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『DARK ANGAL』


第4話:「Lise and Truth」


AM0:53
ペンション『スノウダンス』03号室

「君は、これを飲まされたんだよ」
工藤さんはある瓶を取り出し、僕に見せた。
それは数十分ほど前に、さおりさんが持ってきたワイン瓶だった。
「睡眠薬だったんですか?」
「いや、自白剤の一種だ」
自白剤・・・聞いたことがある
主に拷問や何かの代わりにそういった注射を射ち重要な情報を聞き出す薬物だ。
「組織は?」
ときなの問いに、工藤さんはラベルを眺めながら言った。
「手口からいって、ラングレーの連中に間違いないだろうな」
「何ですって?ラングレー・・・」
すると、ときなはため息をつきながら
「CIAがおかれてる地域のことよ」
「し、CIA・・・!?」
「大きな声を出さないで! いつ盗聴されるかわからないのよ」
「で、でも・・・」
いつもなら、悪ふざけたジョークだと思うだろう。
だが、ときなや工藤さんの表情を見れば、これが冗談ではないことは僕にもわかっていた。

「こうなった以上、君にも知ってもらわないとな」
「は・・・はい」
工藤さんはタバコの火を灰皿に押しつけると、やがて話し始めた。
「我々は主に国内の諜報活動の監視を任務としている。スパイ天国と呼ばれてるこの国を守るためにね。」
「スパイ天国・・・?」
「ああ、この日本にはスパイ活動を規制する法律やシステムが全く存在しない。
世界中のスパイにとっては格好の標的となるわけだ」

だからスパイ天国か・・・
今まで僕は、スパイだなんて映画の中のフィクションか遠い異国の何処かの話で
自分達とは無縁の世界とばかり考えていたが・・・。
その全てが否定された。

「でも、どうして僕が狙われたんですか?ただの大学生ですよ・・・」
「彼女たちはそうは思わなかったらしい」
「思わなかったって・・・じゃあ、何に思えたんです?」
「”アルファ”かもしれない・・・。そう考えたんだろうな」
・・・・・・・!?
思い出した・・・
彼女たちが、僕のことをアルファ3と呼んでいたことを・・・
そうか、そうゆう事だったのか・・・

「ちょ、ちょっと待ってください!じゃあ・・・」
答えたのはときなだった。
「5年前に少しずつその存在をささやかれるようになった、伝説的な東側スパイのコードネームのことよ」
「つまり・・・ロシアのスパイってことか・・・」
「そう。だけど3年前にアルファは国を裏切り・・・。結局、雇い主を失ってしまったの」
「じゃあ・・・彼は新しい雇い主を?」
すると、ときなは鋭いわねと言いたそうに
「その通りよ。アルファが持っている重要な情報を欲しがってる国はたくさんあるわ。
逆に言うと、そういった情報を何処かの国に奪われることは日本にとっても大きな打撃になる。
 だから私達はアルファに取引を持ちかけて、彼を味方につけようと考えたの」

ごく普通の大学生とばかり思ってたときな。
それは彼女の口からは想像も出来ないような話ばかりだった。

「で、でも・・・もし、取引を断られたら?」
どうして僕は、そんなことが気になったんだろう・・・
その問いに彼女は静かに答えた。
「彼を始末するしかないわね・・・。」
「そ、そう・・・」
確かに・・・それが一番妥当なとこだろう。情報を他の誰かに渡されるよりは・・・

「すると工藤さんがペンションのオーナーってのは・・・」
「全部嘘。本物のオーナーは今ごろ海外旅行にでも行ってるよ」
どうりで、年末にペンションを開くなんて妙だと思ってたんだ・・・。
工藤さんは言った。
「我々は本物のオーナーと話をつけて、ここで網をはることにしたわけだが
予定外の出来事が起きた・・・。君も知ってるだろ? あの女の子達が持ってきた手紙を」
「え・・・ええ。確か”今夜アルファが戻ってくる”って・・・」
「情報では”一週間先”のはずだったんだよ。正直私も驚いたさ
 まさか奴が”今日現われる”なんてな・・・。」
「そ、そうだったんですか・・・」
だから、ときなはあんなに動揺していたわけか・・・

