・・・くま日記・・・
2005/01/31(月) デジカメで手軽に 先日、久しぶりにオロフレ峠を越えてみた。カルルス温泉側から上り、壮瞥方面におりてきたのだが、峠のトンネルを境に景色ががらりと変わるのは面白い。生憎の天候で、期待した樹氷の写真は撮ることが出来なかったが、背景に青空が拡がった時の素晴らしさは想像することが出来た。
冬景色を撮ってみたいと思う場所は、実は他にもある。例えば、新登別大橋から見る来馬岳である。ここは紅葉時の撮影ポイントでもあるのだが、冬も素晴らしいに違いない。出来れば深い峡谷も雪に覆われていて、そしてその奥に、頂上だけ光輝く来馬岳 そんなチャンスを窺っている。
2005/01/30(日) 先輩の力 29日、江差追分会日胆地区運営協議会の平成17年度総会、夜は、同指導者部会の新年会で一泊。明けて今日30日は、北海道民謡連盟室蘭地区連合会講師部会の新年会。二日続けて民謡関係の集まりがあった。今年の抱負、あるいは技術的なことなどじっくりと話し合える絶好の機会に、いきなりカラオケなどが始まるのは正直言ってつらいものがある。さすがに今日は、そのことについて大先輩から指摘があった。
とにかく音楽をかけて唄わせておけば間がもてると言う安易な考えには同意できない。そのことについて、きちっと注意が出来る先輩に恵まれていることは幸せである。
2005/01/28(金) 寿司には酒? 幌別界隈には寿司屋が軒を連ねている一角がある。その中では、○寿司の評判がいい。ネタもシャリモもいい。但し、注文してから出てくるまで若干時間がかかる。もっとも時間に追われてせかせかと食べて出る、という場所ではないから少々時間がかかるのは承知の上で店に入るのだが、それにしても遅い。注文した寿司が出てくるまでに、とりあえずの積もりで飲むジョッキが二つ、下手すると三つも空いてしまう。
旨い寿司を食べるのにジョッキでお腹をふくらませてはいけない。そこはせめて、熱燗でちびりちびりやりながら、ネタの鮮度や口の中に広がる旨さを味わわなくてはいけない、と通は言うのだが・・。
2005/01/27(木) 英哲が来る 林 英哲が来る。和太鼓の第一人者だ。1952年広島生まれ、佐渡の太鼓グループ「鬼太鼓座」の創立に参加 中心奏者だった。82年にソロ奏者として独立。
太鼓を真正面に構えて、背中を完全に観客に見せる形で打つ姿勢は、最近の太鼓打ちの見せ場の一つになっているが、これを最初に取り入れたのは英哲である。もともと小さな身体で大きな太鼓の重低音を出すために工夫された姿勢と言う。
実家がお寺、ビートルズにあこがれ、さらに、横尾忠則氏の影響を受けてグラフィックデザイナーを志していたことは、あまり知られていない。
彼の打つ太鼓の音を一度聞けば、万人がその魅力に取り憑かれる。3月23日 札幌kitara 聞いて損はない。
2005/01/26(水) 難しい楽器なのだが 篳篥(ひちりき)にはまっている友人がいる。「ひちりき」と言うのは、笙(しょう)や龍笛(りゅうてき)などとともに雅楽を構成する楽器の一種である。雅楽師の東儀秀樹が行うソロ活動で一躍有名になった楽器であると言うと、あーあれかと納得される向きも多かろう。
葦を削って作ったリード(蘆舌〈ろぜつ〉という)を竹管の本体に差し込み、そのリードから息を吹き入れて音を出す。せいぜい18センチ程の長さの楽器ながら、驚くほど大きな音がする。ただ、音を自由にするには、結構難しい楽器である。なぜ、友人がこのあまり普遍的とは思えない楽器に惹かれたのかはまだ確かめていない。
2005/01/25(火) 平成の錦帯橋 総事業費26億円かけた「平成の架替」事業が完成したのは、1年前の平成16年3月20日だった。
その完成した姿を目の当たりにして、あらためて匠の技の素晴らしさを思う。使われた材料は、檜、欅、松、ひば、栗、樫 いずれも、100年を経た材料ばかりである。木の温もりが感じられる。
大工がする木組みのつぶさを、小学生、中学生をはじめとする多くの子供達が見た。その中の何人かはきっと、次の架替作業には自分も係わりを持ちたいと心に誓ったに違いない。
2005/01/21(金) サービスの向上に 戸外で待つこと10分、ようやくタクシーが来た。「忙しそうだねえ・・」 「金曜日ですから、忙しいんですよ・・」。 運転手の声にも張りがある。暮れよりも、年が開けてからの方が客の動きはいいようだ。少々待つ時間が長くても、乗るたびに、不況でねえ・・と、こぼされるよりは余程いい。
