・・・くまさん日記・・・


2002/08/31(土) ボーイスカウトも毎年出店
 刈田神社の祭典は、今年から9月の第一日曜日を本祭りにすることに決定した。これまでは、8月の22日宵宮、23日本祭りだった。何年か前から、土日にして欲しいとの要望も出ていたが昔からの神社の行事だからと、頑として聞かなかった。しかし、時代の流れや、総代、氏子の強い要望に応える形で今年から変更になった。刈田神社の祭典には、ボーイスカウトも毎年出店する。今年のメニューは、生ビール、焼き鳥、そば、おでん、ポテトフライ、トロピカルサワーだった。天気がすっきりしないせいか、ビールやトロピカルサワーの売れ行きは今ひとつ伸びない。それに、どこの店も似かよったメニューを出しているせいもあるのだろう。それでも、焼き鳥は予定の1500本を早々と売り切って、さらに600本追加となった。腰掛けてとはいいながら、焼き鳥の煙に涙しながらの7時間は相当にきつい仕事だったなあ。


2002/08/30(金) 白石市物産展においでください
 年に2回開催される三市議長懇談会が伊達市で開催され出席した。テーマは、市町村合併、政務調査費、3市議員懇談会のありようの3点。市町村合併に関しては、三市それぞれの考え方に温度差ありと実感。これについては後日、詳述予定。とって返し、登別・白石市 姉妹都市歓迎交流会に出席した。これは、刈田神社の祭典時期に合わせ、白石市の物産展を催すもの。白石市観光協会 常任理事 柴谷榮一氏以下、16名の参加者があった。登別市 上野市長が、今後の一層の交流を祈念して乾杯。和やかな懇談会が開催された。どういうわけかこの刈田神社の祭りは雨が多い。今年も、天候には恵まれそうにもないが、せめて白石市から持参した物産品は完売と行きたいものだ。今夜の懇親会に、名産の数々が提供された。なかでも、銘酒「蔵王」は、逸品でした。


2002/08/29(木) 気配はあきらかに秋
 真夏を思わせるような暑い一日となった。が、しかし気配はあきらかに秋色である。ナナカマドは濃く色づき、空にはうろこ雲が浮かんだ。高い空に浮かぶ絹積雲は、うろこ雲の他、いわし雲、さば雲、あわ雲などとも呼ばれている。秋の空にみられるこの特徴的な美しい雲は、美人薄命のたとえではないが、いつまでもその姿を残すことはあまりなく絶えず形を変える。山登りにうつつを抜かしていたときはよく見かけたが、街の生活では見落とすことも多い。また、思いついたとき写真を撮らないと、すぐに形を変えてしまう。今日も、役所の二階の部屋から出て、裏通りに行くまでに大きく形を変えてしまった。ところで、この絹積雲、秋の雲とばかり思っていたら、春先にも多く見えるらしい。「いらかの波と雲の海・・・」唱歌、鯉のぼりに唄われる「雲の海」は、実はこの絹積雲のことだそうである。


2002/08/28(水) レジャー施設としての温水プールが必要か?
 会派11名全員で深川市と千歳市を訪問してきた。現在計画中の、登別市新・市民プールの建設にむけての勉強のためにである。深川市の温水プールは、「ア・エール」と名付けられて平成12年オープン、JR深川駅のすぐ側にある。千歳市のそれは、平成10年オープン。20億円から24億円の事業費をかけて建設された、いずれも近代的な市民プールである。公認の25メートル競泳プール、流水プール、ウオータースライダー、ジャグジーなど施設の内容もほぼ同様である。公認の競技が一度も開催されていないこと、利用者の減少に悩んでいること、年間1億円もの維持管理費がかかり、財政上苦しいこと。これらは、両市の共通課題。千歳市のプールは、緊急災害時には88,000人市民の飲料水として、3日間の供用が可能と言うことが特長。ただ、稼動床の必要性など、登別市の計画にも充分なる検討が必要と感じた。


