・・・くまさん日記・・・
2002/11/29(金) 高松宮さま斂葬の儀 今日も二つの会合に出席した。一つは、かって所属をしていた職場のOB会。もう一つは、所属しているゴルフ同好会の納会である。OB会の方は、遠く東京からの参加者や、自己都合で早くに退職をした人など懐かしい顔ぶれの参加もあって、つい時間を忘れてしまう程だった。
一方、ゴルフ仲間の方は、この一年の反省やら来年に向けた抱負などが語りあったが、あちこちのテーブルからのヤジで満足に話が出来ないほどの賑やかさであった。
いずれの会合も、一つの目的に向かって志を共にすると言う意味では、堅固な仲間意識結ばれた集まりである。会合そのものに、スポーツを楽しんでいるような爽快さがある。
その楽しいスポーツの振興にお力をくださった高松宮さまの「斂葬(れんそう)の儀」が、本日しめやかに執り行われた。登別市では、半旗を掲げ弔意を表わした。心からご冥福をお祈り申し上げます。
2002/11/28(木) 談論風発、意気軒昂 今日、登別市元議会議員親交会の総会・懇親会があり出席させていただいた。登録会員総数27名のうち、約半数の出席があった。直接、薫陶をいただいた方は勿論、あまり話をする機会に恵まれなかった方とも親しく意見交換をさせていただいた。登録会員のうち、最高年齢者は80歳であるが、今日は欠席だった。
議員全員にパソコンが貸与されていること、議場への持ち込みも可能なことなど、最近の議会の内容を話させていただいたが、関心事はやはり合併問題であった。「将来に禍根を残すようなことにだけはするなよ・・」と、昭和36-38年当時、賛成、反対で街を二分するようなことになった当時の合併問題を例にあげながら、様々なご意見を頂いた。
それにしても、さすがに元議員の集まり。当然のことながら弁舌さわやか、談論風発、飲むほどに意気軒昂、議論ますます盛んなりの感であった。
2002/11/27(水) はずれ籤? 当たり外れで言えば、このプリンターはどうもはずれの籤を引いたようだ。買って間もなく、インク漏れが生じ修理した。今回は、印刷面に細かい線が入るので診てもらったら、ヘッドが故障しており交換が必要とのことだった。すでに、保証期間を過ぎており有償である。修理代金があまりに高いようなら、新品の購入も視野に入れなくてはならない。そう思って、あらかじめ価格の下調べもしておいた。
見積もり代金は、新品のプリンター購入に踏み切るにはいたらないが、修理するには高価かな? という微妙な価格だった。迷った末に、修理を依頼した。
先日、修理を終えたプリンターが手元に帰ってきた。たまっていたデジカメの写真を印刷してみる。うん、まだなんとか耐えられそうだ。それにしても、ヘッドはプリンタの命ではないか。それが、こんなに簡単に壊れるものなのか? ひょっとすると、購買促進の意図があるのではないか? と、薄くなった財布片手にぼやいている。
2002/11/26(火) 「印伝」の名刺入れ 先日、「印伝」の名刺入れを買った。小桜模様は、印伝の中ではいわば定番の模様である。この小桜をはじめとして、とんぼ、唐草、亀甲、牡丹など多くの模様がある。購入時、この小桜ととんぼ模様があり、迷った末にこれを選んだ。
印伝とは、平安朝の頃インドからその技法が伝来したと言われている鹿皮製品の事で、当時は貴族達の間で貴重品入れなどとして珍重されていたという。
戦国時代に甲州に伝わってから漆塗装の技巧が開発され、現代の甲州印伝が完成したと言われている。亡くなった祖母が、この印伝の巾着を持っていたように記憶している。最近では、袋物はもとより、草履、ベルト、ボストンバッグなど、様々な製品が作られている。
実は、この名刺入れを手にしたとき、ふと思った。印伝の「超・整理手帳」のカバーがあれば・・と。製作は可能だろうか? いま、問い合わせてみたい欲望にかられている。
2002/11/24(日) 旧市民会館よりは余程いいけど 横に30 縦17列 観客席総数約500席。他に、車いす用スペース6席。これまでと違って、舞台を下方に見下ろせるように傾斜がついた設計となっており非常に見やすい。こぢんまりとした感じだが、どの位置に座っても音響も聞きやすい。
ただ、通路と観客席を仕切る2枚の扉の開閉は意外に重く、これは高齢者にはきつい。しかも、扉と扉の間のスモールランプが点灯されておらず真っ暗闇で、重い扉の開閉と合わせこれは不評だった。
