組まれた。そんなお人柄を偲んで、葬儀の式場には入りきれないほどの弔問客が列をなした。
お正月にお会いした。いつものように目をきらきら輝かせながら語りかけてくださった。お亡くなりなったことがいまもって信じられない。
心の支えを失った、そんな気がしている。
2007/02/19(月) 民謡の譜面
詩吟や、声明(しょうみょう)、浪曲などと同じように、民謡の節回しを正しく伝承することは簡単なようで難しい問題である。
それぞれ独自の譜面がある。最近は、それを五線譜に書き換える試みもあるのだが、しかし、民謡のように独特の節回しについては、五線譜では完全には表しきれないようである。
北海道無形民俗文化財にも指定されている江差追分は、今や北海道というより日本を代表する民謡として、全国各地で愛好されているのだが、伝える譜面は感覚的な表現がされたものである。
勿論、五線譜に作り替えたものも発表されているのだが、指導は、地元で作成した譜面が使われる。その、感覚的な譜面を出来るだけわかりやすいものにしようと努力されている先生もおられる。
「本すくり」や、「半すくり」 「すくい」 「節度」 「のし」 「二声」 など、関係者にしかわからぬ表現があり、しかも、「本すくり」と「半すくり」はどのような違いがあるのか、わかりやすく説明するのは、なかなか難しいのだ。
初心者にも理解出来るようなわかりやすい譜面が出来れば追分の愛好者も増えるに違いない。
ただ、例えわかりやすい譜面が出来たとしても、それだけでの習得は難しい。
江差追分独特の微妙な「間」や、「色あい」などと呼ばれる味付けは、やはり地元の師匠に聞いてもらって磨き上げるしかないのだ。
江差詣でが欠かせない由縁である。
2007/02/20(火) あえて苦言を
江差の街についてもうひと言。江差を訪れる人は時期を問わない。とりわけ江差追分を習得したい人にとっては、一年中江差の街と関係がある。
昨年暮れには、姥神神社の境内で江差追分を唄いながら年を越す、という催しが放映なった。1月早々に江差を訪れた人もあったそうだ。
2月の各週には、江差追分のセミナーが行われる。研修会も、2月と10月に開かれる。4月には、江差追分の総会。8月は、400年の歴史を彷彿させる姥神神社の祭典に。
そして9月、江差追分全国大会。整備なった「歴まち」をゆっくりと散策するもよし、唄(江差追分)に浸るもよし。思い思いの「江差」を堪能する姿があちこちでみられる。
飛行機料金を払い、何日も江差に宿泊する。どっぷりと江差の街に浸りたい。その思いが、高額の経費を支払っても通わせるのだ。
どっぷりと浸りたい、その思いがかなわぬ時、不満が口をつく。
迎える側に、訪れる人の気持ちを受け入れる心遣いやもてなしの心があるのだろうか。唄の師匠方は、生徒の思いを汲む気持ちがあるのだろうか、と。
例えばセミナー。唄が上手になりたい、強い思いをもってセミナーを受講する。師匠の方々は、純朴さ故に言葉を飾らない。指導に熱がこもると、ついきつい言葉も出る。
習い事は厳しい方がいい、そう理解しつつもあまりの言葉に傷つく生徒もいる。師匠と生徒の関係とはいいながら、人と人のつながりである。セミナー受講はおろか、江差追分そのものが嫌になってやめてしまうことになっては元も子もない。
街も、先生方も、もう少し追分愛好者を手厚く迎え入れる気持ちがあっていいのではないか。そんな話を幾度か耳にした。関係する方々にも届いているといいのだが…。
2007/02/21(水) こころ急くとも
少々風が冷たくても、雪が降って足元が悪くても、冷たいみぞれ模様で手の感覚が無くなるような寒い日でも、我がことなればこそあちこちと出歩くことが出来るのである。
いわば必要に迫られてのことである。気持ちが萎えれば、つい先送りにしてしまいそうな自分さへもいる。
ところがどうだろう、毎日届く郵便物。
暑くても寒くても、雨が降っても雪が降っても、槍が降るような天地異変が起こらないかぎりはきちんと届く。あらためて配達局員の、そのご苦労に思いを馳せるのである。
そうやって届けられた短信。書かれた一文字の指使いに込められたメッセージの重さや暖かさを感じ取ることができる。ありがたいことだ。
料金受取人払の葉書である、そのまま投函していただいても届くシステムになっている。それがわからぬはずはない。切手が貼られた葉書は、受け取る側に負担をかけまいとする心遣いのあらわれである。
「頑張れよ…」 のひと言が浮かんで来るような気がする。一枚一枚に、その方の気持ちを汲むことが出来る。その一枚に、どれほど元気づけられることか。
明日から、平成19年 第一回定例市議会が始まる。こころ急くものはあるが、今年度の予算審議もある重要な議会である。充分な時間を割いて対応しなければならない。
