創造科学という似非科学理論がある。これは聖書の記述がすべて真実だという根本主義的信念を実践したもので、その主な目的は進化論の否定だが、もうひとつ「若い地球論」というトンデモ理論がある。それによると、神が天地や生物や人間を創造したのは約6,000年前だと聖書に書いてあるから、地球が約45億年前にできたとする現在の科学的理論はすべて間違っているのだそうである。ただし創造科学者の大多数がこれを主張しているわけではなく、進化論は拒否しても天文学や地質学の証拠は受け入れる者も多い。
古代ユダヤ人に限らず昔の人が、地球や生物の歴史について、現代の科学的常識から見るとおかしな見解を持っていたとしても驚くには当たらない。ここで明らかにしたいのは、そのおかしな見解が聖書のどこに書いてあるのかということである。もちろん「バビロンの捕囚は天地創造後3,400年目に起った」とか「イエスはアダムから4,000年を経て生まれた」といったそのものずばりの記述があるわけではない。約6,000年という数字は、聖書のあちこちにある記述を積み上げて得られたものである。しかも聖書の種類や年代記作者によって結構幅があり、岡崎勝世『聖書VS世界史』(講談社現代新書, 1996)の表−1によると、バビロンの捕囚(第1神殿の破壊)は天地創造後2,928年〜4,816年の間に、イエス生誕は3,760年〜5,873年の間に分布する。
ここでは、新共同訳聖書を用いた年代積み上げ作業の一例を示す。積み上げの終着点は、バビロンの捕囚時点とする。これはカルデア(新バビロニア)王のネブカドネツァル2世がユダ王国に侵攻し、エルサレム神殿を破壊し、ゼデキア王とユダヤ人上層階級を捕虜としてバビロンに連行した事件で、その年代は紀元前586年に確定している。従って天地創造からバビロンの捕囚までの年数がわかれば、聖書にもとづく地球の年齢が特定できる。
1. 天地創造からノアの大洪水まで
創世記第1章には、神が6日間で天地、植物、動物、人間(アダム)を創造したことが記されている。これを第0年とし、次の世代間隔を合計すれば、大洪水が天地創造後1,656年であることがわかる。
2. 大洪水から出エジプトまで
創世記の世代間隔を積み上げると、アルパクシャドの出生年は大洪水と同じ年になるが、ここでは次の記述を採用し大洪水の2年後とする。
以下アブラム(アブラハム)まで世代間隔を積み上げると、アブラハムの誕生は大洪水後262年となる。
イスラエル人のエジプト滞在期間の起点は、アブラハムの召命の時点とする。実際、岡崎の表−1にある大部分の年表が、アブラハムの召命から出エジプトまでを430年としている。
これで、大洪水から出エジプトまで262+430=767年となる。
3. 出エジプトからソロモンの死まで
列王記上によると、ソロモンは王となって4年目に神殿の建設に着手しており、その36年後に死んでいる。出エジプトから神殿建設開始まで480年だから、出エジプトからソロモンの死まで480+36=516年となる。
4. ソロモンの死からバビロンの捕囚まで
ソロモンの死によって王国は南北に分裂し、南のユダ王国ではレハブアム、北のイスラエル王国ではヤロブアムが即位した。これがソロモンの死と同年と仮定する。以後南北王国では、何代もの王が交代して行く。
最後のふたつには1年の齟齬があるが、アハズヤ(南)の即位がヨラム(北)の第11年、イエフ(北)が謀反を起こしてアハズヤとヨラムを殺し、イスラエル王になったのがその翌年としておく。
こうして北のイスラエル王国は、アッシリアによって滅ぼされた。北の滅亡までは、一方の王の第何年に他方の王が即位したかと、王の在位年数が併記されている。実は両者のつじつまが合わない箇所がたくさんあるのだが、在位年数の方は無視した。しかし南のユダ王国だけになってからは、在位年数に頼るしかない。
彼らとあるのはカルデア王ネブカドネツァル2世の軍勢で、これがバビロンの捕囚事件に関する記述である。こうして南のユダ王国もカルデアによって滅ぼされ、我々は確実な年代がわかっている時点まで到達した。少々ややこしいが、上の記述を積み上げれば王国の分裂からイエフの反乱まで87年、イスラエル王国の滅亡まで256年、ユダ王国の滅亡(バビロンの捕囚)まで383年であることが確認できるだろう。
5. 結果
これまでの結果を要約すると、次のようになる。
