・・・くま日記・・・


2004/10/31(日) 次回こそはリベンジ
 9ホールを4コースをまわって、トータル144。決して悪いスコアではない、と思うのだが、これがなかなかどうして、こんなスコアでは10位にも入れない。バーディが当たり前、イーグル狙い、下手すればホールインワンさえ出しかねない強者ばかりだ。
 わいわい騒ぎながらのパークゴルフ、終了後はジンギスカン鍋を囲んで懇親会。口の達者な連中ばかりだから、一人ずつのスピーチを聞いているだけでは誰が優勝したのかわからない。回数も相当にこなしてはいるのだろうが、さすがに、自分のクラブやボールを持参している者は上手い。今回も、上位を占めたのは、いつもの顔ぶれだった。悔しい、次回こそリベンジを・・。


2004/10/30(土) 折角のチャンスに
 こういう場合は、サクラでもいいから「アンコール」と、声を発する人を決めておかねばならない。折角、いい唄い手が来ているのに2曲くらいで終わっては勿体ないではないか。今日、あるチャリティのお手伝いをしてつくづくそう思った。
 お嬢さんの三味線に合わせて、まずは、「北海浜節」 続いて、「鱈釣り節」 張りのある声が会場一杯に響きわたった。会場の手拍子に唄い手の気持も乗ってきたところだ。アンコールの声がかかれば、「江差追分」を一本通す心づもりもあったのに。
 尺八の伴奏をしていると、その時々の唄い手の気持がよくわかるのだ。司会者を責める積りはないが、ここで一声あればなあ・・と思いつつ舞台を降りた。


2004/10/29(金) 視察を終えて
 気温差が20度(摂氏)もある。北海道と沖縄の気温差に、日本の広さを実感した。25日から今日まで、会派の視察だった。沖縄では、那覇市の IT 創造館、名護市マルチメディア館、宜野湾ベイサイド情報センターを訪問し、それぞれ沖縄における情報特区の取り組みについて視察させていただいた。
 また、今日の午前中は、総務省を訪れ担当官から 「21世紀におけるインターネット政策のあり方」・・日本発の新 IT 社会を目指して・・についてのレクチャーを受けた。
 IT が、単なる情報授受の便利さだけでなく、人材育成や企業支援、企業創出、ひいては雇用の拡大に結びつけるための有効なツールであることを再確認した視察であった。


2004/10/24(金) 体型の違いに唖然
   外人に和服を着せる手伝いをさせていただいた。初めての経験である。カナダ人、AETとして赴任、希望して北海道にきた。知り合ったお嬢さんと婚約中。日本の文化をもっと知りたい。とりわけ三味線に興味があり、吉田兄弟のCDを買い込んで聞いていると言う。
 あらかじめ大きめの着物、大きめの袴が用意されていた。が、なにしろ足袋のサイズでも30センチの超特大。それに、腰骨の位置が高い。前にまわり、後ろにまわり。帯一つに悪戦苦闘。終わったときは汗だくだった。
 あこがれの三味線にも触れて、チョンチョンと音を出した彼。その、満足そうな笑顔がなかなかよかった。


2004/10/23(土) 今年もまた
 くまのさん、食べるかーい? I 山さんから、今年もまた立派なカブをいただいた。どさどさっと、玄関先に並べたのがこの写真である。昨年もこの時期だった。子どもの頭ほどの大きさがある。昨年は大きいもので、直径55.6センチあった。今年のはやや小ぶり、それでも50.5センチほどある。平均した大きさである。
 昨年は千枚漬けにして美味しくいただいた。甘みがあり、さくっとした歯ごたえがあって、酒の肴に絶品だった。
 さて今年は、どうやっていただこうか・・。


