・・・くまさん日記・・・


2003/09/30(火) 洞爺村国際彫刻ビエンナーレ2003
 世界66ヶ国、633作品の中から選ばれた58点の作品が並んでいた。洞爺村国際彫刻ビエンナーレ2003入賞作品展である。どうしても見たくなって、今日時間をやりくりして午前中に行ってきた。
 一年おきに開催され、今年で6回目の開催になる。一昨年は、宙に浮いたような鉄球に目を奪われた。いまだにその仕掛けを不思議に思う。
 今回の作品群の中では、やはり受賞作品の5点が際立っていた。大賞の「ROOTED」も素晴らしかったが、自身としては優秀賞の作品に惹かれた。「LITTLE TRAP」と名付けられた大理石の作品で、見た瞬間に「あやとり」を表現しているのかと思った。細く長い指で編んだ糸に木の葉が一枚絡まっている。白い大理石の3本の指が妖しげなエロチシズムを漂わせていた。


2003/09/29(月) 大正末期の紅葉谷
 平成18年度から五ヶ年をかけて道路を拡幅することになった。登別温泉に至る紅葉谷付近の道路である。その紅葉谷付近の景観は、現在も大正末期とそう変わっていないのではないか? 写真を見てそう思う。
 今日手元に、「目で見る 室蘭・登別・伊達の100年」という写真集が届いた。写真が語る激動のふるさと一世紀と銘打って、3市の他 虻田町、豊浦町、洞爺村、大滝村、壮瞥町の目で読む郷土史である。
 紅葉谷の写真は、大正末期路面電車が、まさに大きなカーブにさしかからんとするところを写している。一方は、電車に覆い被さるように張り出した岩壁、片方は奈落の底に通じるような切り立った崖。10年後の景観はどうだろう? 拡幅前の写真を同じアングルから撮っておく必要がありそうだ。


2003/09/28(日) ひと区切り
 今年で10回目を迎えた尺八ふれあいコンサートも、昨日無事終了した。原点に帰る意味で、初回と同じNHKのイベントホールを借りて開催した。用意した80の椅子が埋まり、急遽慌ただしく追加した。嬉しい悲鳴であった。
 毎回聞きに来てくださる人も、はじめての人にも飽きが来ないように解説にも気を遣った。
 10年ひと区切り、次回からは解説担当も交替しながら、新しい試みに挑戦したいと思う。


2003/09/27(土) 人をはねたっ、どうしよう・・
 人をはねたっ、どうしよう・・。 パニック状態らしい友人から電話が入った。まずは、落ち着いて対応するよう告げ、現場に向かった。
 対向車のライトがまぶしかった。相手が通夜帰りの黒っぽい服装だった。横断歩道が暗かった。等々、状況は最悪であった。が、それは、事故を起こしたいいわけにはならない。起こした事故の責任は厳しく問われなければならない。幸いなことに、被害者は車に接触し転んだ時の擦過傷程度ですみそうな、軽微な事故だった。不幸中の幸いである。
 しかし、問題は警察の対応である。当該者に対する態度は、見ていて腹が立つほどひどい内容だった。動転している当該者への対応は、威圧的で高圧的、しかも事情聴取は誘導尋問そのものであった。こんなやり方で、一つの事件が、或いは、あらぬ方向に形づけられていくのではないか? そんな不安を感じさせる対応だった。


2003/09/26(金) 幸いなことに、大事には・・
 びっくりして飛び起きた。傍らのタンスが倒れないように支え、ひたすら静まるのを待った。わずか十数秒、それがとてつもなく長く感じられた。テレビでは、この地方の震度は4だと伝えていた。
 震度4ですらこうだ。震度6弱、或いは震度5強の地域の揺れが相当なものだったことは容易に想像がつく。幸い死者こそないようだけど、怪我をされた方も多いと聞く。心からお見舞い申し上げます。
 ありがたいことに、ご心配くださった多くの方から見舞いのメールをいただいた。例えば、UFJ銀行の女子陸上競技部のHkt嬢などである。登別市周辺は、幸いなことに大事に至りませんでした。他事ながら、ご安心ください。
 災害を忘れてはならない。奇しくも、洞爺丸台風「50回忌」を今日の新聞は伝えていた。


