もどり、ひとひら。

 

めぐり、ひとひら。チャート

右端の欄内に攻略するキャラ名が記載してある時だけ、右側の「キャラ別選択肢」を選んでください。
その他、特に指定がない場合は、全て左側の「共通選択肢」を選んでください。
ルートによっては出てこない選択肢がありますが、無視してそのまま下に進んでもらえばOKです。

全部左側の「共通選択肢」を選んでいけばノーマルエンドですが、そんな面倒なことをしなくても、
どのキャラでも最後の「キャラ別選択肢」だけわざと間違えば、簡単に辿り着けます。

大まかですが、チャートでは「キャラ別選択肢」に↓のような色分けがしてあります。

麻生こま 燕子花こりす 結乃由姫命 春野千草 咒吠君鏡架

 

たまにこんなかたち↓で複数のキャラクターが対応した「キャラ別選択肢」があるので、注意してください。

「えっ……由ちゃんて、鬼さんなの?」
「阿呆かっ。こんなに愛くるしい鬼が何処
におるっ!?」

 

共通選択肢 キャラ別選択肢
第一章
「ならば良い。主従の関係は、はっきりと
させねばいかんからの」
 そう言って、由は納得したかのように、
うんうんと頷いた。
「ならば、ひざまずくが良い。頭が高い
ぞ、愚民」
 由は踏ん反り返りながら、ふん、と高飛
車にそう言った。
 ――だから。
 こまがここに居てくれるなら、僕もまた
ここに居る。
 ――どうしてだろう?
 どうしてお兄ちゃん、そんなに心配そう
なお顔をしてるの?

 ……そうだ。
 綺麗好きなこまは、掃除が好きだっ
たっけ……。
 ――なんだろう。
 いつもと違う、って……こま、わかって
るのに。

「あ、そうじゃ」
「えっ」
 こまの後ろをふわふわと飛んでいた由が、
振り向いて僕に尋ねた。
 こにこと手を振って、こまは石段の
下に姿を消した。

「……一人で屋敷の掃除でもしてお
るのかのぅ。とんでもないことになっておら
なければ良いが」
「もしや……こまの事を心配して、わら
わ達の後を追いかけてきてたのではないか
や?」

「ほほう……なかなかではないか」
 そう言っていた由の表情には、喜びと同
時に少し陰りが見えたように思えた。
「ごめんね、お兄ちゃん……本当に。迷
惑ばっかりかけて」
 何度も何度も繰り返していた言葉を、こ
まはもう一度繰り返した。

「……おかえり、こま」
 ごく自然に、その言葉が口をついて出た。
 ――その時、鈴の音が響いた。

「“鬼”とは、この国においては角を
生やした怪物を指すが、大陸では……そう
じゃの、この国で言う“幽霊”に当たる存
在じゃ」
「えっ……由ちゃんて、鬼さんなの?」
「阿呆かっ。こんなに愛くるしい鬼が何処
におるっ!?」

「わぁ……由ちゃん、物知りなんだね」
 こまは素直に感心しているようだった。
「……いったい、何のお話しをなさっ
ていますの?」
 その時、どことなく憤った口調で、こり
すが声を発した。


「どうしてですの? お兄様」
「……それは、だから……」
 こりすはじっと僕を見つめていた。
「……こまさんですのね?」
「っ……」
 ずばりと核心を言い当てられて、僕は内
心の動揺を隠せなかった。


「……いや、何でもないんだ」 「なんで……あんな事を?」

「あっ、お兄ちゃん。ここにいたんだね」
 その時、こまが嬉しそうに走ってきた。
「とはいえ、これから先、ずっとこれで
は流石に……。仕方ありませんわね。わた
くしが何とか致しましょう」


「あ、あれっ? でも、お兄ちゃん聞い
てない? 由ちゃんが教えに行ってくれるっ
て言うから、こま……」
「……お兄様もご一緒されます?」
「えっ!?」
 唐突に、こりすがとんでもない事を言い
出した。


 嗟だった。
 僕は後退り、そして慌てて横合いに身を
投げた。
「こま……!」
 ――無我夢中だった。
 僕は咄嗟に、こまを突き飛ばしていた。

「やっ……」
 ――あの日。
 恐らくは、僕の時間が止まってしまった
日。
 れ……前にも、こんな事があったよ
うな気がする。
 ……いつだったっけ?

