・・・くまさん日記・・・


2002/04/30(火) earthcape契約切れ
 お世話になったearthcapeとの契約が今日をもって終了した。97年5月接続から丸5年。そして、ホームページの開設(98年7月)からでも4年になる。プロバイダーを現在のPLALAに変えたのは、ADSL対応にしたかったからである。PLALAと契約したあとで、earthcapeもADSL対応にしたとの連絡が来た。残念。メールアドレスやホームページアドレスも機会ある毎に変更の連絡をしなくてはならない。実はこれが案外厄介なのである。すでに何百枚と名刺は交換している、年賀状にも書いて出し続けているはで、前のアドレスが行き渡っているのだ。気がつく範囲で変更の連絡をしたつもりだが、依然として前のアドレスでメールが入ってくる。今日までは、まだ都度連絡が出来たからよかったが、明日からはもはや古いアドレスではメールの受領も出来ない。はて?何人の友に迷惑をかけることになるのか?


2002/04/29(月) 放映は、5月7日
 さしもの弘前城も、桜の花を残していなかったそうだ。そりゃーそうだ。道内ですら、例年より開花が二週間も早いと言われる今年のこと、暖かい弘前に残っているはずもない。毎年この時期、弘前に出かけている仲間が昨日帰ってきた。今年の参加者は、東京から参加した一人を含めて都合10人。例によって紺屋町の旅館で身支度を整えた後、長勝寺を中心にした寺町33ヵ寺を一軒づつ吹禅行化。弘前に行くのは理由がある。ひとつは、虚無僧の格好が黒塀の寺町に似合うこと。ふたつには、献奏するにふさわしい寺院がまとまって存在すること。三つに、弘前には津軽藩の武士達が吹いた「根笹派錦風流」と言う独特の吹き方をする尺八曲が存在し、その伝承者達との交流が図れることなどである。今年は、これにNHK室蘭放送局が同行取材した。放映は、5月7日 午後6時45分(但し、胆振日高版)。乞ご期待。


2002/04/28(日) 忘れぬうちに国会傍聴の感想を
 ものものしい。この一語に尽きる。まずは、国会議事堂に入る手続き。今回は、地元選出国会議員の秘書がかき集めてくれたIDカードで入場。国会議員一人に1枚しか割り当てがないらしい。11人分を揃えるのは大変なんです、と秘書。まずは、内部を一巡。天皇陛下のお部屋「御休所」など、建設当時の建築や工芸の粋をこらした造りに感嘆。次いで、議場に入る準備。傍聴席入場口まではエレベータ乗り継ぎ。あらかじめ、「衆議院議員一般傍聴券」に住所、氏名、年齢を記入、入場時半券が返される。手荷物一切を、ロッカーに一時預け。順序よく並んで入場、その順番に衛視が座る場所を指定。やっと、テレビで見慣れた議場が目に入る。眼下に、噂の議員や、テレビでよくお見かけする議員などなど。議場が静かになるのは、「賛成の議員の起立を求めます」の時だけ。この議場の騒々しさ、とても、子供達には見せられませんと、これも案内の秘書の弁。嗚呼。


2002/04/27(土) 30年ぶりに見る利尻岳
 やはり、凛とした山容だった。登った感激を反芻しながら見た30年前の、そのままの利尻岳だった。広島に住む人間にとって、北海道の山、とりわけ最北端の利尻岳はあこがれの山だった。深田久弥の「日本百名山」の発刊が1964年、その最初の頁に登場する。「礼文島から眺めた夕方の利尻岳の美しく烈しい姿を、私は忘れることが出来ない。」深田久弥の文章そのままに礼文島からの姿も良かった。しかし、対岸の豊富町稚咲内の浜辺から見た利尻岳の姿が今でも印象に残っている。標高1,721mの独立峰は、遠くから見る優美な姿とは異なり、山行はきつかった。天候にも恵まれず早々に山頂をあとにした。今一度、その姿をみたいと天候の回復を待ちながらテントを張った稚咲内の浜辺。その夕刻、コニーデ型死火山 利尻富士とも呼ばれる山が真っ赤な夕日に染まった。神々しいほどの姿だった。


