・・・くまさん日記・・・
2002/12/31(火) よいお正月をお迎えください あっという間の一年だったような気がします。皆さんはどのようにお感じだったでしょうか? 国内の10大ニュースでは、小柴さん、田中さんお二人のノーベル賞受賞や、日韓共催のワールドカップの成功、あるいは、北朝鮮による拉致問題に一定の前進があったことなど、明るいニュースもありましたが、政界では相変わらず金銭に絡む嫌な話も多かったですよね。来年は、たくさんのいいニュースを期待したいものです。
さて、このくまさん日記も、今日で今年 298日目の日記を書いたことになります。ひと月の最低は、出張の多かった5月と11月の19日、最高は、1月の30日でした。酔っ払っても、疲れていても、なんとか毎日書き続けようと努力しましたが、思うにまかせない日もありました。
「日記、読んでいます」 この言葉にどれだけ励ましをいただいたかわかりません。所詮、文才のない独り言。恥をさらしながらまた、来年も続けていきたいと考えています。今年一年ありがとうございました。どうか、よいお正月をお迎えください。
2002/12/30(月) 明日は、部屋の掃除でも 今日30日の新聞は、一様に渡島管内南茅部町の埋蔵文化財調査団の作業事務所の全焼を報じた。保管していた世界最古とされる漆の副葬品など貴重な出土品のほとんどが焼失したそうだ。学術的にも非常に注目すべき製品だったそうで残念なことだ、関係者は落胆この上ないことだろう。
この時期の新聞は、プロ野球で言えば消化試合をやっているようなもので、何となく紙面作りに力が入っていないのがわかる。室蘭民報はともかく、今日の北海道新聞、読売新聞、朝日新聞はなんとなく紙面の構成が似ているような気がする。きっと、正月用の特集紙面へ意識が向いているせいだろう。
さて、いよいよ今年も明日一日を残すのみ。懸案だったことも達成できて、少し余裕をもって部屋の掃除も出来そうだ。
2002/12/29(日) ひどい吹雪 年末になってあちこちで大雪情報が聞かれる。今日もひどい吹雪だった。気温も下がっているのだろうが、吹雪で体感温度は実際の温度よりも低く感じる。
近しい人間の緊急入院、危篤、そして死亡、通夜、葬儀と慌ただしい数日だった。満年齢で、65歳という若さだった。人間の死のあっけなさをあらためて実感。
暮れの挨拶回りも出来なかったし、約束していた大事な用件も果たせなかった。あれこれとやり残したことがあまりにも多い。だが、なんとしても今年中にやらなければならないことが一つある。これは、明日にでも相手の都合を聞いてみよう。せわしい時に時間を割いてもらえるかどうかわからないが、気持だけは伝えねば。自身の身の回りのことはその後だ。
2002/12/25(水) 総勢674人の大忘年会 師走、暮れも押し詰まって気持ちもなんとはなしにせわしい。やりのこしたことや未解決の事象などが残っていると、余計いらいらした気持ちになってしまう。
師走は、先生(先生でなく坊さんだって聞いたこともあるけど・・)も、走り回るほどの忙しさと言うところからこう呼ばれるそうだが、今夜はある病院の忘年会があった。先生をはじめ看護師さんたちを含めて、総勢674人ほどの参加者の大忘年会である。毎度のことながら、かくし芸の多彩さは目を見張るものがある。多忙な先生や看護師の人たちがいつ練習しているのかと不思議に思うほどの内容である。
人の命を預かると言う緊張感や人知れぬストレスが溜まっているに違いない。まずは、この忘年会で日頃の疲れを発散していただいて、また来年一年の地域医療のためにご尽力をお願いしたいと願いつつ、ちゃっかりと当方のストレスも一緒になって解消をさせていただいた次第、感謝。
2002/12/23(月) 賀状なんて簡単なこと 今年は取りかかるのがすっかり遅れてしまった。いつもなら、すでに仕上がって、元旦に投函するのを待つばかりの賀状だが、今年は今日やっと本格的に取りかかったところだ。
