・・・くま日記・・・


 2007/01/01(月) 新年明けましておめでとうございます
 
 初空や 一片の雲 輝きて  日野草城

 新年あけましておめでとうございます。皆様おそろいで輝かしい新春をお迎えのことと存じます。皆様にとりまして、素晴らしい一年になりますよう念じております。

 今年も、例年の習いに従って夜半過ぎに神社にお参りに行ってきました。月明かりで境内も明るく、空を見上げるとこんなに…と思えるほどの星が輝いていました。

 境内は、まだ多くの参拝者で賑わっていました。年輩の方の参拝の時間は過ぎたのか、多くの若い方で溢れていました。和服に身を包んだ方の姿も見えてお正月らしい雰囲気が漂っていました。

 洋服は、皆さん申し合わせたように白っぽい服が多く、今年の流行を垣間見る感じがしました。それぞれの願いがあるのでしょう、皆さん、柏手を打って丁寧に参拝をしておられました。

 いつものようにおみくじを引いてきました。大きな変化を予測させる内容ではありませんでしたが、頑張った分だけ願いに近づくとの言葉がありました。

 多くの素晴らしい友人、知人にも恵まれて、一年一年を過ごしています。今年も、心豊かに、そしていつまでも青春の心意気を失わないように邁進したいと思っています。

 本年も変わらぬご厚誼を賜りますよう よろしくお願い申し上げます。











 2007/01/02(火) 今年は14人
 
 1月2日は、親戚の者一同が集まるのが常になっている。今年は、遠い順に長野から二人、札幌から四人、近くから六人が集まった。

 今年5月に、結婚が予定されている姪っ子は帰省せず、その結婚式に合わせて帰省するという者も四人いて、今年の正月はやや寂しい人数になった。

 最初に来た甥っ子を相手に早くからビールを飲み始めたから、皆が揃った頃にはかなりまわってしまった。

 大人の中に、5歳の子ども一人混じるだけで座が一段と賑やかになる。

 かつては、子ども達が走り回っていておちおち酒も飲めない時期もあったが、その子ども達が彼氏や彼女を連れてきたり、結婚したりする年齢になったりで、それぞれの家庭に少しずつ変化がある。

 集まるのは、年に一度か二度のことなれど、こうして皆が一同に会するのはいいことだ。かつては、どこの家庭でも当たり前の風景だった。
 
 他愛ないことを話しながらのわずかの時間だが、互いの消息を確認し合ったり情報交換の場にもなっていて楽しいひとときでもある。

 温泉に浸かりながらでもいいが、狭い座敷での歓談も、これまたそれなりにいいものである。











 2007/01/03(水) 10年日記
 
 二冊目の10年日記になって4年目に入った。全てを記し終えることが出来れば72歳になっていることになる。

 手にした時、かなり先の空白を買ったものだと苦笑したものである。

 ところが今朝の道新には、72歳の方が10年日記を付け始めたとの投書が載っていた。10年後には82歳になる、それでも弱腰にならず書き続けたい、とあった。その心意気やよし。負けずに書き続けたいと思う。

 それまでは、「余白多き古日記となり了す」<石塚友二>  を繰り返していた。

 その当時は、書こうと意識するあまりにそれが負担となって結果的に挫折していたように思う。典型的な三日坊主であった。

 通販で10年日記の存在を知ったのが93年(平成5年)。一日わずか4行というのが気に入って即座に購入した。

 以来、4行の日もあればひと言ふた言のメモ程度の日もあるが、ともかく細々と続いている。何事も続けるにはあまり気負わない方がいいようだ。

 「記録することによって、日常生活にメリハリが付き、老いの人生にも味を感じることだろう。」と投書の主72歳の主婦の方は書いておられる。

 人生に味を感じることが出来るかどうかは、その生き方によるのだろうが、見習いたいものである。











 2007/01/04(木) 仕事始め
 
 穏やかな三が日も終えて、今日が仕事始めという企業も多かったのではないか。

 最近は、元旦から開いている店もあって、けじめのつきにくい正月になっている。「初荷」の旗もあまり見かけなくなった。

 それでも心に期するものがあるのだろう、車を運転する人も、道行く人の顔にもなにがしか強い意志が感じられる。

 景気は上向きだと政府は言うが実感はない、と述べられる経営者の方が多い。

 三が日までに初詣に出かけた人は、昨年を大幅に上回ったそうだ。多くの人が、それぞれに家内安全、交通安全、そして五穀豊穣を祈願されたにちがいない。

 経営者の方は、企業の繁栄とともに安全操業を祈願されたことだろう。安全は全てに優先する。

 いまは、どこの企業も少人数で効率のよい仕事のやり方が求められる。ちょっとした油断が大きな事故につながることもある。

 室蘭市内の企業は好調な操業が続いているという。急ぐ心、はやる心を抑えて、注意深く用心深く作業されるよう願ってやまない。

 さて、いよいよ一年の始まりである。心を引き締めて、いざゆかん。











 2007/01/05(金) 万歳
 
 珍しく、普通の乾杯の音頭で会が締めくくられた。これまではいつも、万歳三唱で終わるのが常であった。自衛隊賀詞交換会、平成19年の始まりである。

 万歳の正しいやり方を習ったのもこの席でである。

 まず、正しく「気をつけ」の姿勢をとる。両手のひらは、左右の太ももにきちんとつける。そのまま手を真っ直ぐ上に上げる。つまり、高く万歳とかざした時、両方の手のひらは向かい合っていなくてならない。

