・・・くまさん日記・・・


2002/07/31(水) 書類の整理に悩んで
 野口悠紀雄氏の「『超』整理法」の初版は93年11月、購入したのは94年4月。目からウロコの感じであった。溜まる資料の整理に悩んでいた。コクヨの4段キャビネットを購入したり、KINGFILEも相当量購入した。ひたすら分類し、ファイリングした。分類こそ整理、そう思いこんでいた。ところが、整理が追いつかない。「一時保留」の書類が山をなす。日曜日、一日かけて整理する。また崩れる。そんな繰り返しだった。しかも、必要な時、肝心の書類が見つからない。そんな時、「分類するな、時間順に袋に入れろ」と説く、この本に出合った。詳しくは、「『超』整理法」を読んで欲しいが、これの実践により机の上に書類が山をなすことはなくなった。しかも、必要な書類が短時間で見つかる。つまり、保存と検索が容易に出来るようになった。書類の整理に悩んでおられる方は、是非一読を・・。


2002/07/30(火) 広州市との今後の交流の進め方について
 五月に「友好交流促進都市」の盟約を結んだ中国広州市との今後の交流の進め方について、訪問したメンバーが集まって意見交換会を行った。胆振支庁角井副支庁長、上野市長はじめ、訪問団のメンバー22名のうち16名が参加した。中国側の望むビジネスの拡大という意味では、あまりに街の規模が違いすぎる。こちらとしては究極的には、西胆振、あるいは道央圏を含む観光誘致に主体をおきたい。そのためには、ということで様々な意見が出された。子ども達の、スポーツや文化を通した交流は、相互理解や将来的な交流発展の基盤をなすと言う意味では、効果的な方法ではある。が、送り出す子ども達の安全に不安のないことが前提である。現在行なっている、デンマークへの中学生派遣事業のように、ホームステイをしながら互いの理解を深めるところまでには、やや時間を要するか?


2002/07/29(月) 新町長の誕生
 思い立ってほぼ一年、念願だったホームページを立ち上げました、と若い友人からメールが入った。アップしたばかりで内容の充実はこれからのようだが、芸事に賭ける一途な思いだけは伝わってくる。江差追分には、人を惹きつける何かがある。唄の持つ不思議な魔力と言えるものかもしれない。加えて、地方の人間を迎える江差人の暖かさもそれを後押ししているのだろう。唄の魅力だけで、人をして何十年も江差に通わせるとは思えないからだ。これまでにも言葉を交わすだけで、やすらぎを感じるような方に幾人もお目にかかることができた。彼女のホームページに紹介されている、故近江タキさんもその一人。江差追分会は今や、江差町のものだけではない。全国154支部 4000人の会員を持つ組織である。昨日当選した、浜谷一治新町長を中心に地元のしっかりした舵取りを期待したい。


2002/07/28(日) 手造りの祭りもいいものだ
 好天に恵まれて町内会の祭りが終了した。町内会の役員は勿論、婦人部、班長さん、それに声をかけなくても自発的にお手伝いに出てくれる人、みんなの手伝いがないとこういう催し物は出来ない。高齢化の進展は、町内会と言えども例外ではない。準備や後かたづけも、何度も何度も一息入れながらの作業になる。昨年まで元気だった人の顔が見えないというようなこともある。少しずつメンバーが入れ替わりながらでも、なんとか継続できるうちは祭りをやろうと話し合っている。子ども達の喜ぶ顔や、今年は天気が良くてよかったねえ、などと杖をつきながらでも楽しみに出てきてくれる人の顔が見えるとうれしい。大規模な祭りも、それはそれでいいものだが、手造りの祭りは、それに負けない良さがある。いや、それ以上の良さがあると思う。


