・・・くまさん日記・・・
2001/04/30(月) また、とれちゃった 人間の六感って、どれくらいの小ささまでを捉える感覚を持っているんだろう?例えば指先の感触なら、微妙な紙の厚さの違いを知ることが出来る。0.1oの違いでもきっとわかるはずである。味の違いは、舌が判別する。目の中に入った異物なら、それがほんの小さなゴミだって、まるで大きな岩が入っているような気がする。口の中だってそうだ。歯の詰め物の高さが例え、髪の毛ほどの違いであっても確実に判別できる。何度もお願いして、削って調整して、そうやってやっと馴染んだ詰め物が、またとれてしまった。二週間ほど前に修復してもらった詰め物がである。あ〜あ、また歯医者がよいか・・・。
2001/04/29(日) 合掌造りの里 七年前の四月、どうしても合掌造りの民家が見たくなって、訪れていた飛騨高山からタクシーを飛ばした。小高い丘から見た白川郷は、まだ残雪に覆われていて累々と遺跡が折り重なった不思議な物語の世界に踏み込んだような印象を受けた。合掌造りの内部は、大きな木が荒縄で結びつけられ、木は煤で真っ黒だった。そのうちの一軒の屋根が、八十年ぶりに葺き替えられたと新聞に載っていた。葺き替えに使われたカヤは八千二百束、四トントラックで25台分。これでも屋根の片側だそうだ。かかわった人は500人。こうして世界遺産が引き継がれ、残される。エールを送ろう。
2001/04/28(土) 弘前寺町行脚 今日は、終日穏やかな春の陽射しに恵まれた。弘前もいい天気だろう。今頃仲間は、長勝寺を中心とした西茂森禅林街を吹禅行脚中のはずである。この時期、仲間十人ほどで弘前に出かけるのが、ここ十年来の恒例になっている。室蘭港を夜のフェリーで出発、青森経由で弘前へ。定宿にしている紺屋町の旅館で着替え、その脚で禅林街へ行く。満開の弘前城の桜には目もくれない、三十三ヵ寺ひたすら吹一吹。「ツレ〜、ツレ〜・・」 黒門の中に、白装束、天蓋姿の虚無僧が吹く2尺管のおだやかな音が響いているはずである。
2001/04/27(金) 22年目に入ったそうな 会合の後、懇親会があった。気持ちよく酔い、つい浮かれてご無沙汰の店に顔を出した。今も美しいママが、一人切り盛りしている。「去年、一度くらいは来たー?」 ボトルを探しながらママが聞く。「俺のが見つからなければ、Mさんのでいいんだよっ」 勝手ご託を並べながら、久方の訪問の言い訳をする。 「お客さんが喜んでくれれば、儲けはなくてもいいの・・」 競争激しいこの地に開店以来、22年目に入ったそうな。客層は変っても、開店以来の古株だぞーっと、いきがる客も扱う。室蘭市中島町は、GSタウンビル2Fの「シャトー」。 どうぞ、ごひいきにお願い申し上げます。
2001/04/26(木) かんな削り日本一 木の面を掌で撫でる。そっと鉋をあて腰を入れると静かに息を吐きながら、すーっと引く。名人になると、削り取られた厚さは、5ミクロン単位の薄さだそうである。刃物や砥石の良否を見極める技術。研ぎの技術。かんな台を平坦に仕上げる技術。木の性質を見抜く技術。削って欲しいと木が求める時を見計る技術。使われることが少なくなった技術の粋をかけて、職人の誇りをかけて薄さを競う。最も薄いのは3ミクロン、千分の三ミリメートルだった。岐阜に残る職人の誇りをNHKが伝えた。
2001/04/25(水) マーフィーの法則 「いつも『安全な場所』にモノを動かしたことは覚えているが、その場所がどこだったか覚えていない」 確かあったはずだが、と探す時に限って資料は出てこない。何日か経って、関係なくなった頃に「あっ、こんなところに・・」ってことは、よくあることだ。最近は、可能な限りパソコンにテキストで入れるようにしている。パソコンに取り込んでさえいれば、見つからないことはない。ワードも一太郎もほとんど使わない、WZエディター一本やり。グローバル検索、これにどれほど助けられていることか・・。
