・・・くま日記・・・
2006/07/01(土) 平常心で淡々と…
一条の灯りが見えてきた、そんな感じである。やっと、スイングが出来るようになった。
スコアがいいわけでもないし、まだまだ本調子ではない。しかし、少なくとも恐る恐るクラブを振ることはなくなった。なによりもドライバーの安定がうれしい。
この方法で振れば、ボールはこう飛んでいくはずだ。あれこれと試行錯誤を重ねていた。その確定に時間がかかっていたのである。簡単に言えば、斜め前方へボールを打ち出す感じである。
春先から、芽吹きは感じていたのだが、思わぬ方向にボールが飛び出すのではないか。それが恐ろしくて、思い切ったスイングが出来ないでいた。
今日のコンペでは、飛ばし屋揃いのメンバーにもかかわらずドラコンも手にすることが出来た。
ただ、後半はアイアンを左方向に打ち出すケースが目立った。引っかけだ。徐々に力みが入ってきた証拠である。
平常心で淡々と…。わかってはいてもなかなか出来ない。それがゴルフというゲームなのだ。
2006/07/02(日) 市長杯争奪民謡大会
登別市民謡連合会主催の市長杯争奪民謡大会が開かれた。今年で31回目を迎えた。
熟年の部 17名、少年少女の部 1名、そして一般の部 18名が、それぞれの部の頂点を目指して競った。熟年は熟年なりの味わいがあり、少年少女の部も大人顔負けの唄だった。
一般は、節の良さ、声の良さ、持ち味を存分に出し切った大会だった。
来賓として挨拶をいただいた武田教育長の言葉にもあったように、いまは学校教育の中でも和楽器の活用が図られてはいる。短期的な成果はなかなか困難ではあるが期待をしたい。
写真は歴代優勝者の特別出演の S さんである。彼女も小さい頃から民謡に取り組んだ。現在は、唄だけではなくて、三味線も習得して指導者としての勉強もしている。
学校中に三味線や、尺八の音が鳴り響く時代は来るのだろうか。
2006/07/03(月) ネット環境の便利さ
2、3日出かけるとなると何かと気ぜわしい。
議会だより編集委員会が終了したあと、一旦家に帰り資料を作成。それを持って、打ち合わせ一件。中途だったレポートをまとめて郵送。ファックスを5件送信(全員がメール環境にあれば簡単なことなのだが…)。
それでも、夕刻に予定されていた町内会の防犯パトロールが雨のため順延となった分時間が浮いた。
出張の準備は、いつものパターンだから時間はかからない。ただ、北海道とは対極に位置する暑い沖縄である。汗対策は必要だろう。
そうだ、訪問先の情報検索もしておかねばならぬ。
朝日新聞の天声人語を担当した辰濃和男は、ある場所に出かける場合、あらかじめ目的の項目毎にルーズリーフファイルを準備して行ったそうだ。
例えば異国に行くとする。図書館で調べる。過去の切り抜きを調べる。そして、国王、宗教、気候、人口、社会習慣、日本との関係、服装、食べ物、挨拶、植生、動物、人物リストなどという風にである。
現在のネット環境は、こうした場合本当に便利である。さて、準備は万全か。
2006/07/07(金) ハイサイ
「ハイサイ 元気でしたか?」 奥さんは留守で会えなかったが、「ホテルへんざ」のご主人はあの頃と同じように元気だった。
へんざは、平安座と書く。海中道路を渡りきった平安座島の入口にある。平安座島は与那城町だったが、昨年4月具志川市、石川市、勝連町とともに2市2町が合併して「うるま市」になった。
この度、会派でうるま市を訪れ 「海の家あやはし館」も視察させていただいた。