遅れた理由は幾つかある。まずは、賀状のアイデアが浮かんでこなかったことだ。それに、いざと言うときに体調を崩した。加えて、昨年以上に暮れの行事が重なったことがあげられよう。
来年こそは早めに仕上げよう、と毎年思う。が、現実にはなかなかそう順調にはいかない。簡単なことなのだ。通常の手紙さへパソコンで打ち出しているのだ。なんで、この賀状だけ手書きにこだわるのだ。このこだわりを止めてしまえば、賀状なんて簡単に出来ることなのだ。
いつもあなたの手書きの賀状を楽しみに待ってるんです。この一言さへ無視出来れば、賀状なんて簡単なことなのだ。
2002/12/22(日) 冬至には、カボチャならぬ「焼き芋」 今日22日は、昼の時間が最も短い冬至。風邪を引いたり中風になったりしないという言い伝えがあり、この日にカボチャを食べる人も多い。
勲五等瑞宝章を受けられた人の祝賀会に出席したあと、街の中をふらつきながら、カボチャならぬ「焼き芋」を買った。結構大きい焼き芋だったが、2本で千円。「高いねー・・」と言いながら、それでも「美味しい・・」とスナックのママさんは、一本をぺろっとたいらげた。むせるような焼き芋には、少し薄目の「水割り」がよく合った。
「いやー、てんで商売にはなりません・・」 と、タクシーの運転手は言う。考えてみれば、少々の会合なら自分の車で出席をすることも多い。経費の縮減は、公私を問わず最大の目標である。
つい、買ってしまった焼き芋の代価は、水割りのお代わりを減らすことで調整。「今日は、早いねー・・」とママの声を後ろに、退散。
2002/12/21(土) 登別温泉で忘年会 昨夜は登別温泉で忘年会があり、泊まってきた。温泉でゆっくりと暖まったあとのビールの味が格別なのは勿論、出された料理も美味しく、日頃の疲れが一気に解きほぐれるような一夜であった。泊まりがけで忘年会をする団体が増えたのか、あちこちの部屋でも同様の歓声が湧き、この一年の締めくくりを楽しんでいるようだった。宿泊客もこの時期にしては多いように見受けられた。
暮れから正月には、どのホテルも予約で満杯状態だそうだ。「にっぽんの温泉100選」で一位になったことで、さらにお客さんが増えてくれればうれしい。よく言われるように、温泉があるだけでお客がきてくれる時代は終わった。登別温泉に行ってよかった、泊まって良かったと言われるソフト面でのサービスが求められている。
豊富な湯量と、泉質の多彩さは全国一。勿論、レジオネラ菌などの心配は一切無用。本物の温泉場にどうぞおいでください、とみんなで呼びかけよう。
2002/12/20(金) 白鳥の越冬 毎年、数十羽の白鳥がやってくる。いつもは横目で見ながら通り過ぎるのだが、今日は子供達の声にひかれてそばに行ってみた。大きな羽をひろげて幼稚園児の与える餌に群れている。幌別川の河口に近いこの場所は、白鳥テラスと呼ばれ河川の護岸を一部修正して平成4年に作られた。以来、越冬する白鳥と市民の触れあいの場として親しまれている。
日本に渡来する白鳥には、オオハクチョウとコハクチョウがいるそうだ。ここに来るのはどっちの種類なんだろう? インターネットで調べたら、1996年の渡来数は、日本全国でオオハクチョウ約29,200羽、コハクチョウ約31,200羽だったそうである。
各地の河川・湖沼の護岸がコンクリートで覆われ、岸辺の水生植物が減少し、餌不足が心配になる。毎年この場所で冬を過ごすということは、それだけ豊かな自然が残っていると言うことなのだろう。
2002/12/19(木) 意気に感じて飲み過ぎる自分にも困るけど・・ 意気に感じて飲む。と、いうところが男にはある。今日は体調も思わしくない、暮れでせわしいしやり残した所用もある。出来れば今日は参加したくない。しかし待てよ、みんな予定のある中でやりくりしながら参加しているじゃないか。一人が抜けることによって場がしらけることもあるだろう。ここはひとつ、自分の都合をおいても出席をしよう。飲みたくない酒も、時として飲まなければならないこともある。それが男同士の、ましてや仲間内のつき合いではないか、と思う。
