・・・くま日記・・・
2004/07/29(木) 次回のアップは、8月1日 くま日記の書き込みがなくて心配したぞ・・ と、お叱りを受けないように、明日、明後日の二日間の休みを宣言しておこう。
7月31日ー8月1日の二日間は、ボーイスカウト登別第1団主催のわんぱくキャンプを開催する。ボーイ隊では、それに先だって明日からキャンプに入る。二泊三日のキャンプになるのだ。従って、くま日記のアップが出来ない。次回のアップは、月が変った8月1日に。
わんぱくキャンプは、ふぉれすと鉱山のネイチャーセンターを中心に付近での川遊びを行う。「ざ・かっぱ」これが、今回のキャッチフレーズだ。楽しみの多いプログラムが練られている。市内の小学生、中学生を含めて、おおよそ、40人ほどの参加申し込みがあったそうだ。この暑さは、川遊びには最適だろう。楽しみにしている。
2004/07/28(水) 友人は、飲みすぎてはいないだろうか? 今夜は、幌別飲食店組合主催のドリンクラリーだそうだ。1時間半の間に、5店をまわり店でスタンプをもらう。捺印済みの券を持参すると、抽選で景品が当たると言う趣向。しかも、特定の店にばかり客が偏らないように、A〜Gまでのコースが設定されていて、当日にならないと、どの店を廻るのかもわからない仕組みになっているのだそうだ。一つには、抽選会終了後の客の流れを期待し、今ひとつには、新しい顧客の発掘につながるかもしれないことを期待する組合側の目論見。
ぐいっと、冷えたビールを・・と期待して店に入っても、瓶しか出てこなかったり、超薄目の水割りだったり、文句を言いつつもともかくコースを廻る。まあ、結果として、酔いさへすれば・・。それにしても、勇んで参加した友人、飲みすぎてはいないだろうか。
2004/07/27(火) どうも、腑に落ちない 昨夜はついに、ネット接続が出来なかった。深夜、2時過ぎまで様々トライしたが、ついにダメだった。「サーバに問題が・・」なるメッセージが出るだけでは、対処の仕方がない。
で、なにを修復したわけでもないのに、今日の午後には接続が可能になっているのだ。一体、原因は何だったのだろう?
今回のように長時間ではないにしても、ネットの接続に時間がかかる、なんてことは頻繁に起る。同じようにplalaを使っておられる方々は、何事もないのだろうか? ネット接続に直接関係はないと思うのだが、「リソース不足で危険」と言うメッセージの表示はこのところ頻繁に出る。誰か、パソに詳しい人の診断を仰ぎたいものだ。まさか、新機種に買い換えろとのメッセージでは?
2004/07/26(月) なんとかならぬか 世の中にままならぬものは多いが、天候もその一つ。今日、朝方の雨がなければ、祭りに使ったテントの後始末も完了したのに・・。今宵の通夜、送る人の悲しみを表わすような帰りの足元を狙った激しい大粒の涙雨。 そして今は、無遠慮に駆けめぐる雷鳴に驚いたのか、パソの接続さへもままならない。このままでは、このくま日記のアップも出来ないのではないか。
勿論、友とのメールの交換も不可能だ。頼まれた資料を送ることも出来なければ、明日から家族と離れて19泊20日の夏休みに出かける小さな友人の、旅立ちの不安も、送り出す母親の心の揺れを聴くことも出来ない。なんとかならぬか・・。
2004/07/25(日) 神や仏の配慮なのかなあ 神や仏の配慮とはこういうことを言うのだろうか。今日の日曜日、町内会の祭りだった。昨日は午後からの準備、また、明日は、午前中に後片づけを予定している。
前日の葬儀は、告別式を終えると同時に祭りの準備に取りかかることが出来たし、明日の通夜は、祭りの後片づけが終わってから、そちらのお手伝いをすることになる。