2001/04/24(火) 「ジョルジョ アルマーニ」 のサングラス 旅行をしていた友人が帰ってきた。 シチリア島の東岸、タオルミナを含むイタリア10日間の旅。残念ながら夏にはまだ遠く「海と青空と太陽」ってわけにはいかなかったそうであるが、イタリア料理とワイン、親しい仲間との愉快な会話に恵まれた楽しい旅であったらしい。 「ジョルジョ アルマーニ」 のサングラス。これは、そのイタリア旅行の土産にともらった。軽くて、シャイで、格好いいサングラスである。今年の夏はひとつ、これをつけてイタンキ浜の鳴り砂の上でも闊歩してみるか。
2001/04/23(月) 穏やかな日本海 昨日、江差へ行って来た。高速で長万部、国道5号線で落部へ、さらに、道道67号線で厚沢部、国道227、229号線を経由して江差着。片道、おおよそ180キロメートル。路面の凍結に気を遣っての冬の行程はきついけど、今回は周囲の緑が美しい楽な道のりだった。秋は67号線の紅葉がきれいで、これまた苦にはならない。でも、このルートを利用しはじめたのはそんなに前ではない。以前は、八雲ー熊石277号線を利用していた。冬の峠越えは死ぬ思いだったが、熊石高校を過ぎて目の前に日本海が目にはいる時の、あの開放感には何とも言えない嬉しさがあった。今回のような穏やかな日本海もいいが、冬の荒れ狂う海には旅人を惹きつける魅力がある。
2001/04/21(土) 会社は生き物 会社は生き物だから、常に新しい血を入れていかないと会社が停滞してしまう。だから、新入社員は必ず採用するんですよ。と、その社長さんは語ってくださった。将来、必ず情報化の時代が来る、いつその時がきても対応できるように考えていた、とも。「測量」と言う職業からは想像できないような、ファイリングシステムの話も聞かせていただいた。先を読むことが出来るトップを持った会社は幸せだなあ。今日、(株)菅原測量設計の菅原社長のお話を伺っての感想である。
2001/04/20(金) 読めばあなたもIT革命 紀伊国屋に頼んでいた本が、宅配便で今日届いた。「インターネット『超』活用法2001」野口悠紀雄著。本体、税、送料込み合計2,060円の買い物である。唯一利用している、オンラインショッピングである。この本は、99年5月に買った「インターネット『超』活用法」野口悠紀雄著の改訂版である。内容が大幅に改訂された。いま、世界に発信されているWEBサイトは30億もあるそうである。インターネット上で情報を得たいと思っても、期待するほど的確に入って来ないでイライラすることも多い。この本の第二部はそうしたユーザーの不満に応えるものがある。今夜からまたぞろネット上を彷徨うことになるのか。
2001/04/19(木) 新聞の切り抜き 刃の長さの部分が、きっちり21p。DAHLE 50053 ROSTFREI GERMANY とある。通販で買った、新聞切り抜き専用のはさみである。広い面でも、しゃきーっと気持ちよく切断出来る。刃先が短いものは、こうはいかない、切断面が不規則に曲がったりしていやなもんだ。これには、それがない。気に入ってる持ち物のひとつである。切り抜きに使ってるものに、もう一つカッターがある。OLFA。定規を当ててすーっと引くと、あら不思議。新聞の、一番上の一枚だけが切り取れるのだ。こうして、気持ちよく切り抜いた、日に何枚かの情報がスクラップに貼られる。 ところで、切り抜いた情報が、後で役に立っているのかって? たはは・・。
2001/04/18(水) 今どきの大人は! 久しぶりにバスに乗った。時間帯がちょうど、高校生の引け時だった。混んでいたせいもあって、乗るのを躊躇した。傍若無人な大声でのお喋り、加えて声だかな携帯でのやりとり。なによりも先に、それらが頭をかすめたからである。が、今日は一切なかった。むしろ、見るともなしに見ていた外の風景が気になった。たばこの吸い殻、ぽい!鼻紙、ぽい! おまけに、どーんと肩をどつかれた。年輩の女性が降車のために出口へ急いでいたのだ。「ちょっと、ごめんなさい」の一言くらいは、言って欲しいと思うのだけど。
