・・・くまさん日記・・・
2004/05/31(月) 抵抗勢力 「今日、5月31日は、世界禁煙デーだよ」 意外な人からの発言に驚く。「禁煙」という言葉を聞く度に、嫌な顔をしていた御仁である。12人の仲間内で、喫煙組は9人。1-2名、節煙派がいるが、あとは強硬に喫煙態度を崩さない。受動喫煙の害を説く我々3人にとって、いわば、抵抗勢力である。
その、抵抗勢力組の一人から、世界禁煙デーの言葉が発せられたのである。聞けば、すでに禁煙に踏み切って、一ヶ月を経過したという。
ご飯は美味しいし、なによりも体調がいい。今では、他人の吸うたばこの臭いが気になって仕方がないとまで言う。体調を気遣われる奥さんや、お嬢さんの強い勧めで禁煙したそうだ。
ならば、ここは一つ、伝えねばなるまい。「大丈夫です、U村議員の奥様。我々も、U村議員の禁煙継続のためには、精一杯の協力をさせていただきますから・・」と。
2004/05/30(日) O川さんを偲ぶ 「文芸・江さし草」は、年に4回発行される江差町の文芸誌である。会費、年額5千円。投稿をしなくても会員として認められ、「江さし草」が送られてくる。
短文の他に、詩、短歌、俳句、エッセーなど、盛り沢山の内容である。いずれも読んでいて楽しい内容だが、中でも、今回で31回を数える「追分人間模様」<松村 隆>は、江差追分にまつわる人となりの紹介がされており、待ちこがれる内容の一つである。
江差追分に係わる人の内容だけに、見知った人のことも多い。身近なところでは、O川氏のことも取り上げられている。津軽出身で手踊りの名手、少しお酒が入ると興にのって披露された。赤襦袢と、白髪婆のかつらがよく似合った。O川がおられるだけで場所が和んだ。みんなに好かれたO川さん。今日、一周忌の法事。ビデオを見ながら在りし日を偲んだ。
2004/05/29(土) 悔しい オフトレの成果がなかなか現われない。今日も、前半は散々なスコアだった。本人としては、自信をもって望んでいるだけに、少々、苛立ちを感じている。
早くに80台がでて、よしっ、今年はいけるぞっ・・と、意を強くしたのも束の間、後が続かない。一つ一つのショットには、手応えを感じる部分も多分にあるし、ラウンド毎に反省すべき点は、次回までに修正をしているつもりでもあるのだ。
ところが、昨年までなかった、とんでもない方向へボールが飛んだり、自身で考えられないようなミスが出たりして頭を抱えることが多い。
それにしても、上手い人に共通するのは、グリーンまわりとパッティング。今日も、散々見せつけられた。なんとかシーズン中には、チョコレートを取り返したい・・。
2004/05/28(金) もったいない・・ 「もったいないでしょう、このまま捨てたらっ・・」と叱られてしまった。プリントアウトした、不要の用紙を捨てようとしたときである。片面は使える。例えばファックスの受信に使ったり、試し刷りのプリントに使用できるではないかと・・。言われてみれば、全くその通りである。
案内文書であったり、手紙であったり、考えてみれば、あれこれと、驚くほど多量の印刷をする。パソコンの画面上で、レイアウトや文面のチェックは充分にやっているつもりだが、プリントアウトしてみると気に入らないことも多い。つい、何枚も無駄な印刷を繰り返していることになる。
破り捨てることはしないが、廃品回収に出す新聞紙と一緒に捨てようとしていた。それを咎められたのである。咎めたのは、家人ではない。歴とした某社の社長夫人である。貧乏人に限って無駄を省みない。反省。
2004/05/27(木) 今年も御衣黄は・・ やっと咲いた。今年の御衣黄は、やや遅めの開花だった。なかなか時間が取れなくて、郷土資料館に行くタイミングがなかった。ひょっとして、今年は見ないで終わってしまったかと心配していた。
待ちこがれたように、何人かの人がカメラ片手に御衣黄の側にたたずんでいた。年々、少しずつ成長しているのか、花を見上げるような感じになってきた。花の色合いそのものが、淡い色なので、背景としては山肌のように少し濃い色がバックにある方が見やすいのだが、空に抜けてしまって見えにくい。カメラを構えても、アングルに制限を受ける。写真から、高貴な色合いを見ていただけるだろうか?