仲間の参加が一人でも欠けると言うことは、寂しいものである。片や、一滴もアルコールを飲めない一人が最後まで付き合う努力をしている一方で、大した理由もなく欠席するのをみると、仲間を構成する意義さへも疑問を感じてしまう。一年を締めくくる折角の仲間だけの忘年会である。乾杯をしたらすぐに退散をしてもいい。ちょっと顔を出すくらいの努力は、仲間への礼ではないか。意気に感じあえない仲間、というのは寂しいものである。
2002/12/18(水) なんだ、なんもない田舎じゃない・・ うれしいニュースだ。「にっぽんの温泉100選」(観光経済新聞社主催)で、登別温泉が日本一になった。登別温泉は、これまで2位や3位になったことはあるが1位になったことはなかった。いい登別温泉を作り上げようと努力したことが認められたようでとてもうれしい。
しかし、1位になったからといって安心は出来ない。ライバルの、草津温泉の巻き返しも当然考えられる。また、温泉愛好者の中でひそかなブームを呼んでいる熊本県の黒川温泉の台頭も見逃せない。黒川温泉は、前回の21位から一気に3位に浮上してきた。まだまだ伸びるだろう。1位の座につくのもそう遠くないのではないか。
その、黒川温泉の人気を聞いて、ある温泉どころの女将連中が訪れたそうだ。「なんだ、なんもない田舎じゃない・・」と、小ばかにして引き上げたそうだ。その、「なんもないところ・・」風こそ、黒川温泉の目指す街づくりだったのだ。女将連中をして、なにもないと言わせしめたとすれば、まさしく戦略は的中したといってよい。今、「なんでもあるところ・・」の衰退は目を覆うばかりである。
2002/12/17(火) ひどい目に遭った ひどい目に遭った。腹痛、それも激痛である。ビールはおろか、飯も食べられないまま床についた。普段の慢性的寝不足もあって、目がさめたのは12時間後であった。どっぷりと汗をかいたせいか、なんとなく身体も軽くなったような気がして起き上がる。身体の節々に若干の痛みはあるものの、あの耐えがたかった痛みは消えている。やれやれだ。
気をつけたほうがいいですよ、風邪が流行っています。と、先日知人からメールをもらったばかりである。風邪の影響もあったのかも知れない。それよりも、普段の節制不足によるところが大きいと反省している。誘われれば、遅くまで付き合うし、勧められればついつい飲みすぎることも多い。時折襲う、身体の変調はそうした生活への警鐘、とでも理解して明日からはアルコールを控えよう。
あっ、待てよ・・ 明日の宴会には出ないってわけにはいかないかー。じゃあ、明後日からだなあ・・。
2002/12/15(日) ライトは遠目が常識? 少し寒気が緩んできた。雀の鳴き声も心なしか賑やかなようだ。昨日、今日と車のフロントグラスに霜も張り付かない。こことばかりに、ウインドウオッシャー液を注入する。ここ4、5日不便をかこっていた。これで夜間も安心して運転できる。
ところで、夜間はライトを下向きにして運転をしていないだろうか? 実は、上向きにして運転するのが正しいのだそうだ。下向きにするのが常識だと信じていたが、道路交通法にも「対向車が接近したときは下向きにする」とわざわざ断っている。つまり、常時は遠目にしておく方が安全運転が出来ることを意味している。このことは、高速道路などを走るときに、よく実感できる。
無論、上向きにしろ、下向きにしろスピードを控えめに、安全運転を心がけなければならないのは言うまでもない。
2002/12/14(土) 室蘭スキー連盟 先達の祝賀会 スキーの先輩の祝賀会がこのほど、蓬峡殿で開催され、仲間がお祝にかけつけた。表彰を受けられた方々は、以下の通りだが、いずれも、室蘭地方のスキーの発展に多大な貢献をいただいた方々である。室蘭は、道内の連盟から「雪なし県」と冷やかされた。が、先達のご苦労によって、多くの指導者や技術選で上位を占めるような選手達を輩出してきた。今、あらためてご苦労に感謝すると共に、今後もご壮健でご指導くださるようお願いいたします。受賞、本当におめでとうございます。