一方、舞台を使用する側からは・・。舞台袖は結構広いスペースが確保されているし、リハーサル室も近く、使い勝手は良さそうだ。但し、PAの設定は、入念なチェックや打ち合せをしないと不慣れな点があるようだ。
今日は、民謡の大会会場としての使用だったが、総じて合格点といっていいと思う。室蘭の新市民会館、初体験者としての感想。
2002/11/23(土) 80歳でゴルフ 女性の年齢を話題にするのは失礼とは思うけれど、この人なら許していただけると思う。あと3ヶ月で80歳になるという女性。ゴルフの腕前なら、まだ若い人には負けないと言葉に力を込める。
昭和45年に市政を敷いた都市のうち、6市で構成する新都市連絡協議会総会が山口県の新南陽市で開催され、出席した。その夜、宿泊したホテル一福の大女将のことである。早くにご主人に先立たれて、息子に社長を引き継ぐまではと頑張ってきた。改築時の借金返済のために、まだまだ頑張らなくっちゃと意気軒昂。
新南陽市は、来年4月には2市2町で合併し、周南市となる。新都市連絡協議会からは一抜けとなり、6市による最後の総会の場となった。
もう一度登別に行ってみたいと語った大女将。取り仕切っていただいた新南陽市の兼重議長とともに忘れがたい出合となった。
2002/11/18(月) 彼の表現力は群を抜いていた 彼の表現力は群を抜いていた。高校3年の学校祭、パーカッション担当だった。あきらかに同級生と異質な才能を見せていた。誰よりも顔が輝き、所作は大きく豊かで、観るものを惹きつける術を身につけていた。音楽の道に進むのだろうと思っていたが、小さい頃から持っていた演劇への道を目指して上京した、とあとでお父上から聞いた。
津村知与支君 27歳。東京を中心に活動する演劇集団「モダンスイマーズ」の「ハイポキシック・春」の公演に出演するために、故郷登別市に帰ってくる。
彼と最後に会ったのは高校3年生 18歳の時だから、おおよそ10年ぶりに顔を見ることになる。面長の顔に黒縁の眼鏡がよく似合った。成長した彼の、いわば、錦を飾る公演だ。成功を祈っている。公演は、11月24日 登別市市民会館で。
2002/11/17(日) 捨てきれない書類 この書類は捨ててもいい、と踏ん切りをつけるのは簡単なようで意外に難しいものである。また、いつか使うことがあるかも知れない。つい、そう思って捨てきれない。そんな書類が山ほどある。限られた書棚だから、何かを捨てないと増え続ける書類を入れることが出来ない。
今日思い切って、段ボール4箱分の書類を整理した。整理はしたが、まだ捨ててはいない。とりあえず物置に移動をしただけである。1年経って、一度も見ることがなければその時はきっぱりと捨てるつもりである。「一年後再チェック」と、段ボールの表にかいておいた。
書棚は少し余裕が出来たものの、段ボール箱4個分を整理した割には隙間がない。これまで床に積み上げられていたものが、やっと、住みかを見つけたという顔で収まっただけのことである。うーん、いつまで追いかけっこが続くのだろう。
2002/11/16(土) 今年、二度目のホーミー 今年、二度目のホーミーを聞いた。一度目は、9月の第40回江差追分全国大会のアトラクション、歌い手は、モンゴルから来たガントゥルガ氏。そして二回目は、先日聞いた札幌在住の嵯峨治彦氏のものである。
ホーミーは、喉歌とも呼ばれる倍音歌唱である。これは、ひとりの歌手が、低音の基音と、振動数がその整数倍の関係にある上音(倍音)を同時に発する歌唱法である。初めてラジオで聞いたときは何かの楽器の演奏だと思った。高音のメロディは、しばしばフルートや笛のように聴こえる。
舌をスプーンのように丸めて上あごにつけ、喉から出す音を共鳴をさせるのだそうだ。舌の丸め方や、唇の閉め方を変えることによって共鳴音が変わり、様々な音階が出せるという。
嵯峨さんの指導に従って試すものの、なかなか音にならない。馬頭琴と違って、声ならお金はいらない。よーし、ひそかに練習でもしてみようかな・・。
2002/11/15(金) いやー、おっかなかった・・ いやー、おっかなかったー。路面は白くなっていたが積雪量は多くなく、普段とあまり変化はないだろうとたかを括って家を出たがそれが間違いだった。路面は凍結していて、滑りやすい状況に変化していた。職場に近づくにつれて状況は益々悪くなり、とても普段通りのスピードが出せる状態ではなかった。周囲の車も一様にのろのろ運転で、結局、職場まで普段の倍以上の時間がかかってしまった。
