・・・くま日記・・・
2006/11/01(水) 文芸誌 「江さし草」
文芸誌 「江さし草」 No.120が届いた。創刊30周年記念特集号でもある。
所帯数 4,300 人口 約10,000人の小さな町の文芸誌である。それでも30年間続いた。昭和51年創刊、ただの一度も休刊がない。
都市でさへむつかしい同人誌が、この小さな町で継続できる。素晴らしいことではないか。執筆者の思い、読者の思い、支える街の風土もあるのだろう。
会員数は、177名。江差在住の人間ばかりではない、遠くは沖縄県をはじめ、全国各地に点在する。会員の中には、江差出身で現在地方に住んでいる人も勿論いる。
実は、そうでない人も多くいるのである。投稿はしないが江差の文化に触れたいと会員になっている人たちだ。
江差には、「江差追分」という世界に誇る文化をつくりあげてきた土壌がある。その江差追分を通して、会員になったひとも多い。誰でも会員になれるのだ。
「江差の春は江戸にもない」 ニシン魚で栄えた歴史をもつ街というだけではない、人を惹きつける文化風土が、この街にはある。
江差の街角に立つと、ホッとするという人は多い。それが何かを知りたくて、通い続けて30年になる。
2006/11/02(木) 第42回 市民文化祭のぼりべつ '06
文化祭行事の最中である。
好天に恵まれた今日、第42回 市民文化祭のぼりべつ '06 の展示会場となっている7会場をまわった。
書道、絵画、生け花、川柳、短歌、絵手紙、パッチワーク、魚拓、写真、ちぎり絵、俳句、銘石、手芸、菊花、はては、この時期までよくぞ生きていたというキリギリスまで、実に様々な作品が列んでいる。
その一品一品に、作者の思いがこもっている。畳2畳にもなろうかというパッチワーク、完成までにどれほどの時間が費やされたことか。
広い会場もあれば、狭い会場もある。どの会場にも熱気が溢れていて、とても短時間で通り過ぎる気になれない。
つい、作品について聴いてみたくなる。よくぞ聞いてくれたとばかりに、これまた説明にも熱がこもる。
合間をみて、手作りの団子をいただいたり、昔懐かしい蒸しパンをいただいたり、地域の力を感じたあっという間の半日だった。
2006/11/03(金) 文化の日
「菊花香る良き日…」 文化の日に、表彰式が行われた。
午前中は、登別市の功労者表彰と自治貢献など登別市表彰が行われ、夜は、登別市文化協会の表彰式が行われた。
登別市表彰は、3団体22個人の方々に表彰状が送られた。
市の功労者表彰では、長年にわたって民生委員・児童委員として社会福祉に貢献された畦越さんなど7人の表彰があった。
その他に、自治貢献表彰、社会貢献表彰、教育文化貢献表彰などが行われた。いずれの方も、目立たぬところで地道に黙々と尽くされた方々ばかりである。
一方、登別市文化協会の表彰式では、功労賞7名、芸術賞3名、そして、颯太鼓が奨励賞を受けた。
颯太鼓は、小、中、高校生の子ども達で構成される太鼓集団である。今日もその演技を披露してくれた。見事なバチさばきもさることながら、礼儀正しい姿勢に万雷の拍手が送られた。
見事といえば、午前中の市表彰の場に華を添えた子ども達もそうだった。
登別中学校吹奏楽部による、吹奏楽は洋楽器による日本の音楽を存分に楽しませてくれた。磨き上げられた音の豊かさと、ハーモニーの美しさに拍手のタイミングを狂わせるほどの感激を味わせてくれた。
菊花香る良き日に相応しい一日だった。
2006/11/04(土) 携帯電話の普及
「なんとかならないかねえ…」 高齢のご婦人からの要望である。公衆電話が少なくなって困っている、という内容だった。
確かに、携帯電話の普及とともに電話ボックスは激減した。
ある調べによると、2005年の公衆電話の通話回数は、1995年に比べて92%もの減少。それを裏付けるように公衆電話の台数は、ほぼ50%の減少とのことだ。
