・・・くまさん日記・・・


2001/06/30(土) 釣りに興ず
 釣りに出かけた。仲間11人がそろうのも初めてであったが、今日のようなべた凪も初めてであった。石持をねらった漁場はあたりがなかったが、変えた場所での「そうはち」は、まずまずであった。釣りとは不思議なものだ。2bと離れていないのに、相棒の竿にはこちらの何倍もあたりがあるのだ。腕が違うと言われれば一言もない。こちとらは年に一度だ。魚の方もプライドがあろうってもんだ。それにしても、釣ってすぐの刺身はうまかったし、冷えた「菊水」がまた格別であった。


2001/06/29(金) ついにフレーム形式に
 長い間の夢だったフレーム形式をつくることが出来た。このホームページのトップページのことである。HP作成当時は、マニュアルを読んでもなかなか理解できないでいた。4・5日前からマニュアルを持ち歩き、時間を見つけては何度も何度も読み返してみた。やっとなんとか格好だけはついたって感じである。これから徐々に、充実を計りたい。半月ほど前にファイルを壊したのは、実はこのフレーム形式への挑戦中だったのだ。代償は少々大きすぎたきらいはあるのだが・・。


2001/06/28(木) 16年間ご苦労様でした
 登別市の代表監査委員のK氏が、6月末で勇退される。4期16年間 非常勤とはいいながら、年間おおよそ100日の職務であった。今夜は、関わった人たちでささやかな送別会をした。平成7-8年の二年間を共にさせていただいた。その土地の美味しいものを肴に酒を酌み交わした。現在76歳、ゴルフはかなわなかったし、酒もカラオケも負けっ放しであった。これからのお付き合いを願いつつも、公職を離れて益々元気なK氏に 果て、勝てるものがあるのだろうか? 


2001/06/27(水) 旧友Fからの電話
 もしもし、俺だけどわかるか? 電話の主が言う。 Fだ、と再び馴れ馴れしい声が続く。 果て?どなた様ですか? いきおい、慎重にならざるを得ない。 高校の同級生のFだー、もどかしそうな相手の声にやっと顔が浮かぶ。退職を機に、奥さんを連れての北海道旅行。千歳を飛び立つ前のわずかな時間を割いて電話をくれたらしい。高校卒業後、すでに40年余を経ている。Sが、Oがと懐かしい名前が飛び出す。なぜ会える時間を作れないんだ、と文句を言いつつも電話をくれたことに感謝する。クラス全員の名前を反芻、一人一人の顔はまだ浮かんでくる。みんな元気なんだろうか?


2001/06/26(火) 厚田産シャコに舌鼓
 生きのいいのがあったからと、黒がしらの刺身、シャコ、それに好物と知って豆腐も一緒に届けてくれた。朝早く、厚田まで出かけたらしい。ここのシャコ(漢字では蝦蛄・青竜蝦と書く/広辞苑)は絶品である。見た目はよくないが、身が締まっていて美味この上ない。黒がしらは、少量でいい。味が濃くて飽きる。豆腐は、綿。こくがある。ちょっと醤油をたらすだけで後はなにもいらない。だが、豆腐はこのあたりにもうまいものがある。CO-OP生協でも手にはいるが、二井田の豆腐である。近辺でこれに勝るものはない。一丁でも、二丁でもつるりと入ってしまう。是非一度、お試しあれ。


2001/06/25(月) 夏風邪?
 2・3日前から鼻がぐすぐすする。道内でも夏日が記録されているこの時期にである。あまり鼻をかんでるとすぐに鼻の下がただれる。そりゃあ長すぎるからだと口の悪い友人は言うが、皮膚が弱いせいだと本人は弁解しきりである。熱でも出て汗をかいて、すっきりとした気持ちでのビールならいいけど、体調が悪いと美味しいはずのアルコールにさへ抵抗感を示す。美味しく酒が飲めるってことは健康の証でもある。ビールも冷酒も美味しい季節だ。友よ、いざ酌み交わさなん、君の新しき恋の話を肴に・・。


2001/06/24(日) 宮城地方の結婚式さながらに
 嫁ぐ日、花嫁が父親に酒を注ぐ 「ありがとう…」 「元気でなっ…」 言葉にならない思いを目が伝える。長持唄に導かれて花嫁が嫁ぎ先に向かう。今日の知人のお嬢さんの結婚式の入場は、そのような雰囲気そのままに行われた。新婦のお父さんの友人、唄の名手がわざわざ地元から駆けつけてくれた。味わいのある声でいい節だった。縁あって、その唄の尺八伴奏を仰せつかった。幸せな家庭を築かれることを心からお祈りいたします。 


