・・・くま日記・・・
2006/03/01(水) 待望のBフレッツの工事 3月に入った。雪が降ってはいたがなんだか弱々しい降り方だった。雪解けも間近い、そんな予感がする。
今日、待望のBフレッツの工事がすんだ。午前中の委員会を終えて、そそくさと帰りいつ来るのかと待っていた。
ちゃんとした大工さんだったんですねえ、最近は外装工事をすると電話線の引き込み口を埋めてしまう工事屋さんが多いんですよ。そうなると、壁のどこかに新たに穴を開けなければなりませんので・・。手を休めることなく手際よい作業が続く。それでも確認作業が終わるまで一時間あまりかかった。工事が輻輳していて、札幌から応援に来ているという。もう一軒ありますので、と差し出したコーヒーを飲み終えると同時に立ち上がった。比較的若い二人だったが作業も言葉遣いも丁寧だった。
あらかじめ送られてきていたNTT東日本の書類の内容はわかりにくいものだったが、そんな不満をうち消すような二人の作業態度だった。
2006/03/02(木) 桂川潤次郎さんからDVDが届いた 東京に住んでいる知人からDVDが送られてきた。この方は、劇場演出空間技術協会というところに所属しておられた音響の専門家である。江差町の文化会館ホールの舞台の音響の仕事を手がけたことから、この人の江差の関係が始まった。昭和62年のそれ以来、江差に通い詰め20年。江差追分全国大会は勿論、折々に様々なところに顔を出す。今や、江差町でこの人を知らないものはない。
今回送っていただいたのは江差に伝わる郷土芸能を収めたものである。先だって、21回目の「たば風の祭典」が行われ、その一環として文化会館で開催された「郷土芸能フェスティバル」の内容を記録したものである。
「江差五勝手鹿子舞」 「江差餅搗き囃子」などとともに、「江差鮫踊り」「江差土場鹿子舞」など、あまり知られていない珍しいものも含めて7つの郷土芸能が記録されている。保存版として大事に使わせていただこう。
2006/03/03(金) 文化協会40周年記念事業の全てを終えた 文化協会40周年記念事業の全てを終えた。締めくくりの反省会、先日の白石市を訪問した22名のうち、風邪などで参加できない数名を除いて全員が集まった。
あらためて文化交流に参加していただいた会員に感謝したい。文化協会の行事と言えども全て自費での参加である。姉妹都市白石市とのこれまでの絆を大事にしたい、そんな気持ちがあってこそなしえた今回の文化交流会であった。
次は、白石市からのお客さんを迎えての交流会が出来ることを全員で願っている。
2006/03/04(土) 宿敵の姿が練習場に 「なお、胴をひねることによるパッティングを実践する上でお気をつけになるポイントについて申し上げます。」 この言葉に続いて二つの注意点が書かれている。お送りいただいた『完璧のシステムゴルフ』に添えられた、著者 三浦 研氏からのものである。
書店の棚には、ゴルフのハウツーものが満載である。迷える子羊どもが迷宮から抜け出そうと読みあさる。読むほど一層深みにはまりこみ、別の本を買い求めるのだ。人のことは言えない。かくいう当方も購入したその手の本は、両の指では足りないほどだ。
それでもなお足りなくてネットで検索した。そこでこの方の理論に巡り会い、すでに絶版になっていた上述の本を無理矢理にお願いしたのである。これほど科学的に書かれたゴルフの本を知らない。これを読むと、多くのゴルフ技術書と書かれた本が如何に非科学的で感覚に頼った内容かがわかる。本を拝受して一年半、今年は密かに期するものがある。
2006/03/05(日) 遅ればせながら厚生労働省も トリノオリンピック フィギュアースケート 荒川静香選手の帰国を大きく取り上げた新聞の片隅にひっそりと載った記事があった。