2001/04/17(火) 新一年生よ健やかに 交通指導員や町内会の人たちに守られて通学する、今年度入学したばかりの児童の姿が目に付く。真新しいランドセルにつけられた黄色い安全旗がまぶしい。
・道草ができるまち
・子供の歓声が聞こえるまち
・鬼ごっこや缶蹴りができるまち
・大人と子供が遊ぶまち
・車が子供を支配しないまち
「子供にやさしいまちづくり」を・・。東京工大教授・仙田満氏の提案だそうだ(北海道新聞卓上四季1994/3/7)。高齢者や障害者に優しいまちづくりはある程度具現化しつつある。いま、求められているのは、子供にやさしいまちづくり ではないかと。
2001/04/16(月) ポスト清掃 ボーイスカウト登別第1団の4月の行事の一つに、ポスト清掃がある。市内のある範囲を決めて雑巾でひとつひとつ丁寧に清掃する。赤い筒型のポストが出来たのは明治34年、つまり今年は誕生して100年の記念の年にあたる、とラジオで聞いた。最近は四角い金属製に取って代わり、筒型はほとんど見かけることがなくなったが、それでも全国におおよそ5,900カ所、道内でもまだ133カ所に筒型が残っているそうだ。どこにでもあるような気がしていたが、言われてみれば最近はあまりお目にかからない。今度見つけたら、写真にでも撮っておかねば。
2001/04/15(日) 「『超』整理法」のベストセラーを予見 やはり、そうだったんだ。野口悠紀雄の「『超』整理法」もだったのか・・・。この人がいい本だと、紹介した本はベストセラーになる確率が高いんだそうだ。この人と言うのは、エッセイストの井狩春男氏である。3月12日、300円の日本国憲法で登場を願った人である。北海道新聞の日曜版に「まるちすくらんぶる」で様々な本を紹介しておられる。私が、この「『超』整理法」を知ったのは社内報でであったが、私を野口悠紀雄に傾倒させるきっかけとなったこの本を、発売前にすでにベストセラーになると予見されていた本であったとは、なんとはなしに嬉しい思いがする。
2001/04/14(土) 近所にある病院の数 近所にある病院で、多いのはなんだろう? 一番近いのは、50bほどのところにある整骨院。内科3、歯科4、小児科1、皮膚科1。ざっと数えてみても、歩いて10分ほどのところに無いものはないくらい充実してる。車でなら、20分も走れば総合病院でさえ、3カ所もある。開業しやすい病院ってあるのかなと、やや多めの歯科の数をみて思う。まさか、誰でもなれるんじゃ?と、痛い目にあってまだ間がないのに、食べた飴でいとも簡単にとれてしまった詰め物を前にして、疑っている。歯医者さん、ごめんなさい・・・。
2001/04/13(金) 林 英哲&山下洋輔ライブ 林 英哲が来る。この4月20日、札幌は市民会館で山下洋輔との共演である。林 英哲は、5年前にも、札幌芸術の森で見たことがある。この時は、津軽三味線の木下伸一との共演だった。大太鼓を打つ姿勢の美しさに見惚れた。とともに、大太鼓がセットされたあとに、出番にはまだ間がある時間だったが、そっと(本当に密やかに)大太鼓に向かって語りかけているような姿に感銘を受けた。道内ですら200に近い太鼓集団があると聞く。全国には一体幾つあるんだろう?このブームをつくったのは、林 英哲が当初属した鬼太鼓座。その鬼太鼓座の創始者、田耕(本名田尻耕三)氏が11日亡くなった、と小さく報じられた。
2001/04/12(木) 誰が自民党総裁に? 橋本、小泉、亀井、麻生 4氏が名乗りを上げた。今、首相に求められる資質は次の五つ。
智:知性や判断力
信:信頼と誠意
仁:人間としての魅力と包容力
勇:決断力と情熱、責任感
厳:公正に物事を見極められる精神力
さて、孫子の言葉を満たすは誰?