 手のひらが正面を向くのは、「お手上げ」だとか「参った」の意思表示とみなされる、というのだ。

 フリー百科事典『ウィキペディア』によると、万歳とは、喜びや祝いを表す動作などを指していう言葉で、元々は中国に於て使用される言葉で「千秋万歳」の後半を取ったものとある。

 雅楽には千秋楽と共に万歳楽(まんざいらく)という曲が伝えられており、共に君主の長久を祝うめでたい曲とされている。

 芸能の万歳はここから出たものという。

 もっとも、こちらは正しくは 萬歳の字を使う。まんざいとも読み、日本の伝統芸能の一つである。新年の言祝ぎの話芸として全国で興り、漫才の元になった。

 いま、多くの若手漫才芸人がひしめき合う。この世の平和を喜び、祝い、願う気持ちの現れならば、これもまたよし。











 2007/01/06(土) 誓いの式
 
 「少年の頃、ボーイスカウトに入団し『三つの誓い』を生涯に亘って実行することを約束しました。それもあってか清濁併せ呑むことの不得手な性格なのですが、幸い大勢の人に支えていただいたお陰で、今日まで”一社懸命”に過ごすことが出来たのだと思っております。」 

 数年前に届いた、親友津田君の退職挨拶状の一節である。彼は、『三つの誓い』を忠実に守り、いまだに実行している。

 同じ時期に、同じように三本の指を高く掲げたはずの当方は、清濁併せ飲む方に走ってしまった。

 彼にはかなわない、子供心に心底そう思っていた。
 
 今夜、ボーイスカウト登別第1団の冬季舎営の中で、新たに生涯ボーイスカウト精神を全うしますと何人かの子ども達が誓いの言葉を述べた。

 リーダー、父兄、仲間達の見守る中での厳粛な儀式だった。

 私は、名誉にかけて次の三条の実行を誓います。
 1.神(仏)と国とに誠を尽くし、おきてを守ります。
 1.いつも、他の人々を助けます。
 1.身体を強くし心を健やかに徳を養います。

 津田君ほどでなくてもいい。言葉の重みがわかる年代になるまではスカウトでいて欲しいと願うものである。











 2007/01/07(日) 頑張れ新成人
 
 登別市では、男性350人、女性260人、合計610人の新成人が誕生した。

 例年の如く登別マリンパークニクス「イルカショープール」で、一日早い成人式が行われた。

 振り袖姿の女性も多かった。昨日からの台風並みの低気圧の影響で天候が心配されたが、式が始まった時間帯には青空も出るほどでホッとした人も多かったに違いない。

 
 雪ならまだしも、大雨の中での着物では大変だろうと気になっていたからである。振り袖は、写真にも見られるように葡萄色がやや多かったように見受けられた。

 全国ではまだ荒れた成人式、などと表現されるようなことがあるようだが、登別市でのそれを見る限り極めておとなしい式典であった。

 市長や議長の挨拶もヤジが飛ぶわけでもなくきちんと聞いていて、終わると拍手が起きる。これは、式典そのものがおおよそ15分程度で終了するように実行委員会での計らいがあるからだろう。

 今年も、開式に先立って三味線奏者白田路明君の津軽三味線の演奏があった。式典の後は、抽選会なども開かれたはずである。

 今年は、赤ちゃんを抱いて式に出席している人は見かけなかった。就職している人も、まだ学生の人もいるだろう。成人代表の挨拶にあったように、それぞれが目的意識をもった人生を歩んで欲しいと思う。











 2007/01/08(月) たくさんの年賀状ありがとうございました
 
 今年もたくさんの年賀状をいただいた。

 最近は、メールで新年の挨拶をするようになり年賀状が減ったそうだが、それでも日本人一人あたり30枚の年賀状を出しているという。

 年賀状は元来、「年賀」 つまり挨拶回りだったのだ。江戸初期、武士が同僚の家をまわり、留守宅に名刺の右肩に「恭賀新年」と書き込んだ名刺を置いてまわった。
 これが、年賀状の元祖とされる。

