・・・くま日記・・・


2004/12/31(金) 一年間、ご愛読ありがとうございました
 「作家の宇野千代は、ある日、天狗屋久吉という阿波の人形師に会いました。八十すぎの人でした。彼は縁側に坐って、一日中、ノミを使って木を刻みます。『十六の年から、こうして毎日、木を刻んでましたのや』という人形師の言葉を聴いて、宇野は思います。そうだ、毎日、書くのだ、と。
 宇野が非凡なのは、思っただけではなく、それを実行したことです。『書けるときに書き、書けないときには休むと言うのではない。書けない、と思ふときにも、机の前に坐るのだ。すると、ついさっきまで、今日は一字も書けない、と思った筈なのに、ほんの少し、行く手がみえるやうな気がするから不思議である』
 人形師が毎日縁側に坐るように、毎日、必ず、机の前に坐る、そうすればおのずから文章が書ける、と宇野はいっています。」<文章の書き方・岩波新書・辰濃和男著> 


2004/12/30(木) 次なる目標 50th へ
 なんとしても年内に済ませておきたい、そう思っていたものが幾つかあった。不要な書類の廃棄、机の上の整理、包丁研ぎ、窓ふき、洗車などなどである。
 中でも気になっていたのは、ボーイスカウト登別第1団のHPの更新である。今月、団では45周年記念式典を催した。記録係として写真を撮ったのだが、これの整理が遅れていた。あまりに多くの写真を撮りすぎてどれをアップするかの検討に時間を費やしていた。今日、独断と偏見で選んでアップした。同時に報告書も作成した。今、少し心の重荷から解放されたように感じている。


2004/12/29(水) 「USO放送北海道」年間賞
 読売新聞に載る「USO放送北海道」年間賞に決まったのは、『 「組長の使用者責任認定」 道警本部長はどうなっているんですかー道民 』 と言う札幌・もみじさんのものだった。これは、広域暴力団組長に対し「直接指示してしなくても責任が認定される」とした最高裁の「使用者責任」をうけての投稿。道警裏金問題を取り上げた作品は他にも多かったそうだ。
 このところ、警察官に対する道民からの風当たりは強いと聞く。真面目に勤務しているお巡りさんにとっては、腹立たしい裏金問題だったろう。先日も、錆の浮いた警察所有の車を運転するお巡りさんを見ながらそう思った。


2004/12/28(火) 更地になった場所
 以前建物があった所がいつの間にか更地になっている、市内何カ所かにそんな場所がある。そこにどんな建物があったのか思い出せないことも多い。人間の記憶が、いかにあやふやなものであるのかを実感する。
 逆に更地になったことで、より鮮明に記憶が蘇ることもある。自らの関わりの深かったものは尚更である。破綻した企業の建物の跡地などがそれである。いっそ、新たな建物が建ってしまえば不幸な想いでは薄れるかもしれない。そう長い付き合いでなかった者でさへそう思う。生活の糧をそこで得ていた人にとって、かっての場所が更地になったのを見ることの辛さを思わずにはいられない。


2004/12/27(月) 正月は混むかな?
 リニューワルなったゴルフ練習場に行ってみた。プリペイドカードの自動販売機が設置されている。まだ、全打席がカード対応になっていないようだが、正月休みの期間中には完備されるらしいと聞いて先ずは一安心。首振り式のジェットヒーターが暖かく、打席のマットも新調されていて気持ちいい。
 ところが困ったことが一つ。自動的にセットされるボールの高さが、一定以上高くならないのだ。デカヘッド愛好者にはもう少し高くティアップしたいのだ。これはなんとかしてもらいたい。行ったのは休日の午後だが、再オープンを待ちかねたように多くのゴルファーで埋まっていた。この分なら、正月休み早めに行かないと打席を確保できないかな。


2004/12/26(日) 歳末夜間パトロール
 今年は10人が集まった。町内会の歳末夜間パトロールである。警ら棒片手に、二手に分かれて町内を一巡する。今回はそれぞれの組に一人ずつ警官が同行してくれた。
 物置の屋根が、二階への進入経路に使われる。繁った植木は、不審者が隠れていても見つけにくい。など、警官から見た危険個所の指摘にあらためて意外な落とし穴に気づく。町内会の街灯は、かなり充実したつもりだがまだまだ暗い部分も目に付く。各家庭の玄関の灯をともしてくれるだけで随分と違うのですがねえ、と言う警官の言葉に一同頷く。町内会では、年に何度かはこうしたパトロールを続けているが、互いに気を付けるにしくはない。まずは、隣近所声をかけ合うことからはじめよう。