高橋栄一氏・・・勲五等瑞宝章保健衛生功労表彰 室蘭市特別表彰
鈴木健弘氏・・・室蘭市功労表彰
清野市治氏・・・室蘭市特別表彰 北海道スキー連盟70周年記念特別表彰
宇賀 晃氏・・・室蘭市体育協会表彰
2002/12/13(金) 議員個々にパソコンくを貸与 登別市議会では今年の4月から、議員個々にパソコンくを貸与している。インターネットの閲覧も可能で、いちいち議会事務局職員の手を煩わせなくても、自身の手でさまざまな資料の入手が可能である。議場にも持ち込み可能なように配線されていて、今回の議会中にも自席に持ち込んで資料の閲覧に役立てている議員もいた。
ただ残念なことに、これまでは印刷とメールの送受信が出来ない状況だった。それが、11月19日からは、各個人にメールアカウントが与えられ、それらが可能になった。使い勝手の良さが、格段にあがったと言ってよい。勿論、市の備品だから使用は庁舎内に限られてはいるのだが、これはしかし、考えてみれば画期的なことである。おそらく、全国675市の中でも、特筆されるべき事項だと思う。あと、いかに使いこなすかは、まさしく議員個々の意識にかかっていると言えよう。
2002/12/11(水) 各種視察報告会 議会では今日、各種委員会視察及び海外地方行政視察の報告会を行った。これは、その年に行われた視察内容を相互に報告、質疑をしあい、議員全員の共有財産として活用が出来るようにと以前から毎年12月定例会の中で行われてきたものである。
今日は、総務、生活福祉、建設、観光経済の4各常任委員会と、2名が参加した欧州視察の報告があった。4委員会の視察内容は、議会最終日には本会議で報告され、議会のみならず行政側や、市民も議会の視察内容やそこで得た成果、あるいは提言を含めた報告内容を共有できるシステムになっている。
これらの報告内容は、政務調査費を使用した各会派の視察報告とあわせ議会のホームページにもアップされる予定である。
2002/12/10(火) 準備を怠ったつけがきた 準備を怠ったつけがきた。ウインドウオッシャー液が凍って出ないのだ。必死でワイパーを動かして視界を確保する。あわてて、ウオッシャー液を買って注いだが、一気には解けないようだ。気温があがるまで待たねばなるまい。
実は、液を買いに行くのが面倒で夏場は水でその場をしのいできた。秋口から、そろそろきちんとした液を入れないと凍れてきたらひどい目に遭うぞとは思っていたのだが、ついついそのままになっていた。放っておいたつけがきたのだ。
以前にはタイヤの購入をしぶっていて、バースト寸前にまで摩耗したことがある。手でタイヤの表面を撫でたらちくちくするのでよくよく見たら、中のワイヤが出ていたなんてこともあった。何事も早めの準備が肝要。視界不良に泣きながら反省の弁。
2002/12/09(月) オープン丸8年を迎えたアーニス 登別市は、大きく4地域に分類される。西から、鷲別地域、幌別地域、登別地域、そして温泉地域。それぞれに街が形成された歴史があり、それが登別市全体の街づくりを難しくしている一面がある。
幌別地域は行政面では登別市の中心的な地域ではあるが、商業面では、今鷲別地域にその座を譲っている。このところ、衣類も、食も鷲別地域の勢いにかなわない。
平成6年にオープンしたアーニスは、今日9日、オープン丸8年を迎えた。名前のアーニス(ANIS) は、 Amusement・town(楽しさあふれる街)、Noboribetsu−Integral(欠くことの出来ない)、Shopping center(買い物の中心地)の頭文字をとって名付けられた。名前からもわかるように、幌別地域の商店街の核となる目的で建設されたものだ。ところが、その肝心の核となるべきアーニスに活気がない。朝の来ない夜はないという。ここはひとつなんとか踏ん張って、是非地域活性化の「核」となって欲しいものだ。