2004/10/22(金) 議員のメルアドの公開
 ちょっと安堵している。懸案であった議会のHPから、議員個人のメールへのアクセスが可能になったことにである。これまでは、登別市のHPを開いてみても、議員の情報は何一つない、などと書き込みがされることが多かった。
 これについては、議会でも IT 推進に関する特別委員会の中で早くから検討してきた。慎重派と積極派とに分かれたが、電話番号や、メルアドを市民に公開すべきである、と強く望んだ立場をとった一人として、遅ればせながら、これが実現したことに安堵している。
 電話、メール、ファックスなど、手段はどうあれ、市民から議員へのコンタクトが増えて、まちづくり論議が活性化する一助になれば幸いである。


2004/10/21(木) 溢れるような情報に囲まれている
 溢れるような情報に囲まれている毎日である。新聞、テレビ、雑誌、それに、インターネット。欲しい情報の何割かは、これらのいずれかから得ることができる。とりわけ、インターネットには、必要な全ての情報が網羅されていると言っても過言ではなかろう。
 ただ、自身のこの web もそうだが、内容の取捨選択は発信者の一存にまかされている。しかも、発信コストの低廉さや、簡便さから、ピンからキリまでの情報が溢れることになる。いきおい、内容が偏ったり、見方が一方的になったりする危険性は多分にある。
 公的機関の発信するものも含めて、インターネットから得た情報に頼って何かをしようとする場合、その情報の確かさを判断する能力が求められる時代になった。とは言え、まずは探す努力をするのが先決であることは論を待たない。


2004/10/20(水) 幅広、甲高
 そろそろ捨ててもいいかな、と思いつつも未練がましく履き続けている靴がある。今時、底を張り替えてまで靴を履き続ける人もいないだろうに、と自身の貧乏性に苦笑している。
 履きやすくて手放せない靴が3足。幾らかましなものが、3足。いずれもR社製である。履きやすいとはつまり、形の悪い足なりに変形をしたものである。幅広だけならともかく、甲が高い。靴紐も通常のものより長いものを別に買い求めなければならないほどである。お陰で、幾ら酔っ払っても人の靴を間違って履くと言うことは絶対にない。逆のことは何度かあるが・・。
 一度くらいは、格好いい靴を履いてみたいものだ。今日届いた通販のカタログを見ながら、そんなことを思った。


2004/10/19(火) その土地でしか味わえないもの
 その土地にしかないもの、その土地でしか味わえないもの。旅行客は、それがあれば例え不便であっても、多少の出費を必要としても訪れる。観光地の多くは、その独自色を出すのに苦労することが多いが、歴史的に培われた文化や芸能が、その役目を果たしているところもある。民謡の「江差追分」などは、その典型的な例である。
 江差追分会は、全国125支部 4500人の会員を有する。そう言った意味では、どこでも聞ける民謡ではあるのだが、やはり、江差の師匠の唄う「江差追分」を求めて集まってくる。
 地元江差町や、江差追分会本部は、そのことに胡座をかくことなく、訪れる人に何が還元できるのか、満足して帰ってくれているのか、いま、真摯な検証が求められているのではないか。


2004/10/18(月) 芸能人の多才な美術展
 やはり、今年も八代亜紀、北野 武が群をぬいていた。「芸能人の多才な美術展」に出品された絵画である。昨年に引き続き、今年も会場に足を運んできた。
 その他目に付いたところでは、加山雄三、国広富之、川合伸旺。意外、と言ったら叱られるかもしれないが、松村邦洋もなかなかいい。八代亜紀にしろ、北野 武にしろ、いずれも素人の域を超えたものだが、中原丈雄の作品も同様の思いを得た。「煙草をもつロイカ・トブジェ氏の肖像」一点が出品されていたが、他を圧する迫力だった。
 いずれにしろ、「一芸に秀でるものは・・」とは、よく言ったものである。芸能界の多忙な日々の中に、きちんと自分と向き合う時間を持つ。TVの画面だけではわからない側面に触れる思いがした。