2002/04/26(金) 東京ー稚内
 21日の日曜日に登別出発、24日までの会派視察を終えた後、東京ー千歳ー稚内と乗り継ぎ全道市議会議長会に出席してきた。東京では予定が狂って当初の視察目的の一部を変更せざるを得なかったが、議員会館で地元選出代議士にも登別市の要望を聞いていただくことができたし、総務省の岡本全勝課長は多忙な時間を割いて地方交付税の今後の展望などを話してくださった。短時間ではあったが国会も傍聴した。恥ずかしながら、10年以上も地方議員をやっていながら国会傍聴は始めての経験だった。わずか40分程度の、それもあまり大きな議案もない国会ではあったが傍聴では失望した。出席率こそまあまあだったが、議員同士立ち話はしているし、議場の中はがやがやとうるさいしで失望の一語。これについては、いずれ日をあらためて・・。


2002/04/20(土) 彫刻「かちばち」 コンサドーレの守護神なるか?
 岡ちゃんから、闘将・柱谷哲二新監督(37)に指揮官が替わったコンサドーレだが、今ひとつ成績がぱっとしない。大幅なメンバーの入れ替えがあって攻守のリズムが悪く、なかなか得点に結びつかない。サポーターにも、苛立ちが感じられる。そんなコンサドーレに、力強い味方が誕生した。三味線のばちを形どった高さ5.5メートルの彫刻「KACHIBACHI(カチバチ)」の設置である。作者は、流 政之(ながれまさゆき)氏。氏は、立命館在学中、神道、仏教、古式武道を学び、日本刀の作刀の修行をし、独学で石彫を始めた異色の彫刻家。北海道内にある彫刻では、奥尻町北追岬の「ながれパーク」が有名。奥尻町と氏の関わりは、「わが奥尻島」<木村清紹著>祥伝社に詳しい。その記述は、眼光鋭い古武士の風貌を備えた流氏を彷彿させる。


2002/04/19(金) 公用車も是非
 今月の初めから行われていた「デイ・ライト運動」は、15日で終了したようだ。安全運転の喚起のために、4月1日からバス、タクシーなどが昼間もライトを点けて走っていた。以前から民間の一部の企業の社用車などで点灯作戦も行われていたが、今年は大がかりな取り組みだなと感心していた。登別市のホームページの掲示板にも取り上げられていたし、結構関心を持って見ていた人も多かったようだ。交通安全の意識高揚に寄与していると、大方の意見は好意的である。これを、民間の企業だけに委せるのでなく、道や市町村の公用車が率先垂範して実行したらどうか、と今日の「むろみんトーク」にあった。賛成である。バスやタクシー、それに公用車、これらが照らすライトが、交通事故ワーストワンという汚名を濯ぐことにつながればこんなにいいことはない。


2002/04/18(木) 修理なった尺八
 手元の道具を修理に出すタイミングは難しい。使用頻度の高いものなら、尚更である。先日、補修を終えた1尺6寸管の尺八が、やっと帰ってきた。1月頃に小さなひび割れを見つけ気になっていたのだが、3月の公演終了までは修理に出せなかったのだ。今回は、小さな割れ止めだから比較的短期間で帰ってきたが、音の再調律などの場合はこうは行かない。尺八の素材は竹だから、乾燥に弱く、管理が悪いとすぐに割れてしまう。今まで一度も割れたことはなかったから、つい安心していたのだが、冬から春先にかけては要注意である。これからも、適度の湿度管理に注意を払わなければならない。それにしても上手いものである。割れ止めは、0.5ミリメートル程の籐を一個所に12-13条巻き付けるのだが、仕上がりは見事と言う他はない。もっとも一個所、数千円もするのだから、当たり前と言えば当たり前か?