「……こりす」
 僕は呆気に取られたまま、傍にいたこり
すに問いかけた。
「おっ……お兄様!」
 呆気に取られたままの僕の耳に、こりす
の心配そうな声が届いた。


「……なんでまた?」
 とは僕も訊かなかったし、こりすも言う
必要がなかったのだろう。
「……なんでまた?」
 急な申し出に僕は問いかけた。


「ふふっ……こまさんは面白いですわね」
 そんなこまの様子を、微笑ましそうにこ
りすが見やった。
「……でも、なんだか二人とも良い
感じだね。」
「えっ?」


「ねえ、由。一つ気になるんだけど」
「なんじゃ?」
「どうして由がやらないんだい? 女神な
んじゃ?」
「がんばろうね? お兄ちゃん」
「でも……由。あれはいったい何だった
んだい?」
 前を行く由に問いかけた。
 ――前を行く由の背中を見つめな
がら、こまは思い出していた。

 は、立っているのに何故か重い腰を
上げる感覚で、二人の方へと向かった。
「座りましょう? お兄様」
 そのまま動こうとしない僕を見て、こり
すが言った。


「そっ……その、君は……」
「うふふ〜、千草でいいですよ」
「こっちは……燕子花こりす」
 未だ動かないこりすを指して、僕はこり
すを紹介した。


「こま、こんなところで待っておっても
仕方なかろう。もう屋敷に入るのじゃ」
 由は暇を持て余している様子だった。
「……ただいまですわ、お二人とも」
 その時、こりすが僕らの隠れている場所
を隠すように、二人へと歩み寄って行った。


「今、千草さんはどちらに?」
 こりすは僕の気持ちを知ってか知らずか、
気持ちを切り替えるように微笑んだ。
「……何だと?」
「えっ?」
「何だと思ったんだい?」


「……ど、どこかお出かけ?」
「う、うん……。ちょっと……ね」
「……ごめん。こま」
「え?」
 唐突にそんなことを言った僕に驚いて、こ
まは不思議そうな表情を見せた。

「ま、そう落ち込むなよ。いつかは見つ
かるかもしれねーじゃん? そう焦んなく
てもさ」
 翁は慰めるようにそう言った。
 ――僕は少し考え、
「それでも、“屋敷”を構えてたくら
いの人物だったら限定出来るかも知れない。

 (……こま……)
 青く済んだキャンバスに、彼女の顔が浮
かぶ。
「……こまさん達も、今頃はこの山
の何処かにいらっしゃるんでしょうね」
 そんな事を漠然と考えていたら、こりす
も気になったのだろうか――


「……あのですね、さっきから気に
なってたんですけど」
 言いながら、千草さんは食い入るように
じっと僕を見つめている。
「だっ……だめっ!」
「こっ、こまっ!?」
 その時、由の前にこまが立ちはだかった。

「ふふっ……」
「むっ。なんじゃお主っ!?」
 僕を追いかけようとする由の前に、こり
すが立ちはだかった。


「お、お兄ちゃん……」
 そこへ、少し遅れてこまがやってきた。
「こりす……」
 石段の向こうから、こりすが姿を現した。


第二章
 んぽん、と僕は彼の肩を叩いて、そ
のまま無言で退出した。
「ご主人様〜? この方、どうして泣い
てるんですか〜?」
 そんな倒錯の場面を見て、千草さんは不
思議そうに首を捻った。

「その大麻を振ってみるだけでも、効果
はあるんじゃないのかな? 清めの道具な
んだから、それ。」
 ふと思いつき、僕は提案した。
 ――素朴な疑問なんだけど。
「……由って、神様なんだよね?」
「やってみよう? 由ちゃん。こま、頑
張るから」
 すると、今度はこまが由を勇気づけるよ
うに、笑顔を見せた。
「こんな玄関先でとやかく言っていても
仕方ないでしょう? 身体も冷えてきまし
たし……とにかく、やってみたらどうなん
ですの?」