2004/10/17(日) 観楓会の時期なのだが
 今年は紅葉が楽しめないのだろうか? この時期、鮮やかな色合いが楽しめるはずのいつものルートも、山全体が茶色のかさついた感じだった。台風の塩害だと言われるが、艶やかな色彩を観賞できないのは寂しい。
 それでもは観楓会は行われているらしい。登別温泉で一泊しながら楽しんできたと言う話も聞くから、紅葉の出来不出来には関係ないのかもしれない。
 ところで、観楓会は北海道だけの行事なのだろうか?春の花見は全国的に聞くが、観楓会はどうなのだろう。さらに、観楓会と紅葉狩りは違うと言う人もいる。紅葉狩りは、日帰り。観楓会は、一泊するのだそうだ。さてさて・・。


2004/10/15(金) ミスの原因
 毎週金曜日、北海道新聞の夕刊に 「鈴木則夫のエンジョイゴルフ」 というコラムが連載される。毎週、楽しみに読んでいる。我々アマチュアの多くが侵すミスを分析し、その対処法が書かれている。
 見出しだけでも面白い。「ゆったりと」「力まず」「打ち急がない」「大振りしない」「謙虚な気持で」「コンパクトなスイングを・・」 などなど。まるで、我がスイングを見られているような内容である。ミスには、それを犯すそれなりの原因がある。前述の見出しは、その原因が羅列されている。しかし、ここで意識すべきことは、そうしたミスを犯す状況に陥った精神的背景こそが問題なのだ。シーズンも残り少ない。万全を期さねば。


2004/10/14(木) 2005年度版の手帳が届いた
 2005年度版の手帳が届いた。蛇腹式の「超・・・」と銘打った手帳である。2005年度版で、10年目を迎えるという。8週間の予定が一望できることと、A4サイズの紙がそのまま収納できること、さらに、必要な部分だけ挿入できることが魅力で使い続けている。10年も経ったという実感はないが、使用済みのリフィルの厚さをみてなるほどと頷いている。
 バイブルタイプの手帳に一時期凝ったことがあって、これのリフィルやら、若い頃からの使い古しの手帳が書棚の奥に並んでいて書棚の一部を占拠している。捨てるに捨てられないで溜る一方だが、万年筆の色褪せたメモをみるのも結構楽しいものだ。メモそのものは、くだらないことが多いのだが・・。


2004/10/13(水) 望ましい街灯の形
 なんともいい形をした街灯ではないか。一方は、車道を照らし、そしてまた一方は、歩道を照らす。
 常々、こういう街灯が欲しいと思っていた。これは、道南のある街中、国道228号線に設置されている街灯である。歩道を照らす部分の街灯の電気代は、町でみているそうだが、わざわざ、歩道のみの街灯を設置するより安価だろう。
 実は、市内の道道の側の歩道は、意外に暗いのだ。通学路でもある所も多い。子ども達の安全面からも、こうした街灯が設置されると本当に助かるのだが。


2004/10/12(火) 文化のかをり高いまちをつくろう
 登別市議会議員24名のうち、登別市文化協会の会員としての登録している議員は、6名である。その議員と、文化協会役員との懇談会があった。
 6名もの議員が文化協会に所属しているとは心強い。期せずして、登別市の文化の有り様について、それぞれの熱い思いを語り合う場となった。近隣市町村に比して、市の文化行政が群をぬいているとは、残念ながら言い難い。
 登別市の市民憲章にも述べられている 「・・平和で文化のかをり高いまちをつくる・・」 その、具現化に向けて、共に叡智を出し合おう。その思いを確認し合った一日であった。 


2004/10/11(月) まさか、こんな雨の日にゴルフを・・
 ひどい雨模様だった。サンルームの屋根に打ち付ける雨音で、テレビの音声が聞こえない。まさかこんな日にゴルフに興じる輩はいないだろう、誰もがそう思う。ところがいたのである。嘘ではない、この目で見たのだから。
 はは・・、なにを隠そう。実は、恥ずかしながら現場まで出かけた一人なのである。先輩や札幌からの友人達と、ラウンドの約束もあった。昔から、少々の雨なら厭わない仲間だ。ひょっとしたら、やろうということになるかもしれない。が、今日の雨にはいささかたじろぎを感じた。
 東京の友人には、全員のスコアとフォームを写真に撮って連絡することになっている。すでに、次回の日程の予約も済ませてある。少々のお待ちを・・。


