・・・くまさん日記・・・
2001/11/29(木) なんとかならぬかウイルス またぞろ、ウイルスがはこびっているらしい。幸い、登別市の庁舎内部に詳しい人がいて、例えウイルスに感染しても対処できるからいいようなものの、身近に相談する人のいない一般の人はどのように解決してるのだろう? もし、対処方法も知らないままに使用し続けるとしたら、蔓延するのは防ぎようがないってことだ。自分のパソコンが不調になるだけならまだいい。が、本人の意識せざるところで他人に被害を与えているとするならば、これは問題である。4ヶ月前に感染して、多くの人に迷惑をかけた経験を持つ一人として、なんとかこのウイルスへの対処法、いい方法を編み出して欲しいと心から願うものである。
2001/11/28(水) 宿酔対処法 とりあえず、水分を充分に補給する。間違っても、迎え酒なんて古典的な手法を信用してはならない。歩く場合は、出来るだけ静かに。振動が頭部を直撃することがないように、あくまでも静かにだ。そう、凍った路面を歩くようにだ。二日酔いの頭痛にはショック療法は適さない。ただ、がーんと打ちのめされるだけである。飲み過ぎると、てきめんに唇が乾く。尺八演奏が間近に予定されているときには、決して度を過ごしてはならない。ひどい目に遭ったことがある。全然音にならないのだ。なめらかな、そしてふくよかな音を望むなら決して飲み過ぎてはならない。そういった予定がない場合には、まあ、ある程度は飲んでもいい。まあ、ある程度は だ。
2001/11/27(火) 思い切って踏み込めと 大きなきしみ音に、壊れたのか?と慌てて踏んでいた足を離す。ABS装置付きの車を、初めて運転した時の印象である。思い切り踏み込む、きしみ音がする。それが正常に作動してる証なんだと聞いて、まずは安心したものの、なんとも落ち着かない音ではある。今朝は、久しぶりに、そして少々おっかなびっくりでABSの効用を確認した。いっそ、圧雪道路の方が走りやすいと感じるほどに、凍った路面の運転は緊張を要求される。習うより慣れろという言葉があるが、慣れすぎてついスピードを出し過ぎることだけは慎まねばなるまい。今朝の凍結路面を、まだ夏タイヤのままで運転している者がいたとか、のろのろ運転で渋滞に拍車をかける、このたくらんけめが・・。
2001/11/26(月) これからが正念場? 一気に気温が下がってきた。今年は暖かいまま正月が迎えられるのかなと思っていたが、やはりそう甘くはないらしい。こんな日は、熱燗でも飲んでぬくぬくとしているに限る。ところが、熱心な人もいるもんである。ゴルフの練習場は一時期の盛況さはないものの、まだまだ大勢の人が練習していると言う。この時期の練習は、きっと今シーズンの未練からに違いない。こんなはずはないと、不振だった今シーズンの悔しさをはらさんがための練習に違いない。よく勝つものは、勝ち易きに勝つ。来期への備えは、正月明けからで充分だ。と、一度でいいから大見得をきってみたい、たはは・・。
2001/11/25(日) せめて字でもうまければなあ 喪中欠礼の葉書が届く時期になった。毎年この時期になると、来年の賀状の内容を考えねばと焦りに似た思いに駆られる。とうとう、二年前から宛名書きはパソコンでの印刷にしてしまったが、せめて文面だけは自分で書いたものをと一枚一枚書いている。よろよろとした読みにくい字で書いた賀状よりも、写真入りのきれいなものの方が受け取ったとき方も気持がいいのだろうなあと思いつつもである。ここ数年来干支を絵風にあしらったものを作ってきたが、さてさて来年の干支「馬」を絵にすることが出来るのだろうか? やや気の重い今日この頃である。
2001/11/24(土) 心からご冥福をお祈りいたします 「ホームページにオフィスを作る」野口悠紀雄著<光文社新書創刊>が届いた。3,920,000万を超える超アクセス数を誇るHPの開設者が、ホームページを如何に使いこなすか?の観点から著わしたものである。HPのアクセス数を増加させるこつは、自分が使って使いやすいHPでなくてはならない、と明快である。氏のWEBへのアクセス数は超特別としても、個人レベルでは83,400余を数える坂口氏のHPも訪問者が多い。つい最近癌で亡くなられた奥様への哀悼の思いは、涙なしには読むことができない。リンクを張らしていただいておりながら、知人から知らされるまで不幸を知らなかった。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。合掌。
2001/11/23(金) ほのぼの君のママ登場 起承転結を4つのコマで描く4コマ漫画は、漫画の基本だそうだ。いい文章というものは、これだけは書きたいという一片をを残し、あとは全部捨てる。捨てることの上手下手で文章の善し悪しが決まる、と何かで読んだことがある。ならば、4コマをさらに凝縮させた3コマ漫画「ほのぼの君」<佃公彦>は、きっと身を削る思いで多くのコマをそぎ落としているに違いない。その、ほのぼの君に、いつもは声だけだったママの「姿」が登場<11/22付道新>した。残念ながら、顔はまだ出てこないけれど・・。でも、これならパパの登場も近いのかな?
