
kousaikai

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あけましておめでとうございます
地球に訪れた新しい公転への旅立ち、それはまた、生きとし生けるものすべての、
新たな生成と克復への自然循環の始まりです。
ところで元朝の一瞬の日の出を仰ぐために、人々はいつの頃から海や山へ足を運
ぶようになったのでしょうか。おそらく、その発端はたいへんに古く、太陽を神と呼ぶ
ようになる以前のことに思われます。
もともと地球は太陽系の一惑星として誕生し、その宇宙的な境遇の中で、湿潤な水
の循環を大気層としながら、生命発祥という奇跡を生み出してまいりました。
月面探査の途次、宇宙空間から地球の映像が初めて届いたとき、大地を渦巻く大気
圏の壮大な雲の光景に、すっかり目を奪われたものです。更に、生命の星『地球』の
母なる姿は、何一つ私の目を裏切ることがありませんでした。
しかし、そこが「原点である」という実感は、逆に私を慄然とさせもいたしました。出生
と同時に見開かれてきた私の目は、いったい何を映し出すことが、母なるあなたへの
応えになるのだろうか、という新たな自省との対面です。
ところで、2004年の元旦にあたり、この〈母なる地球〉の切々とした呼びかけを、心静
かに受けとめたいと思いますが如何なものでしょう(以下は、その呼びかけの要約です)。
『息子よ、娘たちよ。何故貴方は愛と優しさと調和に、顔を背けたりするようになった
のですか。何故わたしのバランスを崩し、お互いを深く傷つけてまで戦争を続けてい
るのですか。もし、目先の惑いに過ぎないとしても、それでは余りにも悲し過ぎると思
いませんか。さあ、もう一度このわたしを、そして、自分自身をよく見つめ直してみてく
ださい。貴方たちは40数億年という気の遠くなるような生命史を、様々な途中の変遷
に耐えながら、やっと自立を果たしてきたばかりなのです。その間、わたしは人類とい
う名の貴方たちの訪れを、どんなに待ち詫びていたことでしょう。
原始に目を開いた自然への畏敬/古代史跡に見る感性と理性/中世の祈りと愛/
ルネッサンスにおける文芸の開花/近代以降の技術文明/と、それらはいずれも、
人間独自の創造を、わたしに告げてくれるものでした。しかし、わたしの行く手には、
貴方たち自身の解放とも深く関わりのある<もう一つのこと>、つまり戦争への決別
と、平和な地上の実現とが残されたままになっています。
9,11のテロを発端としたアフガニスタンとイラクへの、アメリカ単独の武力進出は軍事
支配の強行を一歩も抜け出せず、現地住民のゲリラ的反抗を招くという破目に立たさ
れています。つまるところ暴力原理には、この世界を最後の最後まで抑圧者と被抑圧
者とに寸断する宿命から、一歩も逃れる術はないと思い知るべきでしょう。
わたしは貴方たちを、そのような者として果てて欲しくありません。それこそが本質であ
る筈の<愛と創造の世界>に、何故もっともっと目を開いてくれないのでしょうか。すで
に人間の歴史には、ミケランジェロの作品「ピエタ」が憂愁を湛えて存在し、レンブラント
晩年の自画像にも滲むような苦渋と慈愛がただよっています。更に、ミレーの大地に立
つ農夫や、モネの連作による蓮池の光彩など、そこには敬虔な自然への讃歌が満ち溢
れて感じられます。芸術こそは、わたしが貴方たちに託した最良の本質的な発現です。
あの、ロダンの手になる「考える人」は、まさに貴方たちを象徴していないでしょうか。
今、わたしはきらめく銀河星雲に囲まれ、2004年の太陽をめぐる軌道へ小さな水色の
惑星となって向かっています。
それでは、わたしの愛する息子と娘たちよ。内に脈打つ生命を強く抱きしめながら、共に
宇宙への旅をまっとうしようではありませんか。』
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春 雪 この時期、太平洋沿岸に発生した低気圧が北上を始めると、関東から東北南部
にかけては大雪に見舞われたりすることが多々あります。また、暦の上での立春
とは名ばかりで、むしろ、本格的な寒さは二月に入ってからと云った方がいいのか
も知れません。
ある日のこと、雪をかむった植垣の前でじっと眺めているご婦人に気づき、何気な
く足をとめたところ、ふいに彼女の方から「可愛いでしょう、山茶花の真っ赤な色っ
て楽しそうですよね」と、声をかけられました。
わたしはとっさの返事に詰まり、会釈もそこそこにその場を離れるしかなかったの
ですが、「楽しそうに咲いていますよね」と云ったときの声の響きや、柔和な眼差し
との出会いは、後々まで忘れ難い印象となってわたしの心に焼きつきました。
それともう一つ、内容の子細を省きますが、わたしには年一回のバレンタインデー
にだけ、小さなメモと一緒に届いてくるプレゼントがあります。そのような慣習とは