でも一般人の僕に、こんな重要な情報を話していいんだろうか?
何故、彼はここまで・・・
そんな疑問を感じていたとき

「我々としても、できるだけ一般市民は巻込みたくなかったんだが、
 仕方がないな・・・」

「え・・・?」

「雄也くん・・・。我々に協力をしてもらいたい」


どうやら僕は、とんでもない事態に撒きこまれてしまったようだ・・・

・・・ときな・・・夢ならはやく覚ましてくれ・・・

はやく・・・


AM6:03

うとうとしながら下におりると、もう朝の6時頃になっていた。
吹雪は依然として治る気配はなく、明かりの消された談話室はひどく薄暗い。
食堂から出てきた瑞穂さんがぎくっとしたように立ち止まった。
「ああ、びっくりした!・・・早いのね」
「あ、瑞穂さん・・・おはようございます」
「おはよう。やっぱり眠れなかった?」
やっぱり?
どうゆうことだろう、と考えてると瑞穂さんは、近くに来て囁くように言った。
「心配しないで・・・
オーナーから聞いてるわ。大変なことに巻込まれちゃったみたいね」
そうか・・・
オーナーが入れ替わった以上、瑞穂さんも工藤さんの部下なのだ。
僕は少し心強くなった。
「眠気覚ましにコーヒーでも飲む?」
ありがたく頂戴することにした。
明かりをつけると、さきほどの眠気もしだいに薄れてきた。
「ありがとうございます」
目の前の熱いコーヒーを受け取り、夕べのことを思い出していた。

あれは夢じゃない・・・。でも彼女は・・・

そのとき階段からときなが降りてきた。いつもと変わらない様子で・・・。

「おはよう、眠れた?」
「ま、まあね・・・」

この任務が終わったら、またもとのときなに戻るんだろうか?

それとも、今までのは全て演技だったんだろうか・・・?

いや・・・そんなことはない・・・

工藤さんが言ってたとおり、あれは予定外の出来事だった・・・。

例えどんな組織に所属していたってときなは、ときななんだ・・・。
僕は彼女を信じる・・・


しばらくして、階段から降りてきたのはあのパンク風の青年、野々村大地さんだ。
「あ、おはようございます」
眠たそうに階段をよたつきながら挨拶をしていた。
その後降りてきたのは、カップルの吉川喜久夫さんと、佐伯七々美さんの二人。
「おはよう、すごい吹雪ですね」
陽気な声を響かせる喜久夫さん、一方で七々美さんは眠いのか一言も話さなかった。
当然のように、女子高生3人組は降りては来ない。
外から監視しているのだろうか?

「朝食の用意が出来ました」
杏子さんが食堂から出てきて呼びかける。
そう、彼女も工藤さんと同じグループのメンバーだ。

僕たちは昨日と同じテーブルについた。
遅れて滝沢が食堂に現れる。相変わらずサングラスで目を隠していた。
彼が一番怪しいのは確かだ・・・
しかし、さおりさん達がスパイだったのだ。
本当のスパイならもっと怪しまれないようにするはずだが?
ま、ここは食事に専念すべきか。

最初に食べ終えて立ち上がったのは滝沢だった。
さっさと食堂を出ると、すたすたと二階へ向かう。
「私先に戻ってるから、雄也はゆっくり食べててね。」
「え、どう・・・」
・・・・・・したのかと聞きそうになった僕に、
彼女はウィンクしてみせる。そして真剣な表情で視線を飛ばした。

そうか・・・あの滝沢を追うつもりだ
そして、僕にここに残って他の皆の様子を見ていろということだ。
残りの若いカップルの2人は昨日と変わらず楽しそうに食事をしている。
僕は何気に他の客達から目をはなさないようにしていた。

アルファは5年前から知られていたスパイだ。年齢からいって彼等が妥当だろう。
まず消去法として、CIAの女子高生3人組は除外とする。
もちろんスタッフの木村さん、瑞穂さん、結城さんもだ・・・

やはり、野々村、滝沢、喜久夫、七々美・・・。
この中の誰かがアルファに違いない
ここまで絞れるなら、何か確かめる手段が無いだろうか?