「今更、本殿に物を置くのが不謹慎だ……
何て言わないよね?」
「ん?  お、おお……愚民ではないかや。
驚かすでない」
 魔をするのも悪いと思い、僕はしば
らく立ち尽くしていた。
 由は一向に、僕に気付く様子もない。
「ほほーう。良い匂いじゃのー」
 そこへ匂いに誘われたかのように、本殿
に残っていた由がぱたぱたとやって来た。
「しかし……どうやったらこんなお味
が出せるのかしら……素材自体の味は十二
分に活かされているのに、必ず一味隠され
ていて……見事な調和が……」


「もう解決した問題なら、そんなに気に
しなくても大丈夫なんじゃないかな?」
「……けど……」
「……わかってるよ。彼氏と上手く
いってないとか……そういう話だったんだ
よね?」
「え?  な、なんで……」

 が言いだしたのか。
 ちょっとだけ苦笑してしまうけど、今で
はこの神社を訪れてくる人たちに、こまは
『こまさま』と呼ばれている。
 然の事だったけれど、こりすも事態
を理解してくれているのだろう、文句一つ
言わずによく手伝ってくれていた。


 はとりあえず、右側の引き出しから
服を取り出した。
 僅かに差し込む月明かりの下で見てみる
と、それは…………。
 は左側の引き出しから、最初につか
んだ服を引っ張り出した。
 襖の辺りで確認すると、それは…………。
 
「……それにしても、随分と遅いで
すわね。あの方」
 僕がみんなに説明している間、彼女は
あの部屋で着替えをしているはずだった。
「……別に、嘘でも本当でも宜しい
じゃありませんの」
 その時、こりすがさらりと言い出した。


「あ……た、多分、他人の空似じゃない
かな。人違いだよ」
 上手いフォローも思いつかず、僕はそう
言った。
「……いったい、どういう生活を送っ
てこられたのかしらね。あの方」
 こりすなりの気の利かせ方だったのだろ
うか。


「確かに古いとは思ってたけど……そん
なに昔からって考えると、この屋敷、逆に
綺麗な形で残り過ぎてるんじゃ……」
「さて。わらわも次の御祓いに備えて、
少し休むとしようかの。むふふ。むふふ。
むふふふふ……」
「よう」
「……やぁ……」
 僕は肩で息をしたまま、玄関の扉を開いた。
「おっと……」
 と――
 角から足音もなく出てきた鏡架さんと、
ぶつかりそうになった。

「いや、違う違う。僕らは……その、勝
手にここに住み着いてるんで……」
「ああ。だから?」
 翁はきょとんとした顔をする。」
「えっ。ここでお祭り?」
 きょとんとした、予想通りと言えば予想
通りの反応が返ってきたのは、台所へと向
かうこまを見つけた時。

「…………」
「あっ、鏡架さん」
 そこへ鏡架さんがやって来た。
「紫縁祭……」
 ――僕の背後から届いた、歌うように涼
やかな声。


「時間を間違えてるのかもしれないね。
僕、ちょっと呼びに行ってくるよ」
 千草さんの様子が見ていられなくて、僕
はそう言って立ち上がった。
「こっ……こま、もう一回呼びに行って
くるねっ?」
 いたたまれなくなったのだろうか、こま
は立ち上がった。

「……でも、まいったな……とにか
く、謝ってくるよ」
「じゃあ、こま……鏡架さんに謝ってく
るね」

(……あれ?)
 ――ふと気付くと、扉の隙間からこちら
を覗いている鏡架さんの姿があった。
「…………」
 こりすはじっと僕を見ていた。
 僕が何を考えているのか、お見通しだと
言わんばかりに。


 の日は、そんな風にして夜が更けていった。  ……温泉にでも浸かって、頭をすっ
きりとさせるとしよう。
 自分の部屋に戻った僕は、入浴の準備を
して温泉に向かった。

 はこまの部屋へと向かった。
 もうじき御祓いの予約が入っている時間に
なるから、今は自分の部屋で用意をしてい
る筈だ。
「しかし、本当……こりすは周りをよく
見てるね」
 多分、僕が鈍感っていうのもあるだろうけど。