その帰途、皆の了解を得て5分ほど時間をもらい「ホテル平安座」を訪ねた。ここは、20年ほど前、約一ヶ月お世話になったところである。
8月、暑い盛りの一ヶ月だった。毎日、朝の8時には気温が30度を超えた。へとへとになってホテルに帰る毎日だったが、奥さんの作る手料理にどれほど癒されたことか。
建物のくすんだモルタル壁もそのまま、踏み入れた食堂もそのまま、エイサーを見せていただいた裏の草っぱらも、ご主人のお腹の出具合も同じだった。
平安座に来ることはもうなかろう。取り囲む海の色、抜けるような空。いつまでもお元気で。
2006/07/08(土) 沖縄の人の無念さ
「沖縄を観光した。バス観光だったから、いわれある名所旧跡は、どのコースにもほどよく組まれているが、道路ぞいに延々と広がる米軍基地のこともガイド嬢として省くわけにはいかない。基地の広さ、由来、生活とかかわり等についてガイド嬢は極力公平に冷静に述べていく。
どんな立場の人が乗客にいるか分からない。必ずしも基地反対の人だけとは限らない。賛成の人、無関心の人だって乗っているかも知れない。しかし、私がいたく心打たれたのは、彼女の公平で冷静な話し方の隙間から切々と『無念』さが伝わってくることであった。最初は私の勝手な思い込みかと思ったが、同行の妻に言うと彼女も感じたと言う。
二十代も前半であろうガイド嬢が、会社の社員教育によって詰めこまれたものとは思えない真情を放つのを、私たちは受けとったのである。翌日、別のバスで別のがイド嬢と戦跡を訪ねたときもそうであった。
親世代、いや、もはや祖父母の時代のことであろう戦争の跡を、観光客らに明るく簡潔に解説していく彼女から、奇怪にも彼女自身のものとしか言いようのない無言の心情が切々と伝わってくるのには驚き、私も妻もいたく心にとめたのである。」
これは、朝日新聞 1997/5/13 「声」蘭に載った東京都 上野嶺三氏の文である。
同じような体験をされた方も多いのではないか。沖縄という言葉を聞くたびに、この文章を思い出す。
2006/07/09(日) 盛会だった
2300の席では収容しきれず、2階ロビーに急遽大型のスクリーンが用意された。 (写真は入場を待つ人の波)
今日、開催された民謡民舞北海道交流大会の会場となった北海道厚生年金会館大ホールは、札幌では最大の収容能力を誇る。
南から、沖縄県民謡連合会、安来節保存会、(社)全大阪みんよう協会、(中)日本郷土民謡協
会、(財)日本民謡協会、そして、北海道民謡連盟の6団体で構成される日本民謡民舞団体協議会の主催で開かれた。総勢700名を超える出演者であった。
沖縄独特の悠長なリズム、三線の音色がいい。安来節は、道民には馴染みが少ない。ただ、どじょうすくいの男踊りは楽しい。三味線の合間に入る、鼓の間がなんとしても掴めない。
大阪など、関西方面の唄は、ゆったり感がある。北海道、東北を中心とする唄は、聞き慣れていて道民の心には入りやすい。
早い人は、午前7時から並んで入場を待ったという。それだけの価値はあったのではないか。
単にきれいで美しいだけでは、聞かせる唄になり得ないことはいつもの通りであるが、それを差し引いても聴き応えのある大会だった。
2006/07/10(月) 緊張の面もち
いつものやんちゃな顔と違って、緊張の子ども達である。
今年8月、石川県珠洲市で開催される14NJ(第14回日本ジャンボリー)に参加するボーイスカウト登別第1団の子ども達が、出発の挨拶のために市長を訪問した。