どちらの葬儀も、一日どちらかにずれこんでいたなら、町内会としての対応は大変だったに違いない。
葬儀、祭り、葬儀と、町内会の役員の方々には、休む暇もなく連続でのお手伝いをお願いすることになり、苦労をおかけするが、それは、共に助け合う互助の精神を確かめ合う場でもある。入院をしていても、気が気ではなかろう町内会長の大変さを、つくづく思う。
2004/07/24(土) 暑さしのぎに いつも利用している書籍ネットで、本を発注した。まずは、「文房具を楽しく使う(ノート・手帳篇)」 和田哲哉著 早川書房。これは、市販手帳の最新情報が紹介されているはず。使用中の「超・整理手帳」を替える積りはないのだが、最近、ネット上で、ホットな話題のA5版の手帳の使い勝手がわかればと・・。そして、次が、「謎とき 名作童謡の誕生」上田信道著 平凡社新書 。文字通り、童謡の誕生秘話が楽しみである。三冊目は、「間違いだらけのゴルフクラブ選び」 岩間建三郎 三推社・講談社。
届くのは、三日後くらいのはず。暑いさなか、涼しい木陰での読書三昧は、何事にも代え難き楽しみがあろうかと・・。
2004/07/23(金) 時々の初心忘るべからず 世阿弥。父、観阿弥とともに、現代能の礎を築いた始祖とも言われる。その世阿弥の残した言葉を、今日通夜の席で聴いた。
立場上、葬儀の席に出る機会は多い。が、葬儀を勤められる導師の法話で、心に残る内容に触れる機会は残念ながら稀である。都度、またこの話かと、がっかりすることが多い。そんな中にあって、この人の話ならまた聴いて見たい、そう思うお一方が、今回の導師をお勤めになった安楽寺の方丈様である。
「時々(じじ)の初心忘るべからず」 世阿弥の言葉だそうだ。人間、何年生きようとも、迎える朝は経験のない始めての日のはずだ。迎える毎日が始めての日。「初心に帰れ」というのは、かって迎えたあの日のことではない。今の今を初心で・・。含蓄に富む言葉ではないか。
2004/07/22(木) プレ事業第二弾は、10月5日(火)に決定 プレ事業第二弾は、10月5日(火)に決定。今夜、文化協会の会議があった。文化協会は、平成17年度に創立40周年を迎える。このことはすでに書いた。今年度は、プレ事業と銘打って二つの事業を計画している。その一つは、先日終了した「フォトフェスティバル」である。小沢和雄写真展「泥流」は、200人もの鑑賞者が訪れて盛会のうちに終了した。
残るもう一つの事業「登別の名所・史跡めぐり」の概要計画を提示し、了承された。部分的には見ていても、説明を受けながら我が市の財産を見歩いた経験はない。鷲別から、カルルスまで一日かけて、市内の名所・史跡を訪ね歩こうという計画である。
ちょっとだけメニューを紹介しておこう。鷲別では、道内有数の「縄文式竪穴住居跡」。登別地区では、有名な「アフンルパル」。カルルスでは・・ おっと、詳細は、登別市広報9月1日号で。
2004/07/20(火) 肩の力を抜くのは難しい 肩の力を抜く。簡単なようで、これほど難しいものはない。卑近な例では、ゴルフのスイングである。上手い人ほど、力みがなくて軽い流れるようなスイングになっている。比べて、我々のスイング。無意識に飛ばしたい、という気持が働くのだろう。どうしても、打ちに行く。
本人には見えないが、他人の目で見ると少し肩の力を抜いた方がいいのではないか、と思うことはゴルフのスイングに限らない。何事につけよくあることである。
肩に力が入っているよ・・。そう言ってくれる仲間がいる間は、まだ大丈夫。不幸なのは、そんな仲間をなくしたことに気がつかない人だ。踊りのお師匠さんの言葉のように、自分の舞い姿を自分で見れるように、常に努力しなければならない、ということなのだろう。