2007/02/22(木) 尿の色で体調判断
自分の体調を判断する基準は、それぞれ自分なりのものを持っておられるようだ。目覚めのよさであったり、寝起きに飲む水の美味しさであったり、朝食のおいしさなどなどである。
先日の報道には、おしっこの色で体調を判断できるというのがあった。
コーヒーなどは、尿の排せつを促す働きがある。或いは、水分を摂りすぎたときも、腎臓は余分な水分を放出しようとする働きが強くなるのだそうだ。こんな時の尿の色は薄くなるという。
逆に、水分をあまり摂らないで激しい運動をしたり、炎天下で水分の補給が不足したときは濃いめの色になる。
薄い色、そして濃い色。専門的には、「希釈尿」だとか「濃縮尿」などと呼ぶらしい。
昔は、山登りの時、水分を摂りすぎるとばてるから、なるべく摂らないようにと指導を受けた。体育やサッカーなどでも、水を飲むのは控えろと指導された。
最近は違う、マラソンや駅伝などでも適宜水分を補給するのは常識だ。脱水症状で倒れるなんてことも起こりうるからだ。
尿の色なら毎回、自分の目で確認することができる。それで体調が判断できるなら、こんなに簡単なことはない。明日からは、じっくりと尿の色を確認することにしよう。
2007/02/23(金) 新聞を開く楽しみ
最近、道新朝刊を開いてもどうも物足りない。気がついたら、「ほのぼの君」が休載中である。作者 佃 公彦氏が病気のため2月9日から休載のままである。
新聞漫画はたいてい「起・承・転・結」4コマと決まっているが、「ほのぼの君」は3コマである。「起承」「転」「結」なのか、それとも、「起」「承転」「結」なのだろうか。
登場人物も楽しく、可愛らしいキャラクターが多い。ほのぼの君、りきまる、おとめちゃん、トキジロウ、たらちね君、カミナリの親子 、ポニーちゃん、それにネコ(名前を忘れた…)などだ。
題名「ほのぼの君」からいって、ほのぼの君」が主人公かと思いきや、りきまるが主人公ばりに頻繁に登場する。りきまるのご両親はまだお目にかかったことがない。いつも、かげから聞こえる声だけである。
休載になる前の作品番号は、13013を示している。因みに365で除してみると、実に35年と半年。
毎日、沸々とアイデアが湧いてくるのだろうか。実はそうでもあるまい。頭をかきむしり、天井をにらみ、部屋の中をぐるぐる回りながら「絞り出して」いるのではないだろうか。
各新聞のコラムニストも、毎日の文章を書くのに非常に大きな精力を使うそうだ。
「ほのぼの君」の作者は、今年喜寿のはずである。早く病が癒えて、再び元気な「ほのぼの君」が登場するのを心待ちしている。
2007/02/24(土) いがぐり頭
おじさん、おはよう…。はあはあと息を切らせながら、走りついた勢いのままに声をかけてきた。昨年の町内会班長さんのお孫さんである。半年あまり見ぬ間に、ぐんと背が伸びた感じがする。
一軒一軒、各家庭に広報などを配るのが好きで、この子がいるから助かるの…と、一緒に歩く若いおばあちゃんが目を細めていた。
今どき珍しい、いがぐり頭である。いがぐり頭には、なんとなくほほえましさを感じるものがある。つい、掌で頭をなでてみたい衝動に駆られる。
が、国によっては、その行為が許されない場合もある。
バンコクでは、街中のいたるところでネーンと呼ばれる少年僧に出会う。黄色い袈裟をまとい、頭はきれいに剃髪してある。まるで、お地蔵さんが歩いている風情である。
とても可愛らしくて、つい頭を撫でてしまいそうだが、それは禁じられているらしい。
頭には仏が宿っていて、不浄な手で触ることは避けなければならないと教えられた。異文化に触れるときは、事前によくよく勉強をしておかないととんでもない誤解を招くことになる。
今は、近所の子でもうっかり頭など撫でられない。
「友だちのところに遊びに行くんだー バイバイっ…」 元気な声を残して、その子は、次の角を走り去った。
2007/02/25(日) 誤変換
今どきこんなことを書く人も珍しい。今日の朝刊に載った「失敗」というコラムの冒頭の部分である。「パソコンに向かい、”新年交礼会”と入力すると交礼会の”礼”の文字が、幽霊の”霊”に化ける(後略)…」 という内容である。
かつて、この手の記事は多かった。「交響楽団」が「公共楽団」になったりするといった類の話である。誤変換が多くて、パソコンで文章を書く(打つ)気になれない、というものだ。
パソコンを少し使った方ならすぐわかるのだが、パソコンのワープロの漢字変換機能には学習能力があって、少し使っていれば誤変換はなくなるのだ。
従ってこの手の誤変換を理由にされるのは、「私はパソコンを使い始めた初心者」と自白されているようなものだ、と書いた本もある。
