・・・くま日記・・・
2006/08/01(火) うーん、美味しい
テレビ番組も見るものが偏ってくる。惚れたはれたにはあまり興味がなくなった。歳をとったせいかもしれない。
時折見るのは、グルメ番組である。地方の美味しいもの食べ歩く番組などである。出てくる食材は見るだけでも楽しい。その土地の極め付きの逸品が出てくる。
その美味しさを視聴者にいかに伝えるかは、リポーターの腕の見せ所である。「うーん、美味しい…」だけでは失格である。
言葉よりも、表情が美味しさをより正確に伝えることも多い。口にあわなくて、言葉だけで美味しいと言うときの表情は逆に味のまずさを感じさせる。
それと、リポーターの手の美しさも必要である。アップに撮された手が、皺だらけだったり、染みだらけだったりすると、これまた美味しさが半減する。
今日の、○野ゆう子が北海道を行くは、食材よりも映し出される手の汚さが気になった。こういうときは、あまりアップで撮らない方がいい。
番組を見るのも楽しいが、いただいた美味しいものを食べるのは言うまでもなく最高である。今日いただいた十勝牛のしゃぶしゃぶ、絶品の味であった。
どんな風に絶品かって? 「うーん、美味しい…」
2006/08/02(水) 文化協会のHPを
何年か前からの懸案事項になっている、登別市文化協会のホームページを立ち上げたい。そして傘下35団体の活動内容やデータベースをアップしたい。そう思っている。
方法は二つある。一つは、プロに頼むことである。もう一つは、会員の手作りによるものである。
プロに頼むのはたやすい。出来映えもいいし、短期間で完成出来るに違いない。ただ、それなりの対価が必要である。一方の、会員の手による場合は、やや時間がかかるかもしれない。いずれにしても今年中にはアップをしたいと思っている。
ただ、問題がないわけではない。立ち上げた後のフォローの方法である。メインテナンスも必要だし、なによりこまめな更新が必要になる。
更新のないホームページは、何年も貼り続けられて色褪せたポスターを見るようなものだ。
事務局からの一言、会長日記、各種連絡、加盟団体の活動報告のアップはすぐにでも出来る内容である。
その他、どんなものが考えられるだろう。俳句、短歌、川柳など文芸部門の作品の展示、美術、写真、書道、魚拓など美術部門の作品の展示。
加盟団体の協力さへあれば結構面白い内容に出来そうだ。
まずは、立ち上げることが先決だ。
2006/08/03(木) 汚名挽回(?)に努めねば
「ご苦労様でしたー」 目上だろうが、仲間だろうがついつい使ってしまう。しかし、この慰労の言葉は、本来は目上の人からかけるもの、だそうだ。
じつは30年も前、結婚式の準備委員をやったとき、新婦となる人からこの言葉をかけられて違和感を覚えたことがある。省みれば、自らも多用している。
日本語の誤用が目立つ、と記事が載った。「怒り心頭に達する」や、「愛嬌を振りまく」などは、つい何気なく使ってしまうがこれらは間違いだ。
パソコンで「ごぞんじ」と入力すると「ご存知」とも出るが、これは正しくは「ご存じ」。
「日本語通の日本語知らず」<主婦の友社・川本信幹著>からの孫引き… 「○○さんのご病気のことはまったく存知しませんでした。」 これぞ、まさしく「ぞんち」本来の正しい使い方、とある。
「いっちょういちゆう」と言うから何かと思ったら「一朝一夕」だったり、市井が「いちい」と読まれたりすることは往々にしてあることである。
他人のことは言えない。「憂慮」を「うりょ」と読む失敗をしでかしたことがある。それも大勢の前でである。
こうして毎日、くだらぬ事を書き連ねていると、きっと多くの誤用やとんでもない間違いを犯していることだろう。
深く反省し、汚名挽回(?)に努めねばなるまい。
2006/08/04(金) 暑いなあ
涼しすぎると、今年は夏が来ないのかねえ… と嘆き、今日のような暑さが二日も続くと、「もう、暑さはいらない」。人間とは勝手なものである。
今日、暑中見舞いの葉書が届いた。広島、長崎、沖縄といずれも、夏の暑さでは甲乙つけがたい地方からのものである。
連日、30度を超えています。北海道がうらやましい、とある。先日の沖縄の例からも、その暑さが半端なものでないことは充分に理解できる。
