登別温泉に友達と1泊してきた。 |
あわてて、年賀状作りを始めた。 |
パソコンで作る年賀状は、慣れてくると簡単で楽しい。 |
免許の書き換えをするので写真をとって欲しいと、友達が訪ねてきた。 |
<記憶> 目次 ホームページ お歳暮にホタテ貝をいただいた。発泡スチロールの箱に50枚入っている。食べきれない。 |
<ぷよぷよと生きる> 目次 ホームページ インターネットで知り合いになったお坊様から、カレンダーが送られてきた。
一月には「おおきなかぶ」のお話を思い出すような、かぶの絵が描かれている。
「いただきます」「ごちそうさま」は作った人へ言うのではなく、命を食べさせてもらっているのだから、「御陰様でご馳走さまでした」と野菜や魚、お肉に感謝して頂くものだと書かれていた。
十月にはタコが輪になって墨を掛け合っている絵が描かれている。
ピンク色のタコの目があどけなくて愛らしい。墨をかけたり、かけられたりと、とても楽しそうだ。
「迷惑かけずに生きられない 『おかげさま』がでる」の言葉が添えられている。
人は迷惑をかけずに生きていくことは出来ないのだ。そうならば、迷惑と思わず頼られているのだと、感謝の心でいなさいと言うことなのだろうか。
タコの顔の表情を見ていると、どんなことがあっても、にっこり笑って乗り切ろうよと、話し掛けられているような気持ちになってくる。
足をぷよぷよとさせて泳いでいるタコを見習って、私もぷよぷよと生きていくことにしようか。
03/02/04 |
<父と福寿草> 目次 ホームページ 新聞を見ていたら、福寿草の出荷の記事が載っていた。
降り積もっている畑の雪を掘り起こし、一株ずつ鉢に植え替えるのだそうだ。福寿草は種から育てて出荷まで7年もかかると言う。
その記事を父の思い出と重ねて読んだ。
父が生きていた頃、凍りついた畑を掘り起こし、小さな蕾がふっくらとほころび始める頃になると「福寿草の鉢植えを取りにおいで」と、電話がかかってきたのだ。
週末にあわせてお花を管理していたのだと話してくれ、いとおしそうに鉢の泥をはらっていた姿が目に浮かぶ。
私はいまだに裏山のどこに福寿草が植えられていたのかを知らない。父の思いなど深く考えることも無く、当たり前のように受け取っていたのだ。
私の嫁ぎ先に遠慮をしてのことだろう。父にとっての福寿草の鉢植えは娘に会うための口実だったのかもしれない。
母が亡くなった後、5年長生きをした父の寂しさが、今更ながら思われる。
03/02/09 |
<すずらん> 目次 ホームページ 多摩川へ散歩に出かけて、すずらんの話に出会った。もちろん、ホームページを訪ねてのことである。
すずらんは北海道からのお土産で、根がついて毎年花を咲かせているとのこと。
小学校の1年生の頃だろうか。すずらん狩りに行ったことを思い出した。
鈍行列車に揺られて、1時間以上もかけて、勇払原野の辺りまで行ったのだ。母と行ったような気もするし、姉とその友達に付いていったような気もする。
思い出の中には誰の顔も浮かばない。見えるのは、果てしなく続く平原にすずらんが咲いているだけだ。
次の年から、実家の庭には控え目で目立たないすずらんの花が咲いた。あの時から、四十年以上の時が過ぎている
父と母が亡くなり、今は兄が庭の手入れをしている。
長い歳月を経ても、あの当時の可憐な姿のまま、今年もすずらんは可愛らしい花を咲かせるだろう。
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<本当の家族> 目次 ホームページ 結婚当初、姑の言葉に傷つき落ち込んだものだった。
四十代後半の姑は女として負けたくないという意識があったのだろうし、一つ違いの娘のことも、息子の嫁である私と比べて、負けたくないという意識が働いていたようなのだ。
何かにつけて批判めいたことを言われた。
些細なことなのである。たくあんの切り方から、盛り付け、器にまで口を出してくる。家はこんな切り方をしない。家はこんな盛り方をしない。家の家風とは違うと。
は? この家に家風なんかあるんですか? その度に、心の中で言い返していた。
それがいつの間にか、生まれてから両親の元にいた時間より、嫁いでからの時間のほうが長くなっている。子供たちが学業に就職にと家を出て行ってしまうと、残るのは舅姑と私たち夫婦である。
四人はいつの間にか、本当の家族のようになっているのだから不思議である。
きっと、我が家の食卓はほかと比べて賑やかなことと思う。浜育ちの姑の作る、磯の匂いのする手料理と、本を見ながら覚えた私のお料理が並ぶのだから。
親と同居をすると、欠点もたくさんある。でも、長所もたくさんあるのだ。これからはなるべく、長所だけを見て生きていたいと思っている。
03/02/17 |
<地球岬灯台> 目次 ホームページ 先日、ホームページのトップの写真を撮るので、地球岬に行った。
二月十日、暖かく感じてもプラス二度ほどで、十分もいると体が冷えてくる。寒い中、訪れる人などいないだろうと思っていたが、車が三台と、大型バスが一台あり、四,五十人の人たちがいて驚いた。