 それが明治時代になると名刺を封筒に入れて郵送をするようになった。さらに、明治60年に葉書が出来ると、葉書を名刺に見立てて送り始めた。これが、現在の年賀状のはじまりである。

 写真は、今年いただいた年賀状の中で素敵なものを選んでみた。昔と変わらず墨痕鮮やかな賀状が届くと、何度も何度も見入ってしまう。

 例え、写真でもスタンプであっても年賀状を作ったその人の思いが感じられるものは、もらってうれしいものである。

 最近はパソコンで印刷したものも多く、手書きのものは極く稀である。

 もっとも、賀状の文面に長々と書くようになったのは戦後に生まれた習慣だそうで、それまでのものは単に「恭賀新年」の賀詞と名前を書いたものが多かったそうだ。

 だから、自筆の一言が添えられていなくても気にしないことだ。











 2007/01/09(火) 宴会が続く
 
 無理強いする人は、ほとんどいなくなった。かつては、車だからと断っても 「まあ、一杯くらいは…」 とビールを注ぐ人が多かった。

 暮れからこの時期にかけては宴会の続く日も多い。

 飲んで何時間経てば身体からアルコールが抜けるのだろうか。結論から言えば、個人差が大きく一概には言えないものらしい。

 平均的には、体重60キロの男性がビール大瓶1本を短時間に飲んだ場合、血中アルコール濃度がゼロになるためには、最低4時間が必要という報告があるそうだ。

 しかし、深酔いすれば24時間経っても残っている可能性があるというから、酒飲みは気をつけなければならない。

 飲酒運転は、絶対にあってはならない。だから、運転手の呼気に含まれるアルコール分を検知し、物理的に飲酒運転が出来ないように「インターロック装置」を義務づけるべきだとする議論もある。

 欧州ではすでに導入されているらしいから、いずれ我が国でもそうした措置がとられるかも知れない。署名運動も展開されているそうだ。

 飲酒運転撲滅については、本人の意識と共に周囲の環境作りも必要である。

 ゆめゆめ、「まあ、一杯」とすすめられて、はい、と受けるようなことがあってはならない。











 2007/01/10(水) 溜まる名刺
 
 様々な場で名刺交換をさせていただく機会が多い。いただく名刺の内容も様々だ。

 最近、大きな企業では、いちいち印刷屋に注文をしなくていいように自社で社員の名刺を印刷できる機械を備えているところが多いと聞く。

 視察で訪れる自治体では、それぞれの街の特徴を記入したものが多い。たとえば登別市では、温泉を主体とした観光PRの入ったもの、というようにである。

 規定の印刷に飽き足らなくて工夫を凝らしたデザインのものも多く見かけるようになった。

 ネットでのぞいてみても、名刺作ります、のHPは山とある。数多くのアイデアデザインが用意されており、その中から気に入ったものを選びさへすれば即座に作成してくれる。

 また、最近は自分で作成する人も多い。パソコンの普及の産物である。

 かくいう当方も、最近はそのほとんどを自分で作成するようになった。写真の取り込みも、文字も背景の色も、自分の好みに仕上げることが出来る。

 印刷後に折り曲げて切り離すものは周囲にギザギザが出来て嫌だという人には、ギザギザの残らぬタイプの用紙もある。だから、名刺交換した際、自作かどうか判断できない。

 さて困るのは、溜まっていく名刺の整理である。みなさんは、どう整理しておられるのでしょうか。











 2007/01/11(木) 少しずつ…
 
 「くまのさん何でも言って、手伝うから…」 わざわざ、電話をくださった。4月に向けて細々と準備を進めている身にとっては、とてつもなくうれしい言葉であり、心強い言葉である。

 4年前の選挙後に知遇を得た。

 その後、何度か電話で話をしたことはあるものの、お会いしたのは一度切りであり大変失礼なことながら、実は、お顔もうろ覚えの方なのである。

 あれもしなければ、これもしなければと思いつつ遅々として進まない状態に、少し気の晴れぬ思いをしていた時期だけに、本当にうれしい電話の内容だった。

 登別市議会は、今回の選挙から定数減になる。

 現24名から3名減って、21の議席を争うことになる。選挙用の看板もあちこちに立ちはじめた。否応なしに、選挙モードに染まっていく。

 市民の皆さんの関心も徐々に高まりをみせているようだ。

 企業から推薦を受けられる方は、正式に労使の推薦が決まり一気に体制が整うことになろう。

 当方は望んでもそんな状態にはならない。まずは、出来る範囲内で当面の目標のクリアに努めようと心に決めている。











 2007/01/12(金) 百円ショップ
 
 すぐさま目指す精密ドライバーが手に入った。さすがに9万点を誇る百円ショップである。

 いきさつはこうである。暖冬・少雪との予報だった。おまけに正月あけ7日頃まで春を思わせるような暖かさだった。

 だから、その暖かいままに冬を越せるのではないかと錯覚していたのだが、さすがにそうは問屋がおろさなかった。

 一気に冬がきたような感じがして、寒さが一入である。つい部屋の中から車のエンジンをかけ、車内が十分に暖まったところを見計らって出ていく。

 ところが、そのリモコンスターターがいうことをきかなくなった。どうも電池切れらしい。その電池の収まっている蓋を開けるには、極細いドライバーが要る。そこで、急ぎダイソーに走ったと言うわけだ。