生家には、今もクーラーはない。身内がいなくなったので、最近は生家を訪れることもないが、今なら住むことも出来ないのではないか。
二階の部屋に住んでいた。夜は窓を開け放ち、敷き布団の上にゴザを敷いて寝ていた。冷たさを求めて一晩中ごろごろと反転を繰り返す。眠ったような気はしない。
それでも、明け方4時頃には気温が下がりやや涼しくなる。熟睡できるのは、それからである。2時間か3時間の爆睡。
二階なら窓も開けることができよう、一階ならそれも出来ない。クーラーがなかった時代、人々は夏の夜をどう凌いでいたのだろうか。
2006/08/05(土) カムイ・ヌプリ
「カムイ・ヌプリとは、(神様の・山)という意味であるが、昔は、神霊の存在する山として幌別のコタンなどの人たちが尊んだ山である。」<市史 ふるさと登別>
標高は、750メートルながら、幌別川の背景として、また街のどこからでも眺めることが出来る美しい山として、さらに、多くの市民からも登山の対象としても楽しまれている。
写真は、胆振幌別川にかかる来福橋の上から見たものである。
カムイ・ヌプリを眺める際の、おそらく、誰もが気に入っているビューポイントの一つであろう。
こうして、下から見上げた姿は包容力があってとてもいい。
標高こそ、そう高くはないが、実際に登ってみると鎖場があったり急な坂道があったりで何度登っても飽きることはない。また、登る道すがら見下ろす街は、結構広くて、おっ、これが我が街かと思いを新たにしてくれる場所でもある。
今日のように暑いと、最後の笹道は風が通らなくて汗が目にしみたことだろう。
2006/08/07(月) 非日常の世界を楽しもう
非日常の世界に浸るときは、思いっきりそれを満喫するのがよい。
陽の高い内にチェックイン。
部屋毎に大きな浴槽がある。源泉かけ流し。泉質は硫黄泉。湯船に身体を任せると浮き世の煩わしさを忘れてしまう。硫黄の匂いが心地よい。
特大の窓ガラス越に日和山の煙が見える。
温泉を楽しんだあとは、文庫から書籍を借りて読むもよし、近くの足湯まで散策を楽しむもいい。
女性ならエステもよかろう、岩盤浴もおすすめである。勿論、地下の大浴場もいい。露天風呂で、風の音を聞くもよし。
せっかくの時間だ、なにもせず、惰眠をむさぼりたい。それも自由だ。
眼下を流れる川の音が子守歌代わりになる。
夕食には、たっぷりと時間をかけよう。オリジナルの食前酒、カクテルはグラスの中で色が変化する。
先附、前菜、椀、お造り、しのぎ、台のもの、煮物、酢の物、釜炊きご飯、香の物、止め椀、水菓子。食材に、道産ものが使われているのがうれしい。
今金産長葱、根室産活〆ホッケ、松前産蝦夷鮑、白老産牛ロース、噴火湾産毛蟹、雲丹、伊達産地鶏などなどである。美味しさに舌鼓をうち、会話が弾む。
望楼野口。
午後2時チェックイン、チェックアウトは翌日の午後0時。まるまる20時間の別世界であった。
2006/08/08(火) 一定の答申がまとまった
まずは、ホッとしている。議会改革検討委員会が、一定の答申のまとめにこぎつけた。
定例会を年3回にする、議員定数を削減する。議会のチェック機能の低下につながるのではないか、と心配する市民の声も耳にする。
市民からも非常に注目度の高い検討委員会である。この場に及んで、会派に持ち帰って検討をしたいなどという会派を代表する委員としての自らを否定するような発言があって耳を疑ったが、さすがにそれは否決された。
若干の文言の整理はあるにせよ、何ヶ月もかけて検討された内容だ。答申案をみる限り、議会の権能はさらに力を発揮するものとなろう。
委員ではないが、検討の過程が気になって検討委員会の傍聴を続けてきた。当初あったベクトルの不一致もさすがに、ここまでくると差はない。
この内容は、検討委員会の座長から議長に答申され、形式的には議会運営委員会の場で最終決定される。
若干残された検討課題は、議会運営委員会で設置される小委員会で詰めることになるようだ。小委員会では議論の蒸し返しにならぬよう今回の委員が当たることが望ましい。
答申の内容は、すぐに実践されることになろう。議員一人一人が心して取り組まねばならない。