2003/09/25(木) 腹立たしいことこの上ない
 またぞろ頻繁になってきた。携帯に入る迷惑メールの数である。ここ4、5日の迷惑メールの数は、半端なものではない。一時期、途切れていたのでなくなったと思っていたのに・・。
 そう言えば最近アドレスを変更した、と言う内容のメールをもらうことが多い。あちこちで、みんな迷惑をしているってことなのだろうか?困ったものである。
 それに、自身の携帯は、機能の関係からか、迷惑メールとわかっていても一度開かないと削除できないのだ。腹立たしいことこの上ない。
 そうかといって、アドレスを変更するのもしゃくである。知人、友人に変更の連絡をする面倒さもさることながら、悪くもないこちらが逃げるような姿勢を取らなくてはならないこと自体が悔しいではないか・・。皆、どう対応しているのだろう?


2003/09/24(水) 体調維持に万全を・・
 暑さ寒さも彼岸までと言われますが、ここ4、5日朝晩めっきり冷え込んできました。今年の夏は、暑いなあと思える日が少なかったのですが、それでも、このところの冷え込みは、さすがに秋だなあと言う感じを抱かせます。
 先日、大坂から来られた方々と、夜の街をご一緒する機会がありました。当方は、半袖のシャツ一枚でしたが、その方達は上着を着ておられるのに、しきりに寒い寒いを連発しておられました。少なくとも、15度は気温の違いがあるだろうとのお話でした。もっとも、当方は飲んだアルコールで身体が火照っていたせいかもしれません。
 いずれにしても、気温の変化が大きくなったことは事実です。体調維持に万全を尽くしましょう。


2003/09/23(火) 存分な若さに溢れている
 マニキュア、ペティキュヤ 最近、そうした自在な美しさを目にする機会が多い。顔のメイクのそうである。若い年代層の特権である。大いに自己の主張を表明して欲しい。
 しかし、今回出合った彼女の美しさは、実はそんな見た目の美しさではない。内面からにじみ出る美しさ、そう言っても言い過ぎないほどの妖しい美しさに魅了された。
 バツイチなの・・ あっけらかんとした言いぐさに、ふっきれた情感が読みとれる。じめじめしていない明るさが逆に苦しかった過去を彷彿させる。
 まだ、羨ましいほどに存分な若さに溢れている。いい人との巡り合わせに出合って欲しいと思うし、いい人生を送って欲しいとも思う。彼女の幸せのためなら、出来る限りの応援を惜しまない。 


2003/09/22(月) 今後とも、よろしくでーす
 少しの間、パソの前に座れない状況でした。心配してくださった方から、どうした、病気かー? それとも、出張か? そうならそうと、なんとか先に書いておけ! と、お叱りのメールが入っていました。申し訳ありません、この通り元気ですので、他事ながらご安心ください。
 このところ、人の優しさや暖かさに触れる機会に恵まれています。はじめてお会いしたのに、ずーっと以前からの知り合いのような感じを受ける方との出合があり、その方を通してまた、その方の友人ともお付き合いが始まる。そんな幸運に恵まれています。
 心配をしてメールをくださった方をはじめ、新しく出合った多くの皆さんに心から感謝申し上げます。今後とも、よろしくでーす。


2003/09/17(水) 怪我を承知で・・
 「パットが上手い」 と言われるより、「飛距離がすごい」と言われた方がうれしい。これは、田原 紘プロの本の中に出てくるセリフである。プロでさえ、こうである。我々、月一ゴルファーにとって、ドライバーの飛距離が他のプレーヤーより、わずかでも勝ることは、なんとも言えぬ嬉しさを感じるものである。例え、その日のスコアがめちゃくちゃに悪くてもである。
 今年は、そのささやかな喜びに浸る機会に何度か恵まれている。理由は幾つかある。その一つは、ドライバーを替えたこと。420ccの大容量ヘッド、なんとかタイミングがあってきた。それともう一つは、スイングの改造である。バックスイングを大きく深くした。
 但し、飛ぶようになった分怪我の度合いも大きい。ナイスショットとOB、その狭間での悩みもまた尽きぬ深さがある。