公衆電話には全国一律のサービスが義務づけられている「第1種」と、義務のない「第2種」があり、この10年間に減少した約40万台は、すべてその「第2種」だ。
家庭の電話さへ使わないからと撤去する人もいるそうだから、もはや、公衆電話が増える可能性はない。
携帯電話の普及とともに不要になった物が他にもある。テレフォンカードだ。
趣味で、何百枚と集めた人もいるそうだ。まあ、こういう人は、もともと使うのが目的で集めたわけではないだろうから、これはこれでコレクションとしての価値があろう。
困るのは、手元に残った何枚かのカードである。ホールインワン記念、○○賞受賞記念、創立25周年記念などである。
うーん、処分に困る。
2006/11/05(日) 謡曲大会
久しぶりに謡いを聴いた。登別市謡曲協会の「能楽 素謡・仕舞 謡曲大会」があり、登別市文化協会の会長代行で出席した。
「鶴亀」 にはじまり、「船弁慶」 「熊野」 「百萬」など定番物が続く。「鶴亀」 はなじみ深い。観世流では 「鶴亀」 、喜多流では 「月宮殿」 という。
”それ青陽の春になれば。四季の節會の事始め…” で始まるお目出度い謡である。
朗々とした謡は、聴くものに安心感を与えるような響きがある。
仕舞もいいが、「熊野」 「百萬」 などは動きが少なくて我々素人には、退屈である。その点、「船弁慶」 は、長刀を持って飛んだり跳ねたり(表現が悪いか…)の動きがあって見ていて楽しめる。
しかし、謡曲の世界もこれから先のことを考えると明るいとは言い難い。ご多分に漏れず、高齢化の波にさらされている。
格式が高く、取っつきにくいと言う印象がある。まして、一般受けする芸能でもない。
安土桃山時代から寛永期には、武士、町人が能を愛好し、謡曲は、いわば現代のカラオケのように空前の流行を見た時期もあったようだが、いまは、その社会的必要性がなくなった。
今後の道のりはかなり厳しいものが予測される芸能の一つ、といえるかもしれない。
2006/11/06(月) 今年のベストスコアは、39+41
今年のゴルフも終わった(ような気がする)。年間ラウンド数 70回を目指して奮闘中という人もいるが、こちらは、その三分の一にも満たない。
今年のゴルフは、雨にたたられた。雨の予報で、中止したケースもある。
スコア的にも波が多かった。グリップとスイングに悩んだ一年だったと言っていい。特に、前半がひどかった。
昨年、終盤にかけて少し安定してきていたし、冬場にも素振りをし続けたから、実は内心期するものがあったのだ。しかし、それがいけなかった。
こんなはずはない、こんなはずはない、と思えば思うほどミスショットが出る。思いが空回りした。
やや、持ち直したのは、中盤である。きっかけは、ドライバーのグリップを交換してからである。スポーツショップの店員が笑いをこらえるほどだったから、相当なひどさだったに違いない。
ともかく、それ以来ティショットは安定した。
最後まで悪かったのはショートアイアン、特に寄せは最悪だった。
ダフリ、トップ、シャンク。「ミスショットの総合商社や〜…」 ってな感じである。
しかし、それに対するアドバイスももらった。これで、来年こそは…。
いや、今年もう一回くらいはラウンドをと、未練たらしく考えているのだが、どなたかお相手を…。
2006/11/07(火) 喪中の葉書
喪中の葉書が届く時期になった。
知人、OB、町内会の方、仲間、親しかった友人、多くの方々の訃報に接したことになる。一年を振り返って、あーこの人も亡くなったんだなあ、とあらためて寂しさを感じる時期でもある。
お世話になった方の訃報を後から知ることもある。地方紙に載る場合は、見落としは少ない。
しかし最近は、身内だけで葬儀をすまされるケースもある。また、何日間か出かけていて失礼するケースもある。非をお詫びするしかない。
町内会の方の訃報ですら、報道で始めて知るケースもある。同じ班の方には、緊急回覧をまわすことになっているのだが、班が異なるとわからないという場合も起こりうる。
