もしかすると、どこの家にでも気とか、霊とかが溜まりやすい場所というの
があるのかもしれない。

部屋の片隅や廊下の奥、トイレといった所でなんとなく冷んやりとした気配
がしたり、重い空気がどんよりと漂っていたりする。
もともと家相から言うと、トイレなどは鬼門に建てられることが多いようだ
が、トイレの怪異譚を意外と耳にするのは、そんな立地が影響しているよう
な気もする。
逢魔が時物語の読者の家や部屋は、どうなんだろう?
コワイ体験談投稿の多くは、ご自身の住む家での不可解な出来事のレポート
であることも事実である。
そんな怪しい雰囲気なんか感じたことがない、という人は幸せなのかもしれ
ない。

先日のテレビ番組で、霊感が強いというタレント、つまみ枝豆がこんなこと
をしゃべっていた。
「目を閉じてください。そして、あなたの家の中、または部屋の中のどこか
 に人がひとり立っているイメージを思い浮かべてください。
 …いま、あなたが思い浮かべた場所、そこに霊がいます」。
この論が当たっているかどうかは知らない。
タレントのたわ言と片付けてしまうのも簡単である。
しかし、思い当たるふしがある、という人も結構多いような気もする。
今回の話が、家の中のどこかの場所にいる霊、または気ということに当ては
まるのかどうかは分からない。
霊の仕業というより、ある行為を伴った得体の知れない意志が働いているよ
うに思うのだ。
つまり、それが起こった場所には重い空気も、妙な気配も皆無なのだから…。

* **

我が家のある町は古い門前町で、石清水八幡宮のお膝元として開けてきた。
歴史を経た旧市街には、いかにも霊が集まってきそうな場所がいくつもある
が、幸いにも私の住む町は新興住宅地であり、カラッと明るい町並みにゾッ
とするような話は無縁であった。
ただ、新築だった家々も20年にもなると、毎日の暮らしの喜怒哀楽が澱の
ように沈殿しているのかもしれない。

2階建ての我が家は、1階に居間と和室、DKがあり、2階は二間続きの和
室と独立した洋室という間取りである。
2階のベランダに面した和室は夫婦の寝室になっていて、洋服だんす、整理
だんす、そして三面鏡が置かれている。
そして、この三面鏡に、いつしか不可解なことが起こるようになったのだ。

三面鏡は深いマホガニー調の艶やかな色をしていて、最近のテザイン優先の
安っぽい造りではない。
ひとりの力では動かせないほどズシリとした重さがあり、部屋の中でもそれ
なりの存在感を与えていた。
この町へ越してきた当初こそ、毎日のように妻が三面鏡を開き、化粧をした
り、着た服のチェックをしたりしていたが、しだいに化粧は洗面所の鏡に座
を奪われ、服装のチェックは玄関の姿見がその役を担うようになっていった。
それでも、その頃はまだ幼かった娘たちがお母さんを真似て、よく三面鏡を
開いてはお化粧ごっこをしていた。
三面鏡は本来の主が去ったあと、おしゃまな小さなレディたちの真剣な顔を
ときおり映し出すのが役目になったかのようだった。
しかし、そんな時期もすぐに過ぎ、三面鏡はふたたび捨て置かれるようにな
った。

馬鹿な話だが、もし、家具にも感情のようなものがあるとしたらどうだろう。
毎日毎日、何年も何年も女の顔を受け止めてきた三面鏡は、しだいに使われ
なくなり、何日も何週間も、だれも鏡を覗きこむことすらしなくなった我が
身を、寂しく思うのではないだろうか…。
もちろん、こんな論を生き物でもない、単なる道具である三面鏡に当てはめ
ることは、感傷以外の何ものでもないことは分かっている。
どこの家にも、もう使われなくなった古い鏡台や、手鏡の類はいくつも存在
するだろうし、それらはゴミといってもいいような扱いなのだから。


三面鏡に関わる、ささいな出来事に引っかかを覚えさえしなければ、私も、
まったく意に介さなかったと思うのだが…


そのことに気づいたのは、もしかすると数年前だったかもしれない。
気にしなければ、まったく気にもならないようなことだったから見過ごして
いたのだろう。
ある朝、なぜか少し気持ちの隅に引っかかっただけのことである。
気まぐれの注意といってもいいような、小さなことであり、大の男がとやか
く言うようなことではないのは承知の上であった。

いつものように寝起き悪く目覚めた私は、のっそりと寝床から身を起こし、
濃霧のような頭を振りながらボンヤリと部屋の中を眺めていた。
障子を通して射す日の光、床の間の掛け軸、日焼けした襖とハンガーにぶら
下がるよれっとしたジャケット…。
そして、開きっ放しの三面鏡。
目に映るのは、いつもと変わらない和室の様子であった。
けだるく立ちあがり、シャツとジャケットを手に持って、ついでに開き放し
になっている三面鏡の左右の扉を閉めて階下へ降りていく。
三面鏡の扉は、貼られた鏡としっかりとした造りの木の厚みが、手応えのあ
る重さを手の平に伝えてきた。

「まったく、うちの女どもはだらしがないなぁ…」。
使ったものを元へ戻さないという母娘共通の悪癖が、三面鏡の開けっ放しに
もつながっていることを嘆きながら洗面所に向かった。
今度、ちゃんと注意をしておく必要があるな、と思いつつ。
しかし、根がアバウトな私の性格である、その朝のちょっとした気まぐれな
思いなど、しばらくの間まったく忘れていた。

