・・・くま日記・・・
2006/09/01(金) 姉妹都市・白石市の観光と物産展
一年ぶりに会う顔、比較的最近お会いした顔、懐かしい顔が揃った。「姉妹都市・白石市の観光と物産展」 歓迎交流会が開かれた。
刈田神社の祭典期間中に開かれるこの物産展は、迎える市民の間では毎年好評である。酒、漬け物、こけし、米などなど白石市を代表する物産が持ち込まれる。毎年、ほぼ完売だという。
今回も、白石市風間市長さん始め多くの方々がおいでになった。
比較的天候には恵まれない刈田神社のお祭りだが、今年の天気予報では好天が予想される。
実は、この刈田神社のお祭りには、我がボーイスカウト登別第1団でも出店する。
天候は、気になるところである。生ビール、焼き鳥、トロピカルサワー、おでんなどを提供するのだが、天気次第で売り上げが大きく左右される。
遠く、白石市から来られて方々の物産展出品の完売も願うところなら、弱小団体のささやかな資金造成事業の成功も祈りたいところである。
いずれにしても、市民の参加がなくては話にならない。多くの方々のご来場をお待ちしています。
2006/09/04(月) 刈田神社の祭典
肩、腰、腕 あちこちに筋肉痛が残っている。本格的な痛みは、恐らく明日か明後日がピークだろう。
9月2日(土)−3日(日)と、刈田神社のお祭りだった。
例年通り、ボーイスカウト登別第1団も夜店を出した。資金造成のための大きな事業の一つである。
二日間とも疲れてしまって、HPのアップが出来ないほどだった。
初日は午前8時倉庫集合、テント、テーブル、ガスコンロなどなど資機材の搬出。午前中にテント内の準備が整った。
後は、裏方に徹して焼き鳥の下ごしらえだ。午後9時過ぎまで、炭火の熱と煙に燻されてひたすら格闘。
コンロのサイズが小さいこともあるが、一日分2,000本焼くのに4人がかかりっきりだった。
祭典の渡御には、毎年鉱山獅子舞も参加する。二日目は、その獅子舞の笛を終日担当。写真は、友人が撮影してくれたものである。
天気が良すぎて、午前というのにすでに左腕には日焼けの前兆がみえる。今日は、顔がひりひりする。
鉱山獅子舞のメンバーも、常に同じ。
昨年は、獅子2頭のからみあいを演ずるほどの人数が集まったが、今年は1頭がやっとだった。
いかに継承するか。いつもの課題が残ったままだ。
2006/09/05(火) 音源のCD化
昔、音楽と言えばレコードかラジオで聴いていた。
カセットレコーダーを手に入れてからは、お目当ての曲を録音するようになった。あるいは、どこかの会場にカセットレコーダーを持ち込んで録音した。
結構な数になっていると思われる。数えたこともない。しかも、90分テープとか120分という長時間テープに入れてあるから、昔の音源を探すのは一苦労である。
たしか、あの曲も残っているはずだと思っても、とても探して聴いてみようという気にならない。
その点、CDとかMDは簡単である。一発で頭出しが出来る。
せっせとため込んだアナログの音源を、なんとかデジタル化する方法はないものか。ずーっと、そう思っていた。簡単ではないだろうな、どこか店にでも頼めば可能かもしれない、諦めかけていた。
ところが、どうもあるらしいのである。アナログの音源を一旦パソコンに取り込み、CD化する方法があるのだという。
しかも、音楽編集ソフトを使えばノイズもある程度除去できるのだという。ヒントの一つは、ICレコーダーだという。
ここはひとつ、調べてみる価値はありそうだ。さて、周囲に詳しい人は…?
