画家・山本武夫 その名を歴史が刻む! 
          〜画集出版記念展によせて〜

                         
                             久保田弘実
                       Writer  Hiromi Kubota

 画業50周年を迎える山本武夫の感覚は、生まれたての鋭敏に研ぎ澄まされた両刃のようだ。墨絵を描くと思えば、ポップな画も描く。重厚な油絵を描くかと思えば、簡素な線だけで表現もする。強烈な色彩感覚・均衡のとれた画面構成・激しく叩き込まれたマチエール。
 山本武夫の画に出会った十数年前、こんな画を描く人物が身近に存在することに、正直、私は衝撃を受けた。美術館の静寂な館内に足を踏み入れた途端、視界に飛び込む激しい色彩の渦と絵筆を叩きつけた痕跡に目を奪われた。しかし、距離をおいた空間から、一歩、又一歩と視点の距離を狭めるにつれ、激しさから繊細さへと様相は一転する。切なさ・はかなさと哀しみ、そしてやさしさと温もりがキャンバスの中で混じり合い、そこから山本武夫の精神世界が溢れだす。その溢れ出す感性の洪水は、知らず知らずの内に感覚という深淵の水底へといざない、観るものの心象に絡みつく。
 私が知る限り、山本武夫は大酒呑みという以外世間の風評とは異なり、繊細でとても人に気を遣う人物だ。おそらく、人に気を遣いすぎる余り疲れ果てて壊れてしまう部類に属する人間であり、リアルタイムの自分を画でしか表現することしかできない不器用な作家ではないかと思う。それは、50年間の集大成というべき画集からも本来の姿が伺える。リアルに描かれた自画像の眼光は挑戦的であり世の中を見透かしているが、ピエロや子供に扮した武夫自身のほとんどは、やさしくも哀しく孤独でとても弱く無垢だ。それはまるで、描くために生まれたのか、産まれたから描くのか悩み続け、弱さと自分が生きていることの意味を投影することにより自らの存在意義を確かめているかのようである。 
“冬の山は寒い”“花は美しい”“夜は暗い”“人が動いている”などと表現できる画家はゴマンといる。しかし“冬の山は怖い”“花は移ろいやすい”“夜は不安だ”“人はどう動くのか?”と人が感じる匂いや湿度の質感を表現できる画家は、山本武夫ただ一人といっても過言ではない。
 表層的なアートと権威やなれ合いが跋扈する現在の世情において、純粋に心の表現に恋焦がれる孤高の画家・山本武夫にリアルタイムに出会えたことに敬服すると同時に誇りに思う。
 最後に、山本武夫は先般初めて銀行に足を踏み入れたそうだ。72歳にして初めて銀行を訪れたことも驚きだが、画家を支えている家族には大変平伏させられる。

     〜画集出版記念展における新聞記事より抜粋〜
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