次に、それに気づいたのは、私が深酒をして深夜に帰宅した日のことだ。
酒臭い息を吐きながら、すでに寝静まっている家族を起こさないよう、そっ
と2階の和室へと上がっていった。
スルッと襖をあけて自分の布団へと向かう。
たよりない豆球の明かりの下、千鳥足でなんとか布団にたどり着いたとき、
部屋の隅で、だらしなく左右に開いている三面鏡が目に入った。
「ん、もぉー、またか…」と声を出さずにボヤきながら、左右の扉を閉める。
ギィィーッというきしみ音が、深夜の寝室に意外と大きく響いた。
その音は、妙にイヤな感じがした。
三面鏡が意志を持ち、閉められることに文句を言っているような印象があっ
たのだ。

翌朝は休日であった。
久しぶりの惰眠を心行くまで楽しみ、10時をまわった頃にやっと目覚めた。
家族は朝食も終え、階下の茶の間でテレビの朝番組でも見ているのだろうか、
時折、一緒になって笑う声が届いてくる。
私も二日酔いの体にムチを入れ、エイヤッ!と起き上がった。


そして、霞む目に映ったのは、開け放たれた三面鏡だった。


「おいおい、またかよぉ…」と、反射的に扉を閉める。
その時、私は頭の隅で思い出していた。
深夜、就寝する前に開いている扉をたしかに閉めたことを。
ギィーッという、きしみ音さえ覚えている。
どうして、それが今朝には、また開いているのだろう…。
一番遅く目覚めたのは自分だから、私が眠っている間に誰かが使ったのかも
しれない。
いや、きっとそうなんだろう。

しかし、つぶさに三面鏡のあたりを観察すると、奇妙なことに気がついた。
それが使われたという形跡が、まったくないのだ。
三面鏡の台座の上に乱雑に置かれた古い化粧品類は、ずっと倒れたままだし、
瓶の表面にはホコリがうっすらと積もったままである。
腰をおろすスツールも、部屋の隅に置かれたままである。
誰かが、顔を見るためだけに鏡を開けたのだろうか。
男である私には、残念ながらそれ以上の推測は不可能であった。
ま、いいか…、いつものアバウトさがまた頭をもたげ、階下のコーヒーの香
りにつられて三面鏡の前を離れた。

遅い朝食を摂りながら、私はテレビに呆けている妻や娘に一言注意をした。
「あのなぁ、三面鏡を使ったら、ちゃんと扉を閉めておけよ」。
すると、女たちは顔を見合わせ、何のことを言っているの?というような怪
訝な表情を見せたあと、「使ってないわよ」と答え、ふたたびテレビの画面
に釘付けになった。
「だけど、開いてたんだよ」と追求したが、これは見事に無視されてしまっ
た。
即座に否定した女たちの言葉に、私だけが心の底に冷んやりとした風が立つ
のを感じていた。
深夜だけでなく、朝も開いていた扉…誰が、いつ、開けたのだろう。
それも、昨日のだけのことではない。
思い起こしてみれば、これまで数え切れないくらい、朝に夜に開け放された
三面鏡を目撃していたのだ。
その時は、意識外のことだったので、何も思わず閉めたり、そのままにして
おいたりしたのだが…。
家族が使わないとすれば、誰が使うというのだ。

しかし、気持ちのどこかでは勘違いだろう、思い過ごしだろうと結論づけよ
うとしていた。
女たちが使わないとしたら、窓から吹いてくる風の仕業かもしれない。
あの重々しい扉を、そよ風が開けるのだろうか…。
意を決して、今夜、ある実験をしてみることにした。
恐がるといけないので、家族には何も言わずに。

夜12時を過ぎた。
風呂上がりのビールが、怪異とは無縁のように軽い酔いとなって全身に這い
登ってくる。
急速に睡魔がおそってくる。
さあ、もう寝るか…と、問題の三面鏡のある2階の和室へと向かう。
相変わらず左右にだらしなく開いている三面鏡が、薄暗がりの中にある。
扉を閉めようと近づく私の姿が、まるで鏡面から現われる幽鬼のようにユラ
ユラと映っている。
ギィィーッ…、ゆっくりと左右の扉をピッタリと閉める。
手に残った重量感から、風では開かないだろうことを改めて知った。

今夜、最後に床に入るのは私だ。
つまり、朝まで三面鏡は誰も使わないはずだ。
…そう、この世の者、生きている者は、誰も。
それでも開いていたら…?
そんな恐怖の実験の答えは、明朝には判明する。

そんなことを想像すると、背筋がゾクリとしてしまった。
クワバラクワバラ…早々に布団の鎧に身を包み、扉が閉まっていることを目
で確かめてから、いつしか眠りに落ちていった。


チチチッ、チチ、チチッ…。
何の音だろう? 眠っている頭の中に、耳がとらえた鋭角的で甲高い音が小
さな矢となって突き刺さってくる。
目を閉じたまま、音の正体を思いやってみる。
それはすぐに、小鳥の囀りだということが分かった。
そうか、もう、朝が訪れたのか。
薄目をあけ窓の方を見ると、日の出のオレンジ色の斜光が障子を染めていた。
枕元の時計を確かめると、まだ、払曉6時だった。

「あぁ〜眠い、あとひと眠りできるなぁ…」と思った瞬間、私は昨夜の実験
のことを思い出した。
「そうだ、三面鏡は、三面鏡の扉はどうなっているのだろう…?」。
急速に覚醒していく意識とともに、実験の結果を確かめなければという思い
が、心臓をドキドキと不安に打ち始めていた。

ゆっくりと枕元の時計の文字盤から目を離し、布団の足元にある三面鏡の方
へと顔を向けていった。
余計なことは考えず、心を空っぽにして、あるがままを受け入れようとした。
朝の陽気な光が、多少とも恐怖感を溶かしてくれていたのかもしれない。
キッ!と三面鏡に視線を固定した。
…やっばりなぁ、と私は思った。


三面鏡の扉は、左右に大きく開いていた。

home