2002/07/27(土) ヒット数、6,850件
 ヒット数、6,850件。ヤフーで「じんましん」をキーワードに調べた結果である。どれも、微に入り細にわたって、じんましんに対する説明が加えられている。中には、写真入りでの解説もある。調べたのにはわけがある。全身にひどいじんましん症状が出たのだ。とりたてて変わったものを食べたわけでもないのにである。出張先で一度治療を受けたのだが、昨夜の晩飯のあとで猛烈な痒みに襲われた。我慢が出来なくて、夜間外来を訊ね応急の注射を打ってもらい薬をもらった。今朝は落ち着いてはいたが、言われたとおり診断を受けた。てっきり内科だと思っていたが、じんましんは皮膚科担当である。なにが原因でしょうか? の問に「疲れか、ストレスじゃないのー、アルコールは控えて激しい運動は慎むように」。そうは言われても、町内会の祭りの準備もあるしなあ・・。


2002/07/26(金) 屯田兵の歴史
 北鎮記念館は陸上自衛隊旭川駐屯地内にある。北海道の防衛と開拓のために入った屯田兵の歴史や、旭川第七師団の歴史を物語る貴重な資料2,700点が展示されている。見学をした25日は、夏休みに入った小学生の子ども達も熱心に説明に耳を傾けていた。きちんと整理の行き届いた展示品に時を忘れて見入る。とりわけ、入り口正面の「国見の図」に目を奪われる。明治18年、時の北海道長官岩村通俊が、屯田兵本部長永山武四郎らとともにアイヌの助けを借りて上川地方を検分、小高い丘(近文山)から今の旭川になる地を望んでいると図は、旭川の夜明けを告げるものとして、この記念館の展示品の最たるものと言ってよいだろう。それにしてもこの記念館、土・日曜・祝祭日に見物を希望する場合は事前に連絡をしなければならないのは少々残念。


2002/07/23(火) 九秋 風露 鶴精神
 勤勉、努力、まじめなど、古来、日本の徳目とされていたものが、現代の日本ではさげすまれるようになった。これこそが、十年来の景気低迷の原因だ。今、勤勉、努力といった言葉は中国にある。20年後には、中国の経済力は日本と肩を並べる。と、今朝の北海道新聞「今を読む」<佐和隆光氏>は言う。また、親の教育熱心ぶりは、日本とは雲泥の差。それを裏付けるように、小さな子どもは勿論、大学生の向学心も日本の比ではないらしい。先日来訪された中国広州市の蘇 晋中先生から贈られた掛け軸は、同じ人民代表会議の委員の一人が書かれたもので、三代にわたる画家一家とのことだった。掛け軸は、縦180センチ 幅90センチの特大品で、今日やっと部屋に飾り付けてもらった。書は、「九秋 風露 鶴精神」とある。無学を恥じながら、意味をいま、周囲の人に訊ねまわっている。


2002/07/22(月) 来馬岳にも今日は夏雲が
 本州では、あちこちで梅雨あけが宣言された。北海道も、本格的な夏の到来を思わせるような今日の暑さだった。部屋の窓を開け放っても28.5度。来馬岳にも今日は夏雲がかかった。『来馬岳の原名はライパヌプリ。明治の「胆振国幌別郡全図」の中では「来馬山」と書かれており、当時、放牧された馬が群をなして駆けめぐっていたので、「来馬」と名付けられたそうだ。来馬は、ふさわしい文字だが当て字である。標高1040m。登別市内では一番高い。山頂からは、洞爺湖、羊蹄山の他、神秘の湖「橘湖」が望める。市内の学校の校歌などにも歌い込まれており、市民の生活の山」としてなじみ深い山である。』《市史ふるさと登別より》 冬のスキー場の名前は、サンライバ。カムイヌプリ(標高750m)、鷲別岳(標高911m)とともに市民にとっては親しみ深い山である。


2002/07/21(日) 変更後の紙面にまだ慣れない
 スーパーが改装をすると、客足が遠のく場合があると聞く。内部のレイアウトが変わり、いつも歩く決まったルート線上に欲しい品物がないといったストレスを感じるかららしい。北海道新聞のせいかつ面に「いずみ」という投稿欄がある。各層の年代の女性の考え方が載って、その内容に啓発されることも多い。この日記で内容を取り上げさせていただいた縁で、書物を送ってくださった方もいる。ところが最近、どうもこの「いずみ」欄が読みにくいのだ。紙面を繰っても目に入りにくいのである。思うにこれは、以前の四角い枠組みから縦型に変わったせいである。しかも紙面の右側に移動した。一旦鈍った客足も、安くていい品物がある店だと徐々に快復するらしい。「いずみ」は、人気の投稿欄だ。読者が遠のくことはあるまいが、変更後の紙面にまだ慣れないのも事実である。


