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【吉野家へ駆け込んだ訳】

牛丼販売休止の知らせがあった翌日、私は吉野家へ駆け込んだ。
いつもの通り「大盛りつゆだく」をオーダー。
待つこと30秒ほど、目の前にどんぶりが置かれた。
生姜と唐辛子をふりかけ、一気に食らいついた。
約10分後、どんぶりは空になった。
支払いをするべく店舗スタッフ(女性)に合図した。

店「牛丼の大盛りで、440円になります。」

私「はい、じゃ、500円でお釣りを下さい。
  ・・・牛丼、今日(2月10日)までなんですよね・・・。」

店「明日までは・・・多分お出しできると思いますよ。」

私「あっ、そうでしたかぁ。
  じゃ、明日も都合がつけば食べに来ますね。
  ・・・とにかく、頑張ってくださいね!」

店「ありがとうございます。
  またお越しください!」

それから、私は店を出た。
店を出た後、なぜだかとてもすがすがしい気持ちになっていた。

たかか牛丼を食べただけなのに、このような気持ちになったのはなぜだろう。
ふと、自分に聞いてみた。
すると、直接的な原因が三つ浮かんだ。

その一、お目当ての牛丼が美味かったから。
勿論、「今日で当分食べ納め」という感慨が、絶妙なスパイスとなっているのは間違いないが、吉野屋の牛丼はやはり美味かった。

その二、お店の中が明るく活気づいていたから。
このお店に着いたのは平日の午後3時過ぎだったが、既にお客様は8人いらっしゃって、店舗スタッフも元気に声がけし合っていた。
今回の件で、お店の雰囲気が悪化しているのではないかと多少危惧していたが、全くの杞憂に終わり、これまたなぜか嬉しかった。

その三、店舗スタッフとのやり取りが快活だったから。
売り手と買い手の間にありがちな対立軸などそこには微塵も無かった。
私が彼女にかけた声は、ご贔屓の芸人に対する「ねぎらい」であり、私が彼女に差し出した代金は、「おひねり」だった気がする。(笑)

ただ、よくよく考えてみると、私はもともと吉野家という会社が好きだったのだ。
故に、今回牛丼を食べに行ったのは、吉野家の一ファンとして、エールを送りたかったからだと思う。
あんなにもすがすがしい気持ちになれたのは、きっと、吉野屋が私のエールに真摯に応えてくれたからだ。

これから生き残っていける会社というのは、お客様から「愛される」会社ではないだろうか。
お客様から愛される努力を怠ったまま、経済合理性のみを追求したり、既得権益や旧来の関係性に依存している会社など、お客様は愛さない。
もし、そのような会社がピンチになっても、お客様は冷ややかだろう。
少し前、糸井重里さんが、ご自身のwebの中で、吉野家と某大手ハンバーガーチェーン会社とを対比しながら、同じ趣旨のことを仰っていたが、正にうなづくばかりだった。

ちなみに、私が吉野家のファンになったのは、数年前のこと。
知人から「吉野家再建」という本を拝借し、かつて会社更生法を申請した吉野屋がいかにして蘇生したかを知ってからだ。
愛される会社には、人の心を打つノンフィクションのドラマがあるものだ。

話は変わるが、一杯数百円の牛丼でさえ、お客様をここまで満足させられるというのに、一台百万円を超える自動車は相変わらず厳しい。
果たして、これはどうしたものだろうか・・・。

(2004.02.11)


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