2006/09/06(水) おめでとうございます
「ご苦労さまでした」 「帰って参りました」 秋篠宮さまと紀子さまの交わされた言葉だそうだ。
なんともいい言葉ではないか。秋篠宮さまのねぎらいと、愛する夫の優しい懐に飛び込まれる紀子さまのご心情がよくあらわされている。
「紀子さま男児ご出産」の文字が踊った。
折しも、両陛下は北海道においでだ。多くの道民の祝福もお受けになって、お慶びもひとしおに違いない。
新宮さまのお名前はどのようなものになるのだろうか。お健やかな成長を願ってこれから様々な儀式が予定されているときく。
「命名の儀」は、12日だそうだ。そのころには、お顔も紙上でお目にかかることが出来るのであろうか。楽しみなことである。
先ほど、東京の友人から電話があった。昨日の「くま日記」 アナログデータのデジタル化に対するアドバイスである。使用しているソフトについては、今朝メールが届いていた。
様々な方から情報が届く、うれしいことだ。
うれしいと言えばこの友人、実は、と話し始めた。実は、紀子さまのおめでたと同日、お孫さんご親王に恵まれたというのだ。偶然とはいえ、これまたおめでたいことである。
10月には、来蘭が予定されている。様々な話題で賑わうことだろう。楽しみなことである。
2006/09/07(木) 存続運動
「存続運動が拡がらない」 そんな記事が載った。国が売却を求めた北海道厚生年金会館である。
存続を求めて道内の文化団体などは「存続を願う会」を設立して募金を呼びかけている。目標額は、1億円。しかし、その額ははるかにすくない300万円しか集まっていないという。
道内の文化団体にとって、厚生年金会館の舞台はあこがれの場所である。
地方の小さなホールと違って、二千を超える客席をはじめ様々な施設の充実ぶりは素晴らしいものだ。あこがれのその舞台に、一度は立ってみたいと自分の技術を磨く者も少なくない。
札幌から、もうひとつ大きなホールが消える。札幌市民会館である。
老朽化による耐震強度不足などの理由で来年3月閉館される。もっとも、こちらは本格的な新会館が建設されるまでは「暫定ホール」が跡地に建設されるという。
現会館の代替機能を持たせるというが、現会館の解体に2億円、暫定ホール建設に13億円を見込むという。さらに、新市民会館建設までには十年あまりはかかるとされている。
ならば、厚生年金会館を暫定ホール代わりに使用したらどうだとの意見も出ている。ここはひとつ、この案に乗ってみるのもいいのではないだろうか。
2006/09/08(金) 特訓中
あちこちで特訓中である。札幌で、白老で、伊達で、そして勿論、室蘭、登別でもである。
9月の江差追分全国大会も間近い。
プログラムも、大会のポスターも送られてきた。選手は、その送られてきたプログラムに目をやりながら徐々に精神力を高めていくことだろう。緊張の度合いも増して来るに違いない。
出場する選手は勿論のこと、指導者も仲間も気持ちが一体になるのもこの時期だ。
大会で、いい唄を心おきなく唄って欲しいと周囲も気を遣う。風邪気味の人は、選手にうつるのを恐れて練習会場にも姿を現さない。練習会場でも、自分のことはさておき選手に一回でも多く唄う時間を与える。
指導する側にも力が入る。細かい部分の詰めを、何度も何度も繰り返す。
伴奏をしていると、選手の唄の仕上がり具合が手に取るようにわかる。唄と尺八が、互いに気持ちよく調和しているときはうまくいっている証である。
なにかしっくり来ないと感じるときは、リズムが悪かったり、音程が微妙に揺れ動くときだ。勿論、伴奏が悪くて唄が乗り切れないときもある。
心・技・体。唄う選手だけでなく、伴奏者も体調管理に万全を尽くさなければならない。
2006/09/10(日) お疲れになったことでしょう
F田さん、弘前にはお着きになったでしょうか。
わざわざ、第2回 明暗虚竹会吹禅の集いにご参加くださりありがとうございました。
折しも、師丹羽法堂の3回忌でもありました。
今後の会のあり方についても貴重なご意見をいただき感謝しております。
師の逝去後、会が崩壊せずになんとか細々とでも勉強会を続けてこれたのは、ひとえに代表の T や、 K の努力の賜ではありますが、F田さんのように遠くから陰に陽に支えてくださる方がいらっしゃるお陰でもあります。今後ともよろしくお願い申し上げます。
さて、昨夜は、久しぶりに名手の笛の音を堪能させていただきましたし、また、本物のコミ吹きに感銘を新たにしました。
