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小林弘潤著 税込1260円(270頁) 2004年9月刊行 |
受験勉強のやり方を教えてもらおうとしても、高額のお金がかかることがあります。「学習教材」は数十万円、「塾」や「家庭教師」なら月数万円かかりますが、実際はそうしたものにつかなくても「自分なりのやり方の工夫する」という意志を持って実行すればできるものです。この本にはそうした「勉強の心構え、やり方」のヒントになる内容が盛り込んであり、「この本を参考にして自分でやったら合格しました」という声もいただいています。
「高校受験、大学受験を控えた中学生、高校生」だけでなく、公認会計士や司法書士などの「資格試験の受験生」や、教えることを仕事にした学校教師、予備校講師、塾講師の方などにとっても参考になると思います。
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まえがき
第一章 「考えて覚える勉強」のすすめ
(1) 丸暗記は「完璧にわかる勉強法」か?
(2) 「考えてやる勉強」は量が多くなるほど威力を発揮する
(3) 覚える際に考えること@……何かと何かを結びつける意識を持つ
(4) 覚える際に考えることA……似ている知識、同じ知識でも違うものを区別する
(5) 覚える際に考えることB……その知識と似ているもの、同じものを見つける
(6) 覚える際に考えることC……その知識と「逆の関係」になるものを意識する
(7) 覚える際に考えることD……知識にある順番を意識する
(8) 考えることの応用 その1……表の覚え方
(9) 考えることの応用 その2……樹形図の覚え方と活用の仕方
(10) 考えることにおける心構え
第二章 「努力、やり方、目標」について
(1) 「効率的にやる」と「楽にやる」は明らかに違う
(2) 「努力をする姿勢」を持つことの大切さ
(3) 「努力」という言葉には「愛」に似た雰囲気がある
(4) いいやり方は「自分を知り、相手を知る」ことから生まれる
(5) 試行錯誤の中で「努力とやり方がかみ合ってくる」状態を目指すこと
(6) 「失敗」をどう受け止めればいいか
(7) 「自分の問題として受け止めるだけ」の姿勢は一方的なものに過ぎない
(8) 「相手を冷静に見ること」で失敗を柔軟に受け止めることができる
(9) 目標を立てるのは「努力、やり方」が固まってきた後でもいい
(10) 「努力、やり方、目標」は三者がそれぞれ関係し合うもの
第三章 目標実現のための取り組み方
(1) 表面的でない、本質的なことを考える姿勢の大切さ
(2) 「計画」は何のために立てるのか
(3) 計画の立て方は「なるべく守れるように」が基本
(4) 計画とは「やるべきことを効率的に進めるための手段」に過ぎない
(5) 「物事の重要性を考える姿勢」は人生そのものにも影響する
(6) 「常に集中する」ではなく「重要なものに集中力を注ぐ」という姿勢を
(7) 「待機状態の設定」と「集中した後はリラックスする意識」の勧め
(8) やる気が出ないのは「かけた労力に見合ったやり甲斐」が得られないから
(9) 「習慣づけ」を心がけることで労力を軽減させることができる
(10) 「挫折してはいけないもの」に対し自分から忍耐を心がける姿勢を
(11) この勉強法の特徴……「努力、忍耐を踏まえたやり方の工夫」と「実感の重視」
第四章 「問題が解ける」ための勉強のやり方
(1) 「一般的な意味での勉強」と「学校の勉強、受験勉強」は同じではない
(2) 学校の勉強、受験勉強に取り組む姿勢……「問題が解ける」ことを目的に置くこと
(3) 問題を解く際の思考……最初は直感的に解こうとし、次に考える作業をする
(4) 問題が解けるために必要な「知識などのインプット」「確認作業」「探す作業」について
(5) 「手順を踏む意識」で一つ一つをしっかり考えることの大切さ
(6) 焦らず手順を踏むことは土台を固めながら少しずつ前へ進む作業
(7) 必要な労力を「将来を考えた投資」という視点で考えること
(8) 「確認作業」「探す作業」の労力は習慣づけによって軽減することができる
(9) 「覚える際に考えること」にかかる労力を「将来への投資」と思えるかどうか
(10) 「労力を軽減する意識」と「労力を覚悟する意識」をスムーズに切り替えられる精神状態が理想
(11) 心構えの補足……「勉強はやらなければいけないものなんだ、と受け入れる姿勢」になること
第五章 問題が解けるための勉強のやり方・具体論
(1) 「何とかしたい気持ち」が強いほど「ミス対策」のための労力に耐えられる