もっとも、なんで教えてくれなかったんだ、と叱られるケースもあれば、中には連絡をしてかえって迷惑がられた場合もあるようだから気をつけなければならない。
喪中の葉書は、新年の挨拶は控えさせていただくという意志を伝えるものである。
年に一度の便りが途切れるのも寂しい。せめて、喪中の葉書が届いたところには、賀状の代わりに季節の挨拶状でもお届けすることにしよう。
2006/11/08/(水) 自然の驚異
北海道佐呂間町で9人が死亡した竜巻、新聞報道をみてあらためて、そのすごさに驚く。
時速70−90キロ、発生後1分程度で被害の大きかった若佐地区を通過したと推定されるそうだ。被害範囲は最大幅約200メートル、長さは約1キロだった。亡くなった方々のご冥福をお祈りしたい。
アメリカでは、年間1000個ほどの竜巻が発生しているそうだ。しかし、今後100年後には、異常なほどの数で竜巻が起こるという。
体育館ほどの建物の中に設置されたスーパーコンピューター(普通のパソコンで、14万時間もかかる計算を、わずか1秒でやってのけると言うほどの能力がある)が今後の地球の異常気象をシミュレーションした。
二日ほど前、TVの深夜番組で見たばかりだ。
二酸化炭素の排出量の増大とともに、地球の温暖化が進む。今後、100年間で地球の温度は4〜5度、上昇するそうだ。それにともない、気象にも異常が起こる。
秋からいきなり春になり、夏が半年も続くというのだ。熱波で、多くの動物が死ぬという。勿論、人間とて例外ではない。
そして、台風が巨大化するというものだ。自然の驚異と言うが、実はその自然を壊しているのは他でもない我々人間だ。
が、凡人故に、100年後の世界を実感として描き切れない。
2006/11/09(木) 鬼灯(ほおずき)
鬼灯(ほおずき)は、秋のものだろうか、それとも夏のものだろうか。
WEBで「ほおずき」を検索すると、浅草のほおずき市が出てくる。
見事な、ほおずきの写真がこれでもかとばかりにアップされている。このほおずき市は、有名らしい。
しかし、個人的な感覚的では、「ほおずき」は、秋の風物詩のような気がする。
ほおずきの実を掌でもみほぐし、軟らかくしてから破れないように中の種をほじくり出す。
苦みのある汁とともに、種を少しずつ唇で吸い出すのだ。
これが結構難しい。気が焦ると、破れてしまう。
長い時間をかけて、すっかり中の種を取りだし薄い皮状になったものを口に含む。舌先で操りながら、ぎゅうっと絞り込む。うまくいくと、「きゅうー、きゅうー」と音がする。
ところが、これが簡単なようでなかなか上手くできないのだ。同級生の女の子達は、これが上手だった。
最近の子ども達は、そんな器用なことが出来るのだろうか。ほおずきを見るたびに、子どもの頃を思い出す。
「鬼灯の硬き袋の紅深し」 富安風雨
2006/11/10(金) 南極に立つ女性7人
『1957年2月15日。13:30、「宗谷」とわかれる。これで、はじめてわれわれ11名だけになった。』 「南極越冬記」<西堀栄三郎著・岩波新書>の書き出しの部分である。
この日から、翌58年2月24日まで1年間の生活記録が続く。
日本で始めての第1次南極越冬隊11名を南極に運んだのは「宗谷」。その「宗谷」の辿った数奇な運命が、今朝の道新・卓上四季に掲載された。
もともと、70年前に旧ソ連政府が長崎の造船所に発注した船で、ソ連共産党を示す「ボリシェビキ」の名が付けられていた。
国の意向でソ連には結局引き渡されなかった。それから、様々な運命を経ながら、南極越冬隊を運ぶ役目を担った。
砕氷能力を高める大規模な改造をしたが、不十分で氷の海に閉じこめられ、他国の船に救出されたりもしながら、しかし、ともかく任務を果たし11人の越冬隊を南極の地に送り届けた。