少年の日以来、もともと縁の少なかったわたしにとって、初めの頃は期日を忘れる
などして、その都度驚かされたものですが、いつか回を重ねるに従い新鮮な喜びと
幸せを、そこから汲み取れるまでの自分に変わっていきました。
そして、気づいたことは、まだ開花には程遠い新芽をつつむ早春の光です。まだ
運命との遭遇を知らない、内なるラブストーリーの夢のことです。寒気と雪に覆わ
れた二月の物語りは、新しい美の誕生の息吹を意味しているのでしょうか・・・。
世界の創造は、こうしたささやかないとなみを基にして、生み出されていくものかも
知れません。それにしても、「春は名のみの風の寒さ」を凌がなくてもなりません。
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春の黎明 三月の陽光が明るさを増してくると、それまで枯色だけに染まっていた風景が
急に色めきだち、昨日までの厚着に取りつかれていた冬の暮らしも、嘘のよう
に遠ざかっていきます。
春です。待ち詫びていた春がやってきたのです。すでに田川の水は音を立て、
その嬉々としたキラメキを遠くの畦にまで伝えています。大地自然の生命力は、
なんと溢れるばかりなのでしょう。
南斜面の日当たりには、「いぬふぐり」が空色の光を敷きつめるようになりました。
そして、土筆の頭が背伸びを始めると、こんどは路傍や野原一面にタンポポの
まぶしい黄色が、点々と広がり始めます。詩人のまどみちおさんが毎年の桜を
見て感嘆したように、この爛漫の春の移り行きを言い当てるには、どんな言葉が
必要なのでしょうか。いずれにしても、自然循環の新生の喜びを告げてくれるの
は、春の微風をおいて他にありません。
それにつけても彷彿と浮かんでくるのは、ルネサンスのフィレンツェを代表する
作品、ボッティチェリーの「プリマベーラ(春)」に対面したときのことです。わたし
はしばらく我を忘れて立ち尽くしたのですが、いまもってそれを口に出せる言葉
はなく、唯、「なんて美しいんだろう」と漏らした溜め息だけが残っています。
おそらく美は、直感を介して訪れる生きものです。それを受けとめるには、心底
からの共感と共振以外にないのかも知れません。億年の地底から滲み出てきた
意識として、春の黎明は個体の生死を越えた真新しい美の覚醒を思わせます。
付け加えてのことになりますが、古い映画に「西武戦線異常なし」という作品が
ありました。何日となく暗い塹壕に閉じ込められてきた兵士の前に、突然ひらひ
ら舞い飛ぶ蝶が現れます。兵士はその可憐な行方に目を奪われ、思わず手を
差しのべるのですが、しかし、狙いすましていた狙撃の銃弾が、一瞬のうちに彼
を貫通してしまいます。わたしは、この森閑とした戦場のラストシーンに、涙を止
めることが出来ませんでした。
美しい自然は、人間にとって美しい平和でなければなりません。何はさておき、
吹き寄せる春の微風を全身に感じたいと思います。
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自然の摂理
桜前線が日本列島を北進すると、いよいよ春爛漫の季節です。また、山野を被
う植生たちは根もとから枝の先まで樹液にあふれ、新生への喜びをハミングで
奏でています。大地の春の訪れは地球公転の運行に呼応して、なんと輝かしい
開幕を告げるのでしょうか。この横溢とした時間の流れは、まさに生命の大河そ
のものを思わせます。
ところで、実に多様な野の花たちは、自然の美を象徴して余りあります。それに
どの花の咲き具合を見ても、時の訪れを待って蕾をふくらませ、陽光につつまれ
ながら眩しげに花弁を開くのです。しかも、その信じられないような一瞬の変化と
初々しい彩りには、何一つ殊更な主張がありません。
女性たちをあで姿で装い、そこに鮮やかな花飾りを美しく添えてきました。つまり、
地球各地に分布する多民族の慣習や文化の相違なども、生成をうながす美(愛)
のいとなみがあってこそ、一つに結ばれてきたと云えるでしょう。
いま世界は、相互不信と混迷の淵に立たされていますが、さしせまっての課題は
不戦の実行であり、暴力支配の閉鎖から女性(愛)と子どもたち(未来)を解放する
ことにあると思っています。人間の歴史は何故こうも不明を犯して、恥じることがな
いのでしょうか(例えば、世界史的な憲法の無理解など)。それとも有史以来、人間
は冬の時代を一歩も抜け出していないことになるのでしょうか。
2004年の春が、わたしたちに呼びかけています。「人間は、自然の摂理に叶った
英知の持ち主です。しばしの間、満開の花の宴にくつろいでみませんか」・・・。
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地球に軍事力はいらない 不戦の国際化/国連への期待