厚生労働省が、同省や環境省などが入る東京・霞ヶ関の中央合同庁舎第5号館を四月から全面禁煙にするという記事、ご覧になった方も多かろう。喫煙室の廃止は勿論、飲食店での喫煙も禁止というもので、中央省庁では初めての試みだそうだ。国民の健康管理を指導する立場にある厚生労働省としては、あらためてその姿勢を示したものとして評価出来る。しかし、都道府県庁舎での全面禁煙はすでにかなり進んでおり、追従する格好になった。厚生労働省の担当者もその辺を認識してか「遅ればせながら、旗振り役をさせていただきます」と低姿勢(3/1付 朝日新聞)だったそうだ。
喫煙者がタバコを吸う場所を気にするような環境は整いつつあるが、依然として灰皿を置くのがサービスと心得ているような飲食店が見受けられるのは残念なことである。
2006/03/06(月) 目は口ほどに 目は口ほどにものをいい。あるいは老化の始まりは、歯、目、なんとかと言われるように目の重要さが言われる。また、人間が情報を受け取るのは様々な五感を通してだが、その中で最も重要な役目を担っているのも視覚だそうだ。人間が受け取る情報の85%は目だという。目から情報を受け取るためには、眼球がキョロキョロ動いてものを正面から見ようとする。その眼球を動かすのは筋肉だそうだが、手足と同じように運動不足や老化によって活動力が衰えてくる。高齢者ドライバーの事故の一端は、この眼球の筋力の衰えによる動体視力の低下から来るものが大きいのだそうだ。
手や足、腹筋などは日頃の運動不足は認識しているから、時々思い出したようにトレーニングらしきものをするが眼球については特に気をつけたこともない。
右、左、上、下 各10秒間ずつ、3回。これらを毎日繰り返すことによって筋トレになるという。老化防止に、いまからでも・・。
2006/03/07(火) あの日も青空がひろがっていた H田夫人からみかんが届いた。ネーブルあり、八朔あり、伊予かんあり、おまけにレモンまでも。葉がついている。産地直送品である。
あの日も青空がひろがっていた。ご夫妻と友人とで北海道に来られたのが、ちょうど一年前。登別温泉に一緒に泊まり夜遅くまで語り合った。翌日、オロフレ峠を越え、洞爺湖を巡り、JR洞爺駅で見送ったのが最後となった。一ヶ月後に訃報が届いた。
どうしても北海道に行く。そう言ってきかなかったそうだ。道北や道央の知人を訪ね、八雲の知人を訪ねて広島に帰られた。「お別れが言いたかったのでしょうよ・・」 電話で夫人が語ってくださった。
オロフレ峠から洞爺への道は、好天に恵まれた。雪のニセコ連峰や留寿都の山を眺めながら冷たいアイスクリームに舌鼓をうった。何度もスキーに来ておられた。その楽しさを思い出しておられたのか、山を見続けておられ先を急がすのが憚られるほどだった。今年7月、夫人とその友人と3人でこちらにおいでになる予定だそうだ。お会い出来るのを楽しみにしている。
2006/03/08(水) 旧温泉中学校の活用 登別中学校と統合され今は未使用となっている旧温泉中学校は、文化交流施設としての活用が予定されている。今日、その内部を見る機会があった。校舎は昭和53年建設され、昭和62年に大規模改修が行われた。生徒達にも大事に使われたのだろう、建物自体は非常にしっかりした様相を保っている。
活用の一つは、コンテナに収納されたまま札内の旧教職員住宅に保管されている市内で発掘された埋蔵文化財の保管・展示の場としてである。多くの重要な文化財は市民の目に触れることなく眠ったままである。これの整理と、展示。
さらには、かねてから要望の強かった常設の展示会場。絵画、書道、写真、魚拓などなど、作品の制作の場とともに常設の展示の場としての活用が期待される。
市内から少し離れた場所にあるのが、やや難点と言えるが文化の交流の場所として、ここが市民たちで賑わいをみせることになればいいのだが。
校舎全景 この空間は、ギャラリーなどなど様々な活用が出来そうだ