 ダイソーのHPによれば、現在のアイテム数は約90000種類くらい。月に1000種類くらい新商品が作られている、とある。

 それにしても、9万点とはすごい数ではないか。

 しかも、全部一律百円である。ちゃんと商売が成り立っているのだから不思議である。

 ただ百円ショップよりも安く買える物もある。ネット注文である。百円ショップでの単価10円50銭の品物が、楽天で5円56銭だった。

 全部が全部安価と言うわけでもない、ということも知っておく必要がある。











 2007/01/13(土) 日曜日が埋まっていく
 
 各種団体の年間行事は総会で決定する。

 総会の開催時期は四月が一般的だが、民謡では1月に行われることが多い。今月すでに一つは終了し、今月中にあと二つの団体の総会が予定されている。

 これから4月に向けて、所属している様々な団体の総会が開かれる。

 今年、2007年のカレンダー上、日曜日は52日間である。すでに、そのうちの25日は予定で埋まったことになる。

 予定外の行事も当然入ってくるから、当然重複が予想されたり、すでに予定が重なったものもある。その場合には、やむなくいずれかを優先せざるを得ない。

 土曜日は、それほどでもないが、どの団体でも季節に合わせた行事を考えるので行事が集中することは十分に考えられることである。

 行政や主要団体のトップにおられる方の予定はこんなものではなかろう。そのご苦労が偲ばれる。

 スケジュール管理は、紙に記載する方法がよいと思っている。

 最近は、携帯電話に予定を書き込まれる人も多いが、当方は好まない。一覧性がないことが第一の理由である。手帳が欠かせない。

 幾ら一覧性に優れていても書き込んだだけで安心してはならぬ、実行に移さねば。











 2007/01/14(日) 平成19年 消防出初式
 
 写真に見られるように、ほとんど雪もなく風こそやや冷たいものの太陽に照らされて比較的おだやかな天候の中での消防出初式だった。

 日記を繰ってみると、荒天でパレードを中止した年が一度だけある。平成12年の1月7日である。

 これまで消防出初め式は、1月7日に行われていた。今年は、市の成人式と重なったために、今日に延期されたのだ。

 消防職員、消防団員、特別参加の自衛隊幌別駐屯地消防ポンプ班の参加を得て、市民会館駐車場で平成19年 登別市消防出初式が行われた。

 隊列パレードの後、市民会館中ホールにおいて式典が行われ、様々な表彰が行われた。団員として、30年も40年も従事された方もおられる。

 会社への勤務をしながら団員としての訓練もきちんとこなされる。その努力に頭の下がる思いである。生命・財産を守っていただける、そういう安心感があるからぐっすり眠ることも出来るのだ。

 今日は、連合町内会の方々の参列はあったが、毎年見受ける子ども達の見学はなかったようだ。是非、多くの方々にこうした催しを観てもらいたいと思うものである。











 2007/01/15(月) 年賀状の当選番号が決定
 
 昨日、福岡県北九州市で抽選が行われ年賀状の当選番号が決定、発表なった。一等や二等は、最初から当てにしていない。せめて、切手シートでもと思う。

 くじ運が悪いことを承知しつつも、かすかな望みを胸にいただいた賀状を確かめる。うーん、残念ながら今年は切手シート9枚のみ。

 抽選に当たる確率をみると、お年玉切手シートは、 100本に2本(76,491,740本)とのことだから、9枚というのはやや低めか。

 それでも番号を確かめながら、また一枚一枚年賀状を読み返す楽しみがある。

 「介護を受ける身になり…」との近況をつづられたものもある。

 「やっと、ここまで書けるようになりました。日々、リハビリを続けています。」 一字、一字ていねいに書かれた文面には、動かぬ手のもどかしさが伝わってくるようである。

 一方で、お孫さんや、子どもさんと一緒に撮られた写真も多い。賑やかな正月を過ごされたことだろう。

 賞品引換え期間は、平成19年1月15日(月)から7月17日(火)までだそうだ。当選した方はお忘れなく。

 ところで、くじに当たることは 「当選」 ではなく、「当籤」と書くのが正しいのだそうだ。しかし、今年に限って言えば、「当籤」 よりも、 「当選」 の文字の方がうれしいのだが…。











