・・・くまさん日記・・・


2002/05/31(金) 2002年ワールドカップが始まった
 今日31日、日韓共催2002年ワールドカップ(W杯)が始まった。ワールドカップでは、サッカーの王様ペレ(ブラジル)を忘れることが出来ない。1958年大会ですい星のごとく現れ、17歳で出場、いきなり6得点を挙げて母国の初優勝に貢献した。選手として最も多くW杯優勝を経験、58年、62年、70年大会でも優勝メンバーとなった。そのペレが最近よくテレビのコマーシャルに出ている。サッカーのCMではない。最近、問題視されている「ED」Erectile Dysfunction (勃起障害)のCMである。EDに悩む男性は、六十代以上では過半数、日本全体の患者数は「軽度」も含めると九百八十万人を超えると推計されている。男としてはなかなか話題にしにくいが、医学的に対応が可能という。「今やEDはごくありふれた病気。悩んでいる人は恥ずかしがらずに治療を受けてほしい」と日本性機能学会では言っているそうだが・・。


2002/05/30(木) 天皇陛下のお言葉
 全国議長会創立70周年を記念して皇居参拝、天皇陛下に拝謁 お言葉を賜った。その後、皇居を特別参観させていただいた。九段会館に集合の後、19台のバスを連ねて長和殿前の宮殿東庭へ。ここは新年及び天皇誕生日の一般参賀をお受けになるところである。拝謁は、豊明殿で行われた。豊明殿は、外国の要人達の晩餐会などに使われる大広間である。全国市議会議長および東京特別区の議長のうち、おおよそ560名が参列した。もちろん、個々にお言葉を賜ったわけではないが、陛下の「身体に気をつけて、地方自治の発展と市民の幸せのために尽くすように・・」とのお言葉に身の引き締まる思いであった。


2002/05/25(土) まるで絨毯を敷いたよう
 朝方の雨が生気を与えたかのように公園の木々の緑が色濃かった。ボーイスカウトリーダー仲間数名で、毎年恒例となっている公園内でのウオークラリーの下見をしてきた。今年も参加する市民の人達に喜んでもらえるようなメニューづくりをするために、場所の選定をするためである。出来るだけ園内を広く、そして子供連れの父兄にもあまり無理がかからないコースを選定するのが目的である。今は市が管理しているが、この亀田公園はもともと個人の所有だった。桜、つつじなど四季を通じて市民が楽しめる素敵な公園である。この時期は、八重桜が終わりに近づいていて、散った花びらが、まるで絨毯を敷いたように色鮮やかだった。


2002/05/24(金) 街の活性化は老人力の双肩に
 中国では、何年会社に勤めてもいわゆる日本の退職金に相当するものはないそうである。その替わり、現役時代に貰っていた給料のおおよそ80〜90%の金額が終生支給されるのだそうだ。退職後は悠々自適の生活が保証される(?)せいか、あちこちでお喋りに興じる姿を見かける。 が、元気なのは中国の高齢者ばかりではない。ほぼ300人が出席した会合で、7斗(126リットル)の酒がはけるそうだ。ビールもある、ウヰスキーの水割りもある、女性会員も3割を占める会合でのことである。今日のシルバー人材センターの懇親会、消化される酒の量はまさしく元気なOB達のパワーのパラメーターそのものである。街の活性化は今、確実に老人力の双肩に移ったと言っても過言ではない。


2002/03/23(木) 詳細なる報告は後日に
 朝6時モーニングコール、そそくさと食事をすませて、バスに乗り込み7時20分「中国大酒店」ホテルを出発。我々を乗せたバスは、人、自転車、オートバイ、タクシーをかきわけるようにして中国広州市白雲空港に。やっとの思いで、9時40分発関西空港行きに搭乗。約3時間の空路は中国南方航空CZ389便。しばし、時間間待ちの後、国内便に乗り換えて関西空港から千歳空港へ。迎えのバス内でほっと一息、登別市役所着は午後8時。直行便の就航が望まれる。「ピージュー」も「紹興酒」も美味しかったけど、久方のアサヒドライの缶ビールはやはり口に合う、といささか度が過ぎて酩酊状態なり。かくして、詳細なる広州市訪問の報告は後日にゆずるはめに。