実はまだ夏タイヤのままなんだ、と言う知人の話を聞いて無謀さに唖然とする。本人は運転の上手さを言いたいらしいのだが、いい大人が得意げに語る内容でもない。
この地域は、日中暖かく夜間に冷え込むことが多い。いわゆるブラックアイスバーン状態になりやすい。ABSを過信して、思わぬスリップを経験したことがある。まずは安全運転に徹することを心がけよう。
2002/11/14(木) 冬用コートと扇子 持参したコートは、持ち歩くだけでとうとう着ずじまいだった。東京は20度近くまで気温が上がり、歩くと汗をかいた。入ったレストランでは、実際に扇子を使っている人もいるくらいで、持っていった手元のコートと、扇子を使う人の額に光る汗との落差がおかしくて、一人苦笑していた。
汗ばむほどの気温と、購入したゴルフ雑誌に目をやっているうちに、まだ一、二度はゴルフに行けるかなとの淡い期待は、千歳空港に降りたった途端にもろくも崩れ去ってしまった。
未練がましく、いつまでもゴルフバッグを車に積んでいないで、もう、思い切って物置に仕舞いこんだ方がいい。千歳空港の寒さは、そう告げているようだった。
続いた出張の疲れが、少々弱気にしているのかも知れない。気持を入れ替えねば・・。ライバルはすでに、来年に向けての練習を始めているに違いないのだから。
2002/11/08(金) 署名活動始まる 室蘭・登別青年会議所(JC)のメンバーらでつくる市民団体「登別・室蘭合併協議会設置を求める市民の会」が提出していた合併協議会設置請求が認められ、今日市民団体に交付された。明日から署名活動に入る。
署名は、法に基づき有権者数の1/50以上が必要とされる。登別市の平成14年9月2日現在の有権者数は、45,088人。従って、902人以上の署名で有効となる。署名活動は、告示があった日から一ヶ月以内に行われる。集められた署名は、選挙管理委員会で審査など様々な手続きを経て、知事から市に連絡され、市長が議会に付議する。平成15年の第1回定例市議会で議会の判断が求められることになろう。
平成17年3月までと時期が限定された合併特例法を受けて、全国でこの合併問題が喧しい。バスに乗り遅れまいとするあまり、食事や化粧もしないでバスに乗ったり、ましてや服も着ないでバスに乗るような失態を演じないために、充分な議論が必要である。合併は、手段であって目的ではないのだから。
2002/11/07(木) 今日は立冬 今日は立冬。 平成7年11月8日 この日、北海道都市監査委員会研修会参加のために、千歳から空路稚内への移動を予定していた。ところが、台風並みの大荒れの天気で空路は勿論、バスまでも風の影響で運行中止となった。急遽、JRに乗り換えてやっとの思いで稚内へ入ったことを覚えている。平成7年は、8日が立冬だった。
いよいよ冬に入る、というこの日は意外と暖かい日が多い。ここ10年の日記を繰ってみても、荒れたのは先述の平成7年のみ。あと半分くらいは小春日和。
が、暖かい日もそう長くは続くまい。気圧配置は西高東低。寒気が北海道上空を覆う、身が凍り付くようなそんな寒い日はすぐ目の前だ。暦の上では、2月3日立春までが冬。性根を入れて迎え撃とう。
2002/11/06(水) 市民の傍聴者はたった二人 去年も初日の一般市民の傍聴者は二人だった。今日から平成13年度の決算審査特別委員会が開かれているが、今日も、委員会に所属していない何人かの議員の他は二人の市民が傍聴しているだけだった。これまで狭い委員会室で開かれていた決算審査特別委員会(予算審査特別委員会も同様)を、広い議場に場所を移したのは偏に傍聴者の便宜を図ってのものである。
自分たちの納税したお金がどのように使用されたのか? 住民福祉の向上にきちっと反映されているのか? 市民の代表である議員が、それらについて詳細に内容を問いただす場である。
どんな質疑が行われるのか? 自分の聞きたいことを議員はちゃんと聞いてくれているのか? 気になって、傍聴に訪れる人もきっと多いに違いない。そのためには、広い場所で行うのがいい。そんな思いから議場を使っているのだが・・。
2002/11/05(火) 手帳を忘れる知人 文具店にも本屋にも、この時期来年度の手帳が所狭しと並べられている。実に様々な種類がある。小型のものから、大判、或いは俳句が書き込めるように吟行手帳といった趣味のものまで実に多様である。見ているだけで楽しくなる。