2006/08/09(水) 悔いのないプレーを
夏の甲子園大会、高校野球の熱い戦いが繰り広げられている。北の白樺学園、南の八重山商工をはじめ、出場校は49校。そのうち、今日で30校が登場した。
残念ながら、北海道の1校 白樺学園はすでに甲子園を去った。しかし、3連覇の期待がかかる南北海道代表駒大苫小牧の出場はこれからである。
高校野球は、実に面白い。先制点を入れたからといって、必ずしも有利とは限らない。ちょっとしたことで、がらっと流れが変わる。
その最たるものは、味方のエラーである。優勢にゲームを支配していても、ちょっとしたミスで一気に流れが変わるのだ。それも、気を抜いたエラーは影響が出るのが如実である。
高校野球の面白さは、全てのプレーに真剣さがあることである。勿論、勝敗にこだわる作戦はあろう。が、真っ向勝負をしてもらいたいと観客は願っているのだ。
今日負けた愛工大名電高・堂上直倫内野手は、今大会屈指のスラッガーの一人である。ここぞと言うとき、敬遠されることも少なくなかった。
今日は、相手投手に抑えられた。それでも、「勝負をしてくれてうれしかったです」と、福知山成美(京都)の投手駒谷を讃えた。
かって、希代のスラッガーを5連続敬遠したチームがあった。あまりにえげつない勝負へのこだわりは、高校野球のファンの顰蹙をかった。
2006/08/11(金) 道南三大祭りの連携
昨日、今日と江差の街は賑やかなことだったろう。江差姥神神社のお祭りである。遠くにいるものもこの日は江差に帰ってくるという。みんなでお祭りを楽しむのだ。
今年は行けなかったが、昨年アップした下町の様子を見返して楽しんでいる。各写真をクリックすると、一連の様子がわかるようになっている。
昨年も書いたが、江差にこんなにも人が住んでいたのかと不思議に思うほどの賑わいである。
昨年、下町の山車巡行を観たので今年は上町の様子を見たいと思っていた。聞けば、今日11日の新地の夜が一番の見所だという。
そう聞いていたので結構早い時期、4月に宿を頼んだのだがすでに満杯とのことだった。泊まって、翌日帰りがけに来年の宿泊を頼んでいく人が大半なのだそうだ。
報道によれば、道南三大祭りが連携するという。この江差、次いでお隣上ノ国のエゾ地火祭り、そして松前の城下時代祭、この三つである。
一つの街の祭典に、それぞれ他の二町の住民が参加するという趣向である。強制される合併促進案なんかではない、心と風土の通う隣人の交流だ。成功を祈りたい。
2006/08/12(土) 尺八ライブ
「はじめて尺八という楽器の素晴らしさを知りました…」 知人からの便りにそう書いてあった。
つい先日、8月4日に尺八演奏家藤原道山のコンサートがあった。
そのコンサートを聴いての便りである。さもありなん、藤原道山と言えば、今若手のばりばりである。数多い尺八演奏家の中でも、恐らく五本の指に入るのではないかと思う。
「島唄」や「花」など身近な曲の演奏もあって楽しめたそうだ。オリジナル曲を含めて全11曲の新アルバム「かざうた」<コロンビア>の紹介を含めてのコンサートだった。
藤原道山は、箏を弾く母親の影響で、10歳で尺八を習い始めた。人間国宝の山本邦山に師事し、東京芸大でも尺八を学んだ。
和楽器は学校教育の中でも取り上げられる時間が少なく、若い世代への継承がなかなか難しいが、尺八や、津軽三味線は、洋楽器にはない音楽性に興味を示す若者も少なくない。
藤原道山のコンサートには、若い人たちが多く聞きに来ていたそうだ。今年道内では、これから何回かのライブが計画されているという。
多くの人が、その音の素晴らしさを感じてくれたらいいと願っている。
2006/08/13(日) 盂蘭盆会
盂蘭盆会に合わせて家族が集まるのが恒例となっている。今日は、四家族9人だった。
多いときは、それぞれの子どもたちも加わって17-18人が集まり、話し声も聞こえないほどうるさい時期もあった。独立したり、嫁いだり、就職したりで一人減り、二人減り、今年はついに9人。
まあ、そのうち孫を連れてくるようになれば、またわいわいと賑やかになることだろう。