2004/05/25(火) 師匠は一人? 取引先を替える。新たに受注する側は、注文が増える。逆に、取引停止を宣告された側は面白くないことこの上ない。発注側は、なんとか支出を切りつめたい。出来映えが変らなければ、コストの安価な方を選択する。厳しい財政事情にある昨今では、こうしたことは頻繁に起こりうることだ。
かって、趣味の世界でも似たようなことがあったそうだ。生徒はいい先生を求めて所属する会を移りたいと言う。すんなりと師匠の諒解が得られればいい。一旦こじれると、弟子を取ったとか取られたとか・・。これが原因で、不仲になった人が大勢いたそうだ。
今時、そんなことがあるはずはない。たかが、趣味の世界。どこの会に移ろうと、誰に習おうと上手くなってくれればいいではないか。と、思っていたら、身近なところで意外なことを聞いた。この件については、後日、詳しく書いてみたい。
2004/05/24(月) 病院内ぐらい安心して眠りたいのに・・ 訪問者の氏名、住所、電話番号を記載し、ワッペンを受け取る。帰るときに、ワッペンを返却する。勿論、訪問時刻、退出時刻が記録される。日鋼記念病院での見舞い客に対する取り決めである。随分と念入りなチェックだ。
聞けば、見舞客を装った不審者がいるのだそうだ。盗難事故まで発生しているという。ワッペンは、見舞客だと見分けるための自衛策。ここまできたか、の感もあるが、患者の安全を守る側からすれば必要な措置なのだろう。たしかに、見舞いのためにベッドの側まで行っても眠っておられて、そっと引き返すこともある。そんな状況を悪用する輩がいるのかもしれない。
そう言えば、他の大型病院では、ベッドの側の机に鍵をかけるように勧めているのを見かけたことがある。病院内ですら安心して眠っておれなくなった。嫌な時代になったものだ。
2004/05/23(日) 平常心 「平常心の時はいい、不安や欲があるときの演奏は緊張し上がる」 尺八演奏家、山本邦山の言葉である。山本邦山と言えば、都山流尺八の大家である。流派の曲だけでなく、ジャズ活動、作曲活動など幅広く活躍している。この人の演奏する曲を聴いて、尺八を始めたと言う人も多い。2002年には人間国宝として認定された。
それほどの人でさへ、平常心を保つのはとても難しいと述べる。技術、技能、様々な局面で平常心を保てる人がどれほどいるのだろうか?
練習の時の調子がよければ、さらによく見せたいと思い、悪ければそれを隠そうと無理をする。おおよそ平常心とはほど遠い局面に自らを追い込むのが我々凡人の悲しい性である。
江差追分全国大会の予選を終えた今、あらためて平常心について思いを巡らす。
2004/05/22(土) 旬の味 旬の味を届けてくださった。写真の如き、見事なタケノコである。
朝まだき、露をたっぷりと吹くんだ笹藪を歩くのは容易なことではない。しかも、中腰の姿勢のままである。顔も身体もぐしょぐしょに濡れる。山菜取りの経験はないが、低山歩きの笹藪で、中腰の辛さは経験済みである。
苦労の果てに得られた収穫のお裾分け、生半可な気持で食べるわけにはいかない。しかも、こんなにいただいていいの・・と言うほどの量である。ここはひとつ、衿をただし、熱燗をさかなに、この薫り高き恵を味わわせていただくことにしよう。
熱燗の本数も、これは相当なものになるぞー・・。
2004/05/21(金) 議員交流会 他市町村議会議員と本音で話し合う機会は、実はそう多くない。室蘭市、伊達市との友好議員交流会もこのところ、途絶えたままである。あるとすれば、せいぜい、年に一回の道南8市議会議員研修会の席上ぐらいだろうか。
今日は、白老町・登別市議会議員研修会があった。白老町とはもともと、西胆振地区合同の観光プロモーションや、漁業協同組合では深いつながりがある。議会としても、もっと交流を深めるべきではないか、と言うことで合同の研修会が始まった。今年で3回目になる。
今日は、オープン間近の登別市市民プールの視察と、漁港や、広域観光のあり方について意見交換を行った。今後、一層密度の高い交流が求められる。