2006/03/09(木) 1、2年生は心新たに 駒大苫小牧高の夏の甲子園出場の機会はなんとか残されたようだ。高野連が決めた。卒業式の夜、居酒屋での飲酒と喫煙が発覚して野球部員を含む3年生14人補導された。野球部員10人の中には、昨夏のベンチ入りメンバーの5人も含まれているというショッキングな内容だった。不祥事を起こしたのは今回だけではない。 昨夏の甲子園優勝直後に、元部長の部員への暴力が発覚し、日本高校野球連盟から警告処分を受けている。
道民の、いや、全国の高校野球ファンの期待を集めていた学校だけに、今回の事件は悔やまれるものだった。新聞への投書も、残念とする意見、処分は当然とする意見、様々な内容だった。学校側、野球部など、関係者の指導不足を責める声が大半だった。
それも勿論あろう。しかし、生徒の親の責任を問う声がなかったのは片手落ちではないか。未成年者の飲酒、喫煙について厳しく指導する責任は誰よりも親にあるのではないか。香田監督の復帰の可能性が残されてホッとしてはいるが、家庭の、そして親の責任がそれで消えるというものではないと言うことは肝に銘じておく必要がある。
2006/03/10(金) 風邪に注意 うがいが欠かせない。同僚の間でも、寒気や体調不良を訴えるものが相次いでいる。一人治ればまた次と風邪が蔓延しそうな気配がある。ちょっとした気のゆるみをウイルスは見逃さない。すぐに弱みにつけ込んで来るから要注意だ。
病院は青ざめた患者であふれかえっている。高齢者ばかりではない。働き盛りといった人たちまでがマスクをして呼ばれるのを待っているのだ。当方は、いまのところなんとか持ちこたえている。このところ、深酒をする機会が少ないせいもあるかもしれない。気力が萎えると抵抗力まで下がる。ここは一つ、気持ちだけでも気合いを入れて踏ん張らねばなるまい。早寝、早起き、規則正しい生活を・・と行きたいところだが、なかなか守りきれない。つい夜更かしをしがちだ。このくま日記も、もう少し早い時間に書き込むようにしなくてはなるまい。丸5年目を迎えての反省の弁。
2006/03/11(土) 「グーグルローカル」 の素晴らしさ もともと方向感覚はいい方だ、と思っている。山登りをする人に、方向感覚に優れた人が多い。自然の中で目指す方向を探る感覚が通常の人より発達しているのではないだろうか。車にナビを装備していないこともあって、感覚に頼らざるを得ないという背景もある。大まかな位置を頭に入れておくとほぼ目的地にたどり着くことが出来る。
今日、苫小牧市沼ノ端である会合があり訪ねた。初めて訪問する家であったが、この辺りと見当をつけた場所と50メートルと離れていなかった。うん、まだ大丈夫だ、と自己満足。
実は、あらかじめ下調べをしていったのだ。「グーグルローカル」 住所を入力すると地図が表示される。場所によって、表示される地図の精度の差はあるが大凡の場所はわかる。
この、「グーグルローカル」 は優れものである。都心近くならば三次元で建物まで表示される。ごく最近の情報と古い情報とが混在しているという不確かさもあるにはあるが、まあ利用度は高いと言えるのではないか。ナビもいいが、感覚を頼りにするというのも悪くない。
2006/03/12(日) 150名が巣立った 最近涙もろくなったのか、ついほろりとしてしまった。今日のR中学校卒業証書授与式でのことである。全ての式典を終えて担任の先生が卒業する生徒を促し教室へと向かった。先生の目に光るものがあった。別れの寂しさもあったろう。しかし、この涙は別のものではなかったか。自身の子供さんを亡くされた。巣立ちゆく成長した生徒の姿にご子息の想いを重ねたのではなかったか、そう感じたとき溢れるものを押さえることが出来なかった。
男子81名、女子69名。巣立つ子供達の成長を願って止まない。
2006/03/13(月) ぶり返した寒さ 寒い一日だった。まだまだ春は来させないぞ・・ と冬軍団のうそぶきが聞こえてきそうな寒さだった。先日の新聞報道によると、室蘭の昨年11月の降り始めから9日までの総降雪量が238pとなり史上最高を記録したそうだ。例年、登別市の降雪量は室蘭市のそれよりはるかに多いのが常だから、登別市の降雪量も史上最高を記録したのかもしれない。