2004/12/25(土) 続く、忘年会
 忘年会が続く。今日は、某寿司屋の2階だった。「まずは、ビール・・」のジョッキで乾杯。あとは持ち込んだ日本酒をいただく。銘柄は 「蔵」 むろらんの「ますくら」がどこかに作らせたものらしい。コクのある、やや重めだが美味しい日本酒だった。肴は、刺身、タラバガニ、一人用の鍋、それに盛り合わせのニギリと会費に合わせてつつましやかな内容だが話題は豊富。この一年を振り返っての反省の弁と来年への抱負。
 楽しかったのは、幹事が趣向を凝らして用意したゲーム。童心にかえったように全員の顔に真剣みが増す。賞品が当たるというのは幾つになってもうれしいものである。
 「くまのさんでしょう・・」 乗ったタクシーの運転手は顔見知り、と言うおまけ付きの楽しい忘年会でしたー。


2004/12/24(金) ピピッと情報クラブ
 ピピッと情報クラブが楽しみである。加盟店からのお得情報がメールで配信される。例えばこうである。
 「くまさん様、本日に限り、好評アイテム第一位、はなまるシューを販売します。シュー生地の中に、ふわふわスポンジ、生クリーム、カスタードクリームが入った、ビックシュークリーム(12a) 通常価格525円、会員様価格420円、限定15台、メール見たと笑顔で言って下さい。お問い合わせ0143-88-****」
 つい、店に走りたくなるではないか。出来れば市内全域で、毎日必ずどこかの店が情報を流す。競ってそこに出かけるってことにでもなれば・・。今後が楽しみである。


2004/12/23(木) 慌てて・・
 もう少し早く取りかかっていればこんなに困ることもないのに、と思うことは多い。差詰めこの時期なら、年賀状である。日記を繰ってみるまでもなく、次年度は早くから取りかかろう、などと反省の弁が並んであるのだ。
 今年も例外ではなかった。慌てて、今年いただいたものを眺めながら、さて、どんなものにしたらいいかなどとアイデアを練っている。宛名書きをパソコンにしてから少し楽になった。自分が受け取ったときのことを考えれば、印刷されただけのものは寂しい。なんとか個性的なものに仕上げたい、年賀の文だけはなんとか手書きに、などと意地を張り通してきたが、今年度はさて?


2004/12/22(水) 老化現象?
 足、腕に張りがあり、腰が痛い。昨日、今日と力仕事をしたわけでもない。思い当たるのはただ一つ。日曜日の2件である。一つは、昨日の日記に書いたように日曜日洞爺に一泊した。実はこの時、サービスとやらでボーリングをやった。指孔の合うのを探してボールを選んだら、16ポンドのものだった。右手の二の腕が張り、太ももに痛みがあるのはこのせいだ。と、もうひとつ。同じ日曜日、トラックに積み込んで整理した大量のゴミの処理である。高いトラックの荷台に何度も乗り降りした。腰の痛みはこれに違いない。
 が、いずれも三日も前のことである。今頃痛みを感じるとは・・。うーん、典型的な老化現象か?


2004/12/21(火) 自分の鼾は聞こえない
 大浴場の大きなガラス窓を通して、洞爺湖が見える。暗闇の湖面の中にうっすらと雪化粧した中の島が浮かんでいる。このアングルは、なかなか捨てがたい。夏なら花火も盛大なのだろうが、この時期は行われていないのか静かな空間が拡がっていて、ゆっくりとしたくつろぎを与えてくれる。
 仲間と忘年会としゃれ込んだ。ビールの空き缶やつまみの袋が散乱する狭い部屋に5人がごろ寝だが、誰も文句を言わない。とりとめない会話が進む。気心の知れた仲間だけに許される贅沢で、無為な時間。癒しとはこんな状態を言うのかも知れない。朝、互いに相手の鼾をなじる。