「南極越冬記」は、一年間の生きて日本に帰れるのか、という生活内容が赤裸々に描かれている。
今年、第48次隊としての越冬隊の中には、7人の女性が参加するそうだ。
第一次越冬から50周年、「南極越冬記」を書いた西堀が生きていれば、どんな感想を語っだろうか。
2006/11/11(土) 合唱のつどい2006
生憎の雨模様、観客の入りを心配しながら入ったが、それは杞憂に終わった。
会場の登別市市民会館は、満席と言うほどではないにしても、駐車場はびっしりと車で埋まっていた。
白老に出かける途中で立ち寄った程度だから、多くは聴くことが出来なかった。
しかし、いつものように楽しいプログラムが繰り広げられていた。
シルバーHGは、「僕等(おじさんたち)のヒーロー」。
鉄腕アトムにはじまり、鉄人28号、ジャングル大帝、ウルトラマンの歌、行け行け飛雄馬、タイガーマスク、レッツゴー!ライダーキック、ガッチャマンの歌、そして戦艦ヤマト。
昭和40年前後の懐かしいヒーロー達の登場に会場が湧いた。
次回予告まであった。来年は、時代劇のヒーロー(?)が登場とのことだ。
一年後を楽しみに待とう。
2006/11/13(月) タイヤ交換
腰が痛い。タイヤ交換をしたせいである。
いつか、急に寒くなるのではないか。そう思いつつ、それでも、まだ大丈夫だろうとたかをくくっていた。ところが、寒さはやはり急に襲ってきた。
昨夜遅く、何気なく外を見てみると激しく雪が降っていた。
今朝は、なんとか持ち直したものの、この辺が頃合だと観念してタイヤ交換に踏み切った。ここ2,3年の記録からは、一週間程度早い。
それにしても、タイヤ交換をしたのは久しぶりである。
デリカに乗っていた場合には、車体もタイヤも重く、個人で交換することははなから諦めていた。今の車は、それに比べれば比較的簡単である。
それでも、業者に依頼していた。だから、もう15年近くは自分でタイヤ交換をしていない勘定になる。
運動不足解消を兼ねて取りかかった。手動のジャッキ、手回しのハンドル。着込んだ防寒対策のジャケットは余分だった。寒い日にもかかわらず、すぐに汗が吹き出てきた。
取りかかれば、結構スムースにすんでしまうのだ。
見れば、ご近所さんも交換の最中である。会釈をしつつ、互いに汗をかきながらのタイヤ交換であった。
2006/11/14(火) ご冥福をお祈りいたします
「長いなあ…」 弔問客から、不満の声が聞かれた。
一時間半を超える通夜、苫小牧地方ではこれが普通なのかと思っていたが、不満の声が洩れるところをみると、そうでもないらしい。
最近の通夜、余程のことがない限り、おおよそ一時間で終了する。弔問する側にも、そうした暗黙の認識があるから、延々と続く僧侶の説教には、ブーイングこそ起こらないにしても評判はよくない。
故人の冥福を祈る場にふさわしくない空気が流れることになる。
お寺さんの話も、故人にまつわる話から大きくはずれてしまうケースもままある。
思うに、お寺さんは説法をする場所を失いつつあるのではないか。かつては、多くの檀家さんがお寺に集まって僧侶の説法を聞くという場があった。宗祖の偉大さを含め、念じる心の大切さを説く機会も多かった。
最近は、きっとそうした場が少ないに違いない。
お通夜の席は、日頃溜まった思いが一気にあふれ出る。とうとうと自説を述べ、喋ることに陶酔しているかのような僧侶の姿をみると、そんな嫌みの一つも言ってみたくなる。
「まあ、勘弁してください…」 祭壇に飾られた故人の穏やかな顔は、そう言って弔問客に謝っているように見えた。
2006/11/15(水) 自然の驚異
つい先日、竜巻による被害が出たばかりである。今度は、地震だ。
今日、午後8時15分ごろ、マグニチュード=M=8.1の強い地震があったそうだ。こちらでは、体感震度は感じなかったが、震源近くの根室などでは相当な揺れがあったのではないか。