(2) ミスが多いのは「ミスがないかをチェックする体制」ができていないから
(3) 「自分のミスの傾向性を考えること」と「ミスの重要性の認識」の勧め
(4) 問題の難しさの要素としての「量の多さ」と「扱う対象が広くなり、わかりにくくなること」について
(5) 「扱う公式や解き方が多いこと」と「選択」「穴埋め」「記述」など形式面での難しさ
(6) 自分の習熟度に合わせた「自分にわかる範囲ができればいい」という考え方と、その注意点
(7) 「考えること」が効率的にできるためには道筋や方向性が決まっている必要がある
(8) 「自分の習熟度に合った勉強」をするためには労力を覚悟する観点も必要
(9) 必要な時に「厳しめの意識」を持てることは、その人にとってのプラスになる
(10) テスト後の見直しでは「なぜマルにならなかったのか」の原因を明確にすること
第六章 「理解する」とは何か
(1) 覚えることと理解することはどう違うのか
(2) 「理解できるところは覚えなくていい」と思うことで覚えることの負担が軽減できる
(3) 「理解して覚える」とは、「理解する」ことを使って「はっきり覚える」結果を導くこと
(4) 社会における「理解して覚える」ことの例……「大航海時代」が始まった背景
(5) 理解して覚えることを実践する際は「身近に感じられる知識がないか」を考えること
(6) 文章読解のポイントは「文章のつながりを明確化し、話の筋道をつかむ」ことにある
(7) 「筆者の言いたいことが何か考える」とは「文章に込められた筆者の思い」を意識すること
(8) 本文から「状況」に当たる部分を見つける「状況を明確化する」ことの大切さ
(9) 文章には「省略」が多いという事情を踏まえ、「省略を補う」という意識を
(10) 「普通ならどうか考える」という観点は「一般の文章の読み方」としても通用する
(11) 「学校の勉強、受験勉強」はなぜつまらないのか
(12) 教育改革の方向性は「理解の要素を重視し、勉強の面白さを味わってもらう」ことにあるべき
あとがき
関連する「舞台裏」の記述 (この記述は本に収録されていないものです。)
17 『勉強のコツ』『人間関係のコツ』のタイトル、本の体裁、出版社名等について (04/8/15)
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この本は中学生、高校生、そしてその保護者の方向けに、私なりに考える「どういう勉強をすればテストができるようになり、成績が上がるのか」について示したものです(実際は、もっと様々な分野の方から「参考になりました」という声をいただきましたが)。世に「勉強法を書いた本」は様々ありますが、私としては「表面的なことでなく、なるべく本質的な内容を踏まえた勉強法はできないものか」と思ってきました。
「表面的」というのは例えばこういうことです。「どうすれば勉強ができるようになるか。それは教科書を読むことである。問題をたくさん解くことである。先生の話を聞くことである」。これらはむろん大事なことですが、私であれば「ではなぜ教科書を読むと勉強ができるようになるか」ということがわからないと、今ひとつやる気になれないんですね。「何のために教科書を読むのか」「教科書を読んだらどういう力がつくのか」ということが納得の行く形で説明されて初めて、「本質的な内容」に近づける。そしてそれが「これならやってみよう」というやる気につながる、と思うのです。
結局これらの「教科書を読む」「問題を解く」「先生の話を聞く」ことで求められているのは「そこにある知識を頭に入れ、問題を解けるだけの力をつける」ということだと思います。「知識を頭に入れる」ことにおいて大きな比重を占めるのは「覚える」ということですが、人間の頭というのは「覚える」ということが楽にできないようになっています。どんな人でも「数多くの知識を覚える」ためには「それなりの努力」をしなければなりません。
勉強ができるための基本が「努力すること」にあるのは当然ですが、努力をする以上「なるべく無駄なく、効率的にやりたい」という気持ちもまた大事なことです。この本は、そうした「勉強を無駄なく、効率的にやるための方法」について、本質的な内容を踏まえた上で様々に紹介していきたいと思います。
書き方としては、なるべく具体例を入れたわかりやすい説明を心がけるつもりです。一度読んだだけでスッと頭に入るような内容になるように、と思っています。
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第一章 「考えて覚える勉強」のすすめ
(1) 丸暗記は「完璧にわかる勉強法」か?