2002/08/27(火) 小泉総理の椅子が買える
 飛行機に乗っていて狭い座席に窮屈な思いをした人は多いに違いない。「エコノミークラス症候群」と呼ばれる血栓症が問題になったりする。患者にはエコノミークラスの乗客が多いので、こう呼ばれたそうだが、実際にはビジネスやファーストクラス、鉄道、車でも起きるため、今では『旅行血栓症』という名前で呼ばれるそうだ。あまり縁がないが、一度くらいは広々とした(・・に違いない)ファーストクラスに乗ってみたいものだ。そんな夢を叶えるのに、全日空のファーストクラスの椅子が販売された? 残念、これは非売品だった。でも、甲子園のベンチは買える。そんなものはいらないって? じゃあ、小泉総理が首相官邸で使用している物と同じ椅子が買えるとしたらどうです。ドイツ製 正真正銘の本物で 54万円。さてさて、座り心地はいかがなものでしょう? 通販生活 2002秋号をめくりながらのひととき。


2002/08/26(月) 郷土資料館
 夕刻の資料館周辺には、爽やかな秋風が吹いていた。休館日のせいか人影もない。登別市郷土資料館の建築様式は、8間4尺(15.6メートル)の大櫓を容する城づくりとなっている。これは、本市とゆかりの深い、片倉家の白石城をモデルに往時をしのんで建築したもの(市史ふるさと登別資料編から)。外堀の一部には、登別ふんべ山の登別石を使用している。ここには、片倉家のコーナーをはじめ、知里幸恵コーナー、金成マツコーナーなど登別市に関係の深い人、あるいは、埋蔵文化財など考古、生活、産業などに分類された貴重な資料2万点近い資料が収蔵されている。増築された文化伝承館(写真右の平屋)では、絞り染め体験、縄文土器づくり、しめ飾りづくり、ひな人形づくり、たこづくりなど、季節に応じた体験が楽しめる。たしか、蕎麦打ちもやってたはずだなあ・・。


2002/08/25(日) 地獄祭りに参加
 23日から開かれていた地獄祭りが25日終了した。例年は、閻魔大王の一族としての衣装に身を固め、パレードに参加するのだが、今年は鬼踊りだけの参加だった。小雨にもかかわらず、極楽通りには多数の観光客の見物あった。観光客の皆さんにも踊りの行列に加わってもらい一緒に汗を流していただいた。少しは楽しんでもらえたのではないかと思う。いつも感じることだが、折角の地獄祭りに地元市民、特に幌別地区、鷲別地区からの参加が少ない。一つには、駐車場の不便さがあげられるのかもしれない。温泉小学校のグランドを臨時駐車場にするのだが、極楽通りには少々遠いこともあって今ひとつ不評である。と同時に、なにか市民を巻き込んだメニューの工夫が必要かもしれない。これが見たいから来るんだ、と観光客にも市民にも言わせるような地獄祭りにしたいものだ。


2002/08/22(木) 北海道は広い
 北海道の市町村数は、34市 154町 24村 合わせて、212市町村(但し、これには北方領土の 色丹村、泊村、留夜別村、留別村、紗那村、蘂取村は含んでいない)。人口 :総人口の約 4.7% (568万人)。国立公園:6 国定公園:5 道立自然公園:12 これの総面積は:北海道全体の11%。道の花:ハマナス 道の木:エゾマツ 道の鳥:タンチョウ 道の動物:なし 道の色:なし。道章の意味:開拓史代の旗章のイメージを七光星として現代的に表現したもの。道旗は、本道開拓史が使用した北辰旗と、当時着想されていた七稜星のイメージを現代的に表現したもの。道名の由来:「道」は、律令制時代の行政区画「五機七道」に由来。面積 :国土の約 22% (83,407.73 km2=北方領土面積含む)、これは、東京都の面積の 28.6 倍。採算性だけで、道路整備を論じられても困る。


2002/08/21(水) 明徳義塾 優勝おめでとう
 全国、参加4163校の頂点に立ったのは四国 高知県の明徳義塾。8月8日、中部商(沖縄)対帝京(東東京)で幕をあげ、49代表が頂点を目指して闘った第84回全国高校野球選手権大会は、明徳義塾(高知)が智弁和歌山(和歌山)を7−2で破り、初優勝した。高知県勢の優勝は1964年の高知以来38年ぶり2度目。明徳義塾は夏9度目の出場で頂点に立った。明徳義塾は、甲子園常連校でこれまでにも優勝経験があるとばかり思っていたが、春夏通算で19回目の甲子園出場を果たしながら優勝はなく、これまでは4強が最高。今回悲願の優勝を果たした。今年は、四国4県の活躍が目立った。川之江(愛媛)、尽誠学園(香川)、鳴門工(徳島)、そして頂点に立った明徳義塾(高知)。熱い、熱い夏が終わった。数々の感動をありがとう。そして明徳義塾、重ねて優勝本当におめでとう。