津波警報も発令された。登別を含む太平洋沿岸にも、津波注意報が出た。幸いこの地区には、これまでにもあまり大きな津波は観測されていないようだが、安心はできない。
TVでは、避難住民の状況などを伝えているが、いまのところ被害の報が出ていないのが救いである。
1週間前に竜巻被害を受けた佐呂間町の佐呂間漁協によると、津波警報を受けて高台に避難するとともに、漁船は港外に出すよう指示をした。
佐呂間町は避難勧告を出し、小学校の体育館などに避難所を設けたそうだ。
相次ぐ自然の変動に、心身の疲労は計り知れないほど大きなものがあろう。物心両面の支援が必要だ。
北海道は、これから寒い冬にむかう時期だ。家屋への被害がないことを祈ってやまない。
2006/11/16(木) ボジョレ・ヌーボー発売
今年のフランス産の新酒赤ワイン「ボジョレ・ヌーボー」が発売なった。例年ほどの騒ぎはないが、新聞でも先月あたりからボジョレ・ヌーボーの記事が多くなった。
ワイン通ではないが、人並みに飲んでみたくなりマス蔵に立ち寄った。
入口近くに、ずらりと並んでいた。どれが美味しいのかも、どれがお勧めなのかもわからない。
適当に選んで、2種類のボジョレを購入した。
口を切った1本は、アルベール・ビショー社とある。口当たりは柔らかい。新酒らしく、さらっとした味わいである。
今年は、ブドウの成熟期にあたる6−8月にかけて、暑い日と涼しい日が適度にあり、品質はいいのだそうだ。ただ輸入量は、一時期のブームも過ぎたのか昨年を下回るという。
日本でもフランスに負けるなとばかり、甲州産も売り出し中とのことである。
ビール、日本酒、焼酎、ウイスキー、それにワイン、左党はなにかと口実をつけて飲みたがるものである。
「すぐ醒めてよかりボージョレヌーボーの酔」 後藤比奈夫。
2006/11/17(金) 民謡の仲間が逝った
また民謡の仲間が一人逝った。享年83歳。10ヶ月の患いだったそうだ。
場に、その人がいるのがすぐわかるほど大きな声の持ち主だった。深いつきあいはなかったが、親しみの持てる人柄だった。
僧侶も、ご遺族も、参列者も、そして葬儀委員長もみんなが民謡好きだったその人柄を思い、冥福を祈るに相応しいいい葬儀だった。
僧侶の話もよかった。メリハリが利いて、聞く人の心にしみる内容だった。
読経も落ち着いた声で説得力のある読経だった。感心したのは僧侶の読経の姿勢である。背筋をのばし、しかも経本を閉じたままである。
僧侶がお経をそらんじている。当たり前といえば当たり前かも知れないが、最近あまり見かけないような気がする。
お経は、「正信偈」。浄土真宗のお経で「しょうしんげ」と読む。おおよそ、740字からなるお経である。きっと、日々の読経を怠らないのであろう。
当方は、聞き慣れた「般若心経」ですら覚えきれない。
お経の内容は理解出来なくても、書かれたお経の一文字一文字が伝わって来るような読経だった。
故人の耳にもきちんと届いたに違いない。
2006/11/18(土) 人を見たら…
町内会のふれあい会食会があった。これは、一人暮らしをしておられる高齢者の方々を囲んで一緒に食事をしようという趣旨のものである。
町内会の福祉部と婦人部が中心となって準備する。
弁当に加えて、婦人部手作りの豚汁、煮物、サラダなどが食前を賑わせる。参加者にも好評だ。勿論、お茶、ビール、それに焼酎、日本酒も用意されている。
一人暮らしで、普段不便に思っておられることなどをお聞きしながら町会として何が出来るかを考える。
今日は、会食に先立って消費者協会の幹部の方に来ていただいてお話しを伺った。テーマは、だまされないための十ヶ条。「うまい話はこの世にない」などである。
確かに、高齢者をねらった悪質商法があとを絶たない。教育の現場でも知らない人には注意を…と教育している。
しかし、だからといって、どこでもかしこでも、人を見たら泥棒と思え式の話はどうかと思う。
お互いに信じ合える人間社会を築くためにどうするべきかという話をするべきではないのか。