この地域ではつい最近、新規参入のタクシー会社がお目見えした。まだ、直接的な影響はありません、とは言いつつも、やはり気がかりのようである。利用する側から言えば、選ぶ自由度が増えることは望ましい現象である。サービスの向上につながることを期待したい。独占というのは、やはり弊害の方が大きい。
2005/01/20(木) 大寒ならぬ大雪 朝になって慌てた人も多かったろう。玄関先も車もすっぽりと雪に覆われていた。気温が高めだったせいもあり、湿り気を含んだ雪は重くて除雪に苦労した。一汗もふた汗もかいてようやく車を動かすことが出来た。
こうした日は、近所力が問われる。高齢者にとって雪かきは結構な重労働である。ほんの一部でも近所の人が手助けをしてあげたいものだ。
今朝は、ゴミの集積場所を雪かきしている人も見かけた。ありがとうございますと、つい声をかけたくなる。
2005/01/19(水) 硫黄泉の匂い 夜になってもまだ、身体に温泉の匂いが残っているような気がする。ゆっくりと朝風呂に浸かってきたせいである。硫黄泉だった。
勉強会と新年会を兼ねて、12人の仲間で登別温泉で一泊してきた。初めて泊まったホテル、こぢんまりしているが、料理の味はなかなかよかった。一品の量は多くはないが、品数は豊富で見た目もよくつい箸が進んだ。アルコールが入るとつい料理を食べるのが疎かになるのだが、出されたもの全てをたいらげてしまった。
ただ、部屋からの眺めはいいとは言えない。川向かいに建っているアパートが目にはいるのだ。いっそのこと、山の斜面でもあった方がいい。もっとも、温泉に入る人は景色なんかあまり気にしないのかもしれないが。
2005/01/17(月) 多忙な年に 今年は、様々な周年事業が行われる年である。6,433人の死者がでた阪神・淡路大震災も10年を迎え、追悼の式典の模様をテレビ各社が報じた。つい先月、スマトラ沖地震が起きたこともあり、悲惨な記憶が生々しく蘇った人も多かったことだろう。
戦後も60年の節目を迎える。すでに戦争を知る人が少なくなった。悲惨さを語り継ぐ責任を追う年代の一人になった。
目を転じれば、室蘭文化連盟が30周年を迎え、我が登別市文化協会は創立40周年を迎える。文化フェスティバルの開催や姉妹都市白石市との文化交流も予定している。多忙な年になりそうだ。
2005/01/16(日) ボーイスカウト登別第1団の冬季舎営 今日までの三日間、ふぉれすと鉱山でボーイスカウト登別第1団の冬季舎営が行われた。毎年この時期の恒例行事である。今年は所用が重なってわずかな時間しか参加できなかった。撮った写真も多くない。
開会式から閉会式までのショットは、手元に入手次第ボーイスカウト登別第1団のHPにアップの予定である。とりあえずは、昨夜の模様だけをまとめてある。
いつものことながら、元気な子供達の姿に鋭気をもらう、そんな感じである。
2005/01/15(土) 風雪流れ旅 大正琴と尺八の合奏の機会に恵まれた。登別市社会福祉協議会、民生・児童委員合同新年研修会の席でである。一度音あわせをさせていただいただけの、いわばぶっつけ本番みたいなものだったが、まあ、比較的うまくいったのではないかと自画自賛している。
大正琴と合奏したのは、実は今回が初めてではない。3年前の3月、北海道舞台塾in西胆振「和楽器によるファンタジア」の中で合奏したことがある。その時は、和楽器(箏、大正琴、太鼓、それに尺八)、さらに洋楽器も含めての合奏だったので、今回のように尺八1本であわせたのは初めてであった。とても楽しませていただいた。
そうそう演奏曲目は、星野哲朗作詞、船村徹作曲 あの有名な「風雪流れ旅」でした。
2005/01/14(金) パソの寿命はせいぜい5年? どう、パソの調子は? 心配して、声をかけてくださる方が多い。切り替えにトラブった、プリンターが動かない。など、さんざんご心配をおかけした。顛末を報告しておかねばなるまい。
結論から言って、プリンターは新しいものに入れ替えました。各メーカーのHPに従って、新機種に対応すべくソフトのダウンロードを試みましたが、結果的にだめでした。2機種のうち片方は、ひょっとしたらと思わものがありましたが、当方の未熟さもあってこれもかないませんでした。
パソの寿命はせいぜい5年、それを過ぎれば入れ替えなければならないんだよ。最初のパソ導入時、友人が言った言葉をかみしめています。