やはりいいですねえ、あの、どっ、どっ、どっと腹に響くようなコミ吹き、これぞ津軽藩の武士の気概とでも言うような気迫が感じられました。
少しさぼっていた本曲をやり直そう、その思いを強くした一夜でもありました。
途絶えていた演奏会も再開しようとの気運も盛り上がってきたようです。また、ご一緒していただけるとうれしいのですが…。
お疲れのことと存じます。ごゆるりと疲れをお癒しください。ありがとうございました。
2006/09/11(月) 新聞の文字
今日は新聞の休刊日だった。朝起きて、手にする新聞が無いのは寂しいものである。
普段はあまり感じないのだが、ないとなるとどうにも手持ちぶさたで格好がつかない。朝、テレビをみる習慣はないから余計にそう感じるのだろうか。
いつもは時間の許す限り、じっくりと3紙に目を通す。時間がないときは、とりあえず気になる記事に赤鉛筆でマークする。この時使うのは、三菱のDERMATO GRAPH である。
読みたい記事に、これで、ぐいっとかぎカッコをつけておく。同時に印をつけたページを一面の上の余白に記入しておく。スクラップにしてとっておきたい記事も同様の扱いである。
夕飯時に再度読み返し、必要と思う記事を切り取りスクラップに貼り付ける。
ところで、朝日新聞は今日の夕刊から文字が変わった。お気づきだろうか。2001年4月以来の変更である。
今回の変更は文字が大きくなったわけではない。
朝日によれば、文字の横の線がわずかに太くなったという程度だ。比べてみなければわからないほどの変化だが、確かに文字がくっきりとしたような気がする。
いまは眼鏡が離せない。読みやすくなったのはありがたい。が、読みたくなるような記事であることが第一条件であることは論を待たない。
2006/09/12(火) 鷲別岬は島だった?
登別市内には、27箇所の遺跡があるそうだ。
「登別の縄文遺跡から」と題して、室蘭民報に登別市の学芸員菅野氏の解説が載った。
遺跡のほとんどは、道央自動車道の工事に伴って発見されたものだという。従って調査後埋め戻され、現在目にすることが出来ないものも多い。
27箇所のうち、唯一貝塚が確認されているのが、鷲別岬の中腹にある鷲別1遺跡と呼ばれるものである。
実は、27箇所の遺跡のほとんどを知らない。実際に目にしたことがある一つが、ここ鷲別1遺跡である。
登別市文化協会40周年記念のプレ事業として、2004年に登別郷土史研究会の街道先生に連れられて訪れたのが最初である。
鷲別岬は、現在では海に突き出た半島の様相を呈しているが、ここの貝塚が作られた縄文時代前期(5500年前くらい?)には、島だったと考えるのが妥当なのだそうだ。
周囲には湧き水もある。海から、あるいは小舟で渡った向かいの陸地(美園の坊主山辺りか?)から採る獲物で生活をしていたなどと言う話を聞くと、集団をなしていた人数は勿論、当時のトイレ事情など興味が尽きない。
今一度、詳しく聞いてみたいものである。
2006/09/13(水) 差し替えは難しい作業だ
現役の頃は、石油関連機器の設計に関わる仕事をしていた。高圧の反応塔(リアクターという)の設計である。
簡単に言えば、輸入された原油から灯油やガソリンなどの製品を作る機器である。
圧力は、200Kg/cm2を超え、温度は、摂氏400度にも達する。塔の直径も2bを超えるものもあり、肉厚も20pはざらである。
材質は特殊鋼が使用される。様々な規格に従って、厳密な計算をした上で肉厚を決める。その他、様々な制約がある。例えば、他機器と接続する部分はノズルと言う突起物が付く。
その突起物の付け根の丸みなどにも制限がある。専門用語で言えば、応力集中を避けるような形状にするのだ。規格や法規などで機器の安全性が厳密に規制される。
計算された結果が図面となって、作業現場へ出る。何度も厳密なチェックの上で出図するのだが、それでも変更が起こりうる。
変更がある場合は改訂版が出され、交換に旧図面は引き上げられる。間違いのない製品を作るためには、古い図面が残ることは許されない仕組みが出来上がっている。
今日、登別市で発行した防災マップの改訂版配布の方向が示された。間違った情報が家庭に残らないような方策が求められる。
これは簡単なようで、なかなか困難な仕事である。各家庭で混乱をきたさないような手法を求めたい。
2006/09/18(月) 次は、動?