やや、気の重い会食会であった。
2006/11/20(月) 社長はもう少し厳しい方が…
埼玉県の酒 「社長の酒」 辛口の厳しい酒かと思いきや、心優しい社長さんだった。会社の経営は大丈夫だろうか。
ホテル平安で、恒例の銘酒を楽しむ会があった。
輪になったのは、申し合わせた I さん、O さん、K さん、Y さん、それに、後から加わった K2 さん。
Y さんは、女性ながらなかなかの日本酒通である。小生はもとより、日本酒に強い I さん、 O さんもたじたじの態だった。
聞けば、日本酒のみならず、ビール、ワイン、焼酎、いずれにも一家言の持ち主。ただの酔っぱらいの当方としては、なす顔なしである。
人は見かけによらない、話してみなければわからない、そんな思いを新たにした会合だった。
会話も弾んだ、とりわけ、後から加わった K2の独特のこだわりも披露されて楽しい会だった。
しかしこの席に、我が市議会を代表する酒豪の I 議員の姿が見られないのは、いかにも寂しい。
帰途のタクシーに同乗させていただいたお返しも含めて、ビアホールを皮切りに輪西の街を練り歩こうと約束した Y さんとの席には、 I さんも、 I 議員も是非ご一緒お願いしますねえ。
2006/11/21(火) 登別市文化協会のホームページ
登別市文化協会のホームページ開設に向けて準備中である。
傘下団体の紹介欄、連絡先、入会案内などをアップする。登録されている、各団体のふれあいデータバンクも載せたい。
勿論、団体の各種事業計画、事業報告も逐一アップする予定である。
そのためには、当面、事業を行った団体からの資料提供も積極的に寄せてもらう必要がある。事務局が、新聞記者並みに記事をとり歩く余裕があればいいのだが、今の体制ではそれは無理である。
登別市文化協会には、35団体が加盟している。
各団体が競って、イベント内容のアップを求めてくるようになるのが理想である。
さらにいえば、登別市文化協会事務局に提供した情報のアップでは物足りなくなって、各団体それぞれが自分の会のホームページを開設してリンクをはるようになればいうことはない。
調べたところによると、文化協会なり文化連盟でホームページのアップをしているところは、道内では少ないようである。
今年末までには、アップしたい。乞、ご期待。
2006/11/22(水) 議会をより理解してもらうために
まずは第一段、市民への説明の皮切りとなる議会改革の内容説明会が行われた。
対象は、連合町内会の幹部の方々である。20名弱の参加があった。
議会改革に向けての議会の取り組みは今回が初めてではない。どの時代にあっても、常に議会はどうあるべきかについて検討し、議会改革に取り組んできている。
その全てを限られた時間で説明をすることには困難さが伴う。
今日の説明は、議会側の経費節減に向けた取り組みのみが強調されたきらいがなかったわけではない。説明後の質疑にもその点を指摘する声があった。
行政側と市民との協働によるまちづくりの重要性が問われているように、同時に議会側も市民と協働によるまちづくりを目指している。
ややもすると、行政と市民のつながりのみが強調され、議会の存在が軽視される風潮にあるのは残念である。
そんな中にあって、今日の質疑の中で、今の時代こそ議会の重要性が求められているのではないかとの発言があったことは、意を強くする思いであった。
真の意味の協働とはなにか、が問われている。
2006/11/23(木) お互い清潔に使いましょう
小学生など、男の子ども達の小用姿にはある共通した姿勢がある。これでもかとばかりに便器に近づいている。まるで、便器の中に身体をくっつけているような姿勢である。
なんでこんな姿勢をとるのか。
思うに、放水口となる蛇口を見られたくないからであろう。男の子同士なら、別に隠す必要もなかろと思うのだが、恥ずかしさが先に立つのだろうか。