「……ごめんね、お兄ちゃん」
「え?」
「あら。紫縁祭って血祭りの事でしたの?」
 その時、急に扉のところに姿を見せたこ
りすが、しれっと言った。


 々と、考える事が沢山あって――
 僕はそのまま、部屋を出て行った。
「……なんつーか、もしかしたら……」
 翁の呟きが耳に入り、僕は振り向いた。

 草さんみたいに、壁抜けが出来れば
いいんだけど。
「お呼びですか〜?」
「わっ」
「こま……いいかい?」
 僕は声をかけながら、扉を開いた。

「む? なんじゃ愚民、いたのか。まさ
かお主までも、巫女舞いに挑戦、などと言
い出す訳ではあるまいな?」
「……でもやっぱり、お兄ちゃんに
はかなわないなあ……」
「え?」

 ――疲れていたのだろうか。
 その日は、夕食を摂った後に自分の部屋
に戻って、いつの間にか眠ってしまってい
た。
 は温泉に浸かりながら、辺りをきょ
ろきょろとうかがっていた。
 その姿がない事に気づき、胸を撫で下ろ
す。

「……や、やー!」
 ――突然、こまは大声を上げたかと思う
と、千草さんのお盆に向かって両手を向け
た。
「――式神ですわ」
 落ち着き払ってこりすが呟いた。


「なんじゃあやつは。愛想のない……」
「きょ、鏡架さん、きっと照れ屋さんなん
だよ。悪気があってやってる訳じゃないよ」
 は少し気になって、鏡架さんの後を
追った。

「でも、幾らなんでも。本人達を無視し
て、そんな勝手な事をするなんて」
 考えつつ、僕はそんな言葉を述べた。
「じゃあもしかして、翁の診療所に担ぎ
込まれた黒ずくめの男たちって……」


「前から思ってたんだけどさ。親父さん、
どうもこりすが僕との婚約を望んでるって、
勘違いしてるんじゃないかな?」
「どうかな。もし本当に、そんな強引に
僕と結婚なんかさせたら、こりすに嫌われ
るって……あの親父さんなら、考えるんじゃ
ないかな?」


 はそのまま、しばらく千草さんの様
子を見ていた。
 彼女は張り切って掃除している。
「あら、お兄様。ご休憩ですの?」
 一呼吸入れようと居間へやってきた僕を、
こりすがにこやかに出迎えてくれた。


「いや、その服は……」
「……あ、あのね。最近、あんまり着れな
かったから……」
 そう言って、彼女はうつむいた。
「何だか……元気がないよ? どうかし
たのかい?」
「えっ? そ、そんな事ないよ。 こま、い
つも通りだよ」

「じゃあ、案内してくれてありがとう、こま。
ちょっと行ってくるよ」
 そう言って、僕は町へと向かった。
「あっ、こまさまだー」
 橋を越えて公園に差しかかった時、こま
の周りに集まってくる子供たちがいた。

「あれ? でもお兄ちゃん、千草さんの
画を描いてなかった……? まだ、確か途
中で……」
 ――僕が描くものは、きっと、こ
の町に来た時から決まっていたから。
 少しだけ遠回りをして、その事に気付く
事が出来た。

「……わかってるんだ。こまに逢わ
せてくれたのは、由なのに。悪気があって
やったんじゃないって。ただ、少しカッと
なっちゃって……」
「……なんで」
 ――心配なのは、彼女の方だったのに。
 彼女が違う誰かの心配をする。

「御神体、か……」
 胸の奥から雫れ出てくるような思いで、
僕はその言葉を口にした。
「お……おほんっ。その、あー、
なんじゃ」
 由は急に咳払いをして、少し緊張した面
持ちを見せた。
「あ、いや。誰が置いていったのかもわ
からないものを御神体にするなんて、随分
と思い切った事をするんだな、って思って」
「いや。だから、あの御神体は由に似て
ないのかと思って」
「む?」
 か思いつめたような表情をして、こ
りすは水面を見つめていた。
「あの時、お兄様をお守りする事ができ
なかった……」
 滝の瀑声に掻き消されたけれど、こりす
が何かを呟いた。


「むう……」
 由はきょろきょろと辺りを見回していた。
「――どなたかお捜しですの?」
 はこまの姿を探しながら、境内を歩
いていた。

 も――何でだろう。
 あの時、一瞬だけ、鍛冶場の前で眩暈を
覚えた時。
 脳裏を掠めた影があったんだ。
「そう言えば、どこかお主に似てたの」
 と、由は思い出したように笑った。
 ――帰ってこなかった、千草さん
のご主人様って――