作品が届いていた。約半年間の受講の成果がまとめられたものである。
6回参加の機会があったのだが、結局4回しか出席できなかった。毎回、作品の提出が義務づけられた。最終回は、提出した作品を形にする作業だったのだが出席できなかった。
送られてきた作品集には、12名の作品が載っていた。毎回提出した中から、受講生本人が選んだこれぞと思うものをまとめたものだ。
生徒はもっと多いはずだった。何人かは、作品の提出を拒まれたのだろうか。
道新文化センターが開催する講座、料理、語学、自然観察、コミュニケーション、文学・教養、書道・絵画、華道・茶道、舞踊、手工芸、服飾、音楽、スポーツ、趣味など種類は豊富である。
曜日も、月曜日から土曜日まで。時間帯も多様、自分の好きな時間帯にあわせて選択することが出来る。
ちょっと変わったところでは 「日本酒 味わいのコツ」 なんて言うのもある。が、さすがにこれだけは時間帯は夕刻である。昼間から、燗酒でぐいっというわけにはいかない。
今回受講したのは、いわば「静」。次回は、「動」に類するものを受講してみようかと思っている。
2006/09/19(火) ボルタ
手に入れたいと思いながらいまだに入手できないものがある。室蘭市の町おこしグループ「てつのまちぷろじぇくと」が作成している「ボルタ」である。
そのユニークな形と、手作りの暖かい作品が好評で発売と同時に売り切れるという。
実は、手に入れるチャンスもあったのだ。今月の9日、10日と輪西町で開かれた「アイアンフェスタ06」の会場で売っていた。
しかし、形のいいものはすぐに売れるとみえて目指すものがなかった。気にくわないものを購入する気にはなれない。
それに、実は、同じ会場で別の素晴らしい製品を見つけたのだ。大きさは、ボルタよりはるかに大きい10p大のものだが、ドラムセットを前にいまにも演奏を始めようとする姿勢のものである。
「これだっ」 とばかりに、交渉したのだが残念なことに非売品だとのことだった。
なんとか売ってもらえないかとねばり強く交渉するも成立せず、断念。が、部品が揃うようなら製作してみようというところまでこぎつけた。
ただ手作り故、同じ製品は出来ないがいいかという。
勿論、承知の上だ。いつ完成するかもわからない。いや、待っていても出来ないかもしれない。
いまは朗報が届くのを心待ちにしている。
2006/09/20(水) 手入れ
人と話をしながら困惑することも多い。その一つは、鼻毛の伸びている人を見かけた時である。
本人は一向に気にする様子はないのだが、話をしながらその状態を見るのは気になるものである。面と向かって鼻毛が伸びていますね、とも言い難い。
相手が、うら若き女性なら尚更のことである。
鼻毛は、鼻から息を吸うときのフィルターの役目を担うものだからないと困る。
汚れた空気にさらされる時間が多い人は鼻毛も伸びやすいそうだ。かといって、人が気になるほどに伸びた鼻毛も考え物である。
鼻毛を指でつまんで引き抜き、ふっと吹き飛ばす豪快な姿を見かけることもあるが、これも人前ではいただけない。ま、ほどほどに手入れが必要なのだろう。
最近、口で呼吸する 「口呼吸」 の人が増えているそうだ。フィルターにかけないで空気を肺に送り込む。
つまり、空気中の細菌やウイルスを直に体内に入れることになる。
いきおい、風邪などを引きやすくなるという結果に陥る。また、口の中が乾燥し、唾液の量が少なくなり口の中の汚れが残りやすくもなるのだそうだ。
ここは、少々鼻毛が伸びてもきちんと鼻で呼吸をすることが必要なようだ。
2006/09/21(木) 第44回江差追分全国大会優勝者は寺島絵理さん
先週の日曜日、第44回江差追分全国大会が開催され寺島絵理さん(写真ー江差追分会HPから転載)が優勝の栄に輝いた。
