貢 彩 会
kousaikai
橋本 貢

橋本 貢

橋本 貢
『   福 寿 草   』 
      福寿草が正月の飾りとして珍重されだしたのは、江戸初期の頃からなそうだ。この花は
      枯れ色の山野に寄り添いながら、早春の光を一身に集めて咲く。
      今回、本誌の表紙絵を、と話があり、迷ったあげく花を描くことにした。いざ、そう決めて
      目を向けると、四季折々にこれほど多彩な存在はない・・・・・・。
      また、優しさという言葉と重ねて、これほど相応しい姿もないだろう。自然環境が問題の
      焦点となっているご時世、いままでの疎遠を詫びながら、しばらくは花との対話をつづけ
      ことにしたい。

橋本 貢
『   シクラメン   』 
      地球創生の時間に思いを馳せると、人の歴史など物の数ではないことを知らされる。
      この太陽を巡る物語の大半は、植生の沈黙によって占められてきた。今もなお
      空と地球の境界を優しく取り組んで結んでいるのは、林野の風景である。
      そこはまた一面に花園が現出する世界でもある。
      「詩は植生の感覚に根ざした文化領域である」とは、誰の言葉だったろう。
      冬季を鮮やかな色で飾るシクラメンを、一頃は悲しみに譬えて歌ったりもしたが、しかし
      もろ手を上げて咲く花片に美を添えているのはやはり沈黙のままの光である。

橋本 貢
『   いぬふぐり   』 
      この季節、磐梯、安達太良の山頂に、未だ雪は深い。早春譜の歌でなくとも
      吹き降ろす寒風は肌をさすようである。しかし、日脚が随分とのびて、陽光も
      一段と明るくなった。そして、春の使者は南風よりも先に、小粒の群生となって
      土から顔をのぞかせる。それは星屑のような「いぬふぐり」の青く澄んだ光で
      ある。でも、何と素朴な呼び名がつけられたのだろう。
      やがて春爛漫の訪れと共に、その姿は一斉に隠れることになるが、ひとときの
      ために、これほど可憐な花を他に知らない。

橋本 貢
『   菜 の 花   』 
      日本の春を代表する花が桜であることに、異論を挟むつもりはない。郡山市
      にも安積野開拓を偲ぶ開成山という名所があり、隣の三春町には、樹齢千年を
      数える有名な滝桜が健在している。しかし、私の故郷への思いは、もう一つの
      風景にも愛着を重ねて来た。それは起伏の多い郊外が、菜の花畑の黄色で
      埋まっていた頃の、あの素晴らしい景観である。雲雀が空に囀り、霞が山裾を
      柔らかにぼかしていた・・・・・。そうした丘の小道を散策していると、本当に何かを
      訪ねたい気持ちに誘われたものである。

橋本 貢
『   バ ラ   』 
      高嶺の花といえば、私はすぐにもバラを思い浮かべる。それほどまでに高貴な
      ものとして、この花のイメージは私は捕らえて来た。それもその筈、かつて路地
      に遊んでいた頃の、あの戦中を過ごした少年期の何処にも、バラを見たという
      記憶はない。つまり洋風を知らずにきた前歴が、余計バラを憧れさせたともい
      える。初めて歌劇カルメンを観たとき、赤いバラは、情熱と悲哀の強烈な象徴
      であった。以後、美しいものは所詮哀しいと、バラはそうも告げるようになった。

橋本 貢
『   紫 陽 花   』 
      花暦とは粋な計らいをしたものだ。それぞれの見頃と名所案内も兼ねていたら
      しい。特に名所に限らずとも、梅雨どきの紫陽花の、あの手鞠のような花球には
      その場の夢が重たく孕んで感じられる。灰色の空を背にした淡い濡れ色は、憂愁
      の陰りとも見受けられる。しかし、花の命の奥行きまでを、人の物語が推し量れる
      筈もない・・・・。唯、無心に対したときにだけ、そこはかとない気配が伝わってくる。
      人と花の間には、気が遠くなるほど遥かな時が、横たわっているのだと思う。