2001/04/11(水) 千年に耐える釘 一日にわずか35本しか出来ないそうな。奈良・白鳳伽藍再建に使われる釘2万5千本は、20年にわたって刀を打つと同じような工程で1本、1本つくられた。鍛冶職人、白鷹幸伯さんが第35回吉川英治文化賞を受けられたと報じられた。千年の時に耐えられる木造建築が復元される。「釘も千年持たせないと・・」 何度も何度も試行錯誤が繰り返された、といつかTVでそのご苦労の一端が紹介された。もともと、「千年に耐える釘を打て」と言ったのは、宮大工の故・西岡常一氏だったそうである。確かな目が確かな技を認める。日本のものづくりは、まだ大丈夫だなあと感じる。
2001/04/10(火) インターネットはからっぽの洞窟? 「実際、インターネットに流されている情報の大部分は、どうでもよいようなジャンク情報である。なぜなら、インターネットで情報を発信するコストはきわめて安いからだ。コストが下がれば、発信される情報の価値も、限界的にはそれに見合うだけさがる。」(インターネット「超」活用法/野口悠紀雄) まさしく、その通りである。現に、こうして小生如きがとうてい人様のお役に立てるとは思えない情報を堂々と流している。謝々。でも、ご安心あれ! 「世の中には、きわめて高い価値のある情報も山とある。」(野口前出) これが、インターネットの良さである。三日は続くまいと思っていた駄文が、今日で一ヶ月を迎えた。「インターネットはからっぽの洞窟」。駄文を、もう少し続けてみようとの言い訳に・・・。
2001/04/09(月) ゴルフって簡単なの? 今年は珍しく冬から練習場に出かけた。五月の第一戦が、その年のクラブ振り始めというのがこれまでのパターンだったから、えらい違いである。これには訳がある。どこかの首相ではないが、チョコレートの賭に昨年負け続けた。何とかしなくてはとの思いからだった。人にとやかく言われるのがきらいな質だから、これまでは教えを請うことをしなかった。 が、曲がるショットを見かねた友人がアドバイスをしてくれた。これが余計だった。意識すればするほどの泥沼状態。落ち込んで帰る。家でのイメージトレーニングでは、ウッズ並のショットなのに・・。それにしても、メジャー4連勝のウッズって凄いなあ。
2001/04/07(土) 民謡尺八の大家、相次いで死す 民謡尺八演奏家、矢下流宗家の矢下勇氏が先月3月11日亡くなられた。享年71歳。昨年5月19日には、尺八演奏家で民謡歌手の米谷威和男氏が死去された。米谷氏は、まだ59歳という若さだった。民謡尺八界では、双璧をなすお二人だった。米谷氏には音の厳しさを、矢下氏には曲の流麗さを学んだ。いずれも、CDやテープ、時にTVでしか学ぶ機会を得なかったが、あんな風に吹ければなあと、おこがましくも常に目標の芸であった。それぞれの素晴らしい芸は、お弟子さんに伝承されているとは言いながら、再びの至宝の芸に触れることが出来ないのは寂しい限りである。
2001/04/06(金) 執金剛神 目の前に、円空彫「執金剛神」(しゅうこんごうしん)が立っている。武装して手に金剛杵を持ち、外敵を防御する姿勢という。今円空と言われる三輪年朗氏の作である。数年前、飛騨高山を訪れたとき三輪氏から直接求めた。全長30pほどのものである。飛騨千光寺にあるものは2b近くもあるそうな・・。円空は、北海道でも何体かの仏像を残している。登別市にも市の文化財に指定されている「観音像」がある。明治44年の山火事で行方不明となり、黒こげになったものが奇跡的に発見された。今は、地獄谷の一角に社を設けて安置されている。執金剛神は守護神だから忿怒の形相だが、私の持っているものには何故かその中に笑みが感じられる。