2004/12/20(月) 年末になって、ようやく
 「4トン車、ユニック付き、しかもロングボディ・・ ちゃんと運転できるのかい?」 そう心配されながら借用したトラックで、最終処分場へ大量のゴミを持ち込んだ。
 勿論、燃えるゴミ、燃えないゴミにきちんと分別しての搬入である。それでも、何点かは注意を受けた。木材などはきちんと規定の寸法に切断しなくてはならないのだが、若干のサイズオーバー。困ったのは書類の類である。段ボール箱ならきちんと収まるのだが、段ボール詰めは許されない。全て、規定のゴミ袋に入れ替えたのだが、重いせいですぐに破れてしまう。
 ともあれ、慣れぬトラックの運転に少々の緊張はあったものの、庭に積み上げていた一山が処分できた。年末になって、ようやく大きな懸案の一つを終えたという感じである。


2004/12/18(土) 大容量時代の幕開け?
 いよいよである。大容量時代の幕開けと言うべきか。登別市内に「Bフレッツ」が提供される。来春、市内中央町、常磐町、新川町、富士町などの一部で開設されることになった。
 登別市のHP 掲示板でも、多くの希望がある。とりわけ、未だISDNしか提供されていない温泉地区、富岸地区、若山地区などの希望者から一刻も早い施工が望まれている。商工会議所を中心とした誘致活動が、やっと、実ったと言うことだろうか。
 インターネット接続に時間がかかったり、突如真っ黒画面に変ったりと、このところ不調なパソコンとの付き合いで少々疲れ気味の我が身には、「Bフレッツ」も縁遠いこととたかをくくっていたが、そろそろ内容の把握につとめねばなるまい。


2004/12/17(金) 近々、再オープン
 今年三月末に営業を停止していた「登別シーサイドゴルフセンター」が、近々再オープンすることになったと案内の葉書が届いた。冬場の防寒対策も講じられる由、これはこれからの季節に練習をと考えている利用者にはうれしいニュースだ。近くに練習場がないわけではないが、吹きさらしの寒風の中では練習する気にもなれない。そう言った意味では、再オープンを喜びたい。
 反面、幾ばくかの不安がないわけではない。その一つは、親切な教え魔につかまる頻度が高くなることだ。グリップから始まり、スタンス、スイング 手とり足とり、実に懇切丁寧な教え方なのだ。いま、これぞと思うスイングがやっと固まりつつある。せめてこれだけは崩されないように、気をつけねば。


2004/12/15(水) 自分好みのパソコンを
 量販店などでのパソコン販売は苦戦、反面、ネット販売は盛況と言う。それは、消費者の機能選択の自由度が高いことと、それに伴う価格表示が即座にされるなどの理由らしい。
 実は今日、D社のネット販売のサイトを覗いてみた。欲しい機能や性能を選べる「カスタマイズ」で、オリジナルのパソコンが注文出来る仕組みになっている。メモリー増設など自由な組み合わせができる。しかも、その場で価格が表示される。店頭販売なら、こうは行くまい。パソコン使用目的に個人差がでて、自分だけの特注品が選択できる。これが、ネット販売の人気の要因だろう。すでに、心の内では仕様の決定をみているのだが、残る問題はただ一つ、費用の捻出。うーん・・。


2004/12/14(火) 外で飲む酒、家で飲む酒
 今日の道新夕刊に 「外で飲む酒、家で飲む酒」 と題したコラムが載った。札幌在住のソムリエ・菅原明洋氏の書かれたものである。読まれた方も多かろう。
 外にあっては、美しいみえと粋で非日常に酔え、家では現実的に安くて美味い酒を・・。非日常を家に持ち込んだり、現実的なものを店に求めてはならぬ。それが、酒飲みの「粋」だと言われる。もっともな論だと思う。ただ単に酔っ払うだけなら家で安酒を呷っていればいい。夜の店で飲む酒が少々高くても、それは酒代と共に「粋」を一緒に味わっているのだと思うことにしよう。
 が、しかしであ。ならば、高い酒にはそれに見合う「粋」を付属して欲しいものである。高いウヰスキーに水と氷を入れて、ただ掻き回しただけであとは勝手にカラオケでも唄えって態度は許せないと思うのだが、どうだろう。


2004/12/13(月) 水割り片手に
 それでなくても気ぜわしい年末なのに、また余計なものを安請け合いしてしまった。報告書が一つ、ちょっとした感想文が二つ。いずれも、今年中にと厳命である。
 どうせ大した内容のものが書けるわけでもないのだから、さっさと済ませてしまえばいいのだが、なかなか進まない。ただ無策に過ごしていてもと資料を拡げるが、気分が乗らないとなんともし難い。文章の出だしの文句さへ浮かべば、一気にはかどる。多くの方がそう言われるように、自身にも似たような経験があるのだが、三つも重なると、これがなかなか。
 それにしてもあとがない。今夜は一つ、水割りでも側に置きながら気合いをいれて・・。