そろって、お寺にお参りに行って来た。今年は珍しく住職がお経をあげてくれた。息子の副住職と違って、住職ならちゃんと「般若心経」も聞き取れる。
ありがたいお経を聞くことが出来て、祖先の霊も慰められよう。
昔と違ってお供えは、きちんと持ち帰らなければならない。当初は、これにかなりの抵抗を感じていたが、今はどこの家族も持ち帰る。
お墓へのお供えなら、カラスや狐に荒らされる。お寺でも、お供えの処理には困るだろう。
イタンキ浜への精霊流しの風習もいつのまにかなくなってしまった。
環境への配慮も勿論必要なことだが、先祖から続く風習が途絶えるのは、寂しいものである。
2006/08/14(月) 先輩の訃報
先輩の訃報が届いた。今日は各紙とも朝刊が休みだったので、参列者も少ないのではと心配したがそれは杞憂に終わった。
世話好きだったから、多くの人に好かれた。
趣味も多く、退職後も家に閉じこもることはなかった。冬はスキー、夏は自慢の愛車でドライブ、奥様と一緒にプールでの水泳。パソコンも購入、ネット環境を楽しんでおられた。
ホームページを開いているお前のパソコン環境がみたいと、わざわざ訊ねて来られたこともある。取り組むと、とことんやらないと気の済まなかった人らしい。
おしゃれでシャイな方でもあった。
通夜の祭壇に飾られた写真は、ご自分で用意されたという。お気に入りの写真だったに違いない。いつもと変わらぬ優しい微笑みがあった。喪主の奥様をじっと見つめておられるようないい写真だった。
お会いすると、「いま、市の状況はどうだい…」などと心配してくださった。人の話にはよく耳を傾けて、「ウン、ウン」と頷いておられた。
身体をむしばむ病は、2年前にみつかったらしい。淡々と受け入れ、命つきるまでご家族のために尽くされた。
いい方だった。心からご冥福をお祈り申し上げます。
2006/08/15(火) 悔いのない試合を
高校野球には、常識では考えられない不思議な魔物が存在するらしい。それは勝者にも、敗者にも存在する。
完璧に勝ったと思っていた試合が、逆転される。悔やみきれない一球に泣く。一方では、最後まで諦めない気持ちが信じられない結果を生むこともある。
今日の駒大苫小牧、道民の願いが通じたような結末だった。序盤4回表を終わったところで家を後にした。
7対1 6点のビハインド。相手は投打に隙のない青森山田。とりわけ投手の野田は、自らホームランを打ち乗りに乗っている。逆転は難しかろう。
もはや、三連覇への道は閉ざされた。そう思って、葬儀に参列した。運転中にラジオを聞くことはしなかった。
亡くなった知人の野辺送りのバスに手を合わせ沈んだ気持ちで家に帰り着いた。
勝った? えっ、まさか… 慌ててネットで試合の経過をみる。後半の驚くような粘りが記録されていた。
そこには、監督を信じ、チームメートを信じ、なによりも自分自身を信じて、一球、一球投打に精魂を込めた戦いの記録があった。
ここまでくれば、勝ち負けはいい。ただ、悔いのない試合をして欲しいと思うものである。
2006/08/16(水) 石岡繁雄氏の訃報
小泉首相の靖国参拝問題を大きく報じる紙面の片隅に、石岡繁雄氏の訃報を告げる小さな記事が載った。
昭和30年1月、厳冬期の前穂高東壁を登攀中にザイルが切れて実弟が転落死した。ナイロンザイルは切れないとされていた。
石岡繁雄は、原因の究明に奔走し、岳会やザイルメーカーに大きな論争を呼び起こした。
このナイロンザイル切断事件と、孤高の単独行アルピニスト松濤明の実話をもとに小説「氷壁」が井上靖によって書き上げられた。
手元に石岡等岩稜会のメンバーが作った「穂高の岩場1.2」<岩稜会・朋文社>がある。屏風岩正面のクライマーでもある石岡繁雄を中心とする岩稜会のメンバーが、十数年をかけて作り上げた穂高全ルートの画期的な指導書である。
初版は、昭和34年7月。穂高を目指す多くのクライマーのバイブルとなった。
いま、手元にある本は色褪せたセロテープが貼り付いている。同級生だった石津君も穂高に魅せられた一人だった。セロテープは、石津君が返却時補修したものである。
ページを開くと、ところどころに書き込みがある。テントの中で読んでいる石津君とその仲間の意気込みが伝わってくるようである。
2006/08/17(木) 腕時計