 2007/01/16(火) 登別市文化協会のHPアップ
 
 長年の懸案であった登別市文化協会のホームページが完成しアップされた。

 ネット上で「文化協会」や「文化連盟」で検索しても道内ではほとんどヒットがない。

 わずかに江別市の文化協会がホームページを立ち上げているくらいである。

 そういった意味では、登別市文化協会が独自のホームページを立ち上げたことは評価されていいのではないか。

 ご覧いただいてわかるように、「ニュース」「活動報告」「文化協会紹介」「加盟団体」「文化伝承ふれあいバンク」、そして「リンク」から成り立っている。

 ニュースや活動報告は、予定と結果を、そして、「加盟団体」には、各団体の簡単な紹介が載っている。

 注目すべきは、「文化伝承ふれあいバンク」である。

 加盟団体や会員が持っている文化遺産を市民階層に伝承することを目的として、団体や個人としてのデータが記載されている。多くの市民の方にご覧いただいて活用していただければうれしい。

 写真は、更新の手続きの指導を受けているところである。以後、タイムリーな更新がなされるはずである。乞ご期待。











 2007/01/17(水) あれから12年
 
 「くまのさん、神戸付近で大変なことになっている…。テレビ見たかいっ?」 

 出勤途上、いつものように無線交信の際、繋がると同時に友人の声が飛び込んだ。その興奮した声からも被害の大きさが伺えた。

 すぐさま、ラジオのスイッチを入れた。阪神・淡路大震災の模様が報じられていた。犠牲者の数は、6,434人にのぼった。大災害だった。

 あれから、12年が経った。

 「唯一の災害多発先進国として豊富な教訓を持っているが、それらは断片的知識の集積であって、決して災害文化にまで発展していない」 <河田恵昭・京都大教授>。

 地震が起これば防災グッズがよく売れるという。しかし、それも数カ月間だけだそうだ。何年も何十年も先を見据えた地道な取り組みが必要ということなのだろう。

 手元に残っているのはマグライト程度だ。水も、防寒用シートも、米も、リュックも、備えていた防災グッズはどこに行ったのやら。

 先日、テレビ番組で特集をやっていた。百円ショップで、必要な防災グッズの全てをそろえることが出来るそうだ。

 新たに配布なった「防災マップ(保存版)」とともに、今一度 「いざ」 に備えなくてはならない。











 2007/01/18(木) 「しの」を使わせるとうまいよー
 
 今日になって身体のあちこちが痛む。昨日、15ポンドの大ハンマーを振ったせいである。選挙用の看板を立てた。

 昨日は、いい天気で暖かかった。うまい具合に甥っ子が休みで家にいるという。 

 看板を立てる場所の選択、土地の所有者の方への依頼、看板の運送、くい打ち、全て自分でやる。これは、前回と同様である。
 
 さて、杭打ちだが、若い甥っ子には大ハンマーは無理だ。杭を持たせておいてハンマーを振りかぶる。

 すでに地表面が凍れていて木の杭は入っていかない。こんなこともあろうかと準備していた鉄棒を使用、それでもやっとのことだった。

 次は、固定である。これには番線がいい。その際、使うのが写真にある 「しの」 と呼ばれる工具である。ある工事現場で「鳶」の職人に教えてもらった。

 かつて足場は木の丸太を使用していた。はすかいに組み合わせた丸太を固定するのに番線を使う。それを締めるのが 「しの」 である。

 ちょっとしたコツがいるが、慣れればこんな便利なものはない。若いときの経験が役に立つ。うーん、それにしても身体が痛い。こちらは、若くない証拠である。











 2007/01/19(金) 善意の物資も
 
 先日の道新に「善意の物資 悩ましい」 という記事が載った。災害発生時に、個人からの救援物資を受け取らない方針を決めた自治体が全国で増加しているという内容だ。

 折角寄せられる善意を断るには、それなりの理由がある。

 小口で殺到する食料や衣類の仕分け作業に担当者が忙殺されたり、送られた物資が有効に生かし切れないというのが主な理由だ。

 実は、理由は意外なところにあるのだ。寄せられた物資は、被災者の役に立つ物ばかりではない。

 使い古しの衣類や、どうみても使えない壊れた玩具、さらには汚れた下着など、おおよそ支援物資とは言いがたいものも多く含まれているのだ。

 実は、この記事には共鳴するものがある。似た経験があるのだ。

 平成12年3月31日に起きた有珠噴火の際、ボーイスカウトの一員としてボランティアに協力した。その際、道内はもとより全国から膨大な救援物資が次々と送られてきた。