ときなはとりあえず滝沢に目をつけたようだが・・・。
野々村が立ち上がって食堂を出ていくのを見て、僕はつい立ち上がっていた。
どうやら、二階に向かうらしい。
僕は自然なふりで後を追う。部屋は同じ方向なんだから怪しまれるはずがない。
距離を置いて階段を上がる。そして鍵を開けるのに手間取ってるふりをして、
横目で彼が部屋に入るのを見届ける。
さて、これからどうする?

廊下の扉の前でそう考えていたとき、
驚いたことに彼はすぐまたドアを開けて部屋から出てきた。
そして廊下をつたってこちらに歩いてくる
僕はようやくドアが開いた、というふりで中に滑り込んだ。


だが、扉を閉めようとしたそのとき・・・
バターーーン!!

勢いよく扉が開けられ、男が襲いかかってきた!
抵抗する間のなく、僕は床に叩き付けられていた。
「静かにしろ」
どすの利いた声で脅しにかかる野々村。
「お前、何者だ?」
「な、何者って・・・どういう意味ですか?」
「お前もアルファを追う連中の仲間かってことを聞いてんだよ。違うか?」
「ち、違います・・・!」
間違った対応をしてしまったことは、すぐに気づいた。
「何か知ってそうな言い種だな・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「さあ、吐けよ!何処にやとわれてる?
 とぼけたって無駄だぜ。お前があの女の仲間ってことくらいわかってんだよ!」

そうか・・・そこまで知ってるなら・・・
「遠慮はいらねえな!」
僕は近くにあったイスの足をつかむと、思いっきり野々村の横っ面に振りかざした。
バキぃ!!!
「ぎゃああ!!?」
まさかの不意打ちに野々村はうめき声をあげて顔を抑えていた。
相手が男なら・・・
それも平気で人殺しができるスパイなら、なおさら・・・。
「て、テメェ!ふざけた真似しやがって・・・この俺を誰だと思ってやがる!!」

馬鹿とはまさしく彼のことを指す。
本来の任務を忘れて、怒りに身を任せてしまったのだ。
平常心を損なえばミスを侵しやすい、とよく言うが全くその通り。
バキィ!!
「ぐあっ・・・!!」
野々村は思った以上に隙だらけだった。
だからこそ僕は、奴の顔面に拳をヒットさせることができた。
「暴力は嫌いでね・・・。いい加減、そのへんにしたら?」
「ざけんな・・・今更命乞いしたって遅ぇんだよ!」
野々村がナイフをつかんだ。
ま、まずい・・・!
このまま、まともに相手をしてたら殺されかねない・・・!
僕は、突進してきた野々村を、バスルームの扉に激突させた!
ガシャーン!
ガラスの破片を被った野々村はあちこちから血を流している。
「バカな・・・!この俺が・・・こんな素人に!?じょ、冗談じゃねえ!」
さらにポケットから取り出されたのは、大型の銃。
彼は不適に笑うとこちらに近づいてきた。
「今すぐテメェを殺してぇとこだが、そうはいかねえ・・・
 これが最後だ!何処に雇われている!?」

こいつ、ここまで分らず屋だとは・・・
「何処にも雇われていない。 さっきも言ったでしょう!・・・ぐあっ!!」
逆上した野々村が僕に銃口を突きつけた!
「そうかい・・・じゃあ殺してやるよ!!」


「あんまり強引だと、女の子に嫌われちゃうよ?」

その瞬間、野々村の体が舞い上げられ、クローゼットに叩き付けられた!
彼女は冷めた瞳で、床でうめいている野々村を眺めていた。
「ときな・・・」
僕はまた、君に助けられたのか・・・
「バカね・・。さっそく本性を見せるなんて・・・」
「き、貴様は・・・!?」
野々村は焦りながらも、すかさず銃を拾いにかかった!
まずい、ときなが撃たれる・・・!
気がつけば僕は、野々村につかみかかっていた。
驚愕の表情を浮かべる野々村。
「て、テメェ・・・!たかが女のために・・・邪魔すんじゃねえよ!」

コイツ・・・今、何て言いやがった・・・?

”たかが女”だと・・・?