ロシア連邦 プーチン大統領は、腕時計を右手につけているそうだ。別に左利きと言うわけではない。
なぜか気になる。という記事が先日載った。モスクワ駐在の特派員メモのちょっとした記事である。ネットに出ている小泉首相と握手をしている写真をよく見ると確かに大統領の腕時計は右手にある。
ロシアのマスコミも注目して様々な説を取り上げているらしい。曰く、「東洋武術のエネルギーの集中ポイントは左手にあり、柔道家の大統領はそれをふさがないようにしている」などである。
いま、ロシアでは右手専用の腕時計が発売されるほどの注目度なのだそうだ。
大統領自身は、「左手に腕時計をすると、竜頭が手首に当たってこすれるから…」と言っているそうだが、案外事実はそんなところかもしれない。
たかだか腕時計を左手につけるか右手につけるかで、マスコミが取り上げるほどのことかと訝しく思う。
駒大苫小牧の主将本間君の手首には、受け継がれたブレスレット型の数珠がつけられているという。初優勝した2004年の佐々木主将から、05年林主将に、そして今回、本間君に引き継がれたとのこと。
試合中、つけられないのは残念だ。
同じ手首につけるものでも、こちらは「連覇の数珠つなぎ」を願いたいものだ。
2006/08/18(金) 議員交流会
白老町議会・登別市議会 議員交流会が開催された。今年で5年目になる。
開催場所は、毎年交互に担当している。今年は、登別市議会の担当だった。
完成間近の「北海道登別明日中等教育学校」を見学し、その後ホテル平安で懇親会を催した。
(写真は、開校準備室 後藤氏の説明に聞き入る双方の議員)
白老町議会もいま、議員定数問題について議論中である。
懇親会の場で隣に座った白老町議会の T井 議員とは、定数問題や、議員報酬、さらに、これからの議会の意義などについて意見交換が出来た。
5回を数える交流会だが、実際に意見交換できる議員数は限られる。
こうした交流を積み重ねることによって、それぞれの街の特性や住民の考え方、歴史背景などを理解することが結びつきを深める第一歩になることは間違いない。
2006/08/19(土) やわらかく言いつつ
相手の欠陥を徹底的に糾弾する。ミスを追求する、あげつらう。政治の世界ではよくみかける構図である。
しかし、日本人は議論の仕方が下手だと言われる。相手を傷つけないような言い回しをするのが美徳とされてきたせいもある。
外国では、小さい頃からディベートの訓練を受ける機会が多いと聞く。
例えば、ある問題にについて、賛成派、反対派に別れて議論するという方法だ。相手に、白いものを黒と言い張る議論の方法を学ぶ。
日本では、詭弁を使って人を丸め込めようとすると嫌われる。
文章の書き方も難しい。エッセイでは、こうすべきだと言ういい方をしないで、やわらかく表現する方がいいといわれる。
例えば、今朝の道新のコラム「噴火湾」のごときである。決して、こうすべきだとは書いていない。しかし、こうあって欲しい、こうあればうれしいのにと遠回しに言いつつ、地域の問題点を浮き彫りにしている。
我が登別市でも、同じことが言えそうだ。
温泉以外に、是非ここを見てとか、是非これを食べてと言えるものをつくりあげる努力をしなくてはなるまい。
2006/08/20(日) 熱戦
手に汗する思いだった。今日の高校野球 決勝戦は、田中、斉藤両投手の一歩も譲らない好ゲームだった。
駒大苫小牧は、73年ぶりと言われる夏3連覇への偉業、そして、早稲田実業は初優勝への思い。しかも、早稲田実業は優勝という薬をOBの王監督に差し上げたいという熱い思いがある。
闘志をむき出しにした迫力ある投球姿勢の田中。一方は、クールなエース斉藤。尻ポケットから取り出したハンカチで顔をぬぐう動作は、優しさを感じさせるが、それでいて内に秘める闘志は相当なものらしい。
どちらにもチャンスがあり、どちらにもピンチがあった。
投手にかかるプレッシャーは勿論のこと、守備陣にかかる負担も大きいに違いない。
とりわけ捕手は、絶対にボールを後ろにそらせない。田中、斉藤両投手とも、決め球に高速のスライダーを持つ。三振も取れるが、一歩間違うと命取りだ。
今日の15回を戦った内容は、間違いなく球史に残る熱戦だった。