 多くは、着の身着のままで避難した被災者にとって、心暖まる支援物資であった。

 が、中には、先述したような物資も非常に多く含まれていたのも事実である。善意の名を借りた廃棄物処理としか思えない品に憤りを覚えたものである。

 支援は、義援金の形が一番望ましいとの議論もあるそうだ。











 2007/01/20(土) 「夢への挑戦」
 
 
 堀井 学氏の講演会が開かれた。

 講演会に先だって、午前中同氏によるスケート講習会が青葉小リンクで開催された。自らもスケート靴を履き、子ども達と一緒に滑った。

 1972年 室蘭市生まれ、元スピードスケート選手。1994.2に開催されたリレハンメルオリンピック 500mで3位入賞 銅メダルを獲得した。

 が、全てが順調だったわけではない。数多くの挫折も味わった。

 やっとのことで念願かなって白樺学園に入学し、スケート部に入った。しかし、まわりは特待生で入ってきた選手、出る試合は予選落ちばかり。

 スケート選手をあきらめて家に帰ろうか、その時電話をくれたのが監督だそうだ。あきらめるな、人一倍の努力はきっと実を結ぶときがあるぞ、と。

 彼は言う。多くの人に支えられて今の自分がある。

 そして、彼は子ども達に熱く語りかけた。「夢を持て、そしてそれに挑戦し続けろっ、必ず願いはかなう…」。











 2007/01/22(月) 身体に硫黄の匂い
 
 温泉はいい。一日を終えて浸かる温泉は身体も心も和ませる。

 室蘭地区民謡連合会の総会、準備のために早朝会場へ、総会が終了し懇親会に入ったところで中座、慌ただしく昼食をかきこみNHK プラザμ、そして最後は、会派の新年会会場の登別温泉へとめぐるましく移動の多い日曜日だった。

 温泉は、やはりいい。硫黄泉は、ことのほか疲れを癒す効果があるようだ。

 いつもならこの時期、露天風呂の周囲は雪に囲まれているはずだが暖冬の今年はそれもない。闇に漂う湯煙に時間を忘れてしまいそうだ。

 冷たい風が肌に心地よい。湯の動きに身体をまかせていると、昼に聞いた和洋の音が身体の中から湧きだしてくるような気がする。

 フルート、箏、尺八、ピアノ、ヴァイオリン、そしてヴィオラ、それらの織りなす音が気持ちよかった。やや緊張気味の奏者の顔が近くて、奏者にも観客にもとまどいもあったが、それはそれでほのぼのとして暖かさが感じられた。

 こうした催しは、もっとあっていい。和の響きが充満するような小さなホールがあればうれしい。

 温泉は、相変わらず外国人の宿泊客が多いようだ。

 エレベーター、言葉は通じなくてもお先にとすすめるしぐさに笑顔が帰ってくるのは温泉効果か。












 2007/01/23(火) 「水に親しむ」 と題した写真展

 案内をいただいてのぞいてみた。

 会場となっている登別市民プール、玄関を入ったすぐ右脇の一角にそれは展示されていた。

 「北の素人写真家」 Y氏の個展である。「プール内で撮った写真」 が展示されている。左の写真もそのうちの一枚である。
 水の質感が伝わってくるような写真、なごやかな微笑みを交わす仲間達、水にゆだねたリラックスした姿勢、躍動感溢れる指先、生き生きとした一瞬の表情が見事に切り取られている。

 自慢のキャノンと望遠を肩に、アングルを探している Y 氏の姿が目に見えるようである。

 プールでは、撮影の場所も限られよう。足元も滑る。被写体に近づくことも出来ない。フラッシュも使えない、温水によるレンズの曇りも心配な場所である。そうした制限の多い中でのショットである。

 シャッタースピードはどれくらいに設定してあるのか、使用された望遠レンズの長さは幾らぐらいなのか、三脚の使用の有無は、などなど聞いてみたいことがいっぱいある。

 早い時間に訪れたにもかかわらず、すでに多くの署名があった。個展は、今日から2月12日までだ。記帳用のノートはすぐに埋まってしまうに違いない。











 2007/01/24(水) ヒンズースクワットに挑戦
 
 女優の森光子さんは、今でも一日 150回のスクワットを欠かさないという。

 1920年(大9)5月9日生まれというから、失礼ながら、年齢は86歳におなりになる。当方とちょうど20歳の開きがある。

 経歴をみれば、伯父上が俳優の嵐寛寿郎だったと書いてある。あの「鞍馬天狗」のアラカンである。歌手志望で、戦時中は東海林太郎らとともに前線を慰問されたこともあるそうだ。