2002/04/17(水) 原敬記念館
 飛行機の待ち時間を利用して、原敬記念館を訪ねた。盛岡駅から、タクシーで10分足らずのところにある。4/23日には整備中の道路が完成しもっと近くなります、と誇らしげにタクシーの運転手が言った。原敬は、1856年盛岡生まれ、爵位をもたないはじめての首相として「平民宰相」とよばれた。国防の充実・教育施設の改善・産業の奨励・交通機関の整備を4大政策として積極的施策をとる一方で、急進的な社会運動には圧力をくわえた。1921年11月4日、東京駅で刺殺された。敬の学資のために切り売りされ、残った五分の一の生家を中心に、記念館が建っている。19歳から兇刃に倒れた65歳までの記録「原敬日記」83冊も展示されている。逓信大臣時代の外遊の詳細な出費記録などとともに、日記の文字は几帳面な性格であったことを偲ばせる。


2002/04/15(月) 不満が残る?
 何枚かのスナップ写真とともに、ビデオテープ、カセットテープが届いた。先月10日に開催した「和楽器によるファンタジア」公演時のものである。ずいぶん前だったような気がするが、まだひと月あまり前のことだ。いま、あらためて聴いてみると不満の残る部分も多い。とりわけ自分のパートの部分は、その気持が強い。が、新しい発見もある。他のパートの部分はこんな感じだったのか、と思いを新たにする個所もたくさんある。特に合唱の部分は、まるで始めて聴くような感じである。何度か合同練習をしてきたにもかかわらずである。太鼓だって、これだけ強く入っているとは思わなかった。結局、ピアノ、フルート、クラリネット、バイオリン、箏など、自分の周りの楽器の音にしか集中できていなかった証拠である。次回、挑戦のチャンスがあればその辺のところに気をつけよう。


2002/04/14(日) 練習が始まっていますよー
 練習が始まっています。今年の曲は、伊藤多喜雄の曲です。練習日は月曜日と木曜日、早くいらっしゃいとメールが届く。YOSAKOIソーランの練習のことである。札幌の夏のイベントとしてすっかり定着したYOSAKOIソーラン祭り、今年で12回目になる。室蘭ルネッサンスチームの一員として、3年間出場したことがある。激しい練習も苦にはならないし、踊り自体きらいではない。ただ、練習に参加する時間が満足にとれなくなって、ここ2、3年出場していない。練習は少しでいいし、見よう見まねでいいんだから出なさいと誘ってくれるが、これが出来ない。中途半端でなくて、出るからには完璧に踊りを覚えたい。第一、決め所をぴしっと決めないと、踊っていて楽しくないじゃありませんか。まだ、間に合うよーと追い打ちのメールが入る。うーん、どうしようかなあ・・。


2002/04/13(土) It's my pleasure(お役にたててうれしい)
 ドアを開ける 「どうぞ、お先に…」と、子供を抱いている後ろの人に促す 「ありがとうございます」。礼を言われた時、ドアを開けて譲った人がなんと言うか? 多くの日本人は「いえ、どういたしまして…」。 これでも充分である。譲ったって、お礼の言葉はおろか、会釈も出来ない人が一杯いる世の中である。教科書の道徳の時間に出てきそうな会話だと思うが、米国では、こんな時「It's my pleasure」(お役にたててうれしい)と言うのだそうだ。この、「私の行為が、あなたのお役に立ててうれしい」という考えこそ、行政を司るものに求められている考え方である、と。登別市青年会議所 創立30周年記念行事の講演をお願いした田中康夫長野県知事の印象に残った言葉のひとつ。


2002/04/12(金) 塩爺、たばこ増税に意欲
 塩川正十郎財務相は11日午前の参院財務金融委員会で、たばこ税の増税に改めて意欲を示した。賛成である。出来れば大幅な増税をお願いしたい。迷惑を蒙っている多くの人を尻目に、「税収に寄与してるんだ」 ぬけぬけと喫煙者は言う。ここは増税で、大いに税収に貢献願おう。たばこの値段が上がれば、喫煙本数の10%を占めるとまで言われる未成年者のたばこの購入が確実に減る。これは、欧米で実証済みである。将来を担う子供達の身体をむしばむ喫煙は、なんとしても阻止しなければならない。米国では、たばこ税引き上げの動きが広まっているという。財源確保が目的とは、少々気に入らない。喫煙による医療費増大など社会的損失をこそ、問題にすべきである。