ご存じの方も多かろう、寺島絵里佳さん、絵美さん、真里絵さん3姉妹の二番目にあたる。
姉の絵里佳さんは、第41回全国大会の優勝者である。江差追分全国大会始まって以来始めての姉妹優勝となった。
この3姉妹、江差追分ではもともと実力者として知られる。
絵里佳さんは、第1回江差追分少年全国大会優勝者、そして、絵理さんも、第3回の優勝者である。
昨年4月、師匠の藤島重悦さんが亡くなられた。一時は、練習する気も失せて放心状態だったという。
姉の絵里佳さん、そして、二人の後を追う妹の真里絵さんと励ましあって唄に磨きをかけた。
そして全国から選ばれて出場した224名の頂点に立った。優勝旗を手にした会場では、透き通った声が朗々と響きわたった。
まだ、若い。一層の精進をされて、いい唄を全国の愛好者に届けて欲しいと願っている。
2006/09/22(金) 唇寒し
世の中、広いようで狭い。そう感じることはままあることである。
例えば、葬儀の席上、意外な顔をみかけることがある。どういうご関係? 実は…、と意外な人間関係に驚くことも多い。
今日の葬儀もそうだった。亡くなられた方の親族側の席に、民謡の大先輩が座っておられた。
挨拶に伺うと、実は、故人は養子に行って名前は違うけど、実弟なんだとおっしゃる。何十年ものお付き合いなのに不覚にも全く知らなかった。
不幸の席だけではない、結婚式の席でも似たような話がある。気が付かないだけで、こうしたことは結構あるに違いない。
結局、どこでどんな方にお世話になっているか知れないということだ。
あそこの店の料理は気にくわない、などと言いたい放題に書いている、このくま日記。ひょっとして身近な人を傷つけているのかも知れないと考えると、いささか怯むものを感じる。
唇寒し… ではないが、以後気をつけて書くことにしよう。
2006/09/23(土) 声のいいのは七難隠す
民謡を始めようと思う人が最初に感じる抵抗は、高い声で唄わなければならない。息をつがないで永く節を延ばさなければならない。
そう言った誤った先入観念にとらわれていることである。
確かに高くきれいな声は、聴いていて気持ちがいい。「声のいいのは七難隠す」と言われるくらいである。しかし低い声には、しっとりとした情感があってこれまた捨てがたい味があるものである。
一方、息の長さはどうか。民謡によっては、一息で唄う長さが決められていて、途中で息を継ぐと唄の情感が損なわれるという理由で長い息を要求される唄もある。
例えば、越中おわら節。上の句の長さは、おおよそ23秒ほどである。江差追分の1節の長さは、おおよそ27秒。これを一息で唄う。
これは結構きついものがある。腹式呼吸で充分に息を溜め込む技術と、出来るだけ無駄な息を使わない発声法が求められる。
何事もそうだが、これを苦もなくやってのける人もいれば、大変苦労する人もいる。
ちょっとしたコツがわかれば誰にでも出来ることなのだが、そのちょっと…がくせ者なのである。
コツを上手に説明できる人がいれば、習いたい。
2006/09/24(日) アンブシュア(口の形)
尺八を演奏するものにとって、歯のトラブルは致命的である。いや、尺八だけではない、管楽器奏者にとっても同じく致命的である。
入れ歯にしてから、音の自由がきかなくなり尺八を吹くのを止めたという人を何人か知っている。
自分の歯で行っていた息流が変わるのだろう。入れ歯にして、見た目は良くなったが音が出ないんだよねーという声を耳にする。
歯科医が、通常診療を行う場合の重要な原則があるそうだ。
「審美的及び機能的欠陥の改善修復をもって良とす…」 つまり、見た目に美しく、会話や咀嚼が良く出来ればいい、というものだ。