 さて、森光子さんが毎日なされているスクワットは、正式には、ヒンズースクワットという。

 膝を曲げながら行う下半身の代表的な筋力トレーニングである。これで、脚全体(主にももの筋肉)が鍛えられる。

 なんでもそうだが、正しい方法が求められる。基本的な姿勢を認識する必要がある。

 両足は肩幅に開く、つま先は自然に前方に、腰の位置は立っているときの自然な反りを保つ、そして、胸を開きあごを曳く、などである。

 正しいスクワットは、普段使わない身体の「裏側の筋肉」を鍛える効果があるそうだ。人間本来の、「立つ」という最も基本的な動作を支える役割を果たすというのだ。

 うーん、あいたたた。と、筋肉痛にならないためには、まずは、10回程度からはじめることにしよう……かな。











 2007/01/25(木) 金属製の鳥居
 
 チタンと聞いてすぐに思い出すのは、ゴルフクラブである。軽くて硬く、鉄の2倍の強度があることからドライバーの材料として使用される。460ccという、超大型ヘッドのドライバーを振り回す人も珍しくない。

 チタンが使われているのは勿論、ゴルフ用品だけではない。時計や眼鏡、自動車や飛行機、珍しいところでは中華鍋にも使われている。

 軽くて落ち着きのある質感が好まれて、最近はピアスやブローチなど女性のアクセサリーにも多く使用されているそうだ。

 今日の新聞には、チタン製の鳥居まで紹介されていた。

 金属製の鳥居は珍しいが、実は、登別市内にも金属製の鳥居が存在することをご存じだろうか。鉱山町にある「山神社」の鳥居はステンレス製である。

 もっとも、無垢のステンレスではない。ステンレスと鉄の二重になっていて、外表面をステンレスにして錆びない構造になっている。正式には、ステンレスクラッド鋼管という。

 通常は内面にステンレスを用い、油やガスの輸送用配管に用いられる。外面をステンレスにしたのは、逆転の発想である。

 チタン製といい、ステンレス製といい、まばゆく輝く鳥居を見あげると、一段とご利益が増すような気がしてくるに違いない。











 2007/01/26(金) 超監視社会
 
 この時期、個人のお宅を訪問する機会が多い。玄関の鍵をかけておられない家は、最近皆無である。

 どこのご家庭にもインタホンがつけられ、さらにはカメラまで付いているものもある。部屋の中から、誰が訪ねてきているのかが一目でわかる仕組みである。

 最近は、訪問客を赤外線センサーでキャッチし、センサー連動自動シャッターのデジカメをつけた監視カメラシステムまであるそうだ。画像は内蔵メモリーカードに自動的に記録されるのだそうだ。

 どこで、顔写真を撮られているかわからない。

 はこだて未来大が学内研究棟の建物内に設置した「研究用映像カメラ」がプライバシーを侵害するとして、大学院生が撤去を求めて訴訟を起こしたとの報道があった。

 一方、外国に目を転ずれば、英国には約420万台の監視カメラがあり、一人が一日に300台以上のカメラの目にさらされているとの報道もある。テロ犯人が、残っていた映像から割り出されたという。

 身の回りだって、ATM機の側にはカメラがついているし、コンビニにもついている。大きな街では繁華街にも、あちこちカメラが設置されている。

 まさに、「超監視社会」の中で生活していると言ってよかろう。これでは、間違っても無精ひげを生やしたままで 「ごめんください」 というわけにはいかないぞ。











 2007/01/27(土) たかが趣味
 
 このまま終わるはずはない、いつかは来る。そうは思いながら、心の底の方では雪のない状態が続くことを願う気持ちがあった。

 しかし、そうは問屋がおろさない。今朝は、久々の雪化粧と化した。あちこちで雪かきをする姿があった。「来ましたねえー」 「そうですねー」 交わす言葉もそこそこに玄関前の雪の始末に精をだす。

 登別では、14センチの降雪量があったそうだ。昨年のこの時期の積雪を思えば、こんなものは苦にもならない。

 時間の余裕をみて早めに白老にむかう。

 午前中は、江差追分会 日胆地区運営協議会の指導者部会の総会を、そして、午後から同協議会の総会を開いた。昨年度の事業報告、会計決算報告と監査報告、さらに、今年度の予算、事業計画を上程し承認された。

 21支部 おおよそ470名の会員を数える協議会である。共通の趣味を持つものの集まりとはいえ、様々な考え方があって当然である。多くの建設的な意見が出され、盛会のうちに終了した。

 こういう趣味の団体は、いきおい技術・技能の向上を目指すことが目標になりがちである。さらに、優秀な人の発言力が強くなる傾向にある。

 しかし、趣味を通して自らの社会人としての質の向上を目指そうという気持ち(気持ちだけでも…)があってこそ意味があるのではないか。たかが趣味、されど趣味。











 2007/01/28(日) とほほ
 
 「えっー、くまのさん あんた議員なのかー?」 当方が有名でないことは、自分自身が一番承知しています、ハイっ…。

 でも、ここは、日高支庁でもなければ、後志支庁でもありません。あなたと同じ、胆振支庁に住んでいます。いえ、同じ、登別市内に。いえいえ、もっと言わせていただければ同じ新生町に住んでいるのであります。