2003/09/16(火) 第3回定例市議会が始まった
 平成15年 第3回定例市議会が始まった。明日、17日から4日間、11人の議員が一般質問に立つ。教育、観光、福祉、地方自治など、市民に関わりの深い内容が議論される。
 今、登別市ではまちづくり基本条例の制定に向けて、熱い議論が交わされている。議会の場で、どんな項目が議論され理事者がどんな考えで取り組んでいるか、を知るのに、一般質問の傍聴は最適な場所である。まずは、じっくりと耳を傾けていただき、参考にしていただければと思う。 
 協働のまちづくりと言うのは、結局、行政や議会と市民が情報を共有しあうことから始まると思うからである。


2003/09/15(月) いつまでもお元気で・・
 町内会の敬老会、今年もカルルス温泉のS旅館で開催した。70歳以上の対象者は、97歳を筆頭に149名。そのうち、34名の方々の出席があった。
 温泉で日頃の疲れを癒したあと、大広間で敬老の日を祝って祝杯を挙げた。恒例のビンゴゲームで盛り上がり、カラオケでは時間一杯まで歌い手が途切れなかった。最後には踊りも加わって、3時間の宴を締めくくった。意気軒昂、いつまでもお元気で・・。


2003/09/13(土) 雨にも負けず
 台風が近づいて、時折激しい雨が降った。今年のカントリー作戦は、登別温泉地区を対象に行った。雨にもかかわらず、二十数名のスカウトが参加した。
 毎年の行事として実施される「スカウトの日」活動は、本年度で14年目を迎えた。自ら経験する様々な活動を通して、奉仕の精神や、環境保全の大切さを学び、ひいてはボーイスカウトが地域社会に貢献することを期待して「スカウトの日」が設定されている。
 観光地登別温泉、空き缶の散乱やごみは落ちていないのではないか? そう思って歩き始めたが、残念ながら期待は少し裏切られた。空き缶はなかったが、小さなごみ、とりわけ「たばこの吸い殻」が至る所に散らかっていた。子ども達はどんな思いでそれらを拾ったのだろう。


2003/09/12(金) 注目すべき地場産品
 生わさびをもらった。あのツーンと鼻をつく刺激臭がなんとも言えない。おろしたものに削り節を乗せ、ちょっぴり醤油を垂らせば、えも言われぬ風味漂う酒の肴となる。
 わさびは、一体いつ頃から食べられていたのだろう? インターネットで調べてみると、飛鳥時代(六六六年)の木簡に委佐俾(わさび)と書かれているのが発見されているそうだ。聖徳太子もお食べになったのだろうか?
 食欲増進には、恰好の香辛料だと思うが、最近では、抗菌作用には勿論、骨粗鬆症抑制などにも効果があると報告されているという。
 登別温泉には、自作のわさびを加工販売している店もある。地場産品として、もっと、注目されてもいい。


2003/09/11(木) 素晴らしいリサイタルでした
 会場全体にふくよかな歌声が響き渡った。室蘭市の市民会館が満席、急遽仮の椅子まで用意されたが、それでも座りきれないくらいの盛況だった。
 菅原峰子さんのソロリサイタル。いつもと違った響きがあった。以前は、同じ町内会に住んでおられたし、お父上とは2年間机を並べてご一緒させていただいた。そんなこんなで、いつも身近な存在だった。少し、スマートになられたが声量は変わらぬものだった。
 リサイタルでは、唄にばかり注目され勝ちだが、伴奏のピアノも目を見張るものを感じた。豊かな表現力は、唄をしっかりと支えて、しかも厳とした自己主張があった。磯田由紀子さん。次回は、ピアノだけを聞いてみたい。そう思わせる素晴らしい出来映えだった。