人には、その人なりの口の形(アンブシュア)があり、その人その形に合った息流が出来上がる。それが、歯を治療することによって、アンブシュアが変わるのだ。
歯科医には楽器吹奏に適した歯の形はわからない。治療に当たっては充分に話し合った上でお願いする必要があるという。
専門の歯科医が言うのだから間違いはない。「すべての管楽器奏者へ」−ある歯科医の提言−<根本俊夫・音楽の友社>。
幸いなことに、まだ歯のトラブルはない。が、いまの内から、それとなくいい歯科医を見つけておく努力を怠ってはなるまい。
2006/09/25(月) 津軽の唄
久しぶりに津軽民謡の名手 山本謙司の唄を聴いた。名人と言われた 「嘉瀬の桃」 の再来といわれた人である。
軽妙洒脱な話芸とともに津軽の泥臭さをぷんぷんと感じさせる唄である。
どこの民謡でもそうであるが、地元の唄い手にはかなわない。東京の民謡のプロが幾ら頑張っても、九州の唄は九州の唄い手にはかなわない。
とりわけ津軽の唄は、津軽の人間にしか唄えない土地に染みついた臭いがある。
北海道には、津軽につながりも持つ人は多い。アイヤの旋律を聴くと、「血がじゃわめく…」人が多いのはそのためである。
つい先日、「津軽の響き聲 五大民謡歌詞集」 <津軽民謡21世紀伝承会> が送られてきた。
津軽の五大民謡と言えば、じょんから節、よされ節、小原節、あいや節、そして三下がりである。この本には、それらの歌詞総数495編が収められている。
一番多いのは、津軽小原節の165編、少ない三下がりでも14編が収録されている。
すでに絶版となったような古いレコードから、こつこつと拾い上げられた。
津軽民謡を唄う人は、一度は目を通しておくといい。松木宏康、山谷 工、高田 裕 三氏の力作である。
2006/09/26(火) 音源のCD化(その2)
「ため込んだアナログの音源を、なんとかデジタル化する方法はないものか…」 今月5日の日記にそう書いた。
友人とはありがたいものである。すぐさま、情報が寄せられた。同じような悩みを抱え、試行錯誤の後に辿り着いた方法が事細かに記されたメールのやりとりが送られてきたのだ。
お陰で、テープからWAVファイルを作成するところまではこぎつけた。
WAVファイルは、サイズが大きい。ちょっとした曲でも、30〜40MBになってしまう。いまは、パソに取り込んだ曲数が多くないからこれでもいいが、すぐにHDDがパンクしてしまうだろう。
その場合の対処方法もちゃんと書かれていて、MP3ファイルに変換する方法も記されている。フリーソフトがたくさん出ているから、これもなんとかなる。
いまは、これまたフリーソフトで取り込んだ音楽編集ソフトと格闘中である。
使いこなせば、ノイズの除去や音程の補正、あたかも大ホールで演奏したような臨場感溢れる曲に編集することも出来る。まだ、手探り状態だ。
幸いなことに、友人が来月来蘭される。詳しく聞けるのを楽しみにしている。
2006/09/27(水) 遅咲きの月下美人
今年は咲かないのかと思っていた。いつも咲く時期は、7月20日前後である。
やっと、2、3日前から少しずつふくらみ始め、今日、一気に開花した。
昨年までは、7輪咲いたのだが、今年は1輪だけだ。
それに第一、花に勢いが感じられない。もっと、華やかに、そして艶やかに咲くはずである。
昨年、鉢を変えたせいかもしれない。大きさも、いつものほどはない。
ただ、甘い匂いはいつもの通りである。部屋一杯に、甘酸っぱい芳醇な匂いが漂う。
それにしても不思議な花である。たった、一晩の命。明日の朝には、哀れな姿になっているはずである。
誰に見しょとて紅花つけて…… 気づかなければ、しぼんだみすぼらしい姿が残っているだけだ。
それでもいい、自身が納得すればいいとでもいうのであろうか。