2002/05/17(金) はじめての中国へ
 ミキモト・パールをあしらったものを貰うまで、長く使っていたペーパーナイフがある。Mさんから中国出張の土産にと貰ったものである。厚みは3ミリ、幅2センチ、長さ17センチほどのものである。何かの骨で出来ているようだ。竹に雀がとまっている絵が彫刻してある。もらってから、もう30年以上になる。何度もそれを手にするうちに、中国という国に一度は行ってみたいと思うようになった。はからずも今回、それが実現する。登別市と中国広州市が「友好交流促進都市」の覚書を交わすことになり、訪問団の一員として参加できることになったのだ。幸運この上ない。しかも「食は広州にあり」と言われる場所にである。とても楽しみにしている。日程は、明日から23日まで。報告は写真付きでを予定しています。


2002/05/16(木) 連続点灯5000日を目指す測量山
 測量山は、室蘭市街の背後にある標高200mの山。明治5年(1872)札幌〜室蘭間の道路開設時、この高地を起点にして測量したことが名前の由来する。その山頂のテレビ塔など7本の塔をライトアップを始めたのは、大企業の合理化が進み人口の流出が続いていた昭和63年11月。沈みがちな心を吹き飛ばせと始まった市民団体による「室蘭ルネッサンス運動」のシンボル事業として展開してきた。連続点灯3,000日(昭和天皇崩御の3日間は自粛)を達成したのは、平成9年2月13日。今、連続点灯5000日を目指している。1回5,000円の申し込みで、誰でも点灯してもらえる。が、不況のせいかこのところ申し込みが減少しているそうだ。対象者は、室蘭市内の人に限らない。道内、道外を問わない。あなたも、記念すべき佳き日、忘れられない日をライトアップに託してみては。


2002/05/15(水) 沖縄県、本土復帰30周年
 初めて沖縄に行ったのは、昭和62年(1987)の夏だった。約一ヶ月いた。作業服が、毎日にじみ出た汗で白く縞模様になった。印象に残ったことが二つある。ひとつは、沖縄市で行われたエイサー踊りを見たことである。同じように見えて、地域ごとに踊りに微妙な違いがあることが興味深かった。もう一つは、基地の広さである。沖縄に全国の75%の米軍基地が集中する。戦争を知らない人が、すでに多くなった。沖縄に住む戦後生まれの人達は、どう思っているのだろうか? 「私がいたく心打たれたのは、彼女の公平で冷静な話し方の隙間から切々と『無念さが伝わってくることであった。」 これは、沖縄を観光された上野さんという方が書かれた文である。沖縄を訪れた多くの人が似たような感慨を持ったのではないだろうか? 今日15日、沖縄県は本土復帰30周年を迎えた。


2002/05/14(火) いいサポートセンターもある
 平成8年7月パソコン導入を導入して以来、様々な人に教えを乞うた。最初は、何を聞いたらいいのかさえもわからないような状態だったから、聞かれた方も答えに窮したに違いない。今日、仕事上で必要に迫られて最近パソコンを使い始めたと言う友人が訪ねてきて、そんな苦労話に花を咲かせた。親切に教えてくれる先輩が近くにいて、本当に感謝しているとその友人は言う。同感である。身近に相談できる相手がいるといないとでは、習熟度に格段の差が出る。反して、サポートセンターのなんと不親切なことよ。と、何度嘆いたものか。が、今日はそれを改めねばならない。あまり期待もしないで問い合わせた、先日来の不調の内容。センターへの電話は、即時接続。説明は懇切丁寧。おかげで、即解決。こんなことなら、早く聞けば良かった。いいサポートセンターもあるんですねえ。