2004/07/19(月) 雨の日でも、これさえあれば・・ 修理が終わって返送されてきた。丁寧な仕上がりに満足。これまで使ったゴルフグローブ、ことごとく掌に穴があいた。穴の部分以外は、支障はないのに捨てるのは勿体ない。問い合わせると、修理可能との返事。修理なった姿が右の写真である。
実はこのグローブ、大きな特徴がある。雨の中でのラウンド、濡れて滑るグローブに悩まされたゴルファーは多いはずだ。ところがこの製品、どんなに濡れても滑らない。相手が嫌がる雨の日、これさえあればチョコレート獲得間違いなし。滑るグリップに悩む人は、是非お試しあれ。メーカーの名前は、有川革嚢工業(株)。
2004/07/18(日) いやはや・・ ソヤノコヒキウタ、サイキョウブシ、フタコエアゲオンド・・ えっ!? そんな唄あった? アナウンスされた曲目名に思わず隣の人と顔を見合わせる。民謡の大会会場である。祖谷の粉挽き唄(イヤの・・)、在郷節(ザイゴウ・・)、二声上げ音頭(フタコアゲ・・)が正しい。
アナウンサーは、若い女性である。民謡にも馴染みが薄かろう。こうした場合、役員があらかじめ読み方を教えてあげる方が無難である。名前の読み違いもよく起きる。
若い女性でも、いつもアナウンス役をお願いしている人は、あらかじめ自ら聞き質し確認しているが、そんな努力を怠ると冒頭のような間違いを起こしやすい。
もっとも、「・・その精進を讃え・・」 と書かれた賞状が、「・・そのセイシンを讃え・・」と読まれたケースもある。間違いを起こすのは、若い女性ばかりとは限らない。
2004/07/17(土) 毎日が基本なのですが・・ 「熊野さん、三日も四日も日記に書き込みが出来ないときは、その旨ちゃんと理由を書いておいてくれよー、そうでないと、ひょっとして寝込んでいるんではないかと心配するじゃあないか・・」 今日、江差の知人から指摘を受けた。前にも、何度か同じようなお叱りをいただいたことがある。大変ありがたい言葉である。この、「くま日記」 に目を通していただいている証拠である。一応、毎日書き込むことを基本にしている。書き込みが出来ない時の理由は、おおよそ二つ。一つは、出張などの理由で家を空けたとき。今ひとつは、恥ずかしながらパソに向かうことが出来ない程飲みすぎた時。
稚拙なこのくま日記。それでも時々は覗いてみてやろうと、暖かい配慮をくださる方がいらっしゃることを幸せに思います。出来るだけ飲みすぎないように頑張ります・・。とほほ
2004/07/16(金) 視察を終えて 千歳空港に降りたち、爽やかな北海道の風を肌に受けて、余計に今回の視察先の暑さを感じさせられた。東京・尾道・因島・三原 いずれも、真夏の太陽に照りつけられた。
文部科学省では、幼児教育から大学教育までの今後の取り組みを、厚生労働省では、介護保険制度や、年金制度の今後の動向について、担当者から最新の情報を聞くことが出来た。
尾道市教育委員会では、学校経営方針を主体に、因島市では、幼保合築の実情を、三原市では、海浜公園におけるバリアフリー化の成功例をつぶさに見させていただいた。これらの内容は、いずれ視察報告書にまとめてHPにアップするが、実り多い視察であった。
順調な行程に恵まれた一方で、TVで報じられる新潟県の大雨災害に難儀される住民の方々の心中を思い心を痛めた視察でもあった。
2004/07/12(月) 11年前の今日 死者・不明者あわせて219人もの犠牲者を出した南西沖地震が起きたのは、1993.7.12だった。被害総額999億2千万円。あれから11年になる。
先日出席した結婚式、花嫁さんは檜山管内奥尻島の出身だった。罹災は、小学校の高学年か、中学生の頃だったろう。悲しみの記憶は薄らいでいるだろうか?