2004/10/10(日) 多い吟の愛好者
 身の回りを見回して、詩吟をやっている人を見つけるのは難しいことではない。議員仲間でも、O氏、K氏、KD氏がいる。名前の下に、泉、山、風、岳 流派によっては、晨、鵬などの雅号を使っておられるから、ちょっと見にはわからないが、結構見知った多くの人が吟を楽しんでおられる。吟道協議会に登録されている会員数は、千人を超えるそうだ。
 吟じられるのは、漢詩が圧倒的に多いが、和歌や俳句もある。背筋を伸ばし、腹から声を出す。そう言った健康面での効用の他に、詩の魂を詠ずることで人間性に磨きをかける、それが吟の大きな魅力でもあるのだろう。
 今日、室蘭吟道協議会主管の吟道大会が開かれ、何人かの方の吟に尺八を添えさせていただいた。声の高低にかかわらず、いずれも心を打つものがあった。


2004/10/09(土) 捨てきれないもの
 先日物置の整理をした際、不要品は思い切って捨てた、と書いた。ところが、どうしても捨てきれなかったものが二つある。そのうちの一つは、山の道具である。重い山靴、厚いキャンバス製のキスリングザック、それに、カラビナやハーケンなど岩登りの道具だ。いずれもすでに旧式で、恐らくは今後使うことはなかろう。不要品のグループに分類したが、結局、捨てるのは先送りとなった。どうも、郷愁の部類に入るらしい。
 もう一つは、雑誌である。A5版の小冊子「アルプ」。昭和33年3月の創刊から、昭和58年2月の終刊までの300号。本棚に収まりきらないので段ボール詰めにしてある。いつか、本棚に移し、創刊号から読み返したいと思ってはいるのだが・・。


2004/10/08(金) 雲の砦Jr.
 写真は、雲の砦Jr.である。雲の砦は、もともと世界貿易センタービルの前の広場に1975年に設置された。9.11の同時テロのあと、救助活動のために撤去された。これは、その1/2の大きさのものである。いま、道立近代美術館の庭にある。流 政之展が終了すれば、知事公邸庭に移設されるという。
 サキモリ、愛のかたち、ナガレバチ、そして刀と飛行空間。流 政之の作品に直に触れたのは、奥尻の北追岬以来である。
 無言の圧力に圧倒される。間近に見た本人は、とても81歳とは思えない。凛とした野武士の風格を漂わせていた。


2004/10/07(木) 心が痛む
 金融庁が、UFJ銀行を銀行法違反(検査忌避)の疑いで東京地検特捜部に刑事告発したそうだ。大手銀行を告発するのは、極めて異例とのこと。悪質性が高いと判断したのだろう。
 この銀行のこうした内容の報道を聞くにつけ、心が痛む。今年こそ見送られたが、東海銀行の時代から毎年登別市で女子陸上部の合宿が行われていた。地元の人達との交流も深まり、毎年彼女らの訪れを心待ちする市民も多かった。
 私自身、交流会の場に出始めて4-5年くらいにしかならないが、同僚のY口議員などは、最初から面倒をみてきたメンバーの一人である。心の痛みは如何ほどのものか。


2004/10/06(水) 登別厚生年金病院の存続を
 厚生年金病院は、全国各地 数多く存在するものだと思っていた。ところが実際には、東京、大阪、九州の3総合病院と、登別、湯河原、玉造それに、湯布院の4個所 計7病院だそうだ。後者は、有名な温泉地にあるから、いずれも、温泉を診療に利用しているのだろう。
 股関節の手術を受けた後のリハビリに、とても効果があるという話を何人もの人から聞いた。知人のYさんや、Oさんもその恩恵を受けた人達である。
 整理合理化が取りざたされている「登別厚生年金病院」の存続を求める組織の立ち上げを告げる報道があった。270人の職員の職場の確保もさることながら、登別温泉という観光地から医院をなくしてはなるまい。