2004/05/20(木) 伝わってくるやぶ漕ぎの匂い 会報「峠」が送られてきた。広島山稜会 40号の節目の会報である。山稜会は、今年2月 創立45周年を迎えた。山稜会は主として、西中国山地を中心に活動している。広島県の最高峰は、恐羅漢山(1346メートル)である。島根県との県境に位置する。決して、高さを誇る山ではない。
かっては、山毛欅林に覆われ、熊が棲息する深さがあった。冬は冬で、相当な積雪量がある。「38の豪雪」と言われた昭和38年には、4メートルを超える積雪に見舞われた。山小屋の煙突すら雪に埋没した。通常、3時間の峠越えのルートに丸一昼夜を要した。
45年を迎えて、当然のことだがメンバーの多くが替わった。それでも、会報に載る山行報告に、かっての仲間の名前を見ることが出来るのはうれしい。文面から、むせかえるような、やぶ漕ぎの匂いまで伝わってくるような気がする。
2004/05/19(水) 次回は、60年後の開催 次回は、60年後の開催と言う。支部数30、開催は2年に一回。第41回 池坊北海道連合花展が、先日室蘭市で開催された。華道家元四十五世 池坊専永宗匠はじめ、次期家元由紀さん、萌木の会代表池坊美佳さん、次期家元のご主人池坊雅史氏などそうそうたる面子が揃った。
コンクール出瓶者 88人。出瓶者は、緊張で何日も眠れない日が続くという。最高の名誉、華道家元賞からはじまって、佳作まで17点が選ばれる。
花材、お花器、水、どれをとってもないがしろに出来ない。とりわけ花材は、審査のタイミングに合わせて最もいい状態になってくれることを願う。まさに僥倖と言うしかないタイミングに賭ける。
出瓶された88点、いずれもなかなか見応えのある生け花であった。
2004/05/18(火) ほどなく、 I 山議員がHP公開 時々、他のパソコンを開いてこのHPを覗く。ボーイスカウト登別第1団のHPも同様である。画面や、アップした写真の色合いがきちんと出ているかを確認する。パソコンの設定によって、意図したような表現が出ていないこともあるからである。
ところで、HPに関連してうれしいニュースが飛び込んできた。仲間のHPが間もなく立ち上がりそうである。現在、仲間で個人のHPを開設しているのは、Y口議員だけである。24人もの議員がいて、たった二人とはいかにも寂しい。
それも、もう少しで賑やかになる。ほどなく、I 山議員のHPが公開される予定である。着々と準備が進んでいるそうだ。もう一人、M山議員も開設に向けて調査中と聞いている。多くの仲間のHPが開設されるように言い続けてきた。互いのリンクが張れて、内容を競い合う日が来るのを待っている。
2004/05/17(月) 宿酔 我ながら、悪い癖だと思う。街中で飲んで帰る。家に着くなり、再び杯を手にする癖があるのだ。外で飲んだ量にかかわらずである。朝、飲みさしの缶ビールがテーブルの上にある、なんてこともざらである。
昨夜は、いつもより少々多めだった。仲間と語らった時間の、その楽しさを反芻しつつ。加えて昨日は、少々うれしいことも重なった。こんな日は、飲みさしの残骸が残るなんてことはない。代わりに、宿酔気味の頭痛が残る。
男には、時として飲みたくない酒も飲まねばならない場面もある。男の意気とでもいうものであるが、これが通じないヤツがいるのだ。そんなヤツからは、当然「友人」の名前を剥奪する。
それにしても、昨夜の酒は美味かった。楽しい語らいだった。こんな酒ならいつでも大歓迎である。例え宿酔の頭痛が残ったとしても・・である。
2004/05/15(土) 関段伝・鈴慕に決めた 今日、二つの会合があった。いずれも、予定される大会に向けての準備である。一つは、普化尺八ふれあいコンサートの準備を兼ねた吹き会わせ会。今ひとつは、来週23日に開かれる江差追分全国大会日胆地区予選会に向けた準備会である。
普化尺八ふれあいコンサートは、今年で11回目を迎える。10月3日に予定されている。今日は、出場メンバーの曲目の調整があった。この会は、尺八をはじめて間もない新人も必ず独奏するのが習わしである。他人に頼ることは許されない。良くても悪くても本人曲。ありのままを演奏し、聴いてもらう。