2004/12/12(日) ボーイスカウト登別第1団が45周年を迎えた
 日本ボーイスカウト登別第1団の45周年記念行事が、120名の参加を得て今日行われた。団関係者のみのささやかな式典であったが、それだけに和やかで楽しい内容となった。ここまで継続することが出来たのは、偏に、青少年の健全育成を願う、その時々の心ある人達の努力の賜である。加えて、我が子の成長を願う父兄の協力のお陰である。
 子ども達は宝物である。ご協力をいただいた全ての人々に感謝しながら、50周年に向けて、なお一層努力しあうことを誓いあった。


2004/12/11(土) 努力に勝るものなし
 久しぶりであった。知人がギターを携えて訪ねてきてくれた。よく知られた名曲を、知人のギターと尺八で合奏する。日々、練習を重ねているに違いない、知人のギターの腕前は一年前と比べて格段の進歩を遂げていた。引き替え、わが尺八の腕は停滞。ままならぬ指遣いに、我ながら腹立たしい。
 実は午前中、大正琴との合奏の練習でも手痛い目に遭ってきたのだ。これは、正月明けて早々にあるイベントでの席上で発表をしなくてはならないもの。初めての曲に悪戦苦闘。形にするには相当な練習を積まねばならない。うーん、この調子なら、暮れも正月も飲んだくれているわけにもいかないかな?


2004/12/10(金) 予定が狂いませんように
 この時期、手帳を開く回数が増える。ダブルブッキング、やむなく片方をキャンセル なんてことにならないように、約束した事はその場で手帳に記入する。どうしても週末、土日に予定が重なることが多い。予定の期日が駄目な場合には、その場でお断りせざるを得ない。
 前年度の日記を見ながら、ある程度の予測を立てる。そして、出来るだけ重複を避けながら綿密に予定を入れる。が、それでも予定が狂うことがある。それは、突発的な事態の発生である。一番多いのは、葬儀である。これは、予定の入れようがない。これから寒さが一段と厳しくなる。予定を書き換えることがないように祈りながら、朝刊を開いている。


2004/12/09(木) 晩年の成田雲竹師
 成田雲竹 青森県生まれの民謡の大家。民謡の世界にあっては、神のような存在として知られる。警察官として、北海道に勤務した。従来、あらたまって人前では唄われていなかった作業唄や山唄などに三味線や尺八の伴奏をつけて唄い世に送り出した。名曲、津軽謙良節、ホーハイ節などがその一例である。今では、その伴奏をつとめた高橋竹山の名前の方が通りがいい。
 実は、晩年の10年を室蘭市で過ごした。一世を風靡した、くもりのない澄んだ声質は、75歳をすぎてなお聞く人の心を捉えて離さなかったという。 「声の良さが人の心を打つのではない、積み重ねた人生が声になり、それが人の心に響くのだ」 そう言っていたと、雲 の一字を雅号にもらわれた弟子が語る。そのお弟子さんでさへ、すでに90歳、明治は遠い。


2004/12/07(火) 登別の資源の利活用
 やはり、そうだったのか、と、今までの自分の無知さを実感。今日、登別地域大学主催の「登別の資源の利活用」と題したまちづくりシンポジウムが開かれた。その資料の一部として添付された地図に旧札幌街道の文字を見つけた。幌別側から登別方面に辿る道、旧道と書かれた道である。
 実は、ずーっと、以前から気になっていた道なのだ。ひょっとしたら、こんな道があったのかもしれない、そんな秘めた思いが、いともたやすく何のためらいもなく提示された。少々、拍子抜けの感である。
 このことについては、後日詳細に書いてみたい。


2004/12/06(月) すごい迫力だった
 宇崎竜童、明大法学部卒。 今日、室蘭プリンスホテルでのディナーショーに行ってきた。サングラスにつなぎを着ての「ダウン・タウン・ブギウギバンド」 デビューは強烈な印象だったが、実は、ブルースを基調とした日本のロックバンドの先駆けだったのだそうだ。
 作詞・阿木耀子、作曲・宇崎竜童のコンビによる山口百恵のヒット曲。宇崎本人も作詞はするが、奥さんの阿木耀子の方が曲数は多かった、と今日のトークにあった。
 宇崎竜童と聞くと、つい親しみを覚える。と言っても、昔からのファンと言うわけではない。実は、江差出身の歌姫 木村香澄ちゃんが、一時期宇崎竜童と行動を共にしたことがある。という、単にそれだけの理由なのだが・・。