家の前の雪かきに泣いた人も多いのではないか。特に高齢者にとってはありがたくない史上最高記録だった。我が町内会でも、独居の方からの要請があれば福祉部を中心としてお手伝いをするシステムにはなっているが、なかなか要請を言い出しにくいとも聞く。見計らってこちらから出かけるシステムの構築も必要となろうが、我が家の前の雪かきでくたくたの身ではそれもおいそれとは行くまい。近所で助け合うというのは、頭で理解しても現実の世界では簡単ではない。町内会にとっても検討を要する課題の一つである。
2006/03/14(火) メニエール症候群 病院に行くと時として、えっ!? と思う人に出くわすことがある。まるで病気とは縁もゆかりもなさそうな感じの人にである。見るからに頑健そのもの、病気の方から逃げていきそうな I 氏に今日会った。聞けば先日、突如めまいに襲われて病院に駆け込んだ。
これまで経験したことのない程の激しいめまいだったとのこと。兆候もなく突然のことに、本人は勿論、ご家族の驚きも相当なものだったらしい。幸い今は落ち着いているという。医師によると、メニエール症候群ではないかとの診断だと言う。
1861年にフランスのメニエール(Prosper Meniere)が、めまい、耳鳴り、難聴患者を報告したことからこの名がつけられた。ストレス、不眠、疲労などが誘引するというが、原因は、実はよく解明されていないのだそうだ。 I 氏も、今、膨大な仕事量と多くの部下を抱える重要なポジションにいる。豪快にみえる彼の身にも、人知れずストレスが溜まっているのではないか。ゆっくりと休養できる時間が作れればいいのだが・・。
2006/03/15(水) 第一次南極越冬隊の生活 「わたしの声は、バックノイズとして仲間が持っているマイクに、雑音として入っているのである」 昭和32年2月15日から翌昭和33年にかけて日本人として初めての南極越冬隊の隊長を勤めた西堀栄三郎の手記の一部である。
現在は、パソコン時代だ。メール、インターネット、テレビ電話、あらゆる手段で国内の家族と連絡がとれる。情報だけで言うと日本と南極の距離はない。しかし、冒頭に書いたように50年前の越冬隊も交信は可能だったと聞いて、意外に思われるのではないか。
第一次越冬隊は、様々なデータを取るという大事な目的も勿論あったのだが、実は、南極という未知の場所で生活できるのか、ということを実証する意味もあったのである。
氷が融けて大事な食料が流されたり、火事が発生したりというハラハラするような事実の他に、この手記には実は男の性の対応までも書かれているのだが、ここでは触れない。興味のある方はこちらをどうぞ。南極越冬記<西堀栄三郎著・岩波新書>昭和33年7月発行 何度読み返しても面白い。
2006/03/16(木) 電子版住宅地図 期末特別セールのご案内が届いた。ゼンリン住宅地図の販売案内である。登別市の人口は減少傾向だから住宅が増えるはずはないのにと不思議だが、それが結構増加傾向にある。開発行為が始まったなあと思うと、見る間に新築の家が建つ。富岸町、桜木町、柏木町、常盤町などは近年、一気に膨らんだ街である。
住宅地図は、それらを網羅する。どのように調べるのだろう。地域ごとに担当者を決めて、一軒一軒表札でも確かめているのだろうか。
今回のセールの特徴は電子地図が販売されたことであろうか。各地域ごとに、CD-ROM1枚に収録されており、ズームアップが可能、さらに、住所検索や、書き込み編集機能まで付いているという。しかも、印刷地図に比べて特別高価というわけでもない。これは購買意欲をくすぐる内容である。もっとも、ネットで公開されているグーグルローカルがもう少し充実してくれれば、購入の必要もないのだが。
2006/03/17(金) 岩盤浴に行ってきた 久しぶりに大量の汗を流してきた。このところ週に一度は汗を流す機会に恵まれてはいるのだが、今日はそれと違って、本当にどっぷりと・・といった感じの汗の量である。