復興なったと聞いて訪れたのは、97.7.8。丸4年が経過して、大きな被害を受けた青苗地区も街並みは整備されていたが、まだあちこちに傷跡が残っていた。
奥尻は、国際的な彫刻家、流 政之氏の作品「北追岬」が有名だ。その流氏から、新たに3点の彫刻が寄贈されたそうだ。「北追岬」は、モノトーンで深い悲しみの感情を抑えた人の祈りを感じさせるが、新たなものは明るいスカイブルーに彩色されているという。島の平穏を願って建つ「北追岬」と同じように、海を正面に見据えているのだろうか。
2004/07/11(日) 選挙速報から目が離せない TVの選挙速報から目が離せない。北海道では、いま、自民党現職の中川義雄氏の当選確実が出た。残る一議席を巡って、峰崎直樹氏、鈴木宗男氏の2人が激しいつばぜり合いを続けている。
心配された投票率も意外に伸びているようだ。選挙前に聞いた限りでは、盛り上がりに欠けていた。投票率も下がるのではないかと思っていたが、そうではなかった。年金問題や、イラク派遣問題、なによりも冷え込んだ北海道経済の活性化に向けて、政治に寄せる期待の高さの現れだろう。態勢が判明するのは深夜になるだろうが、目が離せない。パソの前から再びTVの前に移動し、結果を見届けたいと思う。
2004/07/09(金) 共通する目の輝き さぁ、少し明日の準備をしておかねばなるまい。第2土曜日は、町内会老人クラブ「新寿会」の廃品回収の日なのだ。段ボール、古新聞紙、不要の書類などなど、実に、こまめに回収をしてくれる。いや、廃品回収だけではない。先日は、古くなってがたついている引き戸の修理までしていただいた。
町内会の祭りも近づいてきた。毎年の例で、会場となる公園の草刈りもお手伝いをしてもらっているが、実に溌剌と、元気そのものである。会員数が伸び悩みだと聞くが、活動に参加している方の元気さは、そうでない人と比べて格段の差がある。何事にも、前向きに対処する人に共通するのは、目の輝きである。年齢に関係はない。青春そのものを感じることが出来る。かくありたいと思う。
2004/07/08(木) 小沢和雄写真展「泥流」 パネルを張り終え、準備が整った。小沢和雄写真展「泥流」は、会場となる登別市市民会館2階小ホールに、明日から三日間展示される。
平成17年度に迎える文化協会創立40周年記念事業の、16年度プレ事業の最初の事業として、この小沢和雄写真展と撮影会を開催する。
小沢氏は、道内在住の写真家である。今回展示される「泥流」は、十勝岳噴火後の再生と自然の営みを表現した作品が展示されている。冬の厳しさ、春の訪れ、夏の明るさ、大地に根付く高山植物、そして、秋の華やかな色彩が見事に映し出されている。11日には、「泥流」のスライド上映も同時開催。写真展と合わせ、是非、たくさんの方々に観ていただきたいと思う。
2004/07/07(水) 今日は七夕 「ローソク出せよ、出さないとーかっちゃくぞー」 今年も、七夕がやってきた。こちら(北海道)にきて、始めて目にした光景だなあ・・ と、四国出身の方も話をしておられた。北海道全域で行われている風習なのだろうか?
子ども達が家々をまわる姿も、一時期ほどの多さはない。町内会で禁止をしたり、学校に中止を申し入れたところもあるらしい。
「どうも、ありがとうございました」 高学年の子どもとともに訪ねてきた小さな子が、きちんと礼を言って帰っていった。ローソクよりもお菓子、お菓子よりも、もっと現実的なものを欲しがる傾向に変っていった。だから、禁止すべきだとの声もある。もともと、素朴な子どもの楽しみだ。目くじら立てるほどのことではないのではないか。
2004/07/06(火) 社会を明るくする運動 54回目を迎えた「社会を明るくする運動」は、幌別小学校での開会式のあと、市内をパレードし、啓蒙活動が行われた。
社会を明るくする運動は、すべての国民が、犯罪や非行の防止と罪を犯した人たちの更正について理解を深め、それぞれの立場において力を合わせ、犯罪や非行のない明るい社会を築こうとする全国的な運動である。
ボーイスカウト登別第1団では、これに賛同し、毎回プラカードや、横断幕を掲げ、運動に参加している。写真は、緊張の中で大役を終え、ほっと一息ついているスカウト達。
2004/07/05(月) 再び、おめでとう 志水いづみさんが、優秀賞に輝いた。少年の主張大会胆振支庁地区大会、胆振管内15市町村の代表15人が出場。登別市からは、先月のこの欄で紹介した志水いづみさんが出場した。