2004/12/05(日) 体はよけた。それでも煙はぶつかった。
 「体はよけた。それでも煙はぶつかった。」これは、マナー気づき編と称したJTのコマーシャルである。人混みの中でのたばこは止めよう、煙だけでも他人に迷惑をかけている、と言う意味なのであろうか。そこまで気にしているのなら、ついでに、「体も煙もよけた。それでも嫌な臭いはぶつかった。」というのも加えてみたらどうだろう。
 たばこを吸うのを止めて、あらためて他人の吸うたばこの嫌な臭いに気がついた、と言う人は多い。場所さへわきまえてくれれば、他人が吸うたばこに対して出来るだけ寛大でありたいと思っている。しかし、食事の際に吸われるたばこは結構きついものがある。折角の料理が、たばこの嫌な臭いで台無しになっていることに気がついてくれれば、顔をしかめなくて済むのだが。


2004/12/04(土) 子どもより母親の教育を
 子どもの授業参観日、授業参観そっちのけでお喋りに興じるあきれ果てた母親の態度に怒りを感じた人の感想が、今日のむろみんトークに載っていた。全く同感である。この手の親に限って、教育現場に子どもの教育の充実を求めたがるケースが多い。
 このような事例は授業参観だけに限らない。町内会の会合や、趣味の集まり、そうした多くの会議体の中で見受けられる事例である。人の話も聞かず、お喋りに熱中する。挙げ句の果てに、出た結論に対して聞いていないからと再度説明を求めたりする輩である。
 このような場合には、主催者側が厳しく注意すべきであることは勿論であるが、周囲の人も会議に集中するようし向ける努力をしよう。そうでないと、それこそ無駄な時間の浪費に付き合わされることになりかねない。


2004/12/03(金) 元気で飲めるうちが・・
 喪中の葉書が届く。この一年、見知った方の不幸がこんなに多かったかとあらためて思う。永く患っておられた方、或いは、急な変調をきたされた方、慌ただしい葬儀がすんで、いまこうして喪中の葉書を出される残された方の寂しさ、心の悲しみはいかばかりだろう。
 我々は、元気で生活できる幸せを噛みしめなくてはならない。家でさへ、最近は築50年と持たない。車でも20年も乗り続ける人は稀だ。人間の身体、考えてみれば部品も入れ替えないでよく動いているものだと思う。自分だけは元気だ、つい、そう思いがちである。しかし、いつまでも健全とは限らない。確実に老化していく。大事に使わねばなるまい。時に、充分な休息の時間が必要なのではないか。心も身体も。でもなあ、元気で飲めるうちが花だ、とも言うし・・。


2004/12/02(木) 北極点に到達した女性
 北極点に到達した女性としても有名な、女優の和泉雅子さんの講演会が、昨日あった。
 北極点を目指した60日あまり、毎日、5000キロカロリーの栄養をとってなお、体重が10キロも落ちるような、まさに極限での過酷な状況が、スライドを使用しながら女優らしい柔らかな口調で語られた。
 会場には、昔からのフアンも含めて、多くの聴衆が集まった。遠くは、苫小牧や伊達からも来てくださった。関わったものの一人としてうれしい。
(写真は、総合学習の勉強にと来てくれた伊達市立達南中学校の生徒4人と中央は和泉雅子さん)。


2004/12/01(水) 212から208市町村に
 道内、34市、154町、24村 合計212市町村 その中から、視察先に我が登別市を選んでいただき光栄です。視察を受け入れる際の歓迎の挨拶で、こう述べていた。
 平成の大合併、道内の先陣を切って新・函館市が今日誕生した。戸井町、恵山町、南茅部町、それに、椴法華村が函館市に編入され、34市、151町、23村 合計208市町村になった。これから、徐々にこうした合併が進むことになるのだろう。
 合併は、住民が熟慮に熟慮を重ねた上での結論だろう。是非とも、合併してよかったと思えるような新しい自治体になって欲しいと願うものである。そして、そのためには、市民や議会、行政の努力は勿論、道も国もその行く末を見守る義務があると思う。合併を煽り立てるだけで、あとは知らないと言うのでは無責任すぎるというものだ。