ホクトベガは、とても一生懸命走る馬だと思う。傍目にはそう見える。
他の馬より首を低くして、一生懸命走っていた。
その姿は、馬群の中にあっても、一目でそれと判るものだった。
・・・私にとっては。

私は完璧な馬は余り好きではない。
絶対に勝つ。どんなレースにでも必ず勝ってくれる。
馬券的にはそういう馬がいてくれるに越したことはないが、そういう馬は余り好きにはなれない。
それでも、ここ、という時には必ずやってくれる。絶対に勝つ。
ホクトベガはそんな馬だった。
ダート重賞10連勝。
砂上に敵は無かった。

ホクトベガはエリザベス女王杯を制した馬である。芝のGI馬だ。
しかし、ハンデ戦や牡馬相手の競馬は苦しかった。
其処で見出された砂という活路。
地方交流重賞は彼女のために用意された舞台。
中央でも雪の中、2着を3馬身半引き離した。
「砂の女王」。いつしかそう呼ばれた。

古馬に解放されるようになったエリザベス女王杯。
最強牝馬決定戦に、かつての女王は再び参戦した。
16頭立て、4番人気。
第4コーナーで、彼女はまだ12番手にいた。
しかし、彼女は女王である。
凄い脚だった。
上がり3ハロン33秒7。メンバー中最速。
7歳牝馬の時計としては驚異的なものである。
たとえ4着に負けても、彼女はちゃんと芝でも走ることを証明してくれた。

国内には砂上の彼女に敵は無かった。
8歳（現7歳）になった彼女の引退レースには、アラブ首長国連邦で行われる
ドバイワールドカップが選ばれた。
先年、GIIで制したフェブラリーSがダート初のGIとなったにも関わらず、
出走すればほぼ間違いなく手中にしたであろう、中央でふたつめのGI制覇という勲章を捨てて、
彼女は砂の国へと旅立った。
永遠の旅へ。

彼女は二度と帰って来なかった。
日本に届いたのは、悲しい報せ。
私がそれを知ったのは、通学途中の電車の中だった。
サラリーマンが読んでいたスポーツ紙の見出し。
「ベガ壮絶死」
大きな文字が白抜きで踊っていた。我が目を疑った。

彼女が戦った馬たちの産駒がデビューし始めている。
それを見るに付け、彼女の仔がいたら、と考えている私がいる。
競馬にたらればは禁物。
しかし、考えずにはいられないのだ。
ホクトベガの仔が、フェブラリーSの、そしてドバイの勲章を手にすることを。
いや、せめて1頭でも、その血を受け継ぐものがいたら、と。
それでも、安楽死は彼女のためだった。

彼女のレースを見れば、私は今でも泣ける。
彼女のことを語るのに、涙無くしては語れない。
あんなに好きになる馬は二度と出ない。
砂を巡った旅は終わった。
ありがとう、ホクトベガ。
ゆっくりと、おやすみなさい。
またいつか、逢いましょう。

牝　　鹿毛　　1990年3月26日生　　浦河・酒井牧場生産
馬主＝金森森商事（株）　　調教師＝中野隆良
父＝ナグルスキー　　母＝タケノファルコン　（母の父フィリップオブスペイン）
通算成績＝42戦16勝　2着5回　　総収得賞金＝8億8812万6000円
タイトル＝1996年最優秀ダートホース
記録＝世界歴代賞金女王（当時）