2002/07/20(土) 大群舞「豊水トントン」
 「のぼりべつ豊水まつり」開催中。今日と明日の二日間、幌別北駅前通り・らいば公園の2会場をメイン会場として行われる。もともと提灯まつりとして、開催されていた。「豊水まつり」と名を変えて、今年で7回目となる。定着した大群舞「豊水トントン」は、昨年から団体優勝賞金として10万円、最優秀個人賞1万円の景品が出るようになって一段と盛り上がりをみせるようになった。大人数が参加する団体の踊りは、前半の女性陣に比べて後ろの男性陣で足を引っ張るケースが多い。逆に、上手いチームだなあと思っても、あまりに少人数だと点数が入れにくい。個人賞は、踊りの本来の上手さより良さよりパ派手なフォーマンスで点数を稼いでる感がある。いずれにしても、「同じ・・ならー」である。こういう日は、我を忘れて踊りの輪に入ることが一番楽しい。


2002/07/19(金) 東京の暑さにいささか辟易
 涼しい千歳に降りたってホッとした。東京の暑さにいささか辟易していたからだ。北海道は過ごしやすくていいところだ、とつくづく思う。昨日、行政区域内に基地を持つ市町村で構成する「全国市議会議長会基地協議会 第57回理事会」が東京全共連ビルで開催され出席してきた。平成14年度の事業計画や基地関係予算確保に向けた要望などを採決した後、地元選出国会議員に実行運動(陳情)を行なった。東京は例年にない青空が続いていて、街中を歩くだけで日焼けをするとタクシーの運転手が言う。汗でぐしょぐしょの衣服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びた。一息ついて、ふとホテルの部屋から見下ろすと、街は、照りつける太陽の下で、まるで大雨で川が氾濫し上流から押し流された石が重なり合った荒れ果てた河原を思わせるようだった。


2002/07/17(水) 代金壱百五拾万円也
 「昭和33年8月求む 旭川市熊坂公成氏より 代金壱百五拾万円也り」と、引出しの底面に記載がある。社長の道を後任に委ねて札幌へ転居されるとき、是非この机を使って欲しいとK氏から寄贈を受けた。机を購入されたお父上が、かって議員をされていたこともあり、寄贈するにあたっては議会関係者で使って欲しいとの強い意向があって、現在小職が使わせていただいている。重厚な造りの木製机は40数年を経たものとは思えない。大事に扱われてきたことが伺える。頑丈さもさることながら、目を惹くのは机の周囲に施された彫刻の素晴らしさである。丹精こめた手わざ、職人の心意気を見る思いである。いま、これほどの彫り物ができる職人がいるのだろうか。ひょっとすると、飛騨の匠の血を引く彫り師の作品ではないか? と、想像を逞しくしながら見入るこの頃である。


2002/07/15(月) 再会を約して2ヶ月
 「再見(ツアイチェン)」。 再会を約して2ヶ月後の今日、中国広州市の全国人民代表大会 常任委員会副主任 蘇 晋中先生に、再びお目にかかることが出来た。姉妹都市の福岡市を訪問した足で、登別市を訪問されたものである。中国広州市とは、5月に「友好交流促進都市」の盟約を結んだ。その調印式にお会いして、再会を約していたものである。あいにくの雨で、予定していたパークゴルフを楽しんでいただくことは出来なかったが、時代村で和服を着たと言ってうれしそうに写真をみせてくださった。夜、ホテル第一滝本で歓迎会を開催した。メンバーの半数が女性だから、お酒の席で盛り上がるかどうか心配したが杞憂に終わった。「北国の春」は、今や日中友好のメインテーマ曲と化した感がある。かの地から来られた方の唄に、伴奏をさせていただいた。尺八を持参して本当によかったと思う。