うつむき5分ー仰向け10分ー休憩5分 このインターバルを3回繰り返す。そう、岩盤浴である。入った瞬間、今日はやや温度が低めに押さえてあると感じたのだが、どうしてどうして2回目の中途からの時間の長いこと。壁の時計を見たり、手元においてある3分間用の砂時計の動きを見るのだが、こんなにも3分間という時間が長いのかを思い知らされる。それでも5分間の休憩時間の後には、また足が向くから不思議なものである。
不思議と言えば、これほど大量の汗をかくにもかかわらずべたつき感が残らないのも不思議の一つである。3回のインターバル合計で1時間。疲れもストレスもとれ、さっぱりとした心地よさだけが残る。一度体験すると病みつきになること疑いなし。
2006/03/18(土) T 小学校の卒業証書授与式 校長先生から卒業証書を受け取る姿が大型スクリーンに映し出され、会場の後ろの方に座っている父兄にも我が子の様子がわかるようになっている。
壇上から降りるとPTAの役員から証書ケースを受け取り、父兄の前を通って自席に帰る。これだけではない、会場への出入りも二人一組で5、6メートル間隔で通過する。我が子の晴れ姿をビデオなどでゆっくり収めることが出来るように配慮されている。
96名の旅立、いい卒業証書授与式だった。ただ、在校生の送る歌の時も、卒業生の旅立ちの歌の終わったあとも拍手がないのは寂しいものだった。
2006/03/19(日) 桜庭 和 ディナーショー 近いうちにブレークする、そんな予感をさせるステージだった。桜庭 和(さくらば ひとし) 1981年11月24日生まれ。北海道江別市在住。
昨年2月、「あなたに見せたくて」をリリース。聞いたことがあるだろうか。素朴で透き通るような声、優しさと力強さをあわせ持つ。アップテンポなものも得意と言うが、今日のバラード系の歌にはつい引き込まれるような歌唱力があった。
歌も上手いし、何よりも歌にもトークにも、彼自身の素直な人柄がにじみ出ていて好感が持てた。頑張れ、君の願いの叶うまで・・。
2006/03/20(月) 1年間ご苦労様でした 町内会の新しい班長さんが決まった。今の班長さんの任期は、今月一杯だからまだ新班長さんに業務が移行したわけではないが、まずはご苦労様でしたと労をねぎらいたい。
各班長は、おおよそ20戸から30戸を担当する。町内会費を集め、回覧板を回す。町内会の行事には率先して協力をお願いするなど班長さんの協力なくして町内会活動は成り立たない。持ち回りだから、一回班長さんを経験するとしばらくは担当することはないのだが、それでもこの一年は長かったとこぼされる。
不評の第一は、回覧の多いことである。いや、多いだけならいいのだが、ひっきりなしに回覧物が来る。なんとかまとめられないのかと言う苦情だ。もっともな話である。担当部長が、それぞれ関係する回覧物を配る。いきおい、日替わりで回覧物が配布されることにもなりうる。新年度は、負担の軽減に向けて役員会議で検討しなくてはなるまい。
2006/03/21(火) Shall we dance? 背筋を伸ばし、足取りも軽やかにステップを踏む。そこには、普段とはまた違った生き生きとした顔があった。登別市文化協会恒例のダンスパーティ、会場となった鷲別公民館は100名を超える参加者で熱気に包まれた。
「踊っていただけませんか・・?」 「あっ、いえ、わたしは・・」 麗しき女性からの誘いの言葉を振り切って控え室に逃げ込むのは会場の準備に駆けつけた無骨な文化協会の役員ばかり。ファインダーを覗けば、楽しげな顔、顔、顔。
踊れればさぞ楽しかろうに・・。 うーん、残念。