白亜の地球岬灯台を見下ろすように、断崖の上にはぐるりとめぐらされた展望台があり、眼下には太平洋が広がる。はるか遠くを眺めると水平線が丸く見え、地球は丸いことが実感できる。
展望台から柵越しに覗き込むと波がはるか下に見え、足がすくむ思いがする。ここは、自殺の名所としても有名である。
もう、何年か前のことになるが、崖の近くに靴が一足、揃えて置いてあり、大騒ぎしたことがある。事件の結末は、素足で運転する人が靴を脱ぎ忘れたのを、誰かがいたずらして置き換えたのだろうとなった。
靴一足で警察やらマスコミが出て騒ぎ立てるほど、リアス式海岸は険しい岩肌を剥き出しにしている。
人の降りていくことの出来ない海岸線は、自然のままの美しさを、いつまでも保ち続けてくれることだろう。
03/02/21 |
<今も昔も> 目次 子供のころ、吹雪の中を歩いて、ここで倒れたら凍え死んでしまうかもしれないと、思ったことがある。
小学校5年生のときのことで、授業中に熱があると、家に帰されたのだ。
電話をかけてくれたら母が迎えにきてくれたと思うが、そんな時代ではなかったのだろう。家までの2キロの道のりを、震えながら帰った。
学校は港をとり囲むように広がる工場群を見下ろす高台にあり、風が強く飛ばされないように必死で歩いたが、雪と風が顔にぶつかり息が出来なかった。
今思うと、吹きさらしになっているのは、せいぜい100メートル程の距離だったのだが、子供ながらに生命の危険を感じたのは本当である。
そんな話をしたら、「学校は今でも、そうよ」と友達に言われた。
「息子が、熱があって帰されたのよ。朝から出かけて私が居ないことを、息子は知っているので、お店をしている友達の家で、寝ていたわ」
先生が家に電話をしてくれたら、留守だったこと分かったでしょうにね、と。
今も昔も、子供たちの置かれている状況は変わらないのかと、ゾーっとした。
03/02/26 |
<晩酌> 目次 日本酒を口に含んだ瞬間、身体がカァーッと熱くなるのが恐くて、今まで、ほとんど日本酒を飲んだことがない。
舅は新しく日本酒の栓を抜くと、小さめのぐい飲みに入れて、2つ神棚にお供えをする。私が結婚した当時からの習慣なのだが、以前は大事そうに自分で飲んでいた。
最近は夕食の時、そのぐい飲みを姑と私がもらって飲んでいる。月に数えると、二、三回のことと思うが、ほんの一口のお酒が美味しくて、すっかり日本酒の味を覚えてしまった。
ビールはのど越しで味わうと言われるが、日本酒は口の中にほんのりと香りが広がり、その香りを楽しむ。古来の伝統文化ごと体の中に取り入れているようで、豊かな気持になってくるから不思議だ。
先日、ぐい飲みに入れて日本酒が私の前に差し出された。いつものように神棚からおろされたお酒と思い飲んでいたが、舅の晩酌の相手をさせられていることを知って、慌てた。
元来そんなに飲めるほうではない。たまに飲むから美味しいのだと、丁重に辞退した。
03/03/01 |
<鬼の洗濯> 目次 土曜日の朝、友達から電話がかかってきた。たまにはおしゃべりをしませんか、とのこと。お互い仕事をしているので、休みの日にしか会うことが出来ない。
送別会で昨夜遅くまで飲み歩いていた夫は、まだ、布団の中にいる。私は急いで、出かける用意を始めた。
朝食をテーブルの上の並べている他は、家のことは何もしていない。今日ぐらいは夫に主夫をしてもらおう。
枕元にいって、「洗濯、しておいてね」と揺り起こして頼む。ふぁ、ふにゅ、と夫は返事にならない返事をした。
友達と食事をしながらおしゃべりをして、楽しい時間を過ごして家に帰ると、洗濯物が干してあった。乾いたものは部屋の隅に、綺麗にたたんである。
「ありがとう」と言うと、夫は背広姿で立っていた。
今日も何とかの会の反省会と称して飲み会があるのだ。それで文句も言わずに洗濯をしたのだろう。
「どうぞ、しっかりと、反省をしてきてください」と、ちょっぴりいやみを言って、送り出した。
でも内心、夫が帰るまでの時間、のんびり出来るぞと、ほくそえんでいる。
03/03/05 |
<春の香り> 目次 奈良の友人から「春の香りをあげる」と、ふきのとうが送られてきた。
胡麻和えにしたり、佃煮のように煮たり、天ぷらにするのだと教えられたが、食べるものだと思っていなかったのでビックリした。周りの人に聞いても、食べたことがないという。
雪解けの頃になると、ふきのとうは父が鉢植えにして玄関に並べ、一足早い春の訪れを眺めていたので、ふきのとうは観賞するものとばかり思っていた。
さっそく、小さな、親指ほどのふきのとうを天ぷらにして食べた。
ほっくらとしていて、天ぷらにすると苦味が消えるらしくとても美味しい。口の中に、草いきれの匂いが広がった。これが春の香りなのだろう。
くしくも、発達した低気圧が大雪を降らせ、外は一面真っ白である。
遠い春の訪れを心待ちにしながら、ふきのとうの天ぷらを食べた。
03/03/10 |