2003/09/10(水) 12月のイベントに向けて
 登別市文化協会では、いま12月に行うイベントに向けて検討を続けている。「文化ふれあいフェスティバルinのぼりべつ」と銘打って、ステージ部門と展示部門とが一体になった行事を行う予定である。
 加盟36団体中、ステージ部門10団体、展示部門9団体が参加予定である。実行委員会を立ち上げて検討中であるが、ステージ部門が同日に、同じ舞台を使用して公演をすることの困難さなど、様々な問題が浮き彫りになった。
 例えば、合唱協会や、音楽協会は音響板が不可欠である。一方、バレエ協会や他の部門では、それはむしろない方がいい。或いは、山台の必要な部門とそうでない部門など。
 それぞれに観客に喜んでもらえる舞台を目指せば目指すほど、自我を通したくなる。限られた時間内、限られた予算内でいいものにするためには、一歩引いた調整を試みる他はない。


2003/09/09(火) できない試練を神はお与えにならない
 「できない試練を神はお与えにならない」 だから、精一杯頑張ってみます・・。 昨日、友人から届いた言葉です。とても、いい言葉だと思いませんか? 
 自身の反省を込めて言えば、得てして人は、自分くらい試練を負わされている人間は他にいない。なんで、私だけこんなに苦労するのだろう? つらいことばかり、人の嫌がることばかり私にまわってくる、と思いがちです。こんなに頑張っているのだもの、少しぐらいは手を抜いても許されるのではないか? つい、楽な方へとハンドルを切りたくなる。それが人情です。
 この友人の多くの部分は、実はよく知らないのです。だけど、自分の子どもへの接し方や物事に対する姿勢をみていると、「真っ向勝負」 そんな気概を感じます。いい友人と知り合えた、そんな思いがしています。


2003/09/08(月) なかなか味な仕掛けではある
 今頃気がつくなんて、と笑われるかもしれない。実は、さきほど、何気なく書棚を見ていて気がついたのだが、月刊誌の背表紙が絵になっているのだ。
 お気づきだろうか? 右の写真。これは、邦楽ジャーナルの背表紙である。2001年3月号から、2002年12月号までの背表紙が並ぶと一つの絵が構成されるようになっているのだ。
 個々の一冊だけでは、なにが巧まれているかはかは全くわからない。ふとした瞬間に全貌がわかる。なかなか味な仕掛けではある。それにしても、今の今まで気がつかないとは、迂闊。


2003/09/07(日) うーん、匂いが抜けない・・
 雨が降らなかったことだけでも良とすべきか? このお祭りに雨は付き物・・? 刈田神社例大祭、ボーイスカウト登別第1団でも、毎年夜店を出す今年もそうだった。子ども達の活動資金捻出のためである。
 生ビール、焼き鳥、トロピカルサワー、おでん、そば、フライドポテトなどがメニューである。全てが格安である。とりわけ焼き鳥は、一本50円。焼き上げるはしから飛ぶように売れる。昨日が2,100本、今日が3,000本。身体中べとべとになりながら焼き上げた。
 ボーイスカウトの店なら、あいつがいるはずだと、店頭には、何人かの知人が訪ねてきてくれたそうである。ありがたいことだ、が申し訳ないことに焼き鳥の裏方に徹したせいで表舞台に立つ時間がなかった。訪ねてきてくださった方々のお名前は聞いています。感謝でーす。


2003/09/06(土) 20,000件目は、自身がゲット
 20,000件目は、自身がゲットした。ホームページを開設以来の総アクセス数である。ブロードバンドに変える前が、11,800だった。従って、現在のアクセス数 8,200番目が、ちょうど、 20,000件になるのだ。狙っていたのは、実は、東京の友人である。自宅にいたら、ゲットしたのは間違いない。今日、明日にその数字になるというのはわかっていたからだ。景品のたらこを楽しみにしていた。が、残念ながら彼は、旅行中である。
 実は、北海道にきているはずなのだ。ここ何日かの間には会えるはずである。悔しがる様が見てとれるようである。彼には申し訳ないが、虎杖浜のたらこは、ありがたく自身の口に入れようと思う。一段と酒がうまいぞー。