「……19回目」
「え?」
「巫女舞って、確か……天鈿女命の歌舞
が起源でしたわね」
「天鈿女命?」


「で……こまちゃんの調子、どう?」
 翁は遠慮がちに尋ねた。
「ああ。そういやさっき、出店の辺りで
こりすちゃん見かけたぜ」
 翁は思い出したように言った。


 になるにつれて、酔いが回って来た
者達もいるのだろう。
 開かれた境内は、昼間とはまた違う喧噪
に包まれていた。
「何も、こんな日にまで……」
 こりすの不快そうな声が、風にさらわれ
ていく。


 ――今日ばかりは部屋の主も戻っ
ては来ないであろう、ゆかり神社の本殿。
 祭りに集まった多くの人々の中央、開くは
ずのない扉の中に人影があった。
 (……やっぱり、自信がなくなっ
てきた)
「あ……あの、お兄様?」
 えば三歳児が描いた画を、母親が見
たら……。
 それはきっと、“良い画”になるだろう。
 
 は一度玄関の中に戻り、傘立てから
傘を取り出すと、、すぐに鏡架さんの後を追っ
た。
「あっ……」
 僕の後を追ってきたらしきこまは、同じ
ように鏡架さんが傘を差してない事に気付
いたようだ。

「いっ、いや! いいよ。僕が行くか
らっ!」
 僕は慌てて立ち上がり、素早く襖を開い
た。
「いいって、そんな……」
「……でも……」
「こんな時くらい、僕がやるから。すぐに
戻ってくるから、ちょっとだけ待ってて」

「……昔は、よく……お兄ちゃんが
冷ましてくれたね」
「え?」
「ね、お兄ちゃん……約束、覚えてる?」
「約束?」

 れから大きく深呼吸して、僕は居間
へと向かった。
(……あれ?)
 しかし、こまはしばらく進むと急に立ち
止まった。

 は隣の由に問いかけた。  う言った矢先、こまが戻ってきた。
「どうせ、部屋に籠って悪巧みをしてい
るに決まっておる。ほっとけほっとけ」と、
口の中いっぱいにこりすの分を詰め込んで
言っているのは、由。
「……じゃあ、みんなは先に
食べてなよ。僕、ちょっとこりすを呼びに行って
くるからさ」
 僕はそう言って、居間を後にした。


 は、こまへと駆け寄った。
 飛び出していったこりすの事が、気にな
らなかった訳じゃないけど……。
 はこりすを追った。
 こまの事が、気にならなかった訳じゃな
いけど――


「こまさんは怒ってくださらないから。何
でも受け入れて……微笑んでしまうから。」
 「……辛いのは、あんな事を言った
わたくしを怒っているのが、こまさんでは
なく……」


第三章
「…………」
 僕は、何かを言おうと思って……けれど、
何も思いつかずに口をつぐんだ。
「……こまさんを見ておられなくて
……宜しいんですの?」
 気遣うような言い方で、こりすが訊いた。



 わなくちゃいけない事もあるだろう
に。
 僕はただ、口をつぐんだままで。
「……いや。僕の方こそごめん。気
遣ってくれてるって、わかってるのに」


「やめるんだ!」
 僕は思わず、大声を出していた。
 ――その眼差しに、僕が何を言え
ただろう。


 (……あれ)
 ふと目に止まったのは、床に乱雑に投げ
捨てられていた一冊のスケッチブック。
「ほりゃ!」
「わっ!」
 ――目の前に、突然、黒い塊がぶつかっ
た。
「……その。結婚式の……ことなんで
すけれど……」
 言い出しにくそうに、こりすが呟いた。
「……行こう」
 僕はもう一度、こりすの手を引っ張った。


「いや……やっぱり僕は。うん。後でで
いいから」
「……い、いいですわよ……お兄様。
一緒に……入りましょう……?」
「え。こりす……」


「……あのさ、由。主って……」
「…………」
「……由……」
「……由、ごめん」
「えっ?」
 僕の言葉に、由は殊の外驚いた顔を見せ
た。
「でも、由……どうして嘘なんか?」
「……そ、それは……」
 由は僕から視線を逸らした。
「――まったくですわ」
「こりす……」
 そこへ、温泉から上がったらしきこりす
が、部屋に入ってきた。