私自身は、昨年と同じく「関段伝・鈴慕」を選んだ。昨年は必ずしも満足のいく内容でなかった。今一度挑戦したい。海神道系の激しさを秘めたいい曲である。今年は、抑えた吹き方をしてみたい。
2004/05/14(金) お変わりありませんか? Mさん、ご無沙汰していますがお変わりありませんか? 意志の強いMさんのこと、禁煙は継続中のことと拝察いたします。
さて、今年の登別市の桜のトンネルの写真をお送りいたします。今朝撮ったものです。まだ幾らか早めの感じですが、今日の日中は、夏を思わせるような陽気でしたし、明日も最高気温が19度くらいまで上がるとの予報ですので、一気に開くことは間違いありません。
そうそう、道路が四車線になったのはご存じでしょうか?写真は、住んでおられたアパート(すでに更地になっていますが・・)から、登別温泉方面に上っていく道路です。現在は、中央分離帯の桜を挟んで両側に桜が咲いています。見事ですよー。
2004/05/13(木) 音階が吹けない楽器 音階が吹けない笛がある。笛には、横笛と縦笛がある。尺八や篳篥(ひちりき)は縦笛。篠笛、龍笛、神楽笛、高麗笛などが横笛である。これらの笛は、いずれも、旋律が演奏できるように工夫されている。
ところが、旋律が演奏出来ないように、わざと狂わせて作られた笛があるのだ。能管である。能管は、「喉」と言う独特の構造を持っている。管の内面に、さらにもう一本短い管が挿入されているのである。いわば、人間の喉のように部分的に狭くなっているのだ。これによって、オクターブ関係が崩れるように作られている。
意図して出来たものか、或いは偶然に出来たものか定かではないが、これによって、「能」独自の霊的な雰囲気に合致するのは間違いない。先人達は、700年も前にその効果を熟知していたことになる。
2004/05/12(水) 年代は60歳代、水瓶座 年代は60歳代、水瓶座、姓名の頭文字は、M・K。みずほ銀行宝くじ部が、昨年度に1000万円以上の宝くじを当てた約1500人にアンケートを実施した結果、明らかになった宝くじ高額当せん者像である。
思わず目を凝らして、この記事を読んだ。 同行が12日に発表した「宝くじ長者白書」によると、世代別当せん者は60歳以上が30・6%と群を抜くとある。しかも、水瓶座、姓名の頭文字は、M・K ・・。これほどまでに合致しているのに、何故、これまで当たったことがないのか?
読み返してみて、はたと気がついた。残念ながら、M・Kさんは女性の頭文字。男性は、T・Kだ。それに・・ 例え、10枚でも買い続けることが必要、と。そうか、やはり買わなければ当たらない・・ 当然だよなあ。
2004/05/11(火) 青少年の健全育成に・・ 定期総会が終了した。今日、登別市文化協会の定期総会が開かれた。文化協会は今、所属36部門 会員2,500人を数える。平成15年度事業報告、決算および監査報告と平成16年度事業計画、予算案が満場一致で承認された。
登別市文化協会は、平成17年度に創立40周年を迎える。今年度は、プレ事業を推進しつつ、40周年を迎える次年度への足がかりの年である。
「本会は、登別市の文化育成と振興を図り、加盟団体相互の協調と連携を深め、平和でかおり高いまちづくりに寄与する。」 規約の目的を達成するために、全会員一丸となった努力が求められる。
はからずも副会長の末席に名を連ねることになった。与えられた2年間、小林会長掲げる「創意・総意・熱意」の精神を大切にし、微力ながら力を尽くしたい。
2004/05/10(月) 退職の挨拶状 「拝啓 紫陽花にいろんな色付けをして楽しませてくれる梅雨を、いかがお過ごしでしょうか。歳月人で待たず・・・とか、私も定年退職の日を迎えました。少年の頃、ボーイスカウトに入団し“三つの誓い”を生涯に亘って実行することを約束しました。それもあってか清濁併せ呑むことの不得手な性格なのですが、幸い大勢の人に支えていただいたお陰で、今日まで”一社懸命”に過ごすことが出来たのだと思っております。