会場となった白老コミュニティセンター大ホールに、15人それぞれのよく通る声が響いたことだろう。自分の考えを、自分の言葉で語るというのは、一見簡単そうだが、実は、そう容易なことではない。同年代だった頃の自身を省みるには、すでに時間が経ちすぎて記憶は定かではないが、人前で話す経験はあまりなかったように思うし、あったとしても稚拙だったことは想像に難くない。
雄弁は銀、寡黙は金とはいうものの、ワンフレーズ・ポリティクスでは思いは伝わらぬ。若い人の大いなる発言を期待したい。
志水さんには、ボーイ仲間の一人として、再度、「おめでとう」の言葉を贈ります。
2004/07/04(日) イメージと違うなぁ 「自分が舞っている姿を、舞台の後ろから見ることが出来るようにならねばなりません」 その舞い姿が「動く浮世絵」といわれた日本舞踊家で文化功労者、芸術院会員だった故武原はんの言葉である。自分の舞い姿を、他人に成り代わって見れるわけはない。それは、イメージした舞い姿が、正しく表現されているかを(舞いながら)常に自分で意識していなければならない、ということなのだろう。
プロ野球投手の投球フォーム、打者のスイング、サッカー選手のシュート、プロゴルファーのスイング。試合で再現するために、自分のイメージする形を何度も繰り返し練習する。その再現は、実は、プロでも容易ではないようだ。ましてや我々アマチュアは・・ というわけではないが、撮った連続写真を見ると、いつもがっかりする。
2004/07/03(土) 虚心坦懐 「僕の知る限りのゴルファーには、あまりにもアリバイが多すぎる。腹が痛い、腕が痛い、体調が悪い、ビジネスが忙しすぎる、不愉快きわまりない言い訳を何度耳にしたことか。いかなる事情があるにせよ、ひとたびゲームに臨んだならば、心してベストをつくし、勝って驕らず、負けて恥じず、虚心坦懐、一切の弁解をしないことだ」
1932年6月号の「GOLF]という雑誌に掲載された一文だそうである。書いたのは、日本ゴルフ界の草分けといわれる赤星六郎。プロの宮本留吉が教えを乞うたほどの腕前だった。
それにしても、ゴルファーの言い訳が、70年前から変らないとは面白い。スコアが悪いと、つい言い訳をする。上述の言い訳だけではまだ足りない。朝が早い、キャディにせかされた、などなど。うーん、虚心坦懐ねえ。少しでもスコアがよければなあ・・。
2004/07/02(金) わんぱくキャンプ「ざ・かっぱ」開催 登別市の広報 のぼりべつ 2004.7が、今日届いた。「情報あらかると」の中に、ボーイスカウト登別第1団が行う、わんぱくキャンプ 参加者募集の記事(28頁参照)も掲載されている。
わんぱくキャンプは、今年で6回目を迎える。家庭のキャンプや、普段の生活では味わえないような冒険心に富んだボーイらしいキャンプの味付けが特徴である。昨年に引き続き、ふぉれすと鉱山周辺で開催する。
サブタイトルの「ざ・かっぱ」が示すように、川遊びをメインに、わくわく、どきどき、のメニューが盛りだくさんである。
少しだけメニューを紹介しよう。「かっぱ王選手権」「かっぱ風呂」「かっぱ姫の救出作戦」・・。食事の内容も「かっぱドック」「かっぱランチ」などなど。締め切りは、7/10。友達同士での参加を歓迎。
2004/07/01(木) 殿様太公望のひととき 日焼けした肌がピリピリと痛む。終日、素晴らしい天気に恵まれた。「入れ食い状態なんだ、200枚はかたい。できるだけ大きなアイスボックスを持ってこいっ・・」 こんな友人の言葉に誘われて釣りに出かけた。
さすがに、200枚は無理だったが、それでも借用したクーラーの持ち主や、たまたま立ち寄った知人にお裾分けを献上できるほどの釣果だった。竿は友人のものを借用、仕掛けも餌も用意してもらう。こんな殿様太公望でも釣れるのだから、海の中には如何ほどの量の宗八がいるのか。
船部に糸を垂れる。しばしの悠久に思いを馳せる暇もない。錘が底についたと同時に当たりがくる。慌ててリールをまく。そんな繰り返しだった。しかし、わずか2メートルと違わないところに位置しているのに、友人のつり上げるものは、こちらより形が大きいのだ。しかも複数・・。何故!? 「ははは・・ うで、腕」と、軽くいなされてしまった。