2004/10/05(火) 素晴らしい資源がある
 温泉だけではない、登別市にはこんなに多くの素晴らしい資源がある。それを実感した一日であった。文化協会は、来年(平成17年度) 創立40周年を迎える。そのプレ事業の一つ、市内の史跡巡りを行った。
 今日まわったコースを羅列してみよう。金成マツの碑、知里幸恵の墓、アフンルパル、知里真志保の碑、桂の木、円空作観音像、鉱山町のかっての賑わい、鉱口、片倉家屋敷跡、開拓記念碑、愛隣学校跡、鷲別神社、縄文時代の鷲別遺跡、南部藩警衛番所跡。
 朝9時から、午後4時まで、市の文化財審議委員会のメンバーでもある街道先生の解説を聞きながらの一日。登別市の資源の豊富さに、あらためて思いを馳せた一日であった。


2004/10/04(月) 二日後の痛みはどれほどに
 気になっていた物置の片づけを断行した。運び出すだけで、おおよそ半日。山と積まれたがらくたを見て、引っ越しですかと通りすがりの人が聞く。買っておいた棚を組立て、再搬入。
 この時とばかり、不要品の選択をする。ところが、これが時間ばかりが経過して進まない。やむなく、目に付いたものから再び物置に放り込むことになる。それでも、なんとか不要品と思しきものを選びだし外に積みあげた。みっともないからシートをかけてある。これも早晩、なんとかしなければならない。考えるだに憂鬱である。
 今日の作業に、まるまる7時間を費やした。歳をとると、痛みの出るのは二日後くらいだという。ところが、いますでにこの時間腰が痛い。二日後の痛みはどれほどのものになるのやら・・。


2004/10/03(日) 45周年記念行事にむけて
 ボーイスカウト登別第1団は、今年45周年を迎えた。記念式典を計画中である。ただ、あまり大がかりな行事は行わない。恒例のクリスマス行事と兼ねて、12月に内輪だけで行う予定である。出来るだけ簡素に、それでいて、心に残るような内容にしたい。
 プログラムの展開は勿論子ども達中心の内容になる。加えて、参加してくれる父兄達にとっても楽しい内容にしたい。簡単な昼食を準備する。が、準備するメンバーもプログラムに参加したい。いま、実行委員会を立ち上げて内容を検討中だが、二度・三度と会議が続く。何事につけ、一つの行事を行うと言うことはたやすいことではない。


2004/10/02(土) 尺八コンサート
 明暗虚竹会 「第11回尺八ふれあいコンサート」 になるはずだった。 ところが、9月8日 会を主宰する師 丹羽法堂先生が急逝された。なくなる寸前まで、コンサートの開催を強く望んでおられた。悩んだ挙げ句、師の遺志を汲んで「丹羽法堂先生を偲ぶ会」として、身内だけの吹き会わせ会に変更した。
 それでも、多くの方々が聴きに来てくださった。偏に、師の徳のなせるわざである。
 全員、普段と変らぬ姿勢で演奏したつもりだったが、音色はいつもに増して、沈んだ音に終始した。


2004/10/01(金) 今をときめく邦楽界のホープ
 藤原道山、上妻宏光。今をときめく邦楽界の若手のホープの登場だった。今朝のNHK 朝の番組、ホッとモーニングへの出演である。
 「邦楽ルネッサンス・人気演奏家の素顔に迫る」と題して、尺八演奏家の藤原道山、津軽三味線の上妻宏光の生演奏を聴くことが出来た。
 「音の素晴らしさについては、言うことはない。奏でる音楽の素晴らしさを支えているのは、豊かな人間性である。」ゲスト出演の、デーモン小暮がいみじくも語っていた言葉だ。
 音楽に限らず、芸術全てにわたって言えることなのだろうが、結局、その人の生き様が、唄や、楽器演奏や、絵画や小説などと言う場を借りて、表現されるているだけに他ならない。音楽とは禅であり、哲学ではないか、時にそう思う。