かって、一世を風靡したバイブルサイズのシステム手帳は、一時期ほどの人気はないが、それでも豊富なリフィルとともに健在である。ポケットに入れて持ち歩くか、バッグや鞄にいれて持ち歩くかユーザーの好みによって手帳サイズの選択がわかれる。
ところで、手に入れた手帳をいつも自慢げに見せつける知人がいる。年によって、贈答品用の洒落た薄型の皮製手帳であったり、ゴルフスコアの記入できるものであったりで、みる者を羨ましがらせるのだが、肝心の互いのスケジュールを確認しあう段になると持参していないと言うことが多い。これは単に、自分の都合の悪さを悟られないために、手帳を忘れたふりをして即答を避けているのだ、 とみている。
2002/11/04(月) カラープリンタの調子が悪い エプソンのカラープリンタの調子が悪い。以前には、インクがぽたぽたと漏れだしたことがあった。この時はまだ保証期間内だったから、無償で修理してもらえたが、今回はだめだろうなあ。
印刷したら画面に「スジ」が入るのだ。前から時々「スジ」が入ることはあったのだが、都度ヘッドクリーニングで対処してきた。今回はどうも重傷のようである。マニュアルにしたがって、何度ヘッドクリーニングをやっても駄目なのだ。マニュアルには、それ以上の対処方法が書いてない。従って、当方としての手の打ちようがないのだ。
明日、購入した販売店に相談に行くのだが、トラブルシューティングについてもう少し詳細な対処方法の明示が出来ないものか。この手のトラブルに見舞われるたびに使用する側の無力さを思い知らされるのは、いつものことながら腹立たしいかぎりである。
2002/11/03(日) 文化の日 文化の日を記念して、午前中は登別市の功労者表彰式、そして夜は登別市の文化協会の表彰式が挙行され、それぞれの分野で活躍された方々の表彰が行われた。受賞の栄に浴された皆様に心からお祝を申し上げます。文化勲章のように国から表彰をお受けになる方も、地方自治体からの表彰を受けられる方も、賞の軽重はない。みんなそれぞれの分野に、一途に尽くして来られた結果である。こらからもどうぞ、地域の発展のためにご尽力をくださいますようにお願い申し上げます。
今回も、受賞の対象になりながら辞退した議員仲間も何人かいる。議員だから市の発展に寄与するのは当たり前のことだから、表彰を受けるのはそぐわないと言う意見と、登別市の表彰規定にあり辞退するのはむしろ失礼にあたるのでは、と言う意見がいつも起る。今回も、うけるかどうかは議員個々の判断にまかせることにしたが、表彰規定の見直しが必要な時期に来ているのかも知れない。
2002/11/02(土) 日本のプロ野球は面白くない 巨人の松井選手が米大リーグに挑戦するそうだ。大賛成である。これまでにも、野茂投手をはじめ、佐々木大魔神、イチローなど優秀な選手が米大リーグへ移っていった。
中高生で野球をやっているものは、今や日本のプロ野球は眼中になく、米大リーグに目を向けているのではないか。サッカーでも、中田英寿選手をはじめ、小野、稲本ほか外国でも充分に通じる能力があることを実証済みである。意欲があって、能力がある選手はどんどん挑戦していけばいいと思う。
「スター選手が続々と米国に流出するわがプロ野球の将来を心配しないわけにはいかない。」と言う声が聞かれる。
心配よりも、日本のプロ野球界は、少し考え直した方がいいのではないか。金にあかして有力選手をかき集め、特定のチームだけが強くて当たり前のいまの日本のプロ野球が面白ろかろうはずはないのだから・・。
2002/11/01(金) 道議会としての明確なメッセージの発信を 鳩山由紀夫民主党代表、仲間の道議、地元の多くの支援者などが出席し、盛大に井野 厚道議を励ます会が開催された。井野氏は、来春の統一地方選で5選目を迎える。父親(井野正揮)が衆議院議員を務め、本人も父親の秘書を務める傍ら27歳で登別市議会議員に当選。市議を2期勤めた後、39歳で道議に当選するなど政治一家。
道議会は今、政務調査費の使途など、道民の見る目も厳しいが、登別市や一地方自治体のことにのみとらわれることなく、広く北海道全体を視野に入れた活動をお願いしたい。
いま求められるのは広い視野に立った、北海道の将来構想である。国の公共事業の10%を占める依存型から、自立型への方向転換が求められている時期である。道民に対する道議会としての明確なメッセージの発信を是非ともお願いしたい、とあえて申し上げさせていただこう。
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