2002/08/20(火) アクアセラピーについて
 昨日19日、長野県飯田市在住の(有)ファイン代表取締役社長 加藤千寿子氏を迎え、「老後にそなえての健康づくりは今から・・」と題して講演をいただいた。氏は、自身の交通事故の後遺症から立ち直った経験から、温泉水を生かした健康づくりや、水中運動療法など、アクアセラピーについて研究を重ねられた。施設の企画、立案、水中運動のプログラムの立案、指導にも詳しく、飯田市、下條村の施設も手がけられた。現在、登別市では新市民プールにも健康増進用のプールの建設が予定されていることから、飯田市などの健康増進事業の実施効果などについて講演をいただき、登別市の事業の効果的施設内容を検討するための議会議論の一助とすべく、登別市議会として始めて会派合同研修会として実施したものである。議員、登別市職員、一般市民などおおよそ70名が聴講した。


2002/08/18(日) 「氷壁」のモデル
 43年前の今日18日は、谷川岳・一の倉沢の衝立岩正面岩壁が初登はんされた日(読売新聞・編集手帖)だそうだ。山を登り始めた頃、すぐに買い求めた本がある。「穂高の岩場」<岩稜会・朋文堂ー昭和34年刊>である。岩稜会は、昭和20年ころから穂高岳の岩登りを中心に活躍してきたグループである。彼らは、困難な岩壁登攀に挑みつつ、写真を撮り、記録した。この本は、そうした十数年の実践を結集して完成した記録書である。と同時に、当時増加しつつあった岩壁登攀時の事故に警鐘をならし、事故のない岩登りを願い発刊された画期的な指導書である。安全な岩登りは、彼らの悲願であった。世に言う「ナイロンザイル事件」、井上 靖氏のベストセラー「氷壁」は、実は昭和30年の岩稜会のメンバーが前穂高東壁登攀時に起きたザイル切断事故をモデルにしている。


2002/08/17(土) 風の盆恋唄
 歌手、石川さゆりの唄う「風の盆恋唄」が、高橋 治の同名の小説を元にしたものだそうだ。なかにし礼さんが、小説に感動し、実際に現地を訪れて虜になり、そして唄が出来上がった。”富山県八尾は坂道と水音の街。書き出しの部分でこの水音がとても丁寧に描かれていて、いつの間にか体の中をその水音がくぐりぬけていくような清涼感で満たされる” 小説「風の盆恋唄」を読んだ加藤登紀子さんの読後感である。小説からは、このように水の音や、胡弓の音、そして、動きの美しさより、止まった時の線の美しさをみせると言われる踊りの所作の美しさまでもが伝わってくる。♪♪越中で立山 加賀では白山 駿河の富士山 三国一だよ 歌われよ わしゃ囃す もしや来るかと 窓押しあけて キタサノサー ドッコイサノサー 見れば立山 オワラ 雪ばかり♪♪ 「風の盆」は、9月1日から三日間 富山県婦負郡八尾町で行われる。 


2002/08/16(金) 色探索の旅に
 秋の七草は、「万葉集」に山上憶良が「萩が花尾花葛花なでしこの花女郎花また藤袴朝貌の花」とよんでから、日本の秋の草の代表として定着してきた、のだそうである。うたわれた順に、ハギ、オバナ(→ ススキ)、クズ、ナデシコ(→ ナデシコの「カワラナデシコ」)、オミナエシ、フジバカマ、アサガオ(朝貌)の7種となる。このうち、アサガオは現在のアサガオではなく、キキョウのことを指す。色見本にもちゃんと桔梗色というのがある。マンセル値では、9PB 3.5/13。同じ桔梗色でも、他に紺桔梗(7.5PB 4/12)、紅桔梗(10PB 4/12)があり、色合いの違いがある。色を正確に表わすのは難しい。写真にしても、色見本を示す印刷物にしても微妙な違いが出るからだ。マンセル値は、それらを数値化して表わしてある。それにしても様々な色がある。この本(「色の手帖」ー小学館)には、358色が示してある。本を片手の、色探索も楽しいかもしれないなあ。