この日本ジャンボリー大会は、4年に一度開催される。全国のスカウトや、外国のスカウト達の参加もある。
人種・宗教・言語・習慣の違いを超えて、ひろくスカウトの交流と親善を深めるために開催される。
登別市からは、子ども達8名、指導者5名の13名が参加する。全道から、350名。全国から、おおよそ、20,000名の参加がある。
昭和31年8月に長野県軽井沢で第1回の大会が開かれ、以来4年に1度国内の各地で開催されてきた。北海道では、昭和49年に第6回大会が開かれた。
10日間近くのキャンプ生活、大きな感動を受けて帰ってくるはずである。
2006/07/11(火) W杯ドイツ大会終わる
寝不足の一ヶ月を過ごされた方も多いに違いない。2006年ワールドカップドイツ大会は、サッカーをよく知らない人をも夢中にさせた。
世界の素晴らしいプレーを満喫出来た一ヶ月間だった。日本チームに対する期待も高かったが、世界との差を見せつけられた結果に終わった。
幸運にも見えるフリーキックから1点をとったオーストラリア戦では、ひょっとしてと淡い期待もあったが、結局1−3の完敗に終わった。
日本のチームで目立ったのは、キーパーの川口、そして、世界のヒデこと中田英寿だけだった。ブラジルに破れて、ピッチに横たわるヒデの姿は痛々しかった。孤軍奮闘という言葉通りの活躍だった。
日本チームの世界との差や、実力について、多くの報道があった。中にこんな一文があった。「…日本の選手は上手くなった。しかし、ヒデを除く選手のサッカーは、サッカーというゲームを、ただ 『なぞって』 いるだけのように見えた…」。村上 龍氏の言葉である。
今後、日本のサッカーは世界に通用するまでになるのだろうか。そして、中田の後を埋める選手が出るのだろうか。中田は、不世出のストライカーとよばれた釜本邦茂とは違った意味で、日本チームの中で輝いた唯一の選手だった。
2006/07/12(水) おーい、けんちゃん
いま、若者の間で一番人気の高いのは津軽三味線である、となにかに書いてあった。
毎年5月、弘前で開催される全国大会には、三味線片手に我もと集い競う。5年以上の経歴を持つ人で競うA級、今年の優勝者は、高校3年生 宮城県の浅野祥君(16)だった。男性の部三連覇でもある。
現在活躍中の、木下伸市、岡田 修、上妻宏光、渋谷和生らはいずれもこの大会優勝者である。津軽三味線のブームを巻き起こしたのは、彼等の影響も大きいが、吉田兄弟の存在も忘れてはならない。
兄弟のライブ会場には、若い女性ファンが押し掛けた。兄、良一郎の甘いマスク。弟、健一の童顔。そして、息のあった合奏。インタビューの受け答えにも初々しさがあった。
彼等の実家は、すぐ近くである。登別市出身です、受け答えに市民は誇らしさを感じているのだ。頑張れよと、声援を送りたい。
ところで、少々気になることがある。つい先日載った新聞をみる限り、やや太り気味ではないか。良一郎のふっくら頬はまだしも、健一の「ぼてっ…」感はどうもいただけない。
つま弾く音の繊細さが失われたわけではなかろうが、もうちょいと身体は絞った方がいいぞ。
2006/07/13(木) 汗を出すのは気持ちがいい
夏は思いっきり暑い方がいい、と思っている。汗みどろになる、というのが好きである。
普段はそんな汗かきの方ではない。もともと南の生まれだから、道内の人が暑い暑いとこぼすような日でも比較的平気で過ごせる。
まあもっとも、北海道に住み着いて40年近くもなるから、身体は気候にはなじんできてはいるのだろうが、それでもDNAの記憶は変えようがないらしい。