2002/07/14(日) 書をみるのは楽しいが
 書家を知っているという知人に頼んで書いてもらった。「吹禅一如」 心静かに尺八を吹けば、禅の境地に至る。尺八(吹くこと)と、禅は一体である。そんな思いを込めて文字を選んだ。書家は、浅沼一道氏(天籟書道会、東京都)。一道氏は、登別温泉にも縁があるらしい。平成11年に行われたカルルス温泉の開湯百年事業の、記念の石碑も氏の揮毫による。そう言えば、先日泊まったホテルにもこの人の書いたものが飾られていた。知人にも書をする人が居るが、そのうちの一人は墨も自分で作ると言う。煤や膠を混ぜてつくるのだそうだ。黒い墨ばかりではない、藍色がかったものまであった。文字や、イメージする書体によって紙も墨の色も替えるという。筆ペン以外にそれらしいものを使うことのない我々にとっては、計り知れない水準の話である。


2002/07/13(土) 全国大会に向けて
 江差追分会、第2回理事会が開催された。会場となったのは、江差町松月旅館。かっては、結婚式なども行われたこの100畳の大広間、天井から吊り下げられた扇風機が郷愁を誘う。同規模の旅館が改築したり、近所に近代的なホテルが出来たりで出番が少なくなった。江差追分会は地元の旅館に、機会均等にと配慮をみせ、会場を時々替える。役場としては当然の配慮だろう。理事会は、今年、節目の40回大会を迎える江差追分全国大会の内容が議題だった。様々な民謡全国大会の先駆的な役割を担ったのが、この江差追分全国大会である。しかし、この江差追分会も高齢化の波は避けて通れない。会員の減少、会費の値上げ、指導者の世代交代などなど。全国に154支部、4000名の会員を持つ組織も、本音の議論を必要とする時期に来ている。


2002/07/12(金) 消防士達の訓練が続いている
 年間火災発生数:27件、救急車出動数:1,882件(ともにH12年)。消防士達の、絶え間ない訓練が続いている。第2庁舎の屋上を利用して訓練塔が設置されている。決して恵まれた施設とは言えない。が、毎日もくもくと訓練が続く。訓練状況は、本庁舎の二階の部屋から駐車場を隔ててまともに見えるし、安全帯のカラビナとロープの摩擦音も聞こえる距離である。勿論、駐車場からもすぐに見える場所である。しかし、車から降りたった市民で、訓練状況を見上げる人はごくまれである。訓練を続ける彼らには、市民の目が注がれようとそうでなかろうと関係ない。市民の生命と財産を守る。その、使命感のみが日々の訓練を続けさせている。疲れた身体に鞭打って続ける彼らの姿をみれば、タクシー代わりに救急車を呼ぶなんてことは間違っても出来ないはずなのだが・・。


2002/07/11(木) 長靴を車に
 心配した台風6号の影響もあまりなかったようだ。台風の接近に伴って、雨量も多い所で150ミリから200ミリ予想されていた。もともと登別市は雨の多いところである。年間の降水量は、1,700ミリに達する。雨量の多さに加えて、住宅地はかっては谷地と呼ばれた湿原だったところである。舗装された路面は雨水を吸収しない。いきおい低い所に雨水が集まる。雨の都度、低地では冠水騒ぎがあった。10年ほど前から対策がとられ、現在では少々の雨なら「見に来いっ!」と叩き起こされることもない。道路の下にピットを掘り、一定量の雨水が溜まると自動的にポンプが始動し強制排水する。加えて、公共下水道工事の進捗により生活排水の処理も完備しつつある。生活環境は確実に改善されているのだ。そう言えば、長靴を車に積み込まなくなってどれくらいになるだろう。


2002/07/10(水) 各会派のホームページも間近?
 昨日、ホームページの作り方の勉強会を開催した。議会のホームページを立ち上げているが、更新がなかなかままならない。一因に、手慣れた議員が少ないことがあげられる。誰でもが、必要に応じて対応できるようにと、使用しているソフト「ホームページビルダー」の勉強会を開いた。まずは、基本的な内容習得にと各会派から希望者が参加した。ホームページは、簡単な内容の一葉からはじめることが肝心である。最初から壮大な構想を頭に描くと、完成までに挫折することが多い。これは、自身の失敗談でもある。選挙期間中の、議員のホームページも解禁となる。是非個々の議員のHPのアップを期待したい。昨日の勉強会の参加者は熱心な議員ばかり、議会のホームページのタイムリーな更新はもとより、各会派のホームページのアップもそう遠いことではあるまい。