 たしかに、あなたさまのお宅にはご挨拶に伺ったこともございませんし、親しくさせていただいているわけでもございません。

 ですが、おなじ連合町内会の役員のはしくれとして、一応は名を連ねさせていただいておりますし、昨年の新年交礼会でもご挨拶はさせていただきました、ハイっ…。

 今日のある会合、隣に座った○○ さん、さんざんビールを注ぎ合い、これからの自治のあり方などについて、ひとしきり蘊蓄を傾けられた後の冒頭の言葉である。

 「えーっと、おれのよく知っている… なんたっけ… そうそう□□や、△△は頑張っているか…」。

 はい、一人は現役で、もう一人の方は議員を引退されてはいますが、お二人ともお元気でございます…。

 「超監視社会」に住んでいる、とつい先日の日記に書いたが、これならまだまだ悪いことをしても大丈夫なようである。











 2007/01/29(月) 西胆振市?
 
 最近、お会いした方から聞かれた。「合併問題は、どうなっている?」。

 昨年11月に行われた、西胆振6市町の首長、議長が一同にそろって論議した「西胆振地域連携フォーラム」で意見が一致した「西胆振一市」構想が頭にあるのだろう。

 このフォーラムで、6市町と限定されたまちのおおよその人口を見てみると、室蘭市(98,400)、登別市(54,400)、伊達市(36,700)、洞爺湖町(11,100)、豊浦町(5,000),、そして、壮瞥町(3,500) 合計で、20万人弱。

 中核市の人口基準を20万に引き下げられれば、中核市の要件を満たすことになる。
|写真は          |
|胆振支庁「胆振のまち」|
|から転載          |

 「それはいい、聞きたいのはそこから先だ」 話は続く。

 「もし、合併したら新しい”まち”の名前はどうなるのか?」 「西胆振市」 にでもするのか?」

  うーん、返事に窮する。

 だけどなあ、今はその話は、現実味がないかも知れないけど、いずれ新しいまちの名前を議論しなければならないときが来る。それぞれ歴史のある街が、一つになるというのは実は大変なことで「名前」のことは、実は一番難しい問題かも知れないぞ…。

 玄関先で、一時間も話し込んでしまった。大きな課題を背負わされたような気がする。











 2007/01/30(火) このまま順調に
 
 登別市文化協会のホームページへのアクセス数が順調に伸びている。アップして一ヶ月にも満たないのに、400を超えた。

 関わったものの一人としてうれしいかぎりである。

 みんなであちこちにPRをしている。登別市や教育委員会、姉妹都市の白石市、さらには、知り合いにも宣伝これ努めている。また、登別市のリンク集にも登録を済ませた。

 出来るだけこまめにホームページの更新も行なうようにしている。堀井 学氏のスケートの実技指導の内容や講演会の模様など行事が終わればその報告、さらには、団体からのお知らせも希望があればすぐにアップする。

 今日は、美術協会の「会員小品新作展示会」の開催予告のアップ希望があった。こうした情報がどんどん寄せられるようになればしめたものである。

 ホームページのアクセス数を増やすには、こまめな更新が欠かせない。

 そう言った意味では、会長にもかなりの負担を担ってもらっている。「時節一言」がそれである。これはまだ不定期であるが、おいおい「一週一言」に変わっていくものと期待している。

 実は内心、傘下団体から我も我もと活動内容のアップ希望が来るのを恐れているのも事実である。











 2007/01/31(水) たばこを吸う教師
 
 もともとこの人のまんがは好みでない。もっとはっきり言えば、嫌いである。それに追い打ちをかけるような内容だった。朝日新聞の朝刊に掲載中の「ののちゃん」である。

 1月19日の朝刊に載った作品は、教師が教室の下でたばこを吸っている内容である。

 漫画そのものは、その人の個性があるから一概に悪いとは言えない。品のなさや、線の汚さに対する嫌悪感は、人それぞれの好みの問題と言われても仕方がない。

 しかし、教師がたばこを吸っている姿を描いた漫画は好みの問題ではない。

 子どもたちがたばこを吸い始めるきっかけは身近なところにあることはよく知られたことである。親であったり、教員の喫煙姿である。

 そうした、たばこ環境から子ども達を守ろうという動きがすすめられていて、学校の教室は勿論、いまは敷地内まで禁煙にしようというのが常識である。

 教室のすぐ側で、しかも教師の喫煙姿を描くなどとても常識ある人の漫画とは思えない。作者の猛省を促したい。

 もちろん、昨年3月11日の朝日新聞の投稿欄にあるように、この「ののちゃんで、一日がスタートする」 という人の思いを否定するものではない。好みがあるからである。

 1月19日の作品はどうみても作者の失敗作だ。単行本として出るときは、この作品の削除をお願いしたいものである。