2002/08/15(木) 終戦の日
 今日、8月15日 57回目の終戦記念日を迎えた。 広島に原爆の落ちた日は鮮明に記憶している。しかし、終戦の日の記憶は全くない。灯火管制が解除されて、少しはましな家族の団らんが始まったに違いないのだが・・。子供心にも、ピカドンの印象はそれほど強烈だったのだろう。今朝の、朝日新聞「折々のうた」-大岡信 を引用させていただこう。「知らざれば忘れずと言ふあたはねど 忘れず八月十五日昼」 【今野寿美(こんの・すみ)】。ここにも書いてある、日本帝国敗戦の日をはっきり記憶している世代は、現在六十代半ばから上の年齢になってしまった、と。現在の日本の高齢化率は、16.2% つまり、それくらいの人口しか敗戦の日を記憶している人がいなくなったということになる。わが国を再び「戦争ができる国」にすることのないように、16.2%以外の人にも戦争のおぞましさを語り継がねばならない。


2002/08/14(水) 悔いのない試合を・・
 盆休みのこの時期は、ひたすらテレビにかじりついている。毎年のことながら高校野球は、見飽きない。北海道代表は、旭川工(北北海道)、札幌第一(南北海道)の2校。札幌第一は、強豪智弁和歌山を相手に一点差まで詰め寄る健闘を見せるも、残念ながらすでに敗退。そして今日、北海道の期待を背にたたかった旭川工も、九回の粘りも通じず福井に敗れ去った。両校とも、来年以降に期待したい。それにしても、何十人という部員がいる中で2年生の選手が多いことに驚く。いや、1年生でレギュラーになり活躍している選手もいる。それも、夏16回出場、部員100名という名門校でである。昨日の広陵、セカンドを守る上本博紀君のプレーは、一年生とは思えない落ち着いて堂々としたものだった。今年、参加4163校の頂点に立つのは果たしてどの高校か?残り、悔いのない試合を・・。


2002/08/12(月) インクの消耗は結構激しい
 デジカメを買った。デジカメを買う予定。いずれも友人二人からの、ほぼ同時のメールである。近くの電気製品の店の一隅には、各メーカーのデジカメが所狭しと並んでいる。それも、非常にコンパクトでカラフル。旅行先でもデジカメ花盛りの感がある。撮ったその場で確認でき、自分のカラープリンタで手軽に印刷出来るのがいい。写真入りの出張報告書の作成も簡単だし、なにより、撮ったその日にこの日記に貼り付けることが出来るのがうれしい。今使っているものはシャツの胸ポケットに入るほどの大きさで、会合や打ち合せの場所での撮影に重宝している。さらに、16コマの連続写真の撮影が可能である。あまりに簡単に撮影出来ることが災いして、つい撮りすぎるきらいがある。デジカメ購入予定の友人には、カラープリンタのインクの消耗が結構激しい、と言うこともあらかじめ伝えておかねばなるまい。


2002/08/11(日) 西洋音楽と対等の日本音楽を
 胡弓を習いたいと言う人がいるけど、誰か指導者を知らないか?と、知人からの問い合わせがあった。早速、津軽三味線の白田路明君のところに問い合わせる。彼は、単独で津軽三味線のコンサートもやるが、札幌で活躍中の胡弓の福本 夢さんとのジョイントなどを組んで頑張っている。最近、津軽三味線は若者の間ではちょっとしたブームで、高校での授業に取り入れたところ、登校拒否を続けていた生徒が、津軽三味線の時間にのみ学校に来る生徒もいると言う事例も新聞に載っていたほどである。胡弓なら、そこまではないだろうと思っていたが、なかなかどうして多忙とのこと。明治以降、西洋音楽一辺倒だった音楽教育が変わりつつある。心ある人達の地道な努力のおかげである。10年後の学習指導要領の改正時には、西洋音楽と対等に日本音楽が論じられるよう、まだまだ努力を続けねばならない。


2002/08/09(金) 身体をなおざりにした100年間
 「20世紀は、身体をなおざりにした100年間であった」。腰の定まらないところに日本の文化はあり得ない。切れる腰の位置を認識することこそ、明治以来の謝った西洋文化一辺倒の教育を見直す最も重要な視点である。これは、北海道教育大学助教授 進藤貴美子先生の話である。現在の日本は、かって誰もが持っていた日本人独自の腰の文化を忘れていると言う。卑近な例では、町内会の餅つきに見られる若者の頼りない姿勢、或いは、最近とみに目に付く中高生の道ばたへの座り、これらは全て身体文化をなおざりにした結果である と先生は嘆く。かってどこでも目にした農作業者の無駄のない姿勢が、現代の能、歌舞伎、舞踊、それら様々な芸能文化を支えている身体の動きにつながるのものだと言うことに気づくべきだと言う。聞いていて、文化的観点はとまれ、軸のずれないゴルフスイングの重要性に気づく。