先日の沖縄でも日中35度を超えるような暑さがあった。かーっと、照りつける太陽の熱さは生半可なものではなかったが、暑さを楽しむ気持ちが心の中にあったのも事実である。
最近は、特に汗をかくことが多い。岩盤浴しかり、家の中でのスクワットしかり、週一回の習いものしかりである。
この習いものの時間は、約2時間であるが、結構ハードである。着ているものが汗をどっぷりと吸い込んで重たくなるほどの動きが要求される。
課題の1がほぼ終わり、いま、課題の2に入っている。この課題の1と2は、10月を目途に仕上げることを求められている。
これから、どれほどの汗をかけばいいものか。
2006/07/14(金) 汗をかいたあとには
「くまのさん、最近一段と太ったんじゃないの」 一段と…、は余計である。これで結構気にしているのだ。
昨日も書いたように、充分に汗をかいている積もりである。
今日は珍しく暑い日だった。いい汗をかいた人も多いに違いない。当方も例外ではない。1時間ばかり、どっぷりと汗を流してきた。上から下まで全部取り替えなければならないほどの汗であった。
ここまではいい。このままで終われば体重も減ってくるはずである。
が、そうはいかない。汗をかいたあとの楽しみと言えば…、そうビールである。
よく冷えたビールをグラスに注ぐ。この時使うグラスは、それぞれの好みがあるはずである。注いだビールがよく見える透明なガラス。あるいは、きめ細やかな泡が持続できる陶器製のグラスなど様々である。
当方は、ステンレス製のものを使う。グラスを持つ手によって冷えたビールの温度が上がらないように、二重構造になっている。約180ml入る。
気の抜けないように丁寧に注ぐ。泡を上唇で押さえるようにして、ぐびーっと、一気に飲み干す。ぷふぁーっ。うまい。
「太ったんじゃないの…」 気にしないことにしよう。
2006/07/16(日) 艦砲射撃
「室蘭にも原爆が落ちたの?」 「いや、原爆は広島と長崎だよ、何故?」 「だって、室蘭でも多くの人が亡くなったっていうから…」 「それは、艦砲射撃だよ」 「艦砲射撃って?」
小学生相手の話ではない。歴とした大人の会話である。
1945年(昭和20年)、室蘭は道内で唯一、米軍の艦砲射撃に襲われた。前日の空襲の日とあわせ、約500人が犠牲になったいわれる。当時、室蘭に住んでいて惨劇を目にした方もまだまだたくさんおられるはずである。
艦砲射撃直前の空撮写真が発見されたと報道された。写真には工場や、市街地がくっきりと写っている。B29の飛来が激しく、機上から撮影されたものらしい。
当時、広島の片田舎に住んでいたが、B29の飛来は子供心にも恐ろしい光景だった。何機ものB29が編隊で空を覆った。空襲警報が鳴り響き、都度大人に混じって防空壕に逃げ込んだ。
あの、ごーんという腹の底に響くような音は、いまでも耳に残っている。
室蘭が艦砲射撃を受けたのは、61年前の昨日7月15日のことだった。
戦争は遠くなりにけり、ではすまされない。
2006/07/17(月) 遠藤芳恵ソプラノコンサート
丸い声、ハート形の声、だるま型の声、八角形の声 同じソプラノにも様々な声のあることがわかった。
十人十色と言うが、それぞれの個性が感じられて面白かった。それにしても、素晴らしい歌手が集まった。遠藤芳恵、新田亜希子、坪田由里子、そして、千田三千世の各氏。
遠藤芳恵ソプラノコンサート、室蘭市市民会館で開催された。ほぼ満員の観客で埋まった。第1部 日本のうた、世界のうた。第2部 オペラはかげきだ!