もはやここまでくれば、全国4,112校の頂点に立つのはどちらのチームでもいい。頑張れ、両チーム。
2006/08/21(月) 早実 優勝おめでとう
米男子メジャー、第88回全米プロゴルフ選手権でタイガー・ウッズが優勝した。メジャー12勝目だそうだ。
これは、18勝のジャック・ニクラウス(米)に次ぐ記録だそうである。しかも、ウッズは30歳になったばかり、これから一体何勝するのだろうか。
ウッズのように絶対的な強さを誇る人間と一緒にラウンドすると、相手は萎縮してしまうのではないか。
高校野球で、伝統校が甲子園で勝つ確率が高いのもそんなところに原因があるのかもしれない。強豪を相手に、位負けしない試合が出来るためには、きっと血のにじむような努力があるに違いない。
駒大苫小牧は、伝統校ではなかったが、努力によって負けないチームになった。
夏の甲子園では、1勝するのさへ大変だ。優勝するなんて夢のまた夢であろう。その夢を、一昨年、昨年と連続して叶えた。
そして、今年も夢が叶うかもしれないという舞台に立った。結果は、残念ながら準優勝だったけれど、これはすごいことだ。
伝統校と言われる早稲田実業ですら、夏の甲子園での優勝は初めてだ。
再試合にも全力を尽くし、見るものに大きな感動を与えてくれた双方のチームにおめでとうの言葉を贈りたい。
2006/08/22(火) 議員研修会
議員研修会に出席した。これは、3市(室蘭市、伊達市、登別市)の友好会派が一堂に会して行う研修会である。始めてからすでに数年になる。
3市が交代で担当している。
今回のテーマは、三つ。
@道州制特区推進法案について
A新しい支庁の姿(骨格案)について
B市町村合併(新法)推進構想について
講師は、胆振支庁 地域調整 川上参事、三島主幹、そして、面高主査にお願いした。
今回は、伊達市が担当ということで、場所は、洞爺湖畔にあるある企業の保養施設が当てられた。
ここは、社員の福利厚生施設のためにつくられたものだが、ホテル並みの環境が整っている。(写真は、研修室での受講風景)
研修テーマそのものには、目新しいものはないが、充分に議論を尽くさなければならない問題でもある。
2006/08/23(水) まずは真似る
ゴルフのシングルの腕前を持つ友人がいる。彼は今でも週に二回は練習場に通うという。
シングルクラスになると練習はしないものだと思っていた。実はそうでもないらしい。常に練習をすることによって、筋肉に動きを記憶させ無意識に正確な動きが出来るようにするのだというのだ。
同時に必要なものが、もう一つあるという。それはなにか、イメージトレーニングだそうだ。
ラウンドする前夜、コースの各ホールを頭に描きドライバーショットから、アイアン、そしてパッティングまでを全てなぞるという。
起こりうるトラブル時のリカバリーショットも想定、従って本番時に何が起こっても慌てることはない。
悲しいのは、我々素人である。その場しのぎに明け暮れる。反省もなければ進歩もない。
習いもの、とりわけ身体を動かす習いものはひたすら練習を繰り返すしかない。学(まなぶ)の語源は、真似るである。
忠実に何度も繰り返し真似る。頭で理解するのはそのあとだ。
子どもに比して大人が学べないのは頭で理解しようとするからである。まずは、無心に真似る。
今日も、講師の厳しい声が飛んだ。教える側にも、相当な忍耐力が求められる。
2006/08/24(木) 通夜の説教
通夜の席での説教も内容を考えた方がいいのではないか、そんな投書が載っていた。
人間の生と死についての価値観も変わりつつある。「最近はよい説教を聞かない」などという声も聞く、僧侶ももう少し勉強をしたほうがよいと書いてあった。
同じような思いを抱くものの一人である。通夜に参列する方々は、僧侶よりもはるかに年齢を重ねた方が圧倒的に多い。僧侶の、何倍も人生の辛苦を味わってきた人たちばかりである。
そんな中で、若い僧侶から薄っぺらい人生観などを聞くと、場が白けてしまうのである。むしろ、若いなら若いなりに自分の考える率直な思いを述べてくれた方がいい。
僧侶に面と向かって、「説教が面白くない」という人もいまいが、総代さんあたりがそれとなく注意してあげるのはどうだろう。