2001/11/22(木) 篝火燃ゆる露天風呂 満点の星を眺めながら露天風呂につかる。ホテルの屋上に檜の浴槽が二つ。ゆらゆら揺れる篝火の灯りが、疲れを和らげる。「湯はななくりの湯」と、枕草紙に謳われた榊原温泉でのことである。榊原温泉は、新都市連絡協議会で友好交流都市協定を結ぶために訪れた久居市にある。ここには、10軒のホテルがある。パンフレットによると、全てのホテルに障害者受け入れ対応マークが付いている。ここ、湯元榊原館も例外ではなかった。階段には椅子式のリフトが付いており、屋上にも障害者用の露天風呂も用意されていた。パンフレットの作り方も含めて、学ぶべき点の多い一泊であった。
2001/11/20(火) 見逃した流星群 しし座流星群は、18日夜から19日未明にかけて予測通り大出現したらしい。らしいと言うのは、実は見逃したのだ。100年に1度ともいわれる天文ショーだったのに・・。国立天文台(東京都三鷹市)によると、日本でも条件のよい地点では、午前2時台には1時間当たり約2000個、午前3時台には約3000個の流星が観測できたという。「日本で見られた流星群としては過去200年で最大」級だったそうだ。登別市でも、午前2時から3時までの1時間の間に333個見たとメールをくれた人もいる。壮大な宇宙ショーの素晴らしさに感動して身体が震えた、とメールにあった。零時までは起きていたのに、わずか2時間が我慢できなかった。努力なくして感動得るすべなし。反省。
2001/11/18(日) 7777に引き続き10000も ゲットした、そのうち景品を受け取りに行くからな・・と、今朝のメールにあった。このホームページのアクセス数が、10000の大台に乗った。開設は、98/05/20 おおよそ3.5年経過したことになる。決して早いほうではあるまい。だが、こんな拙い内容のweb、一体、どのような方々が見てくださっているのだろう? 10000をゲットしたのは、M。実は、7777もMであった。一時期、会社の屋台骨を背負っていた部門で仕事を共にする機会を得ていた。その時の上司である。えてして大きな組織は、人の才能を見極めるに下手である。特に、この1・2年 Mの苦労は並大抵のものでなかったはずだ。が、Mは決して愚痴をこぼさない。一献傾けたいとても多忙なMのこと、来道もいつになるか?さて、10000ゲットの景品は生ものでないものにしなければなるまい。再会の近からんことを・・。
2001/11/17(土) 肉骨粉の焼却試験 昨日、一昨日と登別市のクリンクルセンターで行った肉骨粉の焼却試験に立ち会った。登別市からの要求通り、あらかじめ7sに袋詰めされた粉末状とブロック状のものに3gの水を注ぐところから手順通りに始まり、冷凍されたものが炉内に投入される瞬間をモニターで確認した。冷凍処理にあたる作業員の防塵服や防塵マスク姿はものものしいが、決められた作業マニュアル通りと聞いて納得。あっても守られないようなマニュアルならない方がいいからだ。炉内温度や飛散灰の分析などを行い、来月中旬には一定の結論を出す。市民が納得出来るような、情報の公開こそ望まれる。
2001/11/16(金) 一日遅れのボジョレ 一日遅れだが、ボジョレをご馳走になった。ある懇親会の席上でである。皆でジョッキを片手におだをあげていた。遅れてきたY氏が、大事そうに抱えてきた包みを解いた。昨日発売になったボジョレと知って、皆がほーっと歓声をあげた。グラスに注がれたボジョレは、やや温度が低めであったが舌に馴染んだ。少し酸味が効いていたが、それでいて喉ごしはスムースだった。美味しいとはこういうのを言うんだろうな、と思いつついただいた。これで、今年のボジョレを語る友人にも相づちをうつことが出来る。差し入れしてくれたY氏に感謝。
2001/11/15(木) Beaujolais Nouveaux 解禁 今年の解禁は11月の第3木曜日(11/15) と言うわけで、今日は新聞という新聞にボジョレ・ヌーヴォーの記事。あちこちで試飲会が開催されているらしい。今年のボジョレー地区は9月6日から収穫開始、約40,000人の収穫人がぶどうの収穫にあたったそうだ。今年の出来は、ここ10年来では最高の出来だそうである。ワインファンならずとも、味の方が気になるところである。アンリ・フェシー・ボジョレー・ヌーヴォヴィラージ15リットルの樽が、55,000円。ヴィラージ・トラディッショネル/ポール・サパン・キュベ・トラディッション(ボトル)で、2,600円とか・・。舌を噛みそうな名前、予約はしてないけれどまだ間に合うだろうか?