第3部 アンコールの世界。いえ、第3部はプロには載っていません。でも、楽しい舞台でした。
作曲家でピアニストの伊藤康英氏の構成になるのだろう、練られた舞台だった。
遠藤芳恵さんは、昨年の文化協会主催ベートーヴェンの第九のソリストとして出演していただいた。そんな関係もあって、登別市文化協会からも小林会長はじめ、何人かがこのコンサートを聴きに行った。
和の音楽とは違った面白さがある。和は、倍音の響きが楽しめる。洋は、濁った音を排除する。しかし、洋の音にも冒頭に書いたような様々な声があることがわかって面白かった。
胸腔を使ったり、鼻腔を使った共鳴音。鍛えられた声は、和も洋も素晴らしいものだ、ということをあらためて認識した一夜。
2006/07/18(火) 生活習慣病の予防
運動で生活習慣病を予防しようと、必要な運動量を厚生労働省が発表した。メタボリックシンドローム(内蔵脂肪症候群)の人向けにウエストを細くする目安も盛り込まれている。
「生活活動」の部では、歩行なら20分で1単位、「運動」なら、ゴルフ15分で1単位といった具合。一週間に23単位が必要だという。それも、「生活活動」と「運動」との組み合わせが必要である。
先週を振り返ってみよう。ゴルフの練習1時間で4単位、ランニング(に相当すると思われる習い事)2時間(120分)で10単位。庭の草取り15分(1単位)。軽い筋力トレーニング3日で3単位。
せいぜいそんなものか、とすると合計で18単位。あとは会議が主体、移動は車となると単位の取得が出来ない。そうしてみると、規定の数値に5単位も不足していることになる。
運動不足というか、運動量不足がこれで明らかである。ウエストを1p細くするのに必要なエネルギー消費量は、7000キロカロリーだそうだ。
さて、不足の5単位をどのように補っていくか。歩くのが一番いい、と承知はしている。
一歩踏み出すまでがなあ…。
2006/07/19(水) 運転手のプロ意識
タクシー会社大手のMK(エムケイ)が、インドのタクシー事業に参入する、という小さな記事が載った。エムケイ株式会社は、平成17年に創業45周年を迎えたほどのタクシー業界の中では老舗だ。京都に本社がある。
乗ったことがある。挨拶もそうだが、運転手の態度がとても気持ちがいい。お客を大事にするという精神が貫かれている。
HPをみると、「我らの責務はお客様に対するものであることを信じる」など、六つの信念が書き連ねてある。
京都は観光客の多い街である。観光ルートを知り尽くしているのは勿論だが、客の要望を的確につかみ必要なだけの説明をする。饒舌ではないが、客の問いには応えうる知識を備えている。
なによりも、お客さんあっての商売だという意識を運転手の全てが自覚しているということである。
我が登別市も、観光を基幹産業としている。温泉町にあるタクシー会社も、そうしたプロ意識に徹していると思いたい。
ところで、京都でこのタクシーに乗ると割引がある。勿論、誰でもというわけではない。着物を着ていることが条件である。きちんとした和服でなくてもいい。浴衣でも、作務衣でもいいのだ。西陣をかかえる、土地柄であろうか。
我が街のタクシー。ホテル宿泊の領収書を見せたら、10%引きというのはどうだろう。
2006/07/20(木) 絶不調
うーん、今日は謝ってばかりの一日だった。
早くから、頼まれていた宿の手配がダメになった。出すべき手紙が途方もなく遅れてしまった。預かっていた大切なものを届け忘れてしまった。
理由はそれぞれある。しかし、理由はどうあれ相手に迷惑をかけてしまったことに変わりはない。当方の責任だ。ひたすら謝って、許しを乞うしかない。
こうした事が起こらぬように、日頃充分に気をつけているつもりである。
予定はすぐさま、手帳に記入する。やるべき事は、todo list に書き、定期的にチェックする。
それでも抜け落ちた。何かが欠けているのだ。
気持ちが落ち込んで、これ以上書く気になれない。
2006/07/21(金) なんとかならないか
なんとかならないか。スパムメールの多さに辟易している。