そうすれば、毎回書いたものを読むような空疎な説教はなくなるはずである。
商社マンから、お寺さんの娘さんと結婚したばっかりにやむなく僧侶になったという人がいる。義父の死をきっかけに僧侶になったという。
この方の説教は滑らかな日本語ではないが、死とはなにかという問題について自分の考えが述べられていて、聞いていて頷くことが多い。
2006/08/25(金) 戦没者追悼式
いい曲だなあ、そう思って聞いていた。やはり、そうだった。
昨年からこの曲になった。たしか、 「夢のあとに」<ガブリエル・ユルバン・フォーレ作曲>だ。鎮魂の場にふさわしい。
第36回登別市戦没者追悼式が市民会館大ホールで行われた。国家斉唱、黙祷に引き続き、式辞、慰霊の辞が述べられ、その後に献花を行った。
295御霊に頭を垂れる。極寒の地で、そして灼熱の太陽のもとで多くの方々が亡くなった。原爆投下という最も最悪の結果で終戦を迎えた。もう61年前のことになった。
風化をさせてはならない、戦争の愚かさを語り継がねばならない。そう思いつつ、なにほどのことをしてきただろうか。
今年、いつもと同じように 8月6日 8時15分にも、そして8月15日 12時にもサイレンが鳴った。手をあわせ目を閉じることくらいしか出来ないもどかしさを感じる。
戦没者追悼式への参列者は年々減少している。足元のおぼつかない方も目立つようになった。
この追悼式を準備される職員のご苦労を思いつつ、式典のあり方も検討の時期に来ているようにも思うのである。
2006/08/26(土) 地獄祭り
恒例の地獄祭りに参加した。登別温泉極楽通りが踊りの輪で埋まった。
「湯気湯気 角出して角出して 流して流して チョチョンガチョイ…」 太鼓の音さへ囃子言葉に消される勢いだ。
観客を誘って、共に踊りの列に加わる。今年は、例年になく一般参加者の多さが目に付いた。
同時に、沿道を埋める観客も多かったように思う。
登別温泉への観光客の入り込みが増えているのであればうれしいことだ。
踊りの参加に先立って、イベント会場を回った。仲間の一人も夜店で頑張っていた。
M山議員に連れられて「そば茶屋 福庵」にも行ってきた。
日本酒 「国稀 鬼ころし」 を味わいつつ、たまご焼きを賞味する。ここの蕎麦は、絶品だとMは言う。なるほどさもありなん、と思わせるほどの卵焼きの味であった。
2006/08/27(日) シャンソン&カンツォーネ
「おやっ、こんなところでこの人に…」 と思うような人に出会うのが、ディナーショーの席である。
今宵も、「へーっ、この人 こんな意外なものに興味があったんだー」 という人に会った。向こうも、そう思って見ていたに違いない。「あれっ、なんでお前が…」 と言う顔をしていた。
シャンソンとカンツォーネの夕べ。今日は、室蘭プリンスで日野美子さんの唄を聴いた。
もっとも、シャンソンとカンツォーネの区別がわからない。これがシャンソンだと言われればそうかと思い、これがカンツォーネだと唄われればなるほどと思うだけである。
調べてみると、シャンソンもカンツォーネももともと語源は同じだそうだ。歌全般を意味し、特定ジャンルの楽曲を指すものではない。つまり、シャンソンとはフランス語で唄われる曲いう意味くらいだそうだ。
実は、シャンソンを生で聴いたのは、今回が初めてである。料理をいただいて、満腹状態にあったから居眠りが出るのではないかと心配もしていたが、なんとか最後まで聴くことが出来た。
唄の上手さもある、ピアノの上手さもある、なによりもソプラノ歌手の唄と違って素直に唄い手の感情が伝わってくる唄のように感じた。
シャンソンと言えば、「枯葉」 と 「オー・シャンゼリゼ」 くらいしか知らないが、その数少ない知った曲も今日の唄の中にあって、楽しめた一夜だった。
2006/08/28(月) ビールのうまい店
室蘭市の人口は10万人を切った。室蘭市は企業城下町だ。企業の盛衰に左右されやすい。
かって、行き交う人の肩が触れあうほどの賑わいをみせた街も、いまは面影もない。アーケードで知られる浜町も、そして輪西町も閑散としている。