昔のように、仕切のないトイレならどうするのだろう。きっと、トイレに行かないに違いない。それでなくても、学校のトイレでは用を足さないという子がいると聞いている。
最新式のトイレを設置した学校では、汚したりいたずらが減少したそうだ。学校だけではない。清潔なトイレがある会社は、社員のモラルが高いそうだ。
今や家庭ではウオッシュレットトイレが当たり前である。
ところで、用を足す姿勢だが、男性も高齢になると子ども達と同じような姿勢になる。つまり放水圧が低下して、遠くまで届かず便器の手前を汚すケースが多くなるのだ。
年齢を重ねるとともに、また子どもに帰っていくのか。
時々利用する集会所のトイレにこんな落首があった。
「急ぐとも心静かに落ち着いて あたりに散らすな朝顔の露」
2006/11/24(金) やや風邪気味である
暑い夏が去り、いつのまにかコートをまとい寒さに身を縮める季節になった。半袖から長袖へ、薄くて軽い背広からぼってりと厚めの上着に変わった。
変わったのは身につける物ばかりではない。食べ物の変化もある。
例えば酒のつまみ、さっぱりとした冷や奴から暖まる湯豆腐へ。鍋だってそうだ。この時期になると、口の中がかーっと熱くなるキムチ鍋が恋しくなる。
酒だって、そのうち熱燗が欲しくなるに違いない。
極端に変わったのは、飲む水の量である。
人間の身体は、約60%が水分でできているそうだ。そのうち、わずか5%でも不足すれば頭痛や体温上昇、脈拍上昇などの症状を起こしてしまうという。
500ミリリットルのペットボトル2本は欠かさなかったのに、最近は1本はおろか半分にも届かないことが多い。
出る汗の量が激減しているのだから、摂取量が減るのは当然といえば当然である。
ただ、夏と違ってやたらと喉の渇きを覚える場所もある。
たとえば車の中、ヒーターをいれるせいで車内が乾燥するからだろう。犬ではないが、鼻が乾くのは不快である。飲む量は少なくても、必要量だけは補充することにしよう。
2006/11/25(土) 来年に向けて
所属しているゴルフ同好会の納会があった。総勢約 30 名。そのうち、シングルが 5 人。かなりレベルの高いグループである。
年間優勝者は、平均ネット 74.0 のMさんだった。今年は調子が良かったと、優勝者の一言を求められて述べておられた。
ハンディ 26 の割には安定したスコアの積み重ねの結果だった。
次いで良かったのは、平均ネット 75.8 のKさんである。この人はシングルの腕前である。スコアに波がない。スイングの連続写真を撮らせていただいたが、さすがに見事なスイングである。
そのKさんですら、週に2度の練習は欠かさないという。
プロについてアドバイスも受けているそうだ。常に、やや高めの目標を掲げてそれに向かって努力する。その姿勢が必要だ、と熱っぽく語っておられた。
我々から言わせればはるかに高いレベルにいても、決してこれで良しとしない。その姿勢には見習うべき多くのものがある。
年間スコアがまとめられた一覧表を見ながら反省しきりの納会であった。
2006/11/26(日) データの検索
パソコンに取り込んだデータなら、どのファイルにしまい込んでいても、どんな古い資料でも、検索すれば一発で出てくる。
ところが、スクラップブックに貼り付けた資料を欲しいときに見つけだすことは、かなりの困難さが伴うことに気が付いた。
たしか何処かにあるはずだと思うのだが、欲しいと思う時ほど出てこないのだ。スクラップブックの数が増えれば増えるほどその傾向は強くなる。
いま、それらのインデックス作りの最中である。一冊ずつ、そして一頁すつめくりながら資料名をパソに打ち込む。やっと半分ほど進んだところである。
その行為を続けながら感じることがある。これは、と思って切り取ったスクラップも、後からみるとあまり役立たないものがかなりの量を占めるという事実である。