2006/03/22(水) そばは美味かったけど 先日、久しぶりに伊達の「S順」に行った。ちょうど昼時だったせいもあって混んでいた。案内されたのはカウンター。ここは厨房を真正面に見ることが出来る。そばを茹でる人、天ぷらを揚げる人、盛りつけをする人、テーブルに運ぶ人、その合間に食器を洗い、客を席に案内する。気持ちいいほどに担当の仕事をこなしている。「いらっしゃいませー」 「ありがとございましたー」の声も大きくて気持ちがいい。
感心するのは、仕事の手際よさだけではない。鍋もこんろもぴかぴかに磨いてある。これは見ていてとても気持ちがいいものだ。テレビなどで紹介される美味い店も、厨房の焦げ付いた鍋の底が見えたりすると途端に味まで疑いたくなるものだ。
頼んだのはタコ天そば。出されたタコ天は軟らかくて、そばの味もまずまずだった。いいことずくめだったが、気に入らないことがただ一つ。ここでも、サービスですと言わんばかりにテーブルに灰皿がおいてあった。これで総合点が、がくんと下がるのはやむを得ない。
2006/03/23(木) まだまだ雪が これだけ堅くなるとツルハシでないと崩せない。我が家の屋根から落ちた雪、というより、すでに氷塊と言った方がいいくらいになった雪の塊が隣の敷地内にどっかりと腰をおろしているのだ。了解はいただいているものの、いつまでもほおって置くわけにもいかず、今日取りくずした。
この時期、思わぬ白い雪が路上に散乱していることがある。軒下の雪を崩したものだろう。その気持ち、わからぬ訳でもない。アスファルトの上なら融けるのも早いだろし、通行する車がその上を走ってくれれば一気に片づく。
しかし、運転する側の身になると、これがどうにも走りにくいものだ。ましてや、塊状のものが見えるとついよけて走りたくなる。自分の家の庭にでも広げればいいのにと、出した人の常識にまで想いを巡らせてしまう。
今冬も除雪をめぐって、隣近所でいさかいが生じたと言う話を聞いた。ちょっとした行為で気まずくもなれば、笑顔にもなる。ほんの少し、互いを思いやる気持ちがあればいいことなのだが。
2006/03/24(金) 春の高校選抜がはじまった 普段、何気なく使っている言葉だが、あらためて考えてみるとよくわからないと言う言葉がある。例えばスポーツ。例えば、ゴルフ。タイミングのいいスイングだ、などと言う。野球のように、投手の投げるボールのスピードや変化にぴったり合うようにバットを振る。ここで言うタイミングなら理解できる言葉だ。しかし、ゴルフは止まっているボールを打つのだ。いいタイミングとはなんぞや?
いや、ゴルフだけではない。野球にもある。あの投手の「ボールは重い」などという。投げるボールに、軽いも重いもなかろうと思うのだが、野球経験者に言わせると、「重い」というのは「体重の乗ったボール」などと、これまた意味不明のことを言う。
推測するに、これは投手の手元を離れて捕手のミットに届くまでのスピードの減衰率の少ないボールのことを「重い」というのではないだろうか。因みに「早いけど軽いボール」というのは、初速は早くても途中で勢いの減少する度合いの大きいボールのことではないか。春の高校選抜を観ながら、ふとそう思った。
2006/03/25(土) 民謡を五線譜に 民謡を五線譜に表す試みはこれまでにもあった。昭和42年に発行されたミカド天風氏による、日本民謡全集<シンフォニー楽譜出版社>などもそうである。もともと自由に唄い次がれてきたものを楽譜、それも五線譜に表すことは困難だし、五線譜はそぐわないのではないかとされていた。特に、ゆりだとかこぶしだとか言われる音の上下や節まわしなどは到底無理とされてきた。
今回、河村彰蘭師が自費出版された「五線譜による北海道民謡集」は、その細かい節回しまで五線譜にしようと試みられたものである。北海道の民謡 79曲が収められている。師は、若い頃トランペットを吹いておられた。そんな関係で、五線譜を得意とされていた。われわれが旧態依然としたロツレチリで表す尺八曲を、苦もなく五線譜に置き換える技術を持っていた。
学校教育の中にも和楽器が取り入れられる時代になった。師の労作が、そうした場で活用されることになるよう願ってやまない。