2002/05/13(月) 御衣黄の咲く頃
 そろそろ御衣黄の咲く頃である。桜の一種「御衣黄」は、花の色が淡黄緑で花弁に緑の絞りがあり、開花が進むに従って花弁の中心に虹色の縦線がはっきりと現れる。さわやかで気品のある色合いが貴族の衣装を思わせることから、御衣黄と呼ばれるのだそうだ。登別市内では、郷土資料館の庭に咲く。毎年5月末が見頃なのだが、今年は普通の桜もそうであったように2週間は早まるのではないだろうか。そう思って覗いてみたが、まだ少し早いようだ。しかし、咲くのは時間の問題だろう。一昨日来、メールソフト不調によるイライラが続いている。ここはひとつ、高貴な衣装をまとった桜の花でも見て気分転換をした方がいいかも知れないなあ。


2002/05/12(日) 常に不信の目で
 「パソコンは非常に便利な機械であるけれども、完全に信用することは出来ない機械である。常に不信の目で接している必要がある。」 これは、私淑する野口悠紀雄氏の「パソコン『超』活用法」に書いてある言葉である。いま、それを反芻している。目が覚めたら治っている、そんな甘い願いはもろくも崩れ去り、依然としてパソコンのメールソフトは不調である。昨日の相手には、今朝電話で状況説明し了解を願った。今日、江差追分全国大会の予選が行われたのだが、江差追分会本部が持参したパソコンが突如不調になった。文字が打てなくなったというのだ。まさか、小生のパソコンの不調が乗り移ったわけでもなかろうが、昨夜の今日だけに、なにか不気味なものを感じる。明日、メールソフトの再インストールを試みるが、さて、それで修復できなければ一体どうすればいいのだろう?


2002/05/11(土) メールソフトの調子が変に
 メールソフトの調子が変になった。幾ら送信しようとしても「送信メッセージがありません」と出る。今日、どうしても打たなければならないメールがあるのに・・。問題の多い、メールソフトは使ってないし、これまで一度も、こんな状態になったことはないのにである。今朝までは全く問題がなかったことは確認している。さっきも、友人からのメールは受信できた。何度もなんども、再起動をかけているのだが一向に解決しない。困った。メールを待っている相手にどうやってこれを伝えればいいだろう。この日記を読んでくれることを願うのみである。そうだ、再インストールをしてみよう。あっ! ソフトは職場においてきたままだ。最悪。願わくは、これをアップしたあとでトライする再起動で復帰することを。


2002/05/10(金) 的確な説明に感謝
 田舎者に、東京の人混みはつらい。それでも、移動時間が朝晩のラッシュにかからなかっただけよしとしなくてはなるまい。所属する委員会で、東京近郊の2自治体と国立の施設を訪問した。福祉行政についてそれぞれの取り組みをお伺いしたが、大変多くの示唆に富んだ研修をさせていただいた。最近、つとに感じることだが、訪問先で対応して説明してくださる担当者に女性の方が多い。しかも、内容を熟知しておられるのは勿論のこと、説明が簡潔でこちらの聞きたいことを的確にお話してくださる。平塚市のかつまたさん、国立身体障害者リハビリセンターの山本さん、吉川市の中村さん、今回対応してくださった方々全てにそれが当てはまる。礼状は、後日お送りするとして、まずはこのweb上でお礼申し上げます。ありがとうございました。


2002/05/06(月) 「登別サクラロードin湯トピア」
 今年も桜のトンネルの満開を見逃してしまった。昨年も機会を逸していたから、今年こそはと思っていたのに。この、道道洞爺湖登別線・中登別の「桜のトンネルルート」は、1992年建設省(当時)のマイロード事業として認定。総事業費、約16億円で拡幅改良工事がすすめられた。もともと桜並木があり、登別温泉に来られる観光客の目を楽しませていたものだが、二車線から四車線への拡幅と同時に、駐車場の整備や桜の新たな植樹も行われ一層桜並木が豪華に変身した。キャッチフレーズは、「登別サクラロードin湯トピア」。高速道路、「登別東」インターを降りて、温泉に向かう道路3q区間がそれである。


2002/05/05(日) 久しく聞かない郭公の声
 この時期、半袖でゴルフが出来るのは珍しい。風こそ、あったもののまるで夏を思わせるような日差しだった。「最高の調子だー」 最近、クラブを買い換えたという先輩が叫ぶ。乗り乗りの勢いに押されて、チョコレートも取られっぱなしである。桜、れんぎょう、こぶしの花がコースを飾り、ウグイスの声が彩りを添える。鳥の声と言えば、気になることがある。郭公の声を聞かなくなって久しいのだ。以前は、家の中からでも聞こえたものである。おおよそ、5月20日頃が目安だった。それが、ここ数年聞いたことがない。気になって注意をしていてもである。日記を繰ってみると、1996/5/26に聞いて以来記録が途絶えている。さて、今年は聞くことが出来るのだろうか?