学校のテスト勉強や受験勉強のやり方として、「教科書の丸暗記」ということを聞いたことがあります。「教科書に書かれていることをそのまま覚えることができれば、知識はしっかり頭に入ってテストもできるようになる」という考え方です。
勉強のやり方として、このような「丸ごと覚えればわかったことになる」という考え方は根強くあります。「努力して教科書を丸ごと覚えたら、その教科は完璧にわかったことになる」と言われたら、「確かにそうだ」という気がしませんか? このやり方はある意味「簡単」なので、よく言われたことがあると思います。例えば、「授業で先生が黒板に書いたことをノートにそのまま写し、それを覚えればわかるようになる」「先生の話をすべて覚えてしまえば、もっとわかるようになる」という考え方です。
ただ、このやり方が「簡単」なのは「教える側にとって」ということです。「勉強する側」の立場に立ってみたら「丸ごと覚える」ことは「簡単」どころではありません。例えば、「教科書に書いてあることを覚えなさい」と先生に言われた生徒が「ではまず先生がお手本を見せて、教科書を全部覚えて下さい」と言った場合、その先生は教科書を本当に覚えるかというと、まずやらないと思います(このやり方を「面白そうだから試してみよう」とは思わないで下さいね。先生に恨まれるだけですから)。ともあれ、もともと「暗記」というのは大変な作業なのです。量が少ないならまだしも、量が多くなればなるほど負担が増え、苦痛になるやり方なのです。
それに対して、「確かに大変だけど、暗記してしまったら完璧にわかるのだから、これ以上の勉強法はないのでは」と思う人がいるかもしれません。ところが、実はそうではないのです。それを、一つのたとえを使って説明したいと思います。
今これを読んでいるあなたが、小さな子供に勉強を教えている、と考えて下さい(あなた、という言い方は失礼かもしれませんがご勘弁下さい)。その子供はひらがなやカタカナを覚えたばかりで、漢字はまったく知らない、と想定します。その子供に対し、「一、右、雨、円、王、音、下、火、花、貝」という簡単な漢字を覚えさせたい、と考えたとします。その教え方として、「そのまま覚えてもらえばいい」と考え、この十個の漢字をひたすら練習させたとします。何度も何度も練習させた結果、その子供は何も見ないでもスラスラとこの十個の漢字が書けるようになりました。さあ、そこでこの十個の漢字の書き取りテストをしたとします。果たしてこの子供はテストで百点が取れるでしょうか?
問題の出し方にもよりますが、これだけの練習では0点になる可能性もあります。「そんなバカな」と思われるかもしれませんが、それはこういうことです。「漢字の書き取りテスト」ができるためには「読み」に対して「字」を正確に当てはめる作業を必要とするからです。テストで「一」という漢字が書けるためには、「一」という字の練習だけではなく、「イチ」という読み方に対して「一」という字が当てはまる、という認識を持たなければいけないのです。
ですから、先ほどのテストでは、練習した漢字の順番通りに「イチ、ミギ、アメ、エン、オウ、オト、シタ、ヒ、ハナ、カイ」と出題すれば百点が取れるかもしれません。ですが、順番を逆にしたらおそらく0点になるでしょう。漢字の場合、「字をまるごと覚えれば漢字を覚えたことになる」というわけでなく、「読みに対して字を正確に当てはめる、結びつける」という練習をしなければ「漢字を覚えた、書けた」ことにはならないのです。
もちろん、その子供が最初から「漢字テストができるためには読みと字を結びつけないといけないから、読みもちゃんと確認しよう」と考えながら練習したのなら話は別です。ただし、そうした漢字の覚え方は「暗記」ではありません。暗記とは「何も考えずにひたすら覚える」ことであり、「読みと字を結びつけよう」と考えながら覚えることは、「考えてやる勉強」になるからです。このことだけで、「丸暗記ができれば勉強は完璧にわかるというわけではない」ということがわかってもらえると思います。
(2) 「考えてやる勉強」は量が多くなるほど威力を発揮する
ここでちょっと断っておきますが、私が言いたいのは「暗記は無意味であり、丸暗記はすべてよくない」ということではありません。丸暗記も時には必要なこともあります。例えば、小学校の算数の「九九おぼえ」は丸暗記のやり方と言ってもいいですが、あれは量もそれほど多くありませんし、考えて理解するよりも効果的だと思います。どんなことでも「ふさわしいところにふさわしいやり方をする」ことが大事で、丸暗記するのがふさわしい勉強をやる時はどんどん使っていいのです。