詩人、サムエル・ウルマンが「青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方を言う」と謳ったその青春をこれからも生きられたら・・・と、好奇心、想像力、情熱を涸らすことのない柔らかな心を育んで生きられたら・・・と、還暦を迎えたいま、夢見見る少年に還っております。
これからも、人生の歓び・愉しさの中でお逢いできますことを念じ、退職の日を迎えたお礼と、ご挨拶とさせていただきます。 弥栄」
古い手紙の束を整理していたら、友人の退職の挨拶状が出てきた。今年の同窓会で逢える日を楽しみにしている。
2004/05/09(日) 唄の仕上げに余念がない 唄の仕上げに余念がない。予選大会に向けて、出場選手の特訓が続いている。今日も、ある会の練習会場で尺八の伴奏を手伝わせていただいた。指導する先生も、受ける生徒も目つきが変わってくる時期である。
第42回江差追分全国大会 日胆地区予選大会が、5月23日登別市市民会館で行われる。出場者、熟年の部56名 一般の部67名。そのうち、予選通過枠は、熟年11名、一般23名。今、その予選通過を目指しての特訓中なのである。
江差追分は、体調が悪ければ唄えない民謡である。誤魔化しや、小手先だけの器用さが効かない唄なのである。それだけに、選手は体調の管理に万全を期す。
ここでも、唄、伴奏、はやしの三位一体が求められる。尺八が唄の足を引っ張った・・と言われることがないように、これまた、充分な体調管理が必要である。深酒は、当分慎まねば・・。
2004/05/08(土) 45年間の備品 少々、腰が痛い。ゴルフのスコアが悪かったせいもある。さんざんだった。これについては、あらためて書く。
ボーイスカウト登別第1団では、テントやら食器やら数多くの備品の保管場所として、ある町内会の倉庫の片隅を使用させていただいていた。かって、団の育成会員だった故内山議員の好意によるもので、長い間、その好意に甘えていた。教育委員会にお願いをして借用中の、旧教員住宅がいつ取り壊しになるのかわからない、と言う事情もあった。
町内会の倉庫が改修されることになり、この際、引き払ってくれないかと言うことになった。トラックの都合がついた今日、急遽備品の移動を行った。
45年の歳月、結果として多くの備品を溜め込むことになった。限られた予算をやりくりしながら、先輩諸氏が苦労して集めた備品ばかりである。とても、簡単に捨てきれるものではない。
トラックで6度往復した。暗闇の中で、全てを格納し終えたのは午後8時。手伝った全員が腰を叩いていた。
2004/05/07(金) 見事なしだれ桜 樹齢33年だそうである。地元紙に報道されたことがある、しだれ桜。先日、場所がわからなかった。昨夜乗ったタクシーの運転手さんと桜の話をしていて偶然、場所を聞くことが出来た。
矢も立てもたまらず、今日出かけた。まさに熟れきった状態だった。二日前なら、まだ花に赤みが残っていたに違いない。
個人の庭から、はみ出さんばかりに溢れていた。見上げて納得した顔つきで立ち去る人。写真に収める人。車の中から、見る人。噂を聞いて、駆けつけた人達だろう。次々と人が訪れる。野次馬根性だと言われるかも知れない。しかし、一見の価値はある。
2004/05/06(木) 蘇る江戸の夢・錦帯橋架け替え全記録 抽選で5名しか当たらないと知って、葉書の投函をためらった。「だめもと」と、意を決して申し込んだ。3月21日 岩国市の錦川にかかる錦帯橋の架け替え工事が3年の歳月を費やして終了した。その大工事を記録した「蘇る江戸の夢・錦帯橋架け替え全記録」 <井上和博著>の抽選である。
50年に一度架け替えが行われる。材料は、檜、欅 それも150年ものを使用する。五つのアーチ形の木造橋、大工の叡智が試される。
今月号の「MOKU」に、代々この錦帯橋に携わる家系の大工として生まれ、50年前の父と同様、橋の架け替え工事に携わった棟梁 海老崎粂次氏と井原勝介岩国市市長の対談が載っている。
子ども達に託す未来の架け橋、子ども達にもこの事業に参加して欲しいと、橋板に名前を書かせた。大事業を見守り続けた子ども達は、渡り初め式の日、靴のまま渡るのはもったいないと、誰に言われるともなく靴を脱いで渡った子が大勢いたそうだ。