しかも、最近ではそれなりの対価さへ支払えば、新聞のデータは自由に検索出来るシステムが構築されてもいる。
そういった意味では、切り抜きに疑問を感じないわけではない。
しかし、便利さが全てでないことも事実だ。溜まったスクラップブックを、一枚一枚めくりながら古い資料を読むのも、これまた楽しいものである。今はもう少し続けてみようと思う。
2006/11/27(月) すざましい汗の量
久しぶりにどっぷりと汗をかいてきた。ほぼ、4ヶ月ぶりである。
例によって岩盤浴。5分−10分−5分のインターバル うつ伏せ、仰向け、そして休息 これを3回繰り返す。
充分に身体の火照りをさまして乗った積もりだが、帰途の運転中でもまだ汗が噴き出てくる。
あちこちに新しい岩盤浴の看板が出ているが、行きなれた「K」が、気がおけなくていい。同じような思いの人も多いのか、結構な混み具合である。
夕刻の食事の時間帯がねらい目である。その前でも後でも混んでいる。来ている人は様々、年齢、男女を問わない。若い女性もいれば、勿論年輩の方も。
週に一度は身体を動かして汗をかく機会もあるのだが、この岩盤浴で出る汗の量は半端なものではない。身に着けているものは勿論のこと、下に敷いているバスタオルにも汗がしみこむほどである。
勿論、充分な水分補給を忘れてはならない。持参したペットボトルは、帰りには空になるほどである。
にもかかわらず、帰り着いてのビールの味はまた格別である。
いえいえ、決してビールのために岩盤浴に通っているわけではありませぬ。
2006/11/28(火) 困りもの
どこの町内会にも、町会長さんや周囲の人が人知れず苦労されている問題があるようである。
町内会の行事に非協力的であったり、和を乱すような言動であったり、挙げ句の果てには町内会から離脱してしまうような人である。
声高に協働のまちづくりと言わなくても、日本人にはもともとお互いが協力しあい、支え合うという血が脈々と流れていたはずである。
味噌を借りたり、頂き物のお裾分けをしたり、一膳の飯でさへ隣の家同士で行き交うものだった。
それがいつの頃からか、物の豊かさと引き替えに心の豊かさを失った、と言われるようになった。
ある方から電話をいただいた。空き家の窓が壊れ、猫が住みついた。それも一匹や二匹ではないらしい。辺り構わず糞はする、尿はする。嫌いな人には耐えられない臭いである。
空き家になるには、それなりの理由もあるのだろうが迷惑するのはその近所に住まわれる方々である。他人の家だから、勝手な手出しも出来ない。困ったものだ。
さらに困るのは、住人がいてごみ屋敷と化している家である。我が家のことに口だしするなで済む問題ではない。
いかに貧すれど、他人に迷惑をかけないという最低の気配りだけは、心の中に残しておきたいものである。
2006/11/30(木) 漆塗りのデジカメ
松下電器産業の子会社「松下ネットワークマーケティング」が、デジカメを売り出した。デジカメを発売すること自体は珍しいことではない。
目にとまったのは、「漆塗り」をしているという点だ。限定販売で、500台。価格は、5万9800円という。
漆は、ジャパン名で知られる日本の伝統工芸品である。かっては、お汁碗としても広く用いられていた。いつの頃からか漆器は高級品となり、庶民の手から放れていった。
使い込むほどに漆の味わいが出てくるし、堅牢である。
韓国の楽浪遺跡での出土漆器は、「二千年以上泥水に漬かっていた漆器は 少しも腐ってなく、泥を取り去ると光沢さえも残っていた」そうだ。
デジカメは、手元において使う品物だけに使い込むほどに表面に深みが増してくるに違いない。その変化の過程を楽しむことも出来よう。
ただ、心配なのは味わいが増してくるほど使い込む前にソフトが陳腐化することである。表面の味わいを楽しむためだけに、古くなったデジカメを持ち歩く人もいまい。
ここはひとつ、性能のアップデートが出来るような配慮を含めて販売したらどうだろう。