2002/08/08(木) 窓をお拭きになってもよろしいですか?
 「窓をお拭きになってもよろしいですか?」 一瞬、返事に窮す。タオルを持った若者のその雰囲気から、車の窓ガラスを拭いてもいいか?と聞いていることと理解。給油するために立ち寄ったガソリンスタンドでの話である。店長の指導を忠実に守ろうとする彼らに責任はあるまい。敬語を使おうとするその健気な努力に、敬意を払うべきか。もはや注意する気力もない。先日の新聞の投稿欄にも、「からから言葉」はおかしいとあったが同感である。これについてはすでに書いたから、重複は避けるが気になって仕方がないことの一つである。言葉は生き物で時代とともに変化する、と言うことには理解しつつも生理的に受け入れることが出来ない。「自分たちの野球のすべてをぶつけ、甲子園球場をさらに熱い、熱い夏にすることを誓います」と甲子園初出場 桐光学園(神奈川)の船井剛主将の選手宣誓。こちらには、自分の言葉のさわやかさがある。


2002/08/07(水) 貪欲さに欠けるか?
 うちも、もう少し貪欲にいくべきかな? 昨日6日室蘭民報の「忙中閑」で、隣町のことが取り上げられた。視察受け入れの条件に、地元宿泊を義務づけた効果についてである。登別市は地元宿泊を条件にしてはいないが、検討をしたらどうかと話し合ったことはある。年によって多少の差はあるものの、年間少なくとも50件近くの視察を受け入れている。南は九州から、北は同じ道内まで、とりわけ夏場が圧倒的に多い。お陰様で温泉地と言うこともあって、登別温泉に泊まってくださることが多い。その際には、最初の歓迎の挨拶でも、宿泊してくださってありがとうと必ず感謝の意を表わすことにしている。お帰りになったら、仲間の議員にも、市民の皆さんにも温泉の良さを伝えて欲しいと多少冗談めかして念を押す。少しでも、また来て欲しいという気持が伝わればうれしいからだ。願わくは、対応する市の職員にもその気持が・・と。


2002/08/06(火) 被爆体験を風化させてはならない
 日本工学院 北海道専門学校が創立20周年を迎え、今日記念式典と祝賀会が開かれた。当時、登別市の行政、議会、経済界がこぞって、誘致に向けた活動をした。もう、当時のことを知る議員はいないのでは?と片柳 鴻理事長から訊ねられた。直接係わった議員は、24名の議員のうち2人になった。20年でさえこうである。半世紀も前の事となると、歴史的な内容ですら記憶がおぼつかなくなる。しかし、何年、何十年経っても忘れてはならないものがある。世界中で始めて、原子爆弾の被爆を浴びたという事実である。いま、世界で核の脅威が拡がりつつある。我々は唯一の被爆国として、そのおぞましさを語り継がねばならない。すでに、被爆者の高齢化が進んでおり、被爆体験が風化しつつある。今日の北海道新聞の漫画「ほのぼの君」<佃 公彦>は、雷と花火の「ピカドン」だった。が、本物の閃光と地を揺るがす衝撃は、57年経った今でも忘れることが出来ない。


2002/08/05(月) 食べ物日記が必要?
 料理教室に通っている友人がいる。時々、その日の料理の内容を教えてくれる。例えばこうである。今日は、キウイのソースを生の帆立にかけたもの、それとパスタのソースを習った。デザートはアボガドとチーズのケーキ、これは美味かったぞー、という風にである。或いは、フルコースの内容なども実に忠実に書いてある。メモを取るのか?と聞いたことがある。メモは取らない、食べたものを順に思い出せばすぐ出てくるだろう、とこともなげに言う。ついさっき食べた夕食の内容ですら記憶が曖昧な当方などには考えられないことだ。作家の池波正太郎は「食べ物日記」を欠かさなかったそうである。トウフのみそ汁、飯、納豆、香の物、牛肉アミ焼き、冷酒、ワワラの塩焼き、きつねうどん という具合。これは、「文章の書き方」<辰濃和男著ー岩波新書>で、毎日書くことの大切さの例に挙げたもの。そうそう、岩波書店の開業は、1913年の今日8月5日。