2002/07/09(火) 取材を受けた政務調査費条例
 7月5日に北海道テレビ(HTB)の取材を受けた政務調査費条例の内容が、今夕放映された。活動計画書、活動報告・成果報告書の提出を義務づけている登別市議会の透明性の高い内容が、取材の対象となったものである。領収書の添付を義務づけている議会も多くないと聞く。額の大小にかかわらず、市民の税を使用することから言えば、領収書の添付の義務づけは当然のことと言えよう。成果報告は、議会だより「でぃすかす」にも概要を掲載しているし、若干遅れてはいるが登別市議会のホームページにもアップする予定である。勿論、情報公開条例に則っての開示も可能である。開かれた議会、わかりやすい議会を目指すには、まずはこうした透明性の高い議会報告からはじめなければなるまい。


2002/07/08(月) 世界がもし100人の村だったら
 遅ればせながら、やっと購入した。「世界がもし100人の村だったら」(マガジンハウス刊)は、発売と同時に評判になった本である。世界には63億人の人が住んでいますが、もしそれを100人の村に縮めるとどうなるでしょうと書いてある。本の中の幾つかを読んだままに・・。100人のうち、日本人は2人だそうだ。すべてのエネルギーのうち、20人が80%を使い、80人が20%を分けあっています。村人のうち、一人が大学の教育を受け、2人がコンピューターを持っています。けれど、14人は文字が読めません。20人は栄養が充分ではなく、1人は死にそうなほどです。でも、15人は太りすぎです。30人が子どもで70人が大人です。そのうち7人がお年寄りです。来年は101人になるそうだ、少しは改善の方向に向かうのだろうか?


2002/07/07 (日) 今日は七夕
 先日、ムックリをもらった。アイヌの人達が使っている楽器(口琴)である。竹製の薄い板の中央に細長い舌を切り出し、紐を付けてある。軽く口にあて紐を引いて振動させると、神秘な音の中の美しいメロディーを奏でることが出来ると書いてあるが、なかなかうまくいかない。それでも、何度か試みるうちに、びよーん、びよーんと振動音が出せるようになった。説明にしたがい口に当ててみると、口腔内の空気の共鳴によって音に変化が出せる。どうも、振動を与える指のひき具合と、口腔の作り方に工夫が要るようだ。今日は七夕、ひょっとすると若者と娘がムックリの音で恋を語り合ったのかもしれない。もらったものは、鈴木紀美代さん製作によるもの。楽器としては一流品である。間違っても、楽器が悪くて音が出せない などとは言えない。


2002/07/06(土) 使用した空き缶は、16,800個
 今年も恒例の「缶かべ」(缶すだれと呼ぶべきか?)が下がった。毎年学校祭にあわせて展示される。正面玄関上に、屋上からつり下げられる。使用した空き缶は、その数 16,800個に及ぶと言う。今回のテーマは「一発本気」。登別南高校(490人)の生徒達が、持ち寄った空き缶で制作する。すっかりなじみとなって、今年はどんなものが出されるのか楽しみにしている市民も多い。いつ、誰の発案で始まったものか知るよしもないが、これからも是非続けて欲しいものである。わずか、2、3日で片づけられてしまうのは惜しい。室蘭民報でも取り上げられたことだし、室蘭市や伊達市からも見に来る人がいるかもしれない。今どきの大人達に見せるためにも、せめて10日間くらいは展示しておいて欲しいものである。