2005/01/13(木) 変わらぬ美味しさだった 何年かぶりだったが変わらぬ美味しさだった。昼食を兼ねて新年会があり、久しぶりに輪西町の○亭に行った。ここの肉の旨さには定評がある。室蘭市に来た外人が一様に褒める、そういう店でもある。一時期、登別市の若草町に同名の店が出来たが評判はイマイチでついに閉めてしまった。支店だという風に聞いたが味は全く異なるものだった。名前だけで客を集めることは出来ない、ということを示した典型的な例だった。
昨年、新聞紙上を賑わした温泉のように本物が求められる時代である。人が本物を求め、本物に対しては、それが少々高くても対価を惜しまなくなった。独自性が求められる時代になった、ということか。
2005/01/12(水) どっこいしょっ・・ ついに、熊野さんもそんな言葉を出すようになったかー・・。知人からそう言われて、最初は何のことかわからなかった。どうも、腰を下ろすとき、 「どっこいしょっ・・」 と声を出していたらしい。あらためて自分自身を観察してみると、確かに無意識のうちに声を出している。
会合などで周りをみていると、結構つぶやきながら動作をしている人がいる。声を出すことによってあらかじめ身体に動作を予測させる、これは高齢者がよくする行為である。
これはまずい。「常に青春の心意気・・」をモットーにしている自身にとってはみっともないことではないか。何としてもやめなければ。それ以来、立ち上がったり座ったりするときは声を出す代わりに腹に力を入れるようにしてはいるのだが・・。
2005/01/11(火) 切り替え時のトラブル やっと何とか使えるようになった。昨日、丸一日かかって新しいパソに切り替えた。時間がかかったのは、plalaへの接続がトラブったことだ。どう設定間違いをしたのか、なんとしても認識しない。結局、日記のアップも出来なかった。今日やっと修復なった。
切り替え時には、様々なトラブルに見舞われるものである。詳しい人でも側にいれば聞きながらでも何とかなるのだろうが、素人にヘルプの内容だけで少々つらいものがある。それでも何とかデータも移し終えた。まずは一安心である。ところが、実はまだ完璧ではない。プリンターを認識しない、それも、Canon の LASER SHOT もエプソンのカラープリンタもである。一部に、旧バージョンは使えないとの情報も・・。ま、まさか!! そりゃーないぞ。
2005/01/09(日) 振り袖姿に「たばこ」は似合わない 「今日も元気だ たばこがうまい」 これは、JTが専売公社時代にたばこの販売促進のために作った標語だそうだ。すかさず、対抗して出来たのがこれ、「今日も元気だ たばこか(買)うまい」。「が」を「か」に一文字変えるだけで、意味ががらっと変る。ある席上で発想の転換の必要性を説かれた、来賓の文化協会小林会長の挨拶の中にあった。なるほど、一文字変えてか。ならば、こう言うのはどうだろう。「が」を「す」に変えて 「今日も元気だ たばこす(吸)うまい」。
今日の成人式、登別市では758名が新成人となった。会場となったマリンパークニクスでは喫煙姿も見られたが、振り袖姿に「たばこ」は、どうみても似合わない。
2005/01/08(土) 努力よりも道具? 何事につけ格言と名の付くものは多いが、ゴルフにおいても例外ではない。 「もしゴルファーが、 6日間1日10分ずつパッテイングの練習をすれば1週間に1度まとめて60分練習するよりも はるかに上達が早い」 <レズリー・ショーン> 地道な努力こそが上達への道と言うわけだ。
もっとも、努力すれば一気に上達へと結びつくとは限らない。それが証拠に「ゴルフとは、朝に自信を与えるかと思えば、 夕べには自信を失わしめるゲームである」 <ハリー・バードン> なんてのもある。
特に最近は、努力よりも道具だ、と言う人が多い。 「職人の腕はその道具でわかり、 ゴルファーの腕は、そのクラブでわかる」 <エドワード・レイ> ??・・。
2005/01/07(金) 平成17年消防出初め式 比較的暖かい日でよかった。恒例の登別市消防出初め式が、今日市民会館駐車場で行われた。寒さに震えながらの出初め式は、行う方も見る方も互いにつらい。
今年も近くの幼稚園児の見学があったが、出来ればもっと大勢の市民に見てもらう工夫が欲しい。消防職員、団員、こういう方々の支えがあって市民が安心して生活が出来るのだから。
きびきびとした行進は見ていて気持がいい。これに木遣りでも加われば最高なのだが。