天地創造〜大洪水 | 1,656年 |
大洪水〜出エジプト | 767年 |
出エジプト〜ソロモンの死 | 516年 |
ソロモンの死〜バビロンの捕囚 | 383年 |
従って天地創造からバビロンの捕囚までは1,656+767+516+383=3,322年、キリスト紀元まではそれに576を足して3,898年、現在までは5,900年ほどとなる。
最後に、上に引用した箇所を順に積み上げた表を示す。「聖書のどこに地球の年齢が約6,000年だと書いてあるのか」と聞く人には、「創世記と出エジプト記と列王記を全部読め」と答えてもいいのだが、これを使えばもう少し親切な回答ができるだろう。
累積年数 | 事件 | 間隔 | 出所 |
---|---|---|---|
0 | 天地創造,アダム誕生 | − | 創世記1 |
130 | セト誕生 | 130 | 創世記5−3 |
235 | エノシュ誕生 | 105 | 創世記5−6 |
325 | ケナン誕生 | 90 | 創世記5−9 |
395 | マハラルエル誕生 | 70 | 創世記5−12 |
460 | イエレド誕生 | 65 | 創世記5−15 |
622 | エノク誕生 | 162 | 創世記5−18 |
687 | メトシェラ誕生 | 65 | 創世記5−21 |
874 | レメク誕生 | 187 | 創世記5−25 |
1056 | ノア誕生 | 182 | 創世記5−21,22 |
1656 | 大洪水 | 600 | 創世記7−6 |
1658 | アルパクシャド誕生 | 2 | 創世記11−10 |
1693 | シェラ誕生 | 35 | 創世記11−12 |
1727 | ペレグ誕生 | 34 | 創世記11−16 |
1757 | レウ誕生 | 30 | 創世記11−18 |
1789 | セルグ誕生 | 32 | 創世記11−20 |
1819 | ナホル誕生 | 30 | 創世記11−22 |
1848 | テラ誕生 | 29 | 創世記11−24 |
1918 | アブラハム誕生 | 70 | 創世記11−26 |
1993 | アブラハムの召命 | 75 | 創世記12−4,12−10 |
2423 | 出エジプト | 430 | 出エジプト記12−40 |
2903 | 第一神殿の造営開始 | 480 | 列王記上6−1 |
2939 | ソロモンの死 | 36 | 列王記上11−42 |
2958 | アサ(南)即位 | 19 | 列王記上15−9 |
2995 | アハブ(北)即位 | 37 | 列王記上16−29 |
2998 | ヨシャファト(南)即位 | 3 | 列王記上22−41 |
3015 | ヨラム(北)即位 | 17 | 列王記下3−1 |
3025 | アハズヤ(南)即位 | 10 | 列王記下8−25 |
3026 | イエフ(北)即位 | 1 | 列王記下10 |
3032 | ヨアシュ(南)即位 | 6 | 列王記下12−2 |
3068 | ヨアシュ(北)即位 | 36 | 列王記下13−10 |
3069 | アマツヤ(南)即位 | 1 | 列王記下14−1 |
3083 | ヤブロアム(北)即位 | 14 | 列王記下14−23 |
3109 | アザルヤ(南)即位 | 26 | 列王記下15−1 |
3160 | ペカ(北)即位 | 51 | 列王記下15−27 |
3176 | アハズ(南)即位 | 16 | 列王記下16−1 |
3187 | ホシェア(北)即位 | 11 | 列王記下17−1 |
3189 | ヒゼキヤ(南)即位 | 2 | 列王記下18−1 |
3195 | イスラエル王国(北)滅亡 | 6 | 列王記下17 |
3217 | マナセ(南)即位 | 22 | 列王記下18−2 |
3271 | アモン(南)即位 | 54 | 列王記下21−1 |
3272 | ヨシヤ(南)即位 | 1 | 列王記下21−19 |
3302 | ヨアハズ(南)即位 | 30 | 列王記下22−1 |
3302 | ヨヤキム(南)即位 | 0 | 列王記下23−31 |
3312 | ヨヤキン(南)即位 | 10 | 列王記下24−1 |
3312 | ゼデキヤ(南)即位 | 0 | 列王記下24−8 |
3322 | ユダ王国(南)滅亡 | 10 | 列王記下25 |