2002/04/11(木) 究極の高品位再生システム
 やはり、音楽はアナログレコードにかないませんね、CDの音は硬くて音楽には不向きです。知り合いのホテルの支配人は、こう言い切った。レコード派は、いまでも結構多く、クラシックを好む人間に多い。「究極の高品位再生システム開発」の記事が今日の室蘭民報に載った。CDはアナログをデジタルで記録し、再生時にアナログ信号に戻すのだそうだ。ところが詳細に調べると、アナログに戻したCDの信号は十億分の数秒の幅で伸び縮みし、これが音質劣化の原因。人間の耳はこの信じられない微妙なひずみを聞き分けていて、何か物足りない、音に力がない、臨場感に欠けると言った、CDの不満につながっているという。宮原誠・北陸先端科学技術大学院大教授のシステム開発は、音再生の大発見だそうだ。量産されるのはいつになるのだろう。


2002/04/10(水) ラジカセを買った
 ラジカセを買った。aiwaMR-X3 MDポータブルステレオシステムと書いてある。CD、MD、テープ対応である。勿論、ラジオのAM、FMも聴くことが出来る。MDLP/MDグループ機能搭載、録再オートリバース機能、10キー文字入力対応リモコン機能が主な特長と書いてある。様々な機能は、必要になったときに拾い読みすればいいという主義だから、取扱説明書もろくに読まないで使い始めている。小さなものだから音質については望めないが、自分でMDに吹き込んだ尺八の音などを聞くぶんには充分である。これまでに集めたテープからMDに録音することもできるが、さてその場合、曲に番号がついて頭出しが可能なのだろうか?今夜にでも、早速試してみなくてはならない。


2002/04/08(月) 小学校の入学式
 近くの小学校の入学式に行って来た。男子42名、女子32名 総勢74名の新入生である。通常なら2クラスだが、北海道の少人数学級のモデル校に指定されたとかで、3クラスになった。行儀良く並んだ新入生の名前が呼ばれる。大きな声、元気な返事が体育館内にびーんと響く。ご両親は勿論、迎える先生方も、民生児童委員や町内会など学校を支える地域の人達も、みんな子供達が元気でこのまま成長して欲しいと願っている。おりしも春の交通安全運動が始まった。バスやタクシーのライト点灯運動もある。自身が被害者にも、また、加害者にもなりかねない今の車社会、将来を担う子供達は勿論、高齢者の事故防止にみんなで気をつけたいものである。


2002/04/07(日) 生涯学習のための「和楽器の奏法と活用」
 生涯学習のための「和楽器の奏法と活用」改訂版が届いた。発行は特定非営利活動法人 邦楽教育振興会 茅原芳男編著である。箏、三味線、尺八、篠笛、和太鼓についてわかりやすく説明してある。今年度から適用となった学習指導要領に対応した、指導用の手引き書として有用である。和楽器を学校の授業に取り入れようとしても、実はこれまで、それに適した手引き書がなかったのである。和楽器が教材として扱いにくかった一因がここにあった。(1)生の日本の音楽に親しみ、それを愛好する心情を育てたい。(2)さまざまな邦楽への導入的役割を果たしたい。(3)諸外国の楽器や音楽と比較したり、共存したりできる感性を育てたい。として作成された。一冊、1,500円(税込み)。多くの方々の活用を願うや切。


2002/04/06(土) 3秒で試合結果がわかる?
 今年も、セ・パ両リーグのペナントレースが始まった。北海道で開幕戦が行われることなどこれまでになかったことだし、札幌を本拠地にするチームの誕生もささやかれる、札幌ドーム完成のおかげである。応援するチームの成績や試合経過が気になって、朝刊を開くのももどかしい。もどかしついでに言わせてもらえば、地元紙の掲載方法にも一因がある。紙面の隅々まで目を走らせないと、昨日の対戦成績がわからないのだ。ざっと見でわかるように、対戦チームの勝敗、得点だけでもまとめて掲載してあるといい。まずは、結果を見る。それからゆっくりと詳しい試合経過を読む。インターネットのwebを見るとき、8秒/3秒ルールというのがある。アクセスして8秒以内に画面が出てくるような軽さ、そして3秒以内でざっとそのwebの内容がわかるような画面構成。そうでないと訪問者を引きつけられないそうだ。紙面を開く、3秒で試合結果がわかる。こんな、地元紙であって欲しいと思うのだが・・。