2002/12/08(日) 霊力のある川 「ヌプルペツ」とは、霊力のある川の意だそうだ。登別郷土文化研究会名誉会長・宮武紳一先生の話である。登別の語源となる「ヌプルペツ」は、一般的には、色の濃い・川の意と記されている。
今日、平成14年度 第27回まちづくり市民のつどいが開催され、「登別地方のアイヌ文化と歴史について」と題して宮武先生のご講演をいただいた。信心深く、自然と共に生き、神と生きるアイヌ民族の自然観や生活感、さらには、北海道の開拓の歴史とアイヌ民族の関わりまで綿密な資料の検証と豊富な知識に裏付けられた話に時間を忘れて聞き入った。
あまりにも知らないことが多い。無知を恥じ入るばかり。来年は、知里幸恵生誕百年。反省の思いを込めて、今日いただいた「地図でたどる幸恵のゆかりの地」マップ片手に、少し歩いてみようと思う。
2002/12/07(土) 後進に道を譲るのは難しい? 若い人達が育ってきてくれてうれしい、後進に道を譲り、身を引きたい。重鎮と言われた人が表舞台から退く際によく使われる言葉である。ところが言葉通りに受け取れないのが世の常である。一見、身を引いたように見せかけて、依然として自分の影響力を誇示したい人が多いのも事実である。いわば、院政を望んでいるのである。趣味の世界に、こうした世界を持ちこもうとする人がいるのは困ったものである。
今日、二つの団体の会合があった。いずれも趣味の団体である。一つは、世代交代がすんなりといった。もう一つは、一線を退いた人が我を張った。参加者は、二つの団体、どちらにも所属している人が多く、期せずして同じ日に二つの会合の進め方を見ることになった。図らずも、指導的立場にいる人としての、スケールの違いを感じ取る結果になった。せめて、引き際は鮮やかでありたい。
2002/12/06(金) スキーのあとは、温泉にどうぞ みんなの気持が通じたのか、ゲレンデは白く雪化粧に覆われた。今日、国設サンライバスキー場で平成14年度の安全祈願祭が行われた。ゲレンデ整地用の雪上車も整備を終え、出番を待っていた。昨年も同時期だったが、今年より雪が多かった。今年の積雪は少し遅れ気味のようだ。
ここの斜面を見ると、夢中になって滑っていた頃を思い出す。ロッジの玄関前に点灯した街灯のわずかな灯を頼りに、バッジテストに向けて夜遅くまで練習に励んだ。いま、ダイナミックコースと呼ばれている斜面は、右下がりの滑りにくい斜面で上級者しか滑れなかった。今は、すっかり整備されて滑りやすくなった。
滑り疲れた身体に、温泉の湯は心地よい。スキー場とカルルス温泉は歩いて5分ほどの距離。どうか、温泉とスキー、合わせお楽しみください。
2002/12/05(木) 何とかなりませんかねえ、NHKさん 「〜から、お預かりします」レジでの「から言葉」の蔓延は防ぎようがなそうであるが、そんな中にあって、「千円から、頂戴します」あるいは、「千円、お預かりします」と、きちんと対応してくれる店員を見つけるのはうれしいものである。よく行く本屋は、それが出来ていて気持ちがいい。きっと店長の指導が行き届いているのだろう。
ところで、最近「ぬぇー」とか「しゅ」と言う発音が気になって仕方がない。「・・ですねー」「・・です」の語尾が「・・ですぬぇー」とか「・・でしゅ」に聞こえるのだ。さすがに、ニュースなどを担当するアナウンサーでこんな発音をする人はいないようだが、若い女性のレポーターなどでは耳にすることが多い。先日は、NHKのテレビ番組でもこんな発音が聞かれた。番組の内容より、発音が気になってついスイッチを切ってしまいたくなる。何とかなりませんかねえ、NHKさん。
2002/12/04(水) 登別温泉「安全です」 登別温泉「安全です」。ひと月ほど前の新聞に、安全宣言が掲載された。登別市登別温泉町のホテル・旅館組合でつくる登別温泉旅館組合(木村和夫組合長、15施設)は、専門機関を通して行ったレジオネラ菌の自主的検査の結果、全施設で検出されなかったことを受け、安全宣言を出したもの。
