吉永良正『数学・まだこんなことがわからない』(講談社ブルーバックス,1990)に、聖書に登場する数字にはすべて何らかのシンボリカルな意味が込められているという記述がある(89ページ)。そんなこといわれても、ユダヤ人は円周率を3だと思い込んでいたらしいから(列王記上7−23)、数学的レベルについてはあまり期待できない。しかし書記によっては、バビロニアやギリシア数学の素養があったかも知れないので、創世記と新約聖書から意味ありげな数字を探してみた。
1. メトシェラの黄金の生涯
メトシェラは聖書中で最も長生きした人物で、長寿あるいは不老不死の代名詞にもなっている。メトシェラの生涯について創世記から得られる情報は以下に限られるが、この中に黄金比に近い値がふたつ含まれている。
黄金比φは「長方形から正方形を切り取った残りの長方形がもとの長方形に相似であるような辺の比」で、次のような無理数になり、自然数の比では近似しかできない。
φ = (√5 + 1)/2 = 1.618034…
黄金比に近いのは、次のふたつである。
父死亡時の年齢/息子出生時の年齢=300/187=1.604278…
死亡年齢/孫誕生から息子死亡まで=969/595=1.628571…
ただし意図的に黄金比を狙ったなら、もっと良い近似ができたはずである。たとえば300を固定し黄金比φの近似をもたらす自然数を求めるには、300/φを四捨五入すればよい。ここでは300と969を固定し、さらにレメクの死亡年齢(777歳)を変えないように調整してみる。
こうなるためには「メトシェラは187歳になったとき、レメクをもうけた」(創世記5−25)を185歳に、「レメクは182歳になったとき、男の子をもうけた」(5−28)を178歳に、「レメクは、ノアが生まれた後595年生きて、息子や娘をもうけた」(5−30)を599年に、それぞれ変えればよい。こうした数が選ばれていたのなら、意図的に黄金比を狙ったと考えられるが、創世記の場合はただの偶然だろう。
フィボナッチ数列の第12項以降は144,233,377,610,987だが、この数列を使えば黄金比の非常に良い近似が得られる。もし次のようになっていたら、数学史的オーパーツということになるのだが。
2. 獣の数字
「賢い人は、獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。数字は人間を指している。そして、数字は666である」(ヨハネの黙示録13−18)
666は、なかなか面白い数である。これが6の倍数で6×111と表されるのはもちろんだが、同時にこの数は三角数で、1から36までの和に一致するのである。
666 = 1+2+3+ … +36.
36=6×6だから、666は何重にも6に結びついていると言える。さらにこじつければ、666の約数は次の12個あり、またもや6の倍数である。
1,2,3,6,9,18,37,74,111,222,333,666.
まあネロ帝を表すヘブル文字の和が666になるという解釈が正しいようだから、ヨハネがこれらの特徴を考慮して選んだということはないだろうが。
ヨハネの黙示録に登場する他の数字をみると、まず144が目につく。四人の天使に刻印を押された人数は144千人だし(7−4)、城壁の長さは144ペキスだった(21−17)。144は12の二乗で、実際に人数の方は12部族×12千人という計算で出て来る。これ以外の平方数としては、血が搾り桶から流れ出て1600スタディオンだかにわたってひろがったというのがある(14−20)。平方数は四角数とも呼ばれ、次のように奇数を順に加えて作ることができる。
144 = 1+3+5+ … +23.
1600 = 1+3+5+ … +79.
他に黙示録に登場する数字で意味ありげなのは、42と1260である。42は異邦人が聖都を蹂躙する月数(11−2)、獣が活動する月数(13−5)であり、1260は預言が許される日数(11−3)、聖母が荒野で過ごす日数(12−6)である。1260日は42ヶ月から来ているので(1260=42×30)、これらは一組なのだが、いずれも次のように偶数を順に加えて作られる長方数である。
42 = 2+4+6+ … +12.
1260 = 2+4+6+ … +70.
その30倍も長方数になる長方数というのはかなり稀で、20,42の次は何と9702である。ヨハネが何らかの理由でこの性質を使いたかったとしたら、42が事実上の上限だろう。「彼らは9702ヶ月の間この聖なる都を踏みにじるであろう」なんて言われたって、808年半も待つ気になる人は少ないだろうから。
ともあれ、黙示録には三角数、四角数、長方数と主な図形数がそろっている。図形数はヘレニズム世界ではよく知られていただろうから、ひょっとしたらヨハネも意識していたかも知れない。
3. 福音書の数字
四福音書には様々な数が登場し、偶数に限られるヨハネの黙示録と異なり奇数も登場する。1桁の数は全て使われている。10〜20の間では13,16,17,19以外は使われている。20,30,40,50,60,70,80はあるが、90は使われていない。以上のありがちな数字を除くと、意味ありげな数字としては38,46,72,84,153が残る。これらはルカかヨハネに登場する数字で、マルコとマタイにはつまらない数字しか出てこない。
都合により、大きい順に検討する。復活したイエスの助言に従って弟子たちが漁をすると153匹の魚が獲れた(ヨハネ21−11)とある。153は吉永良正『数学・まだこんなことがわからない』で指摘されているように三角数だが、六角数でもある。三角数が公差1の等差数列の和であるのと同様、六角数は公差4の等差数列の和になる。153は三角数としては17番目、六角数としては9番目である。
153 = 1+2+3+ … +17.
153 = 1+5+9+ … +33.
84は女預言者アンナの年齢(ルカ2−37)だが、図形数ではなさそうである。その直前に「7年間だけ夫と共に住み」とあり、84/7=12という比に意味があるのかも知れない。
72は、十二使徒に続いて選んだ宣教者の人数(ルカ10−1)だが、こちらは長方数になっている。
72 = 2+4+6+8+10+12+14+16.
46は「この神殿は建てるのに46年もかかったのに」(ヨハネ2−20)で登場する。旧約聖書のどこかに対応する記述があると思うが、面倒臭いので探していない。ともあれ46は、有心三角数と呼ばれる図形数である。これは三角数を3つ放射状に配置したもので、46は5番目の有心三角数である。
46 = 1+3×15 = 1+3×(1+2+3+4+5).
38は「さて、そこに38年も病気に苦しんでいる人がいた」(ヨハネ5−5)で登場するが、図形数ではなさそうである。「そこに」というのは、5つの廊があるベドザタと呼ばれる池を指すのだが、38/5=7.6あるいは5/38=0.13158…という比にも思い当たるものはない。
4. 使徒行伝の数字
使徒行伝はルカによる福音書と同じ著者によるとされ、ルカと呼ばれるこの書記はギリシア語を母語とする非ユダヤ人だそうである。だったらユークリッドとかを読んで、もう少し面白い数字を出して欲しかったが、意味ありげな数字は75と276ぐらいしかない。
276はパウロを護送する舟に乗り合せていた人数だが(27−37)、これは三角数、六角数、有心五角数と3種類の図形数が重なる特異な数である。有心五角数は、5つの三角数を放射状に配置したものである。
276 = 1+2+3+ … +23.
276 = 1+5+9+ … +45.
276 = 1+5×55 = 1+5×(1+2+3+ … +10)
75はヨセフがエジプトに招いた親族の数だが(7−14)、創世紀ではもう少し少ない(69人?)。75は図形数ではないが、48とペアで婚約数を形成する。婚約数は、一方の1以外の約数の和が他方に一致するペアである。もっとも48とペアで登場しているわけではないので、あまり説得力はないが。
75 = 2+3+4+6+8+12+16+24
48 = 3+5+15+25