2006/03/26(日) 益金の一部は社会福祉協議会に この時期、毎年行われるカラオケチャリティ発表会がある。K松カラオケグループの発表会だ。今年で、16回目を迎えた。主宰するK先生が大病を患い、その快気祝いを兼ねて開催されたのが始まりである。縁があって後援会長を仰せつかっている。
時間の都合もあるし多くの教室から出来るだけ公平に出場者を決めるから、同じ人の歌を何度も聞くという機会はそう多くはない。しかし、確実に上手になっていくのを実感する。生徒の努力と先生の指導の賜である。
今日の出演者の最高年齢は、なんと88歳。その方の言葉がいい。「カラオケをやろうと誘われて、カラオケってどんな桶なのか見るだけ見てみようと思って・・・」 「それが16年前だったの ホホホ」 と、周囲を笑わせる。
歌は、「うすゆき草」。歌詞カードも見ない。音程もしっかりしている。背筋をきちっと伸ばして、上品な笑顔で見事に歌い上げられた。来年も来ます。丁寧な挨拶をされた後、階段を歩いておりて行かれた。いつまでもお元気で・・。
2006/03/27(月) 春はすぐそこに もう片づけてもいいのではないか、冬期間玄関先に置いて臨戦態勢にあった雪かきの道具である。金属製スコップ2種類、角スコと剣先、プラスティック製雪かき2種類、プラスティック製箒、ツルハシ、そして、今年初めて使った優れもののアイスピッケル。これらは降った雪や氷の状態にあわせて使い分けた。
最近使わなくなったのは、ママさんダンプと呼ばれるブルドーザーの前の部分に持ち手がついたような形状で、大量の雪を運ぶ・押すのに適している除雪用具。金属製で重いので、昨年廃却してしまった。もっとも最近は、プラスティック製の軽いものもあるらしいのだが。いずれにせよ、もうこれらを使うほどの降雪もなかろう。せいぜい、ほうきをのこしておけばいい。その他のものを玄関先から物置へと移動。
来馬岳の雪もこころなしか緩んでいるように見える。日中、運転中はヒーターを止めてもいいほどの暖かさになった。タイヤ交換も間近い。
2006/03/30(木) 会派で札幌市を訪問
潜り込んだテーブルの上に
倒れた家具が襲いかかる・・道庁で、道州制や合併問題、さらに、産業クラスターの経緯と動向、中高一貫校明日(あけび)の今後のスケジュールを伺うなど、収穫の多い視察だった。写真は、札幌市民防災センターでの地震体験の模様である。南西沖地震、十勝沖地震、阪神淡路大震災など、マグニチュードの大きな地震を体験することが出来る。
体験の一つに、煙が充満する部屋からの避難体験があった。訓練用の害のない煙にもかかわらず、極めて脅威を感じるものだった。多い日は、1000人もの訪問があるという。備えあれば憂いなし、ここでの体験は無駄にはなるまい。
2006/03/31(金) あなたも、たばこは止められます このところ喫煙者にとっては、あまりうれしくないことだろう。禁煙、禁煙の記事が紙面に載る機会が多くなったからだ。最近の、新聞報道から拾ってみよう。
「国会は全面禁煙を」 超党派の国会議員でつくる禁煙推進議員連盟(綿貫民輔会長 77人)が国会関連施設内での全面禁煙化を求めた記事<060323朝日>。 「屋外でも原則禁煙」 米カリフォルニア州カラバサス市が、屋外でも喫煙を禁止する市条例を制定<060320道新>。 「全面禁煙法 英で初施行」 英北部スコットランド地方で公共の屋内全面禁煙 違反者には罰金<060327道新>。 「成人用たばこ自販機 08年7月から順次置き換え」 20歳以上の人のみに発行するカードがないと買えないシステムの導入だ<060331朝日>。 「成人識別のたばこ自販機 道内は08年5月から」 <060331道新>。
まだある、「列車内でも全面禁煙」 JR北海道は、3月18日のダイヤ改正にあわせ全列車の全面禁煙に踏み切った<060318道新>。
寝ている間は吸っていないのだ。大丈夫! あなたも、たばこは止められます。