2002/05/04(土) 「おはよう!グッデイ」 放送は、5月10日
 津軽三味線の吉田兄弟のことはすでに書いた。彼らは今、大変な忙しさにあるらしい。年間、200本もの公演をこなしているという。移動時間も考えれば、ほぼ毎日舞台に立っているのではないだろうか? そんな彼らの活躍ぶりを伝える番組がまた登場する。朝6:00ー8:30の時間帯で、月曜日から金曜日まで放送されている、TBS系ーHBC(全国放送)「おはよう!グッデイ」だ。今回の企画は「うちの卒業生コーナー」。彼らは、登別市の富岸小学校、緑陽中学校を卒業した。当時の担任の先生や、同級生のコメントも入る。一番熱心に三味線を勧めたお父さんは、勿論である。放送は、5月10日 是非ご覧ください。実は、弟健一君と愚息は幼稚園から中学まで一緒だった。


2002/05/03(金) 全国トップを切って予選大会
 江差追分全国大会は昭和38年に第1回大会が開催され、今年で40回の節目を迎える。全国10地区に、支部数154、他ブラジルなど外国の支部を含めて、約4,500名の会員を有する。この内、江差町で開催される予選会に出場できるのは350人。出場資格をかけて、全国各地で地区予選会が行われる。全国のトップを切って、江差追分会日胆地区協議会の予選大会が、来週 5/12(日)室蘭市市民会館(輪西町)で開催される。34名の出場枠に、114名の選手が一年間の練習成果を2分40秒に込めて挑戦。9時開場、9時半開演。終了後のアトラクションには、第4回江差追分少年全国大会優勝者 貝沢早綾佳さん、第2回江差追分熟年全国大会優勝者 矢吹 ォさん、他にムックリ演奏など。


2002/05/02(木) Mさん、お元気ですか?
 Mさん、お元気でお過ごしでしょうか? しばらくメールも差し上げておらず、ご無沙汰に打ち過ぎております。お許しください。当方は、相変わらずばたばた走り回っています。さて、かって貴兄が「青春」の一時を過ごされた職場周辺も少しずつ変わり始めています。同袍寮の跡地は、ケアハウスの建設中ですし、長い間懸案であった、構内の事務所もいよいよ建設に取りかかるとのことです。建設場所は、本事務所と体育館の間、駐車場として使用されていた部分です。すでにグランドに仮駐車場が設けられ、着工を待つばかりの状況です。富士下の桜並木のことは、すでに書きました。今年、こちらにお見えになるとのことですが、あまりの変わり様に驚かれると困りますので、蛇足を承知で・・。


2002/05/01(水) 施設の名前は「ふぉれすと鉱山」
 3億円余の建設事業費をかけたネイチャーセンターの建物が完成し、4/25オープンセレモニーが行われた。出張中で出席できなかったので、今日行ってみた。冬に見たときは、外観の色が濃すぎるような気がしていたが、今日見ると、新緑の木立の中に施設の緑が映えてなかなかいい。施設の名前は「ふぉれすと鉱山」。「人と自然のふれあい」の活動拠点として、いよいよ供用開始された。旧施設も残されていて、様々な利用が可能である。双眼鏡は勿論のこと、マウンテンバイクまでも備えてある。ここを拠点に、川俣鉱泉、市営牧場、不動の滝などなど場所には事欠かない。四季を通じて楽しめる。ボーイスカウトでは、早速明日からキャンプする。みんさんも、是非、一度訪れてみてください。






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