キャバレーもクラブもスナックも居酒屋も数え切れないほどあった。「エイワン」などという名前も懐かしい。夏、この時期に賑わった浜町ビアホールも最近閉店した。
シャッターで閉ざされた店も多い。昭和40年代前半の賑わいを知る人にとって、今の街の衰退ぶりには形容しがたいほどの寂しさを感じていることだろう。
そんな中、50周年を迎えるという店に案内された。店の名前は 「K」 輪西にある。「ここのビールはうまいよー…」 酒豪でなる同僚の I 山議員のお薦めのである。
1リットル入りのジョッキ、持つ手にずっしりとくる。この大きさで飲むのも久しぶりである。しばらくぶりに見たこのサイズ、最初ピッチかと錯覚してしまうほどだった。
つまみに出される塩豆が、またビールにあうのだ。
ついで、「ギネス」と呼ばれる黒ビール。品のいいコーヒーの味さへする。I 氏、M氏と語りつつ、ジョッキを幾つお代わりしたものやら…。
2006/08/29(火) カルルススキー場
スキーバッジテストの1級に受かったのも、カルルススキー場であった。パラレルターン、ヴェーデルン、シュテムターン、ゲレンデシュプルングなどが検定種目だったように記憶している。
使用されたのは、現在の第1ペアリフト横の斜面であった。
当時、検定に当たった指導員は、室蘭地方スキー連盟の指導員であった。まだ、登別スキー連盟として独立していなかった。
室蘭、登別地区のスキーヤーで、昭和40年代に指導員資格を取ったもののほとんどが、このカルルススキー場で腕を磨いたはずである。
経営していた D 社が手を引き、期待していた指定管理者制度も受け手がなく、登別市が直営で行うことになり K 社に業務委託を依頼する旨の提案がされた。
「カルルス温泉スキー場の運営にあたっては、経営診断等を行い、2年を目途に、存廃の結論を出すべきである。」との付帯決議を付して、可決された。
市民の冬季スポーツ振興、市の観光産業への効果、カルルス温泉地区の活性化など、スキー場の存続意義もさることながら、厳しい財政状況の中から多くの出費を余儀なくされることを本当に市民が求めるのか、との思いからである。
今後も、きちんとした検証が求められる。
2006/08/30(水) たばこのポイ捨て
今月19日の「卓上四季」は、興味深い内容だった。
ニューヨークのバーム市長が、世界の禁煙活動を促進するため145億円の私財を寄付するというものだ。
市長は、米国で40番目の資産家だそうだが、いかにたばこ嫌いでもここまでやるとはすごいことである。
北海道の喫煙率は高いが、それでも分煙が進みつつある。もっとも、飲食店では、まだ灰皿を出すのがサービスだと勘違いしている店があるのは残念でならない。
今日、交差点で停まった前の車の窓が開き、なにかがぽいっと放り投げられた。火のついたたばこだ。同時に窓から白い煙がすーっと流れ出た。
車体に「花工房 Y 」とある。花屋の車でもあろうか。積まれた花々にもたばこの煙がもぐれついていることだろう。
「あなたの気持ちを花に託して…」と、その店のキャッチフレーズらしきものが書いてあったが、花の受取人はたばこ臭さに眉をひそめているに違いない。
この店の主は、花の贈り主の折角の善意が踏みにじられることを知っているのだろうか。
従業員の心ない仕草によって、店そのものの品位が傷ついている。気の毒なことである。
2006/08/31(木) ダンパラスキー場
ある会合の打ち合わせを兼ねて、室蘭のダンパラ高原に行って来た。
秋空に鷲別岳(911b)がくっきりと浮かんでいる。
西尾根にはい上がる登山道のつづら折りも、ここからならよく見える。
この地方では、鷲別岳と言うより室蘭岳の方が通りがいい。
国土地理院発行の地図に、両方の名前が併記になったのもそんなに古いことではない。
写真は、つい最近山の駅となった「ダンパラ高原ロッジ」裏から山頂を眺めた風景である。
この辺りは、室蘭工大方面からの登山道と室蘭墓地方面からくる道との合流点だったところだ。吹雪に巻かれて亡くなられた方を弔う碑もたしかこの辺りだったはずである。
工大側からの道を気に入っていた。今は、ここのすぐ近くに駐車場もあって登りやすくもなったが、ご無沙汰状態が続いている。
水神社は健在だろうか。