よくないのは「どんな勉強でも何も考えずに覚えればいい」という考え方です。勉強に限らず、人間は何かをやろうとする時に「考える」ことを放棄してしまったら、創意工夫ということができなくなります。創意工夫というのは、ちょうど「てこの原理」で重い物を軽い力で持ち上げるようなものです。創意工夫ができれば、次々と重い物を持ち上げなければならなくなっても、十分にやっていけます。勉強をする際にこうした「てこの原理」を使うためには、「考える」ということをいかにうまく使うか、ここが肝心なのです。
ただ、「考えてやる勉強」というのは「考えずにやる勉強」よりも手間がかかります。ですから、「勉強はすべて暗記だ」という考え方とは逆の「勉強はすべて考えて理解してやるべきだ」というやり方も、実行はなかなか難しいものです。教える側が生徒にただ「とにかく考えてやりなさい」と言われても、生徒は何をどう考えていいかわからず、結局は「何も考えずに覚えた方がいい」となってしまうのが落ちだからです。つまり、生徒が「考えることを使った勉強」をできるかどうかは、教える側がそれをどう教えるかにかかっている、ということです。「考えてやりなさい」と言うだけで具体的なやり方を何も教えない教師が、「今の生徒は考えてやることができない」と文句を言うのは筋違いなのです。
教える側が生徒に、「何をどう考えればいいか」について、実際の勉強内容に即した形でわかりやすく示せるかどうか。結局、この本のねらいはすべてここにあります。
ただ、こうした「考えることを使った勉強」は「てこの原理」のように単純ではありません。いろいろな勉強に応じて様々なやり方があるために、それらをしっかりと覚えるまでは大変です。でも、それらをある程度覚えてそれなりに使えるようになれば、「この勉強をする時はここをこう考えてやればいい」ということがわかってきて、勉強の効率がどんどん上がってきます。そして何より、「これなら勉強する量が増えても大丈夫だ」ということが実感できるようになります。最初の頃に苦労して基礎を固めてしまえば、「勉強する量が多くなればなるほど威力を発揮するやり方」と言っておきましょう。
「考えずにやる勉強」でも、ある程度の量をこなしているうちはいい成績を残すこともできます。しかし、勉強というのは一つの節目を乗り越えても次があります。高校受験を終えて一息ついたと思っても、すぐ大学受験に取り組まねばならない場合もあります。大学受験で勉強する量は高校受験よりもずっと多いのが普通です。そして、大学受験を何とか乗り越えたと思っても、大学ではさらに難しい勉強をしなければなりません。さらに就職したら、「大学までに習った勉強は仕事では役に立たないよ」と会社の上司に言われることもあります。この言葉を聞いた時というのは、ある意味で試験に落ちた時よりショックを受けるかもしれません。どんな人間でも「自分が努力したことには意味がある」と思いたいもので、「あなたの努力は無駄だった」と言われることほどつらいことはないからです。
(3) 覚える際に考えること@……何かと何かを結びつける意識を持つ
では、この辺りで「何をどう考えればいいか」の話に入っていきましょう。次章から、教科別の具体的な学習内容を元にした解説をしていきますが、その前に「知識を覚える」ために必要な「考えること」の基本項目をいくつかあげておきます。
最初にあげたいのは、「何かと何かを結びつける意識を持つ」ということです。先の「漢字練習」の例では「読みに対して字を正確に結びつける」ということになりますが、これは他のどの教科の知識を覚える際にも当てはまるこで、いわばすべての「知識を覚える」作業の際の基本中の基本として意識して欲しいこと、と言えます。例えば、社会の歴史の勉強で「源頼朝」という知識を覚えようと考えたとします。この場合、「源頼朝」という名前を覚えて字を書けるようになっただけでは、「源頼朝」という知識を覚えたことにはなりません。「鎌倉幕府を開いた人は誰ですか?」と聞かれた時に「源頼朝」と出てこなければならないからです。あるいは「源頼朝は何という幕府を開きましたか?」と聞かれて「江戸幕府」と答えてしまったら「まだ源頼朝を覚えていない」と言ってもいいでしょう。この場合は、「鎌倉幕府を開いた人」と「源頼朝」を結びつけることができれば、「覚えた」ということになるのです。
(4) 覚える際に考えることA……似ている知識、同じ知識でも違うものを区別する