「……御祓い」
 こりすはそう言って、大麻を振った。
「……そうかな。僕は……可愛いと
思うんだけど……」
 僕は、思った事を率直に言った。


 (……目を覚まして、こまさん)
 こりすは何度もそう呟いていた。
「あれ? 由……」
 屋敷に戻ると、さきほど僕と交替した筈
の由が、縁側に浮かんで外の様子を見つめ
ていた。
「……あれ……? こりすさん……は
……?」
 段々と意識がはっきりとしてきたようだ。
 こまはゆっくりと、辺りを見回した。
「こっ、こまが目覚めたじゃとっ!?」
 その時――慌てて部屋に飛び込んで来た
のは、由だった。
「……お兄様?」
 こりすは心配そうに、僕の顔を覗き込ん
でいた。
「ならば、尚の事赦せん。こまの信頼を
踏み躙りおって……次に相まみえた時こそ、
決着をつけてやろうぞ」
「それって、付喪神とか……そういう事
ですの?」
 眉をひそめて、こりすが尋ねた。
「じゃあ、こまは……僕が鏡架さんを連
れてきたせいで……?」
「お兄様……」

「…………」
 思うところはあったけど。
 こまは、そういう人だから。
「何故……庇いますの?」
 ややあって、こりすが問いかけた。


「…………」
 再び、お腹の音が鳴り響いた。
「おっ、お兄様。お兄様も何とかおっしゃっ
てください。わたくしじゃありませんのに、
みなさんっ……!」


「千草さん……その、ありがとう」
 何と言っていいかわからなかったが、僕
は取り敢えずお礼を言った。
「……はいはい。まあいいですわ。
じゃあ、おチビちゃん。アナタがよそって
差し上げなさいな。そして、すぐにこまさ
んの許へお戻りなさい」


「だ、ダメっ」
 ――唐突だった。
 こまはこりすを庇うかのように、彼女と
男達との間に入った。
「……ふふっ。あはははっ」
 こりすは可笑しくて仕方ない、とばかり
に微笑んだ。


「よし。守りは任せるのじゃ」
「……守り?」
「……こりす? どうかしたのかい?」
「え? ……何がですの?」


「……何じゃ。懐かしい感じじゃの」
 ぽつりと、由がそう言った。
「…………」
「ん? なんじゃ、こま。愚民にまだ用が
あったのかや? 呼んでくるかの?」

「このお屋敷、どなたがお使いになられ
ていたと思われます?」
「……っ……と、お兄様の眼の……
事なんですけれど」


「あっ……こま、行くね」
 こまは急に、気を利かせたように襖へと
向かった。
「こりす。昨日、僕に何を訊こうとして
たんだい?」
「お、お兄様…」


「……お兄ちゃんは……それでいい
の?」
 こまが遠慮がちに、僕に尋ねた。
「でも、それで宜しいのかもしれません
わね? わっ、忘れましょう? こんなお
話。ごめんなさい、お兄様」
 こりすは、はぐらかすようにそう言った。


 しく、僕の手を握り締めるこまを感
じた。
 こには、遠慮がちに僕の手に指先を
重ねる、こりすの姿があった。


「他に呼び方はないかな?」
 僕はそう尋ねた。
「ん……でも、やっぱり僕らにとって、
由は由だよ」
「愚民……」
 まの服装は巫女装束に戻っていた。
 病み上がりという事で大事を取って、やっ
ぱりこまの御祓いはしばらくお休みにさせ
てもらっていたけれど……。
「……こま」
「なぁに?」
 笑顔で僕を見上げるこまに、一瞬、口籠
もった。

「……離れるって言っても、少しの
間だけだもんね?」
 僕は無理矢理、笑顔を作ってみせた。
「じゃあ、こまも一緒に……」
 そして、それが僕の一言だった。
 自然と、本音が口を滑って出ていた。

「知ってますよ〜。とっても可愛らしい
女神様です〜」
 すると彼女は、笑顔でそう答えた。
「さー。メシじゃメシじゃー」
「あっ……ゆ、由」
 次に食卓に顔を見せたのは、由だった。
「じゃあ、まだお料理があるので運んで
きますね〜。ちょっとだけ待っててくださ
〜い」
「……あら。遂にアナタまで参戦で
すの?」
「なっ、なんじゃお主っ! いつからおっ
たっ!」