2002/08/04(日) 御傘山神社例大祭
 朝方まで残った雨も、御輿の渡御が始まる頃には薄日がこぼれ始めた。御傘山神社例大祭、日本製鋼所室蘭製作所の神社の祭典である。昨夜宵宮祭、今日例大祭が行われ、引き続きこれまで殉職された方々の忠魂祭が行われた。御輿に渡御のお祓いの祝詞が捧げられた後、露払、浄仏、伶人、先太鼓を先頭に200人余の渡御が始まる。裃姿の渡御役員や、五色の幟を持つ白丁など、昔ながらの行列が続く。神社を出て、社宅のアパート街、周辺の街中、日鋼の構内などを四時間かけて歩く。行列だけでも充分に見応えがあるが、この例大祭の目玉は、なんと言っても奴道中である。おおよそ30人の奴が、黒の法被に、手甲、脚絆、わらじといういでたちで、「いよーっ」と声をかけながら白毛の槍印を付けた長柄の槍をふりあう熟技は、今はここでしか見ることが出来ない。少子・高齢化で、あちこちの祭りが縮小傾向にあるが、これだけは残しておきたい夏の風物詩である。


2002/08/03(土) 子ども達が出発して行った
 不安と期待とを胸に、今朝子ども達が出発して行った。今年の参加者は、道内350人、全国から20,000人が集まる。場所は、大阪市舞洲(まいしま)スポーツアイランド。第13回日本ジャンボリー(略して、13NJ)。ボーイスカウトの野営大会で、4年に一度の全国大会。野外活動を通じて平素培ったスカウトの訓練をもとに相互の友情を深め、参加外国スカウトとの交流を通じて相互理解と国際親善の向上に務め、スカウト運動の一層の発展と躍進を期すことを目的に開催される。登別市からは、リーダー2名、高校生の女子のサブリーダー1名、それに参加する子ども達5名。今日から9日まで、親元を離れて自分たち同年代だけの9日間を過ごす。見送るお父さんお母さん、ご心配には及びません。一週間後には、一回りも二まわりも大きくなった子ども達を迎えることが出来るはずです。間違ってもこちらから、心配そうな声で電話をかけることのありませんように・・。


2002/08/02(金) 和紙の草履キット
 文房具の専門店、銀座の「伊東屋」からカタログが届いた。何度か、この店オリジナルの封筒を送ってもらったことがある。受け持ちの場所が変わりましたと、その時の担当者が送ってきたものだ。見るともなしに拡げた片隅に、「ZORI KIT」の文字が目にはいった。「和紙の草履キット」 作り方の説明書付きで、1550円と書いてある。おおよそ文具とは関係のないものがなんで? それも草履とは・・。買う人がいるのだろうか? いや、いるに違いない。現に、写真を見るだけで懐かしさがこみ上げるではないか。小学生低学年の頃の履き物と言えば、このぞーりだった。父が藁で作ってくれた。口に含んだ水を藁にぷ〜っと吹きかけたあと、軽く木槌で叩く。こうするとこによって、藁にしなやかさが出るのだ。土間にどっかと腰を据えて、節くれ立ったごつい手で何足も作ってくれた。そのうち、徐々にズックの運動靴に代わり、作り方を習う機会を失した。今にして残念に思う。


2002/08/01(木) 「マガイモノ」の温泉に騙されないために
 「銭湯に出かけて、親子のふれあいを・・」と、今日の北海道新聞 卓上四季。今日は、水の日でもある。親子での海水浴でも、あるいはプールでもいいだろうが近くの銭湯なら、気が向いたときに気軽に行ける。家庭に風呂があるのが当たり前の時代になって銭湯を知らない子どもが増えた。水着をつけて入ろうとする子どもまでいるそうだ。それはさておき、気になるのは湯質である。何百人もが入った温かい水を濾過し、塩素を加えて循環させているだけだから、ときにレジオネラ菌が増殖する可能性がある。いや、街中の銭湯はたっぷり塩素を入れて殺菌しているからまだいいのだそうだ。困るのは、「マガイモノ」の温泉、地方自治体が住民サービスと称してつくったハコ物、自称「○○温泉」にその類のものが多いと言う。松田忠徳著「温泉教授の温泉ゼミナール」を読んで愕然とした。「温泉」と言う名前に騙されてはならない。自衛策としては、「お宅の風呂は循環風呂ですか?その湯は毎日取り替えていますか?」と聞くことだと・・。







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