2001/11/14(水) 凛冽たる冬はこれからぞ 千歳空港からの帰り、高速道路では雪がちらついた程度で安心した。朱鞠内や倶知安では30pもの積雪があったと今朝のテレビは報じていたから、ひょっとして雪道かなと心配していた。もう、11月も半ばだ。いつ、どかっと来ても不思議ではない。この時期、この言葉 「凛冽(りんれつ)たる冬は、これからぞ。必然的関係に油断召さるな、雪と寒気と輪禍多発」<北海道新聞 卓上四季 94/11/13>。 冬タイヤの準備もそうだが、まずは、心の準備からはじめなくてはなるまい。
2001/11/12(月) 便利なサバイバルツールだが 7p*4.5p*0.15pのステンレス製金属片。機内持ち込み禁止である。マイナスドライバー2種、栓抜き、缶切り、ナイフ、蝶ねじ用スリット、爪研ぎ、のこぎり、ざっとこれだけの機能がある。便利なサバイバルツールだが、ナイフ部分があるのが制限の対象となるのだろう。これには随分助けられた記憶がある。最近でこそ、缶詰も、瓶の蓋もプルタブ式になったが、かってはキャンプには缶切りも栓抜きもナイフも必需品だった。ところで、今どきの子供達、鉛筆を削ることが出来るのだろうか? 危ないからと言って、子供にナイフを触らせない方法をとるより、早くから正しい扱い方を教えるべきだと思うのだが・・。
2001/11/11(日) 40周年を迎えた山小屋 先日所属する広島の山の会から、写真が届いた。「祝ひえばた小屋落成四十周年記念の集い」と言う横断幕を持った友人達が、小屋を背に誇らしげに立っている。映っている17人のうち、9人はともに汗を流した仲間である。麓から廃材や、枕木を担ぎ上げ、慣れない手つきで釘を打った。会社が引けると同時に2時間のバスに乗り、歩いて3時間の峠越え、翌日時間ぎりぎりまで汗を流し、また3時間の峠道を歩いて最終便で帰ってくる。こんなことを週末毎に繰り返した。40年経って、その小屋がまだ健在。一泊してゆっくり飲み明かさないか、と添えられた手紙にあった。
2001/11/10(土) 「東京登別げんきかい」 東京銀座のど真ん中にある「ライオン銀座7丁目店」。石造りの店内は格調高く、まるでヨーロッパかどこかにいるような雰囲気がある。それもそのはず、1934(昭和9)年に建てられたもので銀座界隈では古い方から二番目の建物と言う。今日ここで「東京登別げんきかい」が開催され出席した。登別市出身者で、東京周辺に在住される方々で構成されている。会員は現在、600名ほどだそうである。登別市の企業誘致だとか、様々な情報をいただいている。今日の第13回「東京登別げんきかい」には、60名ほどの参加者があった。故郷を離れてなお、登別市のことを気にかけてくださるありがたいことである。我々も元気な声を発信せねば・・。
2001/11/09(金) 声に出して読みたい日本語 春高楼の花の宴/めぐる盃かげさして/千代の松が枝わけいでし/むかしの光いまいずこ<土井晩翠> 「滝廉太郎は、ここで作曲したんだったっけっ…?」 思わず隣の人に聞いてしまった。先日、小諸城址を歩きながらのことである。廉太郎が立った大分・竹田の岡城も、やはりロマンを感じさせる古城なのだろうか? 祇園精舎の鐘の声・・・<平家物語>も、まだあげそめし前髪の・・・<初恋/島崎藤村>も、実は最初のくだりしか覚えていなかった。先人は素晴らしい日本語を残しているものだなあと、先日買った「声に出して読みたい日本語」を手に、あらためて感心している。
2001/11/08(木) 傍聴者はたった3人 平成12年度の決算審査特別委員会が終了した。決算書は、当初予算で計上された予算額が、物品、財産、労働に形を変えて住民の福祉の向上にどのような成果を納めたのかの精算書である。つまり、決算審査特別委員会は、税金が住民の福祉の向上にどれだけの行政効果、経済効果をもたらしたのかを審議する場である。そういった意味では、定例市議会の代表質問あるいは一般質問の場にも匹敵するくらいの重要な議論の場であり、市民の方々に、是非傍聴にきていただきたい場の一つでもある。残念なことに、初日一人、二日目二人、そして最終日の今日は傍聴者ゼロであった。啓蒙の仕方に足りない点があったことも反省点ではあるが、市民の方々の今少しの努力をお願いしたいと願うものである。
2001/11/07(水) 鷲別岳初冠雪 鷲別岳(911b)が白くなった。この地方では、鷲別岳と言うより室蘭岳の方が通りがいい。国土地理院発行の地図に、両方の名前が併記になったのもそんなに古いことではない。それはともかく、白くなった時のこの山は結構魅力的である。輪西町あたりから見る山の姿がいい。先日のTVで室蘭地方に雪が降ったと報じた時に冠雪があったのかどうかは、実は確かめていない。昨年2000年の初冠雪は、10/18。99年は11/17、98年は11/5だった。年によって差はあるものの、この時期10月中旬から11月初旬にかけて白くなる。この山に雪が降ると一気に寒くなる。今朝は、車のフロントグラスが凍っていた。さて、そろそろ冬タイヤに交換の時期がきたのかな?
