沖縄を観光した。バス観光だったから、いわれある名所旧跡は、どのコースにもほどよく組まれているが、道路ぞいに延々と広がる米軍基地のこともガイド嬢として省くわけにはいかない。
基地の広さ、由来、生活とかかわり等についてガイド嬢は極力公平に冷静に述べていく。どんな立場の人が乗客にいるか分からない。必ずしも基地反対の人だけとは限らない。賛成の人、無関心の人だって乗っているかも知れない。
しかし、私がいたく心打たれたのは、彼女の公平で冷静な話し方の隙間から切々と「無念」さが伝わってくることであった。
最初は私の勝手な思い込みかと思ったが、同行の妻に言うと彼女も感じたと言う。二十代も前半であろうガイド嬢が、会社の社員教育によって詰めこまれたものとは思えない真情を放つのを、私たちは受けとったのである。
翌日、別のバスで別のがイド嬢と戦跡を訪ねたときもそうであった。親世代、いや、もはや祖父母の時代のことであろう戦争の跡を、観光客らに明るく簡潔に解説していく彼女から、奇怪にも彼女自身のものとしか言いようのない無言の心情が切々と伝わってくるのには驚き、私も妻もいたく心にとめたのである。
<東京都 上野嶺三氏(画家 64歳) 1997/05/13 朝日新聞 「声」欄>