2001/06/23(土) 天気は最高だったけど
 天気がよくて、キャディがよくて、まわる仲間がいいとなれば、スコアの悪いのは自身でしかない。がっくりがっくりの一日だった。それにしても、今日の天気は、一年に二度とは味わえないような素晴らしい天気だった。紺碧の空、ウグイスの鳴き声、爽やかな風、願ってもない穏やかな一日だった。散策だけなら、これほど素晴らしい一日は無かったろうに、なまじクラブを持って廻ろうとするからストレスが残る。自然を享受するには余計なものは持ち込まないこと、あらためて思い知らされた一日だった。


2001/06/22(金) 根笹派錦風流ビデオ完成
 根笹派錦風流尺八のビデオと譜本の完成を知らせる頼りが届いた。根笹派錦風流とは、津軽地方にのみ伝承される古典尺八の流派である。津軽のお殿様が武士に勧めたことからお家流とも呼ばれる。強い風に負けないように力強く吹く、こみ吹きと言う独特の吹き込みの強さが特徴である。名手であった故後藤貫風氏の愛弟子、須藤青風氏(現在、青森県の技芸保持者)の力作である。ビデオと譜本あわせて、17,000円の由。お勧めである。尚、須藤氏は女性の尺八奏者として知られる。


2001/06/21(木) もはや夏至
 今日21日は、夏至だそうである。一年で最も日が長い。しかし北海道は、いまやっと初夏を迎えたといったところである。なのに、明日から日一日と日が短くなるのかと思うと、なんだか寂しい気がしないか? せめて盆を過ぎて、海にはいるのがはばかられるようになった時期なら納得できるのに。
 「夏至今日と思ひつつ書を閉ぢにけり」 高浜虚子


2001/06/20(水) 87歳でスカGを乗り回す
 今夜葬儀委員長を務めさせていただいた故Nさん、病気らしい病気もなく、いやそれどころか87歳までスカイラインGを乗り回しておられたそうである。懐かしの「ケンとメリー」はじめ、車検の時期になると新車に乗り換えるほどの贅を尽くされたらしい。そんな活動的な一方で、亡くなるまでラジオテレビの「ロシア語講座」に耳を傾けられた程の勉強家でもあった。明治42年生まれで、法政大学文学科 さらに、イギリス文学科を卒業の文学青年。子供もうらやむほどの仲睦まじい奥様に看取られ、92歳での大往生であった。


2001/06/18(月) 気の重い一日だった
 職場に着くと同時に携帯に電話が入った。葬儀委員長を頼むという趣旨のものだった。91歳になられるお父上。そのあと、昨夜の通夜に行けなかった友人の奥さんの告別式に参列。故人となられた夫人は56歳の若さ、慰めの言葉もない。夜は、町内会の近所のご主人の通夜に参列。同じく56歳という若さ、それも仕事に出かけられた遠方での事故が原因の由。ご家族の心中を思うに言葉もない、みまかられた故人のご冥福をお祈りするのみである。


2001/06/17(日) 東海銀行女子陸上部頑張れ
 恒例となった、東海銀行女子陸上部の合宿が13日から始まっている。今夜は、歓迎のレセプションが開かれた。竹内監督、スタッフ、それに大南兄弟他全選手も出席をした。毎年この時期、登別市の陸上競技場をメインにして札内高原のクロカンのコースなどでトレーニングを積む。今年で11年になる。11年前に受け入れを決めた、青年達の代償を度外視した支援が続いている。テレビで見るとおりのスリムな選手達、そして、テレビで見るとおりの目の輝きがあった。彼女たちの活躍を祈るや切である。


2001/06/16(土) なんとしたことか
 少し内容に変化をつけようとしたことが失敗だった。ここ半月分の日記部分をどうしたはずみか消してしまった。直接ここに打ち込んでいたからバックアップもない。起きてしまったことを悔いても仕方がない。ましてや、誰他ならぬ、自分のミスである。以後は、きちんとバックアップをとっておかねば・・。自らの歴史をなくすような失態を演じないためにも。


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