当方のパソコンには、ワードも一太郎も入っているのだが、普段はほとんどこれらのソフトを使わない。
使っているのは、WZエディターである。文字修飾などは出来ないが、「書く」という機能に徹している。GREP検索機能などがあって重宝している。
パソコンにかなり詳しい方でも、このエディターについてご存じの方は少ない、と思っていたのだが、先日これを知っておられる方に出会った。
実は、当方はなにもわからぬまま「超・整理法」の著者 野口悠紀雄氏の本で知り手に入れた。
このソフトにはかなり便利な機能があるらしいのだが、ハウツー本が見つからない。今度、この方に詳しく教えていただきたいと思っている。
2007/02/26(月) 高い買い物
サンルームの改修をしませんか? 先日、札幌の某業者の営業マンが訪ねてきた。
我が家のサンルームは、初期の工事がずさんで2年もしないうちに傾いた。幾度も、その施工業者に修理を頼んだのだが、都度体よく断られていた。いわば、言葉悪く言えば「やりにげ」の状態だったのだ。
地元の知り合いに頼んで修理を重ねたが、完全には修復ならないものらしい。今では、サンルームはおろか、その傾きに引っ張られるように母屋までもが影響を受け始めている。
訪ねてきた業者、実は、なにあろう最初の手抜き工事の主である。よくも図々しく訪ねてきたものよと皮肉まじりに責任を問うも、空々しい言葉ばかり。こうした業者には気をつけねばならない。
今日お訪ねしたYさんのお宅、新築で素晴らしいですね…と言おうとしたこちらの言葉をさえぎり、実はとんでもない業者にしてやられたんだ、と憤懣やるかたない面もち。
聞けば、手抜き工事に対して裁判を起こそうかと思っているほどだとの話。まさかと、信じられないような内容が次々と告げられる。こうした事例が数あって評判を落としたのか、業者は倒産したという。
そう遠くはない地域にあった業者とのこと。実は、営業にきた担当者が感じよくて、つい、その言葉を信用したんだ。今でも、裏切られた気持ちの整理がつかないと顔を伏せられた。
あちこちに相談をされたようだが、結局泣き寝入り状態だという。なんとかならぬものか…。
2007/02/27(火) 桃の節句
ひな祭りは、平安時代あたりにその歴史を辿ることが出来るという。昔から、幼子の病気や災厄をはらい、無事な成長の祈りを込めて飾られたらしい。
郷土資料館には、市民の方から寄せられた古いおひな様が展示されている。大正時代、明治時代、そして、昭和時代のものが並べてあって、その違いをじっくりと見ることが出来る。
そんな中にあって、時代はわからないが、これが一番古いものだと思われるという解説がついているのが上の写真のおひな様である。
現代の主流である柔和な顔と違って、やや硬い面もちだが気品がある。衣装も多分全てが手作りではないのか。やや褪せた色が時代を偲ばせるようである。
最近は、あまり大きなものは好まれないのかデパートなどに売られているものも小型のものが多いが、ネットで調べてみると、50万円を超えるようなものもあるから購入されるご家庭もあるのだろう。
おひな様に寄せる女性の思いは、男性の我々にはわからぬ相当なものがあるらしい。
先日、招き入れられたご家庭にも、見事な七段のおひな様が飾られていた。その豪華さに、目を見張るばかりだった。
2007/02/28(水) 若年認知症
朝日新聞 天声人語、北海道新聞 卓上四季 朝刊一面のコラムは、昨日2月27日、ともに同じ内容を取り上げた。
三遊亭円楽の引退表明と、演目の途中で絶句し「申し訳ありません。もう一度、勉強しなおしてまいります」の言葉を最後に、引退した八代目桂文楽の言葉を重ねあわせて言葉の大切さや芸の厳しさ、そして引き際の潔さを伝えた。
円楽は脳梗塞で倒れリハビリ後の高座だった。言葉の自由さを欠いた自分を許せなかったのだろう、高座のあとに引退表明をしたそうだ。
文楽は、絶句したとき79歳だったという。ひょっとしたら、こんな日が訪れるかも知れないと、先述の口上の稽古までしていたというから、言葉の美意識へのこだわりは相当なものだったに違いない。
絶句したり、人の名前が浮かんでこないことは、ある年代になれば誰にでもあることである。
いや、最近は若年認知症もよく知られた病気となった。中でも、ピック病と呼ばれる若年認知症は、忘れるだけではない罪の意識もないまま万引きなどで社会的地位を失うケースもあるという。
先日、ピック病の症状を判断するチェックリストが載った。
10項目が載っていたが、「言葉の繰り返し」などは当てはまりそうである。3項目以上だとピック病の疑いがあるという。時々、チェックしてみる必要があるかも知れない。