かなの家だより
2002年11月 No.285

振り返り
 
十一月になり、例年この一年を皆で振り返ります。と言うのはラルシュの集まりがあるからです。私は今責任者を終えていますから、集まりに参加しないので、少しほっとしています。

 この振り返りで、大切に思われた事は、仲間の仕事の養成について、そしてアシスタントの養成についてだと私には思われました


ボーッとで良いの

仕事も出来ないみかさんをボーッとしたままほっておいて良いのだろうか》という問いが良く出されます。

 この問題はとても面白くかつ大切なことを知らせてくれるように思われます。みかさんは、毎日つながりを温めるため、また運動のために一人のアシスタントと散歩に行きます。しかしそれ以外は私達の見方からは、ボーッとしています。彼女は重いハンディを持っているので、仕事が出来るようにならないと判断しても間違えないでしょう。

 では彼女の世界は死んでいるのかと言えばそうではない。しかし表面的にはそう見えるし、簡単に、そう捉えがちだといえるでしょう。しかし、そう思われるのなら、その人の世界の大切な部分がやはり死んでいること示していると思います。

 自分のうちに弱さの世界があり、それを見ていず、死んでいるか、弱っているのでしょう。この弱さの世界で優しさの力が湧きでて、人間らしいつながりのある生きた世界が現われます。仕事を一生懸命する私達の世界では、この優しさの部分がいかに弱っているかと言うことでしょう。


弱さの危険

 
しかし、この弱さの世界が一つの危険をはらんでいることも忘れることはできません。この家の問題点かもしれないと感じています。

 もし、仕事の世界、強い世界と弱い世界とを分けて捉えるのなら、強い世界を消して、弱い世界に移ると言う問題ではありません。今まで弱い世界を見ずに消し生きているので、弱い世界があることを認め広げると言うことです。

 さらに言えばこの弱い世界は、強い世界に支えられて、明るみ出ると言うことかもしれません。強い世界の意味がないと言うことではないのです。強い世界を消せば死の世界なってしまうことでしょう。

 しかし、同時に、この強い世界に潰されていると言う問題があり、ことは易しくありません。特に若い方はこれを感じているので、怒りがあり、強い世界に対抗したい欲求があります。弱さの大切さを見出す為に良いとしても、これは乗り越えなければならないことでしょう。それで、とても優しい素晴らしい若人でありながら、未熟さが残り人間的に成長しないと言う問題が起こってしまいます。

 強い世界と弱さの世界は対立するだけでないと見出し広げて行くことが大切でしょう。若いアシスタント達に良く手伝って行けなかったことに、私は、責任を感じています。仕事ができる人は、競争の世界ではなく、他者に仕える為に仕事を熱心に行う必要があります。

 仕事を一生懸命にやると仕事に囚われ、競争心が入ることは当然起こって来ます。その時、みかさんの姿は、何と私達に語り掛けてくることでしょうか。 みかさんは何もしていないわけではありません。むしろ生きることを語っていてくれます。

 仕事を熱心にしながらも、仲間の人に触れると、「できない」 「弱さ」の優しさの世界を見出せ、これによって心を広げて行け、人を温かさで包み相手を活かす次元が生まれてきます。すると心の底から喜びが湧いてくるのを感じられ、これが生きる大切な事と思います。

あとがき

  • 前に書きましたように若いアシスタントが旅だって行かれました。仲間の人は心から悲しみ泣きました。しかし、又生き始めています。少し心配でしたが今は、大丈夫。
  • 少しずつ若い方が集まり出しているようです。でも、若い方が集まれるようさらに、働き掛けねばならないでしょう。できればお力をお願い致します。
  • 十七名のシスターが、研修の一つとしてでしょうか、見学に来て下さり食事を共にして下さいました。仲間の迎え入れと明るさに打たれて行って下さったようで、私は感謝しています。十七名と言う多人数は初めてでした。
  • この夏には農村伝道神学校から実習に来てくださり、今も休みを使って手伝いに来てくださっています。有り難い事です
  • 事会が新しくなり、積極的に動き出してくれています。コミュニティーを支えてくださり感謝しています。