朝、メールボックスを開くとおおよそ30通から40通のメールが入っている。夜もそれと同じか、やや超える数のメールが届く。出張などで数日家を空けていると、もう大変である。膨大な数が受信箱を埋めている。
そう言う場合には、標題と差出人でまずは区別する。不必要なものはどんどん落としていく。残るのはわずか数通なんてこともざらである。
不審なメールを開いて手痛い目に遭ったことがあるから、はっきりとわかる意外のものは絶対に開かない。
商品のダイレクトメールまがいのものはまだいい。多いのは、怪しげな内容のものである。デリヘルだとか、乱○パーティだとか口にするのさへはばかられるようなものが届く。
あらかじめ、選択してふるい落とすようにセットをすれば幾らかは目に触れることが少ないかもしれない。
困るのは、一見見覚えがあるような差出人名義のメールである。「先日は、どうも……」などと書かれていると、つい削除の手を止めてしまう。危ない、あぶない。
仲間内でも、資料の添付メールは出来るだけ避けるのが賢明である。
2006/07/22(土) 年齢を理由にするな
なにかにつけ、年齢を理由にする人間がいる。はっきり言って嫌いである。
例えば、ゴルフ。ティーショットを打つ。打ち終えたあとで、こういう。 「70歳で、これだけ飛べばいいでしょ…」。 これは、言外に 「その年齢で、すごいですね…」 という言葉を期待しているものだ。
同情でも得ようというのであろうか。みっともない。
飛距離にしろ、技術にせよ、若い者に比べて落ちるのは仕方がない。しかし、それに自ら甘んじることは戒めなければならない。
どうしようもないほどの差は、ハンディが与えられている。その中で、精一杯の努力をしてこそスポーツの楽しさがある。飛距離にしろ、スコアにしろ、負けるものかという気概なくして進歩はない。
月に一度、コースをともにさせていただく先輩がいる。
後輩の我々がカートで移動するのを横目に、全コースを歩かれる。かってのような飛距離は、さすがに出ない。しかし、年齢を理由にされることは決してない。それどころか、パッティングの冴えは相変わらずである。
握りは、いつもスクラッチである。最近、勝たせていただく回数がやや増えてきたが、ハンディを差し上げる積もりは毛頭ない。先輩といえども、コースの上では真剣勝負。見習うべきはこういう姿勢である。
「なんだ、そのへっぴり腰は…」 実は、いまだに煽られているのだ。とほほ…。
2006/07/23(日) 江差追分研修会
日胆地区運営協議会の指導者部会の研修会が開かれた。
江差から、近江八声上席師匠をお招きして、午前、10時から午後4時まで。講師、受講生ともに熱の入った研修会だった。(写真は研修会の一こま)
指導者部は、準講師以上の資格をもつ会員で構成されている。
午前の部では、尺八伴奏を主体とした研修、そして午後は、生徒の唄を指導をする上でのポイントなどが主な内容だった。
尺八の吹き手は、おおよそ二つに分類される。一つは、素直に音を出すタイプ。もう一つは、俺の音を聞けとばかりに吹きまくるタイプ。
唄い手としては、前者の方が唄いやすい。唄を殺すような吹き方は慎まなければならない。出る音をいかに抑えるか、これも技術の一つである。
勿論、単に音を出すだけでは唄い手を助けることにはならない。唄い手の情感を高めるような吹き方、唄い手の声質を生かすような吹き方が求められる。
ソイ掛けも同様である。唄、ソイ、尺八 いわゆる三位一体となってはじめて本物の江差追分となるのである。
今日の研修会は、それら全ての部門に渡っての解説があった。指導者部会の会員には、唄い手としての技量だけでなく、指導者としての資質の向上が求められているのである。
2006/07/24(月) 食文化
新聞や雑誌を読んでいて、そうだそうだと共鳴する文章に会えたときはうれしい。例えば今日の朝日新聞 天野祐吉氏のCM天気図などがそうである。
「なんといっても海外旅行の楽しみは、その土地その土地の文化に触れる楽しみである。文化といってもいろいろだが、いちばん手っ取り早いのは食べ物だ。その土地ならではの食べ物のなかには、その土地ならではの歴史が、生活が、文化の味がしみこんでいる。(後略)」