橋本 貢
『   ヒマワリ   』 
      近年、ゴッホのヒマワリの絵を、予想外の値で買い取った日本人のことが話題になった。
      そして、後味の悪さが私的所有の功罪にも及んだ・・・・。しかし、実際のヒマワリには、
      何一ついじましいところがない。背丈は2メートルに及び、その頂点に大輪の花を眩しく
      つける。別名を日輪草とも呼び、まさに太陽のきらめき、或いはコロナの閃光にそっくりで
      ある。ゴッホの内なる光りは一途に自滅の運命を燃えつきたが、南欧の何処かの地方には
      見渡す限りヒマワリ畑という丘が、陽光に輝いているそうだ。

橋本 貢
『   <鬼灯>ほおずき   』 
      鬼灯を花に見立てるつもりはないが、その赤くて丸い実を指で揉みしだき、中身を
      押し出してから唇と舌で音を鳴らす遊びを、女の子たちはよく得意にしていた。
      また、提灯に似た袋の形は、お盆の飾りとしても欠かすことが出来ない。昔の花市
      の夜店のにぎわいやガス灯の臭いを、それは一緒に思い出させてくれる。だが
      霜枯れの季節に野晒しとなった鬼灯は、葉脈だけを白く残した網状の姿に変身する
      しかも透けた袋の奥で、あの真っ赤な丸い実がつややかなまま、妖しく燃えているのだ。
      

橋本 貢
『   桔  梗   』 
      秋色が物の影に忍び寄ると、夏の日の喧噪は残暑と共に薄れ、いつか姿を消した・・・。
      九月は梅雨に似て長雨の季節である。そして、山も河も、軒下の水溜まりも、徐々に
      静けさの奥に遠ざかっていく。朝の散策の途次、桔梗の清楚な紫が目にとまり、まさに
      秋の野辺の風情であると思った。但し、きりりとした花弁は、その何処にも素肌をみせ
      ようとしていない。古来より、桔梗は秋の七草の一つに数えられ、様々な意匠にも描か
      れてきたが、果たして桔梗に見合う人とは、どんな面立ちの人なのだろう・・・・。ふと、
      思いあぐねている窓に、月が冴え冴えと顔を出した。  

橋本 貢
『   赤のまんま   』 
      赤のまんまを見ると、子どもの日の情景が浮かんでくる。それは当時、ままごと遊びの
      材料として、大変なご馳走を意味していた。薄らいだ秋の日の路地裏に、何枚かの莚を
      敷き並べると、そこは即製のお座敷である。あどけない話だが、私は年上の女の子に
      誘われ、お客様としてもてなされるのを、仄かな幸せと感じていた。長屋がつづくその
      界隈は、いつも暮らしの吐息に埋もれていたが、しかし、女の子と遊んだ赤のまんまの
      追憶ほど、今となって眩しいものはない。多分、私のロマンチズムは、そのときすべてを
      得たような気がする。  

橋本 貢
『   野  菊   』 
      野菊のたたずまいに、伊藤左千夫の「野菊の墓」や、それをもとに作られた木下恵介
      監督「野菊の如き君なりき」の映画を思い出す。その昔、女性は家のしきたりに順じて
      生きることを強いられ、それはまた、胸中の思いを押し殺すことでもあった。
      幸いなことに、いまの娘たちはそうした苦渋をしらずに過ごしている。でも古いしきたりは
      本当に消え失せてしまったのだろうか・・・・・・。野菊の向こうに、人気の絶えた枯れ野が
      見える。この沈静な野菊の姿こそは、生者と死者を飾る、まことの荘厳の光りかも知れない。

橋本 貢
『   山 茶 花   』 
      年初に花を描こうと思いたってから、早くも一年が過ぎた。沈黙の植生のほんの一端を
      見つめたに過ぎないが、しかし、どの花々も現世の汚濁に染まらない、無垢の美しさを
      開いていた。その前に立つと、何故か子どもの日の情景に誘われる。また、花と女性の
      関わりにも、自然と人間の深い絆を見たように思った。折しも、今世紀末の課題は<子
      どもと女性の人権>に注がれている・・・・。霜枯れの朝、ふと山茶花の童謡を口ずさむ。
      今年も冬の白い世界は、地球の新生を約束してたがわないのだろうか。