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まなざし
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逢 瀬 川
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あなたの絵本をつくる
***メルヘンのくにへ***
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エーゲ海のブルー
先月は「アテネオリンピック」の競技に、世界中の関心が沸き立ちました。
優勝した各選手の頭にはオリーブの栄冠が飾られ、それは国家の求める
栄誉とは無関係に、古代ギリシャの夢みた理想(自然との調和)を直接象
徴しているかのようでした。たとえ一瞬のことにしても、各競技に見られた
精神と肉体の輝かしいバランス(美の獲得)は、人々の目を釘付けにした
ばかりでなく、魂の奥まで人間であることへの共感をもたらしたと云えそう
です。
それにしても一転して、八月は苦渋と鎮魂の季節でもありました。いうまで
もなく広島/長崎を廃墟と化した原爆投下、そして太平洋戦争の終結と、
かつて暴力がすべてを支配していた時代の悔恨が、そこには尚も深く疼い
ています。
いまや核と戦争の存在は、加害と被害を同時に引き起こし、世界を自滅の
淵にますます追い詰めていくだけとなりました。人間がより人間であろうと
する意味は、軍事力を文化に置き換え、国境を超えて平和な地球に同化す
るといった、未来の選択以外には考えられません。
これからは日に日に秋が深まり、青く澄んだ空は果しない彼方をのぞかせ
ているような気がします。そういえば、アテネオリンピックの旗の色も、ホワ
イトとブルーを基調としたエーゲ海の夢を彩っていました。
オリンポスの丘の麓、古代ギリシャの人々は神々との物語りを介して素晴
らしい芸術の史跡を、この世に残してくれました。今回、世界の祭典を新し
く開くにあたっても、アテネの賢人たちの思索から生まれた「汝自身を知
れ」との言葉は、永遠の時間を前にして少しも色褪せておりません。
さて、静かな秋の訪れを迎え、自分のノートの最初の書き出しを、どんなふ
うに始めようかなどと思案していると、近くで遊んでいた幼児の目がこっち
を向いて、不意にきらっと笑ってくれました。
「あっ、そうか。そうなんだよね。あのオリーブを編んだオリンピアの冠には、
可愛い天使がいちばんお似合いなんだよね・・・。」
ふと、その傍らには、愛と平和と美の女神「アフロディテ」(ママ)も、たたず
んでいたのです。
日に日に深まってゆく秋、一年の周期も半ばを過ぎて、ことしの地球はどの
ような豊穣をもたらすのでしょうか。それにつけても欠かしてならないのは、
自然の創造に対する畏敬の念であり、同時に非暴力と不戦の遂行を自責に
立って担う、私たちの生き方にあるでしょう。
まもなく秋の大地は、収穫の期に入ろうとしています。
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屋根の上の秋
幼少から少年時代にかけて、路地の暮らしが私の唯一の世界でした。
農家をそのまま建て替えたような住まいに玄関はなく、八畳二間を結ぶ
南向きの縁側が、もっぱらの出入り口ということになっていました。
でも、そこは四季を通じて、数々の懐かしさに恵まれた一隅だったと思っ
ています。
春には隣近所の人々が、手編みのセーターなどを持って日向ぼっこに
集まり、夏は風鈴の音色が涼を奏で、線香花火もそこに腰を下ろして楽
しみました。また、夕闇の路地に盆提灯の薄明かりが点々と灯り、なんと
なくしんみりとした風情にひたったものです。そして、秋ともなれば十五夜
の月の出を待ちながら、そこはススキや団子のお供えを飾る舞台になり
ました。しかし、冬は北風といっしょに枯れ葉が踊り込み、ときおり縁側に
白い雪がつもることもありました。
また、縁側の外はちょっとした空き地になっていて、古びた白壁の土蔵と
大きな欅、その根方には石積みの小さな祠があったりして、少年の心に
も不思議な静けさが感じられたものです。
しかし、今では古物品としか云えようのない平屋建てのバカでかい「精米
所」が、当時、空き地の向かい側をいっぱいに占有していて、その中では、
木製で大型の上下に稼働する幾台もの杵と臼が、砕いた糠を煙のように
天井高くまい上げていました。
この精米所は大半が屋根に被われ、その稜線の上に広がる空が、縁側
から見える私にとっての空でした。変哲もないトタン葺きの屋根は、所々で
タールの塗装がはげ落ち、全体が錆びついた色に染まっていたのを思い
出します。
ただ平坦なだけの屋根の稜線、しかし、その上の秋空のブルーは、赤錆
びがかった屋根の色に対応して、鮮やかに共鳴しあっていたのかも知れ