「野々村・・・今のは、聞き捨てならねえな!」
「な、何をする・・・!?」
僕は野々村の襟元をつかむと、窓に向けて思い切り投げ飛ばした。
ドガシャーン
「うわっ・・・あああああああああーーーーーー!!!」
当然、ここは2階。
窓を突き破った野々村は、勢いよく雪原に落下していった。

しまった、やりすぎたか・・・!
慌てて僕は、窓から身を乗り出した。
野々村は雪原に倒れたまま動かなかった・・・。
ま、まさか・・・
殺してしまったか・・・!?

「あれくらいで、くたばるような奴じゃないよ」
思ったよりも落ちついた口調でときなは言った。
何だ、気絶してるだけか・・・
「少しやりすぎたかな?」
「全然」
ときなはあっさりと首をふった。
「ああゆうパワー馬鹿は痛い目に合わせておかないと、治んないのよ」
ハハハ、そりゃ言えてるな。
「じゃ、さっそく調べに行くわよ」
「調べるって・・・何処を?」
「決まってるじゃない・・・。彼の部屋よ」

―― 野々村の部屋 ――

幸い鍵はかかっていない。
扉を開けると、ときなはさっと室内に滑り込む。
部屋の隅に大きなスキー用のバックを見るなり彼女は素早くジッパーを開ける。
中には幾つかの機械や応援をピストルのようなものもあった。
「無線機だわ・・・それにこっちは信号弾。
アルファを発見したら近くで待機してる仲間が駆けつけるようになってたのね。」
「この近くに仲間が?」
「まあそうでしょうね・・・。最も屋根のある場所を確保してるんでしょうけど」
確かにそうだろうな・・・。この吹雪の中でじっと待ってたら凍え死んでしまう。
パスポートを見つけた。そこには彼の名前とサインがかかれていた。
ときなはしきりにそれを眺めてこう言った。
「やはりSDECEの連中ね・・・。」
SDECE・・・
聞いたことがある。確かフランスを拠点として諜報活動を行ってるスパイ組織のことだ。
何でも、手口が卑劣で目的のためなら手段を選ばないことで有名だが・・・。

野々村もまたアルファを追う側の人間だった。
ということは残った、滝沢、喜久夫、七々美の中の一人が”アルファ”ということだ。
「滝沢の様子は?」
「部屋に盗聴機を仕掛けといたけど、何も聞こえてこないわ
どうやら大人しくしてるようね」
もし彼がアルファだとすれば、それほど余裕があるってことか・・・。




その頃・・・
意識を取り戻した野々村は壁によりかかりながら息をきらしていた。
手には無線機。気まずい表情を浮かべてボタンを押した。
ピピッ
「し、白石!俺だ、野々村だ・・・」
『どうした?アルファは発見できたのか?』
「いや、それがまだ・・・」
『トラブルか?』
「あ、ああ・・・。さっき客の一人から聞き出そうとしたんだが、
不意打ちをくらっちまって・・・」
『おいおい、らしくないぞ・・・。まあいい、これから応援をよこすから
 お前はそこで見張ってろ』
「了解した。到着は30分後ってことで・・・」

ザッ・・・
そのとき、背後からの足跡に野々村は思わず振り返った。
「だ、誰だ・・・!?」
影は何も答えなかった。
差し出された右手には”ライターのようなもの”が握られていた。
「あれ?・・・あんた、何でここに・・・?」
野々村は驚きの表情を浮かべていたが、
”それ”が拳銃だと気づいたときには既に遅く・・・

バズッ・・・!!
「ぐあっ・・・!!」
雪原に赤い液体が降りかかった。

『野々村・・・?何だ今の銃声は・・・!?』
落ちている血に染まった無線機を眺めながら
影は声を出さずに笑っていた。
『おい、聞いているのか・・・!?何があった・・・!?
野々村、応答しろ・・・!』

銃口はゆっくりと無線機に向けられ・・・。
ドン!・・・バチバチィ・・・!!


「バイバイ・・・。マヌケなスパイさん」


影が立ち去ってから、雪はよりいっそう強くふりそそいでいた。
朝だというのに何も見えない
ただ、真っ白な空間だけが広がっていく。

White outの瞬間だった・・・。

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