2002/07/05(金) 友 遠方より来る
 懐かしい面々が揃った。昭和40年代からの一時期、ともに汗した仲間である。第二の人生を賭けた会社の最後を見届けるという不運な境遇に立ち会わざるを得なかったMを囲んで、ささやかな宴を催した。札幌からの出張を早めに切り上げて参加したもの、別の会合を抜け出して二次会から参加したもの。様々な予定を繰り合わせて出席した12名が、企業の屋台骨を背負っていた当時の話題を懐かしく語り合った。このメンバーから、世界に誇る高音・高圧(High temperature/High pressure)石油精製用の反応塔の製造がされたといっても過言ではない。2 1/4Cr-1Mo材の鍛鋼リング、Tp.347ステンレスオーバレイ、シェッフラー線図、水素脆化、ASME規格、QCD(品質、コスト、納期)の確保などなど・・。激論を交わした当時の熱さ。少しだけ増えた白髪を気にしながら、当時の思いが今夜再現された。


2002/07/04(木) いぶり会開催
 いぶり会が、ホテルKKR札幌で開催された。毎年この時期、「胆振地域政策懇談会」として開催される。この「いぶり会」は、胆振支庁管内の選出道議会議員、各市町村長、市町村議会議長で構成され、管内の振興発展に力を合わせて取り組むことを目的に結成されている。今回は、管内選出道議会議員、管内市町村長、市町村議会議長、胆振支庁等の道幹部職員が出席。選出道議会議員に、室蘭地方総合期成会の平成15年度予算に向けた要望事項を上野登別市長が、苫小牧地方総合期成会の要望事項を見野白老町長がそれぞれ説明し、協力を求めた。その後、政策懇談会を開催した。堀達夫北海道知事も来賓として出席され、 参加者との懇談に加わった。同じ胆振管内に、二つの期成会が存在することが、この地方の振興施策の複雑さを表わしている。


2002/07/03(水) 手ぶれを防ぐには、重めのカメラの方が・・
 デジカメを買い換えた。これまで使っていたデジカメ(ソニーDSK-F55K)は、知人のところに嫁がせた。代わって今回、同じソニーの製品 DSC-P9に買い換えた。光学3倍ズーム、4.0MEGA PIXELS。使用しているソフトの関係上、MEMORY STICKでなくてはという理由と、小型軽量を選択の主眼に置いた。ところが、あまりに小型軽量過ぎるのが、案外難点かもしれない。余程注意しないと撮影時に手ぶれを起こしそうだ。手ぶれを防ぐには、むしろちょっと重めのカメラの方がいいのである。名刺サイズだとか、胸ポケットサイズと言われるものほど注意しなくてはならない。自分が使うときにはともかく、「ちょっと、シャッターお願いします」と、人様に撮影を頼むときのブレは覚悟しなくてはならないだろうなあ。       


2002/07/02(火) ずぶぬれになりながら歩いている中高生
 今日は半夏生(はんげしょう)。夏至から11日目。梅雨が明け、田植の終期とされる。梅雨あけというが、この半夏生の日には雨が多い。 今日も終日、ショボショボと小雨が降っていたし、過去八年の記録をみても、昨年、一昨年を除いて、その前六年間はずーと雨である。雨と言えば気になることがある。傘を持たないで、ずぶぬれになりながら歩いている中高生をよく見かける。傘をさすことを格好よしとしないのか、高学年に多い。 また一方で、友人らしき人間と一緒に歩いていながら、自分一人だけ傘をさしている者も少なくない。二人で連れだって、話をしながら歩いているのにである。仲間を傘にいれる心遣いがないのか、あるいはまた、折角の誘いを断っているのか? 中学生や高校生男女の、恥という文化を忘れたべたべた感とともに、気になる現象である。


2002/07/01(月) 北アルプスの尾根を走る
 今年で12年目の合宿に入っています。東海銀行から、UFJ銀行に名前が変わりましたが、竹内監督や、大南姉妹など参加メンバーの顔ぶれは同じです。いやいや、そうでもありませんね。高橋尚子に、3500メートルの高地トレーニングを指導していた高橋コーチが新たに加わりましたし、メンバーの中にも中国出身の若手が入りました。そう言った意味では、変化もあるのでしょうが、迎える登別側の暖かさは変わりませんし、選手の礼儀正しさも昨年のままです。7月の10日まで、登別で合宿をした後、大南姉妹はコーチとともに高地トレーニングのために渡米するそうです。3500メートルでの高地トレーニングだそうです。3500メートルといえば、まるで北アルプスの尾根を走ってるようなものですね。いい結果に結びつけて欲しいものです。






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