「それとも、僕の個展の話が出たから?
 急にそんな話になっちゃったから……?」
「……お兄ちゃん、今日までありが
とう」

 間へやってきた僕を出迎えてくれた
のは……こまだった。
「あっ……! お、お兄ちゃん……!」
「……お兄様」
 そこに襖が開いて、こりすが姿を見せた。


「あれ……由は、どうしたんだい?」
 何とか平静を保とうと、僕は尋ねた。
「その服……」
「あっ……気付いてくれたんだ」
 こまが頬を染めて、はにかんだ。

 っぱりそうだ――鏡架さんの視線の
先にいるのは、こまだった。

 の前に、庇うように由が立ち塞がっ
た。
「僕にきた、個展の話……君は正直、ど
う思った?」
「…………」
「正直にでいいんだ。頼むよ」
「全一はどうして、こりすに仕えているの?」

「あら……」
 こりすは、傍に置いてあったスケッチブッ
クに目をやった。
「……ちょっと、頭を冷やしてくる
よ」
 そう言って、僕は立ち上がった。

「……行ってらっしゃい。お兄様」
 その笑顔に涙が浮かんでいるって、わかっ
ていた。
「……はい」
「必ず……戻ってくるから」


「……明日。必ず、見送るから」
「うん、ありがとう」
「……戻るよ。おやすみ、こま」
「もう少し、話をしてても……いいかな?」
「…………」
「……駄目かい?」

「こま……」
 僕はうつむいたこまに、手を伸ばそうと
した。
「それは違うよ!」
 知らぬ間に、僕は叫んでいた。

「……わかったよ」
 僕はようやく腰を上げた。
「……こまは……こまは、辛くない
のかい?」

「……大丈夫だよ。ちゃんと、起き
れるから」
「じゃあ……起こしてもらおうかな」

第四章
「……はは。もしかしたら、ずっと
目が覚めなかったりして」
「おお、どうじゃ?」
 由もまた、本殿に様子を見にやって来た。
「あの……どうもはじめまして。結乃由
姫命様」
 こまに向かって改めて自己紹介している
ようで、妙な気分ではあった。
「……お兄様」
 こりすが小声で僕に囁いた。


「こまだった頃の事、覚えて……」
 紫姫は皆まで言わずとも、といった様子
でゆっくりとうなずいた。
「じゃあ……こりすの事も?」

「何か、思い当たる事でもあるのかい?」  ――唐突に、僕は一つ思いついた。
「な……なんじゃ。にやにやしおって、気
持ち悪いのう」
「……あの娘と一緒にいてくれた事、
感謝しとる」
「由の……事ですか?」
 僕の問いに彼女はうなずいた。
「ご主人様〜」
 ――と、背中に柔らかい感触が。

「こまの顔で……そんな事を、しない……
で」
「こり……す……」

「ああ……ありがとう」
 僕はこりすにお礼を言って、汗の染み込
んだ服を着替えた。
 ――でも、舌はまだ痺れていた。
「あっ……う」
「え? お兄様、動けませんの?」


 いほどに、彼女の気持ちが伝わって
きたから。
 だから僕は、そのまま部屋を出ていった。
 ……とても、柔らかい感触だった。
 ……どうしてだろう。
 どうして……由を抱き締めてるんだろう。
「……ありがとう」
 僕の口に上ったのは、ただ、その言葉だ
けだった。
「千草さんも一緒に行かないかい? 東
京へ……」

「くっ……!」
 その真摯な瞳が、彼女の意思を伝えてい
た。
 僕は駆け出した。
 女の言葉が、終わるか終わらないか
の辺りで――
 僕は、彼女の腕を掴んでいた。

「……だから、行って」
 そう言って鏡架さんは、とん……と、僕
の胸を押した。
「……やるさ。それで君が助かるん
なら……僕はやる」

「自分の事、嫌いにならないで……お兄
ちゃん」
 耳の奥に、そっと囁かれるように優しい
声が流れ込んでくる。
「おにぃ……さま……」
 庭にへたり込んだこりすが、わななく唇
で僕を呼んだ。


終章
ノーマルエンド キャラクター別エンド

戻る