ません。様々な雲の変容を浮かべ、或いは夕映えの彩りに輝きながら、
刻々と移り行く自然の姿は、どんな大劇場のステージよりも、遥かに素晴
らしい感動をもたらしてくれました。
一隅の中での出会いは、それに尽きることでないと思っています。たとえ、
誰かがどんなに優れた資質をもって生まれたにしても、この偶然と対する
運命を離れた所に、自由の物語りはないと知るべきでしょう。
それが私にとっては路地であり、縁側のある家であり、精米所の騒音と錆び
ついた屋根であり、青く冴えわたる秋空のことであったと、改めて気づかされ
ているのです(「世界は私のことでもありました」)。
さて、今月も私の大切にしている念願を、本文の末尾に記させて頂きます。
『この世の女性と子どもたちの上に、愛と平和と自由が訪れますように・・・』
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天変地異
この言葉の起源は、遠い昔のことなのでしょうか。今年はそれを絵に描いたよう
に大型の台風が次々と現れ、あげ句の果てには震度6強という激震が、大地の
底から中越地方を襲いました。
そして、豪雨による河川の反乱、土石流、崖崩れ。更に、突発的な地盤の変動
による道路の寸断や家屋の倒壊など、大多数の人々は地域ぐるみで日常生活
を失うことになったのです。
また、上越新幹線で起きた初の脱線事故は、それまでの高速交通網に対する
楽天的な期待にも、深刻な不安をもたらしました。
いっときの高度成長を足場に、基盤拡大を遂げてきた日本の工業化社会。それ
は同時に、急速な反自然の拡大でもあったといえます。量産、量販、大量消費
といった一連の経済繁栄は、自然との大切な関係を軽視(人間の自己中心的な
利害を優先)することで成り立ってきました。たとえば、物流を目的とした大型トラ
ックの疾走や、頻繁に道路渋滞を引き起こしている車利用者の急増など、つまり
化石燃料への過度の依存(これだけではありませんが)は、ついに地球規模の
大気汚染と温暖化を避け難いものとしつつあります。
果たして人は、何を求めてこうも突き進もうとしているのでしょうか。つまり、功利
性を基準とした価値の遂行(世界の市場化)に、限界はないのでしょうか。もしか
したら、共生を見失った自然の私物化は、人間自身を自滅に向かわせないとも
限りません。
すでに過去の歴史は、それを物語ってきました。古代文明の築いたピラミッド、
万里の長城、パルテノン、コロセウム。さらに中世以降の数々の城郭、宮殿、都
市の変遷など。しかも、それらはいずれも背景に抗争を孕み、万人を下敷きにし
て成り立ってきた、権力の象徴でもあったのです。
いまの私には「自然に帰れ」といったルソーの言葉が、再三にわたって響いてき
ます。その無限の創造力を感受し、先ずは素直に「あるがままの美しさ」と共感
し合えたら、どんなに素晴らしいことでしょうか。
すぐにも浮かんでくるのは、ミレーが「晩鐘」に描いた大地への祈りです。そして、
コローの森と水辺の深い静けさ、モネの「蓮池」や無彩色の「冬景色」、それとセザ
ンヌが「サント、ヴイクトワール山」にそそいだ尽きせぬ思いです。
それらの自然は単に外のものとしてあるよりも、作者の畏敬の念を滲ませた「内部
自然」の覚醒と呼ぶ方が、或いは適切かも知れません。
まもなく日本の自然は全山紅葉に染まり、今年も数多の喜びと悲しみを内にしな
がら、終演に向かっての挽歌を奏でようとしています。それにしても、晴れた日の
冬空の青は、なんと深々と彼方を指し示しているのでしょうか・・・。
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さようなら、2004年。
自然と歴史の地層は、数知れない見果てぬ夢の堆積でもありました。そして、
幾千年を経たいま、今年最後の落葉の群が風に乗って、寒ぞらに舞い散って
いきました。
さようなら・・・。四季の移ろいを果たし終えた山野に、まもなく雪が降り積りま
す。白一色となる風景は、永遠の安息を告げる子守唄なのでしょうか。
わたしは、この一年という自然の周期に、人生のドラマそのものを見てきたよ
な気がします。たとえば百花繚乱の野辺に喜びを知り、また時雨れゆく空に
惜別の情を感じるなど、実にそれらの回想は、終演まぎわの師走なればこそ
と云えなくもありません。
しかし、もう一つ忘れてならないのは、そうした切実な個別の運命を超えて、
すでに自然のシナリオはこの場から明日への、新生の息吹を始めています。
それでは2004年よ、さようなら・・・。わたしもまた、地上から戦争を払拭する
ために、あどけない生命の喜びの誕生を迎えるために、あなたとの記憶を大
切なものとして、再びの旅に向かいます。
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