ただ、この「何かと何か」というのは必ずしも「2つのもの」とは限らず、さらに多くの知識を結びつける必要もあります。「源頼朝」の例では、教科書にこの人の写真が載っている場合は、「その写真と名前を結びつける」という意識も必要になります。さらに、教科書には「源頼朝が鎌倉幕府を開いたのは1192年」という記述もあるために、「鎌倉幕府」と「1192年」の結びつけも必要になります。こう言うとあるいは「いちいち結びつけながら覚えないといけないなら、暗記した方がよっぽど楽だ」と思うかもしれません。ただ、こうした「源頼朝」「鎌倉幕府」「源頼朝の写真」「1192年」を結びつけるためには、はっきりした「結びつけよう」という意識は必要なく、暗記感覚でも構いません。若干「これとこれが結びつく」という意識を持ってもらえればそれでいいのです。問題は、「普通の暗記感覚で覚えても間違いやすい知識」をどう覚えるか、ということです。例えば、次の2つの問題を正確に解くためには「どう覚えればいいか」を考えてみてください。
@室町時代の農民が起こした、領主に対して反抗する一揆を何というか。
A江戸時代の農民が起こした、領主に対して反抗する一揆を何というか。
答えは、@が「土一揆」、Aが「百姓一揆」です。土一揆も百姓一揆もしっかり覚えたつもりだった人でも、こういう形で出されると「あれ、どっちがどっちだっけ?」と迷ってしまうのでは、と思います。室町時代を習った際に「土一揆」を暗記感覚で覚え、その後で@の問題だけを出されたら「土一揆」と迷いなく答えられた人でも、こうして出されると迷うものです。なぜか? それは「この2つの知識が似ているから」です。さらに「似ている知識は暗記だけでは結びつけがしっかりできないから」とも言えます。ではどういう覚え方をすれば「この2つの問題を迷いなく正確に解く」ことができるか。それは、この2つの知識を「室町時代の一揆が土一揆」「江戸時代の一揆が百姓一揆」と明確に区別しながら結びつけることです。
さらに次の問題をやってみて下さい。これは分かる人には簡単です。
B英文「I like cats.」の中の「like」はどういう意味か。
C英文「I walk like a cat.」の中の「like」はどういう意味か。
答えは、Bが「〜が好きです(好きだ)」で、Cは「〜のように」です。簡単にできた人でも考えてもらいたいのは、「何も考えずに暗記で覚えただけで、@のlikeとAのlikeの意味の区別ができたかどうか」ということです。今はすぐにできる人でも、「好きです」のlikeを習った後で「〜のように」のlikeが出てきた時はとまどったのではないでしょうか。Cのような英文を訳す際に「あれ? likeは好きです、と訳すはずだけど、そうすると『私は歩いてネコが好き』というわけのわからない意味になってしまう」というふうに考えてしまった人もいるのでは、と思います。最初はとまどったけど今はしっかり訳せるという人は、「Bのような場合のlikeは『好きです』で、Cのような場合のlikeは『〜のように』になる」という、「知識の区別」ができているからなんですね。こうした「区別」ができるためには暗記だけではダメで、面倒でも「覚える際に考える作業」をする必要があるのです。
先の「土一揆」と「百姓一揆」は似ている知識を区別するということでしたが、この「like」は同じ知識の中に区別すべきものがある場合です。「覚える際の考える作業」の中でも、この「似ている知識、同じ知識でも違うものを区別すること」はどの教科のどの単元の勉強にも必要になってくる極めて大事な項目です。勉強する際にこれをはっきり意識するかしないかは後々に大きな違いとなって現れてきます。
第二章 「努力、やり方、目標」について
1 「効率的にやる」と「楽にやる」は明らかに違う
第二章では「勉強に取り組む際の姿勢、心構え」の話を紹介したいと思います。勉強をやる際に「どういう心構えで臨むか」という点は、これもまた「しっかり意識するかしないかは後々大きな違いになって現れてくる」と言える大事なことだと思います。
第一章の最後で私は「勉強がより効率的なものになることを期待します」という言い方をしましたが、この「効率的」という言葉については、ちょっと「誤解する人もいるかもしれないな」と思いながら使ったものです。それは、この言葉と似ているが違う意味の言葉が別にあり、「その言葉と混同されたら困るな」と思ったからです。ですから、ここでは先に紹介した「覚える際に考えること」の項目Aを使って「これらの言葉の意味は明確に違う」ことを意識してもらいたい、と思います。
それは、「楽」という言葉です。正確に言いますと、「楽にやる」という言葉と「効率的にやる」という言葉は明らかに違う、ということです。
世間では、この二つの言葉は混同されて使われているという感じがいます。例えば、販売されている勉強の教材や解説本などの宣伝文句に「これを使うと勉強が楽にできる」というようなものがありますが、普通ここは「効率的にできる」と言うべきだと思います。「楽にできる」という言い方だと、「努力や苦労をしなくても楽に勉強ができる」というニュアンスになってしまって、「そうかー。これを使えば楽にできるのか」と思って買っても全然楽にならなくてがっかりした、という人は多いと思います(私自身もそういう思いを何度もしてきました……)。