2003/09/05(金) 姉妹都市提携20周年の記念行事
 登別市と宮城県白石市との姉妹都市提携20周年の記念行事が、今日執り行われた。あわせ、札幌市白石区との友好交流も誓い合った。
 登別市は、もともと仙台藩白石城主・片倉小十郎邦憲一行の移民が旧幌別の開拓に入ったのが開拓の皮切り。明治三年には片倉景範ら約八十人が入植し、翌年には約二百人が当時の幌別村に移り住み、現在の登別市の礎を築いた。(写真は、川井白石市長と上野登別市長)
 明日からの刈田神社の会場でも、白石市の物産展が開かれる。米も3.5トンが持ち込まれたようだし、例年、「蔵王」銘の酒もなかなかの好評である。売れ切れぬうちにどうぞ・・。


2003/09/04(木) 泣くも笑うも・・
 大会に向けて、特訓が始まっている。江差追分の全国大会が、目の前に迫ってきた。今日は、札幌までお手伝いに行ってきた。いつものメンバーである。調子のいい人、体調が思わしくないもの、それぞれあるが、最終的に頼れるのは自分しかいない。そのことは、出場する選手が一番よく知っている。
 昨年の大会を終えた段階から、すでに今年の大会目指して努力してきたはずである。去年の悔しい思い、来年こそはと心に誓ったはずだ。が、日が経つにつれ、それが薄らぎ自分を甘やかせる。はたと、気づけば大会は目の前。毎年のパターンを繰り返すことになる。いかに自分に厳しくすることができるかが問われる。泣くも笑うも自分次第・・・。


2003/09/03(水) おやっ、同じ手帳を・・
 おやっ!? ふと見ると、同じ手帳を使っているではないか・・。 野口悠紀雄の超整理手帳である。 以前にも書いたことがあるので重複は避けたいが、この手帳の良さは、なんと言ってもA4用紙対応になっていることである。必要な資料が幾らでも加除できる、自由な使い勝手が出来る優れものだと思っている。
 もう一つの大きな特徴は、8週間先の予定が一望できる蛇腹式のリフィルである。計画が立てやすい。ダブルブッキングの心配がない。などなどメリットは大きい。
 議員仲間で一人、そして今日、ボーイスカウト仲間でも愛好者を見つけた。自身の身の回りにも少しずつ、その使い良さが認知されてきたようでうれしい。


2003/09/02(火) 素敵な若い姉妹に喝采を
 若い友人が訪ねて来てくれるのは、本当にうれしい。なにか、胡蝶蘭の鉢をもらったような華やかさを感じる。昨日は、名古屋から来た友人が来てくれた。彼女は、昨年札幌で結婚式を挙げた。縁あって、祝辞を述べさせていただいた。
 今回の来道の目的は、彼女のお姉さんが出産し、身の回りのお手伝いにと駆けつけたものである。お姉さんの子どもの名前は、智くん。そう、先月 この手に抱かせていただいた智くんなのだ。
 この姉妹の仲の良さは、見ていて気持が安らぐほどである。しかも、姉妹そろって美人。加えて、今どき珍しいと思えるほどの心根の優しい持ち主である。極めつけの素晴らしさは、二人とも飛びっきり素敵なご主人に恵まれていることだ。素敵な若い姉妹に喝采を送ろう。


2003/09/01(月) ふくらはぎに異様な張りが・・
 朝起きると、ふくらはぎに異様な張りがある。何故だろう? そうかっ! 昨日の阿波踊りのせいだ。
 昨日、民謡の芸能祭りがあった。日頃の発表会とはひと味違った催しである。つまり、隠し芸的な発表会、とでも言った方がわかりやすい。芝居あり、歌謡曲あり、アンコいり民謡あり なかなか楽しめる会だった。で、最後に出演者総勢で踊ったのが阿波踊りである。正式に踊りを習ったものは誰もいない、見よう見まねである。が、そこは芸達者な連中、結構さまになっている。したたる汗もものかわ夢中で踊り狂った。
 ただ、中腰で脚を激しく交錯させるこの踊りは、見た目以上に体力を要する。テープから流れる囃しが終わったときには、へろへろ状態で舞台に座り込んでしまった。









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