2005/01/06(木) デルが届いた 新しいパソコンが届いた。昨年暮れにネットで注文していたものである。側面に DELL と書かれたパッケージが三つ。部屋の片隅に積み重ねてある。実は、まだ開梱していない。開ければ一気に取りかからねば気が済まない。一刻も早く使いたい気持もあるが、ここ数日は予定が立て込んでいる。様々なソフトのインストールには、予期せぬトラブルも起りかねない。少し落ち着いてから組み立てようと思っている。
仕様は、DELL Dimension 2400 19inch TFT 付きである。ノート型にするかデスクトップ型にするかで悩んだが、結局これまで通りデスクトップ型にした。安価なのが理由の一つである。早く使ってみたい。うずうずしながら横目でパッケージを睨んでいる。
2005/01/05(水) 賀状、ありがとうございました 今年も多くの賀状をいただいた。昨年喪中で賀状をいただけなかったYさんからも、今年は届いた。いつも素敵な内容に感心する。聞けば、アイデアは奥様の案になるものだそうだ。今年は梅の花だった。淡い色遣いが新春の寿ぎを伝えている。
干支に因んだ賀状が圧倒的に多かったが、変ったところでは韓国の衣装を着けた写真もあった。もっとも、ここ数年来韓国に行っているそうで 「追っかけではありません」 との注釈付きだった。手作りの版画も、毎年三人の方から送られてくる。さらに、墨痕鮮やかに表書きも裏面も一字一字丁寧に書かれた賀状は、いずれも大先輩の方々から届いたものである。綴られた文は長くはないが、心に響く。衿を正す思いで読ませていただいている。
2005/01/04(火) 気を引き締めて 少々身体が重い、と感じる。ここ数日の酒浸りのせいである。殊勝顔で神棚に手を合わせ、供えたお屠蘇をうやうやしくいただく。正月はやはりビールよりも日本酒が合う。しかも、朝からきこしめしても頭が痛くならないから不思議。これはやはり、敬虔な祈りのせいに違いない。家内安全を祈っては飲み、五穀豊穣を祈願しては飲み、万国の平和を願って飲む。「災」という字の、再び聞かざるを祈って杯を傾ける。などと言いつつ飲むことが許されるのは、三が日までである。
今日が仕事始めというところも多い。車を運転している人も、町中の表情も、なにかしら昨日までとは違う張りつめたものが漂っている。さー、気を引き締めて、いざ行かん。
2004/01/03(月) 連合町内会の合同新年交礼会があった 4連合町内会の合同新年交礼会があった。鷲別地区、美園・若草地区、新生地区、そして富岸地区の4連合町内会である。平成4年から欠かさず出席している。今年も多くの参加者が鷲別公民館に集まったが、今年の参加者は例年に比べて若干出席者が少ないように思った、気のせいだろうか。
この交礼会には、関係校区の各小中学校の校長先生と教頭先生も出席される。学校と地域との連携は、これから益々深く密接な関係が求められる。悪いことをした子どもは、たとえ他人の子どもであっても叱る、そういった地域や大人の力をを取り戻すことが必要だ、出席者のお一人が語っておられた言葉には頷くものがある。
2005/01/02(日) 箱根駅伝に見入って 正月2日は、無線のニューイヤーパーティに参加するのが恒例だった。昨年、今年とサボり気味である。実は一昨年、結願した。つまり、連続12年間交信を終えアワードを獲得した。これは正月2日、3日の二日間の間に20局(以上)の交信を行い、そのログを提出することによって認定される正月だけの限定版である。
年々、無線交信は衰退気味である。それでもこの正月のQSOは、結構賑やかなのだ。それは、この正月のQSOだけには出る、と言う局長さんがいて懐かしい声を聞くことが出来るのだ。今日も、無線のスイッチだけは入れていた。声も聞こえてはいたのだが結局マイクを握ることはなかった。実は、箱根駅伝を見るのに夢中で・・。
2005/01/01(土) 佳き一年でありますように
遠き人 遠き想ひの賀状来る 〈山下麦秋〉
新年あけましておめでとうございます。登別市では、雪も少なく比較的穏やかな新年を迎えることが出来ました。皆様には、お健やかに佳き春をお迎えのことと心からお慶び申し上げます。昨年は何かとお世話になりました。本年も旧に倍してご厚情を賜りますようお願い申し上げます。
深夜、元朝参りに行ってきました。あまり並び待つこともなくお参りが出来ました。引いたおみくじは「末吉」でした。驕ることなく卑屈にならず冷静で沈着な行動をするようにとの内容でした。心して、この一年を進んで行きたいと考えています。どうか、お力添えの程 お願い申し上げます。
迎えた2005年が、皆様にとりまして実り多き佳き一年でありますように・・。