そういう言葉の使い方は、「商業主義による宣伝文句のトリック」として企業が意図的にやっている、と考えた方がいいと思います。それは、「効率的」という少し難しい言葉よりも、「楽」という言葉の方が見た人に直感的に届くし、「苦労はしたくない。楽をしたい」という人間の心理をストレートにくすぐることもできるからです。
では、この「効率的にやる」と「楽にやる」はどこが違うのかということですが、私なりの解釈をしますと、この二つはある行為を「する気持ちがあるか」「する気持ちがないか」の違い、と考えるとわかりやすいと思います。
その行為とは「努力」ということです。「効率的にやる」方は「努力をする気持ちを持ちながら、無駄な努力にならないようにやる」というニュアンスなのに対して、「楽にやる」方は「努力をする気持ちがない。とにかく苦労しないで楽にやりたい」という感じ、と考えることができるからです。
2 「努力をする姿勢」を持つことの大切さ
そこでこの章の本題である「勉強に取り組む際の姿勢、心構え」の話に入りますが、このことについて最初に言いたいことは「最初から楽にやりたいとは思わない方がいい」ということです。別の言い方をしますと、「努力をしようという気持ちがないと、勉強はできるようにはならない」と思った方がいい、ということです。
こうした「努力が大事」という話はいろいろなところで聞かれると思いますが、「努力」という言葉を聞くと「精神修養のお題目」だけのイメージでとらえる人も多いと思うので、私なりの解釈を入れておきたいと思います。私は「努力」ということを、「功利的、打算的な観点からも大事なものだ」と思っています。それは、「自分にとってどちらが得でどちらが損かを考えた場合、努力をしないと明らかに損だ」という気がする、ということです。
これは人間の思考パターンや行動パターンを考える際に、非常に面白いというか皮肉なことなのですが、「楽にやりたい」という気持ちで物事に取り組んだ場合、逆に「苦労する」ことが多いものです。そして「努力をしよう」という気持ちの場合は、これもまた逆に「楽になった」と思えることがあるのです。
なぜかと言いますと、「楽にやりたい」という精神状態では緊張感が欠けているために様々なものに対応できる意識ができておらず、いろいろな事態が処理できなくてかえって疲れてしまうのです(先に紹介した、「楽ができると思って買った教材が、全然楽にならなくてがっかりした」というのもそうした例の一つです)。
そうではなく、「努力をしよう」という気持ちを持っていると「様々なものに対応する意識」ができており、想定した以上の事態にならなかった場合は、「思ったよりも大したことなかった。楽になった」という思いになりやすいからです(ただ、想定を超えた事態が出てきた時はその限りではありません)。これは「緊張感」や「集中力」の問題としてまた別のところで述べてみるつもりですが、結局「楽にやりたい」という気持ちではかえって疲れやすくなる、ということです。
ただ、ここでまた「似ている言葉の違い」について指摘しますが、先にあげた「楽にやる」とその後に使った「楽になる」は性質が違うものだ、と考えて下さい(非常に似ているのでまぎわらしいですが)。それは「楽にやる」方は「最初から楽にやりたいという気持ちで臨む」という意味で、「楽になる」方は「最初はそういう気持ちではなかったが、結果として楽になる」という意味だからです。それは「心構えとして持つこと」と「結果としてどうなるか」の違い、と言ってもいいと思います。
この本を途中で投げ出さずにここまで読んで下さっている方というのは、たいがい真面目な人だと思うのですが、中には「『楽』を使った言葉は全部いけないんだな」と誤解する人がいるかも、という気がしたのであえて指摘した次第です。
「楽にやるのはよくない」ということは、逆に言うと「効率的にやるのはどんどんやっていい」という意味でもあります。それは「努力する姿勢」として、例えば「難しい勉強ができるためには、相応の努力をしなければいけないんだ」という意識があれば問題はないからです。
ここまでは「努力をする姿勢を持つことの大切さ」について述べてみましたが、私がここで言いたいのは「努力をする姿勢を持つだけでいい」ということではありません。これはあくまでも出発点であり、「勉強に取り組む際の姿勢、心構え」として大事なことは他にもあります。
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