2004/05/05(水) 隠れた名所 これほどまでとは思わなかった。今朝の新聞で紹介された伊達市気門別川河川敷沿いの桜並木を見に行ってきた。
昭和25年にかけられたと言う錦橋は、銘板も欠けて名前もわからなかったが、ここから上流に約2キロメートル。両岸の桜並木は見事なものだった。往復小一時間の散策、部分的に桜の途切れるところはあるが、見事な桜並木が続いていた。
「隠れた名所」にしておくには惜しい。もっと大々的に宣伝したらどうだろう。ライトアップされた、たかだか250メートルの桜並木だけを名所と呼ぶだけに終わらせるには忍びない見事さがある。
2004/05/04(火) 津軽三味線全国大会 昨日、今日と二日間にわたって、第23回津軽三味線全国大会の熱戦が繰り広げられた。会場の弘前には、北海道からも出場者が参加した。
今、全国で活躍中の若い三味線奏者の多くは、この大会で腕を競った。木下伸一、佐藤通弘、上妻宏光、岡田 修、渋谷和生、吉田兄弟などなどである。
もともとこの大会は、三味線奏者の山田千里氏が内弟子と花見の席で腕比べをしたのがきっかけだそうだ。昭和57年、他からの参加者も募り、次第に大きな大会になっていったのが津軽三味線全国大会である。
多くの名人を輩出したこの大会の創設者で、津軽三味線全国協議会会長の山田千里氏は、この4月12日 72歳で永眠された。若者の奏でる三味線の音を、今日も耳を澄ませて聞いておられたに違いない。
2004/05/03(月) 「江戸弁憲法第九条」 以前この欄で紹介した、広島弁の憲法9条。これが、「方言で読む 日本国憲法」 として、五月書房から発刊された。大原穣子著 定価:1890円(税込)朗読CD付き。 届くのを楽しみにしている。
インターネットで、新たに 「江戸弁憲法第九条」も見つけた。
1)あっしら日本国民はよ、曲がったこたあでえっきれえなんだ。んでよ、ちゃんとしてて、安心できる世の中を作りてえと思ってるわけよ。だもんで、金輪際戦(いくさ)はやらねえってんで、三つばっか決めたことがあるんで、ちょっくら聞いてくんねえか。そりゃな、国が違やあ考えが違うてえのはあったりめえのことじゃねえか。もめるたんびにドンパチやってたんじゃあ、命がいくつあったって足りねえよ。だから、いちいちそんなことで、てえほう(大砲)だのミサイルだの、よそのくにい(国へ)持ってってしきずり(引きずり)しんまわし(ひん回し)たりしねえってことだ。<坂井泉>(後略)
北海道弁の憲法9条を誰か作ってくれないか・・・。
2004/05/02(日) 土佐虎斑竹製尺八 「土佐虎斑竹」は、高知県須崎市の特産品である。他の地域では育たないのだそうだ。紫褐色の「斑」が入っているのが特徴で、高級建築材料などの工芸品に加工される。
尺八は普通、真竹で作られる。虎斑竹は、淡竹(はちく)の変種だそうだが、これで尺八を作った人がいる。アメリカ人製管師、モンティー・レベンソンさんである。
写真は、須崎市に出張した際、物産館で偶然見つけて買い求めたものである。通常、尺八は根の部分を用いて作られるが、これは、一節切(ひとよぎり)タイプの延べ竹。「空節」銘の二尺管、形はともかく音は申し分ない。
2004/05/01(土) メーデー 5月1日というと、どうしてもメーデーのイメージが色濃く残っている。が、最近は様変わりして早めて行うところが多い。連合登別でも、今年は4月29日亀田公園で行われた。
メーデーは、1886(明治19)年に、アメリカの労働組合が5月1日に、8時間労働日を要求して起こったゼネストがその始まりだそうだ。日本のメーデーは、それから遅れること30年後の1920(大正9)年だと言う。しかし、道内で組織的な第一回メーデーが行われたのは古く、1926年(大正5年)のこと、と何かで読んだことがある。記憶違いかもしれない。
今年のメーデーのスローガン・・(第75回中央メーデー実行委員会のHPから)
1.リストラやめろ、雇用をふやせ! 全ての労働者の賃上げで景気回復を。
2.許すな!年金大改悪・消費税大増税。社会保障を充実せよ。
3.自衛隊はイラクから撤退せよ。憲法改悪反対、憲法を生かす政治にかえよう。