さらに、「どんな土地にも、その土地らしい文化を内に秘めたおいしい食べ物がある。だから、海外に行ってまでみそ汁のパックを開けるな、外国でラーメン屋を探すな」と続く。
その通りだ。ここでは、海外旅行と断ってあるが、国内でも同じである。
関西に行ってラーメンがまずいというな、薄味のうどんを食え。岡山では瀬戸内のままかりを、熊本に行ったら馬刺を食ってみろ、と言いたいのだ。
四国にいっても、天ぷら。沖縄に行っても幕の内では、その土地を視察したことになるまい。といいたくなるほど頑として自分の好みを変えない仲間がいる。
口に入るものはイモのツルでもいい、といった空腹感を味わった我々の年代より幾らか若いから仕方ないのかなあ…。
2006/07/25(火) 努力は裏切らない
「努力は裏切らない」<幻冬舎文庫 宇津木妙子著>が売れているそうである。
これは、全日本女子ソフトボールチームを監督として率い、シドニーオリンピックで銀メダルを獲得した著者による、闘う集団に育てる指導術が自身の経験を通して書かれている。
ドイツワールドカップ杯サッカー後に引退を表明した中田ヒデは、所属するチームでの出番がないときでも試合と同じ90分間、トレーニングルームで心肺機能を高める努力を欠かさなかったそうだ。
多くの期待やプレッシャーにうち勝って、甲子園行きの切符を、今日手に入れた駒大苫小牧野球部の選手も、素振りやランニングなど黙々とした努力の積み重ねがあってこそのことだろう。
人並みの努力では人並みのことしか出来ない、人並み以上になるには人並み以上の努力を自分に課せなければならない。
努力は裏切らない、これはスポーツのみに限らない。書道にしろ、絵画にしろ、あるいは様々な分野で名をなした人には、蔭でそれなりの努力が積み重ねられているのだ。
俳句や川柳、必ず毎日一句を自分に課しているという人を知っている。出来不出来もある。それでも作品を生み出す努力を続けることが大切だと説く。
振り返って、己は何をしているだろうかと…。
2006/07/26(水) 不快なタバコ臭
家に帰り着いて、衣類に付いたタバコの匂いの強さにあらためて不快感を感じる。
いまだに、灰皿を用意することがサービスだと勘違いしている店があるのは残念なことである。食材の美味しさを標榜する店にしてこうである。残念という他はない。
今日、会合があった。座る場所全てに灰皿が置いてある。必要だと言わない限り灰皿を出すことを止めた方がいいよと冗談めかして言うも、応対する店員には通じない。
店を取り仕切るオナーの考え次第である。こうした対応である限り、進んでこの店に来ることはない、とう客の声が聞こえないようである。
登別市の前浜で取れる食材を、いかに市民にアピールするか。新鮮で、生きがよくて、たいした加工をしなくても充分に満足感を与えることができる、そんな話で盛り上がった会合であった。
だされた食材は、美味しいものだった。だからこそ箸をつけるまえに、漂うタバコ臭で美味しさを損ねることがあってはならない、と思うのだ。
灰皿を出すことがサービスだと思う風潮は改めた方がいい。
美味しいものを食べさせる、と自信のある店なら尚更である。
2006/07/27(木) テープの再生
便利な世の中になったものである。古いカセットテープから、CDを作成できるという。ノイズを消すことも出来るのだそうだ。
今日、知人から電話があった。CDに印刷を頼みたいという。
音楽に印刷はないだろう、確認もせず二つ返事で請け負った。てっきりダビングの事だと思っていた。ところが、送られてきたCDにはすでに音楽が吹き込まれている。慌てて問い合わせる。
なんのことはない、CDの表面への印刷のことだった。当方のパソコンは、テープからCDの作成は出来ない(はずだ、確かめたこともない)。しかし、プリンターとつないでCDラーベルなる機能がついているのだ。
CDに録音されている音楽の表題やら、曲目をCD表面に印刷することが出来る。勿論、写真を取り込むことも自在である。