2002/04/04(木) なにかいい知恵はありませんか?
 プロバイダーを替えて、一週間が経った。うたい文句の1.5mbpsは出ていないが、これは距離が遠いから、まあよしとしなければなるまい。許容の範囲である。残念なのは、カウンターの積算数値が累積でカウンター出来ないことである。そういう仕組みになっていないんだそうだ。仕方なく、トップページにあるように、これまでの数値11.800+ *** と表示している。みっともないこと、この上ない。以前、こうした表示をしているWEBを見たことがあり、こんな真似だけはしたくないと思っていたが、いま自身がそのみっともない姿をさらしている。そうかと言って、新規の数字だけを表示するにはこれまでアクセスしていただいた方々の好意を無にするようでしのびない。なんとかならないか?なんとかいい手段はないものだろうか?お知恵を貸してください、お願いします。


2002/04/03(水) 選挙期間中もオーケー
 ここ最近では珍しく、底冷えのする一日だった。でも、今年は暖かい。これから一気に春が訪れることでしょう。さて、選挙期間中に、議員のホームページをアップし続けても違法ではないと総務省が決定した、と今朝のラジオが伝えた。国民の誰もが、必要なときに必要な情報を受ける権利があるように、発信する側にもその裁量がまかされていいはずである。発信されている情報の内容を判断するのは、国民側の自由である。どれが正しくて、どれがまやかしものであるかを見定める力を市民が持っていることは、先の横浜市長選でも実証済みである。小学生の子供達が、教師よりもパソコンの使い方に長けている時代である。使わねばと言う強迫観念に捕らわれる必要は必ずしもないが、便利なものを使うにはばかることはない、と思う。


2002/04/02(火) 振り袖姿の入学式
 岩手県大船渡市の市立綾里小学校では、3、40年ほど前から、入学式に振り袖姿で出席するのが伝統だそうだ。可愛い一年生の振り袖姿の写真とともにそのニュースが報じられた(読売新聞)。 どんな曰くがあるのか知るよしもないが、自国の文化を大切にしようとする気概が感じられてうれしいニュースである。少々古いところではこんな報道もあった。「山形県米沢市の市議会で、特産・米沢織りの振興に一役買おうと、市議や市長をはじめ市職員全員が、恒例の羽織はかま姿で議場に臨んだ。名つけて『きもの議会』。朝から織物業界関係者に着付けを手伝ってもらい、午後には全員が議場に勢揃い。和服の傍聴人も十数人いて、議場は明治時代にタイムスリップしたかのよう。行革の先駆者と言われる上杉鷹山公のおひざ元も財政が厳しい折だけに、『質素倹約を旨とした鷹山公にならい、きものも絹から木綿に取っ換えねばならんべな』との声も」と。1998/3/3 朝日新聞


2002/04/01(月) ライト点灯車の功罪(その2)
 始めてアメリカに行った時、ライトを点灯しながら走る車の多さに驚いて聞いたことがある。友人は、三つの理由があると教えてくれた。一つは、単純な消し忘れ。二番目は、身内に不幸があった人。そして最後は、安全運転をしようという啓蒙意識の高い人達だ、と。熟成した車社会には、そうした配慮をする人もいるんだなあと妙に感心した覚えがある。そのライト点灯による安全運転の啓蒙が、この辺りでもいよいよ始まったらしい。今日、四月一日から市内運行バスとタクシーがいずれもライト点灯をはじめた。いいことだと思う。もうすぐ、ぴっかぴかの一年生も登場する時期でもある。遠目にもわかるライト、心を引き締めて安全運転を心がけよう。願わくは、運転手同士の好意が消えてしまうことのないように。





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