2001/04/05(木) ラストワンマイルの早期整備を 25,200円の請求書が届いた。これから一年間のインターネット接続料金である。これでインターネットは使い放題だが、電話料金は別である。隣の市には、接続、電話料金こみこみで4,000円程度のフレッツとやらのシステムが利用できるのに我が町はダメである。利用人口が少なくて採算ベースに合わないというのが理由らしい。情報インフラの地域格差である。が、これもあと2〜3年の辛抱だ。登別市では今年度光ファイバーを全市に巡らす。当面は、学校など公共施設が恩恵を受ける。その次は、いよいよ個人ユーザーへの接続だ。電話線か、北海道電力のコンセントか、それとも無線機か?行政がプロバイダーとなる。こりゃー面白いぞー。
2001/04/04(水) イタリアで抹茶を飲む 昨年11月、海外研修の一員としてドイツ、イタリアなど4カ国を訪問する機会を得た。研修の内容はこのHP内に詳述してあるが、今は研修の話ではない。フランスとイタリアで抹茶をいただいた話である。朝食後の一服も美味しかったが、ワインを飲み、イタリア料理に満足したあとでの抹茶の味はまた格別であった。一行の中に、お茶の先生がおられ、道具を一式持参しておられたのだ。長旅である。それでなくても荷物を減らしたいところなのに・・・。気持ちにゆとりがあるというのはこういうのを言うのだろう。れっきとした県の職員、それも管理職にある方である。東京事務所勤務になりましたと、今日メールが届いた。懐の大きい方だ。きっと、新しい職場でも活躍をされることだろう。ご健闘をお祈りいたします。
2001/04/03(火) 花見の季節だ 東京上野公園では、満開の桜に花吹雪ならぬ雪が舞ったと伝えられた。モノクロで伝えられる新聞記事の桜は真っ白で、カラー写真でのそれよりも、一層ほのかなピンクの色を思い浮かべさせる。幼少の頃、「花見」は4月3日と決まっていた。三重の折りと、ござ持参で近くの小高い丘に出かけ、大人は小酒宴を、子供はめったに口に入らない「あずきようかん」を口にほおばった。丘の斜面に切り取られた二坪ほどの広場がその日の座敷で、家族毎に毎年場所が決まっていた。丘のくぼみの小さな広場がかけっこの舞台となり、大人も子供も夢中になった。農作業に明け暮れる田舎のささやかな息抜きの一日だった。
2001/04/02(月) 宜野座頑張れっ! 宜野座と浪速の一戦は、手に汗握る戦いだった。宜野座が1点とれば、すぐその裏に浪速が取り返す。どちらにも勝たしてやりたいような、緊迫した好ゲームだった。高校野球は、夏の甲子園に限ると思っていたが、春の選抜も捨てたものではない。
沖縄には、86年、96年と二度行ったことがある。琉球の文化が確実に、そして大切に残されている。沖縄には、何か人をほっとさせるものがある。旅人を受け入れる暖かさがある。あとふたつ、宜野座高校頑張れっ!
2001/04/01(日) コンサドーレ札幌の連勝を祈りつつも・・ J1復帰のコンサドーレ札幌、開幕2連勝の後を受けての3戦目、連勝が止められた。残念でならない。景気の落ち込みの激しい北海道にあって、ひとときでも気持ちを引き立たせてくれるコンサドーレ札幌の活躍は多くの道民の願いでもある。岡田監督のもと、是非活躍をして欲しい。大いなる期待を寄せている。一方で、コンサドーレ札幌を下したサンフレッチェ広島、3戦目でやっと1勝。とても、嬉しい。カープが、巨人にこてんぱんにやられても、サンフレッチェが下位に低迷しても、どうしても見捨てることができない。悔しくて、腹立たしくて、そのせいでビールを飲む量が増えるんだと文句を言いつつも、頑張れよと応援せずにはいられない。広島出身者の悲しい性である。