2006/09/28(木) 具現化に向けて
やっと具体的な改革案が進みそうである。議会改革検討会議で議論され答申の内容を受けて、その具現化に向けた推進会議が始まった。
ひとつひとつ、事細かに議論が進む。
今日も、議員の傍聴に混じって市民の方の傍聴もあった。
実は、こうした議論の場に身を置くことは大切である。出された結論だけでは理解しにくい部分もあろう、議論の過程を知ることはとても重要なことである。
多くの市民の傍聴を期待したい、と同時に議員の傍聴も求めたい。
あらかじめ会派の中で検討された内容とはいえ、結論が出されるまでにどういった議論がなされたのかという情報を共有する必要がある。
定例会の回数が減じても、議会の権能には支障をきたさない。その手法や考え方を、身近な市民にきちんと説明する責任がある。
推進会議のメンバーは、幸いなことに議会改革に極めて前向きなメンバーばかりである。かといって、任せっきりでいいというものではない。
委員ではないが、最終の結論が出るまでは傍聴を続けるつもりである。
2006/09/29(金) 国大学政策フォーラムin登別
「第一回全国大学政策フォーラムin登別」 今日から、三日間登別市内全域で開催される。
立教大学、同志社大学、京都橘大学の学生が登別市を訪れた。地元からは、日本工学院専門学校の生徒が混じる。おおよそ、80人の学生達だ。
テーマは、「登別市の観光テーマを考える」。
どんなアイデアが寄せられるのだろう。期待するものは大きい。
今夜は、その交流会が行われた。会場となったホテルでは、地元産の食材が提供された。
ジンギスカンも海産物も好評で、用意されたものはあっという間に若者達の胃袋に入ったようだ。
アトラクションの熊舞、会場の後ろの方から登場した「熊」には、「怖い」という声があがった。
大柄な熊には、やや狭めの舞台で演技しにくいのではないかと心配したが、それは杞憂に終わった。
熊舞チーム代表のK松氏が、同志社大のOBというわけでもあるまいが、演技はいつも以上に評判がよく、熱のこもった演技に拍手が鳴りやまなかった。
学生達の明日は、市内でのフィールドワーク。これには、ナビゲーターとして登別市の若い職員があたる。
そして、最終日となる10月1日には登別グランドホテルを会場を移し、最優秀賞目指してグループ提言が行われる。
福祉政策、都市形成、観光など様々な面からの提言が期待される。
今回だけに終わることなく、継続的なフォーラムが開催されることを願う者の一人である。
2006/09/30(土) リップクリーム
きっと、フルートを吹かれる人にも共通すると思うのだが、尺八の吹き手は唇のケアには気を遣う。唇が荒れると、滑らかな音を出すのに苦労するからである。
荒れる原因はさまざまである。
これから向かう寒い風にさらされた時、さらに酒量が過ぎて脱水症状が起きた時、体調が悪くて、唇の周りにヘルペスが出たときなどは最悪である。もはや、ふくよかな音は期待出来ない。
スティック式のリップクリームを使う人もいるが、メントール添加物が多すぎるものは、唇に弛みがきて不適当である。
音楽用とか、薬用とかの名前がついているものはメントール分が少ないようだ。
これまで試してみたのは、「MOLENA」<ゼリア新薬工業>、 「Music Lip」<日本コルマー>、 「レブリーリップ」<大正製薬> 「メディカルリップ」<ロート製薬> などである。
比較的良かったのは、「レブリーリップ」 、べとつかず、メントール分も少ない。残念なことに、販売中止になってしまった。
いま、使っているのは「メディカルリップ」、気温が低いとやや伸びに欠けるが臭いもない。
もっと、いいものがあるかも知れない。他の人は、どのようにしているのだろう。