宮崎県日向市の施設で集団感染した女性の死亡が報道されて以来、気になって新聞の切り抜きを始めた。温泉ブームで全国的に温泉施設が増える中、入浴で重い肺炎を起こすレジオネラ菌による集団感染があとを絶たない。感染は主として、循環式の似非温泉で起きる可能性が高い。
登別温泉のように、豊富な湯量があり、循環式でない本物の温泉では、レジオネラ菌感染の心配はないと言うことをもっとPRすべきである。そうでないと、本物の温泉にまで、その効果を損なう「塩素」をいれろ、と国は指導をしかねないからである。
2002/12/03(火) 勝って兜の・・ 先日ゴルフ同好会の納会があった。今シーズンの全成績が発表され、成績の悪いほうから順に一人ずつコメントを求められる。小生の出番は早かった。練習量の不足に他ならない。
買い換えたドライバーの性能を生かしきれなかったと悔やむもの、寄せの確実さに磨きをかけたいと決意を述べるものそれぞれだが、総じて反省の色濃い弁が多かった。
そんな中で、めでたく年間一位の栄に輝いたのは、I 賀さんであった。奥さんに進められてアイアンセット一式を買い換えて望んだ一年だけに、総合一位はうれしかったに違いない。幾分は練習の成果もあった と控えめなコメントだったが、相当な練習量だったことは言葉の端はしにそれが伺えた。一月に入ったらすぐに来シーズンに向けての練習に入りますとは、勝って兜の心意気。さすがですね。I 賀さん、本当におめでとうございます。 努力なくして進歩なし、わかってはいるのですが・・。
2002/12/02(月) またもや彼の手に またもや彼だった。ホームページアクセス数、15,000をゲットした、と11月30日 午前0時22分付けのメールが入った。
ちょっとわかりにくいが、本HPのアクセス数は 11,800 + *** のカウント数で表示されている。15,000番目、つまり *** が3,200を示したのだ。
1998/5/8 ホームページを立ち上げてからの総アクセス数である。4年と半年、一日平均10件弱のアクセス数。他のホームページに比較して、決して多い方ではない。しかし、悲観するにはあたらない。少数と言えども、訪問してくださった方々の積み重ねがこの数になっているのだ。少しでも内容の改善充実に努めよう。
7777番目もそうだったし、記念すべき10000番目も彼だった。実は、進呈すると約束したゲット記念の粗品をまだ送っていないのだ。これで3回目のゲット。もはや、粗品と言うわけにはいかないか?
2002/12/01(日) 江差の芸文化がまた一つ消えた 昨日の北海道新聞は、奇しくも江差追分の裏を支えた二人の死を伝えた。一人は、追分踊りを広めた若柳流師匠 若柳吉富三さん(本年9月4日逝去)、そしてもう一人は、追分三味線の名手 久保キクさん(11月25日逝去)である。
江差追分は、最近でこそ尺八伴奏で唄われることが多いが、かっては三味線だけで唄われた。それが、三味線、尺八の合奏で唄われるようになり、踊りも変化が求められた。若柳吉富三さんが考えた新しい振り付けが、現在、踊られている踊りである。
水のようにさりげなく、流れるように弾く追分三味線の音色は、歴代の優勝者の唄を際だたせる。唄につかず、離れず絶妙な間合いが要求される。平成8年12月に亡くなった、追分三味線の近江タキさんと共に、江差の芸文化がまた一つ消えた。
過去ログ
2002/11
2002/10
2002/09
2002/08
2002/07
2002/06
2002/05
2002/04
2002/03
2002/02
2002/01
2001/12
2001/11
2001/10
2001/09
2001/08
2001/07
2001/06
2001/05
2001/04
2001/03