2001/11/06(火) 議場で委員会開催中 平成12年度の決算審査特別委員会が、今日から11/8までの三日間にわたって開催される。今年の予算審査特別委員会と同様、議場で行われている。通常の議会と違って、理事者の席と議員の席とが入れ替わっている。これは、理事者側の出席者数が多いことに便宜を図ってのものだし、議場で開催するのは、一人でも多くの人に傍聴にきて欲しいからである。委員会室では、狭くて傍聴できる人数に制限がある。議場なら、20人でも30人でも大丈夫。それに、いつもなら背中しか見えない議員の顔を正面から見ることが出来る。どんな顔で質問しているのかもわかりますよー。是非、たくさんの方々の傍聴をお願いします。
2001/11/05(月) 不評の千歳空港 例年に比べて今年は、空港を利用する回数が多い。国内のどこの空港でも、手続きするためのカウンターは、一番目に付きやすい便利なところにある。千歳空港はその点、迷路をくぐり抜けたところにあってわかりにくい。毎回、空港内の熟知度を試されているようで不快である。 「(前略)この空港の設計は、乗客の円滑な搭乗という空港本来の機能よりも、観光客相手に少しでも金もうけをしようという利益追求を優先させた結果である。(後略)」(山口二郎/北海道新聞記事) 手厳しいが、利用客の誰もが感じている事実である。ひょっとしたら、空港に働いている人も同じことを感じているのかもしれないけど・・。
2001/11/04(日) やっと少し机の上が・・ やっと少し机の上が片づいた。先月の22日から出かけることが重なり、整理しなければならない資料がたまって山のようになっていた。今日は朝から気合いを入れて取りかかった。まずは、たまった新聞に目を通し、必要な部分の切り抜き整理。ついで、手紙の開封、返書。それから、出張中に撮った写真のパソへの取り込み。それと、肝心の視察報告書のまとめ。生活福祉委員会の自分の担当部分はなんとかまとめメールで委員長へ送付したが、会派視察のまとめはまだ未完成。こちらは少しあとでもいいよ、との言葉に甘えて2・3日の時間をもらうことにしよう。
2001/11/03(土) 無料でインターネットが可能に 登別市地域情報センターが開設された。場所は、アーニス2階。約100坪の面積内に、子供コーナーをはじめ市民誰でもが利用可能なパソコンパソコン十数台が設置され、無料でインターネットを楽しむことも出来るし、市民団体の活動を支援するSOHOブースもある。市職員が常駐し、支援体制を敷いている。市の情報は勿論のこと、市議会のホームページにもアクセス可能である。市民の方々に利用いただいてこそ、この事業の目的が達成されると言うことになる。出来るだけ多くの方々に、是非とも利用をしていただきたいと願うものである。
2001/11/02(金) 登別市議会のホームページ開設 念願であった登別市議会のホームページを、開設することが出来た。かかわってくれた「IT推進に関する特別委員会」の労を多としたい。このホームページは、市民の方々により議会を理解していただくためのツールとして、現在全戸配布をしている議会誌 「でぃすかす」 と双璧をなすものである。議会誌「でぃすかす」に盛られていない内容も、少しは詳しくアップしてある。勿論、まだ充分ではない。議員と理事者が、議場でどのような議論を闘わしたのか などについてはもう少し時間がかかるし、議員と市民双方向が、意見を交換しあう場の設定もペンディングになっている。しかし、前向きに議会の情報を発信しようとする姿勢だけはお酌み取りいただきたい。何はあれ今後に、乞うご期待。
戻る 過去ログを見る
2001/03 2001/04 2001/05 2001/06 2001/07 2001/08 2001/09 2001/10