思い出した。以前、その知人の尺八楽を吹き込んだCDに写真を取り入れ曲目を印刷して差し上げたことがある。それで今回の依頼になったものであろう。
知人は今、自分のパソコンでのCD作りに没頭中である。パソコンを購入したのはごく最近のはずである。年齢は当方よりも多い。しかし、夢中になれる趣味を持つものに共通する若さがある。
CDラーベル機能を使いこなすのも時間の問題であろう。
2006/07/28(金) お世話になりました
この玄関先に立ったのは昭和51年の暮れだった。民謡の師匠がいると聞いて訪ねた。あれからすでに30年が過ぎた。
その師匠は、昨年4月逝去。今日は、師匠の奥様の通夜だった。
招き入れられるままに、おずおずと居間に座ったときのことを覚えている。民謡の道場になっていた。今日、お通夜の席にお参りしていたY田さん、M上さんなどがいた。
訪問したことを悔いた。とても、こんな唄は唄えない。そう思った。江差追分だった。
ここ数年は、多忙を理由に師匠の指導をうけることも少なかった。家もリフォームされて、雰囲気も変わった。それでも居間に座ると、あの頃の師匠の声が聞こえてくる。
夫唱婦随のいい先生だった。師匠が尺八を吹き、奥様が三味線をつけられた。師匠は寡黙、奥様が師匠の気持ちを代弁された。
この部屋から、多くのお弟子さんが巣立った。今日のお通夜では、師匠の時と同じように江差追分の合掌で送った。
お二人の子どもさん達は、民謡をやらないという。もう、この部屋に座ることあるまい。頑張れよ、そう語りかけているような師匠の写真が飾ってあった。
2006/07/29(土) 写真はいい
写真は、折々の表情を記録する。いいにつけ悪いにつけ、その時、その瞬間を切り取る。
最近はデジカメを持つ人が増えたから、撮った写真を回覧して気に入った写真を申し込む、なんてこともなくなったが、そんなとき自分の写っている写真しか頼まないという人は多い。
そんな人のアルバムを見せてもらうと、どこに行ったのか誰と行ったのかが全くわからない。自分の写真はほどほどにして、一緒に行った仲間の写真を貼っておく方が後から眺めて楽しさを思い出すことが出来るだろうに。
このところ16コマ写真を撮る機会が多い。
ゴルフスイングを撮るには最高である。自分ではプロ並みのスイングをしているつもりだが、写真をみてがっかりすることは多い。
トップの位置、ダウンスイングの始動。インパクト、フォロースイング、おおよそイメージとはほど遠い。それらは隠しようもない己の現実の姿である。
プロや、シングルの人のスイングと比べて大きく違う点が幾つかある。その一つは、インパクトの瞬間である。うまい人ほど、きちっと頭が残っている。
これが出来るから、芯に当たる確率も高く、いいショットが出るのだろう。
自らの写真と比べては、ため息をついている。
2006/07/31(月) 町内会の祭りが終わった
第60回を迎えたむろらん港まつりは、昨日盛大に幕を閉じたそうだ。よさこいソーランinむろらんが中央町と入江町で開かれた言うが、よさこいソーランはまだ人気があるのだろうか。
港まつりには、何回か出たことがある。よさこいソーラン、練り込み、そして、市民踊りにも出たことがある。道の両側から市民の目が寄せられる。
このような場合の踊りのテンポは早い方がいい。ゆっくりした動きだと、おどりながら観客と目線があう。これがなんとも恥ずかしいのだ。その点、よさこいソーランのように激しい動きだと、それがなくていい。
港まつりほどの賑やかさはなかったが、恒例の町内会の祭りが無事終わった。
心配した天候も、まずまずだった。とりわけ昨日は、予想に反して暑いくらいの日差しだった。
土曜日の準備、日曜日の本番、そして今日の後かたづけと町内会の役員は勿論、多くのお手伝いをいただいた。何事につけ不満を言う輩が出るのがこうしたイベントなのだが、今はそれもない。
祭りを盛り上げようとする側と、参加して楽しもうとする側の気持ちが一